『見習い君主の混沌戦線』第1回結果報告


AA「小牙竜鬼の棲む森」

 暗黒大陸の北東岸に位置する港町カルタキアの近辺では、常に様々な魔境が出現と消滅を繰り返している。現在の同地の東部には、小牙竜鬼(コボルド)と呼ばれる二足歩行の犬型の投影体達が棲む「異界の森」が出現しており、彼等によって近くを通りかかる旅人達が時折襲撃されるという被害が発生していた。
 町の古参の兵士の推測によると、それは「セルデシア」と呼ばれる異世界から投影された森であり、過去にも似たような形状の魔境が出現したことがあるらしい。小牙竜鬼自体はそこまで強大な怪物ではないが、大群を成し、集団で襲って来るため、軽く武装した程度の兵士にとっては厄介な存在である。この魔境を浄化するため、カルタキアに駐留する従騎士(エスクワイア)達の中から、まずは魔境の混沌核の探し出すための調査隊が編成されることになった。

「俺は剣を振るうしか能がねぇからな。前線に行かせてもらうぜ」
「騎士は民の守護者にならなければならない、そのためにはまず実戦経験を積まねば」
「姉さん、僕がこの辺りで待ち伏せをするから……、そこまで誘導をしてほしいな。姉さんの身体能力なら、追い込むのは簡単だと思うから」
「ふふー! わかったよヴァル、お姉ちゃんに任せなさ~い!!!」
「森歩きは何かと怪我も多いでしょうし、私は救護班として同行っすね」
「森の中なら私もきっと活躍できるはずです」

 若き従騎士(エスクワイア)達はそんな言葉をかわしつつ、異界の森へと足を踏み入れていく……。

 ******

 森の中に足を踏み入れた彼等に対して、さっそく小牙竜鬼達の集団が襲いかかる。それに対して真っ先に飛び込んで行ったのは、肉厚の巨大な剣を握って立ち回る、金眼紅毛で大柄な「異形の少女」であった。

「オラオラオラァ! 片っ端から撫で斬りだァ!」

 少女の名は、 ファニル・リンドヴルム 。傭兵団「暁の牙」の一角を成す「鋼球走破隊」の一員である。暁の牙は元来、邪紋使い(アーティスト)を中心とした傭兵団であり、その身を邪紋の力で変化させることで「異形の力」を得る者が多い。そして、ファニルの頭部には二対の黒い角が生え、身体の一部には鱗があり、尻尾も生えているため、その姿はまるで、竜の模倣者(レイヤードラゴン)の邪紋使いのようだが、彼女のその身体的特徴はあくまでも「生来のもの」であり(彼女自身は自分の両親が何者かは知らない)、彼女は邪紋使いではない。彼女の身体には邪紋ではなく、微弱な「聖印(クレスト)」が宿っていた。
 そんなファニルの傍らには、彼女に比べると小柄な体躯でありながらも、ナックルダスターを握った拳と革製のブーツを履いた脚を用いた打撃技で次々と小牙竜鬼達を撃退する、眼鏡をかけた(ファニルに比べるとやや色合いが暗めの)金髪の青年がいた。

「騎士として成すべきことを成すまで、僕は負けるわけにはいかんのだよ……」

 彼はそう呟きながら、自分の周囲を取り囲む小牙竜鬼達に対して、時にその中の一体を掴んで「盾」として利用したり、はたまた敵に対して投げ飛ばすことで「投擲武器」として用いるなど、およそ「騎士」とは思えないような喧嘩殺法で大立ち回りを演じていたが、その身には確かに聖印の光が灯っている。彼の名は キリアン・ノイモンド 。アトラタン南東部に位置するハマーンの騎士家出身の青年であり、現在は同国海軍の一角を成す「第六投石船団」に所属している。
 ファニルは(正確な生年月日は不明だが)18歳、キリアンは17歳。共に君主としてはまだ若く、そして聖印の規模も小さい。二人はいずれもこのカルタキアを混沌災害から救うために各地から集まった従騎士(エスクワイア)であり、それぞれに異なる君主(ファニルは鋼球走破隊の隊長、キリアンは第六投石船団の提督)から従属聖印を受け取った身だが、このカルタキアにおいては、所属部隊の枠を超えた形で、それぞれの従騎士が自身の特性を活かせそうな者達と共闘することが奨励されている。
 今回はキリアンがファニルを誘う形で、この魔境の森の探索へと向かうことになった。二人の息の合った連携攻撃によって出鼻を挫かれた小牙竜鬼達は、すぐさま恐れをなして森の奥へと逃げていく。そして、キリアンは自身の拳で殴り倒した小牙竜鬼に対して、手持ちの治療キットの中に含まれていたナイフを取り出しながら呟いた。

「さて、この中に『魔境の混沌核(カオスコア)』の持ち主はいるのか、一応、確認してみなくては……」

 古参の兵士達の証言によると、以前に同じような森型の魔境が投影された時は「その森の中に棲む最も巨大な小牙竜鬼」の体内に、その魔境そのものを構成する根源的な混沌核があったらしい。だが、キリアンがその小牙竜鬼の身体をナイフで捌こうとした瞬間、その小牙竜鬼達の身体は次々と消滅し、代わりに同じ数の微弱な混沌核が現れる。

「ほう、なるほど……、投影体は、絶命と同時に身体を構成していた混沌が四散し、その混沌核だけがその場に残る、ということか」

 キリアンは半年前にアルトゥーク戦役で父を亡くすまで、後方支援に務めていたため、前線で自らの手で怪物を浄化したことはなかった。そのため、「投影体は混沌核から構成されている」という知識は知っていても、実際に消滅する過程を目の当たりにしたのはこれが初めてである。

「ま、こんな小せえ混沌核しか持たないような奴が『魔境のボス』ってこたぁねぇだろう。残念だが、ハズレだな、こりゃ」

 ファニルはそう呟きつつ聖印を掲げると、キリアンもまた同様に自身の聖印をかざして、二人で小牙竜鬼達の混沌核を浄化していく。彼等の聖印は君主としての力を振るう上で最低限度の規模でしかないが、それでも小規模な投影体程度であれば浄化することも可能である。そして一通りの浄化を終えたところで、キリアンはファニルに問いかける。

「ところで、怪我はないか?」
「あー、まぁ、ちょっとかすり傷はあるが、心配はいらん。こんなもん、ほっときゃ治る」

 なお、ファニルの身体は見た目こそ異形の姿だが、一部の邪紋使いのような自己再生の能力を有している訳ではなく、自然回復能力はあくまでも通常の人間と大差ない。

「そうか。だが、無理は禁物だ。僕は以前、衛生兵をしていたことがあるから、治療キットの使い方には慣れている。何かあったら、いつでも言ってくれ」

 淡々とした口調でそう呟きながら、キリアンは小牙竜鬼達が逃げ去った森の奥へと視線を向けると、そちらの方からは、「少女による遠吠えのような声」が聞こえてきた。

(あの双子、上手くやってくれているかな……)

 ******

 「彼女の遠吠え」は、少し離れたところにいる少年の耳にも届いた。

(この音の長さと、高さからして……、今姉さんがいるのは、あの辺りかな……)

 それは「二人」の間で交わされた一種の合図であった。「彼」がそこから「自分が待機すべき場所」へと移動すると、やがて「彼女」の声が聞こえてくる。

「狩りだ~~~!」

 システィナの海賊団「ヴェント・アウレオ」に所属する金髪碧眼の17歳の少女 ラオリス・デルトラプス が、はしゃぎ気味に声を荒げながら長剣をかざしつつ、ファニル達の元から逃げていく小牙竜鬼達を側面から追い立てて、彼等の逃走ルートを誘導する。そして、その誘導先には彼女の双子の弟である ヴァルタ・デルトラプス が待ち構えていた。

「いくよ、姉さん!」

 ヴァルタは姉とお揃いの長剣を構え、姉弟で挟撃する形で小牙竜鬼を俊敏な動きで次々と斬り倒していく。彼等はファニルやキリアン達とは分かれた別働隊として、ひとまず森の探索の障害となる怪物達を着実に排除していく役割を担っていた。
 ちなみに、この「姉が敵を追い立てて、弟が待ち伏せした場所へと追い詰める」という戦法は、ヴァルタが考案したものである。彼は姉の能力を十分に理解した上で、二人で最も効率良く連携を取れるためにはこれが最適だと判断した上での作戦であった。
 そして、既に小牙竜鬼達は戦意喪失していたこともあり、二人はどうにか殲滅に成功する。

「ふぅ……、まぁ、こんなところかな。大したことなかったね」

 ラオリスはそう呟きつつ、聖印を掲げて彼等の混沌核を浄化しようとするが、そこでヴァルタは彼女の足元を見ながら叫ぶ。

「姉さん! 左足!」
「え……?」

 彼女が視線を下に向けた瞬間、鮮やかな色の花弁の人食い草(トリフィド)が、彼女の左脚に食らいつこうとしていた

「い、いつの間に……!?」

 ラオリスがそう叫んだ瞬間、その花弁の内側に並んだ牙が彼女の左足に突き刺さる。その直後、ラオリスは激痛に耐えながら、長剣を強引に人食い草に突き刺して、引き剥がしつつそのまま薙ぎ払う。結果的に人食い草はヴァルタの元へと払い飛ばされ、そのまま彼が人食い草にとどめを刺した。

「いたたたた……」
「姉さん、大丈夫!?」

 左足を抑えて倒れ込む姉に対してヴァルタが駆け寄ろうとするが、彼よりも先に、どこからともなく「ローブを着た紫髪金眼の少女」がラオリスの前に現れた。潮流戦線に所属する16歳のノルド人少女、 ハウラ である。

「毒はないっすね。とりあえず、止血しときます」

 ハウラは医術に長けており、今回の調査隊にも、医療班として参加している。仲間が傷を負った時にいつでも対処出来るよう、現時点で実質的に最前線に立っていたデルトラプス姉弟の後方から、彼等の動向を見守っていたらしい。
 素早い手際でラオリスの脚に包帯を巻きつけるハウラに対し、ラオリスよりも先にヴァルタが頭を下げる。

「ありがとうございます、ハウラさん」
「まー、これが私(アタシ)の仕事っすから。とりあえず、大事無くて良かったっす」

 ハウラがそう答えると、ラオリスも表情を緩めつつ礼を言う。

「助かったよ、ありがとね! あ、そういえば、さっきの人食い草……」

 彼女はそう言いながら、自分が払い飛ばした先に視線を向けると、そこには既に混沌核が浮かび上がっている。

「あー、もう消えちゃったのかぁ……。小牙竜鬼もみんな混沌核になっちゃったし……」

 残念そうな顔を浮かべるラオリスに対して、ハウラが問いかける。

「混沌核になったら、何かまずいんすか?」
「いやー、せっかくだから、まだ食べたことのない小牙竜鬼の肉とか、人食い草の花とか実とか、採取して食べてみたかったな、って……」

 ラオリスは残念そうにそう呟きつつ、ハウラによる左足の応急処置が終わったのを確認すると、聖印をかざして周囲の混沌核を次々と浄化していく。実際のところ、投影体は絶命して生命体としての機能を停止した時点でその身体は混沌の塵となって消滅してしまうため、その身体の一部を採取するには、絶命前に切り取る必要がある(投影体によっては、それでも混沌核が浄化されると同時に「切り取られた一部」ごと消滅する場合もあるが)。とはいえ、「殺さずに身体の一部を剥ぎ取るような戦い方」というのは、まだ見習い君主にすぎない彼女達には難しい。

「でもまぁ、あの小牙竜鬼の肉付きからして、多分、美味しくはないと思うよ。人食い草も、なんか毒々しい臭いだったし……」

 ヴァルタもそう呟きながら、自身の聖印を掲げて混沌核を浄化していく。もともとこの二人はシスティナの海辺や森林地帯で狩猟をしながら暮らしていたこともあり、この森の中に出没する怪物達のことも「捕食出来る生き物かどうか」ということが最大の関心事だったらしい。

「なるほど。まぁ、気持ちは分かるっすよ。私(アタシ)も出来れば、この魔境の中で薬草とか毒草とか見つけられたらいいな、って思ってますし」

 ハウラは医療道具を一旦しまいながら、周囲の草花に視線を向けつつ、そう語る。彼女は北海の戦闘民族として知られているノルド人の領主家の出身だが、幼い頃から医学に興味を持ち、知識を求めて各地を転々とした末に(祖国ノルドと同じ大工房同盟所属の)潮流戦線によるカルタキア遠征軍に加わることになった、という変わり種の少女であった。

 ******

(とりあえず、喧騒は止んだみたいですけど、皆さん、大丈夫ですよね……)

 ラオリス達が小牙竜鬼と戦っている間に、 アシーナ・マルティネス は三編みの金髪を揺らしながら、一足先に森の奥地へと足を踏み入れていた。彼女はハウラよりも更に若い15歳の従騎士であり、現在はカルタキア領主の私兵集団「幽幻の血盟」に属しているが、もともとは「風紀委員独立部隊」と名乗る謎の集団と共に世界各地を旅していた身であり、その過程で森林での狩猟や探索を何度も経験していたため、森の中に生い茂る草木を遮蔽物として利用しつつ、怪物達との遭遇を避けながら、後続の部隊のために進軍すべきルートを確認しようとしていた。

(この森には、小牙竜鬼以外にも、人食い草や、水辺の生き物もいるらしいですが、彼等は互いに他の怪物達を「仲間」と認識しているのでしょうか。もし、相互に「敵」だと認識しているのなら、彼等を誘導して衝突させることによって、楽に怪物の数を減らせるかもしれません……)

 アシーナはそんな思いを抱きつつ、森の中に生息する投影体の生態についても確認しようと、耳を澄ませながら周囲の状況を観察していた。すると、彼女の中で「想定外の声」が森の奥の方から聞こえてくる。

「うりゃああああ!」

 それは「少年の声」だった。明らかに人間の少年の声。しかし、聞き覚えのある声ではない。今回の調査隊に参加していたメンバー達の中ではアシーナは最も若い部類だが、その彼女よりも幼いと思しき少年の声が、森の深部の方から聞こえてきたのである。

(これは……、私達の仲間ではない……? でも、明らかに「人間」の声……)

 アシーナがその声のする方へと向かうと、そこには特殊な形状の剣を手に、小牙竜鬼と一対一で戦う一人の少年(下図)の姿があった。その様相からして、アシーナは彼の「正体」をすぐに察する。
+ 謎の少年

(きっと、彼もまた「投影体」ですね。聞いたことがあります。セルデシアから出現する魔境には、元の世界において魔物達と戦う人間の「冒険者」が同時に投影されることもある、と……)

 アトラタン世界に出現する投影体の大半は、本来のこの世界の理(ことわり)に合わない存在のため、人間社会の秩序とは相容れられないことが多く、大抵の場合は「魔物」や「怪物」として扱われ、討伐・浄化の対象となることが多い。ただし、稀に「この世界の人間に近い感性を持ち、この世界の人間と友好関係を結べる精神性を有する投影体」が出現することもある(また、そのような知的生命体の場合、なぜか「この世界の言語」で喋れる事例が多い)。そのような存在まで討伐・浄化すべきなのかどうか、という点に関しては人それぞれに見解が異なるが、アシーナはそういった「友好的な投影体」に対しては比較的寛容な立場の君主であった(その理由は彼女の生い立ちにも由来する)。

(彼は、私達と友好関係を結べる存在、なのでしょうか……?)

 もし、彼が「この世界にとって有害な投影体」なのであれば、当初のアシーナの計画通り、小牙竜鬼と潰し合わせれば良いだろう。だが、「友好的な投影体」なのであれば、交渉次第で共闘することも出来るかもしれない。アシーナがそんな思考を巡らせている間に、その少年は小牙竜鬼を撃破し、そして遠くから見ていたアシーナの存在に気付いた。

「そこの姉ちゃん! あんた、どこのギルドの人だ?」
「ギルド? えーっと、所属という意味なら、私は『幽幻の血盟』所属のアシーナ・マルティネスです」
「幽幻の血盟? 聞いたことないな。まぁ、いいや。俺は『記録の地平線』のトウヤ。職業は武士(サムライ)だ。アシーナ姉ちゃんは、その格好からして……、盗剣士(スワッシュバックラー)なのか?」
「スワッシュバックラー?」

 それは、この世界ではあまり聞き馴染みのない単語である。言葉は通じてはいるが、やはりこの少年は「異世界人の投影体」なのだろう。そしておそらく、自分が「投影体」として(彼にとっての)異世界に出現した存在であることにはまだ気付いていないように見える。

「あれ? 違う? でも、守護騎士(ガーディアン)にしては鎧が軽そうだし……」
「……話して分かってもらえるかどうかは分かりませんが、ここはあなたが元々住んでいた世界ではないのです」
「いや、そりゃそうだろ。何言ってんだよ、今更」

 キョトンとした顔で、トウヤと名乗るその少年は答えた。

(あれ? この子、自分が投影体だってことは分かってる?)

 その反応に対して、今度はアシーナが微妙に困惑していると、彼は続けてこう言った。

「ん? 『あなたが』ってことは……、もしかして、アシーナ姉ちゃんは大地人なのか?」
「大地人?」

 更に聞いたことのない単語を耳にしたアシーナが困惑を深めているところで、森の更に奥の方から、今度は「少女の声」が聞こえてきた。

「トウヤー! どこにいるのー!?」

 その声もまた、アシーナにとっては聞き覚えのない声であるが、トウヤはその声のした方向に向かって叫び返す。

「ミノリー! 俺はここだ! 今からそっちに行く!」

 トウヤはそう叫んだ上で、その声のする方向へ向かって走り出す。

「じゃあ、またな! アシーナ姉ちゃん!」

 彼はそう言いながら、アシーナの視界から消えていった。アシーナとしては、このまま彼を追いかけるという選択肢もあったが、既に本隊との距離がかなり離れてしまっているため、これ以上単身で奥地へと踏み込むのは危険と判断し、一旦他の面々と合流することにした。

 ******

 その後、アシーナからの情報提供を受けたファニルやラオリス達は、彼女の案内に従って森の奥地へと歩を進めるが、結局、魔境全体の混沌核(を持つと言われる巨大な小牙竜鬼?)らしき怪物は発見出来ず、そしてアシーナが出会った「トウヤと名乗る少年」とも遭遇することなく、この日の探索を終えることになった。とはいえ、アシーナの目算が間違っていなければ、おそらく森全体の半分以上は踏破した筈なので、次にこの森に派遣されることになる第二次調査隊にとっては、探索対象は絞りやすくなっただろう。
 彼女達自身がその第二次調査隊に加わるかどうかはまだ現時点では不明であるが、ひとまずアシーナは森の様相をスケッチとして描き残した上で、この地の領主に報告する。一方、ラオリスとヴァルタは食べられそうなキノコや野草を採取し、ハウラもまた「得体のしれない植物」を持ち帰ることになったが、それがどのような薬や毒の原料になりうるのかは、帰還後に改めて解析していく必要があるだろう。

☆今回の合計達成値:72/100
 →このまま 次回 に継続(ただし、目標値は上昇)

AB「異人を斬る者達」

 カルタキアの南方には、広大な砂漠地帯が広がっている。現在、その一角に「異界の街」が投影されていた。この世界の一般的な定義としては、空間の一部が混沌の力によって異世界の空間へと置き換わってしまった場合、その形状の有無を問わず「魔境」と呼ばれる。
 ただ、前述の「異界の森」とは異なり、今のところ、この「異界の街」から外に投影体(その街の住人)が出た形跡もなければ、この街を起点とした明確な混沌災害が起きている訳ではない。元々あまり人の往来の多い区域ではないこともあり、本来のこの空間に存在していた「砂漠」が消滅したことも、カルタキアの人々にとって特に明確な損失だったとも言えない。
 しかし、どうやらこの魔境は少しずつこの世界の空間を侵食する形で規模を拡大し続けているようで、このまま放置しておけば、やがてカルタキアも含めたこの地域全体が「魔境」へと置き換わってしまうかもしれない、という危惧をカルタキアの人々は抱き、幾人かの従騎士達が潜入調査を開始していた。

(この街の衛兵の方々は皆、「カタナ」を持っているのですね。それに加えてお召し物や建物の様相から察するに、どうやらこの世界における「極東の島国」に近い文化の方々のようです。そしてこの街の規模と整備された区画……、おそらく元の世界においても、それなりに文明が発達した国の中心都市だったようですわね)

 潮流戦線所属の16歳の貴族令嬢 ユリアーネ・クロイツェル は、この異界の街の一角で周囲の様相を確認しながら、冷静にそう分析していた。彼女は大工房同盟の一角を成す、とある辺境伯領における名門貴族の一員であり、前述のハウラ同様、潮流戦線内においては、今回のカルタキア遠征のために同盟諸国から集った「外人部隊(義勇軍)」の一員という位置付けになる。彼女はこの街の住人達から話を聞き出すために、彼等を警戒させぬよう、あえて丸腰でこの地に潜入していた。
 彼女の故郷においては、初代領主以来「カタナ」と呼ばれる極東風の片刃長剣を生み出す鍛冶師の一族が存在することもあり、彼女は極東文化に関しては一定の知識を有している。その上で彼女は、幼少期より教え込まれた帝王学(人々を統治する者としての心得)の知識をも駆使して、事前に先行調査隊の人々から聞いていた話と照らし合わせながら、街の形状や人々の様相を確認しつつ、この街の現状についての推測を展開していく。

(かなり混乱している様子ですね。おそらくあのカタナを持っている人々が、こちらの世界で言うところの「君主」に相当する身分の人々なのでしょうが、あまり街の人々からリスペクトされているようには見えませんし、全体的に街の雰囲気が重苦しい……。果たしてそれは、この世界に投影されたことによる不安が原因なのでしょうか、それとも、もともと内的問題を抱えていた街がこの世界に投影されたのでしょうか……)

 彼女がそんな思案を巡らせている中、少し離れた街の一角から、「カタナを持った者達」の叫び声が聞こえる。

「待て! そこの異人の女! この京の都で我が物顔で馬を乗り回すなど、どういう了見だ! そこへ直れ!」

 その声と共に、ユリアーネにとっては聞き慣れた馬の蹄の音が聞こえて来る。

(マリーさん、計画通りに人々の目を引きつけて下さっているようですね。では、私は今のうちに……)

 ユリアーネは周囲の人々を見渡す。町人達の大半は警戒した視線をユリアーネに向けていたが、彼女はその中の一人に視線を合わせ、笑顔で声をかける。

「はじめまして。私はユリアーネと申します。突然『見知らぬ地』に解き放たれて、ご苦労なされている事でしょう。心中お察ししますわ」

 彼女はそう言いながら町人との距離を詰めつつ、手にしていた大荷物を開き始める。

「どのような物を食べられているのか分かりませんが、もしお口に合うものがあれば……」

 ユリアーネは彼等の目の前に敷物を広げ、その上にカルタキアから持参したパン、干し肉、果物、木の実などを次々と並べていく。町人達が物珍しそうにその様子を眺めていると、その中にいた幼い少年がユリアーネに問いかけた。

「こ、これ、食いもんか? 食ってええんか?」
「はい、どうぞ、お召し上がりになって下さい。お近付きの印です」

 そう言われた少年が木の実に手を伸ばそうとすると、隣りにいた別の町人がその手を遮る。

「よせ! 異人の食いもんなんか食うたら、何がどうなるか分からんぞ!」
「で、でも、都の周りが砂漠になってしもうてから、よその商人(あきんど)が全然来いひんくなって、どの店も品薄やって言うとるし、食える時に食うとかんと……」

 町人達がそんな言い争いをしている中、ユリアーネの傍らに、みすぼらしい装束を身にまとった一人の少女が近付いていく。

「おねーちゃん、それ、なに……?」

 少女はそう言いながら、ユリアーネの足元にあった黄色い焼き菓子を指差した。どうやら彼女は、その焼き菓子から漂う甘い香りが気になっていたらしい。

「あら、このお菓子が気に入りましたの? どうぞ差し上げますわ♪」

 ユリアーネがそう言って焼き菓子を差し出すと、少女は戸惑いながらも笑顔で受け取り、すぐさま食らいつく。

「おいしい……」
「良かったですわ。他の皆様も、どうぞ召し上がって下さい」

 彼女がそう告げると、他の者達も並べられた食料に次々と手を出し始める。

「よろしければ、こちらもどうぞ」

 そう言ってユリアーネは酒瓶と、そして「つまみ」として最近カルタキアで大量流通している鯨肉の燻製を街の人々にふるまいつつ、彼等から話を聞き出そうとしたが、そんな彼女に対して、先に町人の方から問いかけてきた。

「なぁ、この都の周辺を砂漠に変えたのは、あんた達『異人』の仕業なのか?」

 どうやら彼等は、自分達が「異界」に投影されたのではなく、「自分達の住む街の周囲が砂漠に変わった」と考えているらしい。とはいえ、「投影」という現象は、混沌の存在が認識しているこの世界の住人ですら正確に理解するのは難しい概念である以上、異世界人である彼等に対して、自分達が「投影された存在」であるということを認識させるのは極めて困難である。ユリアーネはそのことを理解した上で、ひとまず相手に話を合わせた形で答えることにした。

「いいえ、私達もこの異変の実態については把握出来ていません。その原因を突き止めたいと考えているのですが、何か心当たりはございませんか? 砂漠化が起きる前と後で、何かこの街の中で起きた異様な現象とか……」

 それに対して、焼き菓子を食べている少女が横から答えた。

「天救堂の人達は、凶星(まがつぼし)が原因じゃないかって言ってるけど……」
「凶星? それはどういったものですの? それに天救堂というのは?」

 少女が言うには、「砂漠化」が発生する少し前から、この街で「天救堂」と呼ばれる宗教団体が活動しているらしい。彼等は「まもなく凶星がこの国をかすめて、大きな災害が出る」「その災害から救われるためには、財産を天救堂に寄進する必要がある」と説いているという。

(関係しているかは分かりませんが、調べてみる価値はあるかもしれませんね……)

 ユリアーネがそんな思考を巡らせている間に、彼女によって差し出された酒のおかげでほろ酔い状態となった一人の男が、彼女の荷物袋の中に入っていた別の瓶に手を伸ばす。

「異人のねーちゃんよぉ、こっちの酒も貰うぜぇ〜」
「あ、待って下さい。それはお酒ではありません。鯨から採れた油を詰めた瓶で……」

 彼女がそう言って慌ててその瓶を握って男性から取り返そうとするが、既にその男性が蓋に手をかけてしまっていたため、蓋が外れて、周囲一体に鯨油の臭いが広がっていく。それは鯨肉の燻製と同時期にカルタキア内で流通していた代物だったのだが(ユリアーネとしては、この街の中で鯨油を有効活用する技術があるかどうかも分からないまま、もしかしたら欲しがる人がいるかもしれないと思って持ってきた瓶だったのだが)、その油の臭いが周囲に広がり始めたところで、突如、彼女達の頭上から禍々しい気配を感じる。

(これは……、混沌核の収束!?)

 混沌核は、この世界の各地で不規則に出現し、周囲の混沌を吸い寄せる形で「収束」することで、「投影体」や「魔境」をこの世界に顕現させる。その原因を明確に特定することは出来ない(だからこそ「混沌」と呼ばれる)のだが、魔境の内側においては、通常の空間よりも高確率で新たな「混沌核の収束(投影帯の出現)」が発生しやすい、と言われている。また、その現象は何らかの「触媒」となる物質によって引き起こされる事例も多い。

「皆さん! 危険です! ここから離れて下さい!」

 ユリアーネがそう叫ぶと、町人達もその不穏な気配を感じ取ったのか、すぐにその場から逃げ去っていく。その間に混沌核が収束を完了した結果、そこに空間に「巨大なイカのような形状の怪物」が投影された。

「クラーケン!? なぜこのような場所に……」

 彼女が困惑する中、イカの怪物は彼女が持っていた鯨油の瓶に向かって触手を伸ばそうとするが、その先端が彼女に届くよりも先に、その巨大イカの背後から走り込み、「カタナ」で斬りつける、眼鏡をかけた黒装束の男が現れた。巨大イカごしにその剣士の姿を確認したユリアーネは、思わず叫ぶ。

「カノンさん! あなた、いつからそこに!?」
「たまたま通りかかっただけだ。下がっていろ、ユリア!」

 そう答えた剣士の名は、 カノープス・クーガー 。ユリアーネの実家が臣従する辺境伯の長男(ただし、妾腹)であり、彼女にとっては幼馴染(兼婚約者候補)の関係である(歳はカノープスの方が一つ上)。彼もまた、潮流戦線の外人部隊の一人として今回の遠征に加わっており、ユリアーネの調査活動を影から支援するために、彼女の周囲に危険が及びそうになった時の囮役として(ユリアーネには黙って)密かにこの街に潜入していた。
 背後からの斬撃を受けた巨大イカは一瞬怯んだが、すぐにカノープスに向き直り、今度は彼に対して触手を伸ばそうとするが、カノープスはそれをかわしながら、巨大イカの注意を引きつける。そんな中、今度はその巨大イカに対して、また別の方向から一本の弓矢が飛び込んできた。その射手は、カノープスと共に囮役としてこの地に足を踏み入れていた、もう一人の彼女の幼馴染である。

「お前の相手は、この マリーナ・ヒッパー が務める!」

 愛馬「スクルド」の馬上から弓を構えてそう叫んだのは、ユリアーネ達と同郷の(カノープスと同い年の)従騎士の少女であった。彼女は先刻まで、この町中を馬で派手に駆け回り、町中を巡回していた「カタナで武装した人々」の注意をひきつけていたのであるが、ユリアーネとカノープスの声を聞きつけ、すぐさま救援へと駆けつけたのである。

「すみません、カノンさん、マリーさん、ここは一旦お任せします」

 さすがに丸腰では加勢のしようがないと判断したユリアーネは、鯨油の瓶を手に持ったまま、その場から走り去る。巨大イカはなおもそんな彼女を追おうとしたが、カノープスがその行く手を塞ぎ、そしてマリーナが遠方からの馬上弓で注意をそらしている間に、ユリアーネは彼等の視界の外へと消えていく。

(とりあえず、宗教結社が絡んでいるということなら、「あの人達」にも伝えておいた方がいいでしょうね。あと、「未来を予言する人物」という意味では、「あの人」にも……)

 そんな思いを抱きつつ、この街に潜入している他の従騎士達の元へとユリアーネが走り去っていく一方で、残された巨大イカとカノープスおよびマリーナとの戦場に、新たな武装集団が現れる。それは、先刻までマリーナを追いかけていた者達であった。彼等は巨大イカを目の当たりにした瞬間、口々に驚愕の声を上げる。

「こやつ、何者だ!?」
「どう見ても、扶桑の妖怪ではないぞ!」
「まさか、異国のもんすてるか!?」
「あの黒装束の男は誰だ? カタナを持ってはいるが……」

 彼等はそう叫びながら、次々とカタナを構える。その様子を、マリーナは馬上から冷静に分析していた。

(彼等の剣先は、カノンには向いていない。彼等は明らかに怪物の方を敵視している……)

 自分達の役目はあくまでも「ユリアーネを襲う可能性がある者達の陽動」である以上、彼等がここで「自分達以外の存在」に対して注意を向けているのであれば、この戦場にこれ以上関わる必要はない。

「カノン!」

 マリーナはそう叫びつつ、カノンにこの場から退くように手招きをすると、彼は黙って頷き、その場から走り去ろうとする。そしてこの時、眼鏡越しの彼の視界に「別の武装集団」の姿が映った。それは、浅葱色の羽織を纏った剣士達の集団であり、その先頭に立つ男(下図)からは並々ならぬ強者のオーラが感じられた。
+ 浅葱色の羽織の剣士

(出典:『幕末霊異伝〜MI・BU・RO〜』p.147)

(この男……、並の剣士ではない!)

 直感的にそう判断したカノープスであったが、ひとまず今はマリーナと共に、この戦場を後にする。後方からは、剣士達の声が聞こえてきた。

「沖田ァ! 貴様、何しに来た!?」
「あぁ、今は皆さんには用はないです。そこのもんすてるを斬りに来ただけなので」
「そっちには無くても、こっちは池田屋の恨みを……」
「まぁ、お望みなら、もんすてると一緒にお相手してもいいですけど……、どうします?」

 そんな会話を背にしながら、マリーナとカノープスはこの場を後にする。どうやら、この地に住む投影体達の間でも様々な対立関係があるらしい、ということは、二人にもうっすらと理解出来た。

 ******

 一方、この街の別の一角では、聖印教会系の武装集団である「星屑十字軍」に所属する15歳の金髪の少女 ポレット が、道端で自らの聖印を掲げて立っていた。彼女もまた、他の調査隊に視線が向かないよう、自らが「囮役」を買って出たのである(彼女の外見から、ひと目で「異人」だということは分かる)。なお、そんな彼女の傍らには、深編笠で頭部を覆い、木管楽器を手にした(この異世界における「托鉢中の虚無僧」のような装束の)「謎の人物」が立っている。
 そして、すぐさまその効果は現れた。彼女の前に、露骨に敵意を示した「ガラの悪そうな(カタナを持った)男達」が現れたのである。

「おい! そこのバテレン女!」
「……私のこと、ですか?」

 ポレットはやや戸惑いながら、そう答える。この世界に投影された異世界人達は、なぜかアトラタンの言葉を喋れるようになる事例が多いが、それでも「アトラタン世界に存在しない概念」や「固有名詞」などについては、そのままの音の響きで表現される(彼等自身はそれを「普通の言葉」だと認識しているが、アトラタン人には「謎の音の羅列」にしか聞こえない)。そして、この「バテレン」という言葉は(ポレットを指す言葉としては、ある意味で「正解」に近い言葉ではあるのだが)、ポレットにとっては「聞き覚えのない呼称」にすぎない。しかし、彼等の視線と口調から、それが明らかにポレットを指す言葉であり、そして明らかに敵意が込められていることもすぐに推測出来た。

「都の周囲を砂漠に変えやがったのは、貴様らの妖術の仕業か!」
「なんの話でしょう……?」

 ポレットが困惑したような顔でそう答えると、男達は彼女を取り囲もうとするが、そこで唐突に、彼女の隣に立っていた「深編笠を被った人物」が大声を発する。

「ソモサン!」

 それは、この周囲の街並み全体に響き渡るほどの済んだ「女性」の声だった。驚く異世界人達に対して、その人物は深編笠を脱ぎ捨てて素顔を顕にする。そこにいたのは、ポレットと同じく星屑十字軍に所属するノルド出身の20歳の従騎士 ワイス・ヴィミラニア であった。

「お、女!?」
「こいつも異人か!?」

 ポレットに詰め寄っていた男達が呆気にとられた一瞬の間に、ワイスはポレットと共に路地裏へと入り込み、そして改めて男達に向かって叫ぶ。

「侍もすなる算学なるものを、異界の婦女子もせんとしてみた!よもや侍とあろうものが、異界の婦女子にすら負ける貧弱な頭をしているとは言わぬよな。空っぽの頭をされけ出したくない臆病者は立ち去るといい。己の知能に自信のあるものは我こそはと前に出よ!ソモサン!!」

 「ソモサン」とは、異世界「地球」の一部において用いられる「問いかけ」の合言葉のようなものである。ワイスは混沌を特に強く忌み嫌う聖印教会の一員でありながら、地球に関する知識には長けており、「この街」はその言葉の意味が通じる文化圏であるということを、事前に得た情報から推察した上で、この「カタナを持つ男達」が、この世界における支配階級(≒君主)である「侍」であろうという推測の上で、彼等に対して「算学勝負」を挑もうとしているのである。
 その意図は男達にはさっぱり分からなかったが、いずれにせよこの「異人の女達」のことを不審に思った彼等はその路地裏の中へと踏み込んでいく。すると、そこには「算学」の前提条件が書かれたいくつかの立て看板が用意されていた。ワイスは「巨大な本」を両手で開きながら、男達たちに問いかける。

「ようこそ侍殿、さあさあまずは小手調べ。円の直径と周径の比率、円周率は有理数か無理数か。ソモサン!!」

 唐突にそう問いかけたワイスに対して、男達は一瞬の困惑した表情を浮かべつつ、すぐに怒声を上げる。

「エンシューリツ? ユーリスー? 訳の分からぬ異国の言葉で我等を惑わそうというのか! このエセ虚無僧が!」
「やはり貴様もバテレンの仲間か!」

 それに対してワイスは薄ら笑いを浮かべながら、見下すような口調で挑発する。

「よもやこの程度も分らぬとは残念至極。当方の知能と釣り合うだけの上役を連れてきて頂きませんか?」

 実際のところ、「侍」の中でも高位の立場の者達の中には、彼女の言うことが理解出来た者もいるかもしれない。しかし、彼等は「侍」の中でも最下層、更に言えば、そもそも「侍」と呼ばれる身分ですらなかった者達も含まれていた。

「上役だと!? 都の周りを砂漠化して、高杉先生と連絡を取れなくさせたのは貴様らであろうが!」
「バテレンの妖術使い共め! 我等の国を返してもらう!」

 彼等はそう言って、次々とカタナを抜き始める。それに対して、ワイスはため息をつきながら、手にしていた巨大な本を閉じる。

「逆上とは悲しい限り。当方達も鬼ではないので子供の癇癪にはお付き合いしましょう」

 ワイスはそう言いながら、巨大本の中に挟まっていた「栞のような形状の薄い鞘」を抜き取り、更にその鞘の中から「短剣」を取り出す。そして「巨大本」を盾のように持った状態で構えた。これが、従騎士としての彼女の戦闘スタイルである。一方、その傍らではポレットが一本の「長い棒」を手に構えていた。
 この状況下において、侍達はまずワイスに斬りかかろうとするが、ただでさえ狭い路地裏においてはカタナが振りにくい上に、彼等は「盾」を相手にした戦闘は慣れていないため、ワイスの「本型盾」を用いた戦法に翻弄されて思うように戦えない。一方、その横のポレットもまた、敵の間合いと道の横幅を計算した上で棒の握り位置を変えながら、敵の攻撃を受け流すような棒術で対抗することで、敵を寄せ付けずに応戦していく。

(戦いは苦手でしたけど……、でもカルタキアに来てから、様々な国々の人達と訓練場で稽古させて頂いたおかげで、私も「混沌から人々を守るための力」が身についてきた気がします)

 この調査隊に参加する直前の練習の時のことを思い出しながら、彼女は侍達の中の一人の手元を鋭く付き、カタナを落とさせることに成功する。

「こ、この異人共! こうなったら本気で……」

 侍達の中の一人がそう言ったところで、別の侍が叫んだ。

「おい! 新撰組だぞ!」

 その声を聞いた瞬間、彼等は慌ててその裏路地から走り去っていく。突然の出来事にポレットは困惑しながらワイスに問いかける。

「新撰組って、何でしょう?」
「さぁ? とりあえず、私達も一旦、撤収しましょうか」

 こうして、星屑十字軍の陽動組は、ひとまず一定の騒ぎを起こすことには成功した上で、その場を後にする。なお、後にその場に駆けつけた「新撰組」の隊士達は、その場に残っていた立て看板を持ち帰った上で、彼等の「参謀兼文学師範」に見せたところ、その人物は大変興味深そうな反応を示したらしい。

 ******

(随分、騒がしい声が聞こえていたが、あの二人、大丈夫だろうか……)

 星屑十字軍からこの魔境へと派遣されていたもう一人の従騎士である18歳の青年 ユリム は、陽動部隊が算学勝負を仕掛けている間に、ユリアーネから「天救堂」の話を聞かされた上で、その足取りを探っていた。
 唯一神を信仰する聖印教会の一員であるユリムは、異界の宗教のことについては何も知らない。ただ、街の人々の間で噂される「天救堂」の噂話を聞く限り、自分自身の立場を抜きに客観的に考えても、あまり好意的な印象を抱けずにいた。

(組織を運営するために金が必要なのは分かる。そのために一定の寄進を要求するのもやむを得ないだろう。だが、寄進さえすれば救われるという教えが、本当に人々を救うのか……?)

 そんな疑問を抱きつつ、まずはその天救堂の正体を探るべく、陽動部隊の活躍のおかげで混乱する街の中で、衛兵達の目も浪人達の目も掻い潜りながら、あえてその天救堂の本拠地とされている建物へと乗り込んでいった。

「俺の手持ちはこれしかないのだが、これで入信は出来るのか?」

 ユリムはそう言って、入口にいた男に金貨を一枚見せる。この世界の硬貨は全て魔法都市エーラムが鋳造しており、この世界のほぼ全ての人間達がその価値を認めている(それは、エーラムとは思想的に対立関係にある聖印教会の人間であろうとも変わらない)。だが、それが果たして「魔境」内において通用するかどうかは分からない。

「い、異国の金貨……? しばし待たれよ! 我等が教祖様に確認してくる」

 そう言って男は一旦奥の部屋へと向かい、そしてしばらくすると、一人の豪奢な服を来た男を連れて戻って来た。

「我が名は天救。この世界の衆生を救うため、南無阿弥法蓮華経の心を以って、禁則是空の理想郷を扶桑の地に顕現させる者也」

 何を言っているのかユリムにはさっぱり分からないが、どうやらこの男が「教祖」らしい、ということは分かる。その上で、ユリムはすぐに確信に至った。

(この男は、ただの詐欺師だな。語る言葉から何一つ「魂」を感じ取れない)

 聖印教会の中にも、様々な宗派の者達が存在し、中には狂気としか思えない程の極端な教義解釈を掲げる者達もいるが、それぞれの教義の成否はともかく、心から何かを信仰する者達の言葉には、強烈な信念が宿っているものである。しかし、この天救という男からは、それが全く感じられない。
 ユリムがそんな感慨を抱いている中、天救はユリムに対してやや警戒した様子で問いかける。

「さて、そこの異人よ。まず確認したいのだが、貴殿はグラバー殿からの使者か?」

 ユリムの中では、そのような名に心当たりはなかった。

「いえ、俺はただの旅人ですが」

 その反応を聞いた瞬間、天救は微妙な表情を浮かべる。

「ふむ、そうか。まぁ、ならば良い。ひとまず、貴殿の寄進は確かに受け取った。我は異人であろうとも別け隔てなく全ての衆生を救うつもりだ。安心せよ」
「そうですか。ところで、『凶星』というものがこの国に近付いているというのは……」
「おぉ、それについては、実際に見て見たほうが早かろう。貴殿の寄進に免じて、特別に見せてやろう。我が天救筒の力を以ってな」

 天救はそう告げると、ユリムを連れて建物の二階へと向かう。そこは信者から寄進された様々な金銀財宝で溢れた部屋であり、その窓際に一つの「大きな筒」があった。それが、いわゆる「遠眼鏡」の類いであろうということは、ユリムにも想像出来る。

「さぁ、見てみるが良い。この世界に大禍をもたらす忌々しき凶星の姿を!」

 ユリムはそんな天救の大仰な仕草と言い回しに内心でうんざりしつつも、ひとまずその筒を覗き込む。次の瞬間、ユリムは驚愕の表情を浮かべた。

(あれは……、混沌核!?)

 そこに映っていたのは、紛れもなく巨大な混沌核である。規模からして、おそらく魔境一つ分くらいの規模はあるだろう、まさか空の上に混沌核があるとは、全くの想定外であった。

「教祖様……、あの凶星が『目に見える程の位置』にまで近付いてくるまで、あとどれくらいかかるのでしょう?」
「お、おぉ、それに関してはだな、その……、軌道が不規則で、まだはっきりとは断言出来ないとも言い切れないかもしれない状態で……」

 明らかに狼狽した様子を見ながら、ユリムは「おそらくこの男は、そこまで正確に状況を把握出来ていないのだろう」と推測する。少なくとも、今の時点で遠眼鏡を使わなければ確認出来ない距離にあるのならば、聖印の力を以ってしても破壊するのは難しいだろう。

(この街の中に、誰かもっと正確に現状を把握している者はいないのか……)

 ユリムはそんな思いをいだきつつ、ひとまず天救堂の本拠地を後にするのであった。

 ******

 その頃、街の別の一角では、ローブを着込んだ一人の「金色の目」の少女が、道行く人々に声をかけていた。

「わたくしは旅の占い師。お金はとりませんわ。あなたの未来、知りたくありませんか?」

 彼女の名は フォーテリア・リステシオ 。傭兵団「暁の牙」の一員でありながら、武勇ではなく知略を以って人々を導く、異色の君主である。彼女は占術の専門家でもあり、この地の住人達を相手に「占い」をしてみせることで会話を交わし、彼等の話す言葉の断片から、この街の情報を引き出そうと考えていた。

(軍略に関しては他の人のほうが上手くこなすだろう。わたしは裏方として、他が動きやすくなるよう、情報を集めてくるだけだ。それに……、この異界がどういう場所なのか……、わたしが最初に知りたいしね……、ふふ)

 内心でそんな思いを抱きつつ、彼女は様々な人々から話を聞いて回った結果、彼等の語っていた諸々の情報を繋ぎ合わせることで、「この街が元々存在していた異世界」の全容については概ね理解することが出来た。

(どうやらこの街は地球の「扶桑国」という国の中心都市らしい。で、扶桑国は今までずっと鎖国していたのが、最近になって開国するに至り、異国人達との交流が始まったことで、国全体が混乱していたらしい。そして、「私達」のことも「地球上に存在する異国の住人」だと勘違いしているようだ。まぁ、今の自分が「本来の自分」ではなく、「本来の自分のコピー品」にすぎないと言われたところで、理解出来る筈もないだろうし、そう勘違いしていてもらえるなら、その方が都合は良いのかもしれない)

 その上で、この街の統治構造が非常に複雑な状況になっていることもフォーテリアは理解した。まず、この街には扶桑国の「王」に相当する人物がいるが、その人物は滅多に表舞台に出ることはなく、実質的な政治の実権は別の街に住む「軍の最高司令官」が有しているものの、現在では後者の権威が弱体化しつつあり、前者に権限を戻すべきだと主張する地方貴族の子弟達がこの街で様々な反政府活動を展開し、対立勢力間での暗殺事件なども頻発していたという。
 なお、彼等の対立の争点は、国の実権を巡る争いと、開国の是非を巡る問題が複雑に絡み合っており、反政府側の中でも方針は一枚岩ではないらしい。そんなこの街の治安維持に尽力しているのは、浅葱色の羽織をまとった武装集団であり、彼等の出自は地方貴族の子弟から農民に到るまでバラバラの寄せ集め部隊だが、一人一人の剣の実力は高く、この街の守護を担当する貴族からの信頼も厚いらしい。

(それはつまり、私達「暁の牙」のような存在か。いや、むしろ、カルタキアに集まった従騎士達全員の集合体、と解釈した方が近いか? そうだとすると、今の彼等の状況を私達に置き換えて考えるなら「カルタキアの住民達も私達も投影体も、全部まとめて異世界に投影されたような状態」ということか。それは確かに混乱するだろう。今のこの状況を正しく伝えて、それでも正気を保っていられられる者がいるとしたら、その方がおかしいのかもしれないな)

 そして、先刻ユリアーネから聞いた話によると「天救堂」という宗教結社が活動しているらしい(ユリムによる報告はまだ聞いていない)。その者の正体は分からないが、彼が何を根拠に「未来」を予知しているのかは、少し気になるところではある。

(ぜひとも話を聞いてみたいところではあるが、もしその正体が私の「同業者」だった場合、おそらく門前払いされるだろうな……)

 彼女が内心でそんな情報整理を進めている中、新たな「お客さん」が彼女の前に現れる。それは、つい先刻カノープスとすれ違った「浅葱色の羽織を纏った武装集団」を率いていた剣士であった。彼は笑顔でフォーテリアに問いかける。

「はじめまして。あなたが、この辺りで活動している占い師さん、ですか?」
「はい。存じていて頂けるとは、光栄です。では、さっそくあなたの未来を……」
「あ、いえ、そうではなく、ちょっとあなたに聞きたいことがありまして」

 この瞬間、フォーテリアはこの剣士の浮かべる笑顔から、直観的に嫌な予感を感じた。

「あなた、『他の異人さん』とは、ちょっと違いますよね?」
「人はそれぞれ、違っているものですよ」
「えぇ、それはもちろんです。ただ……、あなたからは明確に『人』としての気配しか感じないのです」
「そりゃあ、私は『人』ですから」
「本当に、その言葉を信じて良いのですか?」
「あなたは勘の尖そうな人ですし、私に確認するまでもなく、もうあなたの中で結論は出ているのではないですか?」
「いえ、まだ何も分かってはいません。あなたは確かに『人』であるように思える。でも、『他の異人さん』と『あなた』と、どちらの方が『私達』に近い存在なのかは分からないのです」

 フォーテリアには、この剣士が語る言葉の真意は分からない。ただ、彼のここまでの発言から察するに、どうやらこの世界の「異人」とは、ただの「外国人」ではなく、「人とは異なる別の生き物」なのかもしれない(少なくとも、この剣士はそう認識しているらしい)ということが伺える。

(もう少し、何か情報を引き出せないかな……)

 フォーテリアは思考を巡らせながら、どうにか「自分の土俵」で会話を展開しようと試みる。

「その点も含めて、あなたの未来を占わせて頂けませんか?」
「ほう?」
「あなたがこれから先の人生で『人』と、そして『人ならざる者』と、どのように関わっていくのか、ということを知れば、何かが見えてくるのではないかと」
「なるほど……。では、お願いしましょうか」

 浅葱色の羽織の剣士がそう答えると、フォーテリアはカードを取り出し、どこか神秘的な手付きでシャッフルした上で、その剣士から二枚を選び取らせた。

「……少し、暗い未来が見えてしまったのですが、よろしいですか?」
「構いませんよ。あくまで『占い』なのでしょう?」
「えぇ。そう割り切った上で聞いてほしいのですが……、まず、あなたはこれから先、多くの『人』と争う未来が待っています」
「まぁ、仕方がないでしょうね……。今の立場を考えれば……」
「しかし、最終的にあなたにとって最大の脅威となるのは『人ならざるもの』です」
「……それは『異形の怪物』という意味ですか?」
「分かりません。ただ、あなたが『人』との争いを続けていけば、いずれその『人ならざるもの』は、最終的にあなたの命を奪うことになるでしょう」

 フォーテリアはそんな言葉を交わしながら、剣士の表情を読み取りつつ、話を続ける。

「しかし、あなたが『人』との争いをやめて、『人ならざるもの』との戦いに専念するのであれば、『人ならざるもの』にも打ち勝てるかもしれません」
「……そう出来れば、いいですね。私も、そうありたいと思っています」

 そう答えた上で、浅葱色の羽織の剣士は、フォーテリアの元から去っていった。

(彼は死を恐れてはいない。そして、人と争うことも、必要であれば躊躇わない。しかし、それ以上に「人ならざるもの」に対して、強い敵意を抱いている。そしておそらく、彼の想定しているものは「異形の怪物」の類い。おそらく、もともと『彼等の世界』にも、そのような存在がいたのだろう)

 もしかしたら、フォーテリアの目の前に投影された「巨大なイカの怪物」も、もともと『彼等の世界』に存在していた怪物なのかもしれない(ただし、魔境の中に出現する投影体は、必ずしもその魔境と同じ世界から投影された存在とは限らない)。

(もし、この魔境の根源的な混沌核が「人ならざるもの」の中にあるのなら、彼等の力を利用することが出来るのかもしれない。その結果として、彼等が「こちらの世界」に残るかどうかは分からないけどね)

 「魔境の混沌核」が消滅した場合、その魔境に出現していた投影体達がどうなるかは、それぞれの事例によって異なる。もともと「魔境に紐付けられる形で出現した投影体」であれば、魔境の消滅と同時に彼等もこの世界から消える可能性が高いが、先刻の巨大イカのように「魔境の内部で新たに出現した投影体」であれば、魔境消滅後もこの世界に残り続けるだろう。

(まぁ、その後のことまで考えるのは、わたしの仕事ではないよな)

 フォーテリアはそう割り切りつつ、そろそろ陽動部隊による撹乱効果も切れてきたと感じた彼女は、ひとまず他の者達と合流した上で、一旦、この街から去ることにしたのであった。

☆今回の合計達成値:99/100
 →このまま 次回 に継続(ただし、目標値は上昇)

+ 蛇足/本編とは関係のない(PC達が知ることのない)幕間の一節)
「総司、クラーケンが出たというのは、本当か?」
「えぇ。でも、本来の活動領域ではない陸上だったとはいえ、大したことのない相手だったので、多分、あれはペルリではなく、ペルリの眷属の一人でしょうね」
「しかし、そんな奴が一体、今までどこに隠れていたんだ?」
「分かりませんが、街の人々の証言によると、『異人の女の子』が持っていた『鯨の油』の臭いにつられて現れたんだとか」
「ほう……。まぁ、『鯨の油』ってのは分かる。もともと、ペルリ達はそれを目当てにこの国に開国を迫ったらしいからな。だが、『女の異人』か……。そんな奴、今までいたか?」
「あくまで僕の勘ですけど、どうやら普通の異人とは違う異人が、今のこの京の都に入り込んで来てるみたいですね。何が違うのかよく分からないんですけど」
「それは、この周辺一帯の砂漠化と関係あるのか?」
「分かりません。ただ、どうもまだ僕達の知らないことが多いみたいですね」
「そいつらの正体も、ペルリ達と同じような『もんすてる』なのか?」
「これもあくまで僕の勘ですけど、なんとなく、違う気がします。僕らが知ってる異人、つまりは『もんすてるが人間に化けた姿』とも『もんすてるの下僕となった人間』とも違う、でも僕らともどこか違う、そんな人達みたいです」
「訳分かんね―な……」
「そうですね。まぁ、もしかしたら、僕らは今、『扶桑ではない別の世界』に迷い込んでいるのかもしれませんよ。それが『黄泉の国』なのか『まほろば』なのかは分かりませんが」
「正直、俺もそう考えるのが一番自然なようにも思えてきた。ここまで意味不明な状況が続くとな」
「どうすれば帰れるんですかね?」
「分からん。砂漠の向こう側まで行けば、何か分かるかもしれないが……」
「ただでさえ不安定な今のこの都の治安維持を考えれば、外の調査に人を割く余裕もないですからね」
「まぁ、とりあえず今は、なんとか生き延びる道を考え続けるしかない。とりあえず、今日はもういいから、休んでおけ、総司。あまり無理をするなよ、お前の身体は……」
「はいはい。そう言う土方さんこそ、仕事を抱え込みすぎだって、近藤さんが言ってましたよ。気をつけて下さいね」

AC「背後からの問いかけ」

 カルタキア近辺に出現する魔境は、必ずしも「固定した三次元空間」として出現するとは限らない。中には、アトラタン世界の空間に覆いかぶさるような形で「並行空間」のように投影される魔境もあれば、時空を捻じ曲げるような形で不定形に広がる魔境もある。そしてそれは、稀にカルタキアの市街において発生することもある。
 現在、カルタキアにおいてそのような「特殊な魔境」が発生していると思しき現象が報告されている。というのも、ここ最近、カルタキアの市街において少女達が唐突に行方不明となる事件が多発しているらしい。単純に原因不明の大量失踪事件というだけなら、逃亡・誘拐・殺人など、混沌が関与しない事件の可能性もあるのだが、何人かの目撃情報によると、夜中に少女が家族や恋人と共に歩いている時に、背後から突然「この世界に関する質問」を問いかける「謎の声」が聞こえてきて、それに対して少女が間違えた答えを口にした直後、瞬時にその場から消えてしまった、という事例が複数件存在するらしい。
 この地の領主が所蔵する文献によると、過去にも似たような事件が発生したことはあり、それは「紅い月」を入口とする不定形な魔境から生み出される投影体による仕業であったということから、今回も同じ魔境が再び投影されたのではないか、と推測されている。
 その話を聞いたヴェント・アウレオに所属する14歳の少年 コルネリオ・アージェンテーリ は、さっそく調査に乗り出した。もともと商家出身で下町育ちの彼は、持ち前の「人当たりの良さ」を活かしつつ、街の人々に聞き込みを開始する。

「行方不明事件の謎を解きたいんだ。消えた子を最後に見たのはどのあたりか、知らない……?」

 道行く人々にそう聞いて回りながら、少しずつ出現場所を特定しようとするが、なかなか絞りきれない。より確実に情報を得るなら、被害者の身内から重点的に聞いていくべきなのであろうが、ただでさえ精神的に疲弊している者達から根掘り葉掘り聞き出すのは、コルネリオとしては気が引けた。

(やっぱり、一人で調べるには無理があったかなぁ……)

 コルネリオがそんな思いを抱きつつ、聞き込み調査を続けているところで、大柄で全身鎧を着た人物が彼に対して語りかけてきた。

「一つ、聞きたいのですが、この辺りで『紅い月』を見たことはありませんか?」

 その話を聞いた瞬間、逆にコルネリオの方が食い気味に聞き返す。

「君もこの事件を調べてるの!? 良かったら情報交換しない?」
「『君も』ということは、あなたもそうなのですか?」
「うん。僕はヴェント・アウレオのコルネリオ。長くて面倒だから、リオでいいよ」
「そうでしたか。私は エルダ・イルブレス 。幽幻の血盟に所属する従騎士です。あなたのような年端も行かぬ子供達が次々と行方不明になっていると聞き、一刻も早く解決しなければと思い、聞き込み調査をしていたところです。協力してくれるというのであれば、是非もないことです」
「それは助かるよ。あ、でも、一応、言っておくけど、僕は男だから、僕がさらわれる心配はしなくていいからね」

 実際のところ、コルネリオは華奢な体格で中性的な顔立ちのため、見ようによっては少女に見えなくもない。おそらく、過去にも何度か間違えられたことがあるのだろう。

「分かりました、リオくん。しかし、これまでの被害者が女の子ばかりだからと言って、男の子が狙われないという保証はありません。どちらにしても、一人で行動するのは危険ですので、なるべく連携しながら調査することにしましょう」

 語り口からして、このエルダという人物はおそらくコルネリオよりは年上なのだろう。そして体格的に見れば成人男性のようだが、声だけを聞けば、女性のようにも聞こえなくもない。

(この人は……、まぁ、どっちでもいいか)

 あえてその点には触れずに、コルネリオは今まで自分が集めた情報をエルダに一通り提供し、エルダもまた自分の調査結果を伝える。コルネリオは「謎の声」が次に出現しそうな場所を、エルダは「紅い月」の出現しそうな場所をそれぞれ重点的に調べていたが、二人がそれぞれ怪しいと睨んでいる候補地は(まだどちらも絞り込めてはいないが)かなり離れた場所にあった。

「うーん、『声が聞こえた場所』に『紅い月』が現れる、という訳ではないのかな?」
「そのようですね。もっとも、『紅い月』に関しては今のところ明確な目撃情報はありません。あくまでも私の霊感頼りの調査なので、もしかしたら、全く無関係な混沌の作用なのかもしれませんが……」

 エルダはもともと自然魔法師の家系に生まれた身ということもあり、君主でありながら魔法師並の霊感の強さの持ち主であった。

「じゃあ、とりあえず、僕が怪しいと思った場所に一緒に来てもらえる? 僕の集めた情報と、エルダさんの霊感を照らし合わせて考えれば、もう少し絞れるだろうし」
「そうですね。あなたは多分、私よりも聞き込み調査には向いているでしょうし、ここはお互いの特性を活かして協力することにしましょう」

 こうして、コルネリオとエルダは町中の調査を進めた結果、「次に『謎の声』が出現しそうな場所」と「『紅い月』の出現しそうな場所」について、かなり限られた選択肢にまで絞り込むことに成功する。その上で、コルネリオはその情報を「同郷の幼馴染」へと託すのであった。

 ******

「……ってことで、コリーが言うには、この辺りの区画が要注意地帯らしい」

 コルネリオの下町時代からの幼馴染で、彼と同じくヴェント・アウレオに所属する16歳の少年 ジルベルト・チェルチ は、今回の事件を解決するために(彼等の居住地に)集った従騎士達を前にして、町の地図を指し示しながら、コルネリオから聞いた情報を一通り伝える。
 その説明を聞き終えた時点で、幽幻の血盟の アヴェリア が声を上げた。

「それなら、その区域を女の子達が通る時は、私が護衛するよ! かわいい女の子をこの世から消し去るなんて、この私が許さない! だって、かわいい女の子が減っちゃうんだよ?」

 女の子が(不純な意味で)大好きなアヴェリアがそう熱弁するのに続いて、エーラムから派遣されたヴァーミリオン騎士団の ヴィクトル・サネーエフ が口を開く。

「そうだな。確かに、拠点内で起きている問題は早目に解決しておきたい」

 ヴィクトルはノルド出身の18歳の青年君主であり、前述のハウラ(潮流戦線)は異母妹、ワイス(星屑十字軍)とも遠戚関係にあり、他にももう一人、縁の深い同郷の少女がいる。彼がこの事件の解決に尽力しようとする背景には、彼女達が狙われる可能性を危惧しているからでもあったのだが、そのことは表に出さぬまま、ヴィクトルはアヴェリアに忠告する。

「ただ、君自身も狙われる可能性があるということは、理解しておけよ」

 アヴェリアは17歳だが、比較的小柄で、子供っぽいツインテールの髪型のため、実年齢よりもやや幼く見えることもある。

「私を狙って来るなら、その時は私のナイフで返り討ちにするわ。かわいい女の子達を消し去った報いを受けさせてあげる」

 彼女がそう答えたところで、今度は潮流戦線の ミョニム・ネクサス が手を挙げる。

「じゃあ、いっそあたしが囮となって、わざと捕まった上で、連れ去られた先で調査を開始する、というのはどうかな?」

 彼女は現在18歳。「少女」と呼べるかは微妙な歳だが、行方不明となった者達の中には、彼女に近い年齢の者もいる以上、ターゲットとなる可能性は十分にあるだろう。それに対して、ヴィクトルは不安そうな顔を浮かべる。

「それは……、さすがに危険すぎないか? そもそも『生きたまま誘拐された』とも限らない。行方不明になった直後に殺されている可能性もある」
「確かに、それはそうかもしれない。でも、普通の女の子が狙われるよりは、あたしを狙ってくれた方が、対応はしやすいでしょ? もちろん、一人で囮になるのは危険だから、誰かに護衛はお願いしたいけど」
「まぁ、そうだな……。そういうことなら、俺が護衛として同行しよう。ただ、危険だと判断したら、誘拐される前に止めるからな」

 ヴィクトルがそう答えたところで、改めてジルベルトが口を開く。

「じゃあ、誘拐犯の目をなるべくミョニムに集中させるために、オレは他に狙われそうな女の子がその区域に近付かないよう、見張っておいた方がいいかな。と言っても、余所者のオレが勝手に街道封鎖とかしていいのかって問題はあるけど……」

 それに対して、もともと(厳密に言えば地元民ではないが)この地の領主の直属の従属君主であるアヴェリアが答えた。

「そういうことなら、私の方から警備担当の人に話を通しておくよ。とりあえず、北側は私が、南側はあなたが検問役になって、女の子を近付かせないようにする、ということでいい?」
「分かった。じゃあ、それでいこう」

 なお、この町の少女達の動向に詳しいアヴェリアの認識によれば、北側の方が夜の時間帯に少女が通ることは多いのだが、そのことは黙っていた。
 その上で、ミョニムが連絡用の「火矢」と(長期的にどこかに監禁された場合に備えて)隠し持てる程度の非常食を調達することにする一方で、ジルベルトは「もう一人の幼馴染」にも協力を要請することにした。

 ******

 コルネリオ、ジルベルトと同じシスティナの下町出身でヴェント・アウレオに所属する隻眼の青年 ラルフ・ヴィットマン の元に、ジルベルトから少女失踪事件に関する情報が届けられた。

(なるほど、そういうことなら、俺も黙って見ている訳にはいかないな。ちょうど今夜は非番だし……)

 内心でそう呟きながら、愛用のナックルガードを取り出そうとしたその時、彼の元に一人の少年が訪ねてきた。金色の右目と銀色の左目という特徴的な外見のその少年は、ラルフに対して唐突に笑顔で語りかける。

「ラルフ〜!女の子の格好したい!手伝って!」

 彼の名は エーギル 。潮流戦線に所属する従騎士である。年齢は不詳だが、おそらく10代前半程度ではないかと思われる。

「お前は何を言っているんだ?」

 至極当然の反応を示したラルフに対して、エーギルは嬉々とした表情で答える。

「ミョニムから聞いたんだけどさ、女の子が攫われる事件が起きてるんだろ? だから、俺が女の子の格好して護衛すれば一緒についていけるかな、って思ったわけ! どう!?」

 唐突なその提案に対して、ラルフが一瞬絶句していると、エーギルはそのまま捲し立てるように話し続ける。

「あくまで俺は護衛のためについて行きたいだけだから! 魔境ってことは危ないんだもんな?」

 その奇妙な熱意に押されつつも、ラルフは冷静にその提案を受け止める。

「女装して囮………、一理あるかもな」

 確かに、一般市民への被害を減らすという意味では、囮作戦自体は悪くない。問題は「女装したエーギル」に囮としての効果があるかどうかである。ラルフは改めてエーギルを凝視した。

(体格的にはリオと同じくらい。顔立ちも整っている。金と銀のオッドアイの印象が強いから、知り合いが見ればすぐにエーギルだと分かるだろうが、知らない者を欺く程度でいいなら、少し手を加えれば「それらしく」見せることは出来そうだな……)

 頭の中で一定のイメージを思い浮かべた上で、ラルフは鞄の中に入っている「身だしなみ用の小道具」を取り出しつつ、彼に似合いそうな装束のイメージを考え始める。もともとラルフは人を着飾るのが好きなので、ファッションセンスにも自信はあるらしい(女装は専門外だが)。

「とりあえず、相手の目的を探るための実験という意味でも、試してみる価値はあるだろう」

 ***

 小一時間後。

「うーん、やっぱさっきの方が似合ってたんじゃないか? いや待て、あえて差し色を入れて……、よし、最高だ!」

 ラルフの努力の結果、彼の目の前には、一人の「金と銀のオッドアイの少女(年齢不詳)」が生まれた。ラルフは手鏡を「彼女」に渡す。

「おぉ〜! いいじゃん! ありがとな、ラルフ♪ 今日の俺は〜、……えっと、女の子の名前の方が良いよな! なんか考えて!」
「女の子の名前か。そうだな……、たとえば、ユ……」
「あ! 思いついた! 今日の俺は『カルタキアの港近くで生まれ育ったエマちゃん14歳』だ!かわいい!」
「……お、おぉ、そうか。うん、いいんじゃないか、それで」

 ラルフがどんな名前を考えていたのかは、永遠の謎である。

 ******

 この日の夜、「危険区画」の近辺の人通りは少なかった。事前にアヴェリアが町の衛兵達に事情を伝えたことで、噂話として「近付かない方がいい」という話が広まったのかもしれない。この状況に対して、北側の護衛を担当していたアヴェリア自身は複雑な心境であった。

(女の子が消されずに済むのはいいけど……、せっかく任務を通じてかわいい女の子と会って話せると思ってたのに……)

 微妙な表情を浮かべながらそんな想いを抱いている中、アヴェリアと同い年くらいの女性が彼女の前に現れる。黒髪で眼鏡をかけた、上品そうな顔立ちの(ギリギリ少女と呼べる程度の)女性であった。

「あの、すみません、この辺りの区画が閉鎖されていると聞いたのですが、その、私達の家はこの区画内でして……。今、仕事を終えて帰るところなのですが……」

 瞬時にして、アヴェリアの表情が一変する。

「そうなの!? それは危険ね! じゃあ、私がお家まで護衛してあげる! 危険だから、絶対に離れないでね!」
「あ、は、はい……。よろしくお願いします……」

 アヴェリアは彼女の真横にピッタリと張り付いた状態で、彼女と共に歩き始めた。周囲を警戒するようなフリをしながら、彼女の横顔を凝視している。

(はぁ……、かわいい……。やっぱり、こっち側の任務に就いてよかったぁ……)

 うっとりとそんな気分に浸っている中、唐突に背後から「女性の声」が聞こえてきた。

「問題。始祖君主(ファーストロード)レオンの仲間の一人で、エーラム魔法師協会の創設者となった魔法師と言えば、誰?」

 唐突なその声に対して、アヴェリアはナイフを構えて背後を振り向く。すると、そこにはぼんやりとした人影のようなものが見えるが、はっきりとその姿を認識は出来ない。一方、その前に隣りにいた女性が答えた。

「ミ……、ミケイロ!」
「正解。じゃあ、今夜のところは別の娘をあたることにするわ。またね」

 そう言い残すと、その「人影のような何か」は姿を消す。アヴェリアはまだ周囲を警戒しつつ、司書見習いの少女に声をかける。

「大丈夫? 何もされてない?」
「は、はい……。良かったです、簡単な問題で……」

 実は彼女はこの街の領主の書庫で司書の補佐役を務めている人物であり、ある程度の学問に通じている。この程度の歴史問題ならば、彼女にとっては常識であった。
 なお、この時、アヴェリアにも確かにその「声」は聞こえていたが、なぜかその声のトーンから、「自分」ではなく、「隣にいた彼女」だけに聞いているように思えた。果たして、彼女より自分の方が先に答えていたら、どうなっていたのか、この時点ではまだ判断がつかなかった。

 ******

 その頃、南側の警備を担当しているジルベルトもまた、人通りが少なくて暇を持て余していたのだが、そんな中、一人の少女(?)が彼の前に現れる。

「あ、悪いな、お嬢さん。今夜はちょっとここから先は危険だから、出来れば入らないで欲しい。どうしてもって言うなら、俺が護衛するけど」

 彼がそう言って止めようとしたところで、その少女はおもむろに「聖印」を掲げた。

「ぼく……、あ、えーっと、わたしは、『暁の牙』の鋼球走破隊に所属する従騎士で、 フォリア・アズリル と申します。例の行方不明の事件の解決のために、わたしが囮になって犯人をおびきだそうと思って、ここに来ました」
「あー、そうだったのか。うーん、でもまぁ、既に囮役はいるし、あんまり危険な任務に就く女の子を増やすのもなぁ……」
「ぼ……、わ、わたしは頑丈さには自信があるし、大体のことなら大丈夫ですよ」

 フォリアはそう語るが、ジルベルトにはどうにも不安に思えた。そんなところへ、また新たな人物が二人ほど現れる。一人はジルベルトがよく知る青年。もう一人は、よく知らない少女(?)であった。

「お、ラル! 来てくれたか……って、その娘は……、エーギル!?」
「なに言ってるの? 私は『カルタキアの港近くで生まれ育ったエマちゃん14歳』よ!」
「うーん、やっぱり、『目』でバレるな」

 「エマちゃん14歳」の横で、ラルフはそう呟く。なお、そう言っているラルフの左目もまた金色であり(潰れる前の右目の色は不明)、実はこのエーギルと「左右逆の組み合わせのオッドアイ」を持つ、エーギルとよく似た顔の従騎士がこのカルタキアにはいるのだが、彼とエーギルの関係は不明である。

「もしかして、エーギルも囮役のつもりで?」
「話が早いわね! まぁ、私は『カルタキアの港近くで生まれ育ったエマちゃん14歳』だけど!」
「まぁ、確かに似合ってはいるけど、囮が三人か……」

 ジルベルトは少し考えた上で、フォリアを見ながら告げる。

「じゃあ、とりあえず、オレとアンタでしばらくこの区画を歩き回ることにしよう。その間に、ラルとエーギルはここでオレの代わりに立って、女の子がこの先に入らないように見張っててくれ。で、しばらくしたらオレ達と交代する形で、今度はラルとエーギルが区画内を歩き回って調べる、っていう作戦でどうだ?」
「まぁ、私は本当に一人でも大丈夫なんですけど……、そこまでいうなら、お願いします」

 フォリアがそう答えると、ラルフも頷きながら答える。

「分かった。ただ、この辺りも危険区域には変わりないんだよな?」
「あぁ、だからエーギルも気をつけておけよ」
「分かったわ。私は『カルタキアの港近くで生まれ育ったエマちゃん14歳』だけどね」

 こうして、ひとまずジルベルトとフォリアは危険区画の内側へと向かって行くことになった。

 ******

 一方、司書見習いの少女を送り届けたアヴェリアは、ミョニム、ヴィクトルと合流して、一通りの事情を説明すると、ヴィクトルは深刻な表情を浮かべる。

「じゃあ、その『謎の声』は今もこの辺りにいるかもしれない、ってことか?」
「分からないけど、でも、別の誰かを狙うって言ってたから、もしかしたらミョニムさんを狙うんじゃないかな、って思って……」

 アヴェリアはそう返すが、それに対してミョニムは、アヴェリアの証言を分析した上で、別の可能性に思い至る。

「その『声』の主は、キミじゃなくて、その『司書見習いの人』にだけ話しかけてたんだよね?」
「少なくとも、私にはそう聞こえたわ」
「だとしたら……、本能的に『聖印の持ち主』は避けているのかもしれない。聖印の力を持たない、か弱い女の子だけを狙っているのかも……」

 もしこの仮説が正しいのだとすれば、ミョニムを囮とした作戦は意味を為さない。実際、行方不明になった少女は一般人ばかりであり、聖印の大小に関わらず、女君主の被害者という報告は聞いていない。
 ここで、彼女の憶測に基づいた上で、ヴィクトルがアヴェリアとミョニムに提案する。

「そういうことなら、一般人女性の警護に重点をおいた方が良さそうだな。アヴェリアは持ち場に戻って、引き続き警戒に当たってくれ。ジルベルトには、俺とミョニムが伝えに行く。それでいいか?」
「分かったわ」
「じゃあ、行きましょう」

 なお、この時点で既にジルベルトが「本来の持ち場」を離れていることを、彼等はまだ知らない。

 ******

「アンタのことは何があってもオレが守るからな。安心してくれよ、お嬢さん」

 暗い夜道の中、ジルベルトにそう言われたフォリアは、どこか気まずそうな顔を浮かべる。

「は、はい、よろしくお願いします……」

 その様子から、彼女と自分との間に微妙な「心の距離」があることを感じ取ったジルベルトは、彼女の緊張を解きほぐそうとして、雑談を始める。

「護衛の間何にも話さないってのも味気ねぇしな。オレの地元の話でもどうだ?」
「地元、ですか……」
「オレはシスティナの生まれでさ。実家は一応、貴族だったんだが、色々あって家を出て、下町の武器職人の家で住み込みで働いてたんだ。そこで出会ったのが、さっきのラルと、もう一人、コリーって奴だったんだけど……」

 そう言ってジルベルトは地元の話を軽く語りつつ、フォリアにも問いかける。

「アンタの話も聞かせてくれよ。オレが知りたいんだ、アンタのこと」
「『わたし』の、こと……」

 ここでフォリアは、明らかに動揺した表情を浮かべる。

(どこまで……? どこまでなら、話してもいい……? そもそも、『今のぼく』にとっての地元って、どこだ……? あ、いや、駄目だ、こういうコトを考え始めたら、また……)

 ここで、フォリアの顔が微妙に苦痛に歪み始めているように見えたジルベルトは、すぐに会話の流れを軌道修正する。

「もちろん、無理にとは言わない。今すぐでなくてもいい。ただ、アンタが、オレになら打ち明けてもいい、という気持ちになったら、いつでも話してほしい。俺はずっと待ってるから」 

 彼がそう告げたところで、唐突に後方から「謎の声」が聞こえてきた。

「問題。現在のノルドを支配する海洋王エーリクの父親の名前は?」

 既に微妙に心が乱れかけていたフォリアは、唐突な質問に困惑する。

(え? えーっと、誰だっけ? ビョルン? オーロフ? あ、いや、そもそも、ここは相手の正体をしるために、あえて間違えた方がいいのか?)

 一方、ジルベルトがその「声がした方」を向くと、そこには「人影のような何か」が存在するように見える。

「何者だ!?」

 ジルベルトは、他の仲間にも聞こえるよう、あえて大声で叫びつつ、フォリアを庇うように長剣を構えて立ちはだかる。

「私は今、その娘と話をしてるの。邪魔しないでね」

 「謎の声」はそう告げる。ジルベルトは人影に向かって踏み込もうかと考えるが、そもそも、この「影」自体が幻影である(本体が別の場所にいる)可能性を考えると、迂闊に自分がフォリアの傍を離れるのは危険なようにも思えた。
 そして、しばしの沈黙の後に、再び「謎の声」がフォリアに向かって話しかける。

「残念。時間切れよ。さぁ、あなたも私と一緒に……」

 「謎の声」がそう言った瞬間、「人影のような何か」はジルベルトの視界から消えると同時に反対側に回り込み、フォリアを包み込むように覆いかぶさろうとするが、ここで「謎の影」はフォリアの身体から「嫌な気配」を感じ取る。

「これは……?」

 その声と同時に影はフォリアから離れ、そして闇の空間に「帽子をかぶった黒衣の女性」(下図)の姿で具現化した。
+ 帽子をかぶった黒衣の女性

(出典:『ナイトウィザード the 2nd Edition』277頁)

「あなた……、『ウィザード』だったのね」

 その単語を聞いた瞬間、フォリアは露骨に狼狽する(なお、「ウィザード」とは、「この世界」においては複数系統の魔法を操る魔法師のことを指す言葉であるが、「彼女の世界」では全く別の意味になる)。

「な、ななな、何を言ってるの? わたしは……、『ワタシ』は……」
「そうだぜ! このカルタキアに魔法師はいない! アンタ、知識を問う怪異だと聞いてたが、そんなコトも知らないのか?」

 横からジルベルトが挑発するような声でそう叫ぶと、その「謎の女性」は淡々と答える。

「あぁ、そうか。この世界では『強すぎるプラーナの持ち主』には、別の呼び名があるんだったわね。ロード? アーティスト? まぁ、どっちでもいいわ」

 彼女がそんな意味不明なことを語っている間に、北側からはミョニムとヴィクトルが、そして南側からはエーギルとラルフが、先刻のジルベルトの大声に反応して駆けつけた。

「ちょっと、どうしてフォリアちゃんを狙ったの!? 狙うなら、わたしを狙いなさいよ!」

 「エマちゃん14歳」がそう叫んだのに対し、黒衣の女性は淡々と答える。

「私はね、『怯えた女の子のプラーナ』が欲しいの。あなた(エーギル)も、あなた(ミョニム)も、私の噂に対して、全然怖がってるようには見えなかった。でも、その子だけは、明らかに『何か』に怯えていたわ。それが何に対して怯えていたのかは知らないけど、とにかく心が不安定だったわ。だから、『美味しそう』に見えたのよ」

 彼女が言うところの「プラーナ」という言葉の意味はさっぱり分からないが、確かにフォリアには、自分の中の「少女としての精神」が他の従騎士達よりも不安定だと言われることへの心当たりはある。だが、その理由は誰にも話せない。

「だけど、その『心の脆さ』には似つかわしくないくらい、『プラーナ』が強すぎるのよね。正直、今の私が食べたら、胃もたれしそう。だから、あなたもいらないわ」

 薄ら笑いを浮かべながら黒衣の女性がそう呟くと、突然、フォリアの表情が一変した。

「ナニ好き勝手言ってくれちゃってんのよ!」

 フォリアは、先刻までの困惑していた彼女とは全く別人のようなオーラを放ちながら、護身用の護手鈎を掲げて斬りかかる。

「ワタシはウィザードでも魔法師でもない! あんな奴等と一緒にするな! 滅べ混沌ッ!」

 だが、その叫び共に振り下ろした護手鈎は、その黒衣の女性に届く前に、彼女の前に現れた一体のガーゴイルによって阻まれる。

「な……、一体、どこから……!?」

 突然のことに困惑したフォリアが、その衝撃で正気(?)に戻ったような表情を浮かべる中、そのガーゴイルに対して側面からラルフが殴りかかり、それをかわそうとしたガーゴイルに対して、反対側から踏み込んだジルベルトが長剣で斬りつけた。その一撃でガーゴイルは奇声を上げながら悶え苦しむ。

「っは、どうした?その程度かよ、投影体さんよ!」

 ジルベルトがそう言ってガーゴイルを挑発している間に、ミョニムは空に向かって火矢を放つことでこの地で危険が起きていることを周囲に知らせ、それと同時にヴィクトルの槍とエーギルの大剣が黒衣の女性に向かって突き立てられるが、彼女はそれをギリギリのタイミングでかわした上で、その場にもう一体のガーゴイルを召喚する。

「言ったでしょ! 私はあなた達には用はないの! もう邪魔しないでね!」

 そう言って、黒衣の女性は闇の中へと消えていく。後を追おうとした従騎士達の前に立ちはだかった二体のガーゴイルは、火矢を見て駆けつけたアヴェリアの助力も得た上で撃退に成功したが、女性の姿は見失ってしまった。ただ、この日は誰一人として「新たな行方不明者」が発生することはなかった。

 ******

「……まったく、冗談じゃないわ! どこの世界にも、恐れ知らずの面倒な連中ってのはいるものなのね」

 「黒衣の女性」はそう呟きつつ、町外れの小さな公園の泉へと辿り着くと、その水面に「紅い月」が映り、そして『異空間への門』が開くと、彼女はその泉の中へと消えていく。そんな彼女の姿を密かに注視する二対の瞳があった。

「あれって……」
「間違いないですね」

 コルネリオとエルダである。二人は諸々の調査の末に、この公園の近辺が「紅い月」の出現場所として怪しいと予測した上で、この日の夜も調査を続けていたのだが、つい先刻、エルダがこの泉の方角から混沌の気配を感じ取り、そのまま二人で張り込み続けていたのである。

「おそらく、先程私が感じたのは、あの『門』が開いた時の気配だったのでしょう。そして『彼女』はそこから現れた上で、今、戻って来て、再び『門』を開いた。つまり……」
「この泉が、魔境の中核!」

 二人はそう確信する。実際、門が開かれた瞬間、その奥からは激しい瘴気が漂っていた。おそらくはそれこそが混沌核の気配であり、そしておそらく、それを浄化するだけの力が今の自分達にはないことも分かっていた。
 だが、彼等の尽力により、新たな犠牲者を出さないまま、この「不定形な魔境」の正体は突き止められた。これは、この町の治安を守る上で、紛れもなく大きな進展であった。

☆今回の合計達成値:125/100
 →次回「魔境討伐クエスト( BC )」発生確定、その達成値に12点加算

CA「機械仕掛けの侵略者」

 カルタキア近辺に出現する魔境の住人達は、しばしば魔境の外を出て、カルタキアの市街にまで直接的な攻撃を仕掛けてくることがある。純粋な狩猟本能から人間を襲おうとする者、異界に投影されたが故の錯乱状態から暴れまわる者、あるいは明確に理性を有した上で自分達の生活領域を広げるために侵略行動をおこなう者など、その目的は様々である。
 そして最近、カルタキアの近辺に「22世紀の地球」と呼ばれる超高度文明世界から投影された「鋼鉄の怪物」が散発的に出現するようになった。過去の記録によれば、彼等は何者かによって「全ての人間の抹殺」を命じられた存在らしく、ほぼ自我というものを持たない存在らしい。単体ではそこまでの脅威ではないが、彼等の出現頻度は徐々に上がりつつあり、まもなく市街に対して大規模な集団進行が発生するのではないか、というのが、過去の彼等の行動パターンから類推された予測らしい。

「要は『一切交渉の余地のない相手』ってこったな。わっかりやすくていいじゃねーか」

 傭兵団「暁の牙」の一分隊である「鋼球走破隊」を率いるタウロス(下図)は、心底楽しそうな笑顔を浮かべながら、そう語る。彼は「暴牛」の異名を持ち、頭部には「投影体の末裔」であることを示す二本の角がある(ただし、片方は折れている)が、れっきとした君主である。
+ タウロス
 ここはカルタキアの駐留軍達による合同軍議室であり、この鋼鉄の怪物達を迎撃するための軍議として、各部隊の指揮官達が集まっていた。この日の議事進行役は、エーラム魔法師協会からの依頼でこの地に赴いたヴァーミリオン騎士団の団長アストライア11世(下図)が務めている。「アストライア」とは元来は女性名だが、同騎士団の団長は男女にかかわらずこの名を襲名するのが慣習であり、この11代目の団長は「極東出身の剣術の達人」という情報以外は何も知られていない、年齢も性別も不詳の人物であった。
+ アストライア

「ええ。それに、民間人を人質に取るなどといった厄介な手法を用いず、ただ本能的に目の前の敵を倒すことしか考えられない者達らしいので、ある意味、与し易い相手とも言えるでしょう」
「なるほど、つまりはオレと同じだな。そいつは楽しみだ」

 自嘲でも自虐でもなく、純粋に状況を楽しんでいるような口調でタウロスがそう語る一方で、僅か13歳にして聖印教会系の独立武装集団「星屑十字軍」の総帥を務める(そして現在のカルタキア内で最大規模の聖印を有する)レオノール・ロメオ(下図)は、やや懸念を抱えたような表情で呟く。
+ レオノール

「でも、目的が単純化された統一集団ということは、おそらく統率は取れてるんだろう。それに対して、僕等はあくまでも寄せ集めの集団。まだ互いの戦力のことすらよく分かっていない。その意味でも、油断は禁物だね」

 更に言えば、現在カルタキアに駐留する異邦人達のうち、ハルーシア人、ダルタニア人、ハマーン人、システィナ人は、かつてはいずれも幻想詩連合に所属もしくは友好的な立場であったが、現在はそれぞれに異なる陣営で相争う関係にある(なお、現在の潮流戦線に関して言えば、生粋のダルタニア人よりも、元々大工房道営に所属していた国からの一時的な随行者の方が多い)。あくまでカルタキアでは「お国の事情」とは無関係な「義勇兵」としての立場での参戦ではあるが、従騎士達の中にはそれぞれに「割り切れない思い」もあることが予想される以上、そのわだかまりが連携の足並みを乱す可能性は否定出来ない。
 また、そんな国家間の対立以上に根深い争点を孕んでいるのが、星屑十字軍とヴァーミリオン騎士団の関係である。前者の母体である聖印教会が混沌の有効利用に対して否定的であるのに対し、後者はエーラム魔法師協会と友好関係にあるため、立場的にはいつ衝突してもおかしくない。レオノールがあくまでも「人と人の争いは避ける」ということを(「混沌の殲滅」と同等以上に)重視する立場であるため、今のところ対立は表面化していないが、従騎士達の一人一人の本音は不明である。
 そんな微妙な関係にあるレオノールからのその懸念に対して、アストライアはこう告げた。

「実はその点に関してですが、我が騎士団の従騎士達から、今回の防衛戦の全体の方針に関して提案がありました。彼等が言うには、他軍の従騎士の人々とも相談した上での提案だそうです」

 アストライア曰く、彼等が提示したのは、迎撃に際しての地形利用に関する諸案と、部隊全体の役割分担に関する概案(部隊を大きく前衛と後衛に分け、前衛は敵の足止めと可能な限りの殲滅、後衛は支援および敵の弱点看破を担当するという編成案)らしい。その説明を一通り聞いた上で、再びタウロスが口を開く。

「なるほどな。まぁ、いいんじゃねーか? 『このカルタキアでは、所属や立場を気にせず適材適所で任務にあたる』ってのが、ここの領主様の方針だし、俺達もその前提であいつらを連れて来てる以上、考えるのが得意な連中がいるなら、そいつらの案を採用してやればいいだろ。それで上手くいかない時は、俺達が力ずくで状況をひっくり返せばいいだけの話だ」

 タウロスの中には「たとえ従騎士主導の作戦が失敗しても、大抵の状況であれば、自分一人でどうとでも戦線を立て直せる」という自負がある。逆に言えば、それでもどうにもならない時は、潔く戦場で笑って死ねばいい、と割り切っていた。
 彼のこの主張は極めて楽観的かつ無責任だが、実は大枠のレベルでは他の遠征軍の指揮官達の認識も大差ない。彼等は今回のカルタキア遠征を「従騎士達を育成するための場」として考えている以上、彼等一人一人が「人々を導く君主」として自立するために、陣営の枠を超えて自分の才を生かせる場所を自分で見つけようとする姿勢は好ましいと考えており、可能な限り彼等の自主性を重んじるべき、という方針は共有していた。

「ジーベン殿も、それでよろしいですか?」

 これまでずっと黙っていたダルタニアの遊撃師団「潮流戦線」の師団長であるジーベン・ポルトス(下図)に対してアストライアが問いかけると、ジーベンは静かに頷く。
+ ジーベン

「異論はない。ただ、戦場は生き物だ。計画通りにいかないこともある。その時は、俺は俺の判断で、その時点における最善の道を選ぶ」

 彼は若くしてダルタニア内でも指折りの実力者として知られている剣士であり、これまで幾多の戦場を、己の直感と直観を頼りに臨機応変に戦い抜いてきた人物でもある。戦士としてのその生き方だけは、この多国籍軍においても変える気はなかった。

「まぁ、それは仕方ないですね。どちらにせよ『この地』では戦場での情報共有に限界がある以上、独自の判断で動かなければならなくなることもあるでしょうし。一応、我が騎士団には騎乗に長けた者もいるので、少しでもその機動力を活かして円滑な情報伝達には務めるつもりですが」

 アストライアは若干歯切れの悪い口調でそう答える。その言葉の裏には、このカルタキアでは(なぜか)「魔法師によるタクト通信」が使えないことが暗喩されているのだが、さすがにレオノールの前でその単語を口にする訳にもいかない(ついでに言えば、ジーベン自身がどうかは不明だが、今のダルタニア太守もまた「魔法師嫌い」で知られている)。レオノールもその意図は分かった上で、あえてその発言を深く掘り下げはしなかった。
 その後、細部についてこの四人の指揮官の間で確認した上で、「四人の連名」という形で、今回の防衛作戦に関わる者達全体にこの方針が提示されることになった。

 ******

 その頃、星屑十字軍の一員である16歳の従騎士 コルム・ドハーティ は、数日ぶりに訓練場へと向かっていた。彼は先日、この訓練場で他陣営の従騎士との鍛錬の際に深手を負い、しばらく療養していたのである。そして練習用の武器庫に入った瞬間、訓練場内の人々の緊張感が以前よりも高まっていることに気付いた彼は、そこで見かけた一つ年下の同僚である リュディガー・グランツ に問いかける。

「同胞リュディガー、何かあったのですか?」
「あぁ、コルム君。もうすぐ、地球からの投影体の大軍がこの街に近付きつつあるようで、それで皆、少しピリピリしているみたいです」

 リュディガーは眉間にシワを寄せた表情でそう答える。と言っても、彼自身はそこまでピリピリしている訳でもなければ、不機嫌な訳でもない。リュディガーはもともと、成長痛を常時抱え込んでいる体質のため、基本的にいつも表情が強張っているだけである。
 一方、そんな彼とは対象的に、日頃は穏やかな笑顔を浮かべていることが多いコルムは、その話を聞いた瞬間、リュディガー以上に強張った表情へと一変する。

「あの忌々しい投影体どもはやはりこの地でも、無辜の人々を傷つけるのか……。同胞リュディガー、総帥殿は今どこに?」
「確か、今日は合同軍議室で他の指揮官の方々との相談に臨むと仰られていたような……」

 それを聞いたコルムが黙って訓練場から去ろうとすると、リュディガーはその彼の後姿から何か嫌な予感を感じ取り、そのまま彼の後を追うことにした。 

 ***

 二人が合同軍議室に到着すると、ちょうど会議を終えたばかりのレオノールと遭遇する。

「総帥殿!」
「あぁ、コルム。訓練場で怪我を負ったと聞いたけど、もう大丈夫なのかい?」
「はい! ですから、小職も今回の迎撃戦に加えて下さい!」

 コルムがそう熱弁すると、レオノールはじっくりとコルムの様子を凝視する。

「確かに、もう武器を持って戦える程度には回復しているみたいだし、戦力が一人でも多い方がいいことは間違いない。ただ、まだ病み上がりで本調子ではないだろうから、戦いの最中で身体に少しでも異変を感じたら、すぐに後衛に退くこと。それが、参戦の条件だ」
「分かりました! 全身全霊を以って、投影体を殲滅します!」

 決意に満ちた笑顔でそう答えたコルムを目の当たりにしたレオノールは、果たして本当に自分の意図が伝わっているのか若干心配ではあったが、先刻の軍議の内容を改めて思い返した上で、あえてコルムの意志を優先することにした。コルム自身の成長のためにも、ここは彼が(他人に止められる前に)自分で自分の限界を理解出来るようになる必要があるだろう、とレオノールは考えていたのである。
 そんな総帥の思惑に気付いていたのか否かは不明だが、リュディガーは(平常通りに顔をしかめながらも)心配そうな様子で声をかける。

「コルム君、無理はしないように……は、余計なお世話ですね。ご武運を」

 本音では「無茶しないで欲しい」という気持ちを抱きつつ、リュディガーはそう告げた。おそらく、今はそれ以外の言葉はコルムには届かないということは、彼にも分かっていたのだろう。

 ******

 一方、そのコルムに数日前の訓練場で深手を負わせた張本人は、涼し気な笑顔を浮かべながら一枚の銅貨を握りしめつつ、今の彼にとっての「仮の主君」であるジーベンの元を訪れていた。
 彼の名は、 アイザック・ハーウッド 。色素が薄めの長い金髪をたなびかせ、眼鏡をかけた18歳の青年であり、現在の潮流戦線を構成する外来の従騎士達の一員である。大商人の次男坊として生まれた後、貴族家に婿入りすることで君主としての道を歩むことになった人物だが、その詳細な経歴について知る者はいない。

「私も今回、この街の防衛作戦に参加させて頂きたく存じます」

 その手の中に銅貨を握りしめたまま、彼はジーベンにそう告げた。ジーベンもまた、先刻の軍議の話を思い出しながら、ふと問いかける。

「お前の得物は、弓だったな?」
「はい」
「この防衛戦が、自分の才を活かす上で最適だと思ったのか?」
「それは、分かりません」
「では、自分の才を伸ばす上で必要だと考えたのか?」
「いえ、そういう訳でもありません」
「ならば、何のために志願した?」

 ジーベンのその問いに対して、アイザックは手にしていた銅貨を彼に見せる。

「コインが、そう告げたので」

 彼はつい先刻、他の従騎士達との食事の最中に「どこの任務に当たるのか」と聞かれて、その場でコイントスをおこない、防衛作戦への参加を決めたのである。

「そうか。お前自身の判断で『コイン』に身を委ねたというならば、好きにすればいい」

 ジーベンは淡々とそう告げる。実際のところ、ジーベンも従騎士達の一人一人の動機にそれほど深い関心がある訳ではない。「君主には自分で判断する能力が必要」という見解についてはジーベンも他の君主達と大差ないが、「後進を育てる」という意識は、そこまで高くはない。ましてやアイザックはダルタニア人ではない以上、自ら率先して育てる義理も守る義理もなかった。

(育つ奴は勝手に育つ。天に運命を委ねたところで、結局、生き延びるかどうかは自分次第。それが戦場というものだ)

 指揮官がそんな感慨を抱いている一方で、アイザックが何を考えていたかは分からない。ただ、彼は黙って笑顔で銅貨を弄んでいた。
 すると、そこへ今度は別の従騎士が面会を申し出てきた。その従騎士の名は、 エイミー・ブラックウェル 。短めの金髪と緑の瞳を持つ彼女はアイザックと同郷の外来組の一人であり、彼の故郷を治める領主家の娘にして、アイザックの婚約者でもある(歳は彼の二つ下)。
 彼女表情を見た瞬間、ジーベンはすぐにその意図を察する。

「お前も、防衛戦への参戦希望か?」
「はい」
「お前の得物は、突剣だったな?」
「はい。しかし、今回は『聖印の力』を用いた陽動役を担わせて頂こうかと考えています」
「ほう?」
「今回の敵軍を構成している投影体達は、単体ではさほど脅威ではないと言うことですので、各個撃破するのが良いかと思われます。私は、集まった敵を分散させ、戦力を一箇所に集中させないよう撹乱する役目を担う所存です」

 君主の中には、聖印から「聖弾」と呼ばれる光の弾丸を生み出して戦う者達もいるが、まだ見習い程度の力しか持たないエイミーには、そのような技術は備わっていない。だが、敵を倒せれる程の弾丸ではなくとも、敵の目を引く程度の疑似聖弾のような聖光を生み出すことによって、敵を撹乱することは出来るだろう、と彼女は考えたらしい。

(聖印を実戦に用いるのは初めてです。先ずは練習通りに動くことを第一としましょう。……余裕があれば他の方々の戦い方も拝見して学びを得たい所ですが、どれ程苦戦するかも分かりませんし、油断は大敵ですからね)

 そんな思惑を内心で抱いている彼女に対して、ジーベンは短く答える。

「分かった。やってみろ」
「はい。ありがとうございます」

 そう言って頭を下げた後、エイミーは隣にいる婚約者に視線を向ける。そして二人は意味深な笑顔を交わした後、ジーベンの元から去って行くのであった。

 ******

 数日、カルタキアに対して、大量の機械兵団が襲来した。彼等の大半を構成しているのは、人間の全身骨格のような形状の機械人形と、黒い霧をまとった(ティル・ナ・ノーグ界の妖精ブラックドッグによく似た)機械獣である。
 それに対して、カルタキアの従騎士達がそれぞれの武器を身構えて応戦の準備をする中、真っ先にタウロスがフレイル状のモーニングスターを手に単騎特攻していった。

「さぁ! 景気良く行こうか!」

 彼はそう叫びながら、鋼球を振り回しながら機械兵団を弾き飛ばしつつ、敵陣の奥へと踏み込んでいく。それに対して、タウロスの近くにいた機械兵団は当然のごとく彼に向かって襲いかかるが、大半の機械人形と機械獣は進軍は止めずにそのままカルタキアへと向かって前進を続けた。

(陣内に敵が入り込んでも進軍を止めないってことは、この集団の中に「守るべき指揮官」がいないのか、それとも「守る必要もないくらい強大な指揮官」がいるのか……)

 タウロスとしては、自分が敵陣の奥深くへと侵入すれば全体の足並みが止まるかもしれないと考えた上での撹乱役のつもりだったのだが、一応、後者の可能性もあると考えた上で、そのまま敵軍に囲まれた状態で暴れ続けることにした。
 これに対して、彼の傘下の鋼球走破隊の隊員達のうち、何人かは彼に随行しようとしたものの、誰も彼の突進力についていくことは出来ず、気付いたら隊長との間に幾重もの敵兵による「壁」が出来てしまっていた。とはいえ、これは彼等にとっては「いつものこと」である。

「仕方がない。我々は後方の防衛設備の補修に回ろう!」

 タウロスの従属君主の一人である アルエット は、周囲の仲間隊にそう告げた。実際のところ、タウロスの持つ「マローダー」の聖印の特性を考えれば、乱戦時には彼の周囲に味方がいない方が彼にとっても戦いやすい、ということはアルエット達も分かっている。そしてタウロスも今回の戦いの直前に、彼女達に対しては「お前らはお前らで、自分の力を活かせる場所で、それぞれ勝手に頑張ればいい」と告げていた。

「隊長から離れていても、我々の生死は従属聖印を通じて隊長が判断出来る。ここは全体の方針に従い、迎撃戦において有利な地形を確保することを優先することにする!」

 彼女のその言葉に他の隊員達も同意し、ひとまず彼女達は後方へと下がることになる。

 ******

 一方、タウロスと同様に前線での撹乱役として、愛馬『アクチュエル』に騎乗して駆け出したヴァーミリオン騎士団の アレシア・エルス は、全身鎧を着込んだ状態で機械兵達を相手に馬乗槍を用いて立ち回ることで、彼等の視線を自分に向けさせながら、少しずつその進軍先を、防衛側にとって地形的に有利な方角へと誘導していく役割を担っていた。
 アレシアは、現在カルタキアに集まっている従騎士達の中でも年長組に相当する23歳の(日頃は頭部までフルヘルムで覆われているので分かりにくいが)女騎士であり、前述の作戦をアストライアに提案した従騎士達の一人でもある。

(少しでも多くの敵を、向こう側に設置した泥濘地帯に誘導しなければ……)

 そんなアレシアの気迫がより多くの敵兵を彼女の周囲へと集めることになる。それ自体は目論見通りだったのだが、予想していたよりも敵の数が多かったこともあり、気付いた時には彼女の周囲が完全に包囲され、機動力を封じられる状態になってしまっていた。彼女は槍を構えて強行突破を試みるが、鋼鉄で覆われた敵兵の身体を弾き飛ばすには、既に包囲されて助走もつけられないこの状態では難しい。

(しまった、さすがに単騎特攻しすぎたか……)

 タウロスのような特殊な聖印の持ち主でもない限り、集団戦において単身での戦いには限界がある。そんな彼女が苦境に立たされている中、後方から光の波動が飛び込んできた。

「これは……、聖弾!?」

 アレシアがそう叫んで光の発生源を見ると、そこにはエイミーが立っていた。彼女が放った疑似的な聖弾の印は機械兵に直撃し、彼女はそのまま続けざまに同じような光を次々と放っていく。そこには、本物の(いわゆる「パニッシャー」と呼ばれる君主達が用いる)聖弾とは比べ物にならない程微弱な熱量しか込められておらず、まともに攻撃として機能しているように見えなかったが、なぜか機械人形達は明らかにその光を異様に嫌い、錯乱してそのまま散開する。
 その瞬間を突いてアレシアは包囲網を突破し、窮地を脱する。そして彼女の中で、一つの仮説が浮かび上がった。

(もしかして、彼等は「熱」が苦手なのでは……?)

 アレシアのこの仮説が正しければ、彼等と戦うにしても、誘導するにしても、有効な手段となりうる。しかし、今のアレシアには聖印で光や炎を生み出すことは出来ず、火矢などを用意している訳でもない。ひとまずこの情報を本陣に持ち帰るべきか、と考えたところで、視界の先で、エイミーに対して黒い霧を纏った機械獣が襲いかかろうとしていた。機械人形とは対照的に、機械獣の方は彼女の疑似聖弾を恐れている様子はない。
 エイミーは即座に突剣で対応しようとするが、あくまでも護身用程度にしか剣技を嗜んでいない彼女の突剣は空を切り、逆に機械獣の牙が彼女の腕を貫く。その直後、エイミーは激しい痛みに表情を歪ませると同時に、ある違和感に気付く。

「う、腕が、動かない……?」

 どうやらこの機械獣の牙には、噛まれた者の身体を麻痺させる力が宿っているらしい。そんな彼女に対して、機械獣は更に追撃を加えようとするが、その直前に横から割り込んだアレシアの馬乗槍によって、機械獣は弾き飛ばされた。

「……すみません、助けられました」
「こちらこそ、さっきの光弾には助けられた。とりあえず、その腕で前線にいるのは厳しいだろうから、乗って!」

 アレシアはそう言って、エイミーの「怪我をしていない方の腕」を握り、そのまま馬上へと引き上げる。そして、ここまでの誘導作戦を通じて一定数の敵軍を(事前に設置していた)「泥濘地帯」の方角へと向かわせることが出来たのを確認した上で、ひとまず負傷したエイミーを乗せた状態のまま、本陣へと帰還するのであった。

 ******

 先陣であったアレシア達による撹乱と、後方へと下がったアルエット達によって補修された防壁等による実質的な誘導もあって、彼等の思惑通り、機械兵団の一部は「泥濘地帯」へと足を踏み入れることになる。機械の身体を持つ彼等にとって、この地盤は機動力を封じられる上に、身体に不純物が入り込むことによって、微妙な不具合を発生させることになった。そんな特殊な戦場の中、アレシアと共にこの計画を立案した従騎士達が、彼等の迎撃に当たっていた。

「ギルフォード流わらしべ盾術奥義!『デュークホームラン』!!」

 アレシアと同じくヴァーミリオン騎士団に所属する15才の少女 アルス・ギルフォード は、巨大な盾を(庭園球技で用いるラケットのように)横に振り回すことで、目の前にいた機械兵の一人を吹き飛ばした。なお、「ギルフォード流わらしべ盾術」とは、彼女が邪紋使いの父から習得した、盾を用いた特殊な戦闘術である(なお、彼女の中ではまだ未完成の状態らしい)。
 アルスはアレシアの役割を引き継ぐ形で最前線に立ち、盾を使って敵の進路を妨害しつつ、その盾を武器としても用いることで敵を威嚇し、後退させていく。彼女は事前にアレシア達と交わした打ち合わせ通りに、着実に足止め役としての任務を果たしていた。
 そこから少し離れた戦場では、この泥濘地帯作作戦の直接的な立案者である スーノ・ヴァレンスエラ が、太陽と月の紋が掘られた二本の長剣を両順手で構えた上で機械兵を相手に立ち回っていた。彼はハルーシアの小領主の御曹司であり、君主としての研鑽を積むために、同国が誇る巨大軍艦「金剛不壊」の搭乗員の一員として今回の遠征に加わることになった、アルスと同じ15歳の少年である。また、彼は銀色の右目と金色の左目が印象的な風貌であり、彼とほぼ同じ顔の人物が潮流戦線にいるが、その関係を知る者は誰もいない。
 スーノは二本の長剣を用いて、機械兵達の鋼鉄の装甲で覆われた身体の接合部分を切り割こうと試みるが、まだ二刀流としての技法を確立出来ていない今の技量では、さすがにそう簡単にはいかない。

「やはり、明確な弱点を明らかにするまでは、凌ぐのが精一杯だな……」

 スーノはそう呟きつつも、双剣による絶え間ない連続攻撃によって、着実に敵の戦力を削ってはいる。ただ、あくまでも「守り」に重点を置いているアルスとは対象的に、明らかに防御を捨てた攻め一辺倒の姿勢のため、その戦い方にはどこか危うさが伴っているようにも思えた。
 そんな中、スーノの死角に発生した黒い霧の中から発生した一匹の機械獣が彼に向かって襲いかかろうとするが、その牙が届くよりも先に、両者の間に一人の従騎士が割って入った。

「ここは通さねえぞ」

 第六投石船団所属の18歳の従騎士 ツァイス である。彼もまた、この作戦の共同提案者の一人であった。隻眼故に常人よりも視野が狭い筈なのだが、それでも彼は直感的に仲間の危機を察して、即座にスーノの背後に回り込み、盾でその機械獣の攻撃を完全に受け止めた上で、もう片方の手でその機械獣を転倒させる。

「すまない! 助かった!」

 スーノがそう言ったのに対し、ツァイスが何か返そうとするが、その前にアルスが叫ぶ。

「皆さん、あそこに、新たな敵が!」

 彼女がそう言って指差した先から、人間の倍近い背丈の、巨大な棍棒を持った二足歩行型の機械人形が近付いてくるのが見える。それは、これまで戦ってきた機械人形や機械獣よりも明らかに強大な敵である。

「ニンゲン、カクニン。キケンド、タカイ」
「「「しゃべった!?」」」

 三人が同時に驚きの声を上げる。どうやら、一定の知性を持つ怪物のようである。

「オロカナ、ニンゲン、ミナゴロシ!」

 あまり賢くはなさそうな発言だが、その機械兵は周囲にいる他の従騎士達を次々とその棍棒で薙ぎ倒していく。足元が泥濘んでいるために歩みは遅いが、その機械人形は着実にスーノ達にいる方向へ向けて進軍していた。
 その棍棒の一撃を遠くから見ていたアルスとツァイスは、どちらも「自分の盾で防ぎきれるかは分からない」と思いつつも、ここで退く訳にはいかないとそれぞれの盾を構え、そしてスーノもまた、どうすればこの強大な敵を倒すための勝機を見出そうと、懸命にその巨体を凝視する。しかし、その大型機械人形が彼等の元へと届くよりも先に、彼等の後方から大量の火矢が放たれた。一瞬にして炎に包まれたその大型機械人形は、炎上した状態のまま悶え苦しみ始める。
 それは、アレシアとエイミーの報告を受けて急遽編成された、弓を得意とする従騎士達による一段であった。そして、アルス達の前にはアストライアが現れる。

「どうやら、火に弱いという情報は正しかったようだね」

 アストライアはそう呟きつつ、三人に代わって、悶え苦しむ大型機械人形の前に立ちはだかる。それに対して、大型機械人形が最後の力を振り絞ってアストライアに向かって突撃を開始するが、アストライアは細身の刀でその巨大な棍棒を受け止めると、直後にその大型機械人形は機能停止して、その姿が混沌核へと変わっていく。そして、他の機械兵達も火矢隊の第二射によって壊滅し、次々と混沌核と化していった。

「ありがとう、アルス。私が来るまで、そして火が弱点だと分かるまで時間稼ぎをしてくれた君達の勝利だよ」

 アストライアはそう告げて、火矢隊と共に別の戦場へと向かっていく。それと入れ替わりに、別の戦場の支援に回っていたアルエットがこの場に戻って来て、スーノに語りかける。

「作戦通りのようだな」
「あぁ、確かに、作戦自体は成功だ」

 スーノのその微妙な言い回しの裏に、何か思うところがあったのかどうかは分からないが、ひとまずアルエットは今の戦いで壊れた防壁部分を再補正することで、敵の第二陣の襲来に備えようとする。
 そこへ、一人の伝令役の少年が駆け込んできた。

「星屑十字軍のリュディガーです。こちらの戦場では、特に大きな異常はありませんか?」

 彼は、前線の各戦場間の情報共有のために、伝令としてひたすら各地を駆け巡っているらしい。アルス達が混沌核の浄化に回っていたこともあり、彼等に代わってアルエットがこの辺り一通りの現状と機械兵団の弱点について説明した上で、彼女はふとリュディガーに問いかけた。

「ところで、星屑十字軍と言っていたが、ニナというのは生きているか?」
「ニナさん、ですか? 彼女が配置されている本陣の治療班のところまでは敵の侵入は許していないので、大丈夫だとは思いますが、彼女が何か?」
「ワイス・ヴィミラニアが気にかけていた。それだけだ」

 そんな言葉を交わしつつ、リュディガーはレオノールの元へと向かうことになる。

 ******

 前衛と後衛の中間辺りの戦場で全体の様相を確認しながら慎重に行動していたレオノールの元に到着したリュディガーは、すぐさま重要情報を彼に伝える。

「レオさま! どうやら、あの機械兵団、特に人型の方は、熱が弱点のようです」
「なるほど……。そういうことなら、僕がもっと前に出るべきだね」

 この戦場にいる者達の中で、攻撃手段としての「聖弾」を生み出せるのはレオノールしかいない。当初、彼はあまり表には出ずに、なるべく従騎士達に経験を積ませることを優先するつもりだったが、そこまで明確な「相性」の差があるなら、無駄な犠牲を減らすためにも、もっと積極的に自分が敵を殲滅すべきという判断に至った上で、彼は心の中で自らの聖印に問いかけ、まずは「自分の従属聖印を持つ者達」がいる方角を確認する。

「一人だけ、突出して最前線に出ている仲間がいるね……」

 その発言を聞き、嫌な予感がしたリュディガーは、レオノールと共にその人物のいる方角へと向かうことにした。

 ***

 レオノールの向かおうとした先では、コルムが騎乗状態で機械兵団の群に突入し、馬上から長剣で機械人形達と斬り合っていた。その戦いぶりは、病み上がりとは思えぬほど勇猛果敢であったが、さすがに周囲を取り囲まれて機動力を封じられたこともあり、劣勢へと追い込まれていた。軽症とはいえ、既に身体に一定の傷も負っている。
 そして、レオノール達よりも先に、そんな彼の存在に気付いた人物がいた。潮流戦線のアイザックである。彼は後衛の一員として弓矢で友軍を支援していたのだが、そんなコルムの姿を見つけた瞬間、おもむろに銅貨を取り出す。

(さて、ここで私は彼に関心を抱くべきか否か……)

 そう言って彼はその銅貨を宙に投げ、手の甲で受け止める。そこに表示されていたのは「表面」だった。

 ***

 それから少し送れてレオノールがその戦場に到着すると、彼はコルムを取り囲んでいた機械人形達に向かって聖弾を連射し、機械人形達は次々と倒れていく。

「ありがとうございます、総帥殿!」

 コルムはレオノールに向かってそう叫んだ上で、開けた包囲を突破して、別の方面で展開する敵兵集団へと向かおうとする。だが、そこへ唐突に、側面から飛んできた一本の矢が彼の馬の足元へと突き刺さり、驚いた馬はその場で転倒し、コルムが地表へと投げ出された。

「コルム君!」

 リュディガーが叫びながら彼の元へと駆け寄る。そして次の瞬間、コルムが向かおうとしていた先に、激しい轟音と共に敵軍による砲撃が飛んできた。結果としてその弾丸は誰にも命中せずに終わったが、もしコルムがそのまま進んでいたら、おそらく直撃だっただろう。

(今のは、流れ矢? それとも……?)

 レオノールは矢の発射元が気になったが、まずはその前に敵の砲撃元を確認する方が先と判断し、前線に視線を向ける。すると、そこに「背中に巨大な迫撃砲を背負った大型の機械人形」がいるのを発見した彼は、すぐさま本気の力を込めた聖弾を叩き込み、それを直撃した機械人形は即座に後方へと撤退する。
 そして、コルム自身もコルムの馬も今の落馬と転倒で負傷したこともあり、リュディガーに付き添われる形で後方へと下がるよう、レオノールから命じられることになる。
 一方、後方からその「矢」を放った張本人は、その様子を涼し気な笑顔で眺めつつ、色素が薄めの長い金髪を揺らしながら、また別の戦場へと向かっていくのであった。

 ******

 前線から離れた防衛部隊の本陣では、次々と運ばれてくる負傷者達に対して、医療班が対応に追われていた。君主の中には、聖印の力で怪我人の傷を癒やすことが出来る者達もいるが、今の彼等にはまだそこまでの力がないため、一般的な治療キットを用いた止血や消毒などの措置が地道に施されている。
 そんな中、アレシアによって最前線から医務室へと運ばれたエイミーは、ヴェント・アウレオの アリア・レジーナ による治療を受けていた。アリアはエイミーと同じく貴族令嬢出身の従騎士であり(歳はアリアの方が一つ上)、施術時の手付きにもどこか優雅な気品を感じさせる。そんな彼女が海賊に身を窶しているのは、ヴェント・アウレオの首魁に対する個人的な思慕の感情故であった。
 アリアによる止血作業が終わった段階で、エイミーは包帯が巻かれた腕の動きを確認しながら、アリアに一礼する。

「ありがとうございます。これでまた前線に戻れそうです」

 エイミーがこの本陣に戻ってきてから、それなりに時間が経過している。彼女の場合、一時的な麻痺で身体の一部が動かなかったものの、傷自体は浅かったこともあり、他の重症患者が優先された結果、治療の順番が遅くなってしまったのである。エイミーとしては、その間に戦場がどうなっているのかが心配であった。
 その上で、エイミーはアリアに一つ、頼み事を持ちかける。

「ところで、先程の気付け薬、もう一度処方して頂けませんか? どうも、あまり効いていないみたいで……」

 気付け薬とは気力を回復させる薬であり、君主が聖印の力を使うことによって精神力をすり減らした際などに重宝される民間の処方薬である。エイミーは先刻、疑似聖弾を多用したことで心の力を使い果たしていたため、少しでもここで回復したいと思っていたらしい。
 だが、それに対してアリアは首を振る。

「ダメよ。というか、使っても意味がないわ。気付け薬は強引に気持ちを奮い立たせる効果はあるけど、そう何度も連続で使っても効果が出ないの。最低でも一日は間を開けないと」
「でも、それだと今の私では役に立てそうになくて……」
「だったら、おとなしくここで休んでいなさい。人間の心は、眠れば回復するように出来ているんだから」
「……分かりました」

 ひとまずエイミーが引き下がると、続いて今度はツァイスが、同僚の従騎士の片肩を担ぎながらアリアの元に現れた。

「あら、また会ったわね」

 アリアとツァイスは所属は異なるが、数日前に市場で一度邂逅したことがある。

「あぁ。すまんが、こいつを治療してやってくれ」

 そう言ってツァイスは連れてきた男をアリアの前に座らせる。彼は先刻の大型機械人形との戦いで弾き飛ばされた従騎士の一人であった(ちなみに、ツァイス自身は今回の戦いにおいて何度も身体を張って味方を守っていたにもかかわらず、かすり傷すら殆ど負っていない)。

「これは……、かなりの重傷ね。脇腹の骨が確実に何本か折れてるわ。とりあえず、応急措置はしておくけど、しばらくは絶対安静。いいわね?」

 アリアはあえて厳しい口調で患者達にそう告げた上で治療を開始するが、施術の途中で手元の包帯が残り少ないことに気付く。

「誰か! 追加の包帯がどこにあるか、教えなさい!」

 彼女のその声に対して、彼女と同様に医療要員として勤務していた星屑十字軍の ニナ・ブラン が、少し慌てた様子で答える。

「あ、えーっと、包帯なら、まだあそこの黄土色の箱の中にあったと思います……。持っていきましょうか?」
「お願いするわ」

 既に施術を始めてしまった以上、途中で止めたくなかったアリアがそう答えると、ニナは少しおぼつかない足取りながらも包帯を彼女に届ける。
 ニナはエイミーと同じ16歳であり、目や髪の色も同じだが、女性としては比較的高身長なエイミーとは対象的に小柄な体格で、同世代一般の女性と比べても、やや幼く見える。もともと内気な性格でおどおどした口調になりやすい性格だが、この日は初めての本格的な野戦病院での大量の怪我人達を目の当たりにして、いつも以上にあたふたしながら仕事に追われていた。そんなニナの元に、また新たな患者が届けられる。

「ニナ君、こちらのけが人を頼めますか?」

 その声の主はリュディガーである。そして、彼の隣にはコルムがいた。コルムの表情にはまだ余裕がありそうに見えるが、落馬時に背中を打ち付けられたこともあり、歩き方がやや不自然に見える。

「コルムさん! だ、大丈夫ですか?」
「心配ないですよ。うっかり手綱を握りそこねて、馬から落ちてしまっただけです」
「いや、落馬って、それは普通に重大事故ですよ。それに、他にも身体のあちこちに傷がついてるじゃないですか! 今処置するので、安静にしててください!」

 ニナはそう言いながら、大慌てでコルムの服を脱がすと、患部を確認し、手元の治療キットで応急処置を施していく。彼女はレオノールへの個人的な思想的共鳴から武装集団としての星屑十字軍の一員に加わってはいるものの、戦いは苦手で、もっぱら治療要員専門として活動してきた。それは、自分が直接前線に出ることへの恐怖心が拭えない彼女が、この集団の中で自分の存在価値を見出すために築き上げた「居場所」でもある。
 その居場所(存在意義)を守るために必死で医療を技術を磨いてきた甲斐あって、今の彼女の治療技術は同僚内の誰よりも高く、今のこの現状においても、表情や口調からは明らかに動揺している雰囲気を漂わせながらも、施術自体はテキパキとこなしていく。そんな彼女の様子を、コルムもリュディガーも感服した様子で見守っていた。

 ******

 一方、後方で戦況を確認していたヴァーミリオン騎士団の ハウメア・キュビワノ は、同僚のアレシアからの情報提供を踏まえた上で、それぞれの機械兵達ごとの「炎熱に対する抵抗力」の強さを確認していた。

「ふんふん……、どーやら、つーじょーサイズの機械にんぎょーとー、こんぼー持ってる機械にんぎょーはー、どっちも熱が苦手みたいだねー。でも、獣型はふつーの武器で殴った時とあんまり変わらないかなー。あと、あのはくげきほー背負ってる機械にんぎょーについてはー……、むしろ、ふつーの武器のほーが効いてるかもー?」

 彼女は魔法学校の学生から君主の道へと転向した身であり、その奇妙な喋り口調故に周囲からは奇異の目で見られることもあるが、あくまでも本人は真剣に戦況を分析している。
 そんな彼女の傍らには、金剛不壊の一員としてこのカルタキアに派遣された ウェーリー・フリード の姿があった。彼はもともと商家の出身であり、武芸の才には乏しかったが、軍略に関する知識だけは通じていたため、その才覚を買われて金剛不壊の艦長に勧誘され、このカルタキアに来た身である。
 当初のウェーリーの思惑としては、主に町の住民達の生活支援を手伝う業務に就こうと考えていたのだが、艦長から「お前は戦場にいないと働かない」と一蹴され、今回の防衛軍における中央本部に参謀補佐的な役割として派遣されることになった。面倒なことになったと思いながらも、彼は彼で少しでも味方の存在を減らすために、今の段階で採るべき策を考えている

「ハウメア君、ちょっと確認なんだけど、棍棒の機械人形と砲撃の機械人形は、どちらも他の機械兵に比べて数が少なく、おそらくは強力な機体だよね?」
「そーだねー」
「彼等は、敵軍の指揮官的な役割なのかな?」
「んー、違うと思うよー。別に他の機械にんぎょーが従ってるよーには見えないしー。多分、めーかくな指揮官はいないんじゃないかなー」
「ということは、一体一体が自律的に活動してる、ということかな?」
「多分ねー。ただ、ちせーの強さは違うっぽいかなー。なんとなく、あのはくげきほー持ってるのが、一番れーせーにこーどーしてるよーに見えるかもー」
「それは僕も同感だ。そういうことなら……」

 二人がそんな会話を交わしている中、いつの間にか二人の後方に現れていたジーベンが声をかける。

「それなら、その『知性のある敵』から倒せばいいのか?」

 この戦場における「切り札」として、ジーベンはしばらく本陣に残って様子を伺っていたが、そろそろ自分が出撃すべき頃合いかと考え始めたらしい。
 そして、自分の目の前に他陣営の指揮官が現れたことで、ハウメアの口調が一変する。

「わたしはそれが最適かと思われます。やはり飛び道具の存在は厄介ですし、彼等には安易な火計も通用しないので、ジーベン殿がそれらを各個撃破して頂ければ、全体としても非常に戦いやすくなるでしょう」

 この提言に対してジーベンが頷いたところで、ウェーリーが手を挙げる。

「あの、あくまで未熟な従騎士の愚考の一つしてお聞きいただきたいのですが……」
「なんだ?」
「『砲筒を背負った機械人形』を狙うのは良いと思います。ただ、出来ればその中の一体に関しては、破壊せずに留めておいてほしいのです」
「捕らえて尋問でもすれば、何か情報を吐く、とでも言うのか?」
「いえ、そこまでの知性があるとは思えません。しかし、あの機体だけは、自分が危機に陥った時に『後退する』という選択肢が取れるようなのです。つまり、ある程度破損させれば、砲筒型の機械人形は、自分達の本拠地へと帰還する可能性があるのではないかと」

 ウェーリーは、先刻のレオノールの聖弾を受けた砲筒型が後ろに下がった時の様子を遠眼鏡で確認していた。

「なるほど……。その後をつけて、敵の本拠地を探り当てる、ということか」

 カルタキアを襲撃中のこの機械兵団がどこから現れたのかについては、まだ確認が取れていない。これまでに襲撃してきた者達は、一切撤退せずに全滅するまで戦い続けたため、その足取りが探りにくかったのである。

「その上で、出来ればその追跡役は、ジーベン師団長御自身にお願いしたいのです」
「俺に、斥候役をやれと?」
「はい。もし仮に、この戦場が決着する前にその機体が撤退することになった場合でも、ジーベン師団長にはそのまま追跡して頂きたいです。敵の大半が火に弱いということが分かった時点で、既にこの戦場の大局は決しています。今の時点で優先すべきは、その次の戦い、すなわち、彼等の本拠地である魔境を殲滅するための下準備だと思うのです」
「その役回りが俺でなければならない理由は?」
「敵に気付かれないように調査するには、斥候要員は最少人数であるべきです。そして、敵の本拠地の実態は不明である以上、どんな強力な敵がいても着実に帰還出来るだけの戦闘力・機動力・判断力の持ち主でなければならない。そう考えれば、遊撃兵としての経験が豊富なジーベン師団長御一人に任せるのが最適ではないかと私は考えます」

 その判断自体には誰も異論はないだろう。アトラタン大陸においてはシャドウやミラージュといった邪紋使いが斥候役としては活躍することが多いが、実はカルタキアにおいては邪紋使いは希少種なのである。なぜなら、カルタキアの領主は出自に関係なく多くの者達に従属聖印を与えているため、あえて自分が混沌に呑まれる危険を犯してまで邪紋使いになろうとする者は少ない。そして、外来部隊に対する報酬が「混沌核を浄化して聖印を強化する権利」しかない(それを邪紋使いが横取りして吸収することが推奨されていない)以上、邪紋使い側にとっても、このカルタキアでの戦いに参加するメリットがほぼ無いのである。
 故に、このカルタキアでは純粋に個人戦闘力の高い者こそが斥候役に向いているというのは、確かに真理と言える。問題は、個人戦闘力として最強クラスの彼を、まだ戦いが終わった訳でもない今のこの段階で「次戦への布石」という役割に回して良いのか、ということである。

「……いいだろう。ただ、戦局が決したかどうかは、俺が実際に戦場に立ってみた上で判断する。俺が去っても問題ないと確信出来なければ、俺は最後までこの場に残る。それでいいな?」
「はい、その判断については、机上の戦略論を学んだだけの私の憶測よりも、ジーベン師団長の判断を優先すべきだと私も考えます」

 ウェーリーが恭しく礼をしながらそう告げると、ジーベンは曲刀を手に戦場へと赴く。

(あの男は確か、金剛不壊の一員だった筈……。その立場で、俺に対してあそこまで堂々と意見を言えるとは……。良い君主になりそうだ)

 それはジーベンにとっては「いずれ討ち取らねばならない相手」になるかもしれない、という意味でもある。もっとも、つい半年前までハルーシアが友邦だったことを考えれば、今の時点で将来のことを考えても仕方がない。ただ、いずれ「その時」が訪れたら、その時は真っ先に首を落とさねばならない相手の一人になるだろう、ということを彼は実感していた。

 ******

 その後。ハウメアによって解析された各部隊の詳細な弱点情報を、アレシアやリュディガーが改めて各部隊に伝えたことで、相手に応じてより効率の良い戦術を展開するようになった結果、敵陣は少しずつ着実に崩れていく。その様子を確認した上で、ジーベンはウェーリーの助言通りに砲筒型機械人形の一体をあえて半壊状態のまま放置し、そのまま撤退させた結果、最終的に彼等の発生場所となる魔境の位置を明らかにする。そしてジーベンが帰還した時には、既に機械兵団は一層され、戦いは防衛側の勝利に終わっていたのであった。

☆今回の合計達成値:169/100
 →次回「魔境探索クエスト( AD )」発生確定、その達成値に34点加算

DA「港の拡張工事」

 現在のカルタキアには、外来の七つの君主(従騎士)団が駐屯している。そのうち、金剛不壊、第六投石船団、ヴェント・アウレオに関しては、それぞれが「自前の船」でこの地に滞在し続けているため、必然的にカルタキアの港の一角を彼等の船が占領し続ける形になっており、実質的に港が手狭な状態となっていた。
 この状況を憂慮したこの三部隊の指揮官達は、カルタキアの現領主であるソフィア・バルカ(下図)に対して、自分達が手伝う形でカルタキアの港を拡張するという提案を示し、ソフィアもそれを快諾する。ここで彼等の力を借りて港を拡張しておけば、いずれ彼等が去った後も港町としてのカルタキアの利便性を高めるという意味で、この地の人々にとって大きな利益をもたらすことになるだろう、という思惑もあった。
+ ソフィア
 ソフィアがこの地の領主に就任したのは10年前なのだが(その時以来、なぜか彼女は「幼女」の姿から全く変わっていないのだが)、それ以前に存在していたカルタキアの街は、混沌災害によって一度半壊状態へと陥っている。そこから10年かけてようやく「普通の港町」程度にまで復興してきたこの街の住人達にとって、大陸からの来訪者達によって更なる発展がもたらされるのではないか、という期待は大きい。今回の港拡張工事は、そんな「カルタキアの新たな街作り」に向けての第一歩とも言える。
 そして、様々な者達から港の拡張案が提出される中、ひときわ多くの人々の目を引いたのは、金剛不壊の一員としてこの地を訪れた15歳の従騎士 ルイス・ウィルドール の企画書であった。ハルーシアの名門貴族出身である彼は、これまで祖国で多くの豪奢な建築物を目の当たりにしてきたが、今回はあくまで「対混沌戦の最前線の街」であることから、その知識は一旦封印した上で、実用性重視の計画案を提出した。

「私は、停泊する船の位置関係を考慮して港を作るべきだと思います」

 ソフィアを初めとするカルタキアの重鎮達を前にして、ルイスはそう提案した上で、想定しうる様々なバリエーションの建築プランの図を提示する。と言っても、その大半は「好ましくない例」としての提示であった。

「例えば、このような停泊位置で港を作ると、いざ敵対するとなったら、こちらの船は容易に海戦で言う丁字有利の形にもっていけます。これでは、敵対する意思など全くなかったにしても、相手側の印象は良くないでしょう。一方、こちらの図のような形にすると、それはそれで、こちら側に停泊している船にとっては……」

 ルイスはこのような形で「もし停泊した船同士が敵対することになったとしても、戦闘上の有利不利ができるだけ発生しないような港」を作る必要がある、ということをアピールした。現在のカルタキアには連合の船も条約の船も海賊も訪れており、自分達が去った後も、中立都市であるこの港には所属勢力を問わず来訪者が訪れる可能性が高いことを考えると、確かにそれは合理的な話である。そのことを前提とした上で、ルイスは最終的に「最も揉め事が発生する可能性が低そうな港建設案」を提示した。

「……えっと、どうでしょうか?」

 この説明に対して、街の住人達の一人から、やや不機嫌そうな発言が溢れた。

「あんた達は、戦争するためにこの街に来たのかい?」

 ルイスはあくまでも「最悪の場合に備えて」という前提の上での話だったのだが、その部分を強調して説明しすぎたせいで、どうやら意図が曲解されてしまったらしい。

「いえ、他の人達と敵対関係になるようなことは好ましくないからこそ、その可能性は極力減らすべきだと考えているのです。停泊位置によっていざ敵対したときに一方的な有利不利があったら、停泊位置を決めるだけで関係が悪くなってしまうかもしれませんし」

 ルイスはそう説明するが、住人達の一部は理屈では納得しながらも、どこか不信感を抱いているように見える。そんな彼等に対して、ソフィアの従属君主の一人である白髪赤目の少年 ハル が割って入る。

「ルイス君の意図はよく分かります。ただ、僕達カルタキアの民は『人と人の戦争』そのものに馴染みがないため、そのような可能性を考えるだけで、生理的な嫌悪感が生まれてしまうのです。これは土地柄の問題ですから、あまり気にしないで下さい」

 ハルはそう言った上で、町の住人達に向けても説明する。

「とはいえ、僕達も決して『いつ何時でも誰とでも仲良く出来る』という訳ではないですよね。街の人々同士で揉め事が起きることもありますし、実際に今までも港の中で、商人や漁師の方々の間で、停泊位置を巡る争いはなかった訳じゃない。『国と国の争い』と考えると物騒に思えてしまいますが、『家と家』や『商社と商社』の争いの延長線上だと考えれえば、僕達にとっても縁遠い話ではない。そう考えれば、『なるべく誰でも平等に使えるような立地の港を建設する』という方針自体は、僕達自身にとっても大きなプラスになるということは、分かって頂けるのではないでしょうか?」

 ハルのその説明を聞いて、不信感を抱いていた住民達の一部の態度も軟化し、ルイスとハルも安堵の表情を浮かべる。ハルは現在、ある一人の少女にとっての「理想の執事」となるべく修行中の身であり、このような形で「揉め事を仲裁する能力」を磨くこともまた、彼の中では修行の一環であった。
 そんな彼等の説明を黙って聞いていたソフィアは、満足そうな表情を浮かべつつ、全体に対して問いかける。

「では、大枠としてはこのルイス・ウィルドールの提案に基づく港建設案に基づいて話を進める、ということで良いな?」

 ソフィアのその発言に対して、全員が黙って頷く。その上で、次の問題は具体的な建造計画に向けての手順の確認であるが、この点に関しては、ハルと同い年の同僚である レオナルド が、現在の街の投入可能な予算と動員可能な人員を列挙して、説明を始める。

「現在、駐留部隊の皆さん防衛戦の主力となって下さっているおかげで、日頃は民兵として警備にあたっている人々の大半を、港建設に向かわせることが可能です。建設資金についても、この立案内容であれば、以前から用意していた補正予算の中でどうにか工面は出来るでしょう。資材の搬入元についても問題はないと思います」

 レオナルドはかつてサンドルミアの男爵家に仕えていた身であり、当時の彼がどのような立場であったのかは分からないが、こういった政務に関しては手慣れた様子でこなしていた。その上で、彼はルイスに視線を向ける。

「あとは駐留軍の従騎士の方々にどこまで御協力頂けるか、ですが……」
「金剛不壊からは、僕の他に少なくとも一人、施設建設に協力する予定の者がいます。他の部隊からも、第六投石船団やヴェント・アウレオの人達だけでなく、潮流戦線からも参加してくれる人がいる、と聞いています」
「分かりました。我々『幽幻の血盟』の中では、私とハルくんの他に……」

 ここでハルが口を挟む。

「ローゼル様が、護衛部隊に参加して下さる、とのことです」
「分かりました。では、私の方で早急に参加者名簿をまとめた上で、人員配置を決めましょう。どうか皆様、よろしくお願いします」

 こうして、新生カルタキアの建設に向けての第一歩が踏み出されたのであった。  

 ******

 港の拡張にあたって、まず最初におこなうべきは岸壁の建設である。当然、これは海側からの作業が必要となるため、カエラ・ミゲル(下図)が率いる第六投石船団の小舟を利用した上で、彼女達とヴェント・アウレオの者達が中心となって進められることになった。
+ カエラ
 カエラの祖国であるハマーンは、半年前のアルトゥーク戦役で旗艦の「海の宮殿」を失い、多くの重鎮達が命を落とすという壊滅的な打撃を被った。そのような状況下で(それ以前からの以来されていた話とはいえ)カルタキアへの遠征を承諾したのは、この戦いを通じて「次世代のハマーンの騎士」を育てるためである。
 その意味では、彼女の中では「カルタキアの住民を助けに来た」という気持ちよりも「カルタキア近辺において出没する混沌核を(従騎士達の成長のために)狩りに来た」という意識の方が強い。故に、自分達はあくまでも「この街を間借りさせてもらっている存在」と考えているからこそ、「自分達の塒(ねぐら)は自分達で作らなければならない」という思いで、今回の岸壁建設に臨んでいる。

「まずは、岸壁を築くための骨格となる桟橋を築く。皆、頼んだぞ!」

 彼女がそう告げると、さっそくヴェント・アウレオの力自慢の者達が着々と作業を進めていく。まずはシスティナの首都ラクシア出身の18歳の青年 リカルド が、港の漁師達の手を借りて、巨大な杭を建設予定地へと運び込む。その上で、船の上で待機していた小柄な少女 アイリエッタ・ロイヤル・フォーチュン に合図を送った。

「アイリエッタ! 頼むぞ!」
「おう! 任せとけ!」

 彼女はそう言って、海へと飛び込む。だが、彼女の様子を見た漁師達からは不安の声が上がった。

「おいおい、あんな子供にやらせんのかよ」

 アイリエッタは15歳だが、比較的童顔で(肉付きはいいが)背も低いため、やや幼く見える。だが、リカルドはニヤリと笑った。

「心配すんな。アイツは、ああ見えて海賊歴は一番長いからな」

 リカルドはそう言うと、海に入ったアイリエッタに杭の先端を持たせ、そして彼女はそのまま杭を握って海中へと潜る。アイリエッタが予定していた海底へと先端を合わせ、その間にリカルドが船に飛び乗った上で、海面から彼女と息を合わせてその杭が垂直になるようにきっちりと角度を調整する。わずか数十秒でその作業を完了したアイリエッタは、余裕の表情で海面へと顔を出し、その間にリカルドが強引にその杭を海底に打ち付けて、「仮止め」を完了する。

「へへっ! どうよ?」
「完璧だな。よし、次行くぞ!」

 二人がそう言って、次々と桟橋の杭を打ち付けていく。そんな二人に対して、漁師達は徐々に足取りが重くなり、その表情からも分かる程にヘトヘトになっていく

「だらしねーなぁ、おっさん達」
「嬢ちゃん、まだ動けるのか……」
「あぁ、力仕事なら任せとけ! ちっさいからって舐めんなよ!!」

 全く疲れた様子もなくそう語るアイリエッタに対して、リカルドも苦笑しながら声をかける。

「それにしても、随分張り切ってるな」
「だってよ、航海から帰ってきてさ、港が船でゴチャゴチャしてたら、なんかテンション上がんないだろ? やっぱさ、デカくて綺麗な港の方がテンション上がるじゃん!」

 アイリエッタはもともと、今は亡き「ロイヤル・フォーチュン」という海賊団に育てられた孤児であった。そんな彼女にとって、「港」は、船が帰ってくる「家」のようなものらしい。リカルドは、ヴェント・アウレオに加わる前は首都のスラム街で盗賊として生きてきた身であり、彼女ほど海や船に対する愛着はないが、それでも、今は同じ海賊旗の下で戦う仲間として、彼女の心境も少しは分かるような気がした。

 そんな中、第六投石船団に所属する17歳の青年 グレイス が、彼等に対して声をかける。彼は先刻まで杭の製材作業を手伝っていたが、それが一段落したところで、他の部署の手伝いに回ろうとしていたらしい。

「御二人はまだまだ大丈夫のようですが、他の方々は既にお疲れのようです。無理をしても後々に響きますし、どちらにしても長丁場の作業になる訳ですから、ここは一旦、休憩を入れた方が良いのではありませんか?」

 その提案に対して、漁師達は安堵した表情を浮かべ、リカルドとアイリエッタも渋々納得する。

「まぁ、それもそうだな。杭だけ先に全部打ち付けても、次の工程の準備が出来てなかったら、意味ねーし」
「じゃあ、アタシは先に、海底の地盤の様子だけ確認しておくぜ!」

 アイリエッタがそう言って一人で海へと飛び込んでいく一方で、リカルドは疲れ切った漁師達に声をかけた。

「よし! 一杯ひっかけに行くか! 俺のおごりだ!」

 まだ日も高い時間帯だったが、その提案を聞いた漁師達の表情は一変する。

「おぉ、にいちゃん、話の分かる奴じゃねーか! そういうことなら、まだアンタらの知らない、俺達の行きつけの店に連れてってやるぜ!」
「ほーう、その店は、こんな時間からやってるのかい?」
「てか、こんな時間からやってるからこそ『穴場』なんだよ。俺達にとってのサボ……、あ、いや、仕事の合間の憩いの空間ってことさ」
「そいつぁ楽しみだ! グレイス、あんたも一緒に来るか?」

 リカルドは傍らにいたグレイスにそう問いかけるが、彼は静かに首を振る。

「大変魅力的なお誘いですが、私はこの後、提督様にここまでの進捗状況を報告しなければならないので」
「そっか。じゃあ、また今度な!」

 リカルド達は、そう言って下町のどこかへと消えて行った。

 ***

「……ということで、今のところ、予定よりも前倒しのペースで順調に進んでいます」

 港の一角で、カエラに対してグレイスがそう報告すると、彼女は表情を緩めずに静かに頷く。

「ヴェント・アウレオ組の奮闘のおかげか……。我々も彼等に送れを取る訳にはいかんな」

 ハマーンが現在所属するアルトゥーク条約の実質的な創始者であるテオ・コルネーロは、現在、システィナ島にて反政府活動を展開中である。ヴェント・アウレオの首魁はシスティナの領主の血族であり(本家とは不仲という噂もあるが)、現在のカエラの立場からすれば、現時点において最も近い将来に衝突する可能性の高い集団であると言える。
 二人がそんな会話を交わしつつ、今後の作業工程について確認しているところへ、グレイスと同じカエラの従属君主の一人である16歳の ユージアル・ポルスレーヌ が割り込んでくる。

「お姉さまー!お手伝いさせてほしいの!!」

 彼女は元来は幻想詩連合の一員であるアロンヌの領主家の末娘だったが、ハマーンが連合に所属していた時代に見学した連合の合同海軍演習でカエラの姿を(一方的に)見初めて、ハマーンが連合を離脱してアルトゥーク条約に加わった際に実家を出奔して彼女の元へと駆けつけた、という、筋金入りのカエラ信奉者であった。

「資材の搬入は終わったか?」
「終わったの! ちゃんと届けたの!」

 そう言いながら、彼女はカエラの持っていた計画書に首を突っ込む。 

「あのー、この部分は無駄があると思いますの」
「どういうことだ?」
「こちらの埋め立てはあちらの地ならしで出た土を使えば良いですの。その上でこの凸端は残して、海上を見張る櫓を建造すると良いと思いますの」
「ほう……」

 カエラはあくまで武人であり、建築に関しては本業ではないため、ユージアルのその提案が妥当なのかどうかは分からない。

「とりあえず、ソフィア様かレオナルド様に、提案してみましょうか?」

 グレイスがそう提案したところで、ユージアルはふと冷静に帰る。

「おファッ!?また座学で考える癖が出ちゃったのー!失礼しましたなの!!」

 「おファッ」とは、彼女が用いる独特の異界語であり、その意味は誰にも分からないが、あまり良いニュアンスの言葉ではないらしい。よく分からないまま恐縮し始めるユージアルに対し、カエラはポンと手を頭に乗せ、軽く撫でる。

「まぁ、提案するだけはしてみよう。そのまま受け入れられるかどうかは分からんが、何かのヒントにはなるかもしれん」

 カエラはそう告げて、二人の前から去って行くのであった。

 ******

 その頃、海賊団「ヴェント・アウレオ」の首魁であるエイシス・ロッシーニ(下図)は岸壁の増築に伴う港の施設の増加に関する指揮を採っていた。
+ エイシス

「倉庫の規模はこれで良いでしょう。その上で、運搬用の台車を発注すべきですが、まだそのための予算は残っていますか? そして、高波が起きた際の備えについてですが……」

 エイシスは今でこそ海賊の首領という立場だが、実家はこのカルタキアの対岸に位置するシスティナ島全域を支配する領主家ということもあり、建築や土木といった街作りに必要な知識については他の指揮官達よりも豊富である。それに加えて、もともとカルタキアとの交流が深かったが故に、この港の構造については最初からよく分かっており、港町の人々とも顔見知りということもまた、彼がこの任を任された要因であった。
 そんな中、金剛不壊の一員である17歳の従騎士 メル・アントレ が、エイシスの補佐役として、諸々の雑用の任務に当たっていた。メルはアロンヌ西部の小さな村出身で、たまたま訪れていたハルーシアの酒場で金剛不壊の艦長に気に入られて船員の一人として加わった身であるが、その詳しい経歴については誰も知らない。更に言えば、経歴どころか「性別」すら誰も確認していない。そんな謎めいた存在であった。

(港に新しい施設が出来たら、今よりも楽しくなりそうだし、体力作りの訓練としても、ちょうどいいかな♪)

 そんな想いを込めながら、メルは鼻歌を歌いながら建築資材を運んでいくが、その歌を聞いた港の住人達は、誰もが足を止める。その時に彼等が抱く感情は二つ。

「美しい……」

 メルが艦長に気に入られた理由は、この歌声である。そしてもう一つ、大半の人々がそれと同時に抱く感情があった。

「どっちだ……?」

 声を聞いても、男性なのか女性なのか分からない。そんな歌声の持ち主だった。そんなメルに、この後、思いもよらぬ悲劇が舞い降りることになる……。

 ***

 その頃、海の上では、カエラの従属君主の一人である ミルシェ・ローバル が、海上に展開された第六投石船団の船の上から、うっとりとした表情を浮かべつつ、現状確認のために港の各地を回っているカエラの横顔を眺めていた。

「指揮官はいつ見ても綺麗ネ……」

 ミルシェは農家出身の17歳であり、いずれは故郷を治める君主になりたいという夢を抱き、見習い君主の招集に応じて彼女の元に馳せ参じた人物である。カエラも女性としては高身長の部類だが、ミルシェは彼女よりも更に背が高く、そして日焼けした肌の持ち主であり、ユージアルとは違った意味で、どこか奇妙な口調(方言?)で話すことでも知られている。
 彼女は第六投石船団の一員として、カエラが主導する今回の港建設の任務に参加はしたものの、いざ自分に何が出来るかと考えた時に、特にこれといって思いつかなかったので、「器用なことは出来ないから敵を殴るのを手伝うヨ!」と言って、もし万が一、投影体などが出現した時の対策として、投石機(カタパルト)が設置された船の一つを任されていた。ただ、今のところは海も陸も平穏な状態が続いていたため、ただただ暇を持て余していた。

 ***

 一方、陸の方でも、ミルシェと同様に暇を持て余していた少女がいた。幽幻の血盟に所属する14歳の少女 ローゼル・バルテン である。彼女はソフィアの呼びかけに応じて港の拡張工事に参加することになったが、いざ役割分担するタイミングになって、ミルシェと同じことに気付く。

(そういえば私、建築の知識だってないし、建造や建築に参加できるほど筋力に自信がないわ……!)

 本来の彼女は(家庭環境がほんの少しだけ違っていれば)街作りに必要な知識などを学べていたかもしれないのだが、現実には彼女が「実家」において学ばせてもらえたのは、弓の訓練だけだった。そのため、彼女は今回の計画において、「(出現するかどうかも分からない)海の投影体が出現した時に備えた警護役」の任に就くことにしたのである。

(慣れないことをしてソフィア様や皆に迷惑をかけるよりは、こっちの方がいいわよね)

 ローゼルは自分にそう言い聞かせつつ、平和な海を眺めながら、ふと物思いに耽る。彼女は子供の頃から「お姫様と執事の物語」に強い憧れを抱いていた。

「『理想の執事』を見つけるために海を渡ってカルタキアまで来てしまったわけだけれど……本当に見つかるのかしら。……というか、見つける気があるのかしら。ここで出会った人たちも、何かと理由をつけて(内心で)候補から外してばっかりだし……。私、本当は、ただあの家から逃げ出したかっただけなのかも……」

 誰にも聞こえない場所でそんなことを呟いていた矢先、突如として、自分の目の前の視界が傾くのを感じる。

「地震……? いいえ、違うわ。これは……、混沌による空間の揺らぎ!」

 元は外来民とはいえ、他陣営の従騎士達よりはカルタキア在住歴の長いローゼルは、混沌核の収束の際に空間が歪むという現象には慣れている。それはあくまでも一瞬の出来事なので、それ自体が大きな被害をもたらすことは少ないのだが、この時、海岸沿いの方面から声が聞こえてくた。

「大変だ! 女の子が海に落ちたぞ!」
「いや、あれ、男の子だろ!?」

 その声が聞こえてきた瞬間、ローゼルは誰が落ちたのかの見当がついた。海岸沿いを歩いていたメルが、その時の空間の揺らぎでバランスを崩し、海に転落してしまったのである(ローゼルは今回の任務よりも前に、駐留軍の達の宿舎の調理場で、メルと会ったことがある)。しかも、その声のした方角の先の海域から、明らかに新たな混沌核が収束しようとしている気配が漂っていた。
 ローゼルはすぐさま現場へと向かい、その海域が自分の弓の射程範囲に入ったと判断した時点で、矢をつがえる。すると、そこに巨大な「鯨」の姿が現れた。ただ、巨大とは言っても、あくまで常識的なレベルの大きさであり、「魔物」と呼ぶ程の禍々しいオーラは感じない。

(異世界の「普通の鯨」が投影された、ということかしら……)

 だとしても、人間が海に落ちている状況においては、「普通の鯨」でも十分に危険な存在である。そして実際、海面上でもがいているメルに向けて、鯨が大きく口を開けている様子を見たローゼルは、即座に鯨に向けて矢を放つ。

(ここで当てなきゃ、何のために練習を積んできたんだか、分からない!)

 ローゼルの思いを込めたその矢は鯨に命中し、鯨は激しく苦しんで暴れるが、致命傷には至らない。そして、暴れたことで海面が更に荒れる中、海に落ちていたメルに対して、停泊中の巨大軍艦「金剛不壊」から、一本のロープが投げ込まれた。

「メル! 捕まれ!」

 そう叫んだのは、メルの直属の上官である「金剛不壊」の艦長ラマン・アルトである(下図)。彼もまた、いざという時の警備要員として自身の船に登場していたのだが、自分の従属君主が海に落ちるのを目の当たりにした彼は、まずはメルを救出を優先したようとして、(距離感が掴みにくい筈の隻眼ながらも)寸分違わずメルの手元にロープを投げつけたのである。そして、メルがロープに捕まるのを確認すると、彼はそのまま一人でロープを引っ張り上げることで、メルを一気に甲板の上まで釣り上げた。
+ ラマン

「一本釣り、成功だな」
「ありがとうございます、艦長♪」

 メルがラマンに対して笑顔でそう告げた直後、ミルシェが乗っていた船に設置されていた投石機が発射され、鯨の急所に直撃した結果、鯨の身体は消滅し、その場には小さな混沌核だけが残る。どうやら、本当に「ただの鯨」の投影体だったらしい。

「ま、普通の動物が投影されるってことも、ちょくちょくある話ネ! 大きな被害が出なくて良かったヨ!」

 船上で得意気にそう語るミルシェとは対象的に、ローゼルは微妙な違和感を感じていた。

「こんな街の近くの海で投影体が出現するなんて……。やっぱり、今はこの地の混沌濃度自体が高まっているのかしら……」

 なお、この「普通の鯨」の出現と、現在投影されている「砂漠に出現した異界の街」の関係が明らかになるのは、もう少し先の話である。

 ******

 そして、タイミングが良いのか悪いのか、その直後に第六投石船団の一員である16歳の女君主 リズ・ウェントス が、港で払いている人々への差し入れとして、自作の「鯨料理」を大量に届けに来た。

「みんな~、ごはんができたで~。あったかいうちに食べてくれな~」

 鯨肉のステーキ、鯨肉の煮込み料理、鯨肉の竜田揚げなどが立ち並ぶ。数日前から大量の鯨肉が流通していたという事情もあり、もともと料理が得意だったリズとしては、少しでも様々なバリエーションの調理法を試したい、と思っていたらしい。

「鯨は栄養価が高いけん。力仕事にはもってこいなんよ。いっぱい食べてくれな~。おかわりも十分用意してあるさかい」

 リズはそう言って勧めるが、目の前で鯨に人が食われそうになった場面を見た直後だからか、それとも単に鯨肉の味に飽き始めているだけかは不明だが、港にいた人々の大半は、あまり食指が進みそうにない雰囲気ではあった。
 そこへ、潮流戦線に所属する、リズと同じ16歳の、リズとよく似た名前の少女 リンズ が現れる。彼女は当初は戦場任務へと向かおうとしていたが、修練不足を感じた上で、ひとまず今回は港周辺で作業をする人々を助ける仕事に回ることにしたのである。

「あの……、リズさんが新しい鯨料理をお作りになられると聞いたので、その付け合せというか、トッピングになりそうな品を用意してきました。よろしければ、こちらもどうぞ……」

 リンズが自信なさそうにそう言って出したのは、彼女の故郷であるノルドの郷土料理の品々である。彼女もまた、ヴィクトル、ハウラ、ワイスと同郷であり、もともとノルドは昔から捕鯨技術に優れていたため、鯨肉は彼女達にとっては昔から馴染み深い食材であった(そして実際、この地で鯨ブームを引き起こした原因もワイスにある)。
 そんなリンズの作った品々を口にした港の人々は、その未知の味に驚愕する。

「美味い! なんだこれ!?」
「これは確かに、鯨肉に合いそうだ!」

 彼等は口々にそんな感想を述べつつ、そのままリズの作った鯨肉料理にも手を伸ばし始める。

「いやー、美味いよ、リンズちゃんの鯨料理!」
「あ、いや、鯨料理を作ったのは、リンズやなくて、ウチやから」
「リズちゃんの作ってくれたトッピングとの相性が絶妙で……」
「いや、そっちはリンズやって! ウチが作ったのは鯨料理の方!」

 そんな微妙な混乱を引き起こしながらも、あっという間に二人の作った料理は完食される。

「ありがとな、リンズ。アンタのおかげで、ウチの料理もみんなに喜んでもらえたわ」
「いいえ、それは、リズさんのお料理自体が美味しかったからで……」

 二人が互いに称え合う中、とある漁師が呟いた。

「港の改修工事が終わったら、今度は食堂を拡充してほしいよなぁ。せっかく色々な地域の従騎士さん達が来てるんだから、もっと色々な食文化に触れてみたいぜ」

 その言葉に周囲の者達も同意し、そしてそれがカルタキアの街作り計画の次のステップへと繋がることになるのであった。

☆今回の合計達成値:187/100
 →次回の拠点防衛クエスト( CB )の達成値に43点加算
 →「生活レベル」1上昇

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2021年06月01日 22:36