―――かつての泥沼の戦争で、一機のモビルスーツ(以下MS)が『傑作機』の称号を欲しいままにしていた。
『血のバレンタイン』というコズミック・イラ(以下CE)に残る大虐殺事件を発端に始まった大西洋連合VSザフトの大戦争―――その最中大西洋連合に配備された『GAT-X105 ストライク』。ザフトの襲撃をかいくぐり、一人の少年が乗り込んだそのMSは戦禍の中でその期待性能を存分に発揮し、最もベーシックなMSとしての地位を不動のものとした。後に量産された『ダガー系』MSや、ニューミレニアムシリーズの第一モデルとして量産された『ザク系』にもその機体コンセプトが受け継がれる程の汎用さを顕現したストライクは、時代の経過と共に様々な亜流機を生み出し、後年ストライクの復刻とまで言われた『ZGMF―X56S インパルス』を生み出す事となる。
しかし、それは―――何時まで経ってもストライクの呪縛から逃れる事の出来なかった兵器開発者達の呪詛の声の裏返しでもあった………。
『血のバレンタイン』というコズミック・イラ(以下CE)に残る大虐殺事件を発端に始まった大西洋連合VSザフトの大戦争―――その最中大西洋連合に配備された『GAT-X105 ストライク』。ザフトの襲撃をかいくぐり、一人の少年が乗り込んだそのMSは戦禍の中でその期待性能を存分に発揮し、最もベーシックなMSとしての地位を不動のものとした。後に量産された『ダガー系』MSや、ニューミレニアムシリーズの第一モデルとして量産された『ザク系』にもその機体コンセプトが受け継がれる程の汎用さを顕現したストライクは、時代の経過と共に様々な亜流機を生み出し、後年ストライクの復刻とまで言われた『ZGMF―X56S インパルス』を生み出す事となる。
しかし、それは―――何時まで経ってもストライクの呪縛から逃れる事の出来なかった兵器開発者達の呪詛の声の裏返しでもあった………。
この部屋の主は、時として奇声を上げながら暴れ回る。………そしてそれは、この部屋の住人を知る者達にとっては『いつもの事』であった。
「きいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
がったーんと盛大な音がして立て付けの悪いドアが揺れる。ドアに吊り下げられた“統一地球圏連合 次期主力量産機動兵器 第十三開発室”というプラスチック製のネームプレートがかたんと傾く様は、何とも幸先の悪そうな風情だ。
室内は雑然―――というより混沌としており、この部屋の住人の常識には整理整頓という単語は存在しない事が見て取れる。ところ構わず積み上げられたハードカバーの本や、『適当にMSの手を模して作られた』ような機械のパーツ、壁という壁に貼り付けられた設計図らしきもの―――どれも素人目には理解しがたいもので、この部屋の住人は学識は高いのだろう。………学識だけは。
「何故だ、何故なんだ!? なぁぜぇ僕の素晴らしいプランが、あんな“背広の善し悪しは値段で決める“様な連中にこき下ろされなきゃならないんだぁぁぁ!!」
………こんな台詞を叫びながら、ロクロー=サダムラ(34)第十三開発室長は寝癖だらけの髪を振り乱しつつ、自身の作業デスクに拳を叩き下ろしていた。
ロクローは元ザフト系MS開発技術者としては珍しい東洋人だ。銀縁眼鏡の奥にあるキツネ目は神経質そうであったが、よれよれの白衣や無精髭、灰皿の限界容量に挑戦するかの様に煙草の吸い殻をねじ込む様はとても『神経質』そうには見えない。おそらく彼が『神経質』になるのは、自身の開発作業の時だけなのだろう。
「………取りあえずお茶入れますね。」
この部屋のもう一人の住人、マリア=アーネッド(22)はぼんやりと呟く様に言う。どこかほんわかとした風情は元々の性格か、ロクローと同じく身の回りに気を使うという思考回路は無いらしい。薄汚れた白衣に分厚い眼鏡、適当に後ろに纏めた栗毛の髪が表すものに『不精者』という言葉はあれど、『色気』という言葉は皆無だ。ここ、第十三開発室のスタッフはロクローとマリアの二人だけ。本当は他にもスタッフが居たのだが、ロクローが叩き出す?ような形になってしまったのだ。………ロクローという人間は確かにMS開発にかけては実績のある人間なのだが、如何せん『紙一重』な人間なのであった。
「はぁ、はぁ………。」
肩で息をつくロクロー。騒ぎ疲れたのだ。
ロクローは、自身の作業デスクに目をやる。そこに、彼が全力を投じて創り上げようとしたMSのフィギュアが鎮座していた。
イグ=シリーズ―――ロクローは三機のMSにそのような通称を付けていた。
GWF-MP009/ZGMF―X56I“イグ”。かつてロクローが手がけたゲイツ、インパルスに続くニュースタンダード。そう、ロクローは信じて疑わない。
洗練された流線のシルエット。武装としてはごついが、信頼性の高い“フォース”“ブラスト”“ソード”の三種の神器。量産性やシステムの煩雑さを考え、インパルスでは採用していた合体システムはオミット。『兵士に優しく、司令官にも優しい』理想的な兵器―――ロクローはイグへの美辞麗句なら三時間ぶっ続けでも言える。
それなのに。
ああ、それなのに。
つい先程“統一地球圏連合 次期主力量産機動兵器 開発委員会”の背広組に言われた事はこの一言だった。
(「………何というか、“地味”ね。」)
――ー“地味”。“地味”………“地味”!
「言うに事書いて貴様等ぁぁぁっ!」
どがっしゃーん。
………またロクローは周辺に当たり散らす。この部屋の混沌は整理整頓が行われないのは勿論だが、“混沌量産人”が居るからこそ維持されるものなのだろう。………嫌な維持だが。
「今回は長いなぁ………。」
マリアは給湯室でぼんやりとお茶を入れながら、室長のスタミナが切れるのをそれまでの経験から“約十五分間”と判断し、取りあえずお茶とお菓子をその場で戴いた。………十五分経過後のお茶は不味いと判断したのである。
「きいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
がったーんと盛大な音がして立て付けの悪いドアが揺れる。ドアに吊り下げられた“統一地球圏連合 次期主力量産機動兵器 第十三開発室”というプラスチック製のネームプレートがかたんと傾く様は、何とも幸先の悪そうな風情だ。
室内は雑然―――というより混沌としており、この部屋の住人の常識には整理整頓という単語は存在しない事が見て取れる。ところ構わず積み上げられたハードカバーの本や、『適当にMSの手を模して作られた』ような機械のパーツ、壁という壁に貼り付けられた設計図らしきもの―――どれも素人目には理解しがたいもので、この部屋の住人は学識は高いのだろう。………学識だけは。
「何故だ、何故なんだ!? なぁぜぇ僕の素晴らしいプランが、あんな“背広の善し悪しは値段で決める“様な連中にこき下ろされなきゃならないんだぁぁぁ!!」
………こんな台詞を叫びながら、ロクロー=サダムラ(34)第十三開発室長は寝癖だらけの髪を振り乱しつつ、自身の作業デスクに拳を叩き下ろしていた。
ロクローは元ザフト系MS開発技術者としては珍しい東洋人だ。銀縁眼鏡の奥にあるキツネ目は神経質そうであったが、よれよれの白衣や無精髭、灰皿の限界容量に挑戦するかの様に煙草の吸い殻をねじ込む様はとても『神経質』そうには見えない。おそらく彼が『神経質』になるのは、自身の開発作業の時だけなのだろう。
「………取りあえずお茶入れますね。」
この部屋のもう一人の住人、マリア=アーネッド(22)はぼんやりと呟く様に言う。どこかほんわかとした風情は元々の性格か、ロクローと同じく身の回りに気を使うという思考回路は無いらしい。薄汚れた白衣に分厚い眼鏡、適当に後ろに纏めた栗毛の髪が表すものに『不精者』という言葉はあれど、『色気』という言葉は皆無だ。ここ、第十三開発室のスタッフはロクローとマリアの二人だけ。本当は他にもスタッフが居たのだが、ロクローが叩き出す?ような形になってしまったのだ。………ロクローという人間は確かにMS開発にかけては実績のある人間なのだが、如何せん『紙一重』な人間なのであった。
「はぁ、はぁ………。」
肩で息をつくロクロー。騒ぎ疲れたのだ。
ロクローは、自身の作業デスクに目をやる。そこに、彼が全力を投じて創り上げようとしたMSのフィギュアが鎮座していた。
イグ=シリーズ―――ロクローは三機のMSにそのような通称を付けていた。
GWF-MP009/ZGMF―X56I“イグ”。かつてロクローが手がけたゲイツ、インパルスに続くニュースタンダード。そう、ロクローは信じて疑わない。
洗練された流線のシルエット。武装としてはごついが、信頼性の高い“フォース”“ブラスト”“ソード”の三種の神器。量産性やシステムの煩雑さを考え、インパルスでは採用していた合体システムはオミット。『兵士に優しく、司令官にも優しい』理想的な兵器―――ロクローはイグへの美辞麗句なら三時間ぶっ続けでも言える。
それなのに。
ああ、それなのに。
つい先程“統一地球圏連合 次期主力量産機動兵器 開発委員会”の背広組に言われた事はこの一言だった。
(「………何というか、“地味”ね。」)
――ー“地味”。“地味”………“地味”!
「言うに事書いて貴様等ぁぁぁっ!」
どがっしゃーん。
………またロクローは周辺に当たり散らす。この部屋の混沌は整理整頓が行われないのは勿論だが、“混沌量産人”が居るからこそ維持されるものなのだろう。………嫌な維持だが。
「今回は長いなぁ………。」
マリアは給湯室でぼんやりとお茶を入れながら、室長のスタミナが切れるのをそれまでの経験から“約十五分間”と判断し、取りあえずお茶とお菓子をその場で戴いた。………十五分経過後のお茶は不味いと判断したのである。
同じ頃、“統一地球圏連合 次期主力量産機動兵器 開発委員長”エフィ=メルク(38)は頭を抱えていた。
「どうして、こうも兵器オタクって奴は手に負えないのかしら………。」
兵器開発というものは、一石一夕で為し得るものでは無い。それに対して情熱を持ち、全力を尽くして開発に望む―――そういう姿勢が必要となる。その結果、開発者が殆ど例外無く“兵器オタク”になるのは自明だ。というより、そういう人間が好んで兵器開発などの世界に入るのだろうが………。
統一地球圏連合は急速に世界の盟主となった。しかしその歴史は、未だ二桁に入っていない。局地では統一地球圏連合の名を知らぬ者も多数存在するし、声高に反旗を翻す者達もいる。それ故、新兵器開発プロジェクトは統一地球圏連合の基盤を安寧とするために必要な事だ。だが、それでも五年の歳月も経てば“兵器が強い”だけではいけない事もある。
『統一地球圏連合軍のイメージアップ』、実はそれこそがエフィに課せられた急務だ。………簡単に言えば“カッコイイ兵器”が必要なのである。
兵器に格好良さが必要なのか?と聞かれれば「必要」である。戦時ならばそれ程必要な事ではないのかも知れないが、平時においては最も重要なポイントにもなりうる。実のところ“格好良さ”とは兵士の志気にも(何故か)直結し、また兵士を目指そうという人も(これは解る)増えるのである。カッコ悪い兵器ばかりが配備された軍は、自ずから志気が上がらない。………そこに、性能の善し悪しはさほど関係が無い。兵士への憧憬とはつまる所『僕もヒーローになりたい』という願望の表れなのだ。昔から平時に“戦意高揚のための戦争映画”などが多数作られたのはそういう側面も暗に含んでいる事が多かったのである。
それ故にエフィはその方面のスペシャリストを招集、総計十三もの開発室を競わせて“次期量産主力MS”を創り上げようとしている―――のだが、上がってきた企画書や報告書はエフィの思惑を軽くぶっ飛ばす勢いの代物ばかりだった。
例えば―――
『現行の水中用量産MS“グーン”を再設計。水中・地上はおろか空中戦まで対応した驚異のMS“グングーン”』とか、
『オーブの主力量産機マサムネを改良・改修し白兵専用に再設計。総計一〇八パーツの可動部位をフル活用して様々なポージングを可能とした“マサムネ・真打”』とか、
『緊急時になるとパイロットの思惑を超えて機体が暴走、敵を屠る! 運動能力を極限まで向上させ、殴るなどの肉弾戦で敵機を破壊するMS“EVアストレイ”』等々。
………制作者の意向最優先で「カッコイイ汎用量産MSを作れ!」と命令したら、上がってきたのはこうしたラインナップ。タチの悪い事に、彼らは彼らなりに「カッコイイ」と断言するから更に始末に負えない。
結局、エフィが『やらなければならなくなった』仕事は既にコンセプトからして脱線しまくりな企画を握りつぶし、まだ判断に耐えうるものにはそれ以上暴走しない様に神経を尖らせ、せめても“子供達にも理解出来そうな格好良さ”で勝負をかける―――そのレベルで話を纏める事であった。しかし、それには子供のまま大きくなった様な―――エフィより年上も多数居る―――人達を宥め賺して説得するという離れ業をやらなくてはならなくなった。つい先程もロクローの持ってきた企画をエフィは突き返した。それは他の人達の企画に比べればロクローの企画はまだマシな方だから、なのだが。
デスクに伏したくなる―――そんな思いを抱きつつ、エフィは次の開発室長を招き入れた。取りあえず無難なMSの企画で有って欲しい、そんな願いを抱きながら。
「どうして、こうも兵器オタクって奴は手に負えないのかしら………。」
兵器開発というものは、一石一夕で為し得るものでは無い。それに対して情熱を持ち、全力を尽くして開発に望む―――そういう姿勢が必要となる。その結果、開発者が殆ど例外無く“兵器オタク”になるのは自明だ。というより、そういう人間が好んで兵器開発などの世界に入るのだろうが………。
統一地球圏連合は急速に世界の盟主となった。しかしその歴史は、未だ二桁に入っていない。局地では統一地球圏連合の名を知らぬ者も多数存在するし、声高に反旗を翻す者達もいる。それ故、新兵器開発プロジェクトは統一地球圏連合の基盤を安寧とするために必要な事だ。だが、それでも五年の歳月も経てば“兵器が強い”だけではいけない事もある。
『統一地球圏連合軍のイメージアップ』、実はそれこそがエフィに課せられた急務だ。………簡単に言えば“カッコイイ兵器”が必要なのである。
兵器に格好良さが必要なのか?と聞かれれば「必要」である。戦時ならばそれ程必要な事ではないのかも知れないが、平時においては最も重要なポイントにもなりうる。実のところ“格好良さ”とは兵士の志気にも(何故か)直結し、また兵士を目指そうという人も(これは解る)増えるのである。カッコ悪い兵器ばかりが配備された軍は、自ずから志気が上がらない。………そこに、性能の善し悪しはさほど関係が無い。兵士への憧憬とはつまる所『僕もヒーローになりたい』という願望の表れなのだ。昔から平時に“戦意高揚のための戦争映画”などが多数作られたのはそういう側面も暗に含んでいる事が多かったのである。
それ故にエフィはその方面のスペシャリストを招集、総計十三もの開発室を競わせて“次期量産主力MS”を創り上げようとしている―――のだが、上がってきた企画書や報告書はエフィの思惑を軽くぶっ飛ばす勢いの代物ばかりだった。
例えば―――
『現行の水中用量産MS“グーン”を再設計。水中・地上はおろか空中戦まで対応した驚異のMS“グングーン”』とか、
『オーブの主力量産機マサムネを改良・改修し白兵専用に再設計。総計一〇八パーツの可動部位をフル活用して様々なポージングを可能とした“マサムネ・真打”』とか、
『緊急時になるとパイロットの思惑を超えて機体が暴走、敵を屠る! 運動能力を極限まで向上させ、殴るなどの肉弾戦で敵機を破壊するMS“EVアストレイ”』等々。
………制作者の意向最優先で「カッコイイ汎用量産MSを作れ!」と命令したら、上がってきたのはこうしたラインナップ。タチの悪い事に、彼らは彼らなりに「カッコイイ」と断言するから更に始末に負えない。
結局、エフィが『やらなければならなくなった』仕事は既にコンセプトからして脱線しまくりな企画を握りつぶし、まだ判断に耐えうるものにはそれ以上暴走しない様に神経を尖らせ、せめても“子供達にも理解出来そうな格好良さ”で勝負をかける―――そのレベルで話を纏める事であった。しかし、それには子供のまま大きくなった様な―――エフィより年上も多数居る―――人達を宥め賺して説得するという離れ業をやらなくてはならなくなった。つい先程もロクローの持ってきた企画をエフィは突き返した。それは他の人達の企画に比べればロクローの企画はまだマシな方だから、なのだが。
デスクに伏したくなる―――そんな思いを抱きつつ、エフィは次の開発室長を招き入れた。取りあえず無難なMSの企画で有って欲しい、そんな願いを抱きながら。
「騙された………。」
そう、シラヒ=ホス=ホデリはぽつりと呟いた。もうすぐ成人式を向かえるという若さで“ピースガーディアン”という超エリート部隊に配属される事となった才気溢れんばかりの青年は、今までの人生で得た教訓全てをフル動員して現状を認識しなければならなかった。即ち、「拘わっちゃいけないものに拘わってしまった」である。
シラヒの眼前では阿鼻叫喚の地獄絵図(シラヒ目線)が展開されていた。熱気が伝わってくる様な狂乱。順序良く並んでこそ居るが何時でも前の人を出し抜こうとする邪な視線。そして、おおよそ一般生活に置いては決して見る事の出来ない珍妙な格好をした集団。人はそれらをしてこう呼ぶ―――コミックマーケット、略してコミケと。
間違ってもシラヒはこの様な場所に来る様な主義も趣向も持ち合わせては居ない。彼がこんなところ(彼にとっての主観)に居るのは、同僚であり同期生であるレイラ=ウィンに連れられての事である。
(シラヒ、お願い………。貴方のその力が必要なのよ。)
潤んだ瞳で妙齢の女性にそう迫られて抵抗出来る若いノーマルな青年がそうそう居るだろうか。衆目の予想通りシラヒは内容も深く聞かずにレイラの牙城に陥落した。レイラの欲したものが言葉通り“シラヒの力=荷物持ち”だと気が付かずに。夢から覚めたのは“狂乱渦巻く戦場”………もとい、“コミックマーケット会場”に到着してからだった。
今、レイラはどこかの戦場、言い換えれば有名サイトの長蛇の列に並んでいるはずだ。そしてシラヒの隣には既に何個かのぎっしり何かが詰まった手提げ袋。レイラから「必ずそれを死守してね。」等と言われて、シラヒはぼんやりとした心持ちのままそれらを小脇に抱えている。
「………何やってるんだろ、俺。」
ぽつりと呟くシラヒ。それすらも彼の心を物悲しくさせる。
怒号と悲鳴が渦巻く会場―――それを見ながらシラヒは、その昔映像で見ただけの“ヤキン=ドゥーエ攻防戦”と照らし合わせ、「こんな惨状だったんだろうな。」と呟いた。
そう、シラヒ=ホス=ホデリはぽつりと呟いた。もうすぐ成人式を向かえるという若さで“ピースガーディアン”という超エリート部隊に配属される事となった才気溢れんばかりの青年は、今までの人生で得た教訓全てをフル動員して現状を認識しなければならなかった。即ち、「拘わっちゃいけないものに拘わってしまった」である。
シラヒの眼前では阿鼻叫喚の地獄絵図(シラヒ目線)が展開されていた。熱気が伝わってくる様な狂乱。順序良く並んでこそ居るが何時でも前の人を出し抜こうとする邪な視線。そして、おおよそ一般生活に置いては決して見る事の出来ない珍妙な格好をした集団。人はそれらをしてこう呼ぶ―――コミックマーケット、略してコミケと。
間違ってもシラヒはこの様な場所に来る様な主義も趣向も持ち合わせては居ない。彼がこんなところ(彼にとっての主観)に居るのは、同僚であり同期生であるレイラ=ウィンに連れられての事である。
(シラヒ、お願い………。貴方のその力が必要なのよ。)
潤んだ瞳で妙齢の女性にそう迫られて抵抗出来る若いノーマルな青年がそうそう居るだろうか。衆目の予想通りシラヒは内容も深く聞かずにレイラの牙城に陥落した。レイラの欲したものが言葉通り“シラヒの力=荷物持ち”だと気が付かずに。夢から覚めたのは“狂乱渦巻く戦場”………もとい、“コミックマーケット会場”に到着してからだった。
今、レイラはどこかの戦場、言い換えれば有名サイトの長蛇の列に並んでいるはずだ。そしてシラヒの隣には既に何個かのぎっしり何かが詰まった手提げ袋。レイラから「必ずそれを死守してね。」等と言われて、シラヒはぼんやりとした心持ちのままそれらを小脇に抱えている。
「………何やってるんだろ、俺。」
ぽつりと呟くシラヒ。それすらも彼の心を物悲しくさせる。
怒号と悲鳴が渦巻く会場―――それを見ながらシラヒは、その昔映像で見ただけの“ヤキン=ドゥーエ攻防戦”と照らし合わせ、「こんな惨状だったんだろうな。」と呟いた。
数時間後、レイラとシラヒの二人は多数の戦利品を何とか保持しながら帰路についた。
「いやー、大漁大漁♪ お目当ての“キラ様グッズ”も大量購入したし、満足満足♪」
既に日は陰りつつある。満足そうなレイラ、俯いたままのシラヒ。シラヒの気持ちも解らないでは無い。生真面目なシラヒは昨日からデートコースを少なくとも七通りは考案・構築しており、朝の身嗜みも普段からは想像出来ないくらいきっちりとやっていたのだ。………無論、それらが今日という日に生かされなかったのは想像に難くない。
とうとう、シラヒはぽつりと疑問を投げかけた。
「レイラ。結局、俺は何だったんだ………?」
「? だから言ったじゃない、“荷物持ち”って。」
レイラの屈託の無い物言い。それが心の底からの真実である様な物言い。………その後、レイラは何事かぶつぶつと言っていた。どうやら感謝の言葉であった様なのだが、それがシラヒに届く事は無かった。
「………ふざけるなぁっ!」
夕日に響くシラヒの絶叫、そして続くばっちーんと頬を引っぱたく音。
それが、シラヒとレイラの長きに渡る対立の日々の始まりであった。
「いやー、大漁大漁♪ お目当ての“キラ様グッズ”も大量購入したし、満足満足♪」
既に日は陰りつつある。満足そうなレイラ、俯いたままのシラヒ。シラヒの気持ちも解らないでは無い。生真面目なシラヒは昨日からデートコースを少なくとも七通りは考案・構築しており、朝の身嗜みも普段からは想像出来ないくらいきっちりとやっていたのだ。………無論、それらが今日という日に生かされなかったのは想像に難くない。
とうとう、シラヒはぽつりと疑問を投げかけた。
「レイラ。結局、俺は何だったんだ………?」
「? だから言ったじゃない、“荷物持ち”って。」
レイラの屈託の無い物言い。それが心の底からの真実である様な物言い。………その後、レイラは何事かぶつぶつと言っていた。どうやら感謝の言葉であった様なのだが、それがシラヒに届く事は無かった。
「………ふざけるなぁっ!」
夕日に響くシラヒの絶叫、そして続くばっちーんと頬を引っぱたく音。
それが、シラヒとレイラの長きに渡る対立の日々の始まりであった。
ウノ=ホトはシラヒ、レイラよりも年長である。立場的にも“二人をまとめる小隊長”という事もあり、ウノは両名の相談役も兼ねている。………しかるに、この両名の間に流れる険悪な空気はウノにしてみれば“何とかしなきゃいけないもの”に間違い無い。
「どーしたのよ、二人とも………。」
何時も通り抑揚の無い声でウノ。無感動な男だが、神経は細やかだ。………とてもそうとは思えないが。
『別に。』
ふくれっ面のレイラ、頬に真っ赤な紅葉柄のシラヒ。二人とも、朝から顔を合わせようともしない。………同じ部隊なのに。
「ふーむ………。」
ぽりぽりと頭をかくウノ。とはいえ、事態の解決策も思いつかない。
その日の作業は、何をしても上手くいかなかった。かくてウノは事態の解決策を模索する羽目となるのである。
「どーしたのよ、二人とも………。」
何時も通り抑揚の無い声でウノ。無感動な男だが、神経は細やかだ。………とてもそうとは思えないが。
『別に。』
ふくれっ面のレイラ、頬に真っ赤な紅葉柄のシラヒ。二人とも、朝から顔を合わせようともしない。………同じ部隊なのに。
「ふーむ………。」
ぽりぽりと頭をかくウノ。とはいえ、事態の解決策も思いつかない。
その日の作業は、何をしても上手くいかなかった。かくてウノは事態の解決策を模索する羽目となるのである。
「………正気ですか?」
おおよそ十三もの年長者にこの台詞をここ数ヶ月毎日投げかける日々。だが、今日その台詞を投げかけたのは彼女の上司にして理解者、そして何より“一般人”のエンリコ=ペトロヴィッチ(53)であった。
「エフィ=メルク君。何時から君は“礼儀作法”を常温で冷凍保存する方法を見いだしたんだね?」
むっつりとエンリコ。先のエフィの失言を皮肉程度で返すのは大人の証明なのかも知れない。慌てて姿勢を正すエフィ。
「は。申し訳ありません。………常識という世界から遠ざかった職場勤務ですので。」
そんなエフィを満足げに見入るエンリコ。上司と部下、というより叔父と姪の様な間柄にも見える。
「君の苦労は良く知っている。儂は君にとやかく言う気も無い。………だが、これだけは言わせて貰う。『あと二週間で“最新鋭量産機”を選定したまえ』。これは正式に閣議決定されたものだ。」
「………無茶です。今のところ企画のみの段階で、実地トライアルに移行していません。まさか書面上のデータだけで兵器が実戦投入出来る訳がありません。」
エンリコは葉巻を取り出すと、美味そうに吸う。溜息の様にエンリコが白い煙をふうっと吐き出す。
「その意見も尤もだ。だがお偉方は違う。予算案が議決される前に量産ライン分の予算を確保するつもりだ。………そのために必要なのは、解るな?」
「確たる計画―――プロジェクトの完遂、ですね。予算審議会は会期延長しても最長で二週間後………。そういう事ですか?」
「宮仕えの辛い所だが、そこは耐えなきゃならん。それが世の中というものだ。」
「………。」
黙りこくるエフィ。その心中は誰が見ても明らかだ。
(―――出来るの? あの凶人集団を数日で纏め上げて、きっちりと前線に配備される様な機動兵器を造り出す事なんて………。)
もの凄い言い様だが、エフィは的確に状況を読んでいた。そして、その困難さも。思案顔になったエフィに、エンリコは続ける。
「既にモルゲンレーテの工場は抑えてある。………この際、多少の予算オーバーは目を瞑る。『何としても二週間以内に“製品”を造り出せ』、いいな。」
そう言われてエフィはエンリコの執務室を後にした。………夢遊病者の様な足取りだったので、すれ違った人達は「あの人、大丈夫か?」と疑問に思わざるを得なかった。
おおよそ十三もの年長者にこの台詞をここ数ヶ月毎日投げかける日々。だが、今日その台詞を投げかけたのは彼女の上司にして理解者、そして何より“一般人”のエンリコ=ペトロヴィッチ(53)であった。
「エフィ=メルク君。何時から君は“礼儀作法”を常温で冷凍保存する方法を見いだしたんだね?」
むっつりとエンリコ。先のエフィの失言を皮肉程度で返すのは大人の証明なのかも知れない。慌てて姿勢を正すエフィ。
「は。申し訳ありません。………常識という世界から遠ざかった職場勤務ですので。」
そんなエフィを満足げに見入るエンリコ。上司と部下、というより叔父と姪の様な間柄にも見える。
「君の苦労は良く知っている。儂は君にとやかく言う気も無い。………だが、これだけは言わせて貰う。『あと二週間で“最新鋭量産機”を選定したまえ』。これは正式に閣議決定されたものだ。」
「………無茶です。今のところ企画のみの段階で、実地トライアルに移行していません。まさか書面上のデータだけで兵器が実戦投入出来る訳がありません。」
エンリコは葉巻を取り出すと、美味そうに吸う。溜息の様にエンリコが白い煙をふうっと吐き出す。
「その意見も尤もだ。だがお偉方は違う。予算案が議決される前に量産ライン分の予算を確保するつもりだ。………そのために必要なのは、解るな?」
「確たる計画―――プロジェクトの完遂、ですね。予算審議会は会期延長しても最長で二週間後………。そういう事ですか?」
「宮仕えの辛い所だが、そこは耐えなきゃならん。それが世の中というものだ。」
「………。」
黙りこくるエフィ。その心中は誰が見ても明らかだ。
(―――出来るの? あの凶人集団を数日で纏め上げて、きっちりと前線に配備される様な機動兵器を造り出す事なんて………。)
もの凄い言い様だが、エフィは的確に状況を読んでいた。そして、その困難さも。思案顔になったエフィに、エンリコは続ける。
「既にモルゲンレーテの工場は抑えてある。………この際、多少の予算オーバーは目を瞑る。『何としても二週間以内に“製品”を造り出せ』、いいな。」
そう言われてエフィはエンリコの執務室を後にした。………夢遊病者の様な足取りだったので、すれ違った人達は「あの人、大丈夫か?」と疑問に思わざるを得なかった。
次の日―――
第一から第十三までの開発企画室のスタッフは会議室に集合していた。朝の九時であったが、元より朝も夜も無い連中である。寝癖だらけの髪を直そうともせずにロクローは………相変わらずぼんやりしていた。兵器開発、要するに己の発明以外に頓着の無い性格なのである。とはいえ、それについてはその他の面々も大差ない様で、見る人が見れば引き籠もりの集団である。あながち間違っていないのは悲しい所だが。
エフィが会議室に入ってくると、全員は一応緊張した。今日何らかの発表があると事前に聞いていたからだ。そして、それは次の様なものだった。
「本日夕刻までに、各室長は“これぞ最高傑作”と思われる機体企画を私に提出して下さい。そして今日から十二日後、それらの機体を実際に組み上げてコンベンションを行います。―――場所は富士山麓、樹海。各室長は“己のプライドを賭けて”企画を私まで持ってくる様に。以上!」
たっぷり数秒の後、その部屋に居た引き籠もり達は爆発した。いよいよ兵器開発者として問われる時が来たのだから。
第一から第十三までの開発企画室のスタッフは会議室に集合していた。朝の九時であったが、元より朝も夜も無い連中である。寝癖だらけの髪を直そうともせずにロクローは………相変わらずぼんやりしていた。兵器開発、要するに己の発明以外に頓着の無い性格なのである。とはいえ、それについてはその他の面々も大差ない様で、見る人が見れば引き籠もりの集団である。あながち間違っていないのは悲しい所だが。
エフィが会議室に入ってくると、全員は一応緊張した。今日何らかの発表があると事前に聞いていたからだ。そして、それは次の様なものだった。
「本日夕刻までに、各室長は“これぞ最高傑作”と思われる機体企画を私に提出して下さい。そして今日から十二日後、それらの機体を実際に組み上げてコンベンションを行います。―――場所は富士山麓、樹海。各室長は“己のプライドを賭けて”企画を私まで持ってくる様に。以上!」
たっぷり数秒の後、その部屋に居た引き籠もり達は爆発した。いよいよ兵器開発者として問われる時が来たのだから。
レイラとシラヒは暗澹とした面持ちで廊下を歩いていた。二人まとめてピースガーディアンの隊長室に出頭しろと、ウノから伝えられたからだ。………それが最近の二人の確執から生まれた不協和音に寄るものだと、二人共が熟知していた。失敗に次ぐ失敗の山が、上司に高評価されるわけが無い。
「………アンタのせいだからね、シラヒ。」
「ぬかせ。お前がヘマだらけだから、俺がフォローに回らざるを得なかったんだろうが。」
「言うわね、“狙撃が当たった試しが無い”シラヒ君?」
「スクランブルが掛かっても寝こけてたお前よりはよっぽどマシだ。」
二人共に、機会を見て謝ろうと思っていた。何とか現状を打開したいと最も思っていたのは、当人同士なのだから。………とはいえ、それが上手くいかない。若い、といえばそれまでなのだが。
それきり、二人は隊長室に入室するまで黙りこくった。ここ数日の経験で『これ以上会話をしても上手くいかない』事を良く知っていたのである。
「………アンタのせいだからね、シラヒ。」
「ぬかせ。お前がヘマだらけだから、俺がフォローに回らざるを得なかったんだろうが。」
「言うわね、“狙撃が当たった試しが無い”シラヒ君?」
「スクランブルが掛かっても寝こけてたお前よりはよっぽどマシだ。」
二人共に、機会を見て謝ろうと思っていた。何とか現状を打開したいと最も思っていたのは、当人同士なのだから。………とはいえ、それが上手くいかない。若い、といえばそれまでなのだが。
それきり、二人は隊長室に入室するまで黙りこくった。ここ数日の経験で『これ以上会話をしても上手くいかない』事を良く知っていたのである。
隊長室でレイラとシラヒを待っていたもの―――それは叱責では無く、辞令だった。
「………テストパイロット勤務、ですか?」
「何でまたピースガーディアンの俺達が?」
レイラとシラヒは呆気に取られて言う。予想範囲外の事を言われたからだ。
「統一地球圏連合の最新鋭機を決めるコンベンションだ。………業界用語で言うと“勝負”だそうだが。ともあれ現場の意見を大事にしたいという腹づもりなんだろう。我々はお前達を代表として選出した。“ピースガーディアン“の名に恥じない様、全力を尽くして任務に当たってくれ。以上だ。」
二人は慌てて敬礼を返し、退出する。………ともあれ失敗続きの二人に挽回の機会が訪れたのだ。レイラとシラヒは、
「今度は足を引っ張らないでよね。」
「こっちの台詞だ。」
そう言って別れた。が、両者の顔には笑みが戻っていた。
「………テストパイロット勤務、ですか?」
「何でまたピースガーディアンの俺達が?」
レイラとシラヒは呆気に取られて言う。予想範囲外の事を言われたからだ。
「統一地球圏連合の最新鋭機を決めるコンベンションだ。………業界用語で言うと“勝負”だそうだが。ともあれ現場の意見を大事にしたいという腹づもりなんだろう。我々はお前達を代表として選出した。“ピースガーディアン“の名に恥じない様、全力を尽くして任務に当たってくれ。以上だ。」
二人は慌てて敬礼を返し、退出する。………ともあれ失敗続きの二人に挽回の機会が訪れたのだ。レイラとシラヒは、
「今度は足を引っ張らないでよね。」
「こっちの台詞だ。」
そう言って別れた。が、両者の顔には笑みが戻っていた。
隊長室には、実は奥にもう一人の男が潜んでいた。ウノである。
「お前の言う通りあの二人にしたが………大丈夫なのか?」
隊長は内心の思いを吐露する。が、ウノは平然とこう言った。
「何、失敗しても問題は有りませんよ。ウチの部隊内の話じゃないし。」
「………評判が落ちるだろうが。」
渋面になる隊長。しかし、ウノはやはり平然と、
「キラ様が居れば大丈夫です、ウチは。………それよかあの二人には早い所ストレス解消の機会を与えておいた方が良いんですよ。昔から良く言うじゃないですか。『雨降って土砂崩れ』って。」
しれっとして言う。………しかし、さすがに隊長は突っ込みを入れた。
「崩してどうするんだ崩して。固めるんだろうが。」
大丈夫なんだろうか。とはいえ、最早あれこれ考えても仕方無い。
ウノ=ホト。ピースガーディアン隊内において、最も切れ者であると言われる男。しかし、ウノのまたの名は“昼行灯”―――やる気があるんだか無いんだか解らない男であった………。
「お前の言う通りあの二人にしたが………大丈夫なのか?」
隊長は内心の思いを吐露する。が、ウノは平然とこう言った。
「何、失敗しても問題は有りませんよ。ウチの部隊内の話じゃないし。」
「………評判が落ちるだろうが。」
渋面になる隊長。しかし、ウノはやはり平然と、
「キラ様が居れば大丈夫です、ウチは。………それよかあの二人には早い所ストレス解消の機会を与えておいた方が良いんですよ。昔から良く言うじゃないですか。『雨降って土砂崩れ』って。」
しれっとして言う。………しかし、さすがに隊長は突っ込みを入れた。
「崩してどうするんだ崩して。固めるんだろうが。」
大丈夫なんだろうか。とはいえ、最早あれこれ考えても仕方無い。
ウノ=ホト。ピースガーディアン隊内において、最も切れ者であると言われる男。しかし、ウノのまたの名は“昼行灯”―――やる気があるんだか無いんだか解らない男であった………。