第6話(BSanother08)「混沌の明日に祝福を」
10年ほど、時間はさかのぼる。
ブレトランドから遠く離れた、大陸のとある村。
大工房同盟の盟主国であるヴァルドリンドから東へしばし向かったところに位置する、森の中の村だ。
まあ、多少森の恵みがあるかという程度、他に何の変哲もあるわけではない、普通の村。
この村に暮らす、1人の少年がいた。
名前はグラン。後にヴァレフール伯レア・インサルンドの従属騎士としてブレトランドに渡り、ヴィルマ村の領主となる者だ。
その日、彼は村の近くの森で、木の実やキノコを集めていた。森の恵みに満ちたこの村の民としては、よくある光景だ。
特に今日は調子が良い。ここのところ、穏やかな日々が続いていたからだろうか、1時間も森を巡れば、手にしたバスケットは一杯になった。
バスケットの中身が、母親の手料理となって今晩の食卓に並ぶさまを想像し、少年から笑みがこぼれる。
さて帰ろう、と立ち上がると、違和感を感じる。
焦げたような匂いがする。
それも、今まさに帰ろうとしている村の方から…
嫌な予感を必死に振り払おうとしながら、少年は走る。
そして、森を抜け、村が目に入る。いや、村はもはや半分はその姿を留めてはいなかった。
友達が住んでいたはずの家、村の集会所、粉挽き小屋、見慣れたそれらを燃料にして、火の手が上がる。
「…どうして…」
8歳の少年には、あまりにも、目の前の光景は受け入れがたい。
呆然自失、ふらふらとおぼつかない足取りで、家に向かう。
途中で炎にまかれることのなかったのは幸いという他ないだろう。
少年の家、両親が待っているはずの家も、例外なく燃えていた。
既に崩れた柱、家の残骸の向こうから、聞きなれた声がする。
「そこにいるのは、グランか…?」
父親の声だ。
柱の隙間からのぞき込むと、見覚えのある腕だけが見えた、
「良く聞け、グラン。俺はもうダメだ。この村もだ。」
「まだ、この村には襲ってきた奴らがいる。お前はここにいちゃならん!」
「逃げろ、グラン! 奴らは強力だが少数だ! 逃げる子供を追うような暇はない!」
父親が、おそらく最後の一絞りであるだろう声で叫ぶ。
その直後、かろうじて家だと分かっていた建物が音を立てて崩れる。
「…っ!」
少年が声にならない悲鳴を漏らす。
「おや? まだ生き残りがいたのかな?」
崩れた家の向こうから、女性の声がする。
手には変わった形の杖を持っている。目を隠すように伸びた前髪で、表情は読みづらい。
彼女はグランの方を向くと、ゆっくりと歩んでくる。
「生き残らせておいても、厄介か…」
ふと風が吹く。風に煽られた前髪の下、見えた瞳に灯るのは明確な殺意。
とはいえ、グラン少年はまたもや幸運だった。
「クライン! こっちに手を貸せ! 奴ら、まだ諦めてやがらねぇぞ!」
「ガキに構ってるぐらいなら、ちゃんとパンドラの志を果たせ!」
背後から、仲間と思しき人物に声を掛けられた女性は、仕方なさそうにグランに背を向ける。
グラン少年の脳裏に、もう一度、父親の最後の言葉が反響する。
…そうだ、逃げなくては。
…今は、何もできない。だから、逃げるんだ。
少年の瞳に決意が灯る。
踵を返し、燃える村を駆け抜け、逃げる。まだ逃げる。
奴らの会話を思い出す。パンドラ、そして、クライン!
奴らは、敵だ! 仇だ! いつか、必ず!
その晩、一仕事を終えたパンドラの魔法師たちが話していた。
「にしても、クライン。」
「ガキの1人に気を取られるとは、お前らしくもなかったな。あんまり細かいことにこだわってると、大事なもんを逃すぞ。」
「ふむ、細かいこと、か…」
「そう見えたのなら、お前は二流だな。」
「あん?」
馬鹿にするような言い方に男が反応する。
とはいえ、見るからに血の気の多そうなこの男が掴み掛からないあたり、クラインと名乗る魔法師に一目は置いている、ということだろうか?
「あの少年は、些事と切り捨てるには厄介が過ぎる。」
「いずれ、この場で逃がしたことを、後悔することになるかも知れない。私はそう思ったよ。」
魔法師は、いずれあの少年とは再び会うのだろう、という予感と共に、言葉を紡いだ。
Prologue.2. 希望を繋いだ少女の話
ここでも、村は燃えていた。
伝染病が流行り、その治療の糸口は見えない。
近隣諸村への蔓延を危惧する声が上がる。
報告を受けた王子は、被害を最小に食い止めるため、この村を焼くことを決めた。
その過程は、合理的な判断、だったからこそ、やるせなさが募る。
村もろとも、病を焼き払うための業火の中に、少女はいた。
息が苦しい。
肺に流れ込む灼けた空気のせいかもしれないし、そうでなくとも、病に侵された小さな体は息をすることも難儀なのかもしれない。
ああ、きっと私はここで死ぬのだわ。
病で弱っていくのと、炎にまかれるの、どちらがましなのかしら?
ぼんやりと、妙に冷めた頭でそんなことを思う。
あるいは、考える力も残されてはいないのかもしれない。
頭の中に、決して長くは無かった少女の人生が巡る。
ふと、記憶の中の少年に、思考の焦点が合う。
あなたは、この村から出て行った。
きっと、どこかで、無事で…
再び思考がぼやけ、意識は無意識に落ちる。
無意識は胸に提げられたペンダントを、思い出をなぞるかのように包み…
「僕を呼んだかい? 少女よ。」
声が聞こえるのはおかしいわ。
私はもう助からないって、お医者様も言っていたわ。
それじゃあ、あなたはあの世の案内人さんかしら?
「いいや、近くはあるけど、今は違う。」
「キミは強い望みを、そのペンダントに願ったね。」
「思いの強さに呼応しただけの、ただの影さ。」
ペンダントの、妖精さん…?
「ま、そのようなところさ。」
「であれば、キミの願いを、一度は聞いてみるべきだろう。」
「キミは僕に、何を望むんだい?」
私は生きたいわ。
また、アレックスにも会いたいわ。
「良い目をしているね、キミは。」
「窮地に置かれた人間が、生きたいと願うのは当然だが、キミのそれは、もっと先を見ている。」
「いいだろう。ヴァルハラ界の道化神、ロキがキミに力を貸そう。」
…そんなこともあったっけ?
「いやだわ、ロキ。」
「貴方は確かにそう言ったわ!」
ふむ、まあ、そんなこともあったかもしれないな。
だったら、なおのこと、キミを現世に帰すのが僕の使命さ。
「でも、それでロキが消えてしまっても悲しいわ。」
「どうにかする方法はきっとあるはずよ。」
あはは、キミまでそんなことを言う。
「ん? 何を笑っているの? ロキ。」
いや、やはりキミたちは似た者同士なのかもしれないなあ、と思って。
冷めた目で見てるくせに、変なところで諦めが悪い、とかね。
(…意外と、彼は何とかしてくれるかもしれないな。)
(…かつて、この少女は、想いによって希望を繋いだ。だったら、彼に期待してみても…)
「ねえ、ロキ! 何を1人で納得した顔をしているの! ロキってば!」
少女と異界の神、別れの時は近い、…のかもしれない。
Prologue.3. 月女神の伝説
女神ヘカテ―はオリンポス界という異界の神格である。
(正確には彼女は、時の神クロノスの血を引くティターン神族であり、オリンポスの神々かと言われると微妙だが、住まう世界は同じであり、アトラタンからはひとまずオリンポス界の神格として認識されている。)
その権能は幅広く、夜と魔術、月の女神として良く知られている。
オリンポスの神々と巨人たちとの戦争、ギガントマキアでは、巨人クルティオスを松明の炎で撃退した。
アルゴノーツたちの物語では、コルキスの王女メディアに篤く信仰され、その魔術によって助力した。
そのように多くの逸話を持つ彼女は、さまざまに信仰され、活躍してきたのである。
ここアトラタンの世界には時折オリンポス界からの投影体が現れるが、女神ヘカテ―もまた例外ではない。
時折投影体として現れた彼女は、多くの場合、現地の人々に友好的に接し、信仰の対象ともされてきた。
現に、アトラタンの某所には、ヘカテ―のへの信仰を護り、彼女から授けられた独自の様式の魔術を用いる人々もいるという。
ヘカテ―を信仰するものは三日月をモチーフとしたシンボルを用いることが多く…
ふと、エーラムで生命魔法を学ぶ学生、ユタ・クアドラントは手にした本から顔をあげた。
エーラム魔法大学付属の図書館、窓に映る景色は夕暮れ色、部屋の中も仄かに陽の融けたような色に染まる。
もうしばらくもすれば、司書の方が見回り、閉館時間を告げるだろう。
「残念、読み切れなかったな。」
呟いて、ユタは本を棚に戻す。タイトルは「異界神話研究 オリンポス界編」。
主に召喚魔法学部の生徒が手に取る専門書だが、生命魔法が専門のユタがこの本を読んでいたのには理由がある。
先日、エーラム「青の迎賓館」で開催されたヴァレフール新伯爵就任記念パーティー。
ユタはお手伝い役として同席していたのだが、その時、ルシフェルと呼ばれていた堕天使の襲撃を受けるというアクシデントが発生した。
後々聞いてみると、その堕天使はどうやらユタを狙ってその事件を起こしたということだ。
とはいえ、なぜユタが狙われたのか、そのことを関係者も正確には把握していなかった。
(現場にいたローラ・リアン魔法師は心当たりが有ったようだが、彼女はそのあたりを説明することは無かった。)
なので、ユタは結局なぜ自身が狙われたのかも分からずじまいであるのだが、事件の折にルシフェルが言っていた名前が妙に耳に残った。
その名前が、ヘカテ―。
調べてみると、どうやら異界の神格の1柱であるらしい。
なぜこの名前が気になったのか、深く知らない方がいい気もする、けど…
Prologue.4. 召喚魔法に関するちょっとした考察
ペリュトンとは、存外不可思議なところの多い投影体である。
浅葱の流派と呼ばれる召喚魔法師たちの中では、ペリュトンを召喚する魔法は広く学ばれている。
召喚難易度としては、そこまで極端に高いわけでもなく、なおかつ飛行手段というのは非常に有用。
維持する投影体の数が限られる固定召喚においても、その限られた枠をペリュトンに割く魔法師は少なくない。
とはいえ、エーラムでペリュトンの生態が詳らかに明らかにされているのかと言われると、意外とそうでもない。
そもそも、投影元の世界すら厳密には判然としないのだ。
地球では、かつてカルタゴなる国に出兵した名のある将軍がこの生物に襲われた話が伝わっているらしい。
また、伝説上の大陸に住んでいる生き物だとも言われている。
何にせよ、いまいち判然としないのだ。
また、その特徴としては、自身の影を持たず、他者から影を奪わなくてはならない、という宿命を持つことが挙げられる。
であるので、影を奪うために人を襲うこともあり、自然に投影されたペリュトンは大抵の場合、敵対的な態度を取る。
一方で、召喚魔法師が適切に召喚すれば、かなり従順に使役される面もあり、意外と知性は高いと言われている。
Prologue.5. …遥か彼方、何処かにて
「おや、****、それに*******、*****、帰っていたのですか?」
「はい、ただいま戻りました。」
「流石は貴女の術式だと思います。全員無事にここに。」
「その様子なら、好い報告が聞けそうね。」
「ええ、彼の事でしたら…」
「ちょっと待って、****。」
「あら? 誰かお客さんね?」
「お客さんですか? 貴女のところにとは珍しい。****嬢ですか?」
「いいえ、きっと、もっと遠くから来てくれたお客さんよ。」
「はぁ、一体誰が?」
Prologue.6. **年ぶりの再会
少し、時間はさかのぼる。
ある人物が、冒険者の街、テイタニアを訪ねていた。
ローブのフードを目深に被ったその人物は、領主のもとに訪れる。
「やあ、久しぶりだね。Magic Girl。」
その人物を目にした領主、ユーフィー・リルクロートは、何とも形容しがたい表情を浮かべる。
もう会う事は無いかと思っていた人物に出会えた驚きが6割、夢を叶えられなかった自分への気恥ずかしさが3割というところだろうか。
残りの1割はちょっと秘密だ。
「驚かせてすまないね。だが、もうキミの前に姿を現すまいと思っていた私がここに来たというのには、それなりの理由がある。」
「1つ、重大な危機がこの街、いや、この国、この世界に迫りつつあるんだ。」
「キミの力を借りたい、いいかな?」
あの日と同じように、その人物は、少女に手を差し伸べた。
Prologue.7. 劇団カンパネラ
街道を、見慣れぬ集団が歩いて行く。
劇団カンパネラ。つい最近になって、ヴァレフールにやってきた旅劇団の一座だ。
ヴァレフール北東部、湖岸都市ケイや長城線の街オディールから旅を始め、だんだんと南に向かってきた。
団員の1人がこの集団の長と思しき人物に声をかける。
「団長、次はどこに?」
「妖精女王の名前を冠する街、テイタニアさ。」
「ブレトランド最大の魔境を隣に持つ、冒険者の街なんだそうだよ。」
答えた青年とも女性ともつかない風貌の人物、その人こそ、この劇団カンパネラの団長、ステラである。
テイタニアについて少し語った後、思い出したように付け加える。
「それから、その街に行ったらぜひ会いたい人がいてね。」
「こういう芸術に生きる者たちの間ではちょっと有名だよ。そこの領主さんは、手品師でもあるそうなんだ。」
その言葉を聞いて、周囲の団員たちは(…まさか領主を勧誘するつもりじゃないだろうな…)と思わなくも無かったが。
だが、残念なことに、テイタニアの街に着いても、領主と会うことはできなかった。
どうやら、ボルドヴァルド大森林の方に調査に向かったとのことだ。
街の人曰く、最近は隣村であるヴィルマ村からもちょくちょく領主や彼の契約魔法師を中心に森林の調査をしているようだし、もしかしたら森の方で何かが起ころうとしているのかもしれないね。と。
ところで、その話を聞いて、劇団カンパネラの中に「隣村の魔法師」という言葉に反応する青年がいた。
「…アスリィ?」
…隠れ里にやってきたヴィルマ村一行。
村を統括する闇魔法師、カレンに出会い、彼女から話を聞いていたのだが…
突如、里の奥から爆発音が響く。
投影体、邪紋使いと思しき里の住民たちも騒然としているようだ。
カレンは爆発のあった方を振り向き、表情を強張らせる。
「あの方角は、まさか!」
そう言って、カレンは里の奥に走っていく。
「皆さん、追いかけましょう。」
シェリアが言い、皆でカレンを追いかけていく。
(アスリィは言われるまでもなく追いかけてどんどん先行していたが。)
里の最奥部と思しき地点まで来ると、ここが爆心地であったことを主張するように、黒煙が薄く残っている。
だが、それ以上に異変を感じるのは、混沌濃度だ。相当に濃い混沌が、この周辺には漂っていた。
魔境の奥なのだから当然と言えば当然だが、この里に入ってからは混沌濃度が低く保たれていたので、どうしても濃く思える。
そして、そこには祭壇のようなものがあった。瓦礫にまみれてはいるが、原型は保っている。
祭壇の上には緑色の怪しい光を湛える門のようなものがあるのが分かる。
門の前には、難しい顔でそれを睨むカレンの姿がある。
「これは、一体…?」
つぶやくカレンの横から現れたアスリィが、門のようなものを見て言う。
「入っていいですか?」
「待って。」
流石に、追いついたグランが止める。
門のように見えるとはいえ、入って安全なのか、そもそも入れるのかもよく分からない。
グランたちが追いついて来たのを見て、カレンは、仕方ないというような顔をして、説明をする。
「本来、ここには、この森林の中でも一等大きな混沌核があったのです。」
「私たちはアーシェルとの契約で手に入れた聖印石の力で、混沌核を制御し、この里に結界を張っていたのですが…」
「破られていそうですね?」
「そうですね。このままでは周囲の魔境の魔物たちが里に入ってくるのも時間の問題でしょう。」
カレンが言うには、制御装置にあたる部分が壊されているとのことだ。恐らく、先ほどの爆発がそうだったのだろう。
だが、この門のようなものについては、制御装置の埒外だという。
さらに里の住民に聞くところによると、里の外から侵入した女性が、ここを強行突破し、門の中に消えていったとのことだ。
シスター・ルーリウムだ…、とその話を聞いた面々は確信を深める。
ここで、グランが1つ提案した。
「カレンさん、不干渉と言う話でしたが、こうなっては話が違うでしょう。」
「よろしければ、坑道の方を経由して、ヴィルマ村の方に住民を避難させませんか?」
そう、このままでは、結界が無くなった以上、里の住民たちが魔境の脅威にさらされる。
それはグランとしても本意ではない。一時的な避難先ということなら、十分に対応できる話ではあるだろう。
カレンは、それに対して、素直に感謝を述べて、住民の避難をお願いする。しかし、彼女自身は門の方を見ながら言った。
「少なくとも、私は、ここで何が起きているのかを調べなくてはなりません。」
「私は、この門の奥に向かいます。申し訳ありませんが、里の住民のことはよろしく…」
「まぁ待て、流石に1人で行くのは難しいだろう。」
「と、言いますと?」
「俺も仮にも君主だよ。目の前で混沌災害が起きているのなら、それを解決する義務がある。」
「もちろん、契約相手のアスリィさんにもです。」
「という訳だ。準備を整えてから、一緒に行かないか?」
「そもそも、住民たちの避難にも時間が必要だ。それに避難させるにも、貴女がいた方が話が早い。」
里のことで部外者を得体のしれない門の中に連れていく訳には…、という思考に捉われていたカレンには、その正論は強く刺さった。
確かに、間違いなくその方が合理的だ。
「分かりました。では、それで行きましょう。」
「今は、里のことは自力でなんとかすべきなどと言う、私のプライドなどよりも、事態を確実に解決することです。」
ひとまず、カレンの方から住民には事態の説明がなされ、彼らは里を退去することとなった。
そこで、シェリアが提案した。
「では、私が避難の誘導を受け持ちましょう。」
確かに、いくら何でもヴィルマ村とこの里を往復するにはそれなりの時間がかかる。
避難誘導に向かった人員は、実質的に門の奥の探索作戦からはリタイアと言っていいだろう。
それであれば、カレンとヴィルマ村の主力メンバーを残したい以上、適任と言えた。
こうして、シェリアと村の住人は出発し、残された彼らは、また件の門と向かい合った。
Opening.2. 出立とその裏舞台
シェリアたちを見送った後、彼らは再び、緑色の光を湛える門の前に立った。
光は揺らめき、この門の先がどこにつながっているのか見通させない。
グラン、サラ、アレックス、アスリィ、ヨハン、カレン。
6人は門の向こうに踏み出し…
…アトラタンの世界から、消えた。
彼らが出発してしばらくの後、無人となった隠れ里を訪れる2つの人影があった。
既に魔物が侵入し始めている里を歩いてくると、ちょっかいを出してくる投影体の1体や2体いるものだが、先頭を進む少女がどこからか取り出した光のバトンであしらい、続く男が魔法を放って仕留める。
両者とも、かなり魔境の探索に慣れているようだ。
倒れた投影体から浮かび上がった混沌核を少女が吸収する。どうやら、君主のようだ。
さらに歩を進め、今しがたグランたちの消えていった門を見つける。
未だ、門は緑色の光を湛えている。
「えっと、探していたものはこれですか?」
「ああ、そうだ。」
「だが、一足遅かったようだ。止めるべき人物はもう門の向こうだ。これは厄介だが、ここで足踏みをしている訳にもいかんな。」
言って、男は門に向かう。少女も続く。
また2人、この世界から、消えた。
さらにしばらくの後、またもや2つの人影が、門の前に立つ。
奇遇なことに、こちらも君主と魔法師の組み合わせだ。
君主の方は性別はぱっと見て分からない。見る物すべてに興味深そうな視線を投げながら里を進み、門の前へ。
傍らの魔法師と思しき青年に語りかける。
「ホントにこの村、誰もいなかったね?」
「探し人はこの先かな。」
「その門、どこにつながっているのか分かるんです?」
「いや?知らないよ。」
「でも、こういうものは大概面白いんだ。それに、キミの妹さんもこの先にいるかもよ?」
「よし、行こう。」
こうして、また2人、この世界から、消えた。
…アレックスは、建物の中で、目を覚ました。
見渡すと、どうやらゲートをくぐった時に皆とはぐれてしまったようだ。周りには誰もいない。
ここは、石造りの建物の廊下のようだ。
それなりに大きい屋敷か、あるいは城か、といったところだろうか。
ひとまず、ここでじっとしていても仕方がない。
他の面々を探して合流しなくてはならないし、ここが何処なのかも知らなくてはいけない。
しばらく、建物の中を歩いて行くと…
「なんだ、落とし穴か…」
「まあ、有っても無くても変わらないか。」
廊下に落とし穴が仕掛けられているのを見つける。
とはいえ、空を飛ぶすべがあるアレックスには大した問題ではないが、その落とし穴を見ると、変わったことに気が付く。
随分と深く掘ってあり、落ちると登ってくるのはかなり困難そうなのだが、そこには厚くクッションが敷き詰められており、落ちてもケガをしないように配慮されているようだ。
不審に思ったのもあって、アレックスは飛行しながら落とし穴を降りていってみる。
だが、下にたどり着いても、クッション以外に特段変わったことはない、普通の落とし穴のように見える。
そこで、上の方(落とし穴の入口)から声がする。
「おい、そこにいるのは誰だ?」
「というか、そんなところで何をしている…?」
声をかけてきたのは1人の少年だった。(下図)
「落とし穴に落ちた、訳じゃないのか…?」
「あー、今、上がってくんで、ちょっと待ってください。」
そう言って、アレックスは再び飛行して落とし穴から廊下に戻ってくる。
戻ってきたアレックスに不審げな目線を向けながら、少年が問いかける。
「で、キミはこんなところで何をしていたんだ?」
「まさか何の用事も無しにこんなところまで入って来る訳は無いだろう。」
「いや、まあ、仕事云々かんぬんで魔境らしきところのゲートを通らなくちゃいけなくて、通ったところがここだったというか。」
アレックスの説明は、少なくとも間違ってはいないが、少年に通じるはずもない。
「なるほど、言っていることがよく分からん。」
「とりあえず、この城の者、という訳ではないんだな?」
「まあ、少なくとも俺の敵という訳ではないようだが…」
「で、どちら様なんです?」
「ヴィルマ村で開拓をしているアレックスという者なんですが。」
(…この人は誰なんだろう?)と思いながら、アレックスが質問する。
質問の途中で、名前を聞くなら先にこちらも名乗った方が良いか、と思い直して、自己紹介もはさんだ。
「ヴィルマ村? 知らないな。」
「まあいい、こちらも名乗ろう。俺の名前はレオ。」
「本来はちょっと離れたとこの、グリフォン帝国ってとこにいるんだが、ゆえあってここまで来ている。」
少年はレオ、と名乗った。
が、なおも疑問符を浮かべるアレックスに気付いて続ける。
「ああ、そもそもここがどこだか分からないのか。」
「できれば、説明して頂けるとありがたいんですが…」
そこで、レオは、アレックスに、この世界の概要をレクチャーする。
その内容は以下のようなものであった。
ここは、16か国の国家群からなる大陸、ウィロー大陸。
アトラタンからの視点では、ひとまず「ウィロー界」という異界とも言えようか。
その16か国の1か国、フェニックス大司教領にある乙女魔王バルゴの城。
これが現在アレックスがいる地点である。
その1人が、この城の主、乙女魔王バルゴである。
彼女は事件後、異界「アイドル時空」に消えたのだが、なんだかんだあって結局「ウィロー界」に戻ってきた。
とはいえ、別に魔王として暴虐をはたらくでもなく、ただアイドルとして活動している…、という。
「と、いう訳だ。」
アレックスにどの程度伝わったのかは不明だが、レオは一通りの説明を終える。
「で、この城の主、乙女魔王バルゴに用があってな。」
「悪いが急いでるんだ、これ以上よそ者に構ってる暇はないんだ。」
そう言って、廊下を進んでいこうとするが、アレックスとしてはここで置いていかれても困る。
「出来れば、この辺周辺の地図とか道筋とか教えていただけると…」
「とはいえ、俺もこの城の中のことはよく分からん。」
「向こうは、あまり俺に来て欲しくないみたいだしな…」
先程の落とし穴に目線を向けながらレオが言う。
そこで、アレックスが提案した。
「じゃあ、先に進むのを手伝いますよ。」
少なくとも、ここに放置されるよりはだいぶいい。
この先に待っているのが、「魔王」と呼ばれる程のこの世界の重要人物なら、この世界についてより分かるかもしれない。
「道のりを手伝ってくれるというなら、悪い話ではないか…」
こうして、足止めトラップが仕掛けられた乙女魔王の城を攻略する、即席の協力関係が出来上がった。
Middle.1.2. 乙女で魔王でアイドルで
アレックスとレオは、乙女魔王の城のトラップを乗り越えながら、最上階の部屋へとたどり着いた。
途中ちょくちょくトラップに足止めを食らったものの、この城のトラップはどうやら、身体的な危害は加えられないように配慮されているらしい。
被害は、少々時間の無駄をした、程度で済んでいた。
最上階の重々しい扉を前にレオが言う。
「この奥だ。まったく、手こずらせてくれやがって。」
「ちなみに、今さらなんですけど、どんな用件で?」
そういえば、レオがなんでわざわざトラップを乗り越えてまでこの城に用事があったのかを聞いていなかった。
その質問に対するレオの返答は、アレックスの予想のやや斜め上のものであった。
「ん? アイツが突然ユニットを解散するとか言い出したんだ!」
「そうだ、俺たちは、2人で「アイドル時空」のトップに立つって、決めたのによ!」
その返答にアレックスが反応する間もなく、レオは扉を勢いよく空ける。
奥の部屋には、レオと同世代(ぐらいに見える)少女が立っていた。(下図)
少女の傍らには、アレックスたちが先ほど通ってきたのと同じような、緑色の光を湛える「ゲート」がある。
少女はどうやら、その「ゲート」をに対して何やら手を加えようと弄り回している。
ドアが開かれたことに気付くと、その手を止めて、侵入者たちの方に向き直る。
「ちえっ! レオ、もう来たの?」
「ま、トラップが手ぬるかったからな。」
「手加減してたんだろ?」
「だって、死なれても後味悪いし…」
「でも、止めたって無駄よ! 私はあの時の雪辱を果たしにあの世界に向かうんだから!」
「せっかくこんな「ゲート」が現れたのよ。千載一遇の好機じゃない!」
「なんでだよ! 俺たちは「アイドル時空」のトップを目指すんじゃなかったのかよ!」
もう、少女とレオの口論に、アレックスは置いてけぼりである。
(その上で、アレックスとしても、別にここで口を挟みたがるような性格でもなかった。)
「でもなあ、止める義理も無いしなあ…」
少女とレオの口論を聞いていたところ、ここまでの経緯は以下のような流れらしい。
まず、少女の方、乙女魔王バルゴはかつて、アトラタン世界に投影された。
ブレトランドの北方、マージャ村近辺の魔境に投影された彼女は、第2回マージャ国際音楽祭に向けて村に集った歌い手たちを次々と洗脳し、従えていく事件を起こす。
が、この事件は旅の君主一行と、マージャ村の孤児院院長を務める邪紋使いによって解決され、バルゴ(投影体)は討伐される。
(参考:
ブレトランド八犬伝 第6話「仁 ~慈しむ心~」)
だが、仮にも「魔王」として強大な力を持つゆえか、あるいはただの偶然か、「ウィロー界」の乙女魔王バルゴ(本体)は、アトラタンに投影された自分の身に起きた事をつぶさに把握していた。
投影体の身に起きたことは、本体も「夢」のような形である程度認識することがあるが、そのあたりはケースバイケースらしい。
かなりはっきりと本体が投影のことを認識していることがあるのも、決しておかしい話ではないだろう。
ともあれ、異界のこととはいえ、無様な敗北は彼女のプライドを多少なりとも傷つけた。
特に、投影体などという、限定されたコピー品だったことが癪に障る。
本体が万全の態勢であれば、あのような流れの君主などに遅れをとることなど、なかったはずなのに!
そんな時、異界につながる「ゲート」が彼女の城に現れた。
これをうまく使えば、もしかすると、本体があの世界に行けるかもしれない!
今こそ、アトラタンでの雪辱を果たすとき!
そう考えたバルゴは、「しばらくアイドル活動は休むから!」と、ユニットを組んでいたレオに連絡を入れたのだった。
「私は、今度こそ、あのアトラタンとかいう世界全てを、私のファンとして従えてあげるんだから!」
乙女魔王は高らかに宣言した。
アトラタンにもう一度現れて、今度こそその世界を従えてやる、という割と一大事な彼女の目的なのだが、アレックスは相も変わらず興味なさげであった。
彼女たちの口論については、しばらく傍観を決め込む。
そんな中、「ゲート」が徐々に輝きを増し始めた…
「「「これは…??」」」
Middle.1.3. ドラゴンの世界
一方その頃…
アスリィもまた、皆とはぐれて1人、見知らぬ土地に立っていた。
周囲を見回すと、荒涼とした岩場が広がっている。
「みんながいない!」
「おーい、グランさーん! サラさーん。」
「困ったなぁ…」
仕方なしに周囲を歩き回っても、周りに何か目ぼしいものがある様子もない。
だが、遠くの空を何かが飛び回っているのが見える。
目を凝らすと、頑丈そうな鱗の胴体、翼、長い尻尾。
どうやら、飛竜ワイバーンのようだ。
アトラタンでも、高度な召喚魔法で呼び出す事が出来るし、自然に投影されてくることもある生物だが…
「魔境の「ゲート」に入ってコートウェルズに飛ばされますかね…?」
ブレトランド近くでワイバーンが飛び回っているような場所といえば、竜の島コートウェルズが思い当たる。
魔境からそこに瞬間転移した、なんてことが有り得ない訳ではないが。
考えを巡らせていると、突然声を掛けられる。
「おや、誰かがいるかと思ったら。」
「真剣に考えているところすまないが、ここはコートウェルズではないよ。」
声の主は、1人の青年であった。
ロングコート姿で、長い前髪に目が隠れている。
腰に魔法杖らしきものを提げているので、魔法師だろうか?
「じゃあ、どこですか? 親切な人!」
「アトラタンからは、「ドラコーン界」と呼ばれている異界かな。竜種の世界ってやつさ。」
「この世界を支配しているのはドラゴンたちだ。」
「アトラタンでも、召喚魔法とかを嗜んでいる者などからすれば、馴染み深い世界ではあるね。」
アスリィの質問に、青年が答える。
その口ぶりからして、この世界のことと、アトラタン世界のこと、両方を知っているようだ。
「ドラコーン界にいるわりに、こちらの世界に詳しい方なんですね。」
「まあ、私も向こうの世界から来たからな。キミも魔法師だろ?」
「ひとまず、自己紹介しておかねば。私の名前はメビウスという。よろしく。」
「私の名前は、アスリィさんです!」
互いに自己紹介したところで、メビウスが話し始める。
「さて、当面の私たちのこの世界における目標は同じだと思う。」
「はい! 竜を倒すことですね!」
「え?」
…微妙な沈黙が、2人の間を流れる。
「倒してもいいんだが、得られるものは何もないぞ?」
「経験値が得られます!」
「割に合わないと思うぞ。」
しばらくの問答の後…
「さて、気を取り直して、だ。」
「私はひとまず、この世界から脱出することを目標に動いている。」
「そうですね。他の人たちと合流しないといけませんし。」
「入ってきた「ゲート」があっただろう?」
「あれと同じものが、この世界のどこかにあるはずだ。」
「じゃあ、それを探しながらドラゴンをぶち倒していくことが目標ですね。」
どうしてもドラゴンを倒したいらしい。
メビウスが呆れたように言う。
「消耗はできれば避けたいんだがなぁ…」
「まあ、とはいえ、降りかかる火の粉は払わねばなるまい。」
「そうですよね!」
メビウスは真剣な顔になって、近くの岩陰を睨んでいる。
そこに何かいるらしい。
「という訳で、話の途中で済まないが、ワイバーンだ。」
Middle.1.4. vs ワイバーン
岩陰から現れたワイバーンを視認すると同時に、アスリィが駆け込んで、生命魔法をのせた拳を放つ。
その一撃で、生命力を大きく削られながらも、ワイバーンは反撃の強風攻撃。
本来、至近距離から放たれる強風攻撃をかわすのは困難なはずだが、アスリィは軽く体をひねり、最小限の動きで難なく強風の範囲を避ける。
続いて、2撃目の拳をワイバーンに叩き込む。
1撃目の時点でほぼ限界まで生命力を削られていたワイバーンが耐えきれるはずも無く、そのまま地面に落下し、倒されたのだった。
そもそも、ワイバーンがアトラタンにおいて、かなり高い脅威とみなされる理由は、戦場の超広範囲を巻き込む強風攻撃にあるのだ。
有象無象の軍が集まっても、被害が増えるだけ、ということだ。
逆に言えば、アスリィのような「単騎で完結した格闘家」に対する相性は最悪に近いと言えた。
別のワイバーン相手に魔法を放ち戦っていたメビウスも、アスリィに遅れることしばしで、ワイバーンを撃破したようだ。
アスリィに労いの声をかける。
「キミにとっては、なんてことない敵のようだったな。」
「一発で落としたかったですね。」
アスリィとしては、ギリギリ1撃で決められなかったことが少し悔しいらしい。
ワイバーン戦後、次なる問題は「ゲート」の探索だ。
ここで、アスリィが、妙策を思いつく。
魔法《ディテクトカオス》を使えば、「ゲート」の位置を探知できるのではないか。
この世界に存在するワイバーンやドラゴンたちは、投影体ではないこの世界のオリジナルであるため、《ディテクトカオス》には反応しない。
であれは、《ディテクトカオス》の魔法は、この世界としては異分子である「ゲート」だけを正確に探知できるのではなかろうか。
試してみると、確かに、2つだけかなり強い混沌反応が感じられる。
比較的近くに1つ、遠くに1つ。
恐らく、これが「ゲート」なのだろう。
「よし、じゃあ、遠くの方に行きましょう!」
「いや、何でキミはそんな無駄にチャレンジ精神が…」
メビウスは文句の一つも言いたげなものの、それでも近い方に1人で向かうよりは、協力者がいた方がまだ確実、と判断してアスリィに付いていく。
途中、川や崖といった自然の障害はあったものの、魔法を駆使して突破していき、《ディテクトカオス》が示す地点にたどり着いた。
この世界に来た時の地点と同じような荒涼とした岩場の中、緑色の光を湛える「ゲート」がぽつんと佇んでいる。
「幸い、この「ゲート」は何もないところにあるようだね。良かった。」
「場合によっては水中だったり、敵のただ中だったりする可能性もあるからね。」
メビウスが安堵して言う。
「では、次の世界に向かおうか。」
「場合によっては、「ゲート」をくぐった先ですぐさま危険にさらされる可能性もある。」
「十分な準備と対応を…」
「あ、話長そうなんで先行きますね。」
「ちょっと! 話を聞け!」
アスリィは勝手に「ゲート」をくぐっていく。
メビウスも慌ててそれを追いかけ、次の世界へと、消えた。
Middle.1.5. 失われた大陸
一方その頃…
サラもまた、見知らぬ地に立っていた。
アレックスは石造りの城の中、アスリィは荒涼とした岩場だったが、サラのたどり着いた場所もまた、趣が違っていた。
地面こそ荒れているが、そう遠くない場所には街が見える。
文明のレベルとしては、アトラタンとそう変わらないように見える。
また、サラも他の2人同様、1人でこの地に飛ばされてきたようだ。
グランやヨハン、カレンはもちろん、連れ歩いていたはずのペリュトンもいつの間にかいなくなっている。
「あー、まずいですね、これは…」
「早めに合流しないと。」
サラとしては、1人ではかなり身を護るすべに乏しい。
これはかなり危険な状況といえた。
ひとまず、街の方に向かってみることにする。
街の住民が友好的である保証はないが、何もない荒野に向かって歩き始めるよりはいいだろう。
少し歩くと、道の外れに見覚えのある姿を見かけた。
ペリュトンだ。それも、結構な数が群れている。
普段、サラが召喚しているペリュトンとは別個体のようだが、それでも、他の生物が出てくるよりは見慣れている。
ペリュトンの群れをサラが眺めていると、後ろから男性の声がした。
「おい、そこのやつ! こんなところで何をしているんだ!」
「ペリュトンの住処に向かっていくとか、何を考えているんだ。」
言うと、声の主は、サラの手を引いて、ペリュトンの群れと反対方向に連れていく。
声の主は、1人の青年だった。
年の頃はサラと同じぐらいだろうか?
あまり上等そうではない、簡素な作業着といった感じの格好をしている。
少し離れたところで、青年は改めてサラに問う。
「あんなところで何をしていたんだ?」
「すいません、いつも見ている子に似ていたので。」
「ペリュトンを、か?」
青年は意外そうな声を上げた。
「あんな危険生物を普段から見てるとは、穏やかじゃないな。」
「ペリュトンっていうのは、人の影を奪わなくてはならないんだ。」
「当然、あんなところに近づいていったら、襲ってくるぞ。」
サラとしても、青年の言うことが分からなくはない。
本来、確かにペリュトンは異界の魔獣と言われる存在であり、召喚魔法で呼び出した場合ならともかく、自然に投影された場合は人を襲うことも多い。
「そうでしたね、私もそれを聞いた事はありました。」
「ありがとうございます。」
「にしても、お前、何者だ?」
「この近くにいて、ペリュトンを知らないなんて、おかしいだろ。」
「服装も見慣れないし…」
「申し遅れました。私、サラ・ロートと申します。」
「恐らく、違う世界から来ました。」
至極当然の青年の疑問に、サラは素直に答える。
とはいえ、違う世界などといきなり言っても信じて貰えるか…、と思っていたのだが、青年の反応はまた予想外だった。
「違う世界? ということは、オリンポス界からの来訪者か!」
オリンポス界の名は当然サラも聞いたことがある。
多くの神格、神獣が住む異界だと、エーラムの召喚魔法科の授業で習った。
サラとは系譜が違うが、召喚魔法師が呼び出すラミアやコカトリスの出身世界として知られている。
だが、当然ながら、サラはオリンポス界から来た訳ではない。
「…そこじゃないんですけど。」
「違うのか。そうなるとよく分からんな。」
「ま、つまりはお前は、他の世界からこの世界に迷い込んで、うっかりペリュトンの住処に足を踏み入れてしまった、と。」
「そうなりますね。」
ひとまず、青年はオリンポス界以外の異界から来たと、納得してくれたようだ。
オリンポス界という異界の存在を知っているだけあって、他にもそのように異界がある、というのもいくらか理解しやすかったのかもしれない。
「で、何も知らねーようだから、一応教えてやる。」
「お前が今いるここの名前は、アトランティス。オリンポス界から切り離され、隔絶された島だ。」
Middle.1.6. 古代大陸の伝説
青年は、ここをアトランティス、と言った。
「ま、今となっては、ほとんど伝説みたいなもんだがな。」
「それで、他の世界からここに来たってことは、もしかして、アレか?」
「街の司祭長様が騒いでた、「ゲート」だかと関係あるのか?」
「あ、多分それです。」
「私はここに来る時は、「ゲート」みたいな物を通ってきたので。」
これはかなり有力な情報だ。
この世界に「ゲート」があるならば、他の世界へと移動して、はぐれた面々と合流が図れるかもしれない。
それはそれとして、サラは青年にまだもう1つ、重要なことを聞いていなかった。
「ところで、あなたは一体…?」
「あ、すまんすまん。自己紹介を忘れていたな。」
「俺の名前はマル。この先の街で青銅器鍛冶をしている。」
「では、マルさん。その司教様とお話ししたいので、案内してもらうことはできないでしょうか?」
「この時間なら神殿に行きゃいるだろ。」
「どうせ帰るついでだ。いいぜ、案内してやる。付いてこい。」
こうして、マルの案内で、サラは再びアトランティスの街へと向かっていった。
道すがら、マルはこの世界のことについて、簡単にサラにレクチャーした。
「アトランティスってのは、元々、オリンポス界の一部なんだ。」
「オリンポスにはいろんな神様がいてさ、そん中の1柱、ポセイドン様に率いられた、海に浮かぶ島の軍事国家。」
「なんだけど、俺たちのご先祖様はやたらと欲深かったらしくてさ。」
「もっと領土を、お宝を!ってなって、結局、それに怒ったオリンポスの神様たちに島ごと追放されちゃった、って。」
「つまり、この島だけ、別の世界にされちゃったんだ。」
なお、余談だが、現代地球に伝わるアトランティスの伝説では、島は一夜にして海に沈んだと伝わっている。
この辺りは、異世界への追放が、海に沈めたと勘違いされたのか、それとも伝わるうちに話がゆがんだのか、実は微妙に世界が異なるのか、定かではない。
「だもんで、元の世界、オリンポス界に帰るってのは、この島の連中にとっちゃ悲願なわけよ。」
「そこによく分からん「ゲート」が現れて、他の世界に行けるかもしれない、ってなったもんで、神殿は大騒ぎさ。」
「なるほど。」
つまり、司祭長とやらは、「ゲート」の力で、オリンポス界に帰りたがっている、あるいは再びの侵略でも仕掛けるつもりらしい。
「おかげでいい迷惑だよ。」
「戦いには武器が必要だって言って、鍛冶屋の俺の仕事が増えてしょうがない。」
一方のマルは、別に島の悲願なんてどうでもいい、とでも言わんばかりの態度を見せる。
「ついでに教えてやるとな。」
「さっき、ペリュトンどもがいただろ。あれも、この話と関係あってな。」
「ペリュトンってのは、もともと、故郷で死ねなかった旅人の成れの果てなんだ。」
「だから、自分の居場所を失っちまって、人から奪わなきゃいけなくなる。」
「つまり、故郷である世界から切り離されちまったこの島の住民は、死ぬとペリュトンになるんだとよ。」
「さて、そろそろ神殿に着くぜ。」
神殿の前では、豪奢な服を纏った初老の男性が高らかに演説をしていた。
「おお、我らが父でありますポセイドン様は、雌伏の時を超え、ついに我らに悲願を果たす機会を下さいました。」
「いまこそ、アトランティスは、オリンポスの表舞台に、返り咲く時なのです!」
「我らが神に感謝を、戦いに赴く勇者たちに喝采を!」
状況から見て、そこで演説をしているのが、マルの言っていた司祭長様なのだろう。
どうにも、オリンポス界に対して、本気で攻め込もうとしているようにしか聞こえない。
「あの人が?」
「ああ、司祭長だ。」
サラと話しているマルに気が付くと、演説を終えた司祭長が近付いてきて、話しかける。
「おや、マルではないですか?」
「注文した武器の制作は順調ですかな。」
そこで、マルの隣に見慣れない人物(サラ)がいるのに気が付き、そちらに目線を向ける。
「おや、そちらの方は?」
「私、サラ・ロートと申します。」
「その、「ゲート」を通ったら、こちらの方に流れ着いた、「異界から来た者」です。」
「ほう、オリンポス界から…!」
「ち、違います!」
司祭長の目が剣呑な光を帯びたように見えたサラは慌てて否定する。
今まさにオリンポス界に戦争を仕掛けようとしている人物にこのように誤解されては、たまったものではない。
「何、違うのか?」
「全然違うところから来たので、関係ないのですが…」
「そう言う訳なんだ、司祭長様。」
「なので、あの「ゲート」を通っても、オリンポス界に行けるとは限らないようですよ。」
サラの返答を受けて、マルが続ける。
要は、この世界の住人にとって異界と言えば普通は「オリンポス界」を指す。
なので、異界につながる「ゲート」が現れたとなれば、当然「オリンポス界」につながっていると思い込んでいたのだ。
そこに現れたサラの存在は、彼らにとって、その仮定を否定する1つの反例と言えた。
「何ということだ…」
「ですが、まだ行けぬと決まった訳でもない。この千載一遇の機会を逃せば、次は何百年後になるか、いや、二度と無いかもしれぬのだぞ!」
司祭長は苦しそうに反論する。
彼としても、大々的に喧伝してしまった以上、今さら撤回もしづらい。
それに、たとえ「オリンポス界」につながっていなかったとしても、幽閉されたアトランティスから出られるというだけでも大きな進歩ではある。
「まあ、それは司祭長様の判断です。」
「それはそれとして、この子に「ゲート」を使わせてあげる訳にはいかないのですか?」
「おっと、そういう訳にはいきませんねぇ。」
「「ゲート」を使わせて何か異常をきたしても困りますし、オリンポス界のスパイではない保証だって、ないのですから。」
「あくまで、彼女自身が、関係ない世界から来たと言い張っているというだけのこと。」
…この人の説得は、骨が折れそうだ。
「はぁ、いいですよ。使っても。」
「どうせオリンポス界に行けるとも限らないのです。どこへなりと行ってしまいなさい。」
「マル、案内してやりなさい。」
粘り強く説得した結果、何とか「ゲート」を使っていいとの妥協を引き出した。
途中でマルが援護してくれたのも大きかった。
「ゲート」のもとへと移動中、司祭長が見えなくなったところでマルがこっそり言った。
「めんどくさい人だっただろ?」
「ええ…」
「ありがとうございました、いろいろ交渉を手伝っていただいて。」
「なに、こんなところで生活してるとな、退屈でしょうがねぇんだ。」
「そんな奴がうっかり異世界の来訪者なんて見かけたら、興味の1つも手伝うだろ?」
「さて、そこにあるのがこの世界に現れた「ゲート」だ。」
「とっとと行って来い、やるべきことがあるんだろ?」
「そうですね。仲間たちが他の所に飛ばされている気がしますし。」
「お前もいろいろ大変なんだな…」
「さて、じゃあな。もう会うことは無いだろうがな!」
マルの言葉に見送られ。サラは「ゲート」をくぐり、「アトランティス界」を後にした。
「もう会う事は無い、か…」
サラが去った後、マルは一人考えていた。
「本当だろうかな。」
「なんだかよく分からねーけど、あいつとはどこかで会ったような、どこかでまた会うような、予感がするんだよな。」
「何でだろうな?」
Middle.1.7. 帝都の護り人
…一方その頃。
ヨハンもまた、他の面々とはぐれて、一人でどこか異世界に出現していた。
周囲はかなり発展している街のようだ。
建物はブレトランドでも見かける形に近い西洋風のものと、東洋風のものが入り混じり、独特な街並みを作り上げている。
東洋文化に比較的造詣の深いヨハンの目には興味深く映ることだろう。
だが、出現した直後、ヨハンには周囲の街並みを眺める暇は無かった。
ゲートをくぐり、地面に降り立つと、まさに今降り立った地面に不思議な文様が描かれているのに気が付く。
しかも、いわゆる「魔力」のような力を感じる。「魔法陣」だろうか?
「魔法陣」の前には、東洋風の姿の少女が立っている。
ヨハンがちょうど「魔法陣」の真上に降り立ったのを見ると、ニヤリと笑って指を鳴らす。
「現れましたわね、異界の妖魔!」
「さあ、我が術中に、囚われなさい!」
少女の合図に応じて、「魔法陣」が光り、さらに力を帯びていくのを感じる。
反射的に、マズいと思ったヨハンは、何とかその魔法攻撃らしきものを魔法で弾く。
恐らく、複数の状態異常を付与する強力な魔法罠のようなものにヨハンには感じられた。
だが、明らかにエーラムで教えられるような術式ではない。
「ちっ、厄介ですね。異界の妖魔は。」
「これだけ準備した妖力陣が弾かれるとは…」
少女は、魔法罠が弾かれたのを見るや、数歩後ろに距離をとって、持っていた金属製の杖を構える。
これもまた、エーラム製のタクトとははっきり異なる。東洋の呪術師などが使うものに近いようにみえる。
罠が失敗したのを見て、直接戦闘に移行するつもりらしい。
それを見て、攻撃される前にヨハンの方から話を始める。
「とりあえず、言葉が通じるということは、ここはアトラタンなのか?」
「アトラタン…?」
「それが、貴方たちがもともといた、異界の名ですか?」
少女はなおも油断なく杖を構えながら、質問を返した。
少女の反応からすると、どうやらここはアトラタンでは無い異界だと判断したヨハンは、別の質問をする。
「この魔法陣は、私を召喚するための物なのか?」
「勝手に来ておいて、白々しいですね。」
「貴方たちが現れた瞬間にその力を封じるためのものですが?」
「もっとも、弾かれた以上は仕方ありませんが。」
もはや用なしの魔法陣のことなど話しても構わないと思ったか、少女はあっさりと答える。
少なくとも、少女からすれば異界からの来訪者は歓迎されざる存在らしい。
とはいえ、ヨハンとしてはここで全面的に敵対したくはない。
錬成魔法師であるヨハンは、サラ以上に個人戦闘力には乏しいのだから。
「事情は分からんが、私が元の世界に帰ればいいのか?」
ひとまず、この場は交渉によって解決したい。
となれば、おそらく両者にとって一番の解決は、ヨハンがこの世界から出ていくこと、だろう。
ヨハンとしてもそもそも、この異界に飛ばされてきたことがイレギュラーなのだ。
「まあ、それならそれで、構いませんが。」
「とはいえ、貴方をこの世界に呼び出したゲートは、突発的な事故のようなものですし…」
少女としても、その交渉自体は問題無いようだ。
その上で、念のためヨハンに確認する。
「少なくとも、敵対の意志は無いのですね?」
「私が元の世界に帰るのを、邪魔するとかでなければ。」
それについては問題ない。
少女としては、さっさと異界の来訪者にはお帰り願いたい。
こうして、とりあえずの誤解は解けた、ようだった。
さて、少女と話が出来る状態になったことで、ヨハンの方から、この世界について幾つか確認する。
「まず、この世界に「混沌」はあるのか?」
「耳慣れない単語ですね。」
「文脈から察するに、「妖力」のようなものでしょうか?」
この世界に「混沌」は無い、らしい。
実際、ヨハンの感覚からしても、この周囲には一切の混沌が無いように感じられる。
それなのに、どういう理屈か、魔法を使うこと自体は出来るようだ。
(ちなみに、確認しなかったが、これは他の面々が飛ばされた異界についても同様である。)
「この世界に、外の世界から魔物が現れることは、よくあるのか?」
「ほとんどありません。本来、妖魔はこの世界に元々いた存在です。」
「ですので、他の世界から来るような者は稀です。」
「それに対処するのが私なのですが。」
「アンタはつまり、この世界を守る存在、ということか?」
「そう言うことになるでしょうね。」
「異世界からの来客に対応するような変わり種とはいえ、「花憑人」であるのですから。」
少女は、自身の事を「花憑人」と言った。
そう、ここは妖と人が棲み、闇と花が彩る帝都、東京である。
Middle.1.8. 花憑と魔法師の考察問答
少女から話を聞いたことで、この世界の大枠については理解したヨハンは、次の手段に出る。
「すまないが、少々不気味な物を見せるが…」
そう断って、鞄から取り出したのは、1本のフラスコ。
錬成魔法によって生み出され、あらゆる知識にアクセスできるという、《ホムンクルス》だ。
こうした未知の場面ではその知識は非常に有用だが、魔力の消費も大きいので、闇雲に使う訳にもいかない。
少女の話である程度方向性が見えたからこそ、使うつもりにもなったのだが。
魔力を注いでホムンクルスを活性化させ、呼びかけを行っていく。
『この世界から帰るにはどうしたらいい?』
『帰るには、この世界のどこかに同様の「ゲート」が発生しているので、それを使うのが良いでしょう。』
『とはいえ、あくまで他の世界に転移するだけであり、アトラタンに帰るには「ゲート」1つではたどり着かないでしょう。』
『ちなみに、そこの少女は異界の存在を察知する特殊能力持ちで、だからこそ、貴方の出現を待ち構える事が出来たのです。』
『彼女の能力によって、「ゲート」を見つけることが出来るかもしれません。』
ホムンクルスは存外親切丁寧に質問に答えてくれた。
このホムンクルスというやつは割と気まぐれで、聞かれたことにしか答えなかったり、ひどく簡潔にしか答えてくれなかったりもするのだが、今回は機嫌が良かったらしい。
ヨハンはホムンクルスを仕舞い、改めて少女に話す。
「やはり、アンタが言うところの「ゲート」をくぐって行くしかないようだ。」
「で、それは頻繁に出現するものなのか?」
「いえ、普段であれば、このような形で異界とつながるなど、まず有り得ません。今だから出現している、というものでしょう。」
「私としては、どこか別の異界から干渉があった、とみています。」
「それも、複数の異界をめちゃくちゃにつなげてしまうような、かなり大規模な。」
「で、アンタはその出現を察知できるんだな。」
「よくご存じで。」
「そのホムンクルスとやらも、侮れないものですね。」
少女が感心したように言う。
こここで、ヨハンは改めて少女に協力を頼むことにする。
「素直にアンタに力を借りた方が良さそうだな。」
「私は、ヨハン・デュラン。」
「…御辻宮嶺羽、と言います。」
「発音しにくそうな名だな。何と呼べばいい?」
「お好きなように。」
「嶺羽でもいいし、アンタ呼びのままでも構わない。」
「ところで、この世界でこの格好は目立つか?」
帝都東京の路地裏を移動しながら、ヨハンは嶺羽に聞いた。
ちなみに、ヨハンはアカデミー制服や魔法師らしい法衣ではなく、工房での錬成魔法師としての実用性重視で作業着のような服装を普段からしている。
「まあ、目立つとは思いますよ。」
「衣装をお貸しすることもできますが、まあ、どちらにせよ異国人は珍しいのであまり意味は無いでしょう。」
「少なくとも、怪しまれたりする分には、私と一緒に行動している以上、問題ないでしょう。」
実際、歩いている途中で、大柄な男性に誰何されたこともあったが、嶺羽が「私の来客だ。」と言うと、すぐに離れていった。
どうやら、嶺羽はこの世界ではそれなりに地位のある人物のようだ。
さらに歩きながら、今度は嶺羽の方からヨハンに問いかける。
「私の方からも、聞きたいことがあります。」
「私としても、このように異世界から干渉を受けて、「ゲート」が出現するなんてことは望ましくありません。」
「その干渉の原因に心当たりは無いのでしょうか?」
「この世界の理に関しては分からないからな…」
仕方なく、ヨハンは再びホムンクルスを呼び出そうとする。
とはいえ、ホムンクルスへの呼びかけはかなり精神力を消耗するのだ。
ヨハンがどうしたものかと考えていると。
「魔力瓶なら少々持ち合わせがありますよ。」
「異世界人の貴方が使えるかは分かりませんが。」
そう言って、嶺羽が液体の入った小瓶を渡す。
ヨハンが見たところ、自分が使っても問題ないし、それなりに薬としては上等なものに見える。
それを使用した上で、改めてホムンクルスに問いかける。
『このような「ゲート」が出現している原因は?』
『アトラタン世界から、様々な異界に干渉し、異界同士をつなげています。』
『異界同士がつながるパスは選択的に強化され、徐々に特定の異界同士のつながりが強くなっています。』
『恐らく、アトラタン世界、あるいはその付近からの干渉は継続中と思われます。』
クリティカルな答えではなかったが、少なくともアトラタン世界が原因らしい。
「すまない。どうやら、我々の世界が原因のようだ。」
「でしたら、何とかして欲しいというのが本音ですね。」
「私としては、手を出せない領域ですので。流石に異界に原因があるとなると。」
「そうですね。」
「あなたにも、こちらの世界に来ていただく、というか類似品に来てもらうことが出来なくはないのですが。」
「類似品…?」
ヨハンとしては、投影体のつもりで言ったのだが、混沌になじみが無い世界の者に投影体という概念を理解してもらうのはなかなか難しい。
「ゲート」は存外あっさりと見つかった。
嶺羽の能力に加えて、ヨハンも助力したことで、かなり正確に位置を探知出来ていたようだ。
探知した帝都のはずれに向かうと、もう少しでたどり着く、というところで嶺羽が足を止めた。
「妖魔の気配がする…」
「ゲートの方に、消えた…?」
どうやら何者かが「ゲート」をくぐってこの世界からどこかの世界に向かったらしい、
急いで「ゲート」の方に向かうが、そこにはかつてアトラタンからここに転移してきたのと同じ、緑色の光を湛える「ゲート」があるだけだった。
何者かは、既に他の世界へと消えてしまったらしい。
それでは、もうどうしようもない。
今できるのは、当初の予定通り、この「ゲート」で次の世界に向かうことだ。
「この「ゲート」が目的の所に通じているのかは分からないが、私は先に向かわせてもらおう。」
「もしかすると、ぐるぐる回っていずれここに戻ってくるかもしれないが、その時はよろしく頼む。」
「まあ、そうなったら、おそらく私は感知できるからな。」
「それから、折角だ。これを持っていけ。」
そう言って、嶺羽はヨハンに1本の簪を渡す。
「私の類似品に来てもらう必要があると言っただろう?」
「召喚術のようなものであれば、縁をつなぐ物品は有効だ。」
ヨハンはあまり召喚魔法には詳しくないので、物品を介して召喚するなどという技が可能なのかはわからないが、とりあえず貰えるものは貰っておいた方が良いだろう。
簪を受け取ると、ヨハンは「ゲート」の中に踏み出し、次の世界へと転移した。
Middle.1.9. 神話世界の街にて
…一方その頃。
グランも1人で見知らぬ街に転移していた。
全体的に白を基調とした石造りの街。もちろん見覚えはない。
よく見ると、石材の多くには細かく彫刻が入っており、建物の1つ1つ、あるいはこの街自体が美術品のように感じられる。
だが、これだけ立派な街でありながら、周囲にほとんど人の気配はない。
美麗な石畳の道にも、家の中にも、街外れに見える海にも、パッと見て誰かがいるようには見えない。
海と逆側の街外れには丘があり、その頂上には神殿らしき壮麗な建物が見える。
「もしかして、ここは異世界なのか…?」
「勘弁してくれ。とりあえず、(他の面々を)探すか…」
そう言って、街の中を探索する。
相も変わらず、人の気配に乏しい街だが、しばし探索していると、初めて遭遇する人物は、向こうから現れた。
「あれ? そこの人は、見覚えのあるような…?」
グランが声のした方を向くと、そこには漆黒のドレスを纏った女性が立っていた。
風に揺られ、きらりと三日月のアクセサリーが光る。
「あんたは、エーラムにいた!」
「ま、それはこっちのセリフでもあるんだけど。」
「というか、そもそも、ここは私たちの世界なんだけど…」
「なるほど、あんた、投影体だったのか。」
確かに、エーラムの件の折、彼女たちは気が付くと姿を消していたので、その正体が本当に表向きに言っていたような「エーラムに雇われた護衛」だったのかは疑わしかった。
ところで、彼女の言い方には1つ不自然な点がある。
彼女は投影されたときのことをかなり明確に覚えているような言い方をしている。
普通、本体は投影時の事を覚えていないか、あるいは夢ぐらいにぼんやりとしたものだ。
それをはっきり覚えておけるとなると、よほど召喚され慣れているか、特別な才能を持っているか、あるいはそもそも強大な力を持っている存在か…
例えば、神格とか。
気になることは尽きないが、ひとまずは重要なことから順に質問する。
「で、ここはどういう世界なんだ?」
「じゃあ、この前のお礼ついでに教えてあげるわ。」
「ここは、「オリンポス界」、数多の神々が住む世界。ま、私も神様だけどね。」
オリンポス界と言えば、アトラタンで話に挙がる数多の異界の中でもトップクラスの知名度を誇る異界だ。
主神ゼウスをはじめとした多くの神格、あるいは付き従う霊獣などが住む世界、と聞いている。
そもそも、神、という存在があまり好きではないグランの顔色を察したか、女性が聞く。
「なんだ、神様は嫌いかい?」
「まあ、さっさとこの世界を出ていきたい理由が増えただけだ。」
とりあえず、この世界からは出ていくつもりであった以上、当面の目的に変わりはない。
だが、目の前の女性が今のところ唯一の情報源なのは確かだ。
「森の「ゲート」をくぐって来たらここに飛ばされたんだ。」
「他にも、この世界に「ゲート」が現れたりはしていないか?」
「ああ、あれの関係者か?」
どうやら、心当たりが有りそうだ。
「最寄りのところに案内してくれないか?」
「ま、そのぐらいならいいけどさ。」
「それはそれとして、ちょっと「ウチの上司」に会って行く気ない?」
「この件について、あの方もちょっと気にかけてるんだ。」
「まあ、案内してもらう身だし、それは構わないが。」
「ありがとう。きっと貴方たちにも有益だと思うわ。」
グランとしても、仮にも神格である彼女たちの上司にあたる人物であれば、おそらくかなりの重要な人物であろうし、会っておくことは打算的には悪くない。
こうして、3女神の1柱、メガエラに案内され、グランは街外れの神殿へと訪れた。
Middle.1.10. 月女神との対談
丘を登り、神殿にたどり着く。
恐らく祀られている神格のシンボルなのだろう、三日月の意匠が各所に見てとれる。
「ヘカテー様、お客様をお連れしました。」
神殿に入り、先ほどまで、どこか雑な口調だったメガエラが、今度は改まった口調で呼びかける。
グランは、ヘカテーという名に少々引っかかりを覚える。
確か、エーラムでの折に、ルシフェルと名乗っていた堕天使(本物)が、その名を口にしていたような…
考えながら、奥の間に通されると、そこで待っていたのは、見覚えのある顔の女性だった。
吟遊詩人ハイアム・エルウッド(偽物)に見せてもらったロケットペンダントに描かれていた女性だ。
「あ、あの時の…」
「おや、貴方とお会いしたことは無かったはずですが?」
「いや、ルシフェルと名乗る異界の堕天使に遭遇した時に。」
「あの男、ですか…」
「その件については申し訳ありませんでした。分体とはいえ、私のした事でご迷惑をおかけしましたね。」
「それで、私にお話とは?」
「まずは、あの時のことについて、貴方がたにお礼が言いたかったというのが1つ。」
「ユタを護っていただいてありがとうございました。」
「もしかして、ユタくんは…?」
「恐らく、貴方が今想像している通りです。」
「もちろん、あまりあちらの世界で広めないで頂けると助かりますが。」
そこで言葉を区切り、2つ目の話題に移る。
「そして、もう1つ、この世界を含め、複数の世界の間で、今起きつつある現状について。」
「他の世界も…?」
「ええ、貴方がたの世界、アトラタンと呼ばれているそこから、複数の世界に向けて、通路が開けられています。」
「「ゲート」の形状をとっているそれは、見覚えがあるかと思います。」
「なるほど。」
「ということは、他の連中はそれぞれ他の世界に飛ばされている、ということか…」
「恐らくそうでしょう。」
「投影体の時と違い、オリジナルの権能を使える今の私であっても、異世界をくまなく覗くというのは容易ではありません。」
「ですが、「オリンポス界」に貴方以外の来客がいないのは、かなり自信をもって言えます。」
なるほど、であれば、他の世界に飛ばされていると考えるのが自然だ。
「それで、ここからが重要です。」
「私としても、断片的にしか把握できていませんが、この状況を作り出した本人について。」
「その人物は幾つかの異界を回った後、とある世界にたどり着きました。」
「その世界とは…?」
「ある意味、アトラタンに戻ったとも言えるでしょう。」
「この現象の起点であるアトラタン世界の近く(これは物理的な距離ではなく、世界自体の魔術的概念的な近さのこと)の空間に。」
「出現している「ゲート」群を統括する、制御室のような場所があります。」
「…っ!」
ほぼ間違いなく、その人物というのはシスター・ルーリウムだろう。
そうであるなら、この「ゲート」群の中枢にたどり着いている、というのはかなり危急の事態だ。
「で、どうやったらそこにたどり着けるんだ?」
「もちろんあの「ゲート」を使うのですが、ただ闇雲にくぐるだけでは、どこの異界に飛ばされるか分かりません。」
「ある程度他の異界を見渡せるような、特殊能力を持つ人物やアイテムが必要でしょう。」
「なら、とりあえず他の世界を渡り歩いて、手がかりを探すことだな。」
「ええ、そうなるでしょう。」
「幸い、「オリンポス界」は様々な異界と近いようで、幾つか「ゲート」が発見されています。」
「最寄りの所に案内させましょう。」
「ええ、お願いします。」
「では、失礼します。」
こうして、月女神ヘカテ―との対談を終えたグランは、従属神メガエラの案内によって、「ゲート」の前にたどり着く。
次の世界へと繋がる「ゲート」に踏み出し、オリンポス界に別れを告げた。
Middle.2.1. 再会 ~サラ&アレックス~
ウィロー大陸、乙女魔王バルゴの城。
その居室では、未だに2人の魔王の痴話喧嘩(?)が繰り広げられていた。
アレックスとしては、あまり興味はないし、魔境の影響だろうか(異世界に飛ばされているとはいえ、なぜか魔境で発生するような種々のハプニングは発生するらしい)、先ほどから不思議な眠気に襲われて仕方ない。
うとうと部屋の隅で舟を漕ぎ始めたところで、異変は起こった。
部屋の中に鎮座していた「ゲート」が徐々に輝きを増し始めたのだ。
「「「これは…??」」」
緑色の光がひときわ強くなったところで、「ゲート」から魔法師と思しき青年が出てくる。
「えーと、ここは…?」
「「は…?」」
出てきて周りを見渡す青年を前に、バルゴとレオが間抜けな声を上げる。
その一瞬の後、バルゴは重要なことに気が付いた。
「ちょ、ちょっと「ゲート」が閉じてくんだけど!」
「あれ、1回きりの使い捨てなの!」
青年が通り抜けたのを見届けたように、「ゲート」は光を失い、空中に溶けるように消えていく。
こうして、乙女魔王バルゴの目論見は、あっけない形で頓挫することとなった。
しばらく呆然としていたバルゴだが、やがて気を取り直して青年に聞く。
「で、どちら様?」
「えーと、私、サラ・ロートと申します。」
「あそこにいる彼の仲間です。」
部屋の隅にいるアレックスを指して青年は言った。
だが、アレックスは怪訝な目線を向ける。
目の前にいるのは、サラ・ロートを名乗る「青年」だ。
「何を言っているんだ、コイツは…?」
そう、アレックスが魔境の影響で眠気に襲われていたように、サラもまた魔境の影響を受けていたのだ。
サラは「性別変化」の影響を受け、青年の姿となっていたのである。
実際問題として、魔境から脱出すれば、この変化は元に戻ると魔法師であるサラは判断したので、ひとまず放っておいた。
が、アレックスとしては、そんな事情を知る由もない。
そこでサラの背後からペリュトンが姿を現す。
アトランティスではどこかに消えていたペリュトンはいつの間にか戻ってきていたようだ。
「見た目はサラじゃないんだけど、隣にいるペリュトンは、サラのペリュトンなんだよな…」
ペリュトンに気付いたことで、ようやくサラだと気付いたらしい。
ちなみに、もちろん服装は元々のサラのままだ。サラが普段からスカート姿では無かったのは幸いと言えよう。
「ほら、魔境の影響で少し性別が…」
「戻るといいね。」
「恐らく戻ると思うので、お気になさらず…」
「ところで、ここはどこですか?」
とりあえず、4者間での情報共有に移る。
乙女魔王バルゴがアトラタン世界に行こうとしていたこと。
今まさに、その計画は頓挫したこと。
アレックスはあまり事情を説明していなかったこと。
サラが別の異世界経由でここに来たこと。
「まあ、なんだ、どちらにせよ、あの「ゲート」を望むところに繋げるのは無理だったと思うぞ。」
「(´・ω・`)ショボーン」
レオの追い打ちの一言に、バルゴがうなだれる。
が、すぐに目に光が戻り、宣言する。
「ま、終わったことはしょうがないわね!」
「それなら次の出来ること、「アイドル時空」のトップを取ることよ、レオ!」
「立ち直りはえーな!」
「いや、まあ、いいけどよ。」
なんだかよく分からないうちに2人の魔王の間の問題は解決したらしい。
「で、どうすんだ、お前たち?」
ところで、問題は「ゲート」が消えてしまったことだ。
サラとアレックスとしては、いつまでもこの世界にとどまっている訳にもいかない。
「この世界のどっかには、他にも似たような「ゲート」があるかもしれないけどな。」
「とはいえ、しらみつぶしに探すのは…」
ウィロー大陸はなんだかんだ言って結構広い。
その中で何も手掛かりなしに探すのはかなり難易度が高い。
さて、どうしたものか…?
そこで、レオが提案した。
「まあ、心当たりが無くもない。」
「こういうのは、たいがい魔法だの不思議だのの領分だからな。」
「ちょっと離れたところだが、魔法を教えている大学があってな、そこに知り合いがいる。」
「じゃあ、そこに連れて行って貰えれば。」
アレックスの言葉に、レオが少々苦い顔をする。
「連れていくのは良いが、まあ、なんだ、ひどく面倒くさがりの、有り体に言って「クズ」だからな。」
「そいつをやる気にさせるのは、頑張れとしか言えん。」
言い終わると。レオはパチンと指を鳴らす。
すると、そこには立派なたてがみが印象的な1体の獅子が現れていた。
「コイツを貸してやる。」
「魔法大学までの道順は覚えさせてある。乗っていくと良い。」
こうして、アレックスとサラは、バルゴの城を離れ、同じく十六国家の1つであるミリシーズ大公国にあるという、魔法大学に向かうこととなった。
アレックスがレオから借りた獅子にまたがり先行し、サラがペリュトンで追走していく。
この速度なら、そう時間はかからずに到着するだろう。
Middle.2.2. 英雄級魔法使い(ただしクズである)
獅子とペリュトンに乗ってしばし。
2人は、ミリシーズ大公国の魔法大学にたどり着いた。
ここ、「ウィロー界」最大の学術機関と言われ、広大な敷地には、いくつもの建物が立ち並ぶ。
構内を道行く人々の姿はやはり、魔法大学だけあって、魔法使い風の人々が多い。
これだけ広い構内だと、迷わずにたどり着くのも一苦労と思われたが、そこはレオの霊獣が先導して案内していく。
レオに聞いた話だと、これから会いに行く魔法使いは、かつて12人の魔王によってこの大陸が侵略された際に、勇者と共に戦った英雄級魔法使いとのことだ。
現在は、単位をすべて集め終え、残るは卒業論文だけ、という状態だと聞いている。
敷地中央付近の建物の、とある研究室で、獅子は歩みを止める。
どうやらここらしい。
だが、その研究室には、先客がいたようだ。
1人の女性が扉の前に立ち、ノックしつつ話しかけている。
「あのー、ホレスさん、ですよね?」
「お忙しいところ申し訳ないのですが、少しお伺いしたいことが。」
その女性には見覚えがある。
ヴィルマ村の隣町、テイタニアを治めるヴァレフ―ル七男爵の一角、ユーフィー・リルクロートだ(下図)。
意外な人物の登場に、サラたちが驚いていると、ユーフィーの方から声をかけてくる。
「あれ、あなたは…?」
「エーラムの制服? どこかでお会いしました…?」
サラたちに気付いたユーフィーが話しかけてくる。
エーラムの制服にはピンと来たようだが、あいにくサラは今、青年の姿となっているので、隣村の魔法師とは気付けていないようだ。
「サラ・ロートです。ちょっと、魔境のせいで性別が。」
「ああー、魔境ならそんなこともあるよね。」
ユーフィーの理解は早かった。
そこのところは、ヴィルマ村と同じく大森林最前線の街の領主である。
特に、一時期、自身の聖印を成長させるために頻繁に魔境に出入りしていたユーフィーは、あるいは自身にも降りかかったことのある現象なのかもしれない。
「ということは、あなたたちも、この魔境を何とかしに?」
「とりあえず、元の世界に帰ろうかと。」
「紹介されたところがここだったんですけど。」
「じゃあ、ほとんど私と同じだね。」
「ひとまず、他の世界に行ける所を探さなきゃいけないし、ここに手助けしてくれそうな魔法使いさんがいるって聞いて。」
「早くこの世界を出て、合流しなきゃ、ってことで。」
その言い方からすると、ユーフィーも単独ではなく誰かと一緒に来たようだ。
「で、問題なんだけど、ここの魔法使いさんに断られちゃって…」
「卒研が忙しいから、手助けしている暇は無いって。」
なるほど、と経緯に納得すると同時に、そういうことなら、卒研を手伝えば何とか、と希望も見えてくる。
(異世界の卒研が手伝えるものなのかはさておき)
ひとまず、再びの交渉のため、サラたちはユーフィーを加え3人(と2匹)で研究室の中の人物を訪ねた。
研究室の中には、雑多に資料や機材が積まれている。
壁際の棚にはインスタント麺や保存食が大量に詰め込まれ、まさに、不摂生な研究者の部屋、といった感じだった。
「で、また来たの?」
「言った通り、僕は卒論を書き上げなきゃ卒業できなくて大変なんだけど…」
机の上に積まれた資料を必死に纏めているのは、1人の男子学生だった。
(今は必死感を出しているが、よく見ると机の脇には研究に関係なさそうなものも積まれているあたり、ちょくちょくサボっているのではないか、とも思う。)
英雄級の魔法使いとは、あまり見えない。
さて、とはいえこの人物の協力を取り付けないといけない訳であるが。
ここで、アレックスには1つの考えがあった。
アレックスが持っている投影装備「携帯端末」。異界の知識にアクセスできるそれをもってすれば、卒論の執筆には大いに役立つに違いない、と。
「そこでホレスさん。」
「ここにとても頼りになるものが…」
そう言って、アレックスが「携帯端末」のプレゼンを始める。
…プレゼンを終えて
「なるほど、卒論を手伝ってくれる代わりに、魔法で探して欲しいものがあるんだね。」
「その話、乗った。」
こうして、無事に魔法使いホレスの協力を取り付けることに成功したのである。
特に「異界の知識の集積所ともいえる」と説明された「wikipedia」なるものが交渉成立のダメ押しであった。
…卒論の執筆が目途がついて来たころ。
「その、「ゲート」を探して欲しいんだね。」
「これでも伝説級の魔法使いだし、物探しの魔法ぐらいなら。」
ホレスが魔法の準備を始める中、アレックスがつぶやく。
「よかった。この部屋で料理とかしなくて済んで。」
「え? まさか、やる気だったんですか?」
アレックスとしては、そのあたりも場合によっては交渉材料に含めるつもりだったらしい。
そこに耳ざとくホレスが反応する。
「ん、何? ご飯作ってくれるの?」
「じゃあ、お願いしようかな。物探しの魔法にもちょっと時間かかるし。」
こうして、アレックスは定番の得意料理、カレーを作り始めた。
とはいえ、さすがにサラの見張りがあったおかげで、ヴィルマ村で時折悲劇をもたらす香辛料増し増しカレーにはならず、普通に辛口程度のカレーが出来上がる。
アトラタンからの訪問者は知る由もないが、この「ウィロー大陸」は何だかんだで「台湾ラーメン」など、そこそこ辛い料理の多い地であることも幸いした。
完成したカレーは、研究室で適当な食事で済ますことも多い彼には好評だったようだ。
「良かったら、香辛料とか、少し置いていきますが?」
アレックスは、布教活動(?)も欠かさない。
「確かに、ここのごはん味気ないしね。味を変えるものがあると嬉しいかも。」
食事休憩をはさんでしばし。
ホレスの探知魔法が完成する。
「さて、キミたちが探している「ゲート」はこの辺りだね。」
「あと、これはご飯のお礼。良かったら持って行って。たくさん余ってるから。」
そう言って、ホレスが部屋の隅の段ボールから取り出したのは小さなクマのぬいぐるみが付いたキーホルダー。普通に可愛い。
(ちなみにこれは、ホレスが以前、12魔王の侵略を打ち破る旅をしていた時の仲間の1人がプロモーション活動をしていたグッズの余りである。)
折角なので、キーホルダーも貰って、ホレスと別れて次の「ゲート」へと向かう。
こうして、サラ、アレックス、ユーフィーの3人はまた、次の世界へと転移した。
Middle.2.3. 選ばれし少女
…一方その頃。
グランは「オリンポス界」からの「ゲート」をくぐり、また別の世界へと転移していた。
今度の世界は「オリンポス界」とはうって変わって荒廃している。
赤茶けた地面には草の1本も生えておらず、遠くに見える建物らしきものは半ば崩れている。廃墟というやつだろう。
空はどんよりと曇り空だし、そもそも雲の色がなんだか禍々しい。
「さっきから、人の気配のしないとこばかりだな。」
辺りを見回しても、誰もいる様子もない。
ただ、遠くの廃墟に、小さく灯りが灯っているのが見える。
他に手がかりもない。グランは灯りの方へと歩き始めた。
灯りの灯っている建物の前に来ると、グランは何やら視線を感じる。
ちらりと建物を見渡すと、2階の窓から何者かが覗いているのを見かける。
が、グランに気付くと人影はすぐに窓から顔を引っ込めてしまい、何者かは分からなかった。
不審に思い、警戒しながら建物に入っていくと、おそらく先程の人影だろう、2階から物音がするのが聞こえる。
ところどころ、積もったほこりが払われていたりするあたり、ここ最近この建物が何者かによって使われているのが分かる。
2階へ上る階段を見つけ、グランが上がろうとする間も、2階の物音は続いている。
ガサガサ、ごそごそ…。…ガシャーン!
…2階の何者かが、転んだ?
音を聞いて、グランが階段を駆け上ると、そこには、床に置いてあった箱か何かにつまずいて転んだと思しき少女が一人。
グランが上ってきたのを見て、慌てて顔を上げる。
「大丈夫、きみ?」
グランが駆け寄る。
少女は、この荒廃した世界にはそぐわない豪奢なドレスを纏い、まるで理想のカタチに作られたかのような繊細な美しさを漂わせていた。
「痛い…」
転んだ拍子に強打したと思しき顔面をさする。(実際痛覚は感じていないのだが、何というか、心がイタい。)
ついでに腕も外れかけている。
「大丈夫なの、それ!?」
グランが驚いた顔をするが、少女は平然と、外れた腕を掴んで、元の場所へ嵌めなおす。
どうやら、アトラタンの常識とは全くかけ離れた存在であるらしい。
「何それ、腕ってそんな簡単にくっつけられる物だっけ!?」
「え? くっつかないの?」
「くっつかないよ!」
「えぇ!? てことは、人間、マジで!」
「何? 人間じゃないの!? やっぱり! マジで!」
「この世界、アンデッド以外いるの!? マジで!?」
「この世界、アンデットいるの!?」
もはやコントである。
お互いに驚きっぱなしであり、非常にやかましい。
ひとしきり驚いたところで、改めて自己紹介をする。
お互いに驚きの存在だが、ひとまず敵意は無いらしい。
「で、俺はグラン・マイア。」
「異世界からやってきた人間だ。」
「名前は、あんまりない。」
「一応、ゾンビクイーンという識別名なら、ある。」
「じゃあ、俺はお前を何て呼べばいい?」
「クイーンか?」
「ZQちゃんでいい。」
「分かった。じゃあ、Qちゃんと呼ぶ。」
「ああ、略された!?」
妙に、会話がコントっぽくなる2人である。
とかく、お互いの名を知ったところで、少女がおずおずと話しかける。
「ええと、関係ない人、なんだよね?」
「あいつらの手先、とかじゃなくて?」
「あいつら…?」
少なくとも、手先どうこうどころか、グランにこの世界関係者の知り合いはいない。
「とりあえず、仲間を探している。」
「それから、「ゲート」のようなものを見なかったか?」
「知らない…」
「私は、ここで待っていただけだから…」
「待ってる?」
「あいつらが来たら迎撃しろって、その…、上司的な人が…」
どうやらこの少女は何らかの目的を持ってここで待機しているらしい。
グランがさらに詳しく話を聞くと、少女は幾つかこの世界と彼女の事を話す。
ここは核戦争によって人類は既に滅びた世界、らしい。
(もちろん、グランには「核」と言われてもピンと来ないが。)
仮に「ネクロニカ界」と呼ぶこの世界にいるのは、一部のミュータント化した動植物と、動く死体、アンデッドだ。
そして、アンデッドを作り出す技術を持った存在(人間とは限らない)をネクロマンサー、と呼ぶ。
彼らは、この退屈な世界で暇を持て余した結果、ある遊びを思いついた。
少女型の自我を持ったアンデッドを作り出し、ドールと呼ばれる彼女らの行動を見て愉しむ、ということだ。
そして、彼女らの行く先には、障害となる他のアンデッド等を配置し…
「というわけで、そのドールを待ち受ける使命を帯びた高等アンデッド、それがこのZQちゃんなのでした!」
「複数体のドールをたった1体で迎え撃つだけのスペックを与えられた、超優秀な子なのだ! どうだ!」
ZQちゃんはあまりない胸を張る。
(なお、ZQちゃんの本領は「他のアンデッドを作る」ことが出来ることにあるので、「たった1体で迎え撃つ」はかなり語弊がある。)
「しかし、参ったな…」
「どうやって、次の「ゲート」を探そうか…?」
「んー、この世界をいろんなところを見て回ってる人なら、何か知ってるかも…」
「…いや、いや、違う、違う! あいつらは敵だ!」
グランが話を聞いた上で悩んでいると、ZQちゃんも一緒に考えて自問自答している。
(グランに聞こえていないつもりなのかもしれないが、)その声がばっちり聞こえていたグランは「確かにな…」と思う。
この地に向かって歩んでいるという彼らに出会えれば、次の「ゲート」の情報に繋がるかもしれない。
おまけ。
~ネクロニカ界の歩き方~
「ちなみに、この世界を出歩くとかの注意点とかってあるか?」
「んー、たまに降る雨に当たるとヤバい!」
「それは、どうやって防げるんだ?」
「傘、とか?」
「ここにあるのか?」
「私のは…」
「えっと、えと、そのあたりの材料で適当に作った。」
「ほら、骨とか皮とか、いっぱいあったから。」
…一体、何の骨なのだろう…
Middle.2.4. 歩むは人形、少女たち
…一方その頃。
帝都東京から転移したヨハンもまた、荒廃した世界にたどり着いていた。
赤茶けた地面には草の1本も生えておらず、遠くに見える建物らしきものは半ば崩れている。廃墟というやつだろう。
空はどんよりと曇り空だし、そもそも雲の色がなんだか禍々しい。
「ゲート」をくぐってこの世界に現れた直後、周囲を見ると、近くに3人の少女がいるのに気が付く。
1人は、腰に日本刀を差した、気の強そうな少女。最も年上に見える。
1人は、眼鏡をかけた知的そうな少女。体のところどころに金属パーツが見える。
1人は、最も幼そうに見える少女。背中には、明らかに身体に不釣り合いな大型火器を背負っている。
少女たちは現れたヨハンを見ると、警戒して武器を構える。
「誰だ!? お前は!」
リーダーらしき日本刀を構えた少女が問う。
その一歩ずつ後ろには残りの2人も油断なく構えている。
いずれにしても、ぱっと見て、その異常性に気が付く。
生気の無い肌、生身の人間なら確実に死に至ると思われる傷、少女には不釣り合いな大型武器を軽々と扱う動き。
彼女たちは、動く死体、アンデッドだ。
「また、アイツの手先か!?」
「随分とよく出来たサヴァント、しかも、男だと!」
「まあ、待て、私の前にこの「ゲート」から出て来た者が居たか?」
「それは知らん。」
「私たちはここに来たばかりだ。」
「貴方たちはこの世界の住人なのか?」
「そうと言えばそうだ。生きた人間だけを住人というなら、話は違うだろうがな。」
少女の返答を聞いて、ヨハンは先程の見立てが間違っていなかったことを確信する。
錬成魔法師だって、極めれば疑似生命を作成できたりすることを知っている以上、異世界にはそのような技術があったとしても、それほど驚くべきことではない。
その上で、今のところ敵意は無い事を説明する。
「端的に言えば、私はこの世界にあまり干渉するつもりはない。」
「私は元の世界に戻りたいだけなんだ。」
「さっきの「ゲート」のようなものを通ってか?」
「多分、そうだ。」
「この世界には、さっきの「ゲート」はよく出現するものなのか?」
「知らん、初めて見た。」
「ま、何にせよ、通り過ぎたいだけならそれでいい。」
「私たちも、先を急ぐんだ。どうせこの先には、さんざんちょっかい出してきたあのクイーンだかってのが待ってんだろ。」
「この世界に私みたいな人間はいないのか?」
「昔はいたらしいな。」
そこで、後ろにいた一番年下と思われる少女が飽きたように口を挟む。
「え~、難しい話はもういいよ~」
「先に進まな~い?」
そこで、ヨハンは再び《ホムンクルス》を取り出す。
困ったら、あらゆる知識を持つといわれるこれに聞くのがかなり確実度が高い。
『この世界を脱出する方法は?』
『「ゲート」は時折出現しているようです。探せば見つかるかもしれません。』
『それから貴方以外にもこの世界に出現している者が居るようです。』
なるほど、今回の《ホムンクルス》は割合親切である。
不審なフラスコに声をかけるヨハンに、先ほどまで問答していたリーダーに代わって、眼鏡の少女が話しかける。
「それからもう1つ付言します。」
「貴方の言うことに、私たちは心当たり有りませんが、これから先に向かうところにいる人は、少なくとも私たちよりはこの世界を知っています。」
「それなら、同行させてもらってもいいか?」
「私は、構いません。」
「いいでしょう、レイ? この怪しい人を野放しにしておく方が危険ではなくて?」
眼鏡の少女の言い分に、レイと呼ばれたリーダーの少女も渋々といった顔で頷く。
どうにも、この眼鏡の少女は3人の中で参謀的な立ち位置にあるようだ。
「なら、付いてくると良い。」
歩きながら、少女たちのことについて聞く。
リーダーと思しき少女の名前はレイ。日本刀を武器に前線に立ち、かつ指示を下す司令塔。
眼鏡の少女の名前はネリー。一見徒手空拳に見えるが、その実、身体には多くの装備が格納されている。
それらを活かして自陣を守りつつ、冷静に
サポートに回るのが役目。
火器を背負った少女はカノン。マイペースなムードメーカー。
だが、ひとたび戦闘になると、後衛から大火力の火器で敵を殲滅する。
3人のチーム名は「はーと・しゅーたーず」と言うらしい。
レイとネリーが「そんなもの、何でもいい。」と言ったら、カノンが勝手に名付けたらしい。
こうして話を聞いていると、戦いを前提に作られた少女型アンデッドと言う異常性も際立つが、それでも、確実に彼女たちの中には少女性が残っているのだと感じられる。
「私たちは、私たちを作ってどっかで眺めてニヤニヤしてるクソヤロウをぶっ飛ばすために旅をしている。」
「それで、次に差し向けられてきたのが、ゾンビクイーンと名乗るサヴァント。つまり、私たちと同じようなアンデッドなのです。」
「彼女を倒すのが次なる目標ですね。」
どうやら、その敵こそが彼女らの言う「この世界のことをもうちょっと知ってる人」でもあるらしい。
Middle.2.5. 再会 ~グラン&ヨハン~
しばらく歩いて、ヨハンと3人の少女は、とある建物の前に到着する。
彼女たち曰く、目的の人物がそこに居ることは分かっているらしい。近くの建物瓦礫の影で、作戦会議を始める。
「どうする、ネリー? 正面から?」
そこにヨハンが割って入る。
少なくとも、この世界について知っているであろう人、を殺されても困る。
「そもそも、なぜ対立しているんだ、君たちは?」
「それは、クソヤロウの配下として立ちふさがってくるんだから、仕方ないだろ?」
「なるほど。」
そう言われてしまうと、無理に止めるのもどうかと思う。少女たちはまた、作戦会議を再開する。
「ネリー、考えはまとまった?」
「上手く近くの建物跡を飛び移っていけば、2階の窓から行けそうね。」
「建物の構造的にも、正面から行くより、背後もとられにくいはず。」
「オーケー、じゃあ、それで。」
「カノンもい~よ。」
ヨハンがもう1度問う。
「君たちは、その「博識な人」を殺さなきゃならないのか?」
「ま、そうだけど。」
「でも、話聞くだけだったら、最悪首だけ残ってりゃ、どうにかなるだろ?」
「あ、そういう世界か。」
そもそも、そこにかなり認識の齟齬があったらしい。であれば、ヨハンとしても、話が聞けるなら問題は無い。
「じゃあ、ちょっと前言を撤回しよう。」
「情報収集に協力してくれるなら、君たちに協力するのもやぶさかではない。」
「なるほど、少しでも戦力は欲しいところですね。」
ネリーが頷く。ヨハンとしても、勝手を知っている彼女たちと行動を共にした方が心強いのも間違いはない。
それはそれとして、もう1つ、この時点では知る由のない誤算(グランが相手と行動を共にしている)があったのだが…
一方、グランとZQちゃんの方。
ZQちゃんから話を聞きつつ、いずれ来るという他の「この世界の住人」のことを考えていると…
…突然、窓の外から殺気を感じる。
グランが慌てて飛びのくと、窓を突き破って、対物ライフルの弾丸が部屋に飛び込んできて、床に弾痕を穿つ。
対物ライフルに馴染みは無いが、明らかに洒落では済まない威力なのは分かる。
ZQちゃんが、怯えたような声を上げる。
「うわぁ、来た!」
「キミがさっき言ってた敵?」
「うん、多分。」
一拍の間の後、弾丸に突き破られた窓から、小柄な人影が乱入してくる。
日本刀を構え、部屋の中の人影の方を向く。
「さあ、ようやくね!」
少女が顔をあげ、弓を構えるグランと目が合う。
「誰…?」
一瞬困惑した後、一番可能性として有り得そうなことを問う。
「貴様がネクロマンサーか?」
「ネクロマンサー? 何だそれは?」
部屋の隅にいたZQちゃんが、おずおずと口を挟む。
「多分、違うと思う…」
そこで、レイに続いて入ってきたヨハンがグランの姿を見つける。
驚いた顔で声をかける。
「グラン殿!」
「ん…? ヨハンさん? なぜこんなところに?」
いよいよ、状況は混迷としてきた。
ひとまず、グランとヨハンが問答を始める。
ZQちゃんとレイ(あと、続いてネリーも部屋に入ってきた)も、まさかお互いにイレギュラーを連れているとは思わず、下手に動けずにいた。
油断なく構えながらも、攻撃は未だ待っている。
「とりあえず、グラン殿、その隣にいる人物(?)は?」
「クイーンちゃん、と言うらしい。」
「ゾンビクイーンです。よろしくお願いします。」
戦闘中でも律儀にヨハンの方に向き直って頭を下げる。
それでも、一応警戒は緩めない辺り、意外と器用なことだ。
「あれが、敵対していた「頭のいい何か」なのか?」
ヨハンの言葉に、ネリーが小さく頷く。
当の「頭のいい何か」は、ヨハンの言葉を聞いて、レイとネリーに提案する。
「あの、そっちの2人、知り合いみたいだし、やめない? この戦い。」
「ほら、一時休戦的な、ほら…」
ヨハンがその「頭のいいヘタレ」に聞く。
「で、我々が帰る方法を何か知っているのか?」
「ええと…、よく、知らない。」
「なるほど、彼女(ZQちゃん)から得られる情報は無いのか…?」
「ということは、ここで協力してもあまり…」
「え? ZQちゃん、これはもしかしてピンチですか? 私、今、とってもピンチ!?」
ヨハンの言葉に「役に立たなかったヘタレ」が慌てる。
どうしたものかと思っていると、そろそろ窓の外で構えているカノンが待ちきれなくなりつつある。
「ね~ね~、おね~ちゃ~ん! あれ、撃っていい?」
まあ、あまり、この緊張状態を続けるのも良くは無い。
グランからも一応、再び提案する。
「まあ、とりあえず、一度休戦にしないか?」
「そうだな、なんか、やる気が削げた…」
レイも同意したところで、どうにか、この場はこれ以上の戦いを続けずに治まった、ようだった。
こうして、話し合いを始めた彼らは幾つかの結論に達する。
まず、ZQちゃんとドールたちの方。
「分かった、まずはとりあえず、この2人(グランとヨハン)を送り帰す!」
「こっちの云々はその後で! いいな!」
「はい…」
レイの宣言に、ZQちゃんが怯えながらうなずく。
一方で、グランとヨハンの方はそれぞれが「オリンポス界」と「帝都東京」で知った情報を伝える。
共通しているのは、アトラタンから(恐らく、シスター・ルーリウム)による干渉がこの事態を引き起こしている、ということだ。
相互に確認が取れたことで、さらに情報・推測は確度を深める。
さらにグランが続ける。
「オリンポス界の女神ヘカテ―によると、恐らくシスター・ルーリウムは、既に魔境の中枢にたどり着いているらしい。」
「で、そこにたどり着くためには異世界を見渡せるような特殊な能力を持った人物の案内が必要だとのことだ。」
「何か、心当たりは無いでしょうか?」
そう言われると、一応、ヨハンには心当たりが無くも無い。
「帝都東京」で出会った少女、御辻宮嶺羽は、異世界のつながりを感じ取れる、と言っていた。
とはいえ、問題は、彼女に再度会う手段が今のところ無い、ということだ。
一応、グランには伝えるが、それはそれとして、この世界からは脱出しなければならない。
2組の話がまとまったところで、改めて、グランとヨハンが帰るための「ゲート」を探すことになる。
ドールたちの、この世界を歩いてきた経験と、何だかんだ知識だけはあるZQちゃんが手助けしてくれたこともあって、無事に「ゲート」は見つかる。
こうして、2人は、「ネクロニカ界」に別れを告げ、次の世界へと向かうのであった。
グランたちが「ゲート」を通って去った後。
レイがおもむろにZQちゃんに対して口を開く。
「で、休戦の理由は去ったけど? 早速ここでやり合う?」
「え~、あんまり戦いたくないんだけど…」
「えっと、何とかならない?」
…相変わらず、ZQちゃんはやる気が無い。
その様子を見ていたネリーがしばし考え、おもむろに口を開く。
「ねえ、疑問なんですけど、貴女、本当にサヴァント?」
「え?」
「というのも、サヴァントとドールの違いというのは確か…」
…その後の彼女たちについては、誰も知らない。
Middle.2.6. 妖精郷にようこそ
…一方その頃。
アスリィは、「ゲート」を抜けると、また違う世界に降り立っていた。
見回すと、遠くに見える山、広がる草原、キラキラと流れる川、豊かな自然が広がる世界のようだ。
近くには一緒に転移してきたメビウスも立っている。
「「ゲート」をくぐったら合流すべき相手がいる、なんて都合のいいことは無かったか…」
「無いですねー」
「まあひとまず、穏やかそうな世界で僥倖と言えよう。」
「もちろん、穏やかだからと言って、ずっとここにいるわけにもいかないがな。」
「そうですね。また「ゲート」探していきますか?」
「だな。それしかあるまい、」
しばらく周囲を探索していると、世界の様子、風景。
それらから察するに、この世界の名前は…
「なんかサラさんが言ってたな…ティ、…ティ・何とか界!」
「ティル・ナ・ノーグだな。妖精界とも言われる。」
「であれば、これだけ穏やかなのも頷ける。」
名前が出てこなかったアスリィに、メビウスが付言する。
そう、ここは妖精郷「ティル・ナ・ノーグ界」。
猫妖精ケット・シーや羽妖精ピクシー、土妖精ノームといった種族、あるいは時折アトラタンに現れるゴブリンたち。
それらの故郷として、知られている世界である。
「とはいえ、あまり妖精の姿が見えんな。」
「ただ単に過疎地なのか、それとも、少々気性の激しい連中でも周囲にいるのか?」
「おおー!」
確かに、人影(あるいは猫影、など)はあまり見かけない。
言っていると、アスリィは遠くから聞こえてくる物音に気付く。
かすかに聞こえてくるのは、剣戟の音。
「戦闘の気配がする!」
「そうだな。向こうの山の方だ、行ってみよう。」
こうして、2人は急いでそちらに向かおうとしたのだが…
ここで、1つ問題があった。
メビウスは流石に普通の魔法師である以上、アスリィの全力疾走にはどう頑張っても追いつけない。
アスリィとしても、一刻も早く向かいたいが、メビウスを置いていく訳にもいかない。
そこで、アスリィの出した答えは…
「すいません、これの方が早いんで!」
言うが早いか、ひょいとメビウスを抱き上げ、お姫様抱っこの体勢で戦闘音の方へと駆け出していく。
確かに、身体強化の魔法も入っているアスリィには容易いことなのだが…
「…キミは、なんというか、無茶苦茶なことをするな…」
「よく言われます!」
かくして、青年をお姫様抱っこした少女、という珍妙な絵面のまま、彼女は妖精郷を駆けていった。
やがて、戦闘音が近くなってくる。
どうやら、この近辺はゴブリン族の集落のようだ。
様子を見ると、集落に侵入者があったらしく、その人物をゴブリンたちが囲んで、どつきまわしているらしい。
「アァン!? ウチのシマに勝手に上がり込んで何しとんじゃ、ワレ!」
随分とガラの悪いゴブリンである。
「いや、別に敵意があって足を踏み入れた訳じゃなくて。」
囲まれながらそう話している声に、アスリィは聞き覚えがある。というか、良く知っている。
最後に姿を見たのはずいぶん前だが、それでも分かる。
ゴブリンたちのどつきを静動魔法で器用にいなしながら弁明している青年は、アテリオ・ロート。
アスリィの兄である。
それに気付くと、アスリィはメビウスを(割と雑に)地面におろし、アテリオの方に駆け寄りながら呼びかける。
雑に降ろされたメビウスが「ちょっ!」と抗議の声を上げるが、特に気にしない。
「兄さん!」
「そ、その声は! アスリィ!!!!」
「あ、いや、その久しぶりだな。」
一瞬感極まった呼びかけを返し、すぐに冷静を装って続ける。
地面におろされたメビウスが声をかける。
「なんだ、知り合いか?」
「ええ、アスリィさんの兄です。」
「は、はぁ。」
そして、メビウスへの説明は済んだとばかりにアテリオの方に向き直る。
「兄さん、会いたかったですー!」
「ああ、俺もだよ。アスリィ。 (あぁぁー! めっちゃ可愛いぃいー!)」
「ところで、アスリィは何でここに? (アスリィの話めっちゃ聞きたいぃっ!)」
ちなみにここまでの会話、アテリオは後ろ手に静動魔法でゴブリンをあしらいながら続けている。
そして、ついにゴブリンのボスがキレた。
「うぉいテメェら! シカトしてんじゃねぇ!」
「てか、増えたオメェ、どっかで見覚えあんなぁ!?」
「え?知りません。」
「アスリィさんにはゴブリンの知り合いはいませんよ?」
と、言いかけて、そのゴブリンの背後に見覚えのあるウォーマシンがあるのに気が付く。
かつてヴィルマ村に投影され、住み着いていた後に撃退されたゴブリン集団のリーダーだ。
どうやら、投影体の中には稀にいる「投影されたことを覚えている」パターンのようだ。
(参照:
ブレトランド開拓記 第1話「焼け跡の村よ、こんにちは」)
「ああ、つまみ食いしたゴブリンですか?」
「ちゃうわ! アレはうちのバカ部下だ!」
イモをつまみ食いしてアスリィの鉄拳制裁の餌食となったゴブリンは、残念ながら別個体だ。
「俺はな! 誇り高きゴブリン族のリーダー、ディ…」
とまで言ったところで、アスリィもアテリオも既に特に話を聞いていないことに気付く。
「いや、名乗らせろよ!」
「まあ、特に名前を聞くほどでもないかな、と思いまして。」
「名乗らせてください、お願いします。」
「いや、名乗らないと気分が乗らない、というか、何というか。」
諦めが入りはじめ急に腰が低くなったゴブリンの言も気にせず、アスリィが生命魔法パンチを打ち込む。
宙を舞うゴブリン。背後のウォーマシンに突っ込む。
「まったく、折角兄さんと再会できたんですから、邪魔しないでください!」
「積もる話もありますし。」
あまりにもゴブリンに厳しい。
だが、ゴブリンも執念だけはあった。
「俺は、まだ諦めねえからよ…」
「ウォーマシンの方にすっ飛ばしたのが運の尽きだな!」
「コイツで、お前らまとめて踏みつぶしてやるよ!」
「この、ゴブリン族のリーダー、ディード・ボブ様が…グエェッ!」
ようやく、ゴブリン族のリーダーは名乗ることに成功した。
が、その直後、アテリオが静動魔法で内臓を握りつぶす。
「おお、喋ってるところにアレはえげつないな。」
「ん、何のことだ? 持病でもあったんじゃないか?」
感想を述べるメビウスに、アテリオが涼しい顔で返す。
こうして、哀れゴブリンは完全に沈黙したのであった。
ひとまず、ゴブリンたちの集落から離れた上で、情報交換の場を設ける。
「ま、とりあえず知り合いと合流できたのは良いことだな。」
「こっちの知り合いは、どこを彷徨っていることやら。」
「メビウスさんの知り合いはどんな方なんですか?」
「ああ、ロードなんだがな。」
「二刀流を使う剣士のロードだ。」
「へぇ、会えると良いですね。」
「兄さんも、誰かと来ているんですか?」
「俺も、一緒に来ている人がいるんだけどな。」
「「ゲート」をくぐったらはぐれて、ゴブリンに絡まれた。」
「ま、その先でアスリィと会えたんだから、僥倖だな。」
「ふむ、経緯は分かった。」
「次は、この世界を脱出して次に行く方策だな。」
「兄さん、実はアスリィさん、《ディテクトカオス》が使えたりします!」
「偉いぞアスリィ。 (はぁーぁ、可愛い上に優秀とか完璧かよ、アスリィ!)」
「というか、魔法とか、どこで習ったんだ?」
「一人で勝手に覚えました。」
「そうか。 (俺のアスリィ、天才かよ! マジ天才かよ!)」
一通りの相談が終わったところで、アスリィの《ディテクトカオス》で「ゲート」場所を特定し、次の世界へと向かうことにする。
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最終更新:2018年11月05日 13:24