プランAH

プランArtificialHeart(感情の起源を追求するための人工感情の生成計画)について。

計画主導:ロンギルス・クアドラント
監査:ノギロ・クアドラント、メルキューレ・リアン

本計画は、感情の起源についての仮説「感情は経験によって創られる」を実証するためのものである。
現時点で確認されている人間的な感情を持つものは、例外なく人間的な経験を経ている。
(オルガノンであっても、その使用者の経験を持っているので例外ではない。)
その仮説を裏付けるために、「人間的な経験のみでの感情の生成」が可能であるかを検証する。

方法としては、人工生命体を使用し、それに人間と同様の経験をさせることで、
人工生命体に感情が生まれるかを観察するというものである。

使用する人工生命体は、人間と同じ経験ができるよう、人間と同じことができるものにするが、
同時に人間の肉体が必要ではない事を改めて証明するため、人間と全く同じ身体は使用しない。
先述の事情と技術的な問題から、実際の人工生命体は一部を除いて人間より高水準の性能のものに制限をかけて人間と同じ水準としたものを使用する。
制限をかける方法としては、自己維持型抑制魔法陣を使用する。
自己維持型抑制魔法陣については、末尾の添付資料を参照。

初期段階では、一般の人間と同じ経験をさせるため、ロンギルスと共に一般人と同じ環境で生活する。
人工生命体には魔法の親和性が高く、魔法師の素養がある事が予想される事、
また、監視の容易性などから、
初期段階終了後はエーラムで魔法師として経験をさせ、観察を行う。
(エーラムでは一般の人間と同じ経験をさせることが難しいため、初期段階が存在する。)
初期段階は3年とする。(予定。場合によって前後する。)
+ 経過報告書
あるいはただの日記。

被検体が完成した。
いや、生まれたと表現するのが適切だろう。
この子の名前は、オーキス。
美しく、逞しく生きる、花の名前だ。

生まれたときから3歳ほどの体格で、
さらに今後しばらくは成長速度が人間より速くなると見込んでいる。
本当はこの部分も人間を再現したかったのだが、
エーラムとの協定で、外部での実験期間を長くとれなかった以上、やむを得ない。
予定では、3年でひとまずお別れという事になっている。
それまでに、私にできることをしよう。
研究者として、それ以前に人として、育児放棄など絶対しないようにしなければ。

……

数か月もしないうちに、言葉を理解し、私とコミュニケーションをとるようになった。
今の私にとって、彼女はかわいい子供のような、弟子のような存在だ。
育児放棄をする奴の気がしれない。
とはいえ、今の彼女は従順すぎるようにも思える。
まだ反発するほど自我というものが無いのだろう。
それに、彼女は生まれたときから3歳相当で、
ある意味一番つらい出生直後を飛ばしているようなものだ。
実際の親というものはもっと辛い思いをしているのだろう。

……

1年たち、彼女は7歳相当になっている。
彼女は知識欲が豊富と言えばいいのだろうか、
本をよく読むし、そこでわからないことを私によく聞きに来る。
彼女はどんな本でも好きなようだが、
恋愛もののような、感情がメインのものはあまり理解できていないようだ。
伝記や、歴史書なんかはそれなりに読むが、
学術書も読む。
今一番気に入っているのは、物語だ。
"神龍の戦記"なんかは、自分と同じ名前の人がいると、かなり興味を示していた。
私も童話くらいなら少しは聞かせられると言ったら、毎日のようにせがまれるようになってしまった。
物語はあまり読まないが、少し取り寄せてみよう。

……

彼女の知識欲はまだ収まらない。
今のメインは学術書だ。特に、数学系のものが多い。
感情が薄い反動か、
元々論理的思考力が高い傾向はあったが、
ある時、質問しに来た彼女に「質問の前に自分で考えてみるといい」と言ってから、
学術書をよく読むようになった。
数学などは、覚えるものより考えればわかるものが多いからだろう。
逆に、物語は読まなくなった。
あれは、ある質問に「そういうものだ」と答えてからだったか。
あれは失敗だった。私の一言が、彼女の興味を失わせたとのだから。
何かもっといい答えがあったのだろうか。
何とかして、学術書以外にも興味を持たせなければ。
実年齢にしろ、見た目の年齢にしろ、この年でそんな経験ばかりしているのは流石に普通の人間とかけ離れている。
オーキス、君の向かうべき道はそちらではないと思うのだが……。

……

彼女は今度は魔法に興味を示し始めた。
私が魔法を使っているのと同じように魔力を操作しようとしている。
やはり、彼女には霊感があった。
魔法師として、親として、
彼女の魔法師としての才能を正しく導く必要がある。
少し早いが、今日からでも魔法の授業を始めよう。

……

予想以上だった。
彼女の霊感は鋭く、操作も精密。
魔法の知識もどんどん吸収していく。
惜しむらくは、意志が強くない事か。
だが、それすらも今後はわからない。
このままいけば、魔法師として大成するだろう。
だからこそ、こちらも細心の注意を払って教えなければ。
ノギロは、いつもこういったプレッシャーを受けているのだろうか。
今度聞いてみるのもいいかもしれない。

……

2年がたった。彼女は10歳相当になった。
プレゼントにぬいぐるみを渡したら、大層気に入ったようで、
その日はぬいぐるみを離さなかった。
次の日にも熱が冷めなかったようで、
今度はどうやってできているのかと聞きに来た。
教えてやったら、自分で作りたいと言い出した。
彼女の成長速度も落ち着いてきているし、
そろそろ他の人と触れ合わせる時期だと考えていたこともあって、
近所の主婦にオーキスを親戚と偽って紹介し、
裁縫を習わせることにした。
どうやら筋がいいようで、数日たったころには私にクッションをプレゼントしてくれた。
折角くれたものだ。大事に使おう。

……

裁縫を習っていた家の娘と親しくなり、
そのつながりで近所の少女たちと遊ぶようになった。
子供たちと打ち解けられているという事は、
もしかして感情が形成されているのではないかと考えたが、
話を聞いてみると
「笑ったり泣いたりしてるところは見たことが無いけど、優しいよ。」
「ちょっと何考えてるのかわかりにくいけど、嫌いじゃないよ。」
という事だったので、そういう訳ではないようだ。
ちょっと凹んだ。だが、本来なら感情というのは2年で完成するものじゃない。
まだまだこれからに期待すべきだ。

そういえば、オーキスが男子と遊ぶところを見たことが無いので、
そういった事が無いか聞いてみたが、
どうやら男子からは避けられ、女子からは男子と遊ぶものじゃないと言われているそうだ。
……確かに、私もあの年頃の時は、女子とうまく接することが出来ていたとは言えない。
せめて、この経験で男子を避けることが無いよう言っておこう。
+ 引継ぎ報告書
あるいはある男の独白。

この報告書を以て、私はプランAHから離脱する。
これは、実験に関係ない私自身に関する問題によるものである。
プランAHそのものには支障はないため、エーラムの研究員による引き継ぎを早める事で対応する。

この報告書には、被検体の現在の状況と、それの根拠となる会話ログ、
また、会話ログの補足として前述の問題に関しての補足説明を記す。

被検体は、順調に成長、まだ製造から3年弱しか経っていないが、11歳相当の身体、知能を得ている。
感情に関してはまだ乏しいが、少しずつ感情が表れていることを実感できる。
このまま経過すれば、プランAHは完遂されるだろう。
+ 以下、被検体と私の会話ログである。
私「オーキス、私は魔法技術者としての義務を果たさねばならない。」

被検体(以下、被)「義務?」

私「ああ。製造物責任のようなものだ。わかるな?」

被「確か、製造物が原因の事故の責任は製造者が負う……。」

私「そうだ。今、私の作ったゴーレムが周囲の領地を破壊しようとしている。」

被「そんな……でも、それはゴーレムを操る人が悪い。ゴーレムの、父上の責任じゃない。」

私「そうかもしれない。だが、日頃の領主の行いを考えれば、そうする事も容易に想像できた。
だから、私はその対策をしておかなければならなかったんだ。」

被「そんな事……」

私「あるさ。"愚者の為の吟味"だ。」

被「愚者が使っても、間違った使い方をしても問題ないように、あるいは間違った使い方ができないようにする……。」

私「そうだ。それがこの状況を覆しうる最も現実的な手段だった以上、私はそれを怠るべきではなかった。
流石に私が居ないところで使う事はしない、いやできないだろうと。」

被「じゃあ……ゴーレムは、乗っ取られた?」

私「そうだ。領主の子飼いの、得体の知れない魔法師に。恐らくは闇魔法師だろう。
私は対抗してゴーレムの制御を一度は奪い返したが、その後は城にすら入れてもらえなくなった。
その間にまた制御を奪われた。そのおかげでお前と一緒に過ごす時間が少し増えたが、それもこれまでだ。」

被「父上は……領主たちと戦うの?」

私「もはやそれしかあるまい。」

被「なんで……どうして、父上が!!」

私「これは、私のわがままだ。
私は、皆を幸せにするために頑張ってきた。
私の技術が皆を傷つけることを許せないのだよ。」

被「そんな……お願い、創造主(マスター)、行かないで……!」

私「創造主……わたしをそう呼ぶか。」

被「だって……それが、私と、創造主の、一番の繋がりだから……!!」

私「そうか。やはり、お前を造ってよかった。」

被「待って!!嫌!!」

私「オーキス!!!」

被「!!」ビクッ

私「お前は、お前らしく生きるんだ。お前らしさを創るんだ、掴むんだ。私の後ろばかり歩いていてはいけない。
お前は賢い。だから、いろんなところを見て、いろんなことを学ぶんだ。
ここを出て、エーラムに行きなさい。
エーラムには、ノギロとメルキューレ君――お前の事を知っている人がいる。
私の代わりに、お前にいろんなことを教え、お前を守ってくれるはずだ。
わかったね?」

被「……うん。」

私「私が負けたら、ここにも人が来るだろう。
早く支度をして、ここから出なさい。」

被「……わかった。」

私「このような別れで、すまない。もし生きていたら、必ずお前に連絡する。」

被「…絶対よ?」

私「ああ、絶対だ。
……そうだ。お前はこれから多くの人と出会うだろう。
1つ、アドバイスをしてやろう。」

被「?」

私「自分の為に、みんなの為に動きなさい。」

被「自分の為に、みんなの為に動く……?」

私「生き物というのは、自分の為に動くものだ。領主のようにな。
別にそれ自体は必ずしも悪いわけではない。
だが、そのように行動すると、多くの場合は周囲を害し、周囲は敵だらけになる、
自然界が弱肉強食なのも大体そのせいだ。
人間は、普通はそうではない。社会があるからだ。
害し合わずに、社会の為に、周囲の為にお互い行動し合う事ができる。
だが、周囲の為に働きすぎて、自分をおろそかにしてしまうのではいけない。」

被「今の創造主みたいに?」

私「まぁ……今の私は遠からずと言ったところか。
とにかく、自分の為だけでは野蛮にしか生きていけない。
みんなの為だけでは自分を滅ぼしてしまう。
その塩梅を考えるときに役に立つのが、先の言葉だ。」

被「自分の為に、みんなの為に動く。」

私「そう。そもそも周りの為に行動するのは、それが自分に巡ってくるからだ。
だから、自分のためにならないのに周りの為だけに行動する事は無い。
逆に、自分が何かしたいときこそ、周りの為に動くことで、
周りの力を借りて、自分だけでは出来ない事を成し遂げられる。
……意味が、分かったかい?」

被「とても。」

私「なら、大丈夫だな。今度こそ、お別れだ。」

被「ええ。……さよなら。私の創造主(マイマスター)。」
最後に補足説明として、私の所属する領地の現状を説明する。
領主はインフラ整備をおろそかにしており、領内総生産は年々減少している。
さらに、領地の浄化もおろそかにしているため、混沌災害の発生率も高い。
加えて、軍備を増強しているため、徴税額はむしろ増加している。
軍備の増強がたまたま混沌災害の発生率の高さを補っているが、
軍備の増強の理由は混沌災害への対応の為ではなく、
領民の弾圧および周辺領への威嚇、そしてそれらの隠蔽の為である。
少ない収入と多額の税により領民は疲弊しており、あと数年で限界が来るが、
領主はその前に他領に侵攻して今度はその土地を食いつぶす気である。
まるで地球の東洋のイナゴだ。
中央はその事を把握していない。
というのも、報告書が改ざんされているうえ、
報告書とうわさがあまりにも違うために派遣された調査団も、
一部が買収され、残りは殺害されているため、
中央には一切正しい情報が入っていないのだ。
私も中央へ行って直訴することを考えたが、
その時には既に監視の目があったので、断念した。
流石にこの状態が長く続けば隠しきれなくなるだろうが、
もはやそれを待ってはいられない。
私は、行動を起こす。

プランAHの裏事情

当初の秘匿情報は、
実は、彼女は記憶と感情を失ったわけではない。
ヒトニ造ラレタばかりの彼女はそもそも経験を持っておらず、感情が成長していないのだ。
もっとも、それ以外の点については――創造主を争いによって失ったことも含めて真実である。
のみでした。

何故オーキスが存在できたのか?
この設定に従うと、オーキスはどのような経験を経ていたのだろうか?

それを補完し、掘り下げていく過程で設定は膨れ上がり、
その結果生まれたのが、
設定を少ない文章量にデフラグした『計画書』と、
過去を切り取った『経過報告書』『引継ぎ報告書』でした。

それ以外の補足的な設定もありますが、それに関しては自分でも所在を把握できていなかったりするので
質問があったら答える感じで考えています。


そして、この情報を秘匿する理由。

PCに対して秘匿する理由は簡単です。
一般的な存在でないからです。そうなる過程は3つです。
1つ、そんな存在に対して普通に接する事が出来る人はそうそういません。
2つ、オーキスも、オーキスの保護者も、オーキスには普通の人と共に生きていけることを願っているでしょう。
3つ、なので、正体を隠します。逆に言えば、ロシェルの場合はその状況から、正体を知られても普通に接してくれると確信できたので、隠す理由がなくなり、正体を明かしたのです。

では、それをPLに隠す理由は?
答えは3つです。
1つ、都合により情報を抹消する可能性
2つ、都合により情報を大幅に改変する可能性
そして3つ、シナリオフックにする場合の奇襲効果

1つ目は、裏設定が存在する事が足を引っ張る可能性があるという事です。
例えば、グランクレストのコンバートの際、ホムンクルスがルール上サポートされていない事が障害となります。
しかし、第2週クエストの結果により、紫の血を流しておいて何もないのはおかしいという状況になったため、この理由は消滅しました。

2つ目は、整合性を取るために大幅な改変を起こす可能性があるという事です。
実際に、当初は106文字だった設定が何十倍にも膨れ上がっています。
しかし、第5週クエストの結果により、大筋の変更を行うとむしろ整合性が取れなくなるようになったので、この理由も消滅しました。

3つ目は、「しってた」を回避するためです。
新しく発表されたクエストの対処方法をあらかじめ知っていると、ほとんど考えることがなくなってしまいます。特に、オーキスの正体はともかく存在理由はクエストの解決の手掛かりになったはずです。それを隠すことで、思考する楽しさ、答えがわからない緊迫感を演出したかったのです。まぁ、私も結末が分からなくて緊迫感を味わう羽目になったのですが。
そして、第7週クエスト1――裏設定を利用したクエストが実際に行われたことで、この理由も消滅しました。

全ての秘匿理由が消滅したので、PLへの公開へと至ったわけです。

また、第6週クエストを巻き込んだいきさつも、3つです。
1つ、クエストが開始するためにはオーキスの正体が露見しなければいけない。
2つ、その為には、オーキスを守っていたシステムが破れなければならない。
3つ、しかし、それがちょっとやそっとで破れるならば、自発的に破れるなら超人になれるし、偶発的に破れるなら爆弾になってしまう。なので、普通では破れないシステムが普通じゃない事態によって破壊されてしまうという描写が必要になった。
というわけです。
模擬戦闘を純粋に楽しもうとしていた方には本当に申し訳ないとは思っています。
今回のクエストが、それだけの価値があったと言えるものになっていれば幸いです。

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最終更新:2020年06月23日 01:30