第壱話「邂逅」


ハーヴェスから出発したタサル、サ、マダヲは国からの地図作成依頼で悪魔の分け前の南側を探検していた。一方ユーシズから出発したロン、トゥリフィリ、リコは、薬局からの依頼で珍しい薬草を収集していた。しかし、依頼を達成し帰り支度をしようとしたころに、突如として足元の地面が崩れ去った。これが彼らの覚えている最後の記憶である。



日がもうすぐ暮れようという薄明り。
ロン、トゥリフィリとリコは目を覚ましていた。
眼前には、一面の崖が広がっていた。よく見れば、ただの崖ではなく遺跡と思しき何かが広がっているようだった。その様子に呆然としていたのだが、しばらくして、少し離れた崖からいくつかの人影が滑ってくるところを目撃した。
「んー、あの人達ももしかして……」
遠くの人影を視認したリコがつぶやいた。
ロン(Picrew 「みーなのキャラメーカー(β版)」様より)
トゥリフィリ・タリア( ゆるドラシル 様より)
リコ(Picrew 「ななめーかー」 様より)

一方、タサルとサとマダヲもその少し後に目を覚ました。そして、彼らもまた少し離れたところにいる三人ほどの人影と崖の姿を視認した。

タサル・ローニャ(Picrew ぽんぽんぺいん 様より)
サ・イッキョ
マダヲ・インフォトゥニオ(Picrew ストイックな男メーカー 様より)

「ここは……あたり一面の崖!まるでお椀状に地形がえぐり取られたような……!」
と、現状を確認したサがつぶやく。
タサルは周囲を観察して、連れて来ていた馬がこの場に居ないことに気づき、心配そうな表情を見せた。それに対し、マダヲは
「まあでも、一緒に落ちてこなかっただけ、まだ幸いと考えるべきではないですか?」
とフォローを入れた。
「馬の心配よりも、今はまずどうするか……」
「でも、これ登れないですよね?」
現実思考のサであったが、タサルの言う通り、登るのは難しそうだった。試しに、と〈ロープ〉を取り出して登れないかと試みたのだが、かえって落石を招いてしまったようだ。大けがを負うような落石ではなかったが、崖のすぐそばからは離れることにした。
「登れなさそうですけど、どうしますか?ここで野宿しますか……?向こうに人?いますけど、あれは……」
気になったタサルは、声をかけに行くことにした。マダヲもそれについていき、サは少し警戒気味で、後列で銃を持って控えていた。



タサルが口火を切る。
「お姉さんたちこんなところでどうしたんですか?」
「あなたたちは神を信じますか?」
少なくとも「お姉さん」ではないロンとリコが、トゥリフィリに視線を向けると、彼女は
「ナンパなら今はお断りですのよ」
と返した。もっとも、マダヲの言い放った後者はナンパにしても尖りすぎているのだが。

「えー、さすがにこんなところで僕もナンパなんかしないよ。っていうか、僕たちはそこから落ちて来たんだけど、お姉さんたちは帰り道とか知ってるんですか?」
「知らないなあ」
「知らないですわね」
おどけた口調のタサルに対し、ロンとトゥリフィリが口々に答える。
「大丈夫!上に戻る道を知らなくても、神を信じていれば、いつかきっと救われることでしょう」
「マダヲさん、さっきそうやって言って落ちたじゃないですか」
「確かにそうだな」
「うっ……」
タサルとサの突っ込みに、マダヲは口をつぐんだ。

トゥリフィリが素朴な質問を投げる。
「えーっと、皆さま、新手の宗教勧誘の方々ですの?」
「違います!」
「いや、宗教勧誘はこいつだけだ」
「そうです!マダヲさんだけです!」
「なるほど……なかなか癖が強い方ですのね……」

「ところで、どうしてこんなところに?」
「どうしてもこうしても、わたくしたちは……」
「薬草採ってたらいきなり地震が起きてさ」
「そうですわね。依頼で薬草を集めていたら、こんなことになっていた、という感じでしょうか」
サの疑問に、トゥリフィリとロンが答えた。

「僕らの方も、依頼でこの辺の地図作ってて、そこが抜けたのに巻き込まれたから、ほぼ一緒な感じかなあ……」

タサルの言葉ののち、数秒の沈黙が流れた。

「……ってことは、誰も戻り方が分からない……?」
嫌な予感が皆の頭によぎったが、初めて事実を口に出したのはタサルだった。
「そういうことに……なりますわね……」
「あちゃー……」
トゥリフィリが追認し、タサル含め皆が頭を抱えることになった。

「とりあえず、あの崖は登れないってことが僕らの方で分かってるので」
「登ろうとしたけど登れなかったぞ」
タサルの発言をサが肯定した。
「なんで登ろうとしたの?」
「ほかに解決方法もないしな」
「さすがに試してみるほかはなかったですね」
「そこ二人が登ろうとしたので登れるかなあって」
「そ、そうかあ……」
質問したロンは回答に多少困惑の表情を見せた。

「崖は登れなさそうなんで、他の道を探した方がいいかなあと思うんですけど、みなさんはどうですか?」
「登れない以上そうするべきだろうな」
タサルの提案に、サだけでなく皆が頷き同意した。

「ここで会ったのも何かの縁ということで、そちらのお三方もよろしければ一緒にどうですか?」
とマダヲが切り出した。
「そうですわね。新しい神に染まるつもりは、今はありませんが、目的が一緒なのでしたらぜひ協力いたしましょう」
「うーん、それは残念ですねえ……まあ、私はいつか神になりますので、私の思想に共感してくださることがあれば、そのときは信仰してくださると助かりますねえ」

それには返さず、トゥリフィリは振り向いて確認を取る。
「ということですけど、いかがですか、ロンさん?」
「えー、別にいいんだけど、なんか怖いなあって」
「ロンさんは、どなたか神を信仰なさっているのですか?」
「別に~」
「でしたらちょうどいいのではないですか?」
「やだよ」
ロンは即答した。

「きっと、ほかの種族に対して無礼な口を利くことはなくなると思いますわよ?」
「なーにー?そんなに『おばさん』って言われたの根に持ってるの?」
怒りで血が上ったトゥリフィリは、今度こそロンを仕留めようとエネルギーボルトの構えをとったが、先ほどの戦闘からさして時間も経っていなかったため、十分なマナを持ち合わせていなかった。代わりにロンのすねを足蹴にしようと試みた。戦闘後とは言え剣士職のロンは、こけそうになりながらもその足蹴をかわした。

そんな漫才を眺めていたサがつぶやく。
「お二人さん、仲いいようだな」
「うん、そうなんだよねー。パーティー組んだばっかりなんだけど、すっかり意気投合?じゃあないけど、もう馴染んでるっぽいねー」

ユーシズ出発組のやや不安げな表情を読み取ったタサルは
「マダヲさんとか、言う事ちょっとアレだけど、普通にいい人だからそんなに警戒しなくても、多分おそらくきっと大丈夫だと思いますよ」
と補足した。
「僕はキルヒア様の神官だから、新しい宗教に興味はないけれど、でもここを脱出するために協力するのは全然問題ないと思うよ」
「そうですわね。そちらの方は、少なくとも長命種のメリアに対して『ババア』と言ってくるような方よりは、だいぶ礼儀がしっかりされている方のように思いますわ」
「さっきからいちいちうるさいなあ」
漫才をやめて会話に合流した二人は、合流しても相変わらずの言い合いを繰り広げていた。

「ところで、周りの崖が登れなさそうなんだが、みんなはどうするつもりなんだ?」
脱線して行っていた話題を、サが元に戻す。
「ひとまず、早いところ迂回路をさがして、日が完全に沈み切る前にはここを出たいものではありますわね」
そうして、6人があたりを見渡してなにか道はないかと調べようとした。[暗視]ができるものも何人かいるのだが、至った結論は同じだった。日が沈みつつあるこの状況で、探索をするのは危険だ。崖の高さもそれなりにあり、抜け出すためには迂回路を見つけたとしてもかなり時間がかかってしまいそうだ。多少の回復と睡眠の方がいいだろう、という風に思い至った。

また、サはかろうじて日が差している部分にある小屋の跡を見つけた。
「ここに休めそうな小屋があるぜ」
「とりあえずそっちで少し休憩してからにしますか」
「野ざらしで寝るよりはそっちの方がいいかもしれないですね」
落石の危険性を避けるためにも、ここで寝るのが良いだろうと、ハーヴェス出発組の意見は固まったようだ。

先ほどの話が上の空だったロンは、
「近くを探索してみよっか!」
と松明に火をつけ歩きだそうとした。が、だいたい同じくらいのタイミングで皆の腹の虫が騒ぎ出した。それに気づいたロンは、持ち前の料理スキルで保存食のアレンジを始めた。
「塩味がきつすぎるんだよなあ」
と、パパっと調理をしていった。
「ロン君の料理はすごいんだよー。保存食をアレンジしてお店で出てくるような味にしちゃうんだからすごいよねー」
と、昨日ロンのアレンジ料理を堪能していたリコが言う。

ハンターとしての修練を積んでいたサは、おいしいものを想像しながら保存食を食べる、という、はたから見ればわびしく思える食べ方で食事をしていた。
「まあこういうのには慣れていますからねえ」
と言いながら、マダヲも似たような手法を使っているようだった。
日は、ほとんど落ちてしまっていた。
ふと、サがタサルに声をかける。曰く、死にかけの状態のまま寝るのもよくないだろうから、少し回復させてからにしよう、との提案だった。願ってもない提案だったので、タサルは快諾したのだが、次の瞬間サはタサルに〈ガン〉の銃口を向けた。魔動機術の第二階位、【ヒーリング・バレット】だ。誰が考えたのか、銃弾に癒しの力をこめ撃ち込むことで回復するという魔法である。
「これ、こわい!」
そう告げるタサルに対し、サは容赦なく引き金を引いた。癒しの力は確かに発揮され、タサルは傷だらけの状態からはいくばくか脱することができた。



たとえ旅慣れた冒険者であったとしても、普段とは異なる状態では多少睡眠の質は悪化するものだ。家から飛び出して、手を挙げた初めての冒険でハプニングに巻き込まれたタサルにとって、この状態は不安でならなかった。この場にいる自分以外の五人についても、本当に信じられる人たちなのかをはかりかねていたのも、彼の不安を増長させた。不安は彼の表情を濁らせることこそしなかったが、不眠という形で彼に襲い掛かった。一方、そもそも睡眠を必要としないメリアのトゥリフィリと、好奇心に任せて探検したり料理したりと動き回っていたグラスランナーのロンは、普段とも引けを取らない十分な休息をとることができた。

冒険者である以上、やはり野営の準備はしてから寝ることにした。日付が変わるまでのしばらくは、トゥリフィリとロンが担当になった。
「この時間は私たちの担当にしましょう。……まったく、私はメリアではありますが、夜中のタダ働き要因ではないのですよ」
「いいじゃん、僕らは眠りが必要な人族なんだから、そんぐらいやってよお」
ロンは、極めて眠そうな声でトゥリフィリに答えた。
「まあ、そう言われたら、それまでですけど……。どうせこんな場所でぼーっとしていても何も休まりませんし……。9時から12時まではロンさんでしたっけ?」
「うん」
「行きましょうか」

そうしてふたりは野営準備を整えることにした。
「じゃあ3時になったら起こしてくれ」
と言い残し、サは眠りについた。

最初の数時間はこれと言って何事もなく済んだ。
「おやすみー」
「タサルさんを起こしてきてくださるかしら」
「あー、うん、わかったよー」

ロンは、テントに入りタサルの枕元に近寄ると、
「タサル君おきてー」
と言いながら濡らした布を彼の顔にかけた。
「ひえっ」という悲鳴とともに飛び起きたタサルにロンは、
「あー、おはよう」とのんきに語り掛ける。
「お、おはようござ……え、今の何、え、お化け???」
「いや、寝起きにはやっぱり濡れたタオルかなあって思って。はい」
「は?」
「え?ああ、そっか。見張り交代の時間だよ」
「え、あ、は、はい……そう、ですか」
タサルは不意打ちに揺さぶられたままだった。

が、ふと我に返って。
「……その冷たいタオルで起こすことなくないですか?」
「ちょっと脅かすぐらいが、一番目が覚めるかなあって」
「えぇ……」
タサルはロンの思考の奔放さに振り回されていた。しかし、タサルは少しいたずらっぽさを含んだ表情で、
「じゃあ次があったらロンさんもそうやって起こしますね」
と返した。
「ええ~、やだなー」
「嫌なことしないでくださいよ」
「わかったー」
「はい、えっと、おやすみなさい」
「おやすみー」
ロンの言葉の節々からあふれ出る眠気をタサルは読み取っていた。

見張り場所に向かったタサルは、
「お疲れ様です。見張り交代しました。今までに何かありました?」
とトゥリフィリに話しかける。
「特にめぼしいものはありませんでしたわね」
「何もなかったならよかったです」
「ここだけの話、私、夜はあまり目が効かないので見落としてるかもしれませんが。しかし、少なくともこちらに害意を向けているようなものは感じられませんでしたわ」
「僕もあんまり暗いところ得意じゃないんですけど……獣に襲われるとか、そういうのがなければ大丈夫じゃないですかね?」
トゥリフィリも首肯する。実際、メリアと人間はいずれも[暗視]を持ち合わせていない。このパーティーでは、[暗視]持ちはルーンフォークのサと、レプラカーンのリコだけである。
「……むしろ一晩中すみません。女の人に見張りをお願いしてしまって」
「いえいえ。これも冒険者としてのメリアの一つの使命、とでも言いましょうか。嫌だと言って小屋にこもるのもいいですが、どのみち眠れないですし、暇ですしね」
「暇つぶしになるようなものを提供できればよかったんですけど……僕も含めみんな体力的にやばいので……」
少し思案した後、
「お疲れだと思いますし、何か飲み物でもいれましょうか?ココアかなにか」
タサルはそう提案した。
一瞬、実家の紅茶を思い浮かべたトゥリフィリではあったが、あまり贅沢のいえるような状況でもない。タサルの厚意を素直に受け取ることにした。
「せっかくですし、ココアをいただきましょう」
「はーい」
金属製のコップに、冒険者セットに忍ばせていたココアの粉と、焚火で温めた湯を注ぐ。その温かさに、二人はほっと嘆息した。穏やかな時間が過ぎていった。交代の少し前、トゥリフィリはなにかの鳴き声のような音を聞き分けた。少し身構え、声の方へ向かってみたところ、ただのカラスのようで、敵意の類は感じられなかった。

3時になったので、タサルはサを起こしに行った。
「おはようございます」
濡れタオルも肩ゆすりも必要なく、サはすんなりと起床した。
「おはようございまーす。最後の見張りおねがいしまーす」
「分かった」

そうしてサは外へ向かった。
「おはようございます」
「あら、おはようございます。こんな時間ですのに、ちゃんと起きてくださったのですね」
「まあ、野宿生活は長いから、寝起きはいいんだよ」
「なるほど、それはこれからも心強いですわね」
「ところで、今までに何かあった?」
「そうですわね、特にはないですね。ところで、あなたは暗いところは得意でして?」
「ああ、俺はルーンフォークだからな」
「なるほど、それは見張りにも適役ですわね。なんなら、私の代わりに夜中中ずっと見張りに居てもいいんですのよ?」
「暗いところも見えるとはいえ、睡眠はとらないといけないからな」
「それは、まさしくその通りですわね」
サは、先ほど使って弾切れになっていた,〈トラドール〉を整備し、弾を込め直していた。

その後は、焚火からあまり離れない範囲で少し周囲を歩いていたのだが、突如石が落ちて来てしまった。全力で回避行動をとったこともあり、かなりギリギリで避けることこそできたものの、少し疲弊してしまった。サは小声で
「危なかったぜ」
とつぶやく。石の落ちる音を聞いたトゥリフィリは
「大丈夫ですの?」
と問いかける。
「何とか避けられたよ」
「そうですか、無事ならよかったですわ」
「いやしかし、ここはよく石が降ってくるな」
「こんな切り立った崖ですし、それくらいは仕方のないことですわ。まだ、小屋に直撃した石がないだけ幸いというものですわ」
「まあ魔物とかが出て来てるわけでもないからな」



そうして、日が昇る6時を迎えた。金属の食器を鳴らしながら、
「起きて」
サが寝ている4人を起こしに行くと、
「あと五年……」
とつぶやいたロンに対し、トゥリフィリが蹴りを入れる。普段なら滅多に当たらない蹴りなのだが、完全に寝ぼけてしまっているロンには避けられなさそうな一撃になる、はずだった。割と本気で蹴りかかっていたトゥリフィリだが、直前で理性が働いたことでバランスを崩し、近くの床を蹴って転んでしまうのだった。
「ま、まあ、これから何かが起きるかもしれないのに、ここでいらぬ怪我をさせるのは、ね……」
と自分を納得させるかのようにぼそりとつぶやいたのだった。

その間もサは
「カンカンカンカン!起きて!」
と金属音を鳴らし続けていたので、
「おはよう」
「おはようございまーす」
「ふわーあ」
とみな立て続けに起床した。

そして、ふと空を見上げ、気づいた。そこには、一つの大きな空島が浮かんでいた。今一行が居る穴は、もともとあった地面の一部が空へ飛んでいった結果としてお椀状のくぼみとして生じたのだろう、という推察に、誰からともなくたどり着いた。
それ以外には、ある方向に道が一つ見えた。それ以外の方向は、土や瓦礫で埋まってしまっているようだ。
先に進む前に、睡眠では回復しきれなかった体力を回復しておこうという話になった。野伏の技能を持っているトゥリフィリとタサルが、サとタサル自身をそれぞれ回復する。
「道が一つ見えるぞ。まるで、あそこに行けと言われているようだ」
「それは神のお告げですか?」
「そこら辺は神官のお二人に聞いてくれ」
「それはキルヒア様じゃなくてティダン様の領域かな」
「まあ細かいことはよくわからないですが、行ってみるしかないんじゃないですかねえ」
といずれ神になる男は言った。
「結局、私が神にいずれなるので、今から私が行ったことがお告げとして正しく受け取られてもいいんじゃないですかねえ」
「まあ行ってみないと始まらないからなあ」
「とりあえず行ってみますか」
「そこの彼はなかなか攻めた発言をするんだねえ」
「気にしないほうがいいですよ」
「そっかそっか」
リコの感想をよそに、タサル、サとマダヲは積極的に先に向かおうとしていた。

道の奥を進んでいくと、いくつか天井に向かって立つ塔が見えた。あたりには家や少し大き目の建物が並んでいるが、ほとんどのエリアは土で覆われてしまっている。

ある程度進んで周囲を観察してみたところ、この遺跡が魔動機文明(アル・メナス)時代の遺跡であるということが分かった。魔動機文明時代は300年前の〈大破局(ディアボリック・トライアンフ)〉で崩壊した、一つ前の文明である。〈魔動機〉と呼ばれるアイテムが人々にいきわたり、特権階級でない人たちにも魔法の恩恵がもたらされていた時代である。技能としては魔動機術(マギテック)錬金術(アルケミスト)が、種族としてはルーンフォークが生まれた時代でもある。加えて、ハーヴェスやユーシズの近くではいくつか遺跡が報告されていたが、この悪魔の分け前の付近では大規模遺跡は発見されていなかったはずだ、とロンとトゥリフィリは思い至った。

周辺(図中S付近)を探索していると、看板を発見した。これによると、現在地は第六階段と呼ばれる施設のようだ。しかし、上を見上げてみると、第六階段は途中で折れてしまっていて、どうあがいても第六階段からは地上にはたどり着けなさそうだ、ということが分かった。
また、看板には矢印が二つ書かれており、元来た地点から遠ざかる方向に行くと第七階段が、近づく方向に行くと、第五階段があるようだ。第七階段は直通で地上に通じているようで、第五階段は途中で折れてしまってはいるものの、そこから比較的緩やかな崖に沿って登っていけば地上まで行けるように見える。タサルとトゥリフィリは、第五階段側であれば落石の危険があるが素早く登れ、魔物も少ないだろうと思った。また、第七階段側では落石の危険は少なそうだが、魔物が巣食っている可能性が高いだろうと思った。

「どっち行きますか?」
タサルを中心に考え始めたが、トゥリフィリは棒倒しで決めようとした。トゥリフィリの経験上、考えてどうにもならない時にはランダムに頼るのもやぶさかではないのが彼女のスタイルだった。その結果は第七階段側を指し示した。
「では第五階段に行きましょう」
そうマダヲが言う。
「棒倒しなど信じてはいけません。神を信じてください」
「神を信じるのであれば(ランダムに決めた)第七階段ではありませんか?」
とトゥリフィリが反駁する。
「棒に神が宿っているとお思いですか。神はサイコロを振らないとも言います」
「それは昔の方の意見でしょう」
と、問答を繰り返していた。

二手に分かれるなどの奇案も浮かんだが、最終的には多くの情報が得られそう、ということで第七階段側に向かうことになった。
第六階段を離れようとしたとき、ふとあるネックレスがタサルの目に入った。それほど豪奢なものではないが、なぜか存在感のあるネックレスだった。
「あ、なんか落ちてる!」
タサルは、(これ、希少な品なのかな……?)などと思いつつ、そのネックレスを拾い上げ皆を呼んだ。近づいてよく観察してみると、ロンやトゥリフィリ、マダヲには気づくことがあった。このネックレスは、”月神”シーンの聖印がモチーフにされているようだ。持ち主は見つからないが、ここが魔動機文明の遺跡である以上、300年前の大破局かそれ以前に亡くなった人が身に着けていたものなのだろうと推察できた。また、このネックレスからはほのかな魔力を感じ、貴重な品であるかもしれないと感じた。

「金になりそうだな」
「なんか奇麗!」
と眺めていたサと、ネックレスを持ち上げているタサルがつぶやく。
「シーンってたしか、ティダンの奥さんだっけ?」
「うん、そうだよ」
「あー、なるほど。だからこの遺跡の中に……」
ロンとリコが少し考えに浸っていたところに、タサルが聞いた。
「なんかこれ、すごいやつなんですか?」
「んー、なんかね、神様の加護がありそう。知らんけど」
ロンが感覚で答える。
「やはり持って行って金にするか」
「質に入れたらそれなりになるかもしれませんわね」
サとトゥリフィリがその金銭的価値に注目していた傍ら、タサルは誰に持っていてもらうのがいいか思案していた。

「神様のってことは、神様に仕える人が持っていた方がいい感じのやつですか?」
そういって一瞬マダヲの方を向いたタサルだったが、(神様に仕えている……?)というひっかかりを覚え、もう一人の神官であるリコの方に向き直った。
「魔剣かどうかまでは分かんないけど、シーン様にゆかりがあるものなのは間違いなさそうだね。神様の立場でも、人と心が離れちゃうのは悲しいだろうし、持って行ってもいいと思うな」
その後ろで、マダヲは「おい、おれは神だぞ」と若干の不快感を示していたのだが、5人はもう慣れてきており、これといって気に掛けることもなかった。

金のことばかりを考えているわけではないリコに、トゥリフィリは若干の好感を持った。
リコがすごく欲している、という感じでもなかったので、
「これ持ってたい人―、いますか?」
と、タサルが問いかける。希望者は特にいなかったので、
「こういうのはせっかくだから、きれいな女性が持ってた方がいいんですよ」
とトゥリフィリに受け渡す。
「まあ、ありがとうございます」



一行は第七階段側に向かった。階段塔の入口を過ぎた1階では、白い布がいくらか敷かれているのがまず目に入った。しかし、よく見ると盛り上がっている部分が見られ、何かにかぶせられた布であることが分かった。好奇心と宝探しの欲求が優先したロンとサとマダヲを筆頭に布をはがしに行くと、その下にはいずれも白骨死体が安置されていた。

「白骨死体だな」
サがつぶやき、後ろに構えていた3人にもそれが伝わった。この布だけではない。このエリア一帯に多くの布が並べられていることが分かる。そのいずれもが白骨死体なのだろうと理解した。中には聖印を握ったものや祈るようなしぐさをしているものもあった。これほどまでに多くの死体が発生する要因は、〈大破局(ディアボリック・トライアンフ)〉の他には考えづらいと思えた。

――〈大破局〉。安寧を享受していた魔動機文明が、突如として崩壊した原因である。大規模な自然災害が発生し、当時はほとんど地上から駆逐されていた蛮族たちが一斉蜂起を起こし、安寧が瞬く間に地獄へと塗り替えられたとされる事件である。

ここにいるものたちは、兵士であったのかもしれないし、逃げ遅れた市民だったのかもしれない、というのはこの場にいる6人に同時に思い浮かぶ情景だった。
ロンは、加えて一つ思ったことがあった。この建物には、十全な医療設備があったようには見えない。おそらく、ここは病院ではないのだろう。病院では処理しきれない多くの負傷者が発生し、やむを得ずこの場で治療を施したのかもしれない。
そのほかには階段の入口が目に入った。

「ふむ、これは壮観ですねえ」
マダヲがつぶやく。その発言を聞いたリコとタサルは露骨に表情に不快感を浮かべた。マダヲは、“導きの星神”ハルーラの神官である。しかしながら、彼にとって信仰して得られたものは少なく、むしろ不運を招いているという心象だった。そのため、彼はハルーラの神官ではあるものの、信仰心という点においてはむしろ低いともいえる特殊なケースであった。

思うことのあったリコは、
「きっと、ここにいる人たちはもうとっくに輪廻には還ってはいるんだろう。でも、それでも、神官としてこのくらいはやっておかないとね」
と言い、手を合わせ、祈りを紡いだ。
「まあそうは言いましても私も神官の端くれですしね。神官として果たすべき務めは行っておきましょう」
それにつづき、マダヲも祈りをささげることにした。彼もまた、神官としての矜持を持った一人の冒険者であるのは間違いないのだった。

「ここには他に何もないようだな」
とサは階段へと歩を進める。祈りを終えた二人も含め、みなその方向に歩き出した。その途中、トゥリフィリは幸運にも冒険に役に立ちそうな〈魔晶石〉を拾うことができた。

一行は階段を上っていった。しばらくはなにもなく、順当に上っていくことができた。
突如として衝撃音が響いた。足場が不安定な部分があり、数段分が抜けてしまったのだ。これに巻き込まれたタサルとサは、階段一周分下へ落下してしまった。
タサルは持ち前の俊敏さを駆使して受け身をとることができ、かなり衝撃を軽減することができたのだが、問題はサである。落下タイミングで体勢を崩してしまい、防具も来ていなかったため、落下の衝撃を直にくらい、さらに転がり落ちてしまったのである。命に別状こそなかったものの、かなりの被害を被ったのだった。

踊り場に出た彼らは、ひとまず体力の回復をしようということになった。20分かけてトゥリフィリとタサルが〈救命草〉を使用し、傷ついていたタサルとサは全快となった。
「これで大丈夫ですか?」
心配そうにタサルが聞くと、サは
「ああ、助かる」
と返した。
「そろそろ薬草の扱いにも慣れてきました」
実際、タサルは自分の傷を治したあとにサの傷口も的確に処置することができていた。
傷を癒したのち、さらに上へと進んでいった。次に止まった階の踊り場は、とりわけ広く設計されているようだった。



休憩にも十分そうな広さではあったが、そこには数体のアンデッドが陣取っており、一行の前に立ちはだかった。おそらくは意志を持って襲ってくるというわけではなく、ただ本能のままに生者に襲い掛かってくるのだろう。

敵の構成はゾンビ1体、ドライコープス2体、ゴースト2体であった。リコが先んじて動く。
賦術の【インスタントウェポン】を発動して、白のマテリアルカードから小剣を作り出し、ロンに手渡す。そして流れるように呪歌【モラル】を演奏し始め、味方と一部の敵の狙いを先鋭化させた。
「響け~♪」
続いて、マダヲが神聖魔法の第一階位【フィールド・プロテクション】を発動させ、皆に障壁を与えた。その後、トゥリフィリがゾンビにめがけて、真語魔法第三階位【リープ・スラッシュ】を放った。以前読んでいた文献に書いてあり、前々から練習していた魔法だったのだが、実戦経験を積むことで実用レベルになったようだ。トゥリフィリは流麗な詠唱を唱える。
真、第三階位の攻。鋼鉄、瞬閃――斬刃(ヴェス・ザルド・ル・バン。ストラル・スルセア――エスパドル)
ゾンビは深い裂傷を受けたものの、まだ立っていた。傷ついたゾンビに向かって、タサルが追撃を掛ける。軽い〈ショートソード〉ながら急所を突くことに成功し、ほぼ致命傷にまでゾンビを追い込んだ。ロンもまず片手の〈ダガー〉でゾンビに斬りかかり、ゾンビを絶命させることに成功した。つづいて、ゴーストの片割れに狙いを切り替え、もう片方の手に携えた小剣で斬りつけ、確かにダメージを与えた。控えていたサは、魔動機術で照準器を作り、弾丸に【クリティカル・バレット】の魔力を込めドライコープスに放ったのだが、すんでのところでかわされてしまった。
ドライコープス達はロンに攻勢をかける。何のことはない攻撃ではあったのだが、ロンはかわそうとして転んでしまい、追撃すらも受けることとなった。もう一体のドライコープスの攻撃もロンに集中する。しかし、即座に立ちあがたロンはその攻撃を見事回避した。2体のゴーストは、それぞれ前に出て来ていたタサルとロンに誘惑の視線を送った。これは相手を意のままに操る視線だが、二人とも気を強く持ちその圧をはねのけることに成功した。

リコは【モラル】の呪歌を継続して奏でながら少し前へ進み、ロン同様タサルにも【インスタントウェポン】で作った剣を手渡した。マダヲは手負いのロンに回復魔法の【キュア・ウーンズ】をかけ、ほぼ全快にまで持ち直した。トゥリフィリは【リープ・スラッシュ】をドライコープスに放つ。先ほどよりは威力が落ちてしまったが、体力の1/3を削り取った。つづいて、サが手負いのドライコープスに対して射撃を試みる。サが放った弾丸は見事脳天に直撃し、ドライコープスを死に至らしめた。タサルがもう一体のドライコープスに切りかかるが、振りを見切られ躱されてしまった。
ロンは手負いのゴーストに二連撃を試み、二撃目のみを命中させた、はずだった。のだが、剣は空を斬ってしまった。ゴーストは魔法を帯びていない通常武器からの攻撃を受け付けない特性を持っており、それを失念してしまっていた形だ。
「なにをしていらっしゃいますの?!」
後衛から叱責の声が届く。トゥリフィリの声だった。
生き残ったドライコープスは、タサルに襲い掛かろうとする。が、俊敏なタサルはそれをなんなくかわした。ゴーストは同じくタサルとロンに誘惑の視線を送るが、両者ともはねのけた。

リコはカードの消費が激しくなったこともあり、いったん歌を止めて次に備えることにした。トゥリフィリはドライコープスに【リープ・スラッシュ】の狙いを定めたが、魔力をうまくコントロールできず、発動に失敗してしまった。サも続いてドライコープスを狙うが、やはり外れてしまった。神官のマダヲは癒しの力を与えることで、アンデッドであるドライコープスにダメージを与えようとしたが、慣れない使い方だったこともあり、効果を発揮させられなかった。タサルも切りかかろうとするのだが、味方の攻撃がたびたび外れていることに衝撃を受けて狙いが外れてしまった。ロンは切り替えて、ゴーストにインスタントウェポンで切りかかることにした。残り一息というところまでゴーストを削ることができた。もう一方の武器ではゴーストにダメージを与えられないので、ダガーでドライコープスに切りかかり、かろうじてわずかなダメージを与えることができた。
ドライコープスはタサルに襲い掛かるが、やはり機敏な動きのタサルには傷一つつけられない。ゴーストは、方針を変えてロンとタサルに呪いの腕を伸ばして攻撃しようとしたが、ゴーストのうごきは遅く、前衛職の二人には難なく回避された。

サの使っている〈トラドール〉は装填数が三発で、使い切ってしまっていたので手早く装填作業に移った。
「うーん、こういうのはどうだろ」
とリコがつぶやいて、《魔法拡大/数》を用いて【キュア・ウーンズ】を敵3体に向かって放つ。本来回復用として使う魔法ではあるのだが、アンデッドに対しては「浄化」として作用し、かえってダメージを与えるのが、神官の使う回復の特徴といえる。詠唱がうまくいったこともあり、敵はいずれも抵抗できなかった。削られていたゴーストの一方を削り切り、残りのドライコープスとゴーストにもそれなりのダメージを与えた。トゥリフィリはどうもやはり不調なようで、放った【リープ・スラッシュ】は弱弱しいものになってしまった。とはいえ、魔法はそのものが強力であり、たしかにドライコープスを傷つけた。マダヲも【キュア・ウーンズ】による攻撃を試みたが、やはり効果は発揮できなかった。タサルはこれまでの恨み募ってとばかりにドライコープスに切りかかった。結果、鋭い剣戟がドライコープスを裂き、その命を的確に終わらせた。ロンは
「ダガーなんて捨ててかかってこいよ」
と言う古典の名セリフを吐き捨てつつ、なぜか自らダガーを捨て、一刀でゴーストに切りかかった。見事命中し、ゴーストの体力も残りわずかとなった。
ゴーストは、最後のあがきにタサルに呪いの腕を伸ばそうとする。が、やはりタサルにはかわされた。

タサルはその勢いのまま斬り返し、タサルの剣撃は一閃を描きゴーストを両断した。

アンデッドが一掃されたことにより、この踊り場はしばらく安全な場所になるだろう。周囲や上下を軽く観察してみたが、アンデッドの気配は直近にはなさそうだと感じた。窓からは地下都市の様子が観察でき、美しい廃墟を一行の目に映した。剥ぎ取りと並行して、気力を激しく消耗したトゥリフィリとサを中心に、〈魔香草〉を数本炊いて休憩することにした。持って来ていた〈魔香草〉のほとんどを使い切ってしまったものの、万全に近い状況まで持ち直すことができた。今回は300 G以上相当の戦利品を獲ることができていた。

〈魔香草〉を一本使ってもらったリコは、立ち上がり、
「どうか彼らの魂が安らかに正しき輪廻に戻れますように」
といいながら祈りをささげる。ロンは、手で十字を切りながら、
「アーメン」
といった。これは彼にとってはなじみの深い聖句のようだった。

〈魔香草〉を炊いている中、マダヲは突如踊りを始める。彼曰く、これは「穢れた魂に転生を促すダンス」とのことで、小気味のいいリズムに乗せて激しく手足を動かし、祈りをささげるのだった。これはハルーラの流儀というよりかは、彼の唱えるインフォトゥニオ教の流儀なのであろう。



より上階へ進もうとすると、階段がふさがってしまっていた。木や建材、金属などが混じっている障害物のようで、地道に壊す以外に先へと進む方法はなさそうだった。
タサルは、リコに新しい武器を作ってもらうことを提案してみた。というのも、この障害物相手に〈ソード〉は有効打にならなそうだからだ。リコは小ぶりな〈ウォーハンマー〉を作ってみた。
「んー、こんな感じ?」
「おー、これこれこれ」
どうやら受け取ったロンのイメージに近いものだったようだ。
「はい、タサル君にもこれ」
とリコはお手製の〈ウォーハンマー〉を手渡した。

まずはロンが殴ってみることにした。しかし、使い慣れていない武器だったこともあり、硬い障害物にはダメージが通っていなさそうだった。タサルも続いてみたが、少し崩れた程度だった。マダヲは、いつもは片手に〈ヘビーメイス〉を、もう片手に〈ラウンドシールド〉を構えているのだが、両手持ちで〈ヘビーメイス〉を振るってみることにした。〈ヘビーメイス〉に限らず、持ち方を変えると威力も大きく変わる武器は少なくない。思った以上に力が入り、向こう側が見える程度には障害物を壊すことができた。サも銃撃を試みて、多少の打撃にはなったようだ。
ロンはリベンジとばかりに、ダガーとウォーハンマーで殴りかかるのだが、比較的非力なロンはあまり壁に打撃を与えられなかった。タサルも先ほどと同程度のわずかな影響にとどまってしまった。最後にマダヲが強くヘビーメイスでたたくと、障害物は吹き飛び、先へ通れるようになった。
「やはり〈ヘビーメイス〉が一番強いんですねえ」
自慢げにマダヲがつぶやいた。
階段をそのまま上がっていくと、次の踊り場にある部屋は守衛室のようだった。地上はかなり近いだろう。また物置としても用いられていたようで、サ、ロン、タサルはちょっとした宝石を手に入れた。紫色の宝石がはめこまれた〈疾風の腕輪〉をマダヲが見つけた。斥候役としての技能をもつサがつけていた方がいいだろうということになり、マダヲはサに腕輪を渡した。トゥリフィリは、〈イフリートの髭〉を見つけた。これは、まだトゥリフィリが使用できない階位の真語魔法である【ファイアボール】が込められている特殊な〈スタッフ〉で、どうやら2回分の力が残っているようだった。



「上に参りまーす」
ロンがのんきにつぶやく。もう間もなく地上へとたどり着くことができそうだ。期待を胸に、上へ上へと進んでいこうとする。しかし、地上にたどり着く寸前に、それを妨害しようとする存在がいた。それは、またしても数体のアンデッドだった。ゾンビだけてではなく、大型で白骨化した魔物もそこに存在していた。
トゥリフィリはそのアンデッドをよく観察した。破れていてほとんどの部分は裂けてしまっているのだが、特徴的な服を着ていると感じた。かつてトゥリフィリが図書館で目にしたことのある、魔動機文明時代の軍服のようだった。おそらく、この魔物はこの遺跡のもとになっていた都市の軍人あるいは兵士だったのだろう。特に剣を持っている魔物は、首元から光るものを提げている。それは、入り口の近くで発見したものと似たネックレスだ。一つ違いがあるとすれば、そのモチーフになっている聖印がティダンのものであることだ。
それに気づいたトゥリフィリとそれを伝えられたタサル、サは、“太陽神”ティダンと“月神”シーンの関係性に思い至った。この二柱は夫婦の神として知られており、ともにまつられていることも多い。現代でも、結婚式の際に「ティダンとシーンに誓って」と誓いの言葉を述べるのは定番であり、この二柱の神をモチーフにした結婚祝いの品が送られることも少なくない。おそらくは、魔動機文明時代であっても、同じであったのだろう。
そこから考えたのは、もしかすると、このシーンのネックレスのもとの持ち主と、今は骸と化したこの軍人は、夫婦であったのかもしれない、ということだった。
理性などはとうにないのだろうが、この場のアンデッドたちは猛っていてさらに冷静を欠いているように見えた。

「踊ったから霊が怒っているんだろう」
「ふーむ、それは不服ですねえ」
サとマダヲが考察を繰り広げている中、タサルが突っ込む。
「さっきの踊りなんだったんですか?」
「あれでなんとか鎮魂は完了したはずなんですけどねえ……ちょっと甘かったですかねえ……まあそうなってしまった以上は、さまよえる哀れな魂をこの手で還してあげないといけないですねえ……」
彼曰く、鎮魂の踊りはハルーラの神殿に居た時に、仲の良かった友人とともに祈りをささげていた踊りなのだという。

「教会ってのは変な奴らばっかだなあ」
「ほんとですよね」
やや偏った教会への感想に、複雑な表情をせざるを得ないリコなのだった。
「一緒にいるのがこんな神官だっていうだけで巻き込まれてしまって」
トゥリフィリは哀愁をのせてつぶやいた。
「やっぱ一部が悪いと全体が悪く見えるんすね」
「僕だってちゃんと仕事をしてるんだから、そんなに批判しなくてもよくないじゃないですか」
マダヲはやや拗ねて、サの一言に返した。

「ねえー、そんなことよりさっさと倒して出ようよー」
ロンの言葉で、皆はアンデッドの方に再び意識を向けた。

リコはキルヒアの特殊神聖魔法【ペネトレイト】を行使し、剣を持った骨の魔物を注視した。敵は、ゾンビとスケルトンアーチャー、スケルトンソルジャーであった。
まずはリコが動いた。リコは神聖魔法の第一階位【バニッシュ】を行使する。結果、スケルトンソルジャーとゾンビ2体は恐怖に襲われ、ゾンビ1体が凶暴化した。つづいて、マダヲが【フィールド・プロテクション】を行使し障壁を作り上げる。
「【フィールド・プロテクション】行くよ!」
トゥリフィリは凶暴化したゾンビに対して【リープ・スラッシュ】を行使した。その一撃はゾンビに深々と突き刺さった。サは照準を合わせ、ゾンビに追撃をかける。それによりゾンビは虫の息となった。前線に出たロンがとどめを刺しに行く。剣先はきれいな弧を描きゾンビを抉ったが、わずかにゾンビの体力を残してしまった。それに続いたタサルは〈ショートソード〉で振りかぶり、凶暴化したゾンビを一刀のもとに両断した。
残されたゾンビ二体は、ロンに狙いを定め、大きく武器を振って攻撃しようとした。しかし、1体は攻撃を当てるどころか攻撃動作に入るタイミングで転んでしまい、不発だった。二人目の攻撃も簡単にかわせる、と思ったロンだったが、その思考に罠があった。足場がおぼつかず、ゾンビの大振りな攻撃を受けてしまった。膂力を乗せたその一撃は、軽装のロンにとってはかなりの痛手だった。
スケルトンソルジャーは、タサルに切りかかったが、あっさりといなされた。続いて、2体のスケルトンアーチャーが矢を射かけるが、そのどちらもを見切りタサルは最小限の動きで回避した。

リコは、マテリアルカードから〈ウォーハンマー〉を鍛造し、ロンに手渡す。そして、敵も巻き込んで神聖魔法による回復を行使する。スケルトンソルジャーには抵抗されたが、ゾンビ2体とロンには効果はてきめんだった。ゾンビの体力を半分消し飛ばし、ロンを全快とまでは行かないまでも持ち直させた。つづいてトゥリフィリが深く傷を負ったゾンビに【リープ・スラッシュ】を放つ。深く循環し賦活された魔力に裏打ちされた一撃は、的確にゾンビの片割れを葬った。サは、弾丸に【クリティカル・バレット】の魔力をこめ、スケルトンソルジャーを狙うが、惜しくも骨の隙間を抜けてしまった。前線のタサルは、もう一人のゾンビを狙う。一瞬間合いをはかりかねたように思えたが、その剣捌きはゾンビを捉え、その命脈を完全に断ち切った。
ロンはスケルトンソルジャーの骨の肉体に対して、〈ウォーハンマー〉をたたきつける。何度か扱ったことでその取り回しにも慣れ、骨の一部を砕くことに成功した。神官戦士のマダヲは、前線に立つ能力も持ち合わせている。〈ヘビーメイス〉を振るい、的確に骨を砕いていった。
スケルトンソルジャーは剣を大上段に構えロンに切りかかる。きわめて精緻な一撃だったが、ロンはサッとかわした。後衛のスケルトンアーチャーたちもロンに矢を射かける。その矢は両者ともにロンを刺し穿った。

――ロンは、地に墜ちる。意識もまた、途絶えていく。最後の最後で、命脈だけは、手放さずにいられた。

マダヲが真っ先に状況に対処した。
「寝てるんじゃない!働け!」
神官の最大の特徴たる覚醒の神力、【アウェイクン】である。
「んー、おはよ!」
当の気絶していたロンはというと、そういってのんきに立ち上がった。サは銃に弾を込めた。リコは先ほどに続いて、【キュア・ウーンズ】を行使する。ロンは傷だらけの窮地からは脱することができた。また、【インスタントウェポン】で作った〈ウォーハンマー〉をタサルに手渡す。つづいてトゥリフィリが【リープ・スラッシュ】を行使した。発動こそ成功したものの、身構えていたスケルトンソルジャーへの有効打にはならなかった。なぜかマダヲがここで解説を挟むのだった。
「スケルトンソルジャーの抵抗は思ったよりも高く、こちらの真語魔法を半減されてしまいました~~~!コラ~~~~~~!」
ロンが続く。
「ころす!」
〈ウォーハンマー〉の一撃はスケルトンソルジャーをたしかに捉えた。タサルも同じように殴り掛かる。当たりはしたものの、大した衝撃にはならないように見えた。しかし、この瞬間運命はタサルに味方をした。人間の持つ[運命変転]が発揮され、一撃の威力は倍増したのだった。
スケルトンソルジャーはマダヲに目をつけた。もとより回避力の高くないマダヲには、大上段の一撃であってもかわし切れなかった。威力こそ大したものではなかったのだが、確かに重装のマダヲに傷をつけた。
リコは、ふと感情の読み取りを試みてみた。グラスランナーである彼(?)は他者との意思疎通がほんのわずかに得意なのだが、そこにはどす黒く染まった心しか見えなかった。
スケルトンアーチャーの一体はマダヲへの追撃を試みる。ソルジャーへの対応に集中していたマダヲはそれを回避することができなかった。しかし、このパーティー内で最も暑い装甲の持ち主でもあるマダヲにとっては、わずかな傷でとどまった。もう一体のスケルトンアーチャーは、タサルに対して矢を射かける。マダヲと違い重装甲ではないタサルにはきつい一発だったが、その身体も闘気もけして折れてはいなかった。

魔晶石に込められたわずかなマナの残滓とトゥリフィリの精神力を合わせて、かろうじて最後の【リープ・スラッシュ】を打つことができた。殺意と気力を込めて放った一撃だったが、やはりスケルトンソルジャーにはうまく入っていかなかった。サは気力が消耗してきたこともあり、一段階込める魔力を下げて銃弾を放つ。体勢を崩したうえに、【バニッシュ】の悪影響も受け続けていたスケルトンソルジャーの動きは緩慢で、残りの体力のおよそ半分をサの【ソリッド・バレット】に削り取られた。タサルも〈ウォーハンマー〉を振るう。かなり扱いにも慣れ、的確にダメージを蓄積させていった。ロンも追撃をかけるのだが、やはり小ぶりな〈ウォーハンマー〉では限度があるようで、最低限の傷に抑えられてしまった。
味方の傷をいやすか、敵に追撃をかけるかの選択に迫られたマダヲは、後者を選択した。マダヲは最大限の祈りをこめ、キュア・ウーンズを放つ。癒しの波動は、浄化されぬ魂をもつスケルトンソルジャーへと大打撃を与え、その命を解放した。ロンは、わずかではあるがその心の黒い靄が晴れて倒れていくのを感じた。
「ころした~!」
当面の前線の脅威であったスケルトンソルジャーを倒したマダヲが勝鬨を上げる。
後衛のスケルトンアーチャーたちは、それぞれロンとタサルを狙ったが、さっとかわされた。

精神力も切れ、もうできることは無いように思われたトゥリフィリだったが、彼女には秘策が一つあった。先ほど拾っていた〈イフリートの髭〉という杖である。トゥリフィリはその杖に込められた魔力を解放する。無傷だった弓兵二体の体力を三分の一ほど削ることができた。サは、ルーンフォークの種族特徴を使用する。これは、残された体力を精神力に変換する[HP変換]というもので、継続戦闘能力をサポートしている。マダヲは先ほどに続き、【キュア・ウーンズ】での攻撃を試みるが、奇妙な幸運を発揮したスケルトンアーチャーには抵抗されてしまった。ロンとタサルは、後衛のスケルトンアーチャーに肉薄する。ロンが〈ウォーハンマー〉を振るう。〈ウォーハンマー〉捌きにもキレが見え始め、的確に二撃を叩き込んだ。タサルも追撃を試みたが、空振ってしまった。

弓兵たちは、マダヲに攻撃を集中させた。
「フッ、雑魚め」
結果は一撃がはずれ、一撃は命中したがかすり傷、という具合だった。

サが後衛から銃弾を放つ。先ほど精神力を全快させたため、【クリティカル・バレット】の魔法を込めることができた。結果、スケルトンアーチャーの体力を半分削り取った。マダヲは再び【キュア・ウーンズ】を試みるが、やはり抵抗されてしまった。残り体力の低い側に、タサルが追撃する。トゥリフィリからの声援もあり、見事に命中したその一撃は、スケルトンアーチャーの骨の身体を破砕した。ロンも追撃をしようとしていたのだが、直前で攻撃対象を変更したことで空振ってしまった。トゥリフィリは、より状況を見極めやすくするために、前線側に少し移動した。
スケルトンアーチャーは移動してきたトゥリフィリを狙う。軽装なトゥリフィリではあるが、種族的にメリアはタフであり、大ダメージではあったものの、致命傷には至らなかった。

ロン、タサルに加え、マダヲも前線に突入し、三人で攻撃を仕掛けるが、スケルトンアーチャーの骨の隙間を殴ってしまい、ダメージを与えられなかった。サが後衛から的確な一打を放つ。銃弾に的確に破砕され、もはや傷だらけとなったスケルトンソルジャーだが、それでもまだかろうじて立っていた。膠着した戦況にいら立ちを感じ始めていたタサルは、前線に出て弓兵を殴ろうとする。この分野については素人のトゥリフィリの一撃だったが、タサルの声援を受けてギリギリでスケルトンアーチャーに命中した。しかし、その拳に込められた力では、骨を傷つけることができなかった。
弓兵はロンに狙いをつける。ロンは回避を試みたものの、運悪く腕に攻撃を受けてしまった。

いら立ちをこめ、トゥリフィリが殴り掛かるが外れてしまう。リコの作ったウォーハンマーが砂へと還ってしまったロンだったが、切り替えて拳で殴りかかる。拳は彼の専門ではないが、バランスを崩したスケルトンアーチャーの顔面にラリアットをかまし、その命脈を断ち切った。

魔物たちからの剥ぎ取りをしながら、若干キレ気味にトゥリフィリが食って掛かる。
「なんで後衛のはずのわたくしが最終的に前衛まで出てるんですの?」
「えっ、なんでって……」
「あと1分遅かったら2発目のファイアボールを打ち込んでいるところでしたわよ」
「なんでといわれましても、当たらなかったというか……」
「ちょっと決め手に欠けたというか。武器も壊れちゃったし。ね?」
「そうですね。そ、それにそんなこと言ったら、それは別に前衛だけの責任じゃなくないですか?」
ロンとタサルが次々に反駁した。
「それは、その……敵が悪かったですわ」
そう言われてしまったトゥリフィリも少し落ち着きを取り戻したようだった。
「まあまあまあ、無事に片付いたことだし、さっさと街に戻って遺跡の情報を届けに行こう」
サは、いさかいをたしなめつつ、次にすべきことについて考えていた。

その傍らで、ハルーラ神官のマダヲは、不死者だったものの魂に転生を促すダンスを踊っていた。キルヒア神官のリコも、踊りこそしなかったが、祈りをささげていた。彼らの祈りは、
「「彼らの魂が正しき輪廻に戻れますように」」
に集約された。

ロンがトゥリフィリの腕をつかみ、スケルトンソルジャーの骸のもとに近づくと、精神力の高い二人には、ネックレスどうしがわずかに呼応しているのを感じた。特殊な呪いや魔法の類が込められたネックレスというわけではないが、少なくともこの一瞬だけは、なにかのつながりが発生したように思えた。二人はネックレスをどうしようか考えていたのだが、
「ここに置いててもいずれこの遺跡に来た人が持ってっちゃうだろうし、持っていった上でどこかで供養したいなあ」
とロンがつぶやいた。

「へえ、てっきり売りに出すとでもいうのかと思っていましたわ。私もそのつもりでしたけれど」
トゥリフィリが少し面食らった表情でロンにそう言った。
「僕は別に金に執着してるわけじゃないからね。僕の目的はおいしいものを食べることだよ」
「そうですか。でも、金は命より重いということは知っておいてもよいかもしれませんよ」
「グラスランナーの命はそんなに重くないよ」
少し返答に窮したトゥリフィリだったが、
「……とにかく、とりあえず二つとも持って帰って、そのあとでどうするかまた話し合いましょう」
ということにした。途中から聞いていたほかのメンバーも賛成の意を示した。



彼らを浄化すると、瘴気も晴れていき、そこはもう外への出入り口に直結していた。外に出ると、日は高く照っていた。どうやらそこはハーヴェスから来たタサル、マダヲ、サが落ちた場所からそう遠くない場所らしく、少し歩いて小高い丘からあたりを眺めると、彼らの連れてきた馬車がそのまま放置されていることに気づいた。馬は周囲の草を食べていたようで、何事もなくその場にいた。幌のついた馬車も無事であった。
「あ、捕まえなきゃ」
タサルが馬にかけよっていく。この場からはユーシズ側の馬車は見えなかったが、リコが
「んー、落ちたのはあっちの方のはずだから、いってみようか」
と言った。

「そういやぼくらどうしてここに来てたんだっけ」
「薬草を採取しに来たんだよ」
「ああ、そうだそうだ」
「あー、ちょっと悪くなっちゃってるかもだけど、まだ間に合うかもしれないね。1日しかたってないし」
「早く届けて難癖付けられないうちに売らないと……」
穴沿いに、北側へと迂回すると、そこにも荷馬車と馬が無事に残っていた。

そこで、一行は別れを告げることにした。
タサルは、別れる前に少しトゥリフィリに話しかけた。
「トゥリフィリさん、今度機会があったらロンさんを起こすときに冷たいタオルでやってください!」
寝起きの恨みはそう易々とは消えないようだった。
「今度から使わせていただきますわ」
トゥリフィリは笑みを浮かべた。
「はい!ぜひ!お願いします!」

「じゃあ、帰りますか」
サが二人を呼ぶ。
「ではどこかでお会いしましょう」
「はーい!お元気で」
「バイバイ!」
そうして、しばらく手を振って、二組は別の方向へと向かっていった。互いの出発点であるハーヴェスとユーシズへ。



ハーヴェスの冒険者ギルド支部〈潮風の剣亭〉にて。
支部長のヘレンが三人を迎える。

「おや、帰りが少し遅くなっていたからどうなっているのか不安だったけれど、無事帰って来てくれたようね。おかえりなさい。何か事情があれば、聞かせてほしいわ」
そう言ったヘレンに対して、サを中心に事情を説明する。
(Picrew 「ダウナー女子の作り方」様より)

「~~~~。馬は無事でした」
「そうでしたか。それは大変でしたね。見舞金として、ギルドの方から一人800ガメル出しましょう。冒険者が危険を冒す職業であるとはいえ、どうしても対処できないことに関してはギルドで一定の責任を取るものです。本来の依頼分も合わせて、こちらお受け取りください」

ユーシズの3人もまた、同様の金額を受け取ることとなった。こうして、壮大な紆余曲折を伴った最初の冒険は、ユーシズ組、ハーヴェス組ともに幕を閉じた。果たして、次に待つものは何なのであろうか。



ユーシズ魔導公国、その王城にて。
「おや、彼女の国が……」
高貴な雰囲気をまとう女がつぶやき、そして侍女に声をかける。
「よろしいですか。その冒険者を、ここへ招待してください」

一方、ハーヴェス王国、その王城にて。
「ほう、それは面白そうだ!悪いが冒険者ギルドの本部と連絡を取りたい!」
若さをたたえた青年は、そう宣言した。

この二人が事態に関わるとき、いかなる変革が訪れるのであろうか。それは、神のみぞ知る事なのだろう。



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最終更新:2022年03月23日 23:25