ブルライト新聞社編集部の皆様、このような機会を設けてくださり、まことにありがとうございます。これからお読みいただく皆様にも、お楽しみいただければ幸いです。



第零話Side A「可能性の港」




アルフレイム大陸南西部、ブルライト地方はハーヴェス王国に三人の男がいた。まずは彼らについて物語ろう。

マダヲ・インフォトゥニオは人間生まれのナイトメアである。ハルーラ神殿の孤児院で重武器の取り扱いと神官としての能力を養ってきた。穢れの象徴である角を持つため、忌避されることも多いナイトメアとしては、恵まれた境遇で育ってきたとも言えよう。しかし一方で、彼は女難の相の持ち主であった。18歳で配偶者と別れることになり、20代半ばにして恋人に裏切られ、顔にやけどを負わせられるなど、散々な有様である。そんな不遇な彼が、「どうしてこんなにも救いようのない人生なんだ?神の教えは本当に正しいのだろうか?」と疑問を持ったのは特段無理もないことだった。自らの方が正しいのではないかと感じた彼は、正しい思想を持った「神」になるために旅に出ることを決意したのであった。


タサル・ローニャは成人したばかりの人間である。生まれは都市部の知識層であり、順調に知識を吸収していったのだが、親の決めた許嫁に反発し、家出して自ら路地裏に身を落とした。恋に焦がれる少年期を過ごしたが、それとてあまり面白いものではないことに気づき、家にも路地裏にも身の置き場を見いだせなくなっていた。その後も、治安の悪い場所に入り浸り、曲をかき鳴らしつつ一夜の恋を繰り返していた。しばらくして、成人を迎えるという時期になり、父親から態度を改めるよう言われたのに際し、彼は反発し家を飛び出してきた。

(Picrew ぽんぽんぺいん 様より)


黒に包まれた姿のルーンフォーク、サ・イッキョは奈落教出身のハンターである。独立のきっかけは彼が師匠と仰いでいた人物の死であった。極めて高い戦闘能力を持ち人使いの荒い人物であったのだが、あるとき奈落の魔域(シャロウ・アビス)に呑み込まれてしまったのである。彼はその意志を継ぎ、最強のハンターを目指すべく、近郊の都市であるハーヴェスを訪れていた。



知人の伝手で知り合った、生まれも育ちもまるで異なる三人は、そろってハーヴェスの街角にある冒険者ギルド支部〈潮風の剣亭〉の前に立っていた。初めて訪れる店ということもあり少しためらわれたが、しばらくしてスイングドアをくぐり店内に足を踏み入れた。店内の様子を見るに、どうやらかきいれ時ではないようだった。数人の冒険者が掲示板をにらんでいたり、ギルドホールで遅めの昼食をとっていたりと、冒険者たちにとっての日常がそこで繰り広げられていた。ギルド支部長や職員たちはこれと言ってすることもないようで、新聞を広げていたり紅茶を飲んでいたりと、自由な時間を送っていた。
来訪者に対応したのは、新聞を読んでいた一人、そしてこの支部の支部長であるヘレン・ウォリスだった。
(picrew「ダウナー女子の作り方」様より)

「おや、見ない顔ですね。……もしかして冒険者登録に来られた方ですか?」
タサルが間髪おかず返答する。
「はい、そうです!」
「そうですか。えーっと、では、こちらの紙に自分の名前と種族、年齢、得意分野、それから住所の記入をお願いします。交易共通語の文字は書けますか?」
「「住所…………」」
家出、出奔、旅立。この三人の数少ない共通点として、今はかつての居場所から離れていて、特定の住所を持っていないという点があった。皆、野宿の経験者でありそういう点において冒険者の適性は養われていたのだろう。もっとも、マダヲはかろうじて宿の目途をつけていたようだが。
「住所はまだ決まっていないですか?えーっと、あなた方もしかして野宿?」
タサルは笑いながら頭をかいて頷く。
「うちの支部に所属するんだったら、冒険に出ていない間はうちの二階を使うといいと思うわ。まだ数室空きが残っているから。後払いで一週間当たり150ガメル」
「え、いいんですか!やった!お邪魔したいです!」
「いやあ、それは助かりますね。ちょうど神殿からくすねて来たお金がそろそろ底をついてしまいそうだったので」
「寝るところがあるのはありがたいな。ハンターの腕はあるから職には困らないんだけど、いかんせん住むところに困っててなあ」
と、皆でその申し出に乗ることにした。

「では、皆さんお名前も書いていただきましたし、冒険者登録の方はこれで大丈夫そうです。人間のタサル・ローニャさん、ナイトメアのマダヲ・インフォトゥニオさん、ルーンフォークのサ・イッキョさんですね」
もっとも、この三人とて(個性のぶつかり合いゆえ)一枚岩ではない。タサルは全体的に黒い服装のサからは距離を取り、マダヲの側に隠れているのだった。



「冒険者登録にあたって、念のためあなた方の実力を把握しておきたいですね。こちらへきていただけますか?」
といって、ヘレンはカウンターから出て、ギルド支部の裏庭の方へと歩いていく。
「ああ、そうですか」
「はーい!」
と口々に告げて、彼らもそのあとをついていく。
裏庭には、数本の案山子が経っていた。おそらくここが支部併設の訓練場なのだろう。
「みなさん、集団戦の経験は?」
「集団は……ないなあ」
サは、ほとんど一人でハンターとしての生活を送ってきた。かつて師匠とペアを組んでいたことはあるが、まったく技量の異なるものと組むのはこれが初めての経験だった。
「ないです!」
「いえ、あまり……」
タサルとマダヲもまた、戦闘能力こそあれパーティーを組んで戦う経験はほとんどなかった。

ヘレンは穏やかな笑みを浮かべ、
「では、集団戦の基礎の部分を教えることにしましょう」
と告げる。
「そこの方は銃を使うのかな。弾丸とかは後で補填するから、今回は普通に使ってみてほしい」
「わかった」

早速レクチャーが始まった。
「戦闘には準備が必要です。騎手の方であれば馬に乗ったり、武器を持ち換えたりといったことは直前までに済ませておきましょう」
「今回標的にしてもらうのは、この案山子。知人に作ってもらったものですが、まずはこれの情報を確かめましょう」
実のところ、この中には魔物の情報を調べるのに秀でた賢者の心得を持つ者はいない。しかしながら、マダヲとタサルは案山子をよく観察することで、おおよそどのような相手であるのかを調べ、共有することができた。
「次に先制をとれるかを確かめましょう。相手方より素早く準備や攻撃ができるかが腕の見せ所になってきます」
サは、ハンターとしての能力のかたわら、斥候としての能力も養ってきた。そのため、相手より素早く動き、彼に同調することでパーティー全体として相手方よりも早く動くことができた。
「はい、いいですね。次は陣形の構築になります。相手方よりも素早く動けているので自由に陣形を組むことができますが、神官さんがいるなら全員後ろで集まった状態から開始するのが定石になっています」
それに従い、三人は即座に陣形を作り上げ武器を構える。
「では、ここから20秒ほど、模擬戦をしていただきます。そうですね、マダヲさんからどうぞ」

マダヲはまず、神聖魔法【フィールド・プロテクション】を行使し、皆に障壁を付与する。その後、サが銃弾に魔法をこめて射出しようとしたのだが、突然銃が故障したらしく、明後日の方向に弾丸は飛んで行ってしまった。
「おや、失敗してしまったようですね。ではタサルさん、あなたは剣の使い手なので、敵に近づいてみましょう」
タサルは接敵し、案山子の一体に切りかかる。しかし、当たり所が悪く、まともに案山子にダメージをあたえることはできなかった。
続いて、案山子2体が前線に出ていたタサルに攻撃を仕掛けるが、どちらもタサルの足さばきにより回避された。後衛にいた案山子1体はマダヲに向かってボールを投擲してきたのだが、マダヲもまたその攻撃をギリギリで避けることができた。

タサルが先ほどの案山子にもう一度攻撃を仕掛けるのだが、空を斬ってしまう。サはそれに続いて銃を撃った。今度はかわす隙さえ与えず見事に命中する。その威力も最たるもので、かなり大きな衝撃を案山子に与えることに成功した。現在パーティー内に回復すべき怪我人がいないことから、マダヲは前に出て案山子にメイスで殴りかかる。銃ほどではなかったが、有効な一打を与えることができた。
前衛のマギ案山子はマダヲとタサルに攻撃を仕掛ける。タサルは見事に回避し、マダヲは回避こそ叶わなかったものの偶然にも案山子の攻撃の威力が低かったため、両者無傷であった。もう一体はサを狙い、ボールを投擲したが、これは命中してしまい、かなりの痛手を負うことになった。
「では、ここまでで模擬戦は終了にしたいと思うわ。あなた方の実力は大体把握できたわ」

今回の模擬戦で思ったように実力を発揮できなかったタサルを筆頭に、冒険者としての経験がない三人は、(もしかしたら解雇されてしまうのでは……?)という不安を感じていた。そんな空気を察したのか、ヘレンはギルドホールに向かって歩きながら、三人に話しかけた。
「当たる、当たらないは重要ではありません。まずは、どんな戦い方をして何ができるのかを知るのが大事です。当たるかどうかは、今後の冒険で極めていけばいいことです」
その言葉はけして無意味なフォローなどではなかったが、彼らはやはり不安にとらわれたままだった。



ギルドホールに戻った後、ヘレンは掲示板に向かい少々悩んでいた。しばらくして一枚の依頼書を手に休憩中の三人のところへ歩いてきた。
「あなた方の状態ですと、上級蛮族のドレイクの討伐依頼などはまだ荷が重いですね。そこで、先ほど連絡があったものなのですが、このような依頼はいかがでしょう」
そういって見せられた紙には、次のような内容が書いてあった。

依頼内容
依頼主:ハーヴェス王国交通省
報酬:2100Gおよび事前報酬
内容:冒険者求む。新たな交通路の開発は、わが国の重要な国家プロジェクトの一つだ。それにともない、交通省では土地整備の専門家を各地に派遣する予定がある。前段階の安全確保のため、冒険者諸君には現地に赴き、危険な項目の発見および地図の作成を依頼したい。今回依頼したい場所は、ハーヴェスから南東に徒歩5日ほどのところにある「悪魔の分け前」の南側である。必要に応じて馬車を用意できる。なにか疑問点等あれば交通省安全管理部の事務局まで。

「ふむ、相変わらずだけど少々難解だと思うから、こういうお役所系の依頼の読み方を教えるわ」
と、ヘレンが内容をかみ砕いて伝える。皆で頷きながらそれを聞き入っていた。

「このような依頼なのですが、いかがでしょう。駆け出しの冒険者パーティーにはちょうど良いものだと思うのですが。少し遠いのがネックですかね」
「なるほど、そういうのがあるんですね。僕は行ってみたいです!」
と、タサルは元気に肯定する。
「お二方は?」
「まあ、一旦はそれで」
「あっちは人が少なそうなので布教とかは難しいかもしれませんが、お金がもらえるならいいでしょう。僕も受けることにします」
「はい、ありがとうございます。ではこちらにサインを」
こうして彼らの初の依頼が決まったのだった。

「皆さん野宿とかってします?」
「僕は割と平気ですよ」
「うーん、野宿かあ。昔は結構やってたなあ」
「お姉さんお姉さん、そこまでの道って結構大変ですか?」
「そうね、際立って地形的に大変なところは無いけれど、野良の蛮族が湧くことはあるわね。ああ、そうそう、名乗り忘れてたわね。私はここの支部の支部長をしている、ヘレン・ウォリスよ。よろしく」
名乗り忘れに気づいたギルドマスターが、返答半分に自己紹介をした。

「これ馬って借りた方がいいっすか?」
「ヘレンさん、どっちがおすすめですか?ほら僕、冒険者登録したてだからあんまりわかんなくって……ヘレンさんのおすすめを知りたいなあ」
「うん、そうね。せっかくここまでしてくれる依頼者ってのは、なかなかいないから、受けてもいいと思うわ。」
「あまり長いことあっちに行くのも嫌だしな……」
「早く終わらせて修業したいし、馬にするか」
「じゃあ馬借ります!」
「ではそのように記録しておくわね」
「ありがとうございます!」
こうして話し合いはしばらく続いた。

「行くぜ!」
「ヘレンさん行ってきます!」
「ええ、行ってらっしゃい。無事の帰還を待っているわ」
希望に満ちた言葉とともに、いよいよ彼らは初の冒険へと繰り出す。



目的地へと向かう道中では、サが馬車を操縦していた。基本的に危険の少ない道中ではあるものの、やはりいささかのハプニングは起こるものだ。
出発したその日の、日が沈む少し前のこと。一行は木に登って下りれなくなった猫を目撃した。マダヲはもはや妙技といって差し支えないほど見事に、猫を警戒させることもないまま木に登り、猫を救出した。元来面倒ごとに巻き込まれることの多かった彼だが、その経験は今でも役に立っているようだった。救われた猫は、しっぽを振りながらマダヲの周りをしばらく回っていたかと思うと、まるで誘うかのようにある方向へと歩き始めた。二人の心配をよそにマダヲが猫についていくと、そこは小規模な薬草の群生地であるようだった。冒険に役立ちそうな薬草を3、4本ほど採取し、彼は再び合流する。
「どこ行ってたんですか?」
とタサルに事情を聞かれたマダヲは、
「さっき助けた猫が居るじゃん」
「猫……」
「てくてくと歩いて行っちゃって。ただこっちの方を物寂しげにみていたからちょーっとついていってみたんだけどさ。見てよ、これ!草。なんか生えてたんだよね。取って来ちゃった!」
と、上機嫌に語る。
「なるほど、それは得をしましたね!」
素直に感心する一方で、タサルはマダヲが猫についていってしまうような人なのだと知り、絶妙な不安を覚えた。

「いやー、やっぱ猫様様ってもんだねえ!」
「そういえば俺も生まれたところの神殿に書いてあったのを見たぞ。『ネコと和解せよ』と」
サも会話に加わった。
「お二人とも不思議な宗教に……」
猫を神聖な生き物と捉える向きは、けして珍しいものではなく、いくつかの神殿では猫を保護している場合もあるのだが、直接の教義としている神までは知られていない。もっとも、サのいうところの「神殿」とは奈落教の神殿を指すのだが、マダヲは知る由もなかった。そのしばらく後に日は沈み、野営をすることにした。強行軍ではないうえ、そもそも消耗も少ない状態だったため、全員が十分な睡眠をとることができた。

次の日の朝、テントを片付け一時間ほど移動したころになって、小柄な蛮族の集団と遭遇した。三体のうち一体が弓を持ち二体が武器を構え、襲い掛かってきた。比較的知名度の高い蛮族であり、アローフッドとダガーフッドだと見抜くことができ、難なく先制も奪取した。
マダヲが神聖魔法の【バニッシュ】を行使したことでダガーフッドたちは苦しみだした。サが最後衛に向かって銃を射かけ、タサルが前衛のダガーフッドを削る。
蛮族たちの攻撃は身のこなしに優れたタサルには一切当たらなかった。
特に次なるタサルの一撃は急所を捉え、一撃でダガーフッドを葬り去った。その後マダヲにより負傷していたもう一体のダガーフッドが、サによってアローフッドが倒され、彼らの初の実戦は大勝利となった。使えそうなものを回収し、埋葬を済ませた。
その後は、特にこれといったことは無く、目的地に着く少し前に日が沈み始めたため、そこで一夜を明かすこととなった。




3日目。指定されたエリアにはすぐに到着することができた。ささっと地図を書き上げまず一行は南へと向かう。そこは林だった。ここを観察しつつ地図を書いていたのだが、林は入り組んでいて、迷ってしまう。直進していたつもりだったのだが、体力を消耗したうえ、どうやら途中で曲がってしまっていたようで、東へと出てしまった。その先には、小さな泉があった。地図を書きながらあたりを観察していたが、特にここには危険はないようで、ここで休めばある程度回復できそうだと感じた。
当初の予定からはずれてしまっていたので、北側へと向かうことにした。そこには、平原が広がっていた。地図のために安全を確認しようとしたのだが、どうやらそう穏当にはいかないようで、野良の蛮族がまた現れた。現れたのはゴブリンとアローフッドだった。ゴブリンはどこにでも現れ、多くのラクシア住人にとって非常に有名かつ厄介な存在であり、サとタサルはよくその生態を理解していたのだが、マダヲはその名前をど忘れしてしまった。その後戦闘態勢へと移行するのだが、ゴブリンは意外と素早い蛮族であり、相手方に先手を取られてしまった。もっとも、素早い動きのタサルにとってはゴブリンやアローフッドの攻撃は十分にかわし切ることのできるものだった。こうして初手番の不利は切り抜けた。
タサルの斬撃はかなりいいダメージを与えたが、マダヲの大きく振りかぶった一撃はゴブリンにかわされてしまった。サの一撃も加わり、ゴブリンはほとんど瀕死に近い状態にはなったものの、かろうじて立っていた。
先ほど当てることができなかったため、ゴブリンはマダヲを標的にした。しかし、そのマダヲですら身のこなしは軽く、ゴブリンの攻撃を避けることができた。アローフッドもまたマダヲを狙い、さきほどのゴブリンの攻撃を避ける際に少しバランスを崩していたマダヲには回避が難しかった。アローフッドは、かなり大打撃をたたき出したつもりになっていたのだが、マダヲは革鎧を身にまとい愛用の盾を携えた戦士であった。そのため衝撃の多くは鎧や盾に吸収され、本人への影響はけして大きくなかった。
大振りのヘビーメイスによる打撃は今度こそゴブリンを捉え、ゴブリンは完全に息絶えた。タサルは邪魔なゴブリンが居なくなったことでアローフッドに接敵することができた。アローフッドは完全な後衛職である。まともにかわす能力を持ち合わせず、そのような蛮族にはタサルの一撃を避ける術など到底なかった。彼の斬撃は体力を半分まで削った。最後に控えていたサの銃撃なのだが、本人曰く「馬鹿みたいな威力がまれに出る」とのことで、今がまさにそれだった。20m近く離れた地点からの射撃であったものの、寸分たがわず心臓を狙い撃ち、アローフッドは抵抗の余地なく息絶えた。
その後は、剥ぎ取りと埋葬を済ませ、地図作成に戻った。戦闘中の地形把握も合わせて、そのエリアの地図は上等な地図と言って差し支えないものとなった。出発前に大量にもらってきた〈救命草〉を使い、マダヲの傷をタサルが少し回復させる。



少々の休憩を終えたのち、一行は東へと進む。それなりの距離を歩き、先ほどの地図よりも遠い点まで来たが、そこにもやはり平野が広がっていた。平野への慣れはみな大きいようで、難なく上等な地図を作ることができた。
ここでサとマダヲはゆれを感じ、体のバランスを崩しかけた。不摂生による立ち眩みかとも思われたが、サとマダヲはお互いに揺れを感じたのを共有した。
「揺れた?」
「揺れたよな」
少し後になって、サは自らの習慣である日記にも「揺れた?」と記した。一方のタサルはというと、ちょうどその時乗馬していたというのもあり、揺れに気づくことは無かった。
次に一行が向かったのは南の岩場だった。どうやらかつて採石場として利用されていた地域のようで、地図を作りがてら歩いて回ると、いくつかの鉄くずを発見できた。価値がある、というほどではないが、換金すれば多少の足しになるだろうと思わせる量ではあった。やや大回りになってはしまったが、次に一行は泉のあるエリアへと戻ることにした。というのも、先ほどの戦闘で怪我こそほとんどないものの気力を消耗してしまっており、いったん休憩をはさんだ方がいいと考えたからだ。マダヲは消耗もそう多くはなかったので泉のほとりを散歩していた。地図作りは彼の領分ではないのだが、歩きながら観察した情報を地図に書き足していったところ、それはかなり詳細な地図へと変化した。
そこから南へと進むと、そこは小高い丘のようになっていた。やや起伏の激しい土地のため、地図作りには四苦八苦したが、一定の記述はできた。丘の上には、教会跡地、とかろうじて認識できるものが残っていた。聖印の意匠はなくもはやどの神の神殿であったのかも定かではない。おそらくは大破局の混乱で蛮族に襲撃されて廃墟と化した神殿なのだろう。蛮族の襲撃だけでなく冒険者の探索もすでに入っていると見え、めぼしい物ではないがもの寂しさを感じさせる光景だったのは間違いない。
その後彼らが向かった場所にはやや流れの激しい川が流れていた。地図を作るためには川の周りの探索をせねばならず、必然的に何回か川を渡る必要があった。滑りやすい環境ではあったが、三人はいずれも不器用というわけでもないため、難なくわたりきることができた。目的地とは反対方向だったので引き返し、丘に帰ってきた。先ほど書いた部分に少々書き加えたものの、大した出来にはならなかった。
一行はさらに東ヘ進む。これまで書いてきた地図に誤りがなければ、おそらくここが最後になるであろうといった地点であった。そこは、ところどころに落とし穴ともくぼみともとれるような陥没穴が開いているような平野だった。十分地図を作成するための時間はとれ、実際にまともに地図も作成できたのだが、およそ日も沈もうという頃、その穴から4体の蛮族が登場した。もしかすると、その穴の一つが地下につながっていたのかも知れない。

( ニコニ・コモンズ nc3532・nc78691・nc223918・nc224094・nc235813・nc237227様より)


三人とも、現れた大男のような毛むくじゃらの蛮族の名を知っていた。ボルグ。器用な真似はできないものの、その膂力は常に脅威である。しかしながら、蛮族のうち一体、飛行型の蛮族のことを知るものはいなかった。
まずマダヲは、タサルの回避を信じ、神聖魔法第一階位、【バニッシュ】を行使する。これは蛮族やアンデッドに不利を与えるというもので、ボルグと飛行型蛮族を目標としたものの、蛮族たちはその影響をはねのけてしまった。サの銃撃も命中こそしたものの、攻撃の威力はさほど高いものではなかった。タサルも接敵しダガーフッドに切りかかるが、やはり有効な一打とまではならなかった。
ダガーフッド二体は前衛に来ていたタサルを狙った。一発目は難なくかわせた。しかしながら、それを避けたはずみでややバランスを崩し、二発目が当たってしまう。武器を器用に舞わせる関係上、タサルをはじめとした俗に剣士と呼ばれる職の冒険者は、軽装である場合が多い。ダガーフッドは比較的御しやすい蛮族ではあるのだが、タサルはそれなりの手傷を負ってしまった。続いて、ボルグが攻勢に出る。前線を守るタサルに対して、力任せに、極めて大きく振りかぶった武器攻撃を放つ。先ほど崩したバランスが尾を引いていたのか、タサルにこの攻撃は命中する。

――いや、命中するはずだった。彼は奥義の一つを切る。種族としての人間に等しく与えられた、運命を覆し逆境を好機に転じるための力。[剣の加護/運命変転]。剣の担い手たるタサルは、「かわし切れない運命」を「完全な回避」へと転じる。そうしてタサルは体勢を持ち直した。しかし、蛮族の攻勢は止まらない。グレムリンは攻撃魔法、エネルギーボルトを放つ。この魔法もまたタサルを狙ったものだったが、精神を落ち着けて攻撃に備えていたタサルには微々たる影響しか及ぼさなかった。グレムリンは攻撃をかわされて怒り心頭に近かった。
「クソ、シブトイナ!」

まずは傷ついたタサルをマダヲが癒す。治癒は神官の最も得意とするところである。祈りは確かに届き、全快とまでは行かないが確かな効果を与えた。タサルの剣戟は、さほど鋭いものではなかった。しかし、ボルグも足元がおぼつかなかったのか回避に失敗し、その刃を身に受ける。ボルグはある程度の防御力は備えており、そのためおよそ半分は吸収されてしまっていた。サの銃撃はかなりいい射線を描いたが、運よくボルグは回避する。
先ほどと同じダガーフッド攻撃が、またもタサルに命中してしまう。しかもその一撃はタサルにとっては大きいもので、一度に体力の三分の一近くを持っていかれてしまった。ボルグの大振りの一撃は、先ほど同じものに遭遇したタサルにとっては分かりやすく、かわし切ることができた。ボルグが吼えた。彼らの言語、汎用蛮族語での雄叫びは彼らには届かなかった。最後に控えるグレムリンだったが、それの放った攻撃魔法は、今度こそ確かにタサルを捉えてしまった。その結果、彼は昏倒した。戦闘中だが、許容できない傷を受けたタサルはその場に倒れこんでしまった。

マダヲはすかさずタサルに駆け寄り、〈アウェイクポーション〉を使用する。これは、気絶した相手の生命力を最低限賦活させ、かろうじて立っていられるようにする魔法薬である。立ち上がったタサルの目から闘志は消えておらず、ボルグに切りかかった。のだが、立ち上がった直後というのもあり、剣先は空を斬ってしまった。サも動揺を隠せていなかった。想像以上に素早いボルグによってその銃弾はかわされてしまった。
ダガーフッドもまた行動を分散させる。タサルを狙った一撃は華麗に回避され、マダヲを狙った一撃は、当たりこそすれかすり傷程度にしかならなかった。ボルグの攻撃はマダヲに向かったが、彼の装甲をもってしても体力を半分持って行ってしまうような大打撃であった。グレムリンは戦況に余裕を感じていたのか、趣向を変えた攻撃を試みた。魔法の名は【ナップ】、対象を居眠りさせる魔法だった。その強烈な魔法の波動は的確にマダヲを捉え、マダヲは立ったまま眠りについてしまう。
「そこのでかいの眠っちまったじゃねえかガハハ」
とグレムリンは煽りを重ねる。

くしくも先ほどと逆の構図だが、タサルがマダヲの肩を大きく揺らし、
「起きてえええええ!!!!今寝てる場合じゃない!!!!!」
と叫ぶと、マダヲも目を覚ました。
ダガーフッドたちの攻撃をうざったく感じたタサルは、先にダガーフッドを倒すことを画策する。ボルグから彼らへ突如標的を変更したタサルの剣捌きにダガーフッドがついてこれるわけもなく、片割れは心臓を貫かれ絶命した。〈ガン〉は、取り扱いの癖が強い武器の一つだ。例えば、ガンには弾丸の装填が必要なのだが、それをしている間は攻撃ができないという明確なデメリットが存在する。サは、次の発射に備え、やや焦りつつ弾丸を込めた。

残ったダガーフッドの片割れはタサルに刃を向けるが、大きく空振った。
現状、気絶こそしていないものの、タサルの傷はかなり深い。彼にボルグの攻撃が飛べば、回復が間に会う確証はない。そう思考したマダヲはボルグに向かい、攻撃を引き付けるように眼前で踊って見せる。
「ほれ、こっちだ!」
言葉は通じていないが、的確にボルグの癇に障ったようだった。やや冷静さを欠いたそのボルグの攻撃は、回避がさほど得意でないマダヲにも十分回避できた。マナの残量が少なくなったグレムリンは攻撃から妨害に切り替える。【ブラント・ウェポン】、真語第一階位に属する魔法で、対象の攻撃力を低下させる効果を持つ。攻撃をそれなりの頻度で与えてくるタサルを警戒し、そちらに放つ。この魔法の発動は、おそらく今までの攻撃魔法に比べても効きが強いものだった。タサルはその効果を十全なまでに受けてしまった。

サはダガーフッドに向かって弾丸を放つ。それは確かにダガーフッドを捉え、あとおよそ一撃といったところまで持ち込んだ。タサルも畳みかける。攻撃は確かに命中し、ダメージを与えた、はずだったのだが、先ほどかけられた魔法に妨害され、ほんのわずかに体力を残して仕留めそこなってしまった。マダヲはタサルの傷を癒していく。これにより、体力の半分程度までは持ち直すことができた。
瀕死のダガーフッドの攻撃は、タサルを捉えることはかなわず、またもむなしく空を斬った。ボルグは先ほど同様マダヲに一撃を与えんと武器をふるうが、すんでのところでマダヲが回避した。グレムリンに至ってはマナ残量が少なく、
「オレは直接攻撃もできるんだよガハハ!」
と言いながら直接マダヲに襲い掛かった。もっとも、先ほどの勢いで低姿勢からやや前方に体をシフトさせていたマダヲはこちらも回避に成功したのだが。

サは彼の奥義を切る。ルーンフォークは、体力をマナに変換し苦境を切り抜ける術、[HP変換]を持っている。とはいえ、一日に一度しか使えず、しかも自らを死に近づけてしまう、ある種危険な術である。彼は前線に立ち攻撃を食い止めている二人を信じ、自らの体力の大半をマナに変換する。彼の闘志もまた、消えることなく虎視眈々と相手の脳天に注がれていた。その信頼を背に、タサルの一撃がついにもう片割れのダガーフッドの息の根を絶った。マダヲはここで賭けに出る。神聖魔法【バニッシュ】の再行使である。つまるところ、相手の弱体による戦闘の加速を狙ったものだ。マダヲは信仰するハルーラ神に祈りをささげる。その祈りが形になって表れたのは、残念ながらボルグではなくグレムリンの方だったようだ。
「ああ?!何やってくれてんだてめえ!」
「あれ、ぼくまたなんかやっちゃいました……?」
グレムリンに与えられた変異は凶暴化。この状態ではむやみやたらに攻撃するようになり、回避を捨てて殴りかかってくるというものだ。
そんなグレムリンはマダヲに攻撃を、それもテクニックなど見る影もない乱雑な攻撃を仕掛ける。平時ならばかわせたかもしれないその一撃は、確かにマダヲを捉えた。攻撃は確かに当たった。当たったが、重装甲のマダヲには大した傷にもならなかった。しかし、それを利用したものがいた。ボルグである。ボルグも力任せな攻撃を繰り出したが、ダメージを受けた衝撃で回避が難しくなっていたマダヲには命中してしまった。しかも、かなりの大火力がマダヲに叩き込まれてしまった。かろうじて体力の一割ほどを残して耐えたが、それでも苦境に追い込まれたのは変わりあるまい。

マダヲは即座に自分に治癒をかける。万全とはいかないまでも、安全域まで体力を回復できた。タサルはボルグへと剣を振り抜き、確かに命中させる。かなりいい一撃だったのだが、やはり先ほどかけられた魔法の効力は大きく、致命にまでは遠く至らなかった。これまで不遇だったサの銃弾もまたボルグを貫いた。
怒りを隠せないグレムリンは、凝りもせずマダヲに噛みついた。マダヲはそれをかわさなかったが、それでもまるで被害を受けていない。
(なんだこいつ、しつこいな)
などと思いつつ、マダヲは軽くあしらった。続いてのボルグの大上段に構えた一撃はタサルに命中してしまうった。それはかわしようもないほどの見事な一撃で、タサルはかなりの痛手を負ったが、かろうじてまだ立っていた。
サの銃撃は好調だった。寸分たがわずボルグを狙い撃った。装甲を無視する魔法による負傷を着実に与えていた。タサルも堅実にボルグの肢体に傷を刻んでいった。マダヲは自らの回復に専念した。
ボルグの武器は、今度はタサルを捉えていた。その一撃は的確に命中し、タサルは致命傷を喰らってしまった。
地に、墜ちる。時の流れは何倍にも感じられた。一瞬一瞬自らの命が弱っていくのを感じた。
(このままでは、死んでしまう。それも……)
彼は、意識を手放した。

――ふと、仲間の声が聞こえた。
「死ぬな!生きろ!グレムリンの前で死んでもいいのか?!」
サの声だった。考えた。嫌だった。猛烈に嫌だった。こんなところで死にたくはなかった。意識を手放し、あまつさえその生すらも手放そうとしていた少年は、生を、次の選択を、これからの未来を、二度と手に放さないと決意した。その決意に共鳴し、得体のしれぬ、暖かい力が沸き上がる。
(人の子よ……)
そんな声が最後に聞こえた気がした。

「おうおう、お前のお仲間はひょろっちいなあ!」
グレムリンは死にかけの剣士を傍目に、まだ怒り心頭で煽りながらマダヲを狙った。やはり命中こそすれ、わずかな傷すらも与えることは無かった。
「お前の攻撃もひょろっちいな!」
「あぁ?!」
相変わらずマダヲは上手にヘイトを稼いでいた。

すぐにタサルは目を覚ました。マダヲが神聖魔法【アウェイクン】を行使したのだ。戦況は少し進んでいた。サが銃弾を放ち、ようやくボルグの息の根を止めていたのだ。タサルは二人に目配せし、グレムリンに切りかかる。
グレムリンは最後の抵抗とばかりにマダヲに噛みつかんとした。今度は多少の傷を与えることができたが、全体から見れば大した負傷ではなかった。

マダヲ、タサルともにグレムリンに切りかかるが、パーティー全体としてのバランスが回復しきっておらず、回避されてしまった。
どうやらぐだついていたのはグレムリンもそうだったらしく、こちらとてあたらなかった。

マダヲ、タサルがグレムリンに回避させて作った隙を、サが狙い撃ち、翼を傷つけた。グレムリンは、
「オメエ許さんからな!」
と執拗にマダヲを攻撃したが、やはりマダヲの装備に完全にはじかれていた。
「ふん、雑魚め」

タサルは、この状況に飽き飽きしていた。それこそ神にでもすがるかのように気合を入れ直し、グレムリンに切りかかる。おそらく、その一呼吸がなければ回避されていただろうが、見事にグレムリンを貫いていた。マダヲもかなりいい線をついて殴りかかったのだが、こちらはグレムリンが素早かったというほかあるまい。わずかに拳一個分の差でかわされてしまった。サのガンは寄りにもよってここで故障を起こしてしまった。
グレムリンの攻撃は、マダヲの盾裁きの前では打撃にすらならなかった。

最後の一撃は、マダヲによるものだった。ヘビーメイスの一打が、グレムリンを完全に地面に叩き落とした。
いずれ神になると誓った男の、鉄槌であった。

「「「お疲れさまでした」」」
「あのグレムリンってやつうざかったな」
「本当に」
「マダヲさん、マジでありがとうございました」
「いえいえ、これは私が神になる第一歩なので」
「マダヲさん、神がかってましたよ。さすが神になることを目指す存在だ」
「ありがとう」
ふと、タサルは疑問に思った。
「神になることを目指しているんですか?」
「ええ、もちろん。私は神になるために冒険者になったのです」
「なるほど……でもマダヲさんならいけそうな気がします!」
こののち、マダヲが時折説いているインフォトゥニオ教の教えに、タサルは比較的熱心に耳を傾けるようになったのだが、それはまた別の話である。



話をしながら、20分ほどかけて剥ぎ取りを終え、そろそろ野営準備を始めようか、といった頃のことだった。

――突如地面から、大きな音が響き渡る。その音はとどまることを知らず大きくなっていく。よく見ればそれは地を走る亀裂だった。亀裂はさらに進み続ける。そしてついに、三人の足元にも亀裂が走り、大きく体勢を崩してしまう。そこで三人の意識はいったん途絶えた。

どれほどの時が過ぎただろうか。三人が目を覚ますと、二つのものが目に入った。一つは崖、
そしてそこに広がる遺跡と思しきもの。いや、正しくは崖ではない。三人が周囲を見渡せば、そこがくぼんでいるのだとわかった。周りを360 度囲うように崖に覆われている。そしてもう一つは、少し離れたところにいる、三人分の人影だった。



前話:なし
次話: 第零話 Side B「挑戦者の森」

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最終更新:2022年03月23日 23:22