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国会事故調報告 4.4.2 防護策として機能しなかった安定ヨウ素剤

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国会事故調報告 4.4.2 防護策として機能しなかった安定ヨウ素剤



 放射性ヨウ素は身体に取り込まれると甲状腺に集積し、甲状腺がんを発生させる可能性があるが、放射性ヨウ素の甲状腺への集積を防ぐために安定ヨウ素剤(以下「ヨウ素剤」という)を服用することが効果的であると考えられている。安全委員会から出されている「原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について」[179](以下「ヨウ素剤服用の考え方」という)は、原子力災害時のヨウ素剤の予防服用についての一般的な考え方を定めている。県地域防災計画によると、ヨウ素剤配布・服用については、原災本部の指示又は県知事の判断に基づき、県災対本部が住民等に対し指示することとなっている[180]。

 しかし、本事故ではヨウ素剤の服用指示をめぐって、原災本部及び福島県知事はヨウ素剤の服用に適当だと考えられる時間内に服用指示を出さなかった。安全委員会のヨウ素剤投与に関する助言は曖昧で、福島県及び関係市町村に助言が届いているか否かは確認されなかった。このような状況下で、住民対応に追われた市町村は、ヨウ素剤を服用又は配布した自治体と、配布せず指示を待った自治体に分かれた。結果として、福島県内の市町村にはヨウ素剤の備蓄はあったが、その住民の多くは服用できなかった。



1)ヨウ素剤と小児甲状腺がん


 昭和61(1986)年に起きたチェルノブイリ原発事故では、周辺3カ国において放射性ヨウ素の取り込みによる甲状腺の内部被ばくに起因すると考えられる小児甲状腺がんの急増が最も大きな問題となった。他方、同事故を受けて住民に対して予防的にヨウ素剤の服用指示を出したポーランドでは、小児甲状腺がんの発症は報告されていない[181]。

 放射性ヨウ素は呼吸により気道、肺から、又は飲食物を通して血液中に移行する。血液に入ったヨウ素は24時間以内に甲状腺に集積するため、ヨウ素剤を服用して血中の安定ヨウ素の濃度を高めておくことにより、放射性ヨウ素が甲状腺に集積することを抑制することができる。

 なお、ヨウ素剤服用の時期は重要であり、放射性ヨウ素が体内に取り込まれる24時間前から直後に服用すると、放射性ヨウ素の甲状腺への集積を90%以上抑えるが、24時間以降の服用になると阻止率は10%以下になる。なお、ヨウ素剤は他の放射性物質に対する効果はない[182]。



2) ヨウ素剤服用指示における国と県のすれ違い


 福島県は、発災直後から、住民に対するヨウ素剤の配布及び服用指示を行うため、ヨウ素剤の配備を進めていた[183]。福島県が準備していたヨウ素剤の量は、原発周辺立地町及び福島第一原発から半径50km以遠の市町村の分も含んでおり、福島県は当初より県内の備蓄量の確認を行ったうえで、これらの住民の人数から不足している数の入手に動いていた。

 安全委員会は13日、SPEEDIの情報がなく、緊急モニタリングのデータもなかったものの[184]、スクリーニング検査結果を基準にヨウ素剤を服用するよう助言を出した。

 しかし、この助言は福島県や各市町村には伝わらなかった。また、県知事は決定権限がありながら、住民等及び各市町村に対して、ヨウ素剤の配布・服用指示はしなかった。

a. 届かなかった服用指示


 安全委員会によると、原災本部事務局医療班と安全委員会は、12日深夜からスクリーニングレベルに関する打ち合わせを開始しており、スクリーニングレベル1万cpmの値を超えた人にはヨウ素剤投与という手順を確認していた[185]。

 安全委員会は、13日10時すぎ、現地対策本部から県知事、大熊町長、双葉町長、富岡町長及び浪江町長に対するスクリーニングに関する指示(以下「指示」とする)に対する助言が求められた。安全委員会は、スクリーニングの実施にあたって「1万cpmを基準として除染及び安定ヨウ素剤の服用を実施すること」と手書きで加筆し、原災本部事務局医療班宛にファクス送信した。安全委員会へのヒアリングによると、その場に常駐していた安全委員会事務局員が原災本部事務局医療班員にこれを手交したというが[186]、現地対策本部には伝わらなかった。そのため現地対策本部は、安全委員会の助言が反映されていない指示を、県や該当市町村にそのまま発送した[187]。

 助言が反映されていない指示は、同日安全委員会にも届いており、その時点で助言が適切に現地に届いていないことは把握されたはずであったが、安全委員会は確認や再度の助言は行わなかった[188]。

 福島県では14日、除染のスクリーニング基準を1万3000cpmから10万cpmにあげて運用していた。安全委員会は、1万3000cpmの測定値が出た場合、そのすべての内部被ばくがヨウ素によるものとすると、「安定ヨウ素剤投与の基準値となる等価線量約100mSvに相当する[189]」ため、基準を緩和しないよう助言した。しかし、現地ではスクリーニング基準が「ヨウ素剤投与基準となる」という認識はなく[190]、この助言もヨウ素剤の服用にはつながらなかった。

 安全委員会委員へのヒアリングによると「1万cpmで飲むように言ってあったのでヨウ素剤は服用されているものだと思っていた」と話している[191]。他方、保安院に対するヒアリングによればヨウ素剤投与に関する助言を受け取ったはずの原災本部事務局では、「そのような文書を授受した人を見付けられない」としている[192]。

 安全委員会は、果たすべき役割について「助言を発出することであり、指示決定には関与しない」という[193]。対策に助言が反映されていなくても、情報伝達の確認や意見具申を行うという役目は負っていないとの認識である。

 結局、原子力災害において最も重要と考えられたヨウ素による初期被ばく対策について、担当部局である原災本部事務局医療班及び安全委員会における認識の共有や指示伝達の確認はなかった。

b. 指示を出さなかった県知事


 他方、県は国からの指示を待ち続けていた。県が最初にヨウ素剤の配布・服用指示を受け取ったと認識しているのは、避難区域(半径20km圏内)の残留者に対して避難時にヨウ素剤を投与するよう通達する16日付の文書[194]であったが、その存在に気づいたのは18日であった[195]。既にその時点では、20km圏内の住民の避難は完了しており、福島県はヨウ素剤の配布・服用指示を出していない。

 県知事が国の指示を待たずとも独自の判断で服用指示を出すことは可能であった[196]にもかかわらず、福島県は、ヨウ素剤の配布・服用指示の発出に関する独自の判断権限については全く検討をしていない。

 福島県は、独自判断によって住民らに対するヨウ素剤の配布・服用指示を出すために必要な基礎情報を持っていないわけではなかった。すなわち、震災当初、県内のモニタリングポスト24機のうち、原発周辺では1機のみが機能していた。また、福島県はSPEEDIの情報も受け取っており (県は後にSPEEDIのデータを消去している)、国や東電から受け取った原発の状況に関する情報も十分ではなかったが保有していた。県の緊急時環境放射線モニタリングで地域によって高い空間線量のあることも認識し、15日に原発からおよそ35~45kmの地点で採取した葉菜からは100万Bq/kg以上の高いヨウ素の検出を確認している[197]。福島県は、ヨウ素剤の配布・服用指示を行った市町村と比して、空間線量や原子炉の状況など、安定ヨウ素剤の服用を判断するための情報は手元にあったといえる。

 しかし、福島県知事は、上記のとおり服用指示はしなかった。福島県知事は、第17回当委員会での意見聴取において、服用指示を出さなかった経緯について、「国に確認しながらやっていた」「県としては配布していません」と話している[198]。このような福島県の対応には、問題があったと評価せざるを得ない。

c. 服用を指示した市町村


 上述したように、スクリーニングの値が1万cpmを超えた場合にヨウ素剤を服用するという指示は、宛先である福島県知事や原発立地町などには届いていない。国や県知事から指示がない中、ヨウ素剤を手元に備蓄していた各自治体の対応は分かれた。双葉町、富岡町、大熊町及び三春町の4町は、独自の判断で町民に対してヨウ素剤の配布・服用を行った。双葉町、富岡町及び三春町へのヒアリング[199]では、3町は「県の指示はなかったが、万が一、放射線の影響が大きい場合を考慮し、服用させるべきと判断した」という共通した認識で服用を指示した。

 三春町は、医師やインターネットによって副作用の情報を把握したうえで、14日夜の会合で、15日に三春町に原発から東風が吹き放射性プルームが通るという情報をもとにヨウ素剤の服用を決めた。「副作用の懸念はあるものの、放射能の被害が高くなる可能性もあるので、安全側をとって服用させた」と同町担当者は話している。

 大熊町は、三春町に避難した住民約340人に対し、現場判断で服用させた[200]という。また、服用させた4町は、服用の際に立ち合う医師をすべての避難所には配置できず、子どもへの服用については保健師や薬剤師が錠剤を砕いたうえで量を制限して飲ませた。

d. 配布のみ実施したいわき市と楢葉町


 ヨウ素剤の配布のみを実施したのは、いわき市と同市に避難していた楢葉町だった。いわき市では16日午前から市長の宣言のもと、市の窓口や各支所、避難所などでヨウ素剤の配布が始まった。また、いわき市に避難した楢葉町も、いわき市がヨウ素剤を配布するという話を受けて前日15日に配布した。

 服用の判断について、いわき市は、「市町村には空間線量や炉に関する情報がなく、服用のタイミングもわからない状況であり、飲ませるべきか否かの判断が難しかった」と話している。また、楢葉町は服用の判断について「飲むのは1回だけという規定の中で、原発がまた再度爆発するかも分からず、放射能の広がりがどこまで広がっているかも分からない中では判断が難しかった」と話している。

 住民への配布を実施したいわき市も楢葉町も、服用についてはその時期を判断するための情報がなく、国や県からの指示を待つよりほかなかった。

図4.4.2-1 ヨウ素剤の服用・配布した市町村の状況
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e. 配布・服用を実施しなかった30km圏内の市町村


 福島第一原発から半径10km圏内に位置し、唯一服用も住民への配布もしなかったのが浪江町だった。浪江町は12日に町の災対本部が多くの住民とともに町内の津島地区に避難した。その際にヨウ素剤を携帯し、避難所に配備をしたが、国や県からの指示がないため、住民への配布は見送った。浪江町は服用指示について「空間線量も分からない、通信手段もない中で、町として服用指示はできなかった。副作用などで万が一にも死につながったり、住民がパニックになったりしたら誰が責任を取るのか判断できなかった」と話しており、情報がない中で意思決定ができなかったといえる。

 原発から半径20~30km圏に位置する南相馬市では12日、市の災対本部会議で小高区住民への配布を決定し準備を行っていた。しかし、避難区域の拡大や3号機の爆発などですでに市民の多くが自主避難を始めていた状況にあったため、配布が間に合わなかった。
 多くの市町村では、国や県の指示がないことに加えて、そもそも線量情報や炉の情報がない状況で服用の判断をすることは難しかったといえる[201]。



3)医療関係者の立ち会いと今後の課題


 ヨウ素剤の服用に関して、安全委員会はヨウ素剤の助言文書に「医師の管理のもとにのみ服用してください(14日)」「医療関係者の立ち会いのもと使用してください(15、16日)」など、医師又は医療関係者の立ち会いについて明記していた。その趣旨は「副作用に対応するため」[202]である。確かに、安全委員会は、「ヨウ素剤服用の考え方」においても、副作用等に備え医療関係者を周辺住民等が退避し集合した場所等に派遣することが望ましいとしている。しかし、厚労省によると[203]、緊急時のヨウ素剤の配布においては、医師の立ち会いがあることが望ましいものの、緊急時は必須ではないとしている。

 この点、そもそもヨウ素剤の副作用の確率は非常に低いと考えられている。低い確率でヨウ素過敏症など特異なアレルギー体質の人に蕁麻疹などのアレルギー反応が出ることがある。ヨウ素剤を1050万人に投与したポーランドの例(1回投与)では、若年者において重篤な副作用の報告はなかった[204]。本事故でも、服用を指示した三春町で、住民から「吐き気がする」「ヨウ素のアレルギーがあるのに服用してしまった」「気分が悪くなった」などの声が上がったという報告はあるが、いずれの住民も軽症であったとされている。その他、ヨウ素剤の服用指示を行った市町村においても、住民に重篤な副作用が発生したという報告はない。

 加えて、副作用についても、服用者に万が一重篤な副作用が発現した場合に、過剰投与ではないなど適正な使用目的に基づく適正な使用である場合には、医薬品副作用被害救済制度で補償されるという[205]。むしろ、原子力事故においては、以下の理由から医療関係者が要求される。すなわち、3歳以下の小児にヨウ素剤を服用させるためには、薬事法上の「劇薬」である粉末のヨウ素剤を使ってシロップを作ること、又は丸薬を砕いて適量を調剤することが必要となる。そのため、避難所においては、ヨウ素剤の配布・服用のために医療関係者、特に薬剤師がいることが望まれる。



4)責任の所在と対応策


 県地域防災計画に定めるところによれば、住民等にヨウ素剤を配布・服用指示する権限があるのは、第一義的に福島県である。その要件として挙げられるのが、原災本部による指示又は県知事の判断である。このような知事の権限の不行使が、多くの市町村でヨウ素剤の配布・服用が行われなかった要因の一つとなっている。

 この点、原災本部事務局医療班は、13日の安全委員会によるヨウ素剤の服用の助言を受けとっていたが、助言を反映したヨウ素剤の配布・服用指示を福島県に対して発出しなかった。他方、福島県は、国からのヨウ素剤の配布・服用指示を待ち続けた。

 また、福島県知事の独自の判断に関しては、知事はその権限を行使することなく、国からの指示を待ち続けた。その結果、多くの市町村は、原災本部又は県知事のヨウ素剤の配布・服用指示を待ったため、ヨウ素剤を配備していたにもかかわらず、住民に対してヨウ素剤の服用指示をできなかった。

 本事故後の各市町村の対応において、住民に対してヨウ素剤の服用・指示がなく、住民の初期被ばくの低減措置が取られなかった責任は、緊急時に情報伝達に失敗した原災本部事務局医療班と安全委員会、そして投与を判断する情報があったにもかかわらず服用指示を出さなかった県知事にある。

 今後、本事故と同等又はそれ以上の規模の原子力災害が起こった場合、住民に対して空間線量や原子炉の状況に応じて適時にヨウ素剤の服用指示を行うことができるためには、運用上の介入レベルとしてのヨウ素剤の服用基準を定めたり、服用指示を速やかに住民に伝達するための市町村の対応策を整備する必要がある。特に甲状腺がんのリスクが高いとされる小児が適切にヨウ素剤を服用できるよう体制を整えなくてはならない。