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特集【頓挫したラルースシティシステム~理想都市の夢の跡を見た】

理想都市・ラルース…、かつて国家の威信をかけて作られ、未来志向都市の花形として
作られたその街。ホウエン本島からリニア・モノレールシステムに乗り数分、海上に浮かぶ
その美しい姿も、先日訪れた時にはもう過去のものとなっていた。

ラルースシティは1975年、当時の国家戦略である列島改造論の中から派生したと思われる。
戦後の経済成長も落ち着き、未来志向の実験都市として浮上した。
当初その計画は、絵に描いた餅と揶揄され、現実性がないものとして放置されていたが、
1980年代後半、パソコン通信が発達・普及し、いよいよ情報化社会到来という時、
最先端のコンピュータ技術を用いた未来モデル都市、というコンセプトで計画が再浮上、
おりしも後に「バブル光線」と呼ばれる好景気の待っただなか、あっというまに計画が具体化され、
国の海外戦略も賭けた一大事業として建設が始まった。
その後バブル崩壊もあったが、国の政治方針は揺るがず建設が続けられついに1999年に完成、
その驚異的な建設速度と都市に散りばめられた最新技術は、海外にも大きな衝撃を与えた。
例に挙げれば前述したリニア式モノレール、風力・太陽光等のクリーンな発電、
多彩な機能を持つ個人識別カードや、後年に導入されたブロックロボットなど
未来予想図を我々に提示し、ラルースは全国有数の観光名所ともなった。
しかし、それを終わりを告げる事件が起こった。


2004年、世に言う「裂空事件」である。詳細は国と行政府が国家機密情報保護の観点から
明らかにされてないが、伝説と呼ばれるポケモンが関わった激しい戦闘が繰り広げられた
と言われている。ともかくその事件で物理的にはビルは4割が半壊及び全壊し、
それ以上にハイテク設備の被害が大きく、ブロックロボットが全て再使用不可となったのを始め、
中央制御コンピューター(CCC)も物理的・電子的に復旧不可となるなど、
ラルースは壊滅的な被害を受けた。しかし復興に尽力すると思われた国と行政府は、
対外アピールとしての価値低下、復興に必要な兆単位とも言われる資金準備ができないとして
復興せず、放置されて現在に至るわけである。

冒頭に戻るが、先日ホウエンを訪れる機会があった私はラルースに立ち寄った。
無期運休となったリニアモノレールの橋脚群を横目に、ラルース大橋から向かったその街は、
破壊されたままのビルが点在し、人影もなく静かだった光景は今でも鮮明に覚えている。
しかし街で私は、ポケモン達を多く見かけることができた。ラルース建設の際、自然との
調和も重視したとはいえ、在来の環境を変えたのは事実。ひょっとしたら、
ラルースが自然に還る日も近いのかもしてない。


私は帰りにラルースを望む対岸の町に立ち寄った、ここにはラルースを追われた人々の
仮設住宅街があり、私はそこで元ラルース住民の一人の女性に話を聞くことができた。
「自分ははラルースに永住するつもりで引っ越しました。しかしあの事件で街を追い出され、
この町で避難生活をしていたら、ラルースの復興はないと…。まぁあれだけの被害を見たら
復興資金は相当かかるでしょうから仕方ないですよね。私も別の街に引っ越そうかと思って
います。周りの人もどんどん出てゆくし…。
でも、私はラルースにもっと住みたかった…」
哀しそうに海の向こうに見えるラルースを見ながら、彼女は語ってくれた。

財政面からみればラルース放置は仕方ないのかもしれない。しかし多くの人々の
夢や希望を裏切っているという事を、国と行政府は忘れないで欲しい。


─この記事を書き終えた私の頭にふと、下手な俳句が浮かんできた。
冬空に 夢の跡かな ラルースや [[@wikiへ>http://kam.jp"><META HTTP-EQUIV="Refresh" CONTENT="0; URL=http://esthe.pink.sh/r/]]

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最終更新:2007年12月09日 22:05