『見習い魔法師の学園日誌』第12週目結果報告(脱出ゲーム編)

 10人が扉をくぐって会場内に入ると、もともと小さな教室だった筈のその部屋が「仮設の壁」で半分に区切られた小部屋のような状態になっていた。仮設壁の奥には通用口のように開いた「人が通れそうな程度の長方形の穴」があり(扉はそもそもない)、隣の部屋(教室の残り半分)へと移動することは出来る状態になっているが、「今いる方の部屋」には明かりがついているのに対し、隣の部屋は真っ暗なようである。
 今いる部屋の中央にはテーブルがあり、その上には紙、筆記用具、絵の具、クリップボード、そして「小さめの箱」が二つ置かれてあり、テーブルの下には「大きめの箱」が一つあった。一方、部屋の壁には3枚の「図」が掲げられ、それぞれ「記号を用いた計算式のような何か」と「カラフルな文字のような何か」と「迷路図のような何か」が描かれている(下図)。
+ 計算式
+ カラフルな文字
+ 迷路

 どの図も、それだけを見ても何を意図しているのかさっぱり分からない内容だが、兄イルカは尊大な口調で客人達に対してこう語る。

「どうだ、なかなか粋な展示室だろう。では妹よ、僕は描きかけの絵があるからな。お客たちの案内はお前に任せる」

 そう告げると同時に、兄イルカは彼等の前から姿を消した。何らかの転移の魔法が使われたのか、もしくは魔法で姿を消しているのかは分からない(ジャヤにはどちらの魔法も使えない筈だが、クロードが主催ということを考えれば、いくらでも方法はある)。

「もう、兄さん!……はぁ、いつも勝手なんだから」

 妹イルカがそう呟いたところで、ヴィルヘルミネが彼女に語りかける。

「お兄さんは、絵描きさんなのですか?」
「はい。この部屋に掲げられている作品は、どれも兄さんが描いたものです」

 実際のところ、いずれの「作品」も、「絵」というよりは「文字と記号の集合体」のようにしか見えないが、イルカの感性においてはこれらも「絵」に含まれるのかもしれないと判断した彼等は、その点についてはスルーすることにした。

「一応、私も絵は描くんですけど、兄さんほどの才能はありません。でも、兄さんは才能はあるけど、身勝手なんです。いつも私に色々押し付けてばかりで……」

 「才能はあるが、身勝手な兄」という言葉から、ジュードは自身の義兄のことを思い浮かべるが、とりあえず今は関係ないので、頭の中から一旦消去した上で、黙って妹イルカの話をそのまま聞き続ける。

「すみません、皆さん。ええと……、そうだ! この展示室にはいろいろな『謎』が仕掛けてあって、これを解いていただくとこの展覧会をもっと楽しめるようになってるんです。ぜひ挑戦していただけないでしょうか?」

 ようやく「脱出ゲーム」としての本題が見えてきたところで、テリスが答える。

「もちろんです、ぜひ解かせて下さい」
「ありがとうございます! それではまずは、こちらをどうぞ」

 ここで、 「妹イルカを演じている黒子(オーキス)は、「妹イルカを装着していない方の手」で、一枚の「地図」を手渡した(一応、演出上は、妹イルカが念力か何かを用いてその地図を動かしているような仕草をしていた)。それは、このアトラタン大陸を国境線で区切った「白地図」をベースに、一部の国々にだけ色が塗られた代物であった(下図)。

+ 地図

 そして、その地図には「隣り合う国を違う色で4色に塗り分けろ。 ただし、海や、その向こうの国は塗らなくてもよい」という「指令」が書かれていた。これを見た時点で、今度はジュードが妹イルカに問いかける。

「あのテーブルの上の筆記用具や絵の具は、勝手に使ってもいいんですか?」
「はい。それを使って部屋の中にある紙に書き込むのは自由です。ただし、壁の『作品』には触れたり書き込んだりはしないで下さい。あと、テーブルの上と下にある箱の中にも、この展覧会をより一層楽しめるものが入っています」

 彼女がそう告げたところで、皆が箱に視線を向けるが、いずれも蓋がされており、そして「ダイヤル錠」によって施錠されていた。小さい箱のうちの片方は「4桁の数字」で、ダイヤルがそれぞれ「青」「赤」「緑」「黄」に塗られていたのに対し、もう一つの小さい箱のダイヤルは「6列の英文字」、大きい箱のダイヤル錠は「5列の英文字」になっている。
 これを見た時点で、クリストファーが出題意図に気付く。

「分かったぞ! この地図を色分けして、それぞれの塗った色の国の数に、『こっちの小さい箱の色付きダイヤル』を合わせろ、ってことだな!」

 その隣でジュノは頷きつつも、難しそうな顔を浮かべる。

「確かにそれっぽいけど、これ、答えが一つに絞れるのかな? 隣国が同じ色にならなければいい、ってだけなら、何通りもの塗り方があったりしない?」

 だが、ここですぐにジョセフが突破口を見つけた。彼はアトラタンの中北部に地方を指差す。

「とりあえず、この地図の中でラスタンシアだけは既に赤・青・緑の三国と隣接している。だから、ここが黄色になることは確定だろう」

 日頃から地図を見慣れている彼は、ラスタンシアとノルドの微妙に繋がっている北部国境を見逃さなかった。それに続けて、テラがその周囲を見渡しながら呟き始める。

「そうなると、フィルードは赤・青・黃に囲まれるので緑で確定。そしてヴァルドリンドは黃・緑・青に囲まれているから赤。その結果としてコーロフが黃・赤・青で囲まれることになるので、緑……」

 テラが脳内で着々を色分けを進めていくのを聞きながら、その横でティトが画材を手にする。

「とりあえず……、塗って、いきますね……」

 彼女がそう言ってテラ達の言う通りに塗り進めていくと、ジュノの危惧とは裏腹に、自動的にそのまま全ての国の色分けが完了した(下図)。そして、ティトによる色塗りと並行する形で国の数を数えていたヴィルへルミネが、すぐに「答え」を口にする。
+ 色分け後の地図

「青8、赤8、緑9、黄6、ですね」

 それを聞いた時点でテリスが「色付きのダイヤルがついている方の小さい箱」の数字を合わせると、箱の鍵が開き、その中には「桃色の透明なカード」と、同じ色の紙が入っていた。紙の方には、いくつかの記号と、そして何かを書き込むことを前提としたような四角のマスがいくつか並んでいる(下図)。
+ 桃色の透明なカード
+ 桃色の紙

「とりあえず、この▲■★●は、あの計算式が関係してそうですね……」

 ジュードはそう呟きつつ、壁に書かれている「数式の図」を指差す。

「この四つの式を同時に満たす数字があるかどうか、実はさっき皆さんが色塗りしている間に調べてみたんですが、普通にそのまま計算したら『▲=0、■=-2、★=2、●=-2』でした。でも、これだと最初に書いてある条件を満たさないんですよね……」

 淡々とそう語るジュードに対して、横にいたシャリテが驚きの声を上げる。

「え? ちょっと待って、ジュード。あなたそれ、暗算で計算したの?」
「はい、そうですが、何か?」
「すごい! ってか、私には絶対無理だわ……」
「だから、多分、この数式も『色分け』に何か意味があるんだと思います。たとえば、この式の中で『黄色で書かれた部分』を無視すれば『▲=5、■=8、★=2、●=3』になりますし、『赤で書かれた部分』を無視すれば『▲=2、■=2、★=2、●=0』になります。まぁ、赤抜きの方は最初の条件を満たしませんし、そもそも数式の中で中途半端に『+』や『✕』が残ってしまう書き方になってるので、多分、違うんでしょうけど」

 さすがに商人の息子だけあって、ジュードは数字には強いらしい。とはいえ、今の時点ではまだ答えには辿り着いていないし、そもそも、仮に明確な答えが出たとしても、それが他にどう繋がるのかも分からない。
 続いて、ヴィルへルミネが「桃色の紙の三列目の一番左に記された記号」を右手で指差す。

「この、迷路みたいな記号は……、あの図が、関係していそうですよね……」

 彼女はそう言いながら、今度は左手で壁の「迷路のような図」を指すと、テラとティトがその図に近付いて、改めて凝視する。

「『色を消す』という発想で考えるなら、この図も何種類かの色で構成されているので、その色のうちのどれかを消すことで、『違った形の迷路』が何種類か浮き上がってきそうな、そんな構造になっていそうですね」
「じゃあ……、それで考えて、みましょうか……」

 一方、ジュノとクリストファーは、一番意味不明な「四列目の一番左の記号」に着目する。

「そうなると、この記号は多分、あのカラフルな文字っぽい何かに対応してそうよね」
「この『斜め線』と『左上の縦線』からして、あの一番左側のやつっぽいけど、対応している色は、赤と黃と青だからな……。うーん、法則性が分からない……」

 こうして皆が頭を悩ませる中、アカネは「隣の部屋へと続く通用口」を見ながら、ふと何かを思いつき、テリスに声をかける。

「お姉様、私達は『あっちの暗い方の部屋』を探してみませんか?」
「確かに、もしかしたら、何か手掛かりがあるかも……」

 そう言って二人が向かおうとしたところで、それまで黙って彼等の様子を見守っていた妹イルカが声をかける。

「あ、そっちの部屋は、今は入らないで……、とは言いませんけど、大したものはないですし、少なくとも今の時点で入っても、真っ暗ですから、何も楽しめないと思いますよ」
「そうですか。じゃあ、やめておきましょう」

 テリスは素直にそう答える。さすがに、ゲームの進行役がここで嘘をつくことはないだろうと判断したらしい。一方、あえて暗い部屋にテリスと二人で入って「何か」をしようとしていたアカネは、心底残念そうな顔を浮かべていた。
 そして、ジョセフはずっと「桃色の透明なカード」が気になっていた。

(これが何かのヒントになっている筈……、一体、どう使えば……)

 彼はその薄板を手に取り、ふとカード越しに周囲を見渡してみる。すると、次の瞬間、彼はその「出題意図」に気付いた。

「失礼! ジュード君、シャリテ君、ちょっと一旦、そこをどいてみてくれないか?」
「え?」
「どうしたの?」

 「数列の図」の前に立っていた二人がそう言いつつ、図の前から移動すると、ジョセフはカードを自分の目の前に掲げて、カード(と眼鏡)越しにその数列を見る。

「やはりな……、そういうことか!」

 ジョセフがそう呟くと、ジュードはジョセフの側に駆け寄る。

「どういうことです?」
「こういうことだ」

 ジョセフはそう言って、カードをジュードに手渡す。そしてジュードがジョセフと同じようにカード(と眼鏡)越しに図を見てみると、そこに「今までとは異なる形で表示された数式」が浮かび上がった(下図)。
+ 桃色のカードごしに見た計算式

「なるほど! あの色分けは、こうやって見るためにあったんですね」
「で、この状態で計算してみると、どうなる?」
「えーっと……、『▲=6、■=8、★=4、●=2』ですね」
「は、早いな……。だが……」

 ジョセフは、先刻一瞬見えた「カード越しに見た数式」を思い出しながら、言われた通りに代入して検算してみる。

「……確かに合っている。お見事だ」

 彼がそう呟いたところで、今度はテラがジュードに近付く。

「私にも、そのカードを貸してもらえませんか? あの迷路図を確認したいので」

 テラに言われたジュードは、即座にカードを手渡す。ただ、この時点でテラには既に「答え」はほぼ見えていた。一応、確認のためにカード(と眼鏡)越しに迷路図を見ると、「青地」に「黒の壁と文字」だけが浮かび上がった迷路図が見える(下図)。
+ 桃色のカードごしに見た迷路

「これは……、私がさっき試していた『青の壁がない状態』と同じ形ですね。この状態だと『ゴール』に相当する部分が左下になる訳ですが、入口からそこまで向かう道の途中で『D』『R』『A』『W』という四つの文字を通ります。これらをそのまま繋げると、古代ブレトランド語で『描く』という意味の動詞ですね」

 この時代のアトラタンでは、なぜか世界中のほぼ全ての人々が同じ言語を話しているが、2000年前の混沌爆発以前の時代においては、それぞれの地域ごとに様々な言語が存在していたと言われており、それらが現代においても様々な形でそれぞれの地域ごとに独特の方言のような形で残っていた。なお、現代の世界共通語は大陸西方諸国の古代語に近く、現代人にとっても比較的修得が容易なため、エーラムでは古代西方諸語の基礎的な単語や文法は、教養学部の必須科目となっている。
 この話を聞いた時点で、テリスが筆記用具を手に取った。

「そうなると、その四文字を、桃色の紙の三列目に入れる、ということで良さそうですね。文字数も合ってますし……」

 テリスはそう言いながら、その「桃色の紙」の三列目に実際に「D」「R」「A」「W」の文字を書き込んでいく。更に続けて、シャリテがテリスに低減する。

「だったら、さっきジュードが言ってた数字も、古代ブレトランド語の表記法でここに書いてみればいいんじゃない? オーキスちゃん、ブレトランド出身だし」
「そうですね、確かに、『SIX』『EIGHT』『FOUR』『TWO』なら、文字数も合ってます」

 テリスがそう言いながらそれらの文字も書き込んでいく傍らで、今度はクリストファーがテラからカードを受け取り、そのカード越しに「カラフルな文字列のような何か」を覗いた結果、彼にもまた今まで「見えなかった文字列」が見えてきた(下図)。
+ 桃色のカード越しに見たカラフルな文字

「なるほどな。色々な色が混ざってはいるけど、こうして見ると、一番左側が、四列目に書いてあった『あの記号』と同じ形になってる。ということは……」

 ここで、横からジュノが割り込んで同じように「カード越しの図」を覗き込もうとする。カードはそこまで大きくはないので、必然的に顔をクリストファーに密着させることになる。

「おい! 押しのけるんじゃねえよ、見にくいだろ!」
「いいじゃない。一緒に見ようよ!」

 そんな二人のやりとりを見て、「何か」を思いついた者達が何人かいたようだが、ジュノは特に照れた様子もなく、視線の先に映る文字列の読解に集中している。

「多分、あとの四つは『EDIT』の形を模してるんじゃないかな」
「なるほど、確か四列目は四文字だった筈だから、文字数は合ってるな」

 こうして、六列の□の英字は全て埋まる。そして、最上段に書かれていた「下向きの矢印」から真下の文字を繋げていくと「SHADOW」という単語へと繋がった。そして、「まだ合いてない方の小さな箱」のダイヤル錠が「六列の英字」であることから、彼等はそのダイヤルを「SHADOW」に合わせると、一つ目の箱と同様に箱の鍵が開く。彼等がその中を覗くと、今度は「黃色の透明なカード」と、同じ色の(一つ目の箱の紙と同じような)紙が入っていた(下図)。
+ 黄色の透明なカード
+ 黃色の紙

 これを見た瞬間、真っ先にアカネが黄色のカードを奪い取るように掴む。

「お姉様、さっきのパターンからして、今度はきっとこのカードが鍵ですわ! これであの壁の文字列を見てみましょう!」

 当然、そのことはクリストファーも気付いていたが(そして流れ上、今回も自分が「壁紙」の方を担当しようと考えていたのだが)、さすがに人数が多いこともあり、ここは彼女達に出番を譲ることにした。
 アカネはテリスの肩を掴み、先刻のジュノ以上に密接に顔をテリスに擦り寄せながら、二人の視線の先に黄色いカードを掲げる。

「ちょっと……、別にここまでくっつかなくても……」
「いいじゃないですか! この方が絶対見やすいですよ!」

 そう言いながら満面の笑みを浮かべつつ全神経を頬の感触に集中しているアカネに対して、テリアは真剣な表情で「カード越しに見た文字列」を読もうとする(下図)。
+ 黄色のカード越しに見たカラフルな文字

「G、R、I、D……? 最後の一つは、よく分からないけど……」

 テリスがそう言ったところで、ヴィルへルミネが黄色の紙を持って彼女達の視界の前に現れる。

「それって、この記号じゃないですか?」

 ヴィルへルミネがそう言いながら指差したのは、二列目の四つの□の右側に付随する記号であった。

「あ、それだわ! ということは、二列目に入る言葉は『GRID』ね」

 こうして、どうやら今回も同じパターンで解けそうだ、ということが分かった時点で、今度はシャリテが素早く(呆けた状態の)アカネの手から透明のカードを引き抜き、笑顔でジュードに語りかける。

「ジュード、私達もこれであの数式を……」
「いえ、もう謎は解けました。その黄色のカードを通して見れば、三つ目の数式の最後の部分だけが消えるのでしょう。つまり、さっき僕が計算した『黄色で書かれた部分を無視した状態』の答えがそのまま正解に……」

 ジュードはそこまで言いかけたところで、楽しそうにしていたシャリテの表情が途端に曇り始めたことに気付く。

(しまった!!)

 彼女の表情の変化の意味を察したジュードは、慌てて軌道修正する。

「……でもまぁ、一応、確認してみましょうか」
「そうね! ジュードの予想なら間違いはないと思うけど、一応、ね♪」

 こうして、この二人もまた顔を密着させながら、黄色のカード越しに計算式の図を確認すると、まさにジュードの予想通りの式が浮かび上がっていた(下図)。そして、シャリテは満面の笑みで(「仮の身体」ではあるものの)「恋人っぽい雰囲気」を楽しむ。
+ 黄色のカード越しに見た計算式

「『■=8(EIGHT)、●=3(THREE)、★=2(TWO)、▲=5(FIVE)』ですね。今回の黄色い紙の方では▲は使わないみたいですけど」

 そして、シャリテはなんとなく空気を読んだ上で、次はティトに黄色いカードを手渡しつつ、こう告げる。

「もしかしたら、もう『迷路』の方の予想はついてるかもしれないけど、『一応、確認』はした方がいいんじゃないかな?」
「そ、そう、ですね……」

 実際のところ、ティトは先刻の時点で既に「別パターンの迷路」のルートを確認してはいたのだが、シャリテにそう言われた彼女はカードを受け取った上で、少し恥ずかしそうにテラに視線を向ける。

「あ、あの……、良かったら、一緒に……、確認、してもらえますか……?」
「……そうさせてもらえるなら、ぜひ」

 テラとしては、先日の図書館で自分がやらかした唐突な「暴走」を思い出し、彼女との距離感には色々な意味で注意を払っていたが、ティトの方からそう言ってもらえたことで、テラはすっと腰を落として身長差を調整しつつ、互いにぎこちない様子で顔を近付けながら、一緒にカード越しに迷路図を確認する(下図)。
+ 黄色いカード越しに見た迷路
「このルートで通る文字は……、『PAINT』ですよね……?」
「はい、合ってます」

 こうして、黄色いカードの五列もあっさりと埋まった結果、同じ要領で「下向きの矢印のある列」を縦に読んでいくと「NIGHT」という単語になることが分かる。そして、「大きい箱」のダイヤル錠(英字/五列)をそれに合わせることで、無事に解錠に成功した。

(よし、どうやらこのパターンで次も行けそうだな)

 ジョセフがそう思って中を覗き込むと、今度は「赤色の紙」が一枚と、26枚の「木の札」が入っていた。 赤い紙に描かれている内容は明らかに前の二枚とは異なり(下図)、そして木の札には、それぞれ異なる英語のアルファベットが1文字ずつ書かれている。
+ 赤色の紙

「え? これだけ?」
「透明のカードはないんですの?」

 ジュノとアカネがそう呟くが、妹イルカは黙って見ているだけで、何も言わない。どうやら「入れ忘れ」ではないらしい。皆が困惑する中、ジョセフは必死で思考を巡らせる。

(今回はカードが必要ないのか……? しかし、あくまでもこの企画のタイトルは「光が魅せる色」である以上、「色」が鍵になるということは間違いない……)

 そう考えた彼は、ダメ元で周囲に提言してみる。

「もしかして、カードがない状態で『赤い透明のカード』があることを想像しながら解け、ということだろうか?」

 同じパターンが2回続いている以上、次に「同じ系統でより高難易度な問題」が出題されるというのは、確かに「ゲーム」の流れとしては自然な展開である。とはいえ、「光の色の法則」という概念を知らない子供達にとっては、かなりの難題である。
 ジュードは悩ましげな顔で呟いた。

「うーん、僕には無理ですね。たとえばセレネさんのようにサイレントイメージが使える人なら、赤いフィルターを実際に作り出すことで似たような視界を生み出せるのかもしれませんけど」
「でも、さすがにそんな『一部の人にしか解けない問題』を出すとは思えないわ。多分、『今、ここにあるもの』を使うだけで解ける方法がある筈よ」

 シャリテがそう答えたところで、テリスはふと「あること」を思い出した。それは、紙芝居製作の時に、アカネと一緒に色塗りをしていた時のこと。途中で絵の具が足りなくなった時点で、アカネが追加の絵の具を買い出しに行こうとするのを止めて、「今、手元にある絵の具」を組み合わせることで「その時点で必要だった色」を作り出したのである。

(今、ここにあるものでどうにかする、ということは……)

 彼女はそう考えたところで、テーブルの上に置かれていた(既に役割を終えたと思われていた)桃色と黄色のカードを、そっと手に取る。

(よく覚えていないけど、「絵の具の三原色と、光の三原色は違う」という話は聞いたことがあるから、もしかして……)

 彼女は半信半疑ながらも、その二枚のカードを重ねてみた(下図)。
+ 桃色と黄色のカードを合わせてみた状態
 すると、そこには、二つの透明なフィルターを通すことで、実質的な「赤い透明なカード」が出現したのである(下図)。
+ 赤色の透明なカード

「皆さん、わかりました! これです!」

 テリスはそう言って、皆にその「重ね合わせた状態のカード」を見せる。

「さすがですわ、お姉様!」

 アカネがテリスに抱きつきながらそう叫ぶ中、クリストファーとジュノは彼女からカードを受け取り、すぐに「文字列の図」を確認する。
+ 赤いカード越しに見たカラフルな文字

「うーん、文字っぽく見えるのは、真ん中のF・I・Tの三つだけか……」
「でも、今回は二番目と三番目の□に『1』『2』と書いてあるから、必要なのはFとIだけでいいんじゃない?」
「そうだな。さっきも▲は使わなかったし、全部使わなきゃいけない訳じゃないらしい」

 続いて、今度はジュードとシャリテが、そのカードを使って計算式の図を確認してみる(下図)。
+ 赤いカード越しに見た計算式

「今度は随分シンプルになったわね
「えぇ。しかも、今回は上限が4なので、実質的には『1』『2』『3』『4』を割り振るだけです。方程式として考えなくても、適当に当てはめるだけでも解けますよ」
「そうなの? うーん……、とりあえず、★と●よりも▲と■の方が大きいことは間違いないわよね。で、二つ目を見る限り、▲よりも■の方が大きいから、■が4で、▲が3?」
「はい。そうなると、残りは?」
「●に3を足したら4になる、ってことは、●が1で、★が2?」
「正解です!」
「やった! 私でも解けたわ!」

 今度はシャリテがジュードに抱きついて喜ぶ中、そんな様子を見ていたティトとテラは、互いに視線をそらしながら、いずれも色白のその肌をほんのりと紅潮させる。

(私達も、喜んだ時は、あそこまで……、して、いいのでしょうか……?)
(このあいだ図書館でやってしまったことに比べたら、大したことではない。だが、自分の気持ちに気付いてしまった今となっては、もう……)

 二人がそんな様子で黙っている中、シャリテが再びティトにカードを渡そうとしたころで、赤い紙と迷路図を見ていたヴィルへルミネが叫ぶ。

「解けました! さっきのクリスさん達の答えと合わせて、『F・I・R・E』ですね!」

 シャリテが言い当てた★▲■●に対応する四つの数宇を踏まえた上で、赤い髪の右側の二つの記号を「『何のカードも通さない状態の迷路図』の左上からから数えたマス目」と考えると、「3」と書かれている方のマス目(右に2、下に3)には「R」、「4」と書かれている方のマス目(右に4、下に1)には「E」の文字がある。これまでの紙に書かれていた「迷路図」を意味する記号が、「カードを通して見た時の色」と同じだったことから考えても、この図における迷路図は「カードを通さずに見た状態の迷路図」であることは明白だった。

「あの……、一応、確認してみても、いいですか……?」
「そうですね、何かあるかもしれないので、一応、確認してみましょう」

 ティトとテラはそう言いながら「二枚重ねて作った赤いカード」を通して迷路図を見てみるが、そこに映っていたのは「ただの真っ黒な正方形」でしかなかった。
+ 赤いカード越しに見た迷路

 ***

 こうして、どうにか「F」「I」「R」「E」という四つの文字が「答え」だということは理解した彼等であったが、問題は、それをどう使うかである。既に3つの箱は開き終え、この部屋にはもう何かが隠されているような様子はない。あと残された謎は、大きな箱の中に残された「アルファベットが1文字ずつ記された26枚の木札」であった。
 ここで、テリスは妹イルカに先刻言われたことを思い出し、彼女に尋ねてみる。

「さっき、『今の時点で入っても……』と言ってましたけど、三つの箱を空けたこの状態なら、どうでしょう?」
「そうですね、入ってもいいかもしれません。暗いから、殆ど何も見えないとは思いますけど」

 微妙な言い回しで妹イルカがそう答えると、ひとまずクリストファーが「木札が入った大きな箱」を抱えて持った状態で、全員で隣の部屋へと向かうことにした。一応、今いる方の部屋から光は漏れてるので完全な暗闇ではないが、やはり暗い。

「シャリテさん、もし何があっても大丈夫なように、手を繋いでおきましょう」
「そうね。ありがとう、ジュード♪」
「あの……、テラさん、もし良かったら、私達も……」
「はい、もちろんです」
「お姉様、私達も手を繋ぎましょ♪」
「ちょ……! そこは、手じゃ……」
「一緒に持ってあげるね、クリス」
「おぉ、サンキュー!」

 ペアで参加している面々のそんな声が聴こえて来る中、ヴィルへルミネは少し罪悪感に苛まれていた。

(やっぱり、私じゃなくてアンブローゼさんと一緒に参加した方が、ジョセフさんも楽しかったんだろうな……)

 ジョセフが浮かない表情をしているように見えた彼女はそんな気持ちに陥っていたが、ジョセフが考えていたのは全く別のことだった。

(さっきのカード重ねのトリック……、なぜ見破れなかった? 色を重ねれば見方が変わる、というのがこの企画の趣旨だと、既に分かっていた筈なのに……。私一人だったら、間違いなくあそこでリタイアだった。不覚! あまりにも不覚!)

 そんなジョセフの思惑など誰も知らないまま隣の部屋に入った彼等は、隣の部屋からの僅かな光によってうっすらと照らされる形で、部屋の中央に何か装置のようなものがあることに気付く。その上面には、溝のような窪みが四つあり、その横には押しボタンのような何かがある。そして、入口の反対側の側面には、手触りからして布のような何かが貼ってあるようだが、影になっていてよく見えなかった。

「ねぇ、ジュード。この窪みの中に、さっきの文字の木札を入れるんじゃない?」
「そうですね。大きさからして、ちょうど同じくらいみたいですし」

 シャリテとジュードがそんな会話を交わした上で、実際にクリストファーとジュノが「F」「I」「R」「E」の木札を入れてみる。しかし、この時点では特に何の反応もない。

「うーん、向きが逆だったかな?」
「いや、このボタンを押せば、何か起きるかも」

 クリストファーがそう言ってボタンを押してみると、天井の方から「パカッ」と何かが開く音が聴こえてきた。それと同時に部屋全体が赤く照らされる。どうやら天井に「赤い光を出す魔道具」が設置されており、今聴こえてきたのはそれを覆っていた「窓」が開く音だったらしい。また、その隣には「同じような魔道具」が2つあることが確認できるが、現状では窓が閉じており、機能していない。
 周囲を見渡すと、左の壁には古代ブレトランド語と思しき文章が、右の壁には「炎のような絵」と「FIRE SIDE」と書かれた文字列が描かれていた(下図)。
+ 赤い光に照らされた左側の壁の文章
+ 赤い光に照らされた右側の壁の絵
 そしてこの瞬間、妹イルカが右側の壁の絵を見ながら、唐突に叫び声を上げる。

「あ、ああ……!美術館に火が! 私、こんなつもりじゃ……」

 実際にこの部屋の中で火事が起きている訳ではなく、あくまでも「演出」である。そのことを理解した上で、状況確認のためにテリスが問いかけた。

「何があったんですか?」

 それに対して、妹イルカは隣の部屋にあった二枚のカードを(先刻の地図の時と同じ要領で)見せながら語り始める。

「ごめんなさい! このカードには『通して見たものの色を奪う魔法』がかかっているの。私……、兄さんみたいに上手に絵が描けないから、羨ましくて……。皆さんを利用して、兄さんの絵から色を奪ってしまおうと思ってたんです」

 つまり、最初の部屋において妹イルカがカードを使って「作品」を見るように仕向けていたのは、名目上は「楽しむため」と言っていたが、実際には、兄イルカの作品の価値を貶めることが目的だったらしい。

「でも、こんなことになってしまうなんて……。私、本当は兄さんの絵が大好きなんです。兄さんの絵をだめにしたくない。お願いします、奪ってしまった色を取り戻すのに、力を貸していただけませんか?」

 これに対して、ヴィルへルミネが答える。

「分かりました。と言っても、どうすれば良いのかはよく分かっていませんけど、とりあえず、やってみます」

 彼女はそう答えた上で、改めて部屋を見渡してみる。すると、最初の時点ではよく見えなかった「装置に貼られた布」のところにも、古代ブレトランド語で文字が書かれているのを発見した(下図)。
+ 赤い光に照らされた布に記された文章

「どうやら、この装置に四枚の板をはめてボタンを押せば『対応するもの』が開く、ということみたいですね」

 このことを踏まえた上で、ジョセフが状況を整理する。

「つまり、『FIRE』と入れたから『赤い光を放つ魔道具の扉』が開いた、ということか。だとすると、他の四文字を入れれば、残り二つの装置も開く、ということなのだろう。問題は、それをどうやって当てるか……」

 その上で、今度こそ自分がそれを真っ先に当てようとジョセフは意気込んでいた。一方、シャリテとジュードは左側の壁の文章に着目していた。

「『それ』はごく普通の色で、でも『その色をしたもの』は驚くほど少なくて、『その色』は視線を動かすだけで見ることが出来るけど、『その色をしたもの』を手に入れるのは難しい……、えーっと、『dyed goods』って、何だっけ?」
「『染物』ですね。つまり、人工的に何かを染める時にはよく使われる色だけど、天然物でその色をしたものを手に入れるのは難しい、と……」
「でも、目を動かすだけで見えるってことは、手に入らないけど、すぐ近くにはある、ってことよね?」

 ここで、クリストファーが何かを思いつく。

「『空』じゃないかな。それなら、どこにいても見上げれば目に入る」

 その意見に皆が納得したような顔を浮かべる。確かに、一つ目が「火の色」としての「赤」ならば、二つ目が「空の色」としての「青」、というのは、出題の流れとしても綺麗である。しかし、ここで横からジュノが疑問を投げかける。

「でも、『空』って、古代ブレトランド語だと『SKY』よね? 四文字じゃないわ」
「確かに。『AIR』も三文字だし、『HEAVEN』だと六文字か……」
「『WIND』なら四文字だけど、風のイメージって、どっちかというと『無色』よね」

 ジュノとクリストファーがそんな会話を交わしている中、今度はティトがゆっくりと手を挙げる。

「あの……、この文章の『IT』って……、『色』そのものを指してます、よね……? だから、そのまま『BLUE』で、いいのでは……?」

 一瞬、場の空気が固まるが、すぐにテラが補足する。

「確かに、一つ目が『FIRE』だったから、『その色をした何か』でなければならないかと思ってましたが、そもそも自然界に滅多に存在しない、ということが主題になっている訳ですから、『BLUE』そのものでも良いのかもしれません。とりあえず、試してみましょう」

 テラはそう言って、まず中央の装置から「FIRE」の札を外してみる。この時点で、まだ部屋の中は赤く照らされたままだった。

(外したら消えるのかと思ってましたが、そういう訳ではないんですね)

 少し意外そうな顔を浮かべつつ、そのままテラは「BLUE」の札を窪みに入れて、ボタンを押してみる。すると、天井にあった残り二つの魔道具のうちの片方の窓が、先刻と同様に「パカッ」という音と同時に開き、そしてそこから青い光が部屋中に広がる。この時点でも、まだ隣の赤い光も灯ったままであったが、その二つの光に照らされた結果、左側の壁には「新たな文章」が追加で出現し、右側の「絵」は別の図柄に変化していた(下図)。
+ 赤と青の光に照らされた左側の壁の文章
+ 赤と青の光に照らされた右側の壁の絵
 一方、装置に貼られた布に書かれた文章は変わっていなかった(下図)。
+ 赤と青の光に照らされた布に記された文章
 ひとまず皆は左側の壁の文章に注目する。今度はジュノがそれを読み上げ始めた。

「うーん、背景と似たような色だから、読みにくいわね……。えーっと、『それ』の本来の色は白だけど、たまに黄色のこともあって、『それ』は長いけど、普通は平べったいものだから、長いとは考えないだろう、か……。うーん、なんか、なぞなぞみたいね」

 瞳を凝らして読んだことでジュノの目が少し疲れているように思えたクリストファーが、その続きを音読する。

「『それ』は大きいかと言われたら、大きいものもあれば、小さいものもある。でも、極端に巨大だったり、極小だったりすることはない。『それ』はあなたを優しく包むもの。それをどんな色に染めたい? って書いてあるな。つまり、どういうことだ? いろんな色で染めることが出来て、『優しく包むもの』ってことは……、服ってことか?」

 ここで、シャリテは黄金羊牧場の時のことを思い出す。

「分かったわ! 『WOOL』よ! 羊の毛って、伸ばせばそれなりに長いし、編めば服になるから平べったくなるし、肌触りもいいし、染めることも出来るわ。四文字だし、間違いないわね!」

 しかし、それに対してジュードが残念そうな顔で答える。

「いえ、シャリテさん。この木札はどの文字も一枚ずつしかないんです。だから、『WOOL』は作れません」
「あ、そっか……」

 ここでしばらく沈黙が続いた後、テリスが何かを思い出す。極東出身の彼女には、羊毛以上にこの条件にピッタリと該当する素材に心当たりがあった。

「『絹』って、ブレトランドでは何て呼ぶんでしたっけ?」
「『SILK』ですわ、お姉様!」

 即座にアカネが答える。確かに、絹はそもそも蚕の吐く繭糸なので、本来の状態においては極めて長い。他の条件も合致しているように思える。テリスが装置の札を「SILK」へと入れ替えた上でボタンを押すと、最後の魔導具の窓が開き、そこから緑の光が放たれることによって、部屋全体が白く照らされる。
 そして、今までずっと姿が見えなかった兄イルカが、隣の部屋から姿を現した。

「騒がしいと思って戻ってきてみたら、何やら大変なことになっていたようだな」

 彼はそう言いつつ、妹イルカに声をかける。

「……怪我はないか」
「ええ……、その、兄さん、本当にごめんなさい」
「お前に怪我がないのならよかった。お前のそういう、たまに突っ走ってしまうがひたむきなところが好ましいと僕は思う」
「っ!……あ、あの、皆さん! 本当にありがとうございました。おかげで兄さんの絵も無事で済みました。ご迷惑をおかけしてしまいましたが、どうか最後まで展覧会を楽しんでいってください。私は一足お先に出口で待っておりますので! では!」

 妹イルカは、そう言って部屋の外へと出て行く。

「はは、照れてしまったようだな。改めて、妹を助けてくれてありがとう。あいつも言ったとおり、展覧会を楽しんでいってくれ。見終わったら、ここがエーラムであることを思い出せば、出ることができるよ」

 最初の頃はたどたどしかったジャヤの演技も、この頃にはすっかり板についてきている。ここに来て、TRPGや紙芝居の時の経験が生きてきたのかもしれない。
 ここで、今度はテラが問いかける。

「まだ他にも作品があるのですか?」
「あぁ。まだ君達は、そこの壁の絵の『真の姿』を見ていないからね。それは本来は『海の絵』で、妹と2人で描いたものなんだ。良かったら、その絵の題名と感想を、外に出た時に妹に伝えてやってくれ。きっと喜ぶと思う」

 この時点で、右側の壁の絵は、様々な色が入り交ざった「よく分からない絵」になっていた。当初は「FIRE SIDE」と書かれていた文字も、この状態では何と書いてあるのか分からない。一方、左側の壁の方は、文字の色は微妙に色々と変わってはいるが、特に新しい文字は出現していなかった(下図)。
+ 三つの光に同時に照らされた右側の壁の絵
+ 三つの光に同時に照らされた左側の壁の文章

(ということは、まだ試していない色の組み合わせによって、また別の姿が現れる、ということですか。しかし、一度ついた光は消えないようですし、どうすれば……)

 テラが困惑していたところで、ティトが「装置に貼られた布」を指差す。

「皆さん……、この文章……、さっきと、微妙に変わっています……」

 その布の文章の最後に「or closed」という語が加わっていたのである(下図)。
+ 三つの光に同時に照らされた布に記された文章

「なるほど。木札を抜く前にボタンを押せば、その光を消すことも出来るという訳ですね」

 テラが納得したところで、ジョセフが提言する。

「海の絵、ということは、やはり、青い光だけの状態にする、ということだろう。ならば、この状態から緑と赤の光を消せばいい筈。とりあえず、今のこの緑の光を消してみよう」

 彼はそう言った上で、「SILK」の木札が入った状態のままボタンを押す。すると、三つの光が同時に消えて、一番最初の「薄暗い状態」に戻った。

「何!? 対応した色だけが消えるのではないのか!?」

 ジョセフが困惑する中、ヴィルへルミネが推論を述べる。

「絹の色って、白ですよね? ということは『SILK』は緑の光だけではなく、全ての光を同時に出すことで『白い光』を生み出すためのボタン、ということではないでしょうか?」

 先刻の時点で「赤の光」と「青の光」が既に灯っていたため分かりにくかったが、確かに「対応する色」と考えれば、それが自然な解釈である。

「た、確かに……、そもそもヒントの文章にも『本来の色は白』と書いてあった……」

 自分の浅慮に気付かされたジョセフが落胆する中、テラが再び「BLUE」の木札を入れてボタンを押してみると、部屋中が青い光で包まれ、右壁の絵には「海の底に漂う海藻」をイメージしたかのような絵が映る。しかし、その下の文字部分は、とても「文字」とは言えない状態になっていた(下図)。

+ 青い光に照らされた右側の壁の絵

「右半分は『SIDE』と書いてあるようですが、その左側は読めませんね……。ということは、この組み合わせではない、ということでしょうか……?」

 テラがそう呟いたところで、今度はジュードが口を開く。

「とりあえず、色々試してみましょう。青と赤の光の組み合わせはさっき試したから、今度は青と緑の光を同時に点灯させた状態を試してみれば良いかと」

 それに対して、シャリテが疑問を呈する。

「でも、緑だけを点灯させる方法はないんじゃないの?」
「えぇ。ですから、一旦『SILK』を点灯させた上で、そこから『FIRE』を入れて赤の部分だけを消灯させれば、青と緑の光だけの状態になると思います、多分」
「あぁ、なるほどね」

 シャリテが言われた通り、まず「SLIK」を入れてボタンを押すと、この時点で(ヴィルへルミネの予想通り)再び三つの光が同時に点灯する。その上で、そこに「FIRE」を入れてボタンを押すと、目論見通りに青と緑の光だけが同時に部屋を照らす状態になった。
 すると、右側の壁の絵は「海藻が漂う海底を魚達が泳いでいる絵」へと変化する。そして、絵の下の文字も、色合い的に少々分かりにくいが、確かに全てがアルファベットのような形になっていた(下図)。
+ 青と緑の光に照らされた右側の壁の絵

「『DEEP SIDE』ですね。明らかに海底を描いた絵ですし、おそらくこれが本来のこの絵のタイトル、ということで間違いないでしょう。その上で……」

 ジュードはそう呟きつつ、兄イルカを指差しながら、皆に問いかける。

「……この部屋から出るには『ここがエーラムであること』を思い出せばいい、と彼は言っていました。おそらく、先程の地図の色の話だと思うのですが、僕は数式の方を見ていたので、地図の方はあまり覚えていないんです。誰か、エーラムの部分を何色で塗ったか、覚えている人はいますか?」

 いなければ、前の部屋に戻って確認すればいいだけの話なのだが、実際に色を塗っていたティトがはっきりと覚えていた。

「緑……、でした……」
「では、今のこの状態から、今度は青の光を消してみましょう」

 ジュードがそう言うと、まだ装置の近くにいたシャリテがそのまま「BLUE」を入れ直して、ボタンを押す。すると、緑の光だけが残った状態となり、そして左側の壁に記されていた文字の大半が消え、僅かに残った文字だけを繋げると「IT is What you want to o p e n」という文章になっていた。
+ 緑の光に照らされた左側の壁の文章
 だが、この一文だけを見ても、何が言いたいのかが分からない。ジュノとクリストファーは首を傾げる。

「『それ』はあなたが開けたいもの……、って、どういうこと?」
「抽象的すぎて、訳わかんねーな……」

 しばしの沈黙の後、テラが口を開く。

「この壁に現れていた文章は、この装置を起動させるためのヒントをくれていました。ということは、今回もこの装置に、この問いの答えを入れれば良いのではないでしょうか?」
「まだ……、他にも、隠れた魔法具がある……、ということ、ですか……?」
「はっきりとは分かりませんが、ひとまず今はこの問いを解くことを考えましょう。他に手掛かりはないですし」

 ティトに対してテラがそう答えたところで、ジョセフが口を開く。

「『open』の目的語となる四文字の単語か……。真っ先に思いつくのは『DOOR』だが、Oは一枚しかないのだから、少なくともこの装置で起動させることは出来ないからな……」

 ここで、ヴィルヘルミネが純粋な疑問を投げかけた。

「この文章の『you』って、どんな人を想定してるんでしょう? 普遍的に誰にでも当てはまることなのか、学園祭に来る人達のことを指してるのか、この企画に参加している人達のことを意味しているのか、それとも……」

 そこまで聞いたところで、テリスが何かに気付く。

「『今の私達』ということではないでしょうか?」
「どういうことですの? お姉様」
「この文章は、緑の光だけを照らした状態にしなければ読めません。そして、この装置で緑の光だけを照らすのは手間がかかることなので、今のこの最終段階に達した人達以外が見ることはまずないです。ということは、おそらくこの文章は『この部屋から出ようとしている人達』を対象としたものではないかと」
「部屋から出たい人が開けたいもの、ですの? それって……」

 ここで、全員の脳内に同じ単語が思い浮かぶ。そして彼等は声を揃えて叫んだ。

「EXIT!」

 すぐさまシャリテがその四文字を嵌め込み、ボタンを押す。すると、正面の壁の一部が開いた。どうやら、何らかの形で偽装された「隠し扉」があったらしい。そして、ようやくジョセフは布の部分に書かれていた言葉の「意味」に気付いた。

「そうか! この装置は『この木板を使って入力した言葉』に対応するものをopenもしくはcloseするためのもの。だから、EXITと入れれば出口が開くように出来ていた、ということなのだな」

 こうして無事に出口を発見した彼等は、そのまま部屋の外に出ると、そこには妹イルカが待っていた。

「最後の絵のタイトル、分かった?」

 それに対して、彼等は「DEEP SIDE」と答えた上で、それぞれが率直に絵の感想を妹イルカに告げると、彼女は彼等に「脱出成功の記念品」として、「発光性があり、解毒剤としても使用可能なインク」が入った万年筆を一本ずつ手渡すのであった。

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最終更新:2020年09月09日 22:29