第562話:そして誤解は連鎖していく 作: ◆5KqBC89beU
 レストランの地下に刃物は存在していなかった。食材もまったく見当たらない。
前者は死活問題だが、後者は大したことではない。
九連内朱巳がレストランに求めていたのは、休憩できる場所と武器になる物だ。
結果的には、どちらも手に入らなかったということになる。
苦虫を噛み潰したような顔で、朱巳は嘆息した。
些細な動作をするだけでも、彼女は激痛に耐えねばならない。
骨を残らず砕かれた左手は、おそらく二度と使い物になるまい。
朱巳は既に缶詰を――安全だという保証のない保存食を――3個持っていた。
(動きが鈍るくらい飢えるまで食べる気になれないような食料は、もういらない)
必要以上の警戒は無駄でしかないが、必要最低限の自衛くらいはするべきだろう。
誰かに“病原菌混入済みの缶詰”が支給されていたとしても、驚愕には値しない。
市販の食品に小細工をする程度のことは、統和機構もやっていた。
缶詰の製作者には悪意がなかった、と仮定しても、安心はできない。
ここは朱巳が昨日まで生きていた世界ではない。食料品に含まれていた未知の成分が
体質に合わなかったせいで何らかの悪影響を及ぼすかもしれない。
故に、火乃香・ヘイズ・コミクロンの三人組から、朱巳は缶詰を隠した。
明らかに栄養を求めていそうな人間に缶詰を見せて「危ないから食べない方がいいと
思うわよ」などと言っても好感は抱かれまい。
手持ちのパンが尽きて缶詰を食べることになったとき、皆で平等に分かち合った後で
朱巳以外の全員が腹痛にでもなったりしようものなら、目も当てられない。そうなれば
どんなに「これは事故なのよ」と彼女が主張しても嘘くさくなるだけだ。
デイパックから懐中電灯を取り出し、缶詰を横目で見ながら朱巳は思う。
(いかにも缶詰を知らなさそうな雰囲気の敵に投げつければ、ちょっとした時間稼ぎに
使えそうではある。デイパックに入れておけば鈍器として使うこともできる。そして
一番効果的な使用法は、敵に食べさせてみること。活用しづらさはパーティーゲーム
一式に匹敵するでしょうね。まぁ、こんな物でもないよりはマシか)
眉間にしわを寄せ、今後の行動方針について朱巳は思案する。
(地下に留まるのは論外。ここにいたら味方とは合流できそうにない)
彼女の視線が、食品運搬用の小型エレベーターに向けられる。
朱巳の命を救った機械仕掛けの箱からは、パイプ椅子がはみ出ていた。
扉が閉じない限り、この装置は、地上からの呼び出しに応じられない。
(これを使って地上まで戻る。動かすと騒々しい音がするけど、それを聞く敵が近くに
いないなら関係はない。隠れるなら、敵から見えない場所にではなく、敵が見そうに
ない場所へ行かないとね。そう、例えば……敵が最初に探し終わった場所へ)
小型エレベーターがこの部屋に到着してから、十数分が経過した。
死体を抱きかかえた赤毛の男は、そろそろレストランから出たかもしれない。
(……きっと、あいつは大丈夫)
朱巳の脳裏をヒースロゥの顔がよぎる。
(だって、あいつは達人だもの。あたしに逃げられた拷問男が怒気だとか殺気だとかを
派手に撒き散らせば、それだけで目を覚まして瞬時に身構えたりできるわよ。簡単に
殺されたりするはずがないじゃない。だから、心配する必要なんか全然ない)
自分自身を騙そうとするかのように、彼女は口の端を吊り上げる。
(危険人物が襲ってきても、あいつなら自力でなんとかできる。絶対に再会できるわ)
左手の痛みを堪えながら、朱巳は小型エレベーターに向かって右腕を伸ばす。
パイプ椅子が引き抜かれ、床の上に降ろされた。
前者は死活問題だが、後者は大したことではない。
九連内朱巳がレストランに求めていたのは、休憩できる場所と武器になる物だ。
結果的には、どちらも手に入らなかったということになる。
苦虫を噛み潰したような顔で、朱巳は嘆息した。
些細な動作をするだけでも、彼女は激痛に耐えねばならない。
骨を残らず砕かれた左手は、おそらく二度と使い物になるまい。
朱巳は既に缶詰を――安全だという保証のない保存食を――3個持っていた。
(動きが鈍るくらい飢えるまで食べる気になれないような食料は、もういらない)
必要以上の警戒は無駄でしかないが、必要最低限の自衛くらいはするべきだろう。
誰かに“病原菌混入済みの缶詰”が支給されていたとしても、驚愕には値しない。
市販の食品に小細工をする程度のことは、統和機構もやっていた。
缶詰の製作者には悪意がなかった、と仮定しても、安心はできない。
ここは朱巳が昨日まで生きていた世界ではない。食料品に含まれていた未知の成分が
体質に合わなかったせいで何らかの悪影響を及ぼすかもしれない。
故に、火乃香・ヘイズ・コミクロンの三人組から、朱巳は缶詰を隠した。
明らかに栄養を求めていそうな人間に缶詰を見せて「危ないから食べない方がいいと
思うわよ」などと言っても好感は抱かれまい。
手持ちのパンが尽きて缶詰を食べることになったとき、皆で平等に分かち合った後で
朱巳以外の全員が腹痛にでもなったりしようものなら、目も当てられない。そうなれば
どんなに「これは事故なのよ」と彼女が主張しても嘘くさくなるだけだ。
デイパックから懐中電灯を取り出し、缶詰を横目で見ながら朱巳は思う。
(いかにも缶詰を知らなさそうな雰囲気の敵に投げつければ、ちょっとした時間稼ぎに
使えそうではある。デイパックに入れておけば鈍器として使うこともできる。そして
一番効果的な使用法は、敵に食べさせてみること。活用しづらさはパーティーゲーム
一式に匹敵するでしょうね。まぁ、こんな物でもないよりはマシか)
眉間にしわを寄せ、今後の行動方針について朱巳は思案する。
(地下に留まるのは論外。ここにいたら味方とは合流できそうにない)
彼女の視線が、食品運搬用の小型エレベーターに向けられる。
朱巳の命を救った機械仕掛けの箱からは、パイプ椅子がはみ出ていた。
扉が閉じない限り、この装置は、地上からの呼び出しに応じられない。
(これを使って地上まで戻る。動かすと騒々しい音がするけど、それを聞く敵が近くに
いないなら関係はない。隠れるなら、敵から見えない場所にではなく、敵が見そうに
ない場所へ行かないとね。そう、例えば……敵が最初に探し終わった場所へ)
小型エレベーターがこの部屋に到着してから、十数分が経過した。
死体を抱きかかえた赤毛の男は、そろそろレストランから出たかもしれない。
(……きっと、あいつは大丈夫)
朱巳の脳裏をヒースロゥの顔がよぎる。
(だって、あいつは達人だもの。あたしに逃げられた拷問男が怒気だとか殺気だとかを
派手に撒き散らせば、それだけで目を覚まして瞬時に身構えたりできるわよ。簡単に
殺されたりするはずがないじゃない。だから、心配する必要なんか全然ない)
自分自身を騙そうとするかのように、彼女は口の端を吊り上げる。
(危険人物が襲ってきても、あいつなら自力でなんとかできる。絶対に再会できるわ)
左手の痛みを堪えながら、朱巳は小型エレベーターに向かって右腕を伸ばす。
パイプ椅子が引き抜かれ、床の上に降ろされた。
 レストランの中にも、その周辺にも、人の姿はなかった。
生存者も、死体も、それらの痕跡も、まったく増えてはいない。
(敵も味方も、今ここにはいない)
どうやら、ヒースロゥは生きたままレストランから出られたらしい。
だからといって、彼が今もまだ無事だという確証があるわけではないが。
ヒースロゥの目的は“罪なき者”を守ることで、殺人者を討つことはその手段だ。
風の騎士は、手段に気をとられて目的を忘れるような愚者ではない。
(あいつのことだから、拷問男を放置してあたしを捜しに行ったのかもしれないわね。
ヒースロゥよりも先に拷問男と遭遇してしまったら、たぶん今度こそあたしは死ぬ。
敵がいなさそうで味方と合流しやすそうな場所へ、移動しておいた方が良さそうね)
島の地形を思い出しながら、朱巳は海洋遊園地の外を目指す。
(拷問男が付近一帯を虱潰しに調べるつもりだったとして、効率良く移動しようとする
なら、真っ先に向かう場所は神社ね。海洋遊園地よりも先に神社を調べていないなら、
あの敵は神社にいる可能性が高い。……今、神社に戻るのは得策じゃない)
南へ逃げるという選択肢は却下された。
(さて、ヒースロゥは何をどう考えてどこへ行ったのかしら?)
風の騎士は、符術使いとの戦闘中に気絶させられた。
彼は、符術使いが朱巳たちの前から走り去ったことを知らない。
目覚めた彼は、意識がなかった間に何が起きたのかを知ろうとするだろう。
符術使いと戦った場所に、手掛かりとなりそうなものは残されていない。
(あたしは囮になって、符術使いと対戦しつつどこかへ移動した。その後、親切な人が
倒れていたヒースロゥをレストランまで運んだけど、拷問男から逃げるために離れて
いった――あいつは、そんな風に考えたんじゃないかしら)
海洋遊園地の内外を繋ぐ門へ、朱巳は近づいていく。
(符術使いと同じく遠距離攻撃を得意とするヘイズに、あたしは勝てなかった。それを
知っているあいつなら、あたしの苦戦を想定しそうね。三人組がいるはずの地域まで
敵を誘導するとか、そんな余裕なんかあたしにはなかった――たぶん、そう判断して
あいつは行動する)
ヒースロゥの居場所は特定できそうになかった。
(三人組との合流は、すぐにはできないでしょうね。かなり遠くにいそうだもの)
周囲を見回しながら、朱巳は溜息をつく。
(東に行っても三人組には追いつけそうにない。同じ方向へ進むよりも逆方向に動いて
進路上で待ち伏せた方がいい。誰もいなさそうな場所にしばらく潜伏してましょう。
……北の市街地に今も屍がいれば、すごく助かるんだけど)
魔界刑事の現在地は、風の騎士のそれよりもさらに予測不能だった。
(とりあえず、北へ行くとしましょうか)
左手をなるべく動かさないように注意して、朱巳はデイパックを背負い直す。
無言のまま、彼女は商店街に足を踏み入れた。
慎重に歩を進めながら、頭の片隅で朱巳は考え続ける。
(なんで拷問男は火乃香を捜していたのかしら? それに、拷問男の捜す『CD』って
ヴァーミリオン・CD・ヘイズのことなんじゃないの?)
様々な言葉が、彼女の脳内に列挙されていく。
(拷問男。女の遺体を横抱きにした赤毛の男。愛しげな視線で女の死体を見つめる男。
初対面の相手を殺せる危険人物。拷問する機会の多い職業。『ホノカ』と『CD』を
捜す理由。殺害。復讐。仇討ち。ドレス姿の女の亡骸。愛する人の死。『ホノカ』と
『CD』のせいで失われた命。……火乃香とヘイズが、拷問男の想い人を殺した?)
神社で情報交換した際に聞いた名前を、朱巳は思い出した。
(拷問男の抱えていた女がマージョリー・ドーだとすれば……拷問男はバカマルコと
呼ばれていたらしい、その相棒。名簿にバカマルコなんて名前は載ってないから、
本名じゃなくて愛称なんでしょう。「たぶんマージョリーと一緒にミラーハウスの
残骸に埋もれたはずだぜ」って聞いてはいたけど……マージョリーがバカマルコを
かばって守り、そのせいでマージョリーは死んだらしいわね)
鬱陶しげに舌打ちし、朱巳はバカマルコを胸中で罵った。
生存者も、死体も、それらの痕跡も、まったく増えてはいない。
(敵も味方も、今ここにはいない)
どうやら、ヒースロゥは生きたままレストランから出られたらしい。
だからといって、彼が今もまだ無事だという確証があるわけではないが。
ヒースロゥの目的は“罪なき者”を守ることで、殺人者を討つことはその手段だ。
風の騎士は、手段に気をとられて目的を忘れるような愚者ではない。
(あいつのことだから、拷問男を放置してあたしを捜しに行ったのかもしれないわね。
ヒースロゥよりも先に拷問男と遭遇してしまったら、たぶん今度こそあたしは死ぬ。
敵がいなさそうで味方と合流しやすそうな場所へ、移動しておいた方が良さそうね)
島の地形を思い出しながら、朱巳は海洋遊園地の外を目指す。
(拷問男が付近一帯を虱潰しに調べるつもりだったとして、効率良く移動しようとする
なら、真っ先に向かう場所は神社ね。海洋遊園地よりも先に神社を調べていないなら、
あの敵は神社にいる可能性が高い。……今、神社に戻るのは得策じゃない)
南へ逃げるという選択肢は却下された。
(さて、ヒースロゥは何をどう考えてどこへ行ったのかしら?)
風の騎士は、符術使いとの戦闘中に気絶させられた。
彼は、符術使いが朱巳たちの前から走り去ったことを知らない。
目覚めた彼は、意識がなかった間に何が起きたのかを知ろうとするだろう。
符術使いと戦った場所に、手掛かりとなりそうなものは残されていない。
(あたしは囮になって、符術使いと対戦しつつどこかへ移動した。その後、親切な人が
倒れていたヒースロゥをレストランまで運んだけど、拷問男から逃げるために離れて
いった――あいつは、そんな風に考えたんじゃないかしら)
海洋遊園地の内外を繋ぐ門へ、朱巳は近づいていく。
(符術使いと同じく遠距離攻撃を得意とするヘイズに、あたしは勝てなかった。それを
知っているあいつなら、あたしの苦戦を想定しそうね。三人組がいるはずの地域まで
敵を誘導するとか、そんな余裕なんかあたしにはなかった――たぶん、そう判断して
あいつは行動する)
ヒースロゥの居場所は特定できそうになかった。
(三人組との合流は、すぐにはできないでしょうね。かなり遠くにいそうだもの)
周囲を見回しながら、朱巳は溜息をつく。
(東に行っても三人組には追いつけそうにない。同じ方向へ進むよりも逆方向に動いて
進路上で待ち伏せた方がいい。誰もいなさそうな場所にしばらく潜伏してましょう。
……北の市街地に今も屍がいれば、すごく助かるんだけど)
魔界刑事の現在地は、風の騎士のそれよりもさらに予測不能だった。
(とりあえず、北へ行くとしましょうか)
左手をなるべく動かさないように注意して、朱巳はデイパックを背負い直す。
無言のまま、彼女は商店街に足を踏み入れた。
慎重に歩を進めながら、頭の片隅で朱巳は考え続ける。
(なんで拷問男は火乃香を捜していたのかしら? それに、拷問男の捜す『CD』って
ヴァーミリオン・CD・ヘイズのことなんじゃないの?)
様々な言葉が、彼女の脳内に列挙されていく。
(拷問男。女の遺体を横抱きにした赤毛の男。愛しげな視線で女の死体を見つめる男。
初対面の相手を殺せる危険人物。拷問する機会の多い職業。『ホノカ』と『CD』を
捜す理由。殺害。復讐。仇討ち。ドレス姿の女の亡骸。愛する人の死。『ホノカ』と
『CD』のせいで失われた命。……火乃香とヘイズが、拷問男の想い人を殺した?)
神社で情報交換した際に聞いた名前を、朱巳は思い出した。
(拷問男の抱えていた女がマージョリー・ドーだとすれば……拷問男はバカマルコと
呼ばれていたらしい、その相棒。名簿にバカマルコなんて名前は載ってないから、
本名じゃなくて愛称なんでしょう。「たぶんマージョリーと一緒にミラーハウスの
残骸に埋もれたはずだぜ」って聞いてはいたけど……マージョリーがバカマルコを
かばって守り、そのせいでマージョリーは死んだらしいわね)
鬱陶しげに舌打ちし、朱巳はバカマルコを胸中で罵った。
【E-1/商店街/1日目・20:10頃】
【九連内朱巳】
[状態]:左手全体を粉砕骨折(治療不可)
[装備]:懐中電灯/サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水1300ml)/ 缶詰3個/針/糸
/トランプ以外のパーティーゲーム一式/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:バカマルコ(クレア)から逃げるために、とりあえず北へ行く
/パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
/ヒースロゥ・屍・エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索/刻印の情報を集める
/ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。
クレアとシャーネのことを、マルコシアスとマージョリーだと思っています。
【九連内朱巳】
[状態]:左手全体を粉砕骨折(治療不可)
[装備]:懐中電灯/サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水1300ml)/ 缶詰3個/針/糸
/トランプ以外のパーティーゲーム一式/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:バカマルコ(クレア)から逃げるために、とりあえず北へ行く
/パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
/ヒースロゥ・屍・エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索/刻印の情報を集める
/ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。
クレアとシャーネのことを、マルコシアスとマージョリーだと思っています。
| ←BACK | 目次へ(詳細版) | NEXT→ | 
| 第561話 | 第562話 | 第563話 | 
| 第546話 | 時系列順 | 第569話 | 
| 第528話 | 九連内朱巳 | - | 
