第零話Side B「挑戦者の森」




ユーシズ魔導公国。ブルライト地方一の魔法技術を有し、強大な魔力を持ったマグヌス、当代であれば“大魔導公”ヴァンデルケン・マグヌスにより治められている国家である。かの国の有する魔法学園は他に類を見ないもので、貴族からも冒険者からも重用されている。そんな国のある表通りで、奇妙な三人組が出会いを果たすことになる。彼らについても物語らねばなるまい。

ロンは、ユーシズに住むグラスランナーである。ところが、ロンは少年とも少女ともとれるやや長髪をしていて、普段は帽子と緩い服を着て暮らしているため、ロンの種族や性別を知るものは、実のところほとんどいない。長くユーシズの民衆に遊ばれている遊戯のあがりの合図をロンというのだが、その際にりきんで生まれたことから名づけられた、とロンは語る。グラスランナーらしく、ロンもまた趣味人であるのだが、彼の趣味は世界の珍味探しである。そんなロンだが軽い武器を扱う戦闘スタイルで、相手にダメージを与えることよりも、相手の攻撃を回避することの方を得意としている。

(みーなのキャラメーカー(β版)様より)

トゥリフィリ・タリアはユーシズの貴族令嬢である。いわゆる天才肌であり、ピアノや水泳なども2カ月ほどで特技といえる段階にまで上達してしまうほどだった。メリアの貴族家であるタリア家と懇意にしていた家からの許嫁と16歳にして結婚し、順調そのものの人生を送っていた。
しかし、そんな平穏な日常はある時をきっかけに崩れ去った。彼女が21歳のとき、夫が何者かによって暗殺されたのだ。そしてその三年後には両親もなくなり、彼女が当主となった。天才肌な彼女の才をもってしても、三人の主要人物を失ったタリア家を存続させることは難しいものだった。彼女が36歳になるころにはかつての栄華を完全に失ってしまった。彼女は、そうして旅に出たのだった。
あえてよかった点を挙げるのならば、その天才肌までは失われていなかったことだ。旅先で真語魔法に触れる機会を得た彼女は、それを起点に真語魔法を吸収していき、多少の戦闘もこなせるようになっていた。きっと生易しいものではないとは思いながら、それでもタリア家にかつての光を取り戻すべく、前を向くことを決してあきらめないトゥリフィリなのであった。



そして、もう一人がリコである。彼はレプラカーンのキルヒア神官なのだが、ある種の器用貧乏の雰囲気を醸し出している。本や歌が好きで、キルヒア神殿の聖歌隊に参加していたのだが、生まれつきの虚弱体質で長く歌うとせき込んでしまう厄介な特性を持っていた。数年前まではユーシズの魔法学園の生徒でもあったのだが、在学中の様々な経験ののち、この特性はある程度抑えられるようになっていた。19歳のころ、突如起きた火事により家を失い家族はけがを負ってしまった。家の立て直しや家族の生活補助などお金の必要な場面は多く、冒険者を始めたのだった。一方で、その火事については若干の疑念を抱いてもいるのだった。

(Picrew  「ななめーかー」 様より)



「冒険者支部がこの辺にあるって聞いたんだけどなあ」
ロンはユーシズのある通り沿いを歩いていた。
冒険者ギルド支部。アルフレイムのすべての冒険者は、いずれかの冒険者ギルド支部に所属し、依頼を受けることになっている。ブルライト地方有数の大国であるユーシズにも、もちろん冒険者ギルド支部がいくつか存在する。ロンはそれを目指してここを訪れていたのだ。もっとも、途中で買い食いをしていたり、店に入って魔道具に触れ店主に怒られたりなどを繰り返しているあたりは、非常にグラスランナーらしさを携えている。久しぶりにユーシズに戻ってきたトゥリフィリもまた、偶然その近くを歩いていた。二人の目に、〈黄昏の指輪亭〉と書かれた看板が目に入り、入り口近くまで近づいたときのことだった。

「キャー!引ったくりよ!!」
女性の悲鳴が上がった。その女性の指さす先を見ると、自分のものではなさそうなバッグを携えた、みるからにガラの悪い男が走り去ろうとしていた。真っ先に動いたのはロンだった。ロンはその男を追いかけ、事態を解決しようとした。幸い、各地を旅してまわっていたロンにとって追いつくのはさほど難しくなかった。
「何だガキ!こっち来んじゃねえよ!」
「はーい」
そう返答したロンは、男の後ろを一定の距離を保って並走した。男がスピードを上げればロンもまた加速しついていった。

それにイラついた男は、
「んなんだオメェ、邪魔なんだよ!どけ!」
と戦闘態勢に入った。
「ええ、そんなあ」
男はカバンを投げ捨て、ロンを殴ろうと大きく振りかぶる。剣士の回避力を持つロンにとって、かわすのはたやすかった。
「あ?すばしっけえなテメェ」
「あらあら」
男は懲りずに何度も殴りかかろうとするが、そのたびにロンによって躱されるのだった。とはいえ、ただの乱暴な攻撃ではあっても、十数回に一回は命中してしまい、ロンの胸倉が掴まれてしまった。
「うわーたすけてー」
絶妙に緊張感のない悲鳴だった。一発殴られてはいるのだがたいして痛がった様子もない。

一方、そんなやり取りをトゥリフィリは遠めに見守っていた。
(あー、なんか形勢逆転したな……)
面倒ごとにはかかわりたくないが、少年(?)が傷つけられるのもそれはそれで寝覚めが悪いと思った彼女は、少し近づきはしたがそれ以上のことはしなかった。

そこで、店の中から一人が外に出て来た。リコである。
「なになに~?なんか賑やかだねえ」
「ですわね。あれは、なんなんでしょう」
「んー、引ったくり?」
「あー、そういえば先ほど女性がそのようなことを叫んでいたような気がしますわね」
「あの子、ずっとかわし続けてるね」
「ですわね。いい加減手を出してもいいと思うのですが」
「んー、僕直接は戦えないし、こんな感じで~」
とリコは唐突に持っていた楽器を構え、曲を奏で始めた。トゥリフィリはそんなリコを怪訝な目で見つめていたが、不思議とその曲には周囲を高揚させる効果があった。
「いきなりどうなさいましたの?」
「あそっか、お姉さん冒険者じゃないのか。吟遊詩人(バード)って言って、歌の力で味方を強化したり敵を弱体化したり、いろいろ出来るんだ~」
「あなたがバードなのは予想してましたけど、なぜ今?それだとよけている方だけでなく、襲っている側も当たりやすくなるのではないですか?」
「ん-、そうなんだけどね、多少襲っている側が当てやすくなっても、あの子は延々と回避できそうだし、名前わかんないけどあの子の攻撃当たりやすくなる方が……一向に攻撃しそうにないね……」
「あの襲われている方に関しては、当たる当たらない以前に殴る気がないというか……」
「すごく実力のある子っぽくは見えるんだけど……わかんないや」
「なにか心の底から相手を馬鹿にしているような、そんなものを感じますわね」
「そういうのなのかなあ」

そうしてしばらくして、騒ぎを聞きつけた衛兵がやってきた。衛兵は状況に困惑しつつも警棒で男をたたき、昏倒させることに成功した。
「あー、死ぬかと思ったあ」
とは微塵も死にそうになかったロンの言葉である。
「えーっと……とりあえずこいつはお縄ということで詰め所に連れていくが、あとでお話聞けるかな?確認だが、こいつの罪状は引ったくりということで間違いないかい?」
「えー、私知らない!わかんない!」
「そ、そうか」
諦めたのか、投げ捨てられていた荷物を衛兵が掴み、被害者探しの方に移行した。
「こちらの荷物をお持ちだった方は?」
すると女性が名乗り出て、荷物を受け取った。その際、(その女性もまた状況を読めていなかったのだが)ロンに向かって感謝を述べて一例して去っていった。衛兵もまた男を引き連れて詰所の方に向かうのだった。

そうして、3人が残された。
「ふう、いい汗かいたー。ええと、どこに向かおうとしてたんだっけ。お風呂だっけ?」
そんなロンにリコが声をかける。
「そこのおに、おねーさん?見事な腕前だったけどもしかして戦った経験あったりするの?」
「ないよー」
「な、ないの?!」
「ないないない」
「それであれができるならすごいや……」
「だって、パンチが来る場所って相手の拳がある場所しかないでしょ。つまりそういうことだよ」
「へええ」

トゥリフィリはリコの後ろで、その会話の意図を理解できず、困惑の目線を向けていた。
「そういやさあ、ここらへんに……なんだっけ?ギルドって言ったっけ?それある?」
「あー、あるよあるよ。もしかして、おに、おねーさん?ギルドに来た人?」
「そそそ。そういうこと」
「じゃあこっちこっち」
リコが先導し、〈黄昏の指輪亭〉へと入っていく。振り向きざまに、
「お姉さんどうする?」
とリコがトゥリフィリに声をかけた。
「では丁度良い機会ですし、私も合流してもよろしくて?」
「もっちろーん」
「ありがとうございます」
にこにこするリコを先頭に、3人ともが入っていった。

ここは、冒険者ギルド支部〈黄昏の指輪亭〉。
数人の冒険者が依頼掲示板の前に集い、何か手ごろな依頼はないかとうなっていたり、少し遅めの昼飯を堪能していたりとしていた。これが冒険者ギルド支部の日常的な昼下がりのようだ。ギルド支部長と思しき男性も、今は仕事が落ち着いているのか新聞を広げて読んでいた。三人が入ってきたのに気づくと、そのナイトメアの男性が話しかけてきた。

(Picrew  「Ryon式おとこのこ」 様より)

「おや、坊ちゃん嬢ちゃんたち、君たちは……あれか、もしかして冒険者登録に来た人たちか」
「そだよー」
とロンが答える。
「そうか。では、この紙に、自分の名前と種族、年齢、得意分野、それに住所だな。それの記入をお願いしたい。交易共通語の文字は書けるかな?」
「なんくるないさー!」
「そこなお嬢さんは?」
「ええ、問題ありませんわ」
「そこのレプラカーンの坊っちゃんも……大丈夫そうだな」
「それから君たち、泊まるところはあるかい?住所を書く欄はあるが、それなりの頻度で定住場所がない人もいるから」
トゥリフィリには住むところがあったのだが、放浪気質のリコや、冒険者として家から離れているロンにとってはありがたい申し出だった。
「んー、それがさ、ここに来たばっかでみつかってないんだよね」
「そうか、冒険に出ていないときはうちの二階を使うといいだろう。まだ数室空きがあるからな。一週間当たり後払いで150ってところだな」
「じゃあお世話になろっかなー」
「僕も僕もー」



「名前、種族……よし大丈夫そうだな。……おっと、自己紹介を忘れていた。この冒険者ギルド支部〈黄昏の指輪亭〉で支部長をしている、ジェームズ・ローという。よろしく頼むよ。この後なんだが、冒険者登録にあたって実力の把握をしておきたい。こっちへ来てもらえるか」
ジェームズはギルドカウンターから出て、ギルドの奥の方へと向かい歩いて行った。どうやら裏庭があるようだ。
「これが噂の『裏口に来い』ってやつかあ……」
などと冗談めいた発言をしているロンを筆頭に、3人ともがついていった。

裏庭には、冒険者の使うこぢんまりとした訓練場のようなものがあった。
「君たち、チームで戦った経験はあるかい?」
「いえ、ありませんわね」
「ないでーす」
「なーい」
「そうか。冒険者になるなら集団戦の基礎を学んでおくことは重要だ。ロン君、トゥリフィリ君、リコ君、しっかり聞いておくように。それとわずかではあるが実戦も交えて教えようと思う」

十数分にわたり、基礎的な説明を受けた後、模擬戦を行うこととなった。
「一応、体力や精神力の回復手段はあるし、消耗品もこちらで補填するから、いつも通りの戦い方を見せてくれればいい。まず、戦闘には準備が必要だ。武器を持ち換えたりだとか、騎手なら馬に乗ったりだとか、そういったことは事前に済ませておくべきだ。魔法などの一部には事前に発動させておくべきものがあるが……リコ君にはあるんじゃないか」
「んー……?あ、アレのことね」
そういって、リコはいくつかの言葉を紡ぐ。その言葉は、神聖魔法の第二階位にして、”賢神”キルヒアの信仰を持つ神官のみが紡ぐことのできる祈り、【ペネトレイト】を形作っていた。【ペネトレイト】、それは神の英知の一部を借り受け、敵について知るための魔法である。

「次は敵対勢力の戦法や特殊能力を観察する段階になる。知人に頼んで作ってもらった案山子なんだが、この案山子の能力が分かるか試してほしい」
賢者の心得をもつトゥリフィリだけでなく、ロンやリコもこの魔物、通称マギ案山子のことを理解できた。トゥリフィリはさらに深い洞察により、この案山子の弱点をおおよそ看破することができた。物理的な衝撃に弱いこの案山子は、ロンにとって相性がいいといえるだろう。

「どうやら相手のことは理解できたようだね。次に、相手より先んじて戦い始められるかを確かめてみよう」
斥候の能力を持つロンは、案山子の攻撃が始まる前に行動を開始することができた。彼の的確な指示に、トゥリフィリとリコが従う。

「よし、なかなかやるな。先に動けた側の特権として、戦力の初期配置というのがある。この際の陣形はかなり重要だ」
先ほどのレクチャーにあった中から、三人は接敵せず密集した状態での行動開始を選択する。この形は神官や操霊術師がパーティに居る場合は選択されやすい陣形であり、支援魔法や障壁魔法を先に打ってから攻撃に出るというスタンスである。
「まずはリコ君が動くといいだろう」
ジェームズにそういわれたリコは、神聖魔法の【フィールド・プロテクション】を行使する。神官が最も初期に習得する魔法のひとつであり、神官を中心とした空間に居るものに、障壁を与える魔法である。続いて、リコは懐から白色のカードを取り出し、ロンに話しかける。
「えーっと、ロン君……だよね。武器要る?」
と言うと、一瞬のうちに白いカードが剣へと変質し、ロンの手の内に収まる。驚きはしたようだったが、ロンはそれを受け取った。
「じゃあ僕の行動ここまで!」
と笑顔で告げる。
「そうだな、トゥリフィリ君は真語魔法の使い手だったね。【エネルギー・ボルト】を使ってみるといいだろう」
「ではあの案山子を狙ってみますわね」
トゥリフィリは魔法文明語の呪文を紡ぎ、自らの手の中に実体のないマナの矢を作り上げる。
真、第一階位の攻。瞬閃、熱線――光矢(ヴェス・ヴァスト・ル・バン。スルセア・ヒーティス――ヴぉルギア)

呪文の詠唱が終了した瞬間、その矢は彼女の手を離れ、鋭く案山子に突き刺さった。
続いて、ロンが前線に出て接敵し、手傷を負った案山子に追い打ちをかける。
「いまいち効いてないっぽいなあ」
ロンの攻撃は命中していたのだが、そこまでの大打撃とはならなかった。
案山子の自動反撃モードがオンになり、接敵状態にあった2体の案山子が攻撃を仕掛ける。ロンは1撃目を易々と躱したのだが、それでバランスを崩してしまったのか、2撃目の直前で躓いて刃を受けてしまった。奥の遠距離型マギ案山子は矢をトゥリフィリに向けて放つ。戦士職のような体術を持たない彼女には避けるのは至難の業で、攻撃を受けてしまった。

リコは、お気に入りの楽器を抱えて呪歌の【モラル】を演奏し始め、ロンの命中の精度を高めていく。トゥリフィリは先ほどと同様に【エネルギー・ボルト】を放ち、追撃を重ねていく。ロンも剣を振るう。テクニカルに振るわれたその剣は、急所を捉え大ダメージをたたき出す。
前線の案山子2体はロンに攻撃を加え、うち一撃はロンに命中する。体力の半分を割るところまで削られてしまった。後方の案山子はまたもトゥリフィリを狙い、さきほどと同程度のけがを負わせた。

「そこまで」
ジェームズの声が走る。
「お疲れさま。おおよそ君たちの実力は把握できた。いったんカウンターの方に戻ろうか」
「うう、ひどい目にあった」
ロンはそんなことをぼやきつつも、建物の中へと戻っていくのだった。



十分な休息や回復を行ったのち、ジェームズが話しかける。
「そうだな、あの程度の力量があれば問題ない。これは定期的に来る依頼なんだが、少し拘束期間が長いから難易度のわりに悪くない報酬が出る。これを見てくれ」
と彼が提示した紙には、以下のように書かれていた。

&i{依頼内容}
&i{依頼主:アレク薬局}
&i{報酬:2100Gおよび事前報酬}
&i{内容:定期依頼につき冒険者募集。当薬局はちょっとした体調不良に効く薬品を作っているのだが、その薬品の原料になる薬草の採取をお願いしたい。カゴ6個分程度集めてくれるとありがたい。東方草と呼ばれる草で、基本的にはもっと大陸の東側でないと取れないものだが、この付近だと、ユーシズから南西に徒歩7日ほどのところにある「悪魔の分け前」の南側に群生地があるようだ。必要に応じて馬車を用意できる。なにか疑問点等あればアレク薬局のヨハン・アレクまで。}

「ああ、つまりこれはどういうことかというとだな……」
と、ジェームズが要約して伝える。
「依頼に関して何か質問はあるかな?」
「2100G……天引きも考えると一人頭660Gといったところでしょうか。冒険者になったばかりのわたくしたちにはちょうどいい依頼なのではないでしょうか。」

一方で、ロンには気がかりな点があった。ロンは殺生が好きではないのだ。敵対しているわけでもない植物の命を無為に奪うことは、そこまで良しとしなかった。
「植物だって命なんだ。私は植物を食べないが、これは命の座席を巡った争いだ。仕方がない、そうだ仕方がないんだ」
ふと語調を変えてロンは悩みを吐露していたのだが、最終的には依頼を受けることにした。

「何を言っているのかはよくわかりませんが、生命というのは、いつかは消えてなくなってしまうものですから。植物でも動物でも死ぬときは死ぬんですよ」
「おばさんなんか達観してるね」
「……誰がおばさんですって?」
「えっ、あなた」
トゥリフィリは普段温厚な性格をしているのだが、この言葉はさすがに頭に血が上ったようで、魔法文明語で何事かをつぶやく。結果として、ロンにマナの矢が突き刺さったのだが、グラスランナーであるロンはその効果を抵抗しドヤ顔で効果を打ち消した。

そんなこんなはあったが、三人ともこの依頼を受けることに賛成した。

「はい、受領していただき感謝するよ。馬車を用意してくれるようだが、これはどうしたい?」
「さすがに7日となりますと、私たちの負担的にも120Gの天引きで済むのならば、馬車を用意していただいた方がいいのかなと思いますが、いかがでしょうか」
「じゃそれでー」
「さんせー!」
「わかった。ではそのように手配しておこう。こちらの方で書類を用意するからサインをしてほしい」
さっとサインの記入を済ませ、依頼受領証を受け取る。多少の買い物を済ませ、希望を胸に一行は最初の依頼へと向かうのだった。。




馬に揺られること数時間、これと言ってめぼしいものはなく、街道と平原が広がる中を進んでいた。ふと、一本の木が目に入った。よく見てみると、上の方に猫が居て、下りられなくなってしまっていた。筋力が乏しいリコやロンにかわり、真語魔法使い(ソーサラー)のトゥリフィリが木に登り、無事に猫を地面に下ろすことができた。猫はてくてくとその木から離れていくのだが、トゥリフィリはその猫が彼女に対して、まるでついてきてほしいとでもいうかのように時折後ろを振り返り視線を向けていることに気づいた。彼女はそのままついていくことにした。その先は、薬草の群生地になっていた。〈魔香草〉や〈救命草〉も生えており、ふとした幸運に恵まれることとなった。
「先ほどの猫ちゃんについていきましたら、薬草の場所を教えていただきましたわ」
とトゥリフィリは薬草をかかえてロンやリコのところへ帰っていく。
「そういや君って、草なのに草を刈ることに抵抗はないの?」
「たしかにむやみな殺生は心が痛みますが、それは植物だろうと植物じゃなかろうと同じです。わたくしたちに必要なものでそれが命のやり取りが伴うものであるならば、その生命とそれを育んだ自然に感謝すればよいだけのことです」
「そういうもんなんだ」
「わたくしみたいなメリアと植物は似て異なるものですから」
そのような話もしながら、道を進んでいったのだった。

30 kmほどの道のりを越え、一行は少し開けた場所で野営することにした。
ふと、トゥリフィリがこんな事を言い出した。
「やっぱり腹の虫がおさまりませんわ」
あのとき、冒険者ギルドで言われたことを、いまだに許してはいないのだった。トゥリフィリは【エネルギー・ボルト】を放つのだが、やはりロンに抵抗されてしまった。どころか、器用なことにロンはそれを避けた先の枯れ葉に命中させて、
「あっ、ありがとう」
と言いながら火種として活用しているの始末だった。トゥリフィリはむーっとしかめっ面になる。そんなのどこ吹く風、とでもいいたげにロンは料理を進めていた。ロンの料理の腕には、確かなものがあった。野営中でありながら、街中で食べられる料理と遜色がないものが3人の前に並ぶ。パンに加え、味気なく癖の強い保存食を少しアレンジして、香りのよいスープと少し臭みけしの処理をされた干し肉料理を作っていたのだ。

日が落ち、夜の帳が下りて行った。夕食後はささっと就寝の準備を整えて、あとは寝るだけという状態になった。
メリアのトゥリフィリは、寝る必要がないので、ロンに
「いやー、野営が楽だね」
と言われていたのだが、実のところメリアは[暗視]を持たない。レプラカーンのリコは暗闇でもある程度は見えるので、基本的にはトゥリフィリが、明るいときにはロンが、暗いときにはリコがそばについて野営をしていた。幸いにも、野営中にモンスターに襲われるようなこともなく、無理のない行進スケジュールだったこともあり、3人とも十分な休息をとることができた。

翌朝のことだ。行進を再開してしばらくしたころ、誰かの落とし物だったのだろうか、道端で二点分に相当する〈魔晶石〉を手に入れることができた。二日目はこのほかには幸運にも不運にも恵まれることは無く、順調な旅路であった。そうして、順路のほとんどを終え、日が傾いたころ、再びロンの料理の腕が光る。リコも多少は手伝おうということで、付け合わせのスープを作っていた。料理能力に秀でているわけではないリコにしては、なかなかの仕上がりのようだった。昨日はロンに対し明確な敵意を向けていたトゥリフィリだったが、ここでは彼女も料理を手伝おうと思っていた。……のだが、彼女が担当したサラダはほとんど切られていない葉物野菜に、ほとんど油と言って差し支えない“ドレッシング”がかかった、とても食欲をそそるものとは程遠い何かだった。
「こういうことなら、母上か家政婦の方から習っておくべきでしたわ」
「いやー、君センスないから習っても仕方ないよ」


――再びトゥリフィリの堪忍袋の緒が切れた。彼女はこれ以上にない怒りを込めて、マナの矢をロンに放つ。今度こそは真にロンの心の臓を捉えた、はずだった。それほど着実な一矢すら、ロンは抵抗してしまった。運の良さもあるだろうが、魔法に対する高い耐性を持っているのは間違いないといえるだろう。

夜の闇に、虫の声とちょっとした喧騒がこだましていた。そして虫の声だけが残され、どんどん闇が濃くなっていく。結果として敵襲もなく、安眠を経て無事に朝を迎えた。




翌朝、ほんの少しすすんだところから、薬草の探索を始めることができた。
そのエリア一帯では、一部に東方草が映えていた。周囲一帯を巡れば、それなりの数の東方草の収穫を期待できるだろうと思われた。一行はまず南へ向かい、薬草を収集した。そこでは平野が広がっていた。リコは何も感じず探索を続けていたのだが、ロンやトゥリフィリは揺れを感じ、作業が止まってしまう。
「揺れましたね」
「揺れたねー」
「え、そうなの?」
「気のせい、ぐらいの大きさでしたが、少し地面がぐらっとしたような」
「にぶいねー。まったく、食べすぎだよー!」
「いやー、まいっちゃうなあ」

一行はさらに南へと進んでいく。代り映えのしない平野が続く。ところが、トゥリフィリとリコはある事に気が付く。ここのエリアには、普通の草と目的の薬草に加え、いくばくかの毒草も混じっているようだ。ロンは毒草と東方草を見分けることができず、この付近ではほとんど収穫ができなかった。
「これも食べられるかなあ?」
「それは、毒草ですわよ。よく見てくださいまし」
「えぇ?!ほんとに?」
「ほかの薬草とこの部分が違いますわ」
と、毒草と薬草の差異を見せながら伝えるトゥリフィリだったが、やはりあまりしっくりとは来ていないようだった。というよりは、美食家としての興味が優先した、といえるかもしれない。
「えー、でももしかしたら珍味かもしれないよー」
「そう思うのなら、止めはしませんわよ」
「えー、やめとくかあ……」

そこから、東に向かって歩いてみることにした。ロンは、そのエリアに入ってすぐのところで、一気にカゴの何割かを占められる量の薬草を見つけられた。そこから奥では相変わらずの平野が続き、飽きすら感じながら歩いていた時、いきなり3人ともが体勢を崩してしまった。どうやら4mほどの深さの穴が開いており、そこに落ちてしまったようだ。素早い身のこなしに定評があるロンは、うまいこと受け身を取り、衝撃を殺すことができた。そのような心得を持たないトゥリフィリとロンにとってはおおきな痛手となってしまう。穴から上って抜け出そうとしたのだが、筋力の貧弱なロンや若干薄幸気味なトゥリフィリは、上る途中で落ちてしまう。冒険者が携帯している〈冒険者セット〉の中には、〈ロープ〉が含まれている。先に上ることができたリコが〈ロープ〉を垂らすことによって、ロンはようやく上ることができた。
「いやー、助かるよ」
「お互い様だよ!」

ところが、トゥリフィリは、またも滑り落ちてけがを負ってしまう。
「どんくさいなー」
「大丈夫―?」
「少々お待ちを。手汗がひどくて、滑ってしまって」
「がんばれー」
悲しいかな、やはりまた転げ落ちてしまった。
「だ、大丈夫???」
のぞきこんだリコが声をかける。リコは本腰を入れて〈ロープ〉を引っ張る準備をし、ロンも手を添える。
「少し落ち着きますわね」
穴の底で、トゥリフィリは深呼吸し、一気に駆け上がる。4度目にして、ようやくトゥリフィリは穴の底から脱出することができた。
「ところで、さきほど私のことを『どんくさい』とおっしゃっていた方がいらっしゃいますよね」
「だってどんくさいじゃん」

――この先に起きることは、容易に想像ができるだろう。最大限の怒りを込めたマナの矢が放たれる。この時ばかりは、その衝撃がロンに突き刺さる。これまでの怒りのすべてを詰め込まれたその矢の威力は、ロンの体力の3/4を消し飛ばすほどだった。

「あ゛ー、いや今のは……効いたね。それはそうと死にそう……」
「これでここ2、3日の憤懣は晴れましたわ」

涼しい顔をしてトゥリフィリが語る。とはいえ、さすがに傷ついている状態で、さらに冒険者たちだけで死闘を繰り広げたことを反省したため、いったん休憩をとることにした。三人で協力して、傷だらけのロンを〈救命草〉で癒していくが、薬草の使用に秀でた野伏の技能を持つ者はいないため、あまり回復できなかった。
「ひどい傷……いったい誰がこんなことを……」
ロンは発言の主をじーっと見つめる。リコはさらに回復を試みて、ロンに神聖魔法の【キュアウーンズ】をかける。それは着実に効果を示し、このなかではワントップ盾となるロンの体力は最大まで回復することができた。

今度の一行は北上することにした。起伏の激しい丘陵地帯に入ったのだが、慣れない足場ということもあり、トゥリフィリは盛大に転んでしまう。その上、かなり平衡感覚がゆがむ程度には木が乱立していて、迷ってしまったようで、北上したはずなのに気づいたら南下してしまった。もう一度丘陵地帯にチャレンジしたのだが、なぜかそういった心得を持たない、方向音痴のはずのリコがまるで天啓を得たかのように正しい道へと導くこととなった。

このエリアから早く抜け出そうと考え、北上したところ、そこは再び平野になっていた。どこから現れたのか、数体の蛮族が3人に襲い掛かってきた。

その蛮族はアローフッドとゴブリンだったのだが、比較的有名な蛮族ということもあり、トゥリフィリはその弱点を熟知していた。ところが、先陣を切って攻撃したのは蛮族の側だった。
アローフッドと2体のゴブリンが前線に出ていたロンに集中攻撃をしたが、ロンは盾をつかって矢をはじき、持ち前の身軽さで的確に打撃を防ぎ切った。トゥリフィリはゴブリンに魔法を放ち、たしかな傷を与えた。ロンは魔法で負傷したゴブリンの首元に的確にナイフを差し込み、とどめを刺した。続いて、リコが鎮静を促す歌である【アンビエント】を奏でた。これには敵の蛮族だけでなく、吟遊詩人と組むのは初めてだった味方のロンとトゥリフィリにも効果が発揮されてしまった。

残るアローフッドとゴブリンは再びロンに攻撃を仕掛ける。しかし、呪歌に集中をそがれたこともあり、攻撃は当たることは無かった。ここでリコが演奏を取りやめた。冒険者の吟遊詩人は敵にだけ悪影響を、味方にだけいい影響を与えるために、演奏する曲を頻繁に入れ替えたり、あるいは止めたりすることが少なくない。それに続いて、トゥリフィリが魔法をゴブリンに打ち込む。体力の半分以上を持って行かれたようで、足元がふらつく様子が見てとれた。すかさずロンが切り込むのだが、とどめには至らなかった。

アローフッドとほぼほぼ瀕死のゴブリンはロンに攻撃を仕掛けるが、ほんのわずかな隙を見抜かれ避けられてしまった。
返す刀でロンがゴブリンの首を切り、ゴブリンは地に倒れた。後衛からロンの近くにやってきたリコが、白いカードを変形させ、彼の持つダガーより少し大きい武器に変質させ、ロンに手渡した。最後に残ったアローフッドは、再びロンを狙うがやはり盾ではじかれてしまう。ロンが新しい武器を携えてアローフッドの本へ駆け込み、大きく切りかかったが急所は外してしまった。再びリコは【アンビエント】を奏でるが、今回は都合よくアローフッドだけに効果が及んだようだった。

「オレ、オマエコロス」
などと言い放ちながら矢を放つアローフッドだが、やはり呪歌に手元を狂わされてしまい、ロンには当たらなかった。
「オマエオマエオマエコロス」
と相手の真似をして言い放ちながら、ロンが剣を振るうと、アローフッドの腹に命中し、そうしてアローフッドは絶命した。

剥ぎ取りと白のマテリアルカード作成を済ませたあと、気力の消費が激しかったトゥリフィリをみなで回復することにした。




その後東に向かって進むと、その先は川で隔てられていた。若干激しい川ではあったが、適度に足場を見つけ、落ちるようなことは無く無事にわたりきることができた。もっとも、トゥリフィリが東方草を採取しようとして一瞬迷子になりかけるハプニングなどはあったのだが。

川沿いに南に進むと、徐々に川幅は広がっていき、穏やかな流れとなっていた。ところどころに、上流から流れ着いたのであろう鉱石の類が転がっていた。ほとんどは使い物にならないようなものだったのだが、かろうじて2点相当の〈魔晶石〉を二つ見つけることができた。それを拾ったロンは、
「おばあちゃん、大事に使ってね」
とトゥリフィリに手渡す。トゥリフィリは、ムッとした感情を抱えつつも、貰い物は貰い物ということで、
「ありがとう」
と受け取った。また、休憩もできる環境にあったので、一時間ほどの休息をとり、気力と体力をほぼ前回にまで持って行った。

さらに南下すると、ところどころに穴が開いているような平野が広がっていた。トラップというほどのものではなさそうだが、もしかするとどれかは地下とつながっているのかもしれないと感じられるものだった。そのいずれからか出て来ていたのか、一行の眼前には数体の蛮族が現れていた。蛮族たちも一行の姿に気づき、武器を構えて走り出してくるのだった。

( ニコニ・コモンズ nc3532・nc224094・nc237227様より)



その敵は、大柄な蛮族であるボルグと、小柄なダガーフッド、それにグレムリンであった。
「これ当たったらひとたまりもなさそうだなあ」
とロンがつぶやく。ボルグとグレムリンの弱点までは見抜けなかったが、敵に先んじることに成功した。

リコは【フィールド・プロテクション】を展開し、その後白いカードを剣に変えロンに手渡す。続いてトゥリフィリが【エネルギー・ボルト】を放つ。弱点を見据えた圧縮されたエネルギーの塊がダガーフッドを刺し穿ち、一撃でその命を葬り去った。ロンは大柄なボルグへの攻撃を試みるが、運悪くかわされてしまう。
かわした勢いでボルグが振りかぶり、ロンを弾き飛ばそうとする。が、ロンは持ち前の素早さでその攻撃をかいくぐった。後衛に控えていたグレムリンはロンに【エネルギー・ボルト】を放つが、グラスランナーである彼はその魔法を打ち消すことに成功した。

さきほどのタイミングでボルグの死角に入っていたロンは、ボルグへ白刃を突きつけた。それに続くようにトゥリフィリは【エネルギー・ボルト】の対象をボルグへと変えて放つ。この二撃でボルグはかなりの手傷を負った。この状況で、リコは沈静の歌、【アンビエント】を奏で始めるのだが、敵味方ともにそれにほだされることは無く、有効打とはならなかった。
ボルグはロンへと反撃を試みるのだが、やはり大ぶりな一撃は素早いロンにはかわされてしまう。どうにか戦況を逆転しようと、グレムリンは鈍化の魔法、【ブラント・ウェポン】をロンに放つ。極めて精緻なその魔法は覆しようのないものに思えたが、ロンはその魔法ですらもはねのけた。

後衛に刃を届かせることも考えて、先にトゥリフィリが【エネルギー・ボルト】をボルグに放つ。その衝撃はボルグを大いに傷つけたが、絶命させるところまではほんのわずかに届かなかった。ロンは先ほどの攻撃の連続で少し体勢を崩していて、かなりギリギリの攻撃をボルグに仕掛けたのだが、瀕死のボルグにはそれを避けきる余力はなく、その刃を身に受けて絶命した。視界がクリアになったこともあり、グレムリンは【エネルギー・ボルト】をトゥリフィリに放つ。しかし、その影響は微々たるものだった。

反撃として、トゥリフィリはグレムリンに【エネルギー・ボルト】を打ち返す。これまで攻撃を受けていなかったグレムリンに手傷を与えることに成功した。ロンは、グレムリンまでの距離を一気に詰め、刃に力をこめ一気に刺し穿とうとした。が、グレムリンの移動を見誤り、盛大に転んでしまった。リコは神聖魔法、【バニッシュ】を放つ。途端、グレムリンは苦痛に悶え、さらなる凶暴化が進んだ。
グレムリンはわずかな生命線をつなごうと、再びロンに【ブラント・ウェポン】を駆けることを試みるが、ロンはそれすらも華麗に消滅させた。

その状態にトゥリフィリが追い打ちをかける。極めて精緻な【エネルギー・ボルト】を放ち、グレムリンの体力をかなり損耗させる。そしてロンがとどめの一撃をグレムリンに刺しこみ、グレムリンは地に落ち絶命した。



剥ぎ取りを済ませたあと、最後のエリアでの薬草採取に挑むとかなりの量の収穫があった。
「ガッポガッポですわ!」
とロンがつぶやく。
「そうだねー」
「しかし、なんというか……あっさり終わってしまいましたわね。まあ、冒険者として初めての依頼にはちょうど良かったのかもしれませんわね……」
「生きて帰れるならそれが何よりだよ!」
「にしてもこんな沢山雑s……違う薬草が手に入るなんてね」
「カゴ六つ分とお願いされていましたけど、この量だと逆に迷惑になりませんかしら」
「たぶん採りためて、足りなくなったら採りためてって感じで、多くある分には困らないんじゃない?知らないけど」
「そうですわね。もし多すぎて要らないということでしたら、私たちでいただいて売るなり使うなりいたしましょう」
「そうしようかー」
と三人でのほほんと会話をしていたのだが、突如地面から大きな音が響き渡る。
「なんだ!」
ロンが慌てて叫ぶ。その音はとどまるところを知らず、大きくなっていく。よく見れば、それは亀裂だった。亀裂はさらに進み続ける。そしてついに。三人の足元にも亀裂が走り、大きく体勢を崩してしまう。そこで三人の意識は途切れた。

三人が目を覚ますと、まず一面の崖が目に入った。しかし、ただの崖ではなく、遺跡のようなものが広がっていた。この状況で茫然としていると、少し離れた崖から数人の人影が転がり落ちてきた。



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最終更新:2022年05月26日 01:38