旅立ちの朝は晴天とは行かず、少し雲のある日だった。
車で何時間も揺られて、着いた先は平原が広がる土地。一本の滑走路があることからかろうじて空港と分かるが、ほかには倉庫のような古い建物があるだけだ。管制塔のようなものはない。それどころか飛行機すら一機も見当たらない。
滑走路も穴ぼこやひび割れが多く、雑草がいたる場所で芽吹いている。路肩の荒れようや草の伸びようと比較して、かろうじて人の手が入っていることは分かるのだが。
「ここって空港、ですよね?」
「レジスタンスをはじめとした、表向きの航路を使えない連中用。言うなれば闇空港だ。土地の持ち主の飛行機だけが離発着する私有空港扱いになっている。整備が行き届かないのはそのためだ」
ソラの問いにレイが答える。アジトの散歩からずっと、レイはソラの左手首に巻かれたままだった。
一応、ソラはシンにレイを返そうとした。だが目的地に着くまではそのままでいいとシンは貸し出し期間を延長してくれた。ソラは素直に喜んだ。せっかくできた話し相手から離れるのはさびしかったのだろう。
監視役も兼ねているのかな、と後でソラは思いついたのだが、自分でオーブまで戻る方法も思いつかない以上、何もできないのだから同じこと。奇妙な縁でできた奇妙な姿の友人と離れなくてもよい境遇を受け入れる。
一方で、シンには何か話しかけづらい雰囲気を感じているのか、ほとんど会話がされていない。ソラはもっぱらシンのことを無視して、レイとのとりとめのないお喋りに没頭していた。
すると、車のそばで待っていた彼らのもとに、倉庫からコニールが駆け寄ってくる。手を振りながら大声でソラたちを呼んだ。
「飛行機はすぐに出せるってさ、早く荷物を持って来いよ!」
移動する三人と腕時計。荷物持ちはシンの役目だった。大荷物を持たされたシンが「何でお前の荷物まで俺が運ぶんだ?」とコニールに質問する。
「レディーに荷物を持たせる奴なんて、男の風上にも置けないよ、そうだろう?」
「どこの誰がレディーだよ、って痛い痛い痛いイタタタタ!」
両手のふさがったシンの耳を思い切り捻り上げるコニール。にっこりと微笑みながら
「あら大丈夫? 荷物は落とさないように気をつけてね」と白々しく言い捨てた。
三人が向かう倉庫の扉が徐々に開いていく。その中からゆっくりと今回の搭乗機が出てくる。流線型の機体に響くジェットの入排気音がブロブロブロブロ…何かが違う。
そう、彼ら四人の前に現れたのは、ジェット機などという高級なものではない。C.E世界においてはもはや骨董に近い存在である、レシプロのプロペラ機。せいぜい10人程度が乗員数の小型飛行機だった。
「な、何ですか? これは!」
ソラがつい大声で叫んだ。こんな飛行機は今や航空ショーか博物館か、はたまたTVの歴史ドキュメンタリーでしか見ることのできない代物である。
コニールが申し訳なさそうに言う。
「ウチの貧乏組織だと、これをチャーターするのが限界でね。まあ事故ったことは一度もないそうだから。あ、でも飛行機が事故ったときは墜落してスクラップだから、当たり前だね。ははははは」
コニールに同調してシンとレイも笑うが非常にわざとらしい。この場を和ませようとする
三人の涙ぐましい努力だったが、まったくの逆効果だった。
「だ、大体ガルナハンまで行くんですよね。ここからガルナハンまで、何千kmもあるんですよ? 本当にこんなオンボロで飛べるんですか?」
その言葉を聞いて、「オンボロとは何事だ!」と怒るパイロットを必死に宥めるコニール。
レイが代わりに冷静に解説した。
「途中で中継着陸が三箇所、給油時間もあわせて合計60時間のフライトだ。まあめったにない機会と思えばいい。人類が宇宙にすら進出にしているこの時代にあって、プロペラ機に搭乗経験があるとは、末代までの語り草になるだろうな」
…冷静な口調だけど、いつの間にか論点がずれている。そうソラは思った。
屁理屈をこねるレイ。責任を放棄してあさっての方向を見るシン。コニールはパイロットから、プロペラ機の持つ抗いがたい魅力とそれにかける男のロマン、レシプロの奏でる魅惑のエンジン音について滔々と聞かされている。
ついにソラは爆発した。
「…も、もう信じない、あなたたちなんか、みんな信じない! みんな嫌いよ!」
しかしソラに選択肢があるはずもなく、最後は彼女も泣く泣く飛行機に乗ったのだった。
フライト中、四人の会話がまったく弾まなかったのは、言うまでもない。
車で何時間も揺られて、着いた先は平原が広がる土地。一本の滑走路があることからかろうじて空港と分かるが、ほかには倉庫のような古い建物があるだけだ。管制塔のようなものはない。それどころか飛行機すら一機も見当たらない。
滑走路も穴ぼこやひび割れが多く、雑草がいたる場所で芽吹いている。路肩の荒れようや草の伸びようと比較して、かろうじて人の手が入っていることは分かるのだが。
「ここって空港、ですよね?」
「レジスタンスをはじめとした、表向きの航路を使えない連中用。言うなれば闇空港だ。土地の持ち主の飛行機だけが離発着する私有空港扱いになっている。整備が行き届かないのはそのためだ」
ソラの問いにレイが答える。アジトの散歩からずっと、レイはソラの左手首に巻かれたままだった。
一応、ソラはシンにレイを返そうとした。だが目的地に着くまではそのままでいいとシンは貸し出し期間を延長してくれた。ソラは素直に喜んだ。せっかくできた話し相手から離れるのはさびしかったのだろう。
監視役も兼ねているのかな、と後でソラは思いついたのだが、自分でオーブまで戻る方法も思いつかない以上、何もできないのだから同じこと。奇妙な縁でできた奇妙な姿の友人と離れなくてもよい境遇を受け入れる。
一方で、シンには何か話しかけづらい雰囲気を感じているのか、ほとんど会話がされていない。ソラはもっぱらシンのことを無視して、レイとのとりとめのないお喋りに没頭していた。
すると、車のそばで待っていた彼らのもとに、倉庫からコニールが駆け寄ってくる。手を振りながら大声でソラたちを呼んだ。
「飛行機はすぐに出せるってさ、早く荷物を持って来いよ!」
移動する三人と腕時計。荷物持ちはシンの役目だった。大荷物を持たされたシンが「何でお前の荷物まで俺が運ぶんだ?」とコニールに質問する。
「レディーに荷物を持たせる奴なんて、男の風上にも置けないよ、そうだろう?」
「どこの誰がレディーだよ、って痛い痛い痛いイタタタタ!」
両手のふさがったシンの耳を思い切り捻り上げるコニール。にっこりと微笑みながら
「あら大丈夫? 荷物は落とさないように気をつけてね」と白々しく言い捨てた。
三人が向かう倉庫の扉が徐々に開いていく。その中からゆっくりと今回の搭乗機が出てくる。流線型の機体に響くジェットの入排気音がブロブロブロブロ…何かが違う。
そう、彼ら四人の前に現れたのは、ジェット機などという高級なものではない。C.E世界においてはもはや骨董に近い存在である、レシプロのプロペラ機。せいぜい10人程度が乗員数の小型飛行機だった。
「な、何ですか? これは!」
ソラがつい大声で叫んだ。こんな飛行機は今や航空ショーか博物館か、はたまたTVの歴史ドキュメンタリーでしか見ることのできない代物である。
コニールが申し訳なさそうに言う。
「ウチの貧乏組織だと、これをチャーターするのが限界でね。まあ事故ったことは一度もないそうだから。あ、でも飛行機が事故ったときは墜落してスクラップだから、当たり前だね。ははははは」
コニールに同調してシンとレイも笑うが非常にわざとらしい。この場を和ませようとする
三人の涙ぐましい努力だったが、まったくの逆効果だった。
「だ、大体ガルナハンまで行くんですよね。ここからガルナハンまで、何千kmもあるんですよ? 本当にこんなオンボロで飛べるんですか?」
その言葉を聞いて、「オンボロとは何事だ!」と怒るパイロットを必死に宥めるコニール。
レイが代わりに冷静に解説した。
「途中で中継着陸が三箇所、給油時間もあわせて合計60時間のフライトだ。まあめったにない機会と思えばいい。人類が宇宙にすら進出にしているこの時代にあって、プロペラ機に搭乗経験があるとは、末代までの語り草になるだろうな」
…冷静な口調だけど、いつの間にか論点がずれている。そうソラは思った。
屁理屈をこねるレイ。責任を放棄してあさっての方向を見るシン。コニールはパイロットから、プロペラ機の持つ抗いがたい魅力とそれにかける男のロマン、レシプロの奏でる魅惑のエンジン音について滔々と聞かされている。
ついにソラは爆発した。
「…も、もう信じない、あなたたちなんか、みんな信じない! みんな嫌いよ!」
しかしソラに選択肢があるはずもなく、最後は彼女も泣く泣く飛行機に乗ったのだった。
フライト中、四人の会話がまったく弾まなかったのは、言うまでもない。