第569話:弔意の表現 作:◆5KqBC89beU
公民館の屋内は、さながら地獄のようだった。
死臭の漂う便所の床には、血の池が広がっている。
新庄の遺骸は、そこに転がっていた。
動かない肉体を見下ろす人影は、大きい方が男で、小さい方が女だ。
「……なんで、こんなことになっちまったんだろうな」
事件の現場を大雑把に検分し終え、出雲は小さく溜息をつく。
様々な思いが混じり合った結果として、彼の表情には陰がある。
「…………」
アリュセは眉尻を下げ、そんな連れの背中を無言で見上げている。
視線に気づき、出雲が振り返った。
二人の目が合い、言語を用いない意思疎通が成立する。
心配すんな、といった調子で、出雲はアリュセの頭をなでた。
かすかに目を細めて、彼女は安心したふりをした。
アリュセの安堵が偽物だということに、出雲は気づいている。
出雲に演技を見破られていることを、アリュセは知っている。
お互いがお互いの思いを察しているからこそ、二人とも野暮なことは言わない。
頭上の掌を払いのけて、アリュセは咳払いをした。
「ここにあるのは、ごく普通の死体ばかりだと考えて良さそうですわ。触った途端に
呪われたり魔法の罠が発動したりはしない……と思いますの」
彼女の故郷には、死霊を使役する術者がいた。己の意思で人々を呪う怨霊もいた。
異世界の術による罠があるかもしれない、という可能性も無視はできないものだ。
「死者からは、曖昧な情報がほんの少し手に入っただけで……」
大神殿における最高の術者だというだけで、死人から情報を得られるとは限らない。
何故ならば、生存者と死亡者との対話には、様々な要素が影響するからだ。
生存者の能力は当然として、死亡者の能力、周囲の環境、それらの間の相性、等々、
考慮すべき事柄は複数ある。いつどこで誰がどんな風に死んでいたとしてもその死者と
自由に話せる、などという夢物語はありえない。得体の知れない島が舞台で、殺された
異世界出身者が相手ならば、まともな交流ができなくても不思議ではない。
すべての要素が上手く噛み合った上に耳寄りな情報を得られたならば、とんでもなく
運が良い、と評しても過言ではあるまい。
報告するほどのことは何もない、という調査報告を聞いても、出雲は落胆しない。
「この島、死に関する概念が微妙に地味なのかもしれねぇな」
以前、二人が別の死体を見つけたときにも、結果は似たり寄ったりだった。
「やっぱり、新庄と他の死人がどういう間柄だったのかは謎のまま、ってことか」
遺体の位置関係や傷の状態などから推測できることは多いが、断定はできなかった。
極論すれば、催眠術か何かで操られて同士討ちさせられただけで被害者全員が本来なら
仲間だった、という可能性すらあった。
便所付近の惨状を眺めながら、アリュセは嘆息する。
「とりあえず今は何をするべきなのか――短期的な行動方針を決めておきましょうか」
寂しさの滲む声で、それでもどこか自慢げに出雲が言う。
「新庄のそばには絶対に佐山が現れるはずだ。新庄の心臓が止まっていようが、周りが
殺し合いをしてようが、関係はねぇ。いずれ必ず、あの馬鹿は新庄を迎えに来る。
新庄の横にさえいれば、向こうから勝手に近づいてくるだろうよ」
「このまましばらく公民館で休憩したい、なんて言うつもりではありませんわよね?
こちらからは遠ざかっていたようでしたけれど、はっきり言って手に負えなさそうな
怪物がC-3辺りで暴れていた以上、最善手は戦略的撤退ですの」
「ああ。まずは千里と再会してぇし、佐山捜索よりも大切なことは幾つもあるしな。
とはいえ、千里も佐山も『ゲーム』開始直後には新庄を捜してただろうから、新庄が
いそうな場所で既に遭遇してて、今は二人して俺を捜してるのかもしれねぇ。一応、
新庄は移動させとくか。どっか禁止エリアにならなさそうで誰にもイタズラされねぇ
ようなところが理想だな……油性ペンでまぶたの上に眼球描かれたりとかされると、
いくらなんでも残虐すぎて洒落にならねぇ」
冗談めかして口の端を吊り上げ、暗い雰囲気を誤魔化すように出雲は頭をかいた。
――この島では、死者ですらも資源として使い捨てられる可能性がある。
聖職者であるアリュセにとって、まともな葬儀をやれない現状は歯痒いものだ。
「遺体を放置するのは気分が良くありませんけれど、全員を手厚く葬れるだけの余裕は
ありませんわ。新庄さんの仲間だったのかもしれない方々が相手でも、大したことは
残念ながらできませんの」
困ったような顔をして、出雲は肩をすくめてみせる。
「初対面の連中がどういう弔われ方されると喜ぶのか、なんて解りゃしねぇんだから、
いっそ黙祷で済ませといた方が無難だろうと思うんだが、どうよ? 新庄の供養は、
聖書神話の方式でやりゃいいか。本格的なのは無理だが、せめてお供え物のエロ本は
発禁寸前レベルの一冊を贈りてぇな」
「えっと……覚たちの地元では、本当にそういう宗教が信仰されていますの?」
疑わしげな視線を向けてくるアリュセに対し、出雲は堂々と胸を張る。
「その通りだが、それがどうかしたかよ?」
アリュセは黙って目を伏せ、こめかみに指先を添えた。
連れの様子を不可解そうに一瞥してから、出雲は視線を新庄に向ける。
「新庄置き場はH-1の神社辺りが良さげだろうな。移動しながら商店街でエロ本を
探せそうだし、H-1って語感がそこはかとなくエロそうだし、海洋遊園地も神社も
なんとなく俺に似合いそうだから、俺を捜してる千里が来てるかもしれねぇし」
どうにか気を取り直したアリュセが、小首をかしげて問いかける。
「なんとなく似合いそう、というのは……?」
「海洋遊園地っていうからには、頭から水を被るようなアトラクションがあるだろ?
ずぶ濡れになった千里の健康的な色気を想像するだけで、もう胸が高鳴りまくりだ。
ちょっと照れながら『服脱いでしぼるからアンタはそっち向いてなさい』だなんて
言われようものなら、喜びのあまり奇声を発して千里に殴られること間違いなしだぞ
俺。情け無用の鉄拳制裁を顔面にくらいながら嬉しそうに鼻血を垂らすところまで
鮮明に思い浮かばねぇか? その後で、神社から無断で拝借しといた巫女服を千里に
差し出して爽やかに『どうよ?』って言った次の瞬間、蹴り倒されながら脚線美とか
鑑賞して幸せそうに笑ってても違和感ねぇだろ俺」
「……嫌になるくらい納得できましたわ」
熱く語る出雲の前で、アリュセは頭を抱え、呻くように同意した。
「とにかく、目的地は神社に決定ですの。途中でギギナさんと再会したら『赤毛の男の
遺体を公民館で見つけた』と伝えられますわね。さっきの部屋で殺されていた彼が
ガユスさんという方なのかどうか、確証は得られませんでしたけれど」
「まぁ、筋肉の鍛えられ具合は軟弱って感じじゃなかったよな。軟弱な性格してそうな
間抜け顔って言われりゃあ、そういう風に見えなくもなかったけどよ。遺品が誰かに
持ち去られてなけりゃ、ギギナの名前に印がついてる参加者名簿とかが残ってたかも
しれねぇが……」
「六人分の荷物となると、全部を持っていかれたとは考えにくいですわね。でも、今は
公民館内を隅々まで探索していられるような状況ではありませんの。C-3の怪物が
方向転換しないという保証はありませんものね」
「そうと決まれば、善は急げだ。新庄を担いで、さっさと出発するか」
「水は既に補給済みですから、今すぐにでも行けますわよ」
二人が公民館を出た頃には、市街地からの物騒な轟音は聞こえなくなっていた。
死臭の漂う便所の床には、血の池が広がっている。
新庄の遺骸は、そこに転がっていた。
動かない肉体を見下ろす人影は、大きい方が男で、小さい方が女だ。
「……なんで、こんなことになっちまったんだろうな」
事件の現場を大雑把に検分し終え、出雲は小さく溜息をつく。
様々な思いが混じり合った結果として、彼の表情には陰がある。
「…………」
アリュセは眉尻を下げ、そんな連れの背中を無言で見上げている。
視線に気づき、出雲が振り返った。
二人の目が合い、言語を用いない意思疎通が成立する。
心配すんな、といった調子で、出雲はアリュセの頭をなでた。
かすかに目を細めて、彼女は安心したふりをした。
アリュセの安堵が偽物だということに、出雲は気づいている。
出雲に演技を見破られていることを、アリュセは知っている。
お互いがお互いの思いを察しているからこそ、二人とも野暮なことは言わない。
頭上の掌を払いのけて、アリュセは咳払いをした。
「ここにあるのは、ごく普通の死体ばかりだと考えて良さそうですわ。触った途端に
呪われたり魔法の罠が発動したりはしない……と思いますの」
彼女の故郷には、死霊を使役する術者がいた。己の意思で人々を呪う怨霊もいた。
異世界の術による罠があるかもしれない、という可能性も無視はできないものだ。
「死者からは、曖昧な情報がほんの少し手に入っただけで……」
大神殿における最高の術者だというだけで、死人から情報を得られるとは限らない。
何故ならば、生存者と死亡者との対話には、様々な要素が影響するからだ。
生存者の能力は当然として、死亡者の能力、周囲の環境、それらの間の相性、等々、
考慮すべき事柄は複数ある。いつどこで誰がどんな風に死んでいたとしてもその死者と
自由に話せる、などという夢物語はありえない。得体の知れない島が舞台で、殺された
異世界出身者が相手ならば、まともな交流ができなくても不思議ではない。
すべての要素が上手く噛み合った上に耳寄りな情報を得られたならば、とんでもなく
運が良い、と評しても過言ではあるまい。
報告するほどのことは何もない、という調査報告を聞いても、出雲は落胆しない。
「この島、死に関する概念が微妙に地味なのかもしれねぇな」
以前、二人が別の死体を見つけたときにも、結果は似たり寄ったりだった。
「やっぱり、新庄と他の死人がどういう間柄だったのかは謎のまま、ってことか」
遺体の位置関係や傷の状態などから推測できることは多いが、断定はできなかった。
極論すれば、催眠術か何かで操られて同士討ちさせられただけで被害者全員が本来なら
仲間だった、という可能性すらあった。
便所付近の惨状を眺めながら、アリュセは嘆息する。
「とりあえず今は何をするべきなのか――短期的な行動方針を決めておきましょうか」
寂しさの滲む声で、それでもどこか自慢げに出雲が言う。
「新庄のそばには絶対に佐山が現れるはずだ。新庄の心臓が止まっていようが、周りが
殺し合いをしてようが、関係はねぇ。いずれ必ず、あの馬鹿は新庄を迎えに来る。
新庄の横にさえいれば、向こうから勝手に近づいてくるだろうよ」
「このまましばらく公民館で休憩したい、なんて言うつもりではありませんわよね?
こちらからは遠ざかっていたようでしたけれど、はっきり言って手に負えなさそうな
怪物がC-3辺りで暴れていた以上、最善手は戦略的撤退ですの」
「ああ。まずは千里と再会してぇし、佐山捜索よりも大切なことは幾つもあるしな。
とはいえ、千里も佐山も『ゲーム』開始直後には新庄を捜してただろうから、新庄が
いそうな場所で既に遭遇してて、今は二人して俺を捜してるのかもしれねぇ。一応、
新庄は移動させとくか。どっか禁止エリアにならなさそうで誰にもイタズラされねぇ
ようなところが理想だな……油性ペンでまぶたの上に眼球描かれたりとかされると、
いくらなんでも残虐すぎて洒落にならねぇ」
冗談めかして口の端を吊り上げ、暗い雰囲気を誤魔化すように出雲は頭をかいた。
――この島では、死者ですらも資源として使い捨てられる可能性がある。
聖職者であるアリュセにとって、まともな葬儀をやれない現状は歯痒いものだ。
「遺体を放置するのは気分が良くありませんけれど、全員を手厚く葬れるだけの余裕は
ありませんわ。新庄さんの仲間だったのかもしれない方々が相手でも、大したことは
残念ながらできませんの」
困ったような顔をして、出雲は肩をすくめてみせる。
「初対面の連中がどういう弔われ方されると喜ぶのか、なんて解りゃしねぇんだから、
いっそ黙祷で済ませといた方が無難だろうと思うんだが、どうよ? 新庄の供養は、
聖書神話の方式でやりゃいいか。本格的なのは無理だが、せめてお供え物のエロ本は
発禁寸前レベルの一冊を贈りてぇな」
「えっと……覚たちの地元では、本当にそういう宗教が信仰されていますの?」
疑わしげな視線を向けてくるアリュセに対し、出雲は堂々と胸を張る。
「その通りだが、それがどうかしたかよ?」
アリュセは黙って目を伏せ、こめかみに指先を添えた。
連れの様子を不可解そうに一瞥してから、出雲は視線を新庄に向ける。
「新庄置き場はH-1の神社辺りが良さげだろうな。移動しながら商店街でエロ本を
探せそうだし、H-1って語感がそこはかとなくエロそうだし、海洋遊園地も神社も
なんとなく俺に似合いそうだから、俺を捜してる千里が来てるかもしれねぇし」
どうにか気を取り直したアリュセが、小首をかしげて問いかける。
「なんとなく似合いそう、というのは……?」
「海洋遊園地っていうからには、頭から水を被るようなアトラクションがあるだろ?
ずぶ濡れになった千里の健康的な色気を想像するだけで、もう胸が高鳴りまくりだ。
ちょっと照れながら『服脱いでしぼるからアンタはそっち向いてなさい』だなんて
言われようものなら、喜びのあまり奇声を発して千里に殴られること間違いなしだぞ
俺。情け無用の鉄拳制裁を顔面にくらいながら嬉しそうに鼻血を垂らすところまで
鮮明に思い浮かばねぇか? その後で、神社から無断で拝借しといた巫女服を千里に
差し出して爽やかに『どうよ?』って言った次の瞬間、蹴り倒されながら脚線美とか
鑑賞して幸せそうに笑ってても違和感ねぇだろ俺」
「……嫌になるくらい納得できましたわ」
熱く語る出雲の前で、アリュセは頭を抱え、呻くように同意した。
「とにかく、目的地は神社に決定ですの。途中でギギナさんと再会したら『赤毛の男の
遺体を公民館で見つけた』と伝えられますわね。さっきの部屋で殺されていた彼が
ガユスさんという方なのかどうか、確証は得られませんでしたけれど」
「まぁ、筋肉の鍛えられ具合は軟弱って感じじゃなかったよな。軟弱な性格してそうな
間抜け顔って言われりゃあ、そういう風に見えなくもなかったけどよ。遺品が誰かに
持ち去られてなけりゃ、ギギナの名前に印がついてる参加者名簿とかが残ってたかも
しれねぇが……」
「六人分の荷物となると、全部を持っていかれたとは考えにくいですわね。でも、今は
公民館内を隅々まで探索していられるような状況ではありませんの。C-3の怪物が
方向転換しないという保証はありませんものね」
「そうと決まれば、善は急げだ。新庄を担いで、さっさと出発するか」
「水は既に補給済みですから、今すぐにでも行けますわよ」
二人が公民館を出た頃には、市街地からの物騒な轟音は聞こえなくなっていた。
出雲とアリュセが訪れた商店街の一角には、そこそこ大きな古本屋が一軒あった。
猥褻な出版物をたくさん抱え、今、出雲が出てきたのがその店だ。
店先で、新庄の亡骸と一緒に待っていたアリュセが、足音を聞いて振り返る。
「おぉ、これは……『女攻性咒式士の淫らな午後』だと……!?」
軽快に歩きながら、出雲は表紙の煽り文句を確認していた。
「いいから早く収納しなさい!」
アリュセが拾って投げた石は、絶妙な角度で出雲の額に命中した。
猥褻な出版物をたくさん抱え、今、出雲が出てきたのがその店だ。
店先で、新庄の亡骸と一緒に待っていたアリュセが、足音を聞いて振り返る。
「おぉ、これは……『女攻性咒式士の淫らな午後』だと……!?」
軽快に歩きながら、出雲は表紙の煽り文句を確認していた。
「いいから早く収納しなさい!」
アリュセが拾って投げた石は、絶妙な角度で出雲の額に命中した。
【E-1/商店街/1日目・20:10頃】
『覚とアリュセ』
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創(止血済)
[装備]:スペツナズナイフ/エロ本10冊
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)/炭化銃/うまか棒50本セット
[思考]:千里、ついでに馬鹿佐山と合流/新庄の遺体をH-1の神社まで運んで弔う
/クリーオウにあったら言づてを/ウルペンを追う/アリュセの面倒を見る
『覚とアリュセ』
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創(止血済)
[装備]:スペツナズナイフ/エロ本10冊
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)/炭化銃/うまか棒50本セット
[思考]:千里、ついでに馬鹿佐山と合流/新庄の遺体をH-1の神社まで運んで弔う
/クリーオウにあったら言づてを/ウルペンを追う/アリュセの面倒を見る
【アリュセ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水2000ml)
[思考]:覚の人捜しに付き合う/できる限り他の参加者を救いたい/新庄を供養する
/クリーオウにあったら言づてを/ウルペンを追う/覚の面倒を見る
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水2000ml)
[思考]:覚の人捜しに付き合う/できる限り他の参加者を救いたい/新庄を供養する
/クリーオウにあったら言づてを/ウルペンを追う/覚の面倒を見る
※新庄の死体は公民館から運び出され、今はアリュセの足元に置かれています。
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