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『泣いた赤鬼」と靖國の心。

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正論2006年9月号(産経新聞社・扶桑社)
靖国特集 
沖縄集団自決冤罪訴訟が光を当てた日本人の真実
弁護士 徳永信一

『泣いた赤鬼」と靖國の心。


『母の遺したもの』には、初枝氏の告白の場面に続いて、戦争で働き手やすべての財産を失った住民が貧しい生活を乗り越えるには、「援護法」の適用しかなかったことなどを聞かされた梅澤氏が「島の人を助けるためでしたら、私が悪者になるのはかまいません。私の家族に真実が伝われぱ十分です」と言ったことが記されている。赤松元大尉も「語れぱ迷惑がかかる人がいる」として真実を語ろうとしなかった。そこには秀一氏が「兄の気高い思い」と呼んだ自已犠牲の精神が輝いている。しかし、その沈黙を逆手にとって、日本人の精神史が貶められ、未来の子供たちの心に屈折した翳を刷り込もうとする勢力に利用されることまでは、さすがに想定外のことだった。

人の心を持たぬ「鬼」として描かれた二人のことを想うとき、自然と小学校の国語の時間に習った『泣いた赤鬼』という寓話が思い起こされる。

心優しき赤鬼は村人と仲良くなりたいと思うが、村人は警戒してだれも近寄ろうとはしなかった。そこで友達の青鬼に相談したところ、青鬼は一計を案じ、青鬼が村人の家に押し入り大暴れし、そこにやってきた赤鬼が青鬼を追い払うという芝居を打つ。村人の信頼を得た赤鬼は村人たちと仲良くなるが、ある日ふと青鬼のことが心配になって、その棲家を訪ねると青鬼は留守で戸に一枚の張り紙が貼ってあった。村人の不信を招かぬようお互い仲良くしない方がいいだろうとして、「それでぼくは旅に出ますが、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。どこまでも君の友達、青鬼」とあった。これを見た赤鬼は青鬼の真の友情に気づいて泣く。

梅澤、赤松両隊長が示した自己犠牲の精神は、この青鬼に通じるものがある。赤鬼は青鬼の心を悟って泣くが、本土防衛の犠牲となった沖縄の復興のためにあえて受難を引き受けた両隊長に対し、本土の日本人は相変わらず真実から目をそむけている。

昨今、武士道が語られることが多くなったが、その内容は論者によってさまざまだ。失笑を買うことを覚悟でいえぱ、わたしにとっての武士道とは、《靖國の心》のことである。愛と義のため、己の犠牲を厭わない精神である。そして梅澤・赤松両隊長が示した自己犠牲の精神は、まさに偽善に満ちた戦後の日本を照らす一条の光であった。

平成18年6月27日、小泉首相の靖國参拝によって心を傷つけられたとする韓国人遺族らを原告に擁立して靖國神社を訴えさせたアジア靖國訴訟に対する最高裁判決が下された。首相の靖國参拝に不快の念を抱いたとしても、損害賠償の対象となるような法的利益の侵害とはいえないとするものであり、原告側の完全敗訴を確定させるものであった。全国各地で起こされた同種の訴訟では、傍論で憲法違反を言う《蛇足判決》のハプニングもあったが、この最高裁判決によって、すべてに決着がつけられたことになる。

振り返れば靖國神社を被告にして法廷に引きずり出し、さらし者にするという「法廷プロパガンダ」の暴挙は、眠っていた日本人のプライドを呼び覚ます発火点となった。《靖國の心》を護るべく遺族らによる補助参加という手法を用いて訴訟参加した「靖國応援団」の戦いも、これをもって有終の美を飾ることになった。

時が、熱狂と偏見をやわらげた暁には、
また理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、
その時にこそ、正義の女神は秤の平行(ママ)を保ちながら過去の賞罰の多くに
その所を変えることを要求するであろう。

靖國神社の境内に祀られた石碑に刻まれた詩文である。東京裁判において戦犯容疑者全員に無罪を下したインド人判事パル博士による長大な判決理由書を締め括るものだった。詩文が予言したように、やがて正義の女神は、この沖縄集団自決冤罪訴訟を通じて、両隊長の名誉回復を要求するだろう。

まさしく、それは、戦後の日本を覆ってきた虚偽の仮面を剥ぎ取り、今なお日本人の魂に眠る武士道精神を呼び起こすルネッサンスの魁となるはずである。

(以上)

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