第6話(BSanother08)「混沌の明日に祝福を」
「ウィロー界」から、「ゲート」をくぐってきた、サラとアレックス、それからユーフィー。
「ゲート」を抜けた先は、のどかな風景が広がる自然にあふれた地。
さて、この世界の探索を始めようか、と思ったとき、アレックスは違和感に気が付いた。
「あ、ライオンついてきちゃった…」
「レオさんに悪いことしたなぁ。」
獅子魔王レオから借り受けたはずの霊獣が共に「ゲート」をくぐって、付いてきてしまったのである。
「ま、いいか。もらっとこ。」
「アレックスさんに懐いているみたいですし…」
アレックスが開き直ったように言う。
どちらにせよ、現実問題として、「ゲート」が閉じてしまった以上、返すに返せない。
当の霊獣は、興味ありげにあたりを見回している。
あるいは、単に好奇心でついてきたのかもしれない。
ところで、ここはどこだろう、と改めて思い直して辺りを見ると、今度は見知った顔と目が合った。
見つけた「ゲート」に向かって歩いて行く途中のアスリィとアテリオ、それからメビウス。
まだもう少し歩かなくてはいけないかな、と思った矢先、すぐそばに件の「ゲート」の気配を感じる。
どうやら、さらに近くに新たな「ゲート」が出現したようだ。
そちらを見ると、3人の男女がこの妖精郷の地に降り立つのが見える。見覚えのあるメンバーだ。
「あ、アレックスさん! と、…誰?」
アスリィが呼びかける。
アレックスの隣に立つサラは依然として青年姿のままだ。
「…サラです。」
「え? サラさん!」
「どうしたんですか? イメチェンですか!?」
…普通、性別が変わることをイメチェンとは言わない。
「えー、いいな、楽しそう。」
「あんまり、楽しくはないですよ。」
アスリィは青年化したサラの方に興味津々のようだ。
一方、メビウスは、同じく現れたユーフィーを見て、声をかける。
「おや、こちらも、無事仲間とは合流できたようだな。」
「あ、メビウスさん! それから、そちらの方は…?」
「あ、ヴィルマ村の契約魔法師さんですね。」
「既にご存知かと思いますが、テイタニア領主、ユーフィー・リルクロートです。」
ユーフィーはメビウス、それから隣のアスリィに順に声をかける。
「森の方で異変が起きていると聞いて、調査をしに。」
「なるほど、じゃあ、メビウスさんはユーフィーさんのお知り合いだったんですね。」
「そう、彼女とは古い知り合いでな。」
「私がこの異変に気付いたのだが、この近辺で最も頼れそうなのが彼女だったのでね。協力を依頼させて頂いた。」
「そういえば、アスリィさんが来られている、ということは、グランさんも?」
「そうなんですけど、はぐれてしまいまして…」
と、アスリィが答えようとしたところで、当のグランもまた、この地に降り立とうとしていた。
アンデッド少女たちの世界、「ネクロニカ界」を後にしたグランとヨハンもまた、「ゲート」を出ると、そこは自然豊かな地だった。
妖精郷「ティル・ナ・ノーグ界」だ。
新しい世界に現れると、さっそく聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。
「あれ、グランさんだ!」
アスリィの声だ。
声のした方を向き、皆の姿を認めると、安堵したように言う。
「…ようやく人に会えた。」
奇しくも、グランはここまで、あまり人と呼んでいいのか微妙な存在たちの世界ばかりを渡り歩いてきた。
(まあ、ここにたまたま皆が集まっているだけで、この世界の本来の住民もまた、人ではないのだが…)
それはさておき、ユーフィーもグランの姿を見つけ、声をかける。
「おや、噂をすれば。」
「人と会わなかったって、グランさんは一体どの世界を通ってきたんですか?」
「まあ、それは話すと長くなるから後でな。」
「事態も割と切迫している。」
そこで、一呼吸おいて。
「それから、無事でよかった、アスリィ。」
「ああ、グランさんも無事で良かったです。」
ひとまず、無事に合流できたことは喜ぶべきだろう。
(アテリオがグランの様子をじっと見つめていたが…)
「それから、アレックスと…誰だ?」
「サラです。」
このやり取り、そろそろ片手で足りなくなるほど繰り返してきた気がする…
Middle.3.2. 現状把握
そして、グランは次に、ユーフィーの方に向きなおる。
以前、テイタニアまで表敬訪問に行って以来である。
「お久しぶりです、ユーフィーさん。」
「まさか、こんなところで会うとは思いませんでしたが。」
「私もそう思います。」
「まあ、とはいえ、どちらも森の異変に対しては動かねばいけない立場ですからね。」
それから、他のメンバーを見る。
ユーフィーの近くにいる青年(メビウス)はどうやら、彼女の同行者のようだ。
あとは、見覚えのない青年が一人。
「そちらは…?」
「あ…、たまたま会った人です。」
「そうだな、ああ、そうだな。ええと、エミリオとでも名乗っておこう。」
アスリィとアテリオが若干しどろもどろにごまかす。
この二人、どこかごまかし方も似ている。(ちなみに、エミリオとはその兄妹の父親の名である。)
アテリオの顔を知らないグランは一応それで納得したそぶりを見せるが、それではごまかされない人物がいた。
(仮面で顔を隠しているとはいえ、)アテリオがいることに、当然姉弟子であるサラは気付く。
「…事態が切迫しているようなので、言い訳は後で聞きますね。」
「というか、貴殿はいったい誰なのだ?」
むしろ、アテリオの方が、サラに気付いていなかった。
「さて、皆、世界を渡り歩いてきて、それぞれ知ってきたこともあるだろう。」
「ここで一つ、情報交換といこうか。」
メビウスが皆を集めて提案する。
この場に集まっているのは、グラン、サラ、アスリィ、ヨハン、ユーフィー、メビウス、アテリオ(偽名:エミリオ)。
アレックスは、魔境の影響でかなり身体に負荷を掛けられていたので、一旦仮眠を取っている。
まず、各々が知っている現状を伝える。
「「オリンポス界」に行って、ヘカテーに会っていろいろ教えてもらって…」
「いいな! アスリィさん、「ドラコーン界」しか行ってませんよ!」
「で、そのあと、荒廃した世界でヨハンさんに会って。」
「こういう能力を持った人が必要らしい。」
「私の方は、アトランティスから始まって…」
「いろいろ情報仕入れてきましたね。」
…etc,etc
つまり、情報をまとめると、おそらくシスター・ルーリウムと思しき人物が既に魔境に中枢部に到着しており、そこにたどり着くためには、世界の繋がりを把握できる人物の協力が必要。
そして、ヨハンが「帝都東京」で出会った少女はそれが出来うるのではないか、というところだろう。
Middle.3.3. 花の導き
さて、残る問題は、どうやってその「帝都東京」の少女、御辻宮嶺羽とコンタクトを取るか、ということだ。
もう一度「帝都東京」に辿りつくまで「ゲート」を探し続けるのはあまりにも迂遠だし、また途中ではぐれてしまう可能性もある。
そこで、ヨハンがサラに向けて提案する。
「それでだ、召喚魔法師殿。」
「異界の人物を召喚する、ということはできないものだろうか?」
要は、「帝都東京」に行くのではなく、嶺羽を呼び出して助力を貰うということである。
召喚魔法に関しては、通常、異界の特定の人物をピンポイントで呼び出す、というのはそれなりに困難だ。
だが、この特殊な魔境内では、そもそも、世界同士の繋がりが曖昧になっている。
その状況を加味すると、サラの判断は、「難しいけど出来うる」、だった。
「できる、と思います。」
召喚術を使うための準備を皆で整えていく。
もちろん、重要なのはサラの召喚魔法師としての力量だが、それはそれとして、
サポートが出来うる魔法師はこの場には多くいる。
高難度の魔法を行使するには、万全の態勢で挑むべきだろう。
準備を終えたのちに、ヨハンがサラに1本の簪を渡す。
「これが触媒とやらになるかもしれない。」
サラが簪を受け取り、詠唱を始める。
普段使うような魔法はある程度詠唱もテンプレート化されているが、このような試みのためには、召喚の基礎理論を十分に理解したうえで、詠唱を作り紡がなくてはならない。
1字1句慎重に、細やかに言葉を紡ぐ。
異世界から特定の人物を召喚して力を借りる。
この状況でなければ成立しえない1度きりの魔法、名付けるなら、《サモン:エトランゼ》とでも言ったところか。その最後の一句を唱える。
「私を呼びましたね。」
「ということは、見つけたのですね、行き先を。」
半透明の立体映像のような形で、花憑人、御辻宮嶺羽が現れる。
「では、導きましょう、貴方たちを。」
「私は、「ゲート」の繋がる先を知ることが出来るはずですので。」
そこで、アスリィが《ディテクトカオス》の魔法で、周囲の「ゲート」の位置を探知する。
数多の「ゲート」が表示されるなか、嶺羽は迷いなく一点を指さす。
「この「ゲート」です。間違いありません。」
すると、嶺羽の姿が徐々に薄くなり始める。
瞬間召喚である以上、そろそろ時間的には限界なのだろう。
「あの「ゲート」が残ったままでは私も困ります。」
「皆さん、活躍を期待しています。」
言い残して、嶺羽(の召喚体)は消滅する。
さて、あとは教えて貰ったゲートに向けて行くだけだ。
少々遠いし、間には障害も多そうだが、ここまで人数が集まった後ならばどうとでもなる。
各々が得意分野で障害を突破していき、彼らは件の「ゲート」にたどり着いた。
Middle.3.4. 多重世界の核
「ティル・ナ・ノーグ界」で見つけた、嶺羽曰く「魔境の核」に繋がっているという「ゲート」
そのもとまでたどり着いてみても、他の「ゲート」と何か違うようには見えない。
なるほど、これでは嶺羽の助力無しに見つけるのは困難だっただろう。
この奥には、おそらくこの事件の黒幕、シスター・ルーリウムが待っている。
集った皆は、ゆっくりと、この「ゲート」に足を踏み入れた。
「ゲート」を抜けた先は深い森の中。
一瞬、ボルドヴァルド大森林に戻ってきたのか、と思ったが、どうやら普通の魔境の森、という訳でもないらしい、
周囲の木々は、「ゲート」と同じ緑色の光を纏いながら、かすかに揺らめいている。
そして、近くには一際大きな樹木。
天を支えるかのようなその樹木には、半ばめり込むようにして、巨大な混沌核が融合している。
これが、この多重世界を繋げていた「中枢部」なのだろう。
樹木の前には、1人の女性。
衣装こそ、修道服ではないが、その姿は既に知っている。
もちろん、シスター・ルーリウムだ。
「ここまで、たどり着きましたか…」
「ようこそ、ボルドヴァルドの魔境の最深部、あるいは、この複合世界の最深部へ。」
「これこそが、複合魔境ボルドヴァルドに点在する全ての混沌核とリンクし、今は複合世界を制御している「核」そのものです。」
ルーリウムが背後の混沌核を示して言う。
よくよく見ると、混沌核の周囲には各世界の映像のようなものが浮かんでいる。
「さて、これらの世界を巡って、何を知ってきました?」
「あなたが、黒幕っぽいことですかね。」
「行く先々の世界で、いろいろ迷惑を被っている人がいること。」
アスリィとヨハンがそれぞれ答える。
ルーリウムはヨハンの答えを聞くと、仕方ない、といった風に首を振って続ける。
「まあ、他所の世界に迷惑をかけるのは出来ればしたくは無かったですが。」
「とはいえ、一度は直接他の世界を見てみることも必要でしたので。」
「それで、あなたは何がしたいんですか?」
「それでは説明しましょう。」
「私たちの目的は、あなた方と変わりません。この世界から、混沌を無くすことです。」
「ですが、その手段が「皇帝聖印」に依らない、というだけなのです。」
そこで一拍置いて
「私たちが考案したのは、混沌のない異界をこの世界を覆い尽くす形で投影し、世界を塗り替えることです。」
「その中途では混沌が大量に必要ですが、それが完遂された世界には混沌は残りません。」
「私たちは「最後の混沌(ラスト・カオス)計画」と呼んでいます。」
世界には「混沌起源説」と言われる、「元々この世界には何もなく、混沌によって投影された世界がこの世界だ」という仮説は確かにある。
世界そのものの投影、ということも不可能ではないのかもしれないが…
だがここで、ヨハンが反論する。
「「混沌起源説」は私も聞いたことがある。だが、それは異界の存在をこの世界に持ってきても、それは結局混沌のままなのでは?」
「私たちは、投影された世界の理ごと、世界を覆いつくすことが可能だと考えています。」
「その場合、投影体は混沌でできている、という理すら覆ります。」
ルーリウムが主張する。
混沌は存在しない、と言う理そのものを投影する。
確かに、そういう説も考えられるが、これについては、もはやエーラムトップクラスの大学者が考え続けても答えにたどり着けていないような問題なのは明らかだ。
どちらにせよ、証拠も前例も何もないし、やってみなければ分からないとしか言いようがない。
これ以上根底理論レベルの議論を続けても無駄と判断したか、ルーリウムは結論を述べる。
「要は、出来る限り穏やかな世界をこの世界に投影したいのです。」
「そうですね。エルフ界あたりが妥当な線だと考えていますが…」
「投影という原理を使っている以上、それは混沌に基づく何かでしかないと、私には思える。」
「それに、その方法で結果的に穏やかな世界になったとしても、過程で穏やかじゃ無さすぎます。」
「しかも、その過程でエルフたちも巻き込むってことだよな?」
ヨハン、アスリィ、グランが三者三様の否定を述べる。
どちらのせよ、賛同は得られなかったようだ。
ルーリウムは、ため息をついて首を振る。
「それから、「私たち」って言ったよな?」
「まあ、同じようなことを考える人はいるものですよ。」
グランがもう1点、聞き捨てならない単語を追及する。
どうやら、目の前のルーリウム以外にも、このような計画のために動いている人間、あるいは組織があるのかもしれない。
「仕方ありませんね。」
「では、この中に、私たちの計画に賛同してくれる方はいない、という認識でよろしいでしょうか?」
ルーリウムの確認の言葉に、グランも周りを見回す。
アスリィは、真っ先に頷き、告げる。
「ええ、グランさんに同意します。」
ヨハンは、再び自身の見解を、述べる。
「私は召喚術の専門家ではないが、それは結局、別の投影体に置き換えるだけに思える。」
サラは、行われている計画の影響を慮り、言葉を紡ぐ。
「私も、出来たとしても、それはそれで、いろんな人に迷惑が掛かりますし、私はそれは望みません。」
アレックスは、素直に自分の考えを、伝える。
「僕としてもね。世界の塗り替えって、ちょっとそれは違うような気がするよね。」
「それに、何よりも、楽しくないよね。それ。」
ユーフィーは、塗りつぶされるこの世界を想い、宣言する。
「ええ、看過する訳にはいきません。」
「この世界を作り上げて来た、全ての人を否定する行いです。それは。」
メビウスは、変わらない目的を、確認する。
「まあ、それを知っていて、貴方たちを止めるために来たのですが。」
最後に、ルーリウムが言う。
「交渉決裂、ですね。」
「ですが、わたしも、何もせずに貴方がたを待ち受けていたわけではないのはご承知を。」
「人の言う正義と、人の言う正義がぶつかったとき、人が何をするかなど、昔から決まっております。」
「よろしい。戦いの幕開けです!」
言うと、事前に用意していたのだろう、ゴーレムのようなものが光満ちる周囲の樹の影から降り立つ。
この場に満ちる異世界の力を制御して作り上げた純粋な力場の塊が人型をとったもの、である。
「さあ、貴方たちが、私を止めるというのならば。」
「私は自らの信じる道を、剣によって証明して見せましょう!」
「「最後の混沌(ラスト・カオス)計画」を進める者、ルーリウムは仮の名、ミゼス・ティアー、参ります!」
Middle.3.5. 無窮なる意志の戦旗
戦いが始まろうとしている。
決着如何では、この小大陸の、この世界の歴史を変えるかもしれない、戦いが。
グランは、戦いを前に、自身の聖印から、新たな力を感じていた。
聖印の呼びかけ、とでも言うのだろうか?
使い手の信念を映し出す、聖印の新たな形。
それを、戦旗(フラッグ)と、人は呼ぶ。
聖印宿る手を掲げる。
聖印から発された光が、糸となり、織り重なり、一つの戦旗を作り出す。
その戦旗を宿す者、自らの道を見失うこと無し。
無窮なる意志の戦旗、アーバレストと人は言う。
その戦旗に宿した想いは…
グランが念ずると、戦旗からは幾つかの分体が現れる。
マイナーフラッグ、と言われる戦旗の持ち主との絆と、想いの象徴。
各々の元にいきわたり、想いを新たに、戦いが始まる。
…開戦。
グランは弓に聖印の力を宿し、矢を番える。
対照的に、ミぜスは聖印の力を炎に変え、武器にまとわせる。
シスター・ルーリウムは
サポートを主にする「支配者の聖印」の持ち主だと聞いていたが、明らかにその聖印は「剣士の聖印」の力もまた内包している。
集った面々を全員相手にしても焦り一つ浮かべないことにも表れている通り、その聖印規模もまた凄まじい。
いったい、どのような方法で、これだけの聖印を育て上げたのか…
「炎の剣よ、新たな世界への扉を開く力を! 立ち塞がる敵その全てを焼き尽くせ!」
続けざまに、さらに聖印の力を剣に注ぎ込む。
刹那、剣を護りに構えたミゼスの元に、アスリィが駆け込む。
身体強化の生命魔法を乗せて、拳を正確に叩き込む。
後方から、グランの聖印による支援が飛ぶ。
命中の瞬間、魔力を拳の勢いに変換する術式、魔法陣が光り、拳を包み込む。
体内に直接威力を伝える攻撃に、ミゼスは咄嗟の判断で、剣による守りをあきらめ、聖印防壁を展開する。
だが、それでも威力の大半は減殺しきれない。
ミゼスが、想定を超える攻撃に顔をゆがめる。
そして、生まれた隙にグランが続けざまに矢を放つ。
ミゼスとゴーレムを個別に狙う矢を放つ、その瞬間を狙って、ミゼスは聖印の力で手元を狂わせるが、それでも避けきれない。
全弾命中を確認したうえで、聖印の力を込める。
ここまでの流れは、ヴィルマ村のメンバーとして戦ううち、幾度となく見た、グランとアスリィの初撃のコンビネーションだ。
流石の連携精度で、ミゼスの顔にも焦りが見える。
また、背後ではアテリオが《クラッシュダウン》の魔法でゴーレムを浮かせ、地面に叩き付ける。
ゴーレムの巨大な図体を利用した攻撃によって、4体のゴーレムのうち1体は破壊され、周囲の木々と同じ光になって四散する。
だが、ミゼスも流石にただ劣勢とは言わせない。
アレックスの攻撃を、聖印による妨害と自己強化を駆使して避け、改めて剣を構える。
そして、ミゼスがニヤリと笑って聖印を掲げる。
聖印の力で2者の位置を入れ替える技、《瞬換の印》で自身とペリュトンの位置を入れ替えたのだ。
結果として、ミゼスはヴィルマ村の後衛、アテリオとサラの元に一瞬にして現れる。
そのまま、炎の剣で薙ぎ払う。
魔法師の2人にはまず間違いなく致命的な威力の剣が迫る。
が、サラが異界の巨人、ギガースを呼び出し、アレックスも元素の防壁を重ね、威力を大幅に減殺する。
極大混沌一歩手前級にこの場の混沌濃度が高まっているのも幸いし、最低限の被害に抑える。
撒き散らされた炎が残り、体力を奪うが、少なくとも即座に問題にはならない。
そう、即座に問題にならないならば、この場には回復のスペシャリストがいる。
ヨハンが鎮火の符を用いて、すぐに態勢を立て直していく。
そうして炎を気にせず動けるようになったサラは《サモン:ラストイーター》の魔法を唱える。
金属を腐食させるこの魔法は、相手を選ぶが、剣と鎧で武装したミゼスには地味に痛い。
次に、周囲に出現していたゴーレムたちが構える。
しかし、ミゼスの動きには1つ、違和感があった。
魔法師でないミゼスにはゴーレムが制御できているようには見えないのだ。
ゴーレムたちはただ「最も近くの敵を殴れ」と命令されている、そう見抜いていたはずだった、のだが…
ミぜスが聖印を掲げる。
再びの《瞬換の印》でゴーレムと自身の位置を入れ替える。
ミゼスに代わって魔法師たちの元に現れたゴーレムが、そのまま自身の体そのものをエネルギーとして爆散させる自爆攻撃を放つ。
広範囲を光の奔流が包み込む。
ゴーレムとの位置交換で安全圏まで離脱したミゼスが、聖印で爆発に威力を加える。
再び、サラがギガースを呼び出し、爆風を最小限に抑える。
無差別攻撃を無差別に防御した結果、自爆攻撃をしたはずのゴーレムも未だに戦場に立ち続けているが、それは仕方ない。
さらに即座にヨハンが回復の香を焚き、自爆攻撃で削れた体力、ここまでの戦闘で消耗した気力を癒していく。
これぞ、エーラムで作成されるポーションの中で最高ランクと言われる「エクストラポーション」だ。
無差別に回復香を炊いた結果、ゴーレムも一緒に回復しているが、それは仕方ない。
残りのゴーレムも動き始めるが、移動をしなくてはならなかった関係上、自爆攻撃は放てない。
近くの標的を殴り続けるが、ギガースに阻まれ、有効打を与えられない。
ヨハンの回復があると分かっていることもあって、魔力消費をほぼ気にせずに使え、高い混沌濃度で普段以上の防御力を誇るギガースは、この場の戦線維持に絶大な役割を果たしていた。
回復香を焚き終えたヨハンが、続いて取り出したのはハンドグレネード。
あまり攻撃魔法は得意ではないが、ゴーレムが集まっているところにそれを放り投げる。
そして、一通りの攻防を終え、戦いは次の局面を迎える…
Combat.1.2. 決着の時
再び、お互いに態勢を整える。
グランは、切れそうになった弓に宿した聖印の力を宿し直す。
サラは、相手には高い混沌濃度を活かす手段がないと踏んで、混沌濃度を上げる。
引き続き、アスリィは位置交換で退避したミゼスを追いかけ、相手取る。
剣によるガードを貫いて攻撃できるアスリィは、相性としては悪くない。
魔力と、グランの支援を乗せた拳を振りぬき、ダメージを蓄積させていく。
アスリィがミゼスと相対する中、ヨハンは2つ目のグレネードを取り出し、ゴーレムたちのもとで炸裂させる。
巻き込まれたゴーレムの内、すでに深く傷を負っていた1体はこの爆風がトドメとなり、機能を停止する。
爆炎の中で、ゴーレムが緑色の光に還って散っていくのがちらりと見える。
爆炎が晴れ、視界が通ったところでグランが残る2体のゴーレム、そしてミゼスに向けて二の矢を放つ。
ミゼスが妨害し、手元が狂いかけるが、アスリィが覚えたての時空魔法で
サポートし、矢は真っ直ぐに標的に向けて放たれる。
(っ! ここで手駒を失うわけにはっ!)
ミゼスは敢えて、聖印防壁をゴーレムに張る。
防壁に守られた1体は戦場に立ち続けるが、もう1体は核らしき部位を貫かれ、光となって四散する。
一方のミゼスも、防壁無しで受けた矢には、深刻なダメージを与えられる。
続くアテリオは、《クラッシュダウン》の魔法を、最後のゴーレムにかける。
ミゼスとしてもゴーレムをここで失うわけにはいかないし(ミゼスにとっては、ゴーレムは位置交換を使った移動の基点としての意味も大きい)、ヴィルマ村陣営としてはここでゴーレムを沈めたい。
お互いから聖印、魔法を駆使した多くの支援、妨害が飛び交い、その末に手数の差で無事に《クラッシュダウン》の魔法がかかる。
ゴーレムの巨体は浮き上がり、そのまま地面に叩き付けられる、が、まだ機能停止には至らない。
ゴーレムが動いていることを確認すると、その瞬間に聖印を使い、ミゼスとゴーレムはまたもや位置を入れ替える。
今のうちではないと、ミゼスが敵陣に飛びこむ機を失ってしまう、という判断で、アレックスが攻撃を構えていることを承知で打った一手だった。
だが、今のアレックスは遠距離攻撃が出来るところが、少々誤算だった。
アレックスは少々離れたところから、熾天使ミカエルの触手(と本人は主張している)を伸ばして、ゴーレムを狙う。
ゴーレムは《クラッシュダウン》の損傷が残っていたこともあって、これで砕けて、光に還る。
これで、残るはミゼス本人のみ、となったが、その本人は今、後衛陣の真ん中に立っている。
剣を薙ぎ、聖印の力を限界まで注ぎ込む。
防御魔法をされることは承知で、正面からその防御を打ち破る一撃を放った、はずだったが、後衛を崩壊させるには至らない。
この時点で、ミゼスに一撃で相手を倒すだけの火力が出せず、体力も限界に近い。
ヨハンの回復もしばらく尽きる様子はない。
趨勢は決まりつつあった。
最後はアスリィが再三の拳を決めて、ミゼスは地に倒れる。
こうして、「最後の混沌(ラスト・カオス)計画」は、果たしてその実現が可能であったのかも分からず、ここに幕を閉じたのである。
「これで…、そうですか…」
「私たちの理想は…実らなかったの…ですね…」
ミゼスの言葉が途切れると、森林のような様相を保っていたこの空間が、ノイズが入るように乱れ、崩れ始める。
ユーフィーと共に他のゴーレムに当たっていたメビウスが、声をかける。
「彼女からの制御が途切れたのですね。」
「繋がった他の世界との「ゲート」も、いずれ、薄れて消えることでしょう。」
「混沌核の浄化はいいのか?」
「試みるのは構いませんが、貴方の聖印規模では難しいと思いますよ。」
「最低でも侯爵級の聖印が必要ですね。」
、
あまりに巨大なこの場の混沌核は、グランの聖印規模では(ユーフィーを合わせても)、浄化は難しい。
ボルドヴァルドの大森林に関しては、今まで通り、地道に浄化しておくほかないだろう。
それはそれとして、ミゼスの聖印はある。
それについては、グランとユーフィーで分割して吸収する。
(ちなみに、ユーフィーは「不殺」を掲げる君主であるが、自身がゴーレムと戦っているうちにグランたちが倒してしまったものについてはとやかく言わないし、あるなら聖印の吸収はする。)
この時点で、グランの聖印は準男爵と言える規模にまで成長していた。
ヴァレフールの君主としては、レア伯爵、トオヤ護国卿、そして七男爵に次いで、十本の指に入るほどだろうか。
「で、帰る道はあれでいいのかな?」
聖印の回収を終えたユーフィーが、1つの「ゲート」を指さす。
他の世界に繋がっている「ゲート」が崩れていく中、それだけは形を保ち続けている。
つまり、アトラタンに繋がっている「ゲート」ということだろう。
「それっぽいですね!」
「ま、とりあえず帰ろうか。」
アスリィとグランも同意する。
そうして、アトラタンに、ヴァレフールに、ヴィルマ村に帰るため、緑色の光湛える「ゲート」に、幾度となく通った「ゲート」に足を踏み入れる。
次に彼らが見た景色は、以前見た、ボルドヴァルドの隠れ里「トピア・サークル」の奥地。
神殿のような建造物、台座の上には、混沌核が見える。
だが、ミゼスとの決戦の地にあったような、巨大かつ不安定なものではない。
ただ穏やかに、それはそこにあった。
よく見ると、台座には以前ミーシャが作った聖印の輝石に似た石が嵌め込まれているのが分かる。
これが、アーシェルの作り出したという、結界の元となっている聖印石なのだろう。
決戦の地にいた面々、それからカレン、ステラ、ルナもこの地に戻ってきているようだ。
「あそこにいるのは、カレンさんと、あと、誰?」
「あ、ステラさんだ。やっと居た。」
グランが見知らぬ人物が増えて居るのを見ていると、アテリオがその人物に話しかける。
「全部、終わったようですね。ありがとうございます。」
「まあ、こっちもこっちでいろいろあったのですが…」
「いやー、勧誘してたんだけど、なかなかカレンさん応じてくれなくて。」
カレン、それからステラが口々に言う。
ともあれ、皆無事に異世界の旅から帰ってきて、この地に再び集まることが出来たようだ。
ただ、一人を除いて…
(そろそろ、正体を問い詰めたかったが…)
ヨハンが思う。
そう、謎の魔法師メビウスは、いつの間にか姿を消していた。
グランも彼の姿が見えないことに気が付いたようだ。
「あれ、メビウスさんは?」
「そもそも、あなたの知り合いですよね。」
ヨハンはユーフィーの方に目線を向けて聞く。
「まあ、知り合いと言ってもよく分からないんだけど。」
「昔ね、私に手品を教えてくれた人なの。」
そう、メビウス青年は、かつて魔法使いになりたかった、でもその才能が無かったユーフィーに、代わりにと言って手品を教えてくれた旅の魔法師である。
その正体は、ユーフィーも知らないのだが…
「もともと、こっちは不干渉と言っていたんだし、これが暴走しているとかいう訳でもないのなら。」
「ええ、全く問題ありません。」
言うと、グランはユーフィーの方を見る。
不干渉を決めたタイミングではまだ不在だったが、彼女の判断も関わってくる問題だ。
「ま、とはいえ、どうにもならないしね。これ。」
「私としては、この混沌核も、この村も、すぐにどうこうしようとは思わないかな。」
「まあ、そのあたりは、村に戻ってから改めて。」
「あ、キミはユーフィーさんだったかな?」
「あなたは?」
「もしかしたら聞いたことないかもしれないけど、最近ヴァレフ―ル中を周って公演をしている劇団カンパネラの団長、ステラだよ☆」
そう言って自己紹介するが、残念ながらユーフィーはその劇団の名前を知らなかった。
余談だが、むしろ、近くで話が耳に入っていたヨハンの方が知っていた。
デュラン家の兄弟子には、歌劇団を主宰し、演劇分野で活躍するアラン・デュランという人物がいる。
もしかすると、彼経由で知っていたのかもしれない。
「すいません。ちょっと存じ上げないのですが…」
「そっかー、ショックだなー。」
「で、とりあえず、私の悪癖として、キミを勧誘したいんだけど☆」
「あ、悪癖って…」
「えっと、私、一応テイタニアの領主なので、離れる訳には…」
自分で悪癖と言い切ってしまうのはどうかと思うが、どちらにせよ、一都市の領主を引き抜こうとしている時点で常識的ではない。
ユーフィーとしても、自分の手品が認められたのは嬉しいが、それはそれとして、旅劇団に入る訳にはいかない。
(彼らがテイタニアで活動するならまだしも。)
「ルナちゃーん、振られたー。」
ステラは近くにいた仮面姿の劇団員に言う。
「また勧誘してたんですか…」
ユーフィーの元を離れたステラは、今度はグランに声を掛けに行く。
「で、キミはどこの領主さんかな?」
「ああ、そこのヴィルマ村の。」
「なるほど、アテリオ君の言っていた、彼の妹さんがいる村だよね。」
「ん?」
そんな会話を聞いて、エミリオ(偽名)が慌てて割り込む。
「ちょ、ちょっと、ステラさん!」
「何言ってるんですか!」
「え? アテリオ君、隠してたの?」
「当たり前ですよ! ここ、ヴァレフールですよ!」
ステラとアテリオ(本名)が、問答を始めると、アテリオの背後に、姉弟子の姿が…
「…アテリオくーん、やっぱり来ちゃったんですか…?」
「いや、姉貴、俺はパトラ村の契約魔法師としてきた訳じゃなくて、ただのアテリオとして来ただけで。」
「ふーん。」
サラが冷たい声で返す。
どちらにせよ、アントリアの契約魔法師がヴァレフールの、しかもかなり南の方まで来ているという時点で、割と大問題である。
ステラが何とかとりなそうとするが、グランたちとしても、知ってしまった以上見逃すわけにもいかない。
(特に、他の村ならまだしも、グランとサラはヴァレフール伯爵直属である。)
まあ、ひとまずはヴィルマ村に連れて行って考えるのが妥当な線だろう。
グランはため息を一つつき、アスリィに言う。
「まあ、とりあえず、ヴィルマ村に連れて帰るか。」
「アスリィ、その間、ちょっと面倒を見てやれ。」
「マジですか! グランさん大好き!」
こうして、新たな問題を抱えつつ、ボルドヴァルドの隠れ里「トピア・サークル」から帰還することになったのである。
ヴィルマ村に帰る道すがら…
グランは、いつの間にか、服のポケットに1枚のカードが入っていることに気が付く。
取り出して、内容を眺める。
読み終わると、そのままカードをぐしゃりと握りつぶす。
Ending.2. 錬成魔法師の後片付け
ヴィルマ村に帰着後…
ヨハンは、今回の件で作った血清に関しての資料を簡単にまとめてヴィルマ村の面々に託すと、早々に帰り支度を始める。
大陸のローズモンドでは、ヨハンの同僚であるヴェルトールが未だにこの毒の呪いに苦しんでいる。
彼に血清を届けなければいけない以上、残念ながら、ここで長居している訳にはいかない。
こうして、ヴィルマ村には「ヴァレフスの血清」に関する資料、そしてその貴重なサンプルが残された。
この存在が、これからブレトランドに起こる何かで、カギになるのかもしれないし、特にもう活用されることはないのかもしれない。
それから、ヨハンは血清の資料と一緒に1冊の冊子を手渡す。
グランとアレックスが聞きたがっていた、東洋の菓子「杏仁豆腐」のレシピである。
材料、作り方、ちょっとしたコツなどが分かりやすくまとめられたその冊子。
魔法師ではなくて本職の料理人ではないかと思うほどのクオリティのそれを渡すと、ヨハンは笑って言った。
「医食同源、ですからね。」
ローズモンドに帰還して。
ヴェルトールは、ヨハンの持ち帰った血清で無事に容態は回復する。
ヨハンから、今回の件の概要を聞いたヴェルトールが礼を述べる。
「なるほど、手間を掛けましたね。」
「まあ、それで元気になったら、早く公務に復帰してくれ。」
「いい加減、お嬢様のストレスが溜まってきているからな。」
「この呪いさえ治せれば、体の丈夫さには自信がありますからね。」
「ああ、それからもう1つ。」
「貴方確か、ヴァルスの蜘蛛にツテがありましたよね?」
「まあ、連絡を取ろうと思えば出来ますが…」
それを聞くと、ヨハンは1本の簪を取り出す。
「こういう異界の存在について、もしヴァルスの蜘蛛で分かることがあれば。」
ヨハンとしても、「異界を観測出来る」というあの異界の少女のことは気になっていた。
ちなみに、ヨハンも、そしてヴェルトールも知らないが、ヴァルスの蜘蛛には、1人、同じく「帝都東京」からやってきた投影体の少女がいる(下図)。
もし彼女に話が伝われば、あるいは…
このヨハンの依頼が、また次の事件のカギになるのかもしれないし、特に何も分からないのかもしれない。
Ending.3. また会えたキミに
アレックスは、ヨハンの作成した血清を持って、再びロキ(アイディ)の元を訪れていた。
「さて、これでようやく、アイディが戻ってこられる訳だね。」
血清の小瓶を眺め、ロキがつぶやく。
当初から思っていた通り、血清でアイディの身体を治療して、ロキが退去する。
そのはずだったが、アレックスはロキに1つ、十六国家の異界「ウィロー界」からついてきてしまった獅子の霊獣を指して提案をした。
「ああー、それなんだけど。ロキ、このライオンとか、どう?」
「…どう、とは?」
唐突な提案の意味が分からないロキが聞き返すと、アレックスが得意そうに説明する。
「いや、だって、このままだとロキは消えるんでしょ?」
「だったら、このライオンっていう便利な体に。」
「便…利…?」
どうやら、アレックスの提案としては、アイディの身体から退去して行き場のなくなったロキが、この獅子の霊獣に憑依できないか、ということらしい。
そうすれば、投影体としてのロキが、実体を失ってアトラタンから消滅することも無く、もしいずれ大量の混沌核を見つける機会があれば、再び実体を取り戻せるかもしれない。
それを聞いて、少し考えて、その案に対する見解を告げる。
「まあ、アイディに憑依していたのと同じ理屈で出来なくはないが…」
「だが、まず第一条件として、コイツが同意してくれなきゃ難しい。」
「うーん、そうかー。」
それを聞くと、アレックスは何とか獅子の霊獣との交渉(?)を試みる。
魔王級の人物の使い魔であっただけあって、知性は割と高く、意思疎通を図れる相手だが…
(…はあー、まあ、しゃーねーな。)
とでも言いたげに、霊獣は頷いた。
どうやら、アレックスの交渉は成功したようだ。
伝染病に侵されていたアイディと違って、ロキの憑依時に自我を眠らせ続ける必要もない以上、一応共存は可能であるのも幸いした。
「まさか、こんな解決策を見つけてくるとはな。」
「ま、とはいえ、いつまでも憑依状態でも不便だからな。そのうち僕の実体を取り戻せるだけの混沌を見つけてくれ。」
そう言うと、ロキは、アイディの体に血清を打ち、自身は憑依先を変える魔術を唱える。
こうして、数年間、伝染病に侵されていた少女は、ようやく健康な身体を取り戻した。
しばらくして。
ベッドに寝かされていたアイディが目を覚ます。
「えっと、アレックスだよね?」
「うん、アイディは、戻ったんだよね。これで。」
「うん。」
アイディの答えを聞くと、アレックスはアイディを持ち上げて言う。
「うーん、戻ったはいいものの、この大きさだよな。」
「でも、思考力はこれで…」
当然ながら、憑依が解けたところで身体は成長が止まっていたままな訳である。
対して、幼女姿のアイディは意外にも大人びた口調で答える。
「でも多分、中身は年相応だと思うわ。」
「だって、私、ロキの視点として、ずっと見てたもの。」
それは、ロキも言っていなかった、
どうやら、完全に自我を眠らされていた訳ではなく、能動的な行動をとる人格として表面に出られなかっただけらしい。
「え、じゃあ、カレー事件も?」
「あの香辛料の量は、どうかと思うわ。」
しっかり見ていたようだ。
「いや、もしかしたらアイディの体も辛いのに耐性があるかもしれなかかったし。」
「私、ロキに憑依されていたとはいえ、普通の人間よ?」
当然、アイディは普通の人間だし、香辛料を知ってからのアレックスと交流があった訳でもない。
常軌を逸した量の香辛料に耐性などあるわけもないのだが…
そんな話をしていると、ドアを開けてリリスが入って来る。
「おいアレックス!」
「あのロキとかいうヤツ、どっかいったってホントか?」
「なんだ、僕はここにいるぞ、黒翼娘。」
「ん? 何だコイツ、ライオン?」
リリスの質問に、傍らのロキ(ライオン)が答える。
そういえば、確認していなかった(ロキも、空気を読んでアレックスとアイディの会話中は黙っていた)が、こちらの憑依先の移動も無事に成功したらしい。
「で、こっちのちっこいのはどうなったんだ?」
「元に戻ったよ。」
アイディを差して聞くリリスに、アレックスが答える。
アイディはベッドから立ち上がると、リリスに言う。
(先述の通り、ロキに憑依されていた時も周囲が見えていたようなので、リリスのことは知っている。)
「そういう訳で、これから同じ村の住民として、よろしくお願いします、リリスさん。」
ちょこん、とスカートの裾をつまんでお辞儀をする。
姿が変わらないままでの大人びた姿は、どこかおしゃまな印象で、リリスとは対照的だった。
アレックスが思い出したようにアイディに言う。
「あ、そうだ。アイディにお土産があるんだ。」
そう言って、「ウィロー界」で魔法使いホレスに貰ったクマのマスコットを取り出す。
「あら、可愛いじゃない。ありがとう、アレックス。」
アイディがお礼を言うが、対してリリスは頬を膨らませてアレックスに言う。
「アレックス! 私には無いのか!」
「ほら、リリちゃんはこのライオンに乗って魔境に行くっていう…」
どうやら、アレックスの中では、リリスへのお土産は獅子の霊獣を見せてあげる(そして魔境の冒険に行く)ことだったらしい。
(しかも、その霊獣は現在、ロキが憑依している。)
「なんか、私だけ扱い違うんじゃないか?!」
「だって、リリちゃんにぬいぐるみあげても、ちょっと似合わないというか…」
「そんなことはないぞ!?」
リリスがちょっと涙目になりつつ言い返す。
あまりにもな、アレックスのリリスへの扱いに、ロキとアイディも「あ、コイツ何も分かってねーな。」と言いたげな目を向けていたが、当然アレックスが気付くことは無かった。
「うーん、そうか。 じゃあ、次何か見つけたらあげるね。」
「じゃあ、次は何か用意してくるんだな。」
「た、楽しみに待ってるからな!」
「新しい香辛料とか。」
「…あ、それはいいです。」
いくらアレックスからのプレゼントでも、さすがに香辛料はもう懲りたらしい。
Ending.4. サラの今後
一方、サラはドラグボロゥからの連絡を受けていた。
議題は2つ、今回の事件の報告と、サラの今後についてだ。
「こんにちは、ヴェルナです。」
「こんにちは、ヴェルナさん、こちらサラです。」
「この度の件はお疲れさまでした。」
「まあ、アテリオさんについては、あまり強硬な手段に出てアントリアを挑発するわけにもいかないという事情がありますし…」
「今回の事件の解決にご協力いただいたという証言もありますし、強制送還、ぐらいではないかと思います。」
まず、そう言ってヴェルナは今回の件の後始末のうち最も厄介な人物について言及した。
ちなみに、後日決まったことだが、アテリオの処遇に関してだが、結論を述べると、ヴェルナの言っていた通り、「アントリアへの強制送還」で事が済んだ。
まず、敵国アントリアの(しかも最前線の村)の魔法師がヴァレフールに来ていた、というのは大問題だが、それはそれとして、アテリオを殺すのは、ただただアントリアの敵意を増すだけであるし、そうしたところでパトラ村には新たな魔法師が派遣される。
つまり、アントリアの戦力を削ぐことにもならないのである。
第一、戦闘時の不慮の事故でもない限り、魔法師を殺すことはエーラムとの協定で固く禁じられている。
幸い、「ボルドヴァルドの森林で起こった、ブレトランド中を巻き込んだかもしれない計画」を阻止するために、仕方なく国境を犯したというタテマエもある。
まあ、つまりは、とりあえずさっさとアントリアに帰らせるのが、一番問題が少ない、ということだった。
帰らせた後で上司にあたるスクュル・トランスポーターあたりにどれほど怒られるのかはともかくとして。
「それから、ミゼスについてですね。」
「彼女は今回の計画をほとんど1人で進めていたようですね。」
「聖印教会もあくまでただの隠れ蓑。他に残党がいるとか言う訳でもありませんので、事件後は不気味なほどに静かなものです。」
ここで、一度言葉を切って、ヴェルナは次の話題に移る。
「さて、これで、ヴィルマ村、それからボルドヴァルド大森林をとりまく事件は一通り終息した訳です。」
「ヴィルマ村に関しては、これまで同様、開拓・復興に尽力して頂ければと思います。」
「ですが、それはそれとしてサラさん、貴女についてなのですが…」
ヴェルナは聞きたいことは当然サラには分かっている。
ヴィルマ村に残るか、ドラグウボロゥに戻るか、あるいはエーラムに行くか、そろそろ決めなければならない。
「それですが、事件も終息しましたし、アスリィさんが契約魔法師としてだいぶ仕事も出来るようになったので、私としては、そちらに戻らせて頂けないかと考えているのですが。」
サラの言葉に、ヴェルナはすぐに了承する。
「はい、分かりました。」
「もともと、貴女の選択に委ねる、という話でしたので、貴女がどのような選択をしたとしても、大丈夫なように準備は整っていますとも。」
「ありがとうございます。」
「まあ、ですが、そちらのグランさん、アスリィさん、ヴィルマ村の皆さんへの説明は、そちらからお願いします。」
「では、サラさんがドラグボロゥに戻ってこられる日を、楽しみに待っています。」
そう言うと、ヴェルナからの通信は切れる。
通信が切れた後、サラが、順番に報告に行こうかと考えていると、背後から1人の人影が声をかけた。、
「お別れ会の話かな☆」
劇団カンパネラの団長、ステラである。
後ろでこっそり話を聞いていたらしい。
「うわあ、す、ステラさん!」
「ごめんね、ついつい聞いちゃった☆」
「それで、これから伝えに行こうというのなら、私からもぜひお別れ会の提案をしようじゃないか。」
「お別れ会の時にはぜひ、我が劇団カンパネラに公演の許可を頂こうかと思ってね☆」
驚くサラに対して、ステラが語る。
どうやら、これが目当てだったらしい。
まあ、サラとしても、勝手に提案する分には止める理由もない。
こうして、2人は連れだって、ひとまずグランの執務室へと歩を進めた。
サラとステラが執務室のドアをノックする。
「どなたですか?」
「サラです。」
「と、ステラです☆」
「また、珍しい組み合わせだな。」
そう答えると、グランは2人を執務室に招き入れる。
執務室には他の用事で来たのだろう、アスリィもいたので丁度いい。
まずはサラの方から、自身の今後の方針について結論を伝える。
「あの、相談もせずに決めてしまったことで、とても申し訳ないのですが、私としては、もうそろそろドラグボロゥの方に帰らせて頂こうかと。」
「えー、サラさん、帰っちゃうんですか!」
「まあ、もともと、この復興のために協力してもらうために、という話だったからな。」
「いつか、そういう日が来るとは思っていた。」
アスリィとグランがそれぞれの反応を返す。
「じゃあ、(ドラグボロゥに)遊びに行きます!」
「アスリィさんも、立派な契約魔法師として自立できていますし、グランさんも領主として仕事も出来ているので。」
「本国から手助けできることもあると思うので、そちらからの支援は続けていただきたいと思います。」
「ああ、よろしく頼む。」
ヴィルマ村から離れると言っても、比較的ヴィルマ村はドラグボロゥから近い。
それに、ヴァレフール魔法師団次席となるということは、どちらにせよ近い立場で一緒に仕事をすることにはなるだろう。
サラから一通り話を聞いたところで、ステラが割り込む。
「で、そう、それなんだけど☆」
「ぜひ、彼女のお別れ会を開いたらどうかな、とおもうんだ。」
「まあ、それは開くつもりだが。」
「その時に、劇団カンパネラに公演の許可を頂きたいんだ☆」
「ふむ、お別れ会を開くとしたら、どのくらいお金がかかるんだ?」
「あー、ちょっと待ってね。会計係の子呼ぶから。」
「よし、じゃあ、そういうことで。」
「あと、アテリオくんはそっちに委ねるから、私の責任ではないからね☆」
ステラの提案に、グランが冷静に検討を始める。
一方のステラは真面目なお金の話になると興味を失くしたようだ。
そのまま劇団カンパネラの担当者を呼んで丸投げする。
(ついでにアテリオのことについても丸投げする。)
Ending.5. 隣町の領主と
サラとステラが退室した後、グランはアスリィに頼んで通信をつなぐ。
相手は隣町テイタニアの領主、ユーフィー・リルクロート。
議題は今回の事件の顛末、それからその事件の過程でグランたちが知った情報、「トピア・サークル」の扱い。
「割と内密な話なんですが、あれは昔、この村をアーシェル・アールオンが治めていた時代から森に住んでいる勢力だそうです。」
「それで、アーシェルが彼らと結んだ協定の中に、『アーシェルの子孫たちが村を害そうとした時にヴィルマ村に呪いを発生させる。』というのがあったそうです。」
「ふーん、なるほど… あの伝染病にそんな裏が。」
「伝染病については、薬も出来たからひとまず解決だけど、あとは、あの村をどうするかだよね。」
「正直、彼らについてはカレンさんたちも言っていた通り、無害認定を受けなかった投影体など、いわば無法者の集まりなのですが…」
「ひとまずは不干渉とすると話が進んでいます。」
「まあ、ヴィルマ村と不干渉の話が進んでいるなら、こちらとしてもその条件に乗っかった方が、問題は少ないかな。」
ユーフィーとしても、別に積極的に「トピア・サークル」をどうこうしようという意図はない。
少なくとも400年以上、歴史の表舞台に出て来ずに隠れ住み続けた集団なのだ。
こちらから何かしなければ、今さら外に迷惑をかけることも恐らく無いだろう。
「もちろん、一度ドラグボロゥの方に話を通す必要はあるでしょうが。」
「あまり公にはできませんけどね。」
「話が広まるといろいろ煩そうだしね。 隣国とか。」
グランとの通話を終えると、ユーフィーは契約魔法師のインディゴ・クレセントに言う。
(通信をつないでいた以上、インディゴもグランとの会話は聞いていたが。)
「…ということがあったんだ。」
「なるほど、まあ、ヴィルマ村の領主が考えて結論したことなら、それでいいでしょう。」
インディゴとしても、その結論で問題ないようだ。
「もともと、あそこはどちらかというと単純な地理的にはヴィルマ村の管轄のあたりだしね。」
何となく、慣習的にカーレル側の南北で住み分けしているようなところはある。
後はヴィルマ村に任せてもいいだろう。
Ending.6. 復讐者の時間
翌朝、グランは村を出て、大森林の入口へと向かっていた。
指定された場所には、ミゼスとの戦いにおいて共闘した魔法師、メビウスが待っていた。
昨日、魔境から帰る時、グランのポケットにいつの間にか入っていたカードには、このように記されていた(下図)。
このカードを受け取った時から、メビウス=クラインなのではないかと思っていたが、その推測は正しかったようだ。
記憶にあるクラインとは全く違う姿だが、高位魔法師であるパンドラのエージェントならば、そう珍しいことではない。
「いらっしゃいましたか…」
「来るか来ないか、半々ぐらいと思っていましたよ。」
「まあ、来るさ。 それで?」
「なに、簡単なことです。」
「あなたは復讐の機会が欲しい。私としては、貴方をこのままにするのは危険が過ぎる。」
「でしたら、ここで決着を付けた方が良いでしょう? お互いにね。」
そう言うと、一呼吸置いて、メビウス改めクラインが続けた。
「とはいえ、今の貴方には背負っているものも多いですからね。」
「だから、乗ってくれるかは、おおよそ半々ぐらいかと思っていたのです。」
「これは俺にとっても必要なことなんだ。止まってしまった時計の針を進めるために。」
「…そうですか。」
言葉を切り、クラインは魔法杖を掲げる。
対するグランも、弓を構える。
お互いに、理解している。
グランの弓術は、接近戦も可能であり、弓使いに対しての決闘とはいえ、距離を詰めれば良いというものでもない。
クラインは元素魔法を用いる。その大きな特徴は各魔法系列の中でも屈指の火力だが、一方で攻撃を弾く魔法も魔法壁もあり、ヤワな攻撃でどうこうできる相手でもない。
…つまり。
この戦い、どちらが勝っても、おかしくない。
次の瞬間、風が吹いた。
刹那早く、グランの矢が放たれる。
《ウィンドパリィ》の魔法が弾こうとするが、魔法の風を読み切った一射は、風を超えてクラインに迫る。
とはいえ、クラインの判断も素早かった。避けられないと悟るや、即座に思考を切り替えて《エレメンタルシールド》を展開する。
威力を減殺された矢が突き立つ。
一射ならばまだ耐えられる。だが、次は無い。
返しの魔法が詠唱される。
選んだ魔法は《クラッグレイン》。高位の地属性元素魔法。
本来は範囲制圧に適した魔法であり、魔力消費も難易度も高いが、ここは温存を気にしていい場面ではないのは明らか。
広範囲を渦巻く石礫の嵐を避けるのは至難。
だが、この一撃を受けても、グランはまだ戦場に立っていた。
一撃ならば、まだ耐えられる。次が無いのはこちらも同じ。
次の一撃を決めた方が、勝つ。
だが、この決闘を見ている人物がいた。
グランの契約魔法師、アスリィだ。
ヴィルマ村の朝は早い。
黙って村を出ていくグランに、アスリィが気が付かない訳が無かった。
クラインの魔法をグランが受けた瞬間、陰から見ているだけでいる訳にはいかず、彼女は戦場に飛び出した。
身体強化の魔法を掛けながら走り、弾丸のようにその拳を繰り出した。
クラインが飛び出してくるアスリィを視認した直後、その拳は決闘の終わりを告げる。
その瞬間、パンドラの魔法師が浮かべた表情は、自らの見込みの甘さへの自嘲か、それとも…
アスリィが出てきたことに驚きながらも、グランは改めてクラインの前に立つ。
「あなたも分かっているでしょう。これで戦いが終わる訳など無いと。」
「わかっているさ。これは始まりに過ぎない。」
「だが、これでようやく俺の時が進み始めた。」
「ミゼス嬢が言っていました、戦いとは正義と正義のぶつかり合いであり、ゆえに尽きないものだと。」
「アイツとは絶対に相容れないが、その言葉には同意しましょう。」
魔法師は一度言葉を区切り、新たな戦いを予言する。
「今は、キミの正義が勝ちました。」
「ですが、いずれまた、パンドラは、キミの前に現れる。」
「なら、その悉くを打ち払ってやる。」
仇などに言われるまでも無く、あの日から、ずっと戦っている。
此処でクラインを倒したことなど、通過点だ。
Ending.7. フェアウェル・ユー
後日、ヴィルマ村では、ドラグボロゥの魔法師団に戻るサラの送別会が行われていた。
開拓最初期からこの村を支え続けた魔法師の送別会とあって村の主たる人々の多くが出席したものとなった。
パーティーで出される料理の多くはヴィルマ村で作られた産品、そもそもこの会場だって開拓民の皆によって建てられたものだ。
ある意味で、このパーティー自体が、ヴィルマ村復興の証と言えた。
そして、持ち込まれる新たな村の産品がもう一つ。
「おーい! お待ちかねの、ヴィルマ村の地ビールだぞ!」
そう言って、冒険者の店の主人、レグザがビール樽を会場に運ぶ。
かねてより、冒険者の多いこの村で需要の高かった酒類。他村から輸入していたそれもまた、ヴィルマ村での生産が可能になっていた。
レグザは続けて、ビール樽の隣にベーコンを積み上げる。ナゴン村名産の羊肉ベーコンだ。
「おう、それから、隣村の領主の兄ちゃんから祝いの品が届いてるぞ。」
「あの兄ちゃんは、相変わらず耳がはえーな!」
どうやら、ナゴン村の領主リヒターにも、サラの次席魔法師就任の噂は届いていたようだ。
かねてよりディレンド・グレイル引退の話は流れていたものの、流石の情報収集能力である。
レグザと話していると、隣からアイテム屋の少女、ミーシャがぴょこんと現れる。
「そうそう、私はお手製のパイを用意しましたよー!」
「私の故郷の味なんですよ! どうぞ、ご賞味あれ!」
ミーシャの故郷であるアーランド界では、素材を組み合わせてアイテムを作る「錬金術」が盛んであった。
当然、料理もその応用で作れるのだが、なぜかその世界にはパイを好む人々が多いらしく、バリエーション豊かなレシピが見出されていた。
「さて、そろそろパーティーを始めようか!」
「サラの魔法師団次席就任へのお祝いと、これまでの労いを込めて…」
「「「カンパーイ!!」」」
会も中盤に差しかかるころ、サラは領主館のベランダに出てきていた。
そこでは、サラの召喚獣であるペリュトンが羽を休めていた。
サラが出てきたのを見ると、少し頭を上げて、何か言いたげにサラの方を見る。
「なんだ? 主賓が出てきてよかったのか?」
もちろん、ペリュトンの言葉自体は分からないが、何を伝えようとしているのかだけはなんとなく分かる。
「まあ、必要だったらいつでも来ればいい。」
「俺がいるだろ? 乗って飛んで来れば半日だってかからない。」
「そうだね。」
一瞬の沈黙が流れた後、ベランダの扉が勢いよく開き、アスリィが入ってくる。
「あ、サラさん。こんなところにいたんですか!」
「主賓がいなくなってどうするんですか! パーティーはまだまだ続いてますよ!」
そう言って、サラの背を押して、会場に戻っていく。
サラの去り際。
一匹、いや一人残されたペリュトンは、意味ありげな目線をむけた。
「ま、俺はこの世界に呼ばれて、楽しかったと思ってるんだぜ。」
「アトランティスは、つまらないからな。」
召喚主が、その目線に、意味に気が付いたのかは、定かではない。
会も終わりに差し掛かるころ。
改めて、ヴィルマ村の主要メンバーが集まっていた。
まず、サラが1冊の冊子とちょっと凝った筆記用具を取り出し、アスリィに渡す。
「これまで、私がつけていたヴィルマ村の開拓日誌です。」
「これからは、アスリィさん、お願いします。」
こうして、開拓日誌と言う象徴的なアイテムと共に、ヴィルマ村を支える魔法師としての立場は、完全にアスリィに引き継がれた。
ヴィルマ村開拓の次のステージが、また明日から始まるのだろう。
一方、グランはヴィルマ村で育てられた産品の詰め合わせをサラにプレゼントする。
ドラグボロゥにも持っていけるように、保存のきくものを中心に。
開拓初期のころからは想像もできなかったほど、この村ではバリエーション豊かな産品が入手できるようになった。
これは、間違いなくサラの功績によるところも大きい。
そう言う意味で、送り出すプレゼントとしては最適とも言えた。
「これらは君がいたからこそできたものだ。」
「立場は変わるが、これからもよろしく頼む。」
会を終えて、サラが部屋に戻ると、机の上に小瓶とメモが置いてあるのに気が付く。
どうやら、小瓶の中身はシナモンのようだ。
メモには「用法容量は守ってね。」と書かれている。
差出人の名は書かれていなかったが、疑いなく分かる。
「アレックスが言うの…?」と苦笑しながら、サラは小瓶も一緒に出立の荷物に入れた。
Ending.8. 首都への旅路
翌日、サラはドラグボロゥへの帰途についた。
これにはグランも同行した。
アテリオをドラグボロゥまで護送するという、ついでの目的があるからである。
旅路の途中、アテリオが小声でグランに聞いた。
「なあ、アスリィのことをどう思っている?」
やはり、アテリオとしては、最愛の妹の契約相手がどうしても気になるらしい。
グランは、その質問にはっきりと答える。
「アスリィは代えの効かない大切な人だよ。」
グランは、クラインに故郷を滅ぼされたあの日からずっと、一人で生きてきた。
(傭兵隊長のガフなどには世話になったが、それはあくまで仕事上の関係だ。)
そんな中、初めて出会った「共に歩むパートナー」だ。
大切に思わない訳が無かった。
(実際、何だかんだグランはアスリィの言うことには甘い。)
その答えを聞いたアテリオは、どこか寂しそうな、でも満足そうな表情をグランに向けた。
「まあ、なんだ。アスリィのことをよろしく頼むぞ。」
言われなくても、分かっている。
きっと、これからも、ずっと…
ドラグボロゥに到着すると、筆頭魔法師ヴェルナ・クアドラント、それから次席魔法師ディレンド・グレイルが出迎えた。
「おかえりなさい、サラさん。」
「これから、ヴァレフール次席魔法師として、よろしくお願いします。」
「ヴィルマ村復興、ご苦労だったな、サラ。」
「これで安心して、私も引退できる。」
Ending.9. 終わりの終わりに
こうして、ヴィルマ村の復興はひと段落し、またヴィルマ村を、いやヴァレフール、ブレトランドを危機に陥れた事件は、大事には至らず終息した。
そうそう、ヴィルマ村で起きた一連の出来事を経て、ヴァレフールやその周辺の情勢に与えた影響についてまとめておこう。
ヴィルマ村領主、グラン・マイアの聖印は、今回の事件を経て、首謀者ミゼス・ティア―の聖印を吸収したことで、そろそろ準男爵級と言える規模まで成長していた。
これがどのくらいかと言うと、伯爵級聖印を持つレア・インサルンド、子爵級聖印を持つ護国卿トオヤ・E・レクナ、そして七男爵に次ぐぐらいであり、ヴァレフールの一騎士としてはほぼ首位に立ったことになる。
とはいえ、あくまでグランの聖印はレア伯爵の従属聖印であり、だからといって特段ヴァレフールのパワーバランスに影響を与えるわけでもないのである。
対魔境の最前線の君主が比較的強力な聖印を持っているというのは都合がいいということもあり、少なくとも当分は、グランはヴィルマ村領主の任を続けることになるだろう。
自然魔法師であったアスリィ・エテーネは、正式にヴィルマ村の契約魔法師となった。
ハルーシアにあるエテーネの実家では、アテリオもアスリィも契約魔法師となった以上、継ぐ実子がいないことが確定したが、まあ、そちらもどうにかなるだろう。
風の噂では、従騎士であったティニオ・ウィルドールを正式に養子として迎え入れる方向で調整しているとか。
それから、ヴァレフール魔法師団もまた、ワトホート伯爵時代からレア伯爵の時代へ、次の世代へ代替わりしていくこととなる。
魔法師団筆頭を務めるヴェルナ・クアドラント、次席魔法師のサラ・ロート、それから護国卿付魔法師のチシャ・ロート。
この3人が主に次世代のヴァレフール魔法師団の中心となっていく訳であるが、いずれもつい最近になってその任に就いた人物である。
彼女たちもまた、ヴァレフール新時代を感じさせる顔ぶれと言っていいだろう。
まあ、何だかんだいろいろ情勢は動いても、結局のところ、ヴィルマ村に今日も朝日は昇るのだ。
これからも、ヴィルマ村の日常は、続くのである。
ヴィルマ村に朝陽が昇る。
カーレル川を照らし、領主館を陽に染め、魔境の暗闇に差す。
さあ、今日もまた、1日が始まる。
Epilogue.1. ミーシャ編 ~アトリエ・ミーシャの朝~
異界のアイテム屋、ミーシャ・ホムリィの朝は早い。
アトリエの2階、住居部分から降りて、アトリエに設えられた錬金釜に火を入れる。
さあ、今日は何から始めようか。回復剤かな? 確か、レグザさんに頼まれていたのがそろそろ納期だったハズ…
最近は村に冒険者も増えて大忙しだ。
「でも、とりあえず朝ごはんだよねっ!」
錬金釜の暖機運転代わりにぽいぽいと食材を放り込む。
はたから見ると、とても料理をしているようには見えないが、彼女の故郷ではよくある光景である。
出来上がり待ちの間に、素材棚を漁る。
「うーん、やっぱりこの世界だと「ぷにぷに玉」は手に入らないなぁ…」
「これとこれで代用できるかな?」
そのうちに、釜の中で朝食が出来上がる。
出来立てのベーコンエッグサンドを片手に、次の調合を始める。
「あ!、いけない!」
「もうこんな時間だ、お店を開けなくちゃ!」
ドアを開け、外側に掛かっていたプレートを裏返す。
「こんにちは! ヴィルマ村のアイテム屋、アトリエ・ミーシャにようこそ!」
Epilogue.2. レグザ編 ~冒険への夜明け~
冒険者の店もまた、朝は早い。
朝から魔境に向かう冒険者たちの腹を満たすべく、店の主人、レグザは準備を始める。
そのうちに、店に逗留している冒険者たちが起きてくる。
彼らに朝食を出しつつ談笑する。
「おう、昨日は遅かったな!、魔境でなんか面白いモノでも見つけたか?」
「おい、ちょっとそこのお前、その装備じゃ危ねえぞ。この時期はちょっと特殊な魔物が出てだな…」
「ん、こんな鉱石を探してる? ああ、前に見かけたって奴がいたな。話を取り次いでやっからちょっと待ってろ!」
「あー、それはお前には難しすぎねえか? このクラスだとなあ、魔法師の嬢ちゃんにでも頼むか…」
ここは冒険者たちの拠点にして、情報交換の場。
もはや、ヴィルマ村には欠かせない場所である。
朝食を平らげ、早速魔境に向かう冒険者に、店の主人の声が飛ぶ。
「それじゃ、行って来い! そんでもって、無事に帰って来い!」
Epilogue.3. アルバート編 ~探求は終わらない~
ある朝、考古学者、アルバート・ラッセルは、宿の一室で、資料を前に思索にふけっていた。
今回の一件について聞いたことを考えれば考えるほど、未だ解けない謎が浮き彫りにされてくる感覚に、少しもやもやする。
「「トピア・サークル」か…、彼らはアーシェルの時代、もしかするとそれより前からずっと、森の中で生活していたのか?」
「いや、待てよ。森の混沌核を元に里の結界を作り出すシステムは、アーシェルが作り出したものだということだが、それならそれ以前の里の人々はどうやって生きてきた?」
そこまで考え、しばし。
一言「よし」と呟いて、部屋中の資料をまとめ始める。
「…きっと、まだ謎は解けていない。英雄王の時代は、まだまだ謎に満ちている。」
「次の地に向かおう。たとえその片鱗だけでも、僕は知りたい。」
いつの日か、英雄王の時代の全てを知りたい。
そんな見果てぬ夢を見て、学者は再び、旅に出た。
Epilogue.4. ディレンド編 ~明日の朝日は若人がために~
海に朝靄の煙る港街、オーキッド。
首都ドラグボロゥの隣町であり、大陸に向けた船が出る、ヴァレフール南の玄関口である。
魔法師団元次席、ディレンド・グレイルは、オーキッドの街から大陸に向けての定期便に乗船していた。
これから幾度か船を乗り継いで、向かう先はハルーシア。
「うむ、明日この朝日が昇るとき、もう私はこの国ヴァレフールにはいない。」
「前伯爵ワトホート陛下も、前騎士団長ケネス殿も、前副団長グレン殿も、ヴァレフールから出て、次の生き方を探していることを思えば、遅すぎたぐらいかもしれんがな。」
「まったく私は頭が固いのかもしれぬ。任を終えてまで、こうして付いてくることは無いとワトホート陛下に言われるかもしれぬな。」
徐々に遠ざかっていくブレトランド小大陸を、徐々に高くなる朝日を眺め、伯爵位を受け継いだ少女、彼女を支える魔法師たちに思う。
「若人たちの紡ぐ未来に幸いあれ。」
Epilogue.5. シェリア編 ~月光の差す先に~
それから、ヴァレフール以外に目を向けると、他にも代替わり、大きな転機を迎えようとしている組織がまた一つ。
聖印教会、月光修道会である。
今回の事件はミゼスの独断であり、そもそもミゼスが月光修道会に所属していたのは隠れ蓑に過ぎなかったとはいえ、ベスダティエ司教直属の部下がこれほどの事件を起こしたというのは看過できない。
ベスダティエ司教はおそらく、月光修道会の指導者としての立場を降りることになるだろう。
となると、代わって今後の月光修道会をどう誰がまとめていくか、という話にもなるのだが…
「ヴィルマ村の皆さん、お世話になりました。」
月光修道会の司祭、シェリア・ルオーネはまた、ヴィルマ村を離れ、旅に出ようとしていた。
「シェリアさま、次はどこに行かれるのですか?」
シェリアの侍従を務める獣人の少年、ノアが問う。
「そうですね。ひとまず月光修道会の今後のことを話し合わなくてはなりません。」
「幸い、ブレトランドには、修道会の中でも指折りの有力人物がいます。」
「バランシェ神聖学術院学長にして、同地の領主、ブランシェ・エアリーズ。まずは、彼女に会いに行きましょうか。」
ブランシェ・エアリーズは聖印規模で言えば、現在の修道会の中ではほぼ首位にいる人物であろう。
一方で、シェリア自身もベスダティエの司教に次ぐ司祭という肩書きである以上、純粋な聖職者としては修道会指折りの有力人物である。
この会談の結果次第では、月光修道会の今後は、大きく様変わりしていくことになるのかもしれない。
ここでもまた、時代の歯車が、回り始めようとしていた。
Epilogue.6. リリス編 ~黒翼をはためかせ~
邪竜の力を宿す少女、リリスは寝惚け眼をこすりながら宿屋の食堂に向かう。
魔境図書館で回収されたあと、彼女はそのままヴィルマ村に住み着いていた。
幸いにして、邪紋使いとしての実力はそれなりにある。
冒険者として魔境を探索していれば、宿屋暮らしをしていても、そうそう食うに困ることも無い。
村で出される飯だって、アレックスの香辛料料理にさえ気を付けていれば、開拓途上の村としては決して悪くない。
(ちなみに、この村での危険な食べ物はもう1つ、時折ドラグボロゥから「差し入れ」と称した菓子などが届くのだが、ひとまずリリスには関係ない。)
今日はどうしよう。
レグザの店で依頼を漁って、魔境に潜ろうか?
アレックスは暇だろうか?
宿屋の扉を開けるが早いか、翼を大きくはためかせ、ヴィルマ村の空に舞う。
上空から、目的の人物を見つけ、降下しつつ、元気よく声をかける。
「おい、アレックス! 魔境に行くぞ!」
ヴィルマ村の、新たな「いつもの風景」である。
Epilogue.7. カレン編 ~はぐれモノたちの里~
結局のところ、ボルドヴァルド大森林の隠れ里「トピア・サークル」には、今回の件では大した被害は出なかった。
聖印石の結界は事件後、しばし時間はかかるが修復が可能と言うのがカレンの見解だ。
もちろんその間、ヴィルマ村には大きな借りを作ってしまうだろうが、いずれ元のようにここでただ安寧に生活していくだけの里は続いていくだろう。
ある日のこと。
修復作業のため、「トピア・サークル」に向かったカレンは、久々に里にある自室に立ち寄った。
机の上には1冊の冊子が置いてある。
この里は400年も、あるいはそれ以上前からずっとあった、その歴史書である。
歴代のリーダーのことも書いてある。
カレンと同じ魔法師であったり、強力な邪紋使いであったり、異世界から投影された神であったり。
中には、緑色のマスクをかぶった謎の男性もいたりする。
(参考:グランクレスト伝説 第1話「背徳の令嬢」)
今回のように、里を揺るがすような大事件も400年の中にはあった。
とはいえ、こうして緩やかに時間の流れる隠れ里はこうして続いて来たのだ。
行き場のなくした者たちが、最後に訪れる秘密の楽園。
そんなところがちょっとぐらいあったっていいだろう。
だから、私はこうして、この里を守るのだ。
いずれまた、この里に訪ねてくる者が居るだろう。
そうしたら、掛ける言葉は決まっている。
「ようこそ、「トピア・サークル」はあなたを歓迎します。」
Epilogue.8. ユーフィー編 ~テイタニア男爵の感傷~
「はぁ…」
テイタニア男爵、ユーフィー・リルクロートは執務室から外を見て、ため息をついた。
結局、今回の事件に協力を要請してきた相手、メビウスはいつの間にか姿を消していた。
ユーフィーにとってはちょっとした「憧れの人」でもあったので、彼から頼られた、と言うのはちょっと嬉しくもあったのだが。
それはそれとして、「私、すごい魔法使いになるんだ!」と無邪気に言った幼き日の自分が気恥ずかしい。
思えばもう果たせない約束をしてばかりだった。
(あの男の子も、普通に君主やってる私を見たら、残念に思うだろうな…)
改めて、机の上に目を戻すと、2通の手紙が目に入る。
1通は、オディール男爵付魔法師オルガ・ダンチヒから送られた、ユーフィーの妹サーシャとオディール男爵ロートスの縁談の行く末についての相談。
サーシャとロートスの縁談は当初の予想ほどうまくいってないようだが、まあ、それはそれでもいい。
(むしろ、恋愛フラグが次々と折れているユーフィーの現状を考えると、テイタニアに必要なのはサーシャを嫁に出すことではなく、サーシャに婿を迎える事なのではないか…)
「はぁ…」
もう1つため息をつき、もう1通の手紙を見る。
以前届いた、北方の謎の女剣士からの果たし状だった。
どうやら、自分は、魔法使いになれなかったばかりか、こんな挑戦が届くほどには剣技に熟達してしまったらしい。
Epilogue.9. レア編 ~幻影、かく語りき~
ヴァレフール首都ドラグボロゥ、レア・インサルンド伯爵の執務室。
今、この部屋には2人の人物がいる。
1人は執務机に向かう伯爵、レア・インサルンド。もう1人もまた、レア・インサルンドの姿をしていた。
前者のレアが呆れたように言う。
「何故わざわざ私の姿なのですか? パペット。」
あえて、ドルチェではなくパペットと呼びかけたあたり、少々の呆れと皮肉が含まれている。
「いや、長らくこの姿になっていないと勘を忘れるからね。」
「そこらの誰に見られるとも知れない場所より、キミも安心だろう?」
「はあ…」
「まあ、考えがあってのことなら良いです。目の届かないところで変なコトをされるよりは。」
レアの言葉もどこ吹く風で、ドルチェは、そういえば、といった風で語る。
「それにしても、ディレンドさんもついに引退したんだって?」
「この城も、若い世代ばかりになって『ようやく私の時代がやってきたわね。』って感じ?」
レアの顔で邪悪な笑みを作るドルチェにレアが反論する。
「私は別にそんなこと考えていませんし、そんな悪い顔もしません!」
「影武者ならそのあたりもしっかり真似てください!」
頬を膨らませるレアを見て、ドルチェがの笑みは邪悪なものから穏やかなそれに変わる。
「まあ、いいじゃないか。」
「キミとしても、ようやく信頼のおける人が周りに増えて来ただろう?」
「直属の従属騎士護国卿閣下に、首席魔法師、おっと、直属の騎士がもう1人いたなぁ。」
さも、このタイミングで思い出したかのように、ドルチェがさらに付言する。
「あ、そうそう、グリースの子爵様から、恋文(笑)が届いていたよ。読むかい?」
「何で、そこで思い出すんですか! さてはわざとですね!?」
…ドラグボロゥの城は最近、ちょっとだけ、騒がしくなった。
まあ、レア伯爵もちょっとずつこの立場に慣れて来たんだろう。
誰のおかげとかじゃないけど、ま、悪い事じゃない。
それは、これからまた、ブレトランドを舞台に描かれる波乱の予兆かもしれないケドね…
◆村の施設
◆村周辺の調査
(隠れ里の存在が判明、現在は相互不干渉)
- 南の山岳地域 (鉱山開発中)
- ヴィルマ村-テイタニア間旧街道 (復旧完了)
Link
最終更新:2018年11月05日 13:25