アスラン=ザラ邸―――。
オーブ郊外に建築されたその屋敷は、個人の住宅としてはこの上なく豪華である。とはいえ肝心の家主が滅多に帰ってこないので、その豪華さは無駄にメイリンを悩ませただけだった。
「ふうっ………。」
窮屈な軍服を脱ぎ、シャワーを浴び、ベッドに倒れ込む。―――ようやく、メイリンが日常から解放された瞬間であった。
(疲れた………。)
肩が―――腰が痛む。かつて軍属であったとはいえ、この屋敷での退屈な生活はメイリンの体を大分怠惰にさせていた。化粧を落とした顔を手鏡に映すと―――目の下に隈が出来ていた。大分疲れているのだ。………自分でもそう思う。
(私………何をやっているのかしら………。)
我に返ると―――何と恐ろしい事をしたのかと怖気が来る。
自分の命令で何十―――否、何百という命が消えた。紛れもなく自分の命令で。そしてその後、何十人もの人間が社会的に抹殺された。………彼らの立場では、殺害したものと大差ないだろうと知りながら。
それでも―――それでもメイリンは自分が“完全に間違っている”とは思えない。
「“平和”………そういう世界を作り出すためには、誰かが犠牲にならなければならない………。」
それは、必要悪というものだとメイリンは思う。事実、メイリンがシドニーの暴動をあのまま放っておけば騒ぎは更に拡大し、何百どころか何千、何万もの死者を出す事になっただろう。それはメイリンには容易に想像できたことだ。
それに、何より―――
「あんな事で………アスランを悩ませちゃいけない………。」
夫、アスランは優しい。誰に対しても―――。メイリンは己だけを向いて欲しいとずっと思っていたが、それは敵わぬ事だと理解せざるを得ない。アスランはそういう人間なのだとメイリンも認めざるを得ないのだ。世界の全てを救おうとする、理想に燃える心優しき青年―――それがアスランなのだから。
………だからこそ、メイリンは夫を助けたいと思う。夫は、アスランは必要悪にはなりきれない人種なのだ。それが必要な事なのだと解っていても。
それに………
「カガリ様―――貴方に汚れ役など、やらせはしないわ………あの人のために役に立つのは、私だけなの………私だけなのよ………。」
アスランには、私を向いていて欲しい。
アスランのために、役に立つのは私だけで良い。
アスランのために―――それを邪魔するものには―――。
「ウフフ………ウフフフフ………。」
口が綻び―――哄笑。
だが同時に、瞳に涙が溢れてくる。それを止めるためにメイリンは片手で瞳を拭うが―――哄笑も涙も収まりそうになかった。
オーブ郊外に建築されたその屋敷は、個人の住宅としてはこの上なく豪華である。とはいえ肝心の家主が滅多に帰ってこないので、その豪華さは無駄にメイリンを悩ませただけだった。
「ふうっ………。」
窮屈な軍服を脱ぎ、シャワーを浴び、ベッドに倒れ込む。―――ようやく、メイリンが日常から解放された瞬間であった。
(疲れた………。)
肩が―――腰が痛む。かつて軍属であったとはいえ、この屋敷での退屈な生活はメイリンの体を大分怠惰にさせていた。化粧を落とした顔を手鏡に映すと―――目の下に隈が出来ていた。大分疲れているのだ。………自分でもそう思う。
(私………何をやっているのかしら………。)
我に返ると―――何と恐ろしい事をしたのかと怖気が来る。
自分の命令で何十―――否、何百という命が消えた。紛れもなく自分の命令で。そしてその後、何十人もの人間が社会的に抹殺された。………彼らの立場では、殺害したものと大差ないだろうと知りながら。
それでも―――それでもメイリンは自分が“完全に間違っている”とは思えない。
「“平和”………そういう世界を作り出すためには、誰かが犠牲にならなければならない………。」
それは、必要悪というものだとメイリンは思う。事実、メイリンがシドニーの暴動をあのまま放っておけば騒ぎは更に拡大し、何百どころか何千、何万もの死者を出す事になっただろう。それはメイリンには容易に想像できたことだ。
それに、何より―――
「あんな事で………アスランを悩ませちゃいけない………。」
夫、アスランは優しい。誰に対しても―――。メイリンは己だけを向いて欲しいとずっと思っていたが、それは敵わぬ事だと理解せざるを得ない。アスランはそういう人間なのだとメイリンも認めざるを得ないのだ。世界の全てを救おうとする、理想に燃える心優しき青年―――それがアスランなのだから。
………だからこそ、メイリンは夫を助けたいと思う。夫は、アスランは必要悪にはなりきれない人種なのだ。それが必要な事なのだと解っていても。
それに………
「カガリ様―――貴方に汚れ役など、やらせはしないわ………あの人のために役に立つのは、私だけなの………私だけなのよ………。」
アスランには、私を向いていて欲しい。
アスランのために、役に立つのは私だけで良い。
アスランのために―――それを邪魔するものには―――。
「ウフフ………ウフフフフ………。」
口が綻び―――哄笑。
だが同時に、瞳に涙が溢れてくる。それを止めるためにメイリンは片手で瞳を拭うが―――哄笑も涙も収まりそうになかった。
(―――シン=アスカ。姉さんを死なせ、私とアスランを殺そうとした男。その貴方が、何故―――今になって私の前に現れるの?)
ゲルハルト=ライヒからの新たなる指令―――それは、シン=アスカの調査。………報告書の書類を見た時、調べるまでも無いと解った………顔見知りなのだから。とは言え、とうに死んだと思っていたので驚きはあったが。
(………生きているのなら、生きていて欲しいと思うわ。だけど………シン、もしも貴方がもう一度私のアスランを殺しに来るのなら―――。)
「必ず―――殺してあげる………ウフフフフ………。」
―――哄笑が止まない。そこには今の自分の姿に怯える少女の顔も、確かに存在していた。
ゲルハルト=ライヒからの新たなる指令―――それは、シン=アスカの調査。………報告書の書類を見た時、調べるまでも無いと解った………顔見知りなのだから。とは言え、とうに死んだと思っていたので驚きはあったが。
(………生きているのなら、生きていて欲しいと思うわ。だけど………シン、もしも貴方がもう一度私のアスランを殺しに来るのなら―――。)
「必ず―――殺してあげる………ウフフフフ………。」
―――哄笑が止まない。そこには今の自分の姿に怯える少女の顔も、確かに存在していた。
統一地球圏連合政府情報管理省広報部長なる長ったらしい肩書きをミリアリア=ハウは“早口言葉の類”としか思えない。………自分の持っている名刺にもその肩書きは長ったらしく書かれている。肩書きは長い方が良いという旧世紀の遺産など無くして欲しかった、そうミリアリアは思う。
びしっと背広を着こなし、デスクに座るのが今のミリアリアの仕事だ。政府御用達の新聞社の編集長兼アナウンサーという奇妙な役柄が彼女の仕事の割り当てで、お陰でベテラン揃いのこの部署ではミリアリアは常に肩身の狭い思いをしなければならなかった。
(身内人事、と言われても仕方が無いわね………。)
この役職が割り当てられたのは旧アークエンジェルクルーの意向が強く働いた、という事らしい。………揃いも揃って身内に優しい集団だ。ミリアリアの希望した職種であっても、戦地に行く様な末端のカメラマンにならない様に様々な趣向を凝らしてくれたらしい。………ミリアリアにとっては嬉しい様な、悲しい様な事である。
上司といっても、ミリアリアと部下達の年齢は親子程も離れている―――無論、子供はミリアリアだ。………どうやっても“部下を叱りつける上司の図”は構成出来そうもない。そうかといって誰も反旗を翻す者も居ないので、ミリアリアとしては何となく無視されている様な気分にもなるのである。
とはいえ―――そこはミリアリア。めげる様な精神構造では無い。記者達にこちらからどんどん話しかけ、“上司と部下”というよりは“姪とおじさん”の様な関係を築く事に成功していた。………上司には当分成れそうも無いが。
今日もミリアリアは部下達の“おじさん軍団”をさっさと帰らせ、面倒な事務仕事を一手に引き受けていた。………気分は既に事務のパートタイマーだが、寧ろミリアリアには気楽な仕事だった。ふんふん♪と鼻歌など交えつつ書類と格闘する。
ふと、そんな事務室に一人の男が入ってきた。マーチン=ダコスタである。
「まだ残っていたのか、ハウ君。………あまり根を詰めない方が良いよ。」
「ダコスタさんこそ。………またバルトフェルドさんの我が儘ですか?」
「そう言う事を言うもんじゃないよ。………我が儘には違いないが、本人はそう言われる度に拗ねてしまい、更に仕事が遅くなってしまうんだ。―――最近は嫌みったらしく『今日はとても真面目に仕事をこなされましたね』と言われる方が堪えるらしいけどね。」
目をぱちくりさせた後、ぷっと吹き出す。
「ダコスタさんはどっちの味方なんですか?」
「僕はいつでも僕の味方ですよ。」
しれっと言うダコスタ。何だかなあと思いつつ、ミリアリアは言う。
「少し、休憩していきます?………コーヒーか紅茶なら有りますよ。」
「………頼めるなら紅茶を。自分で飲んでるわけではないけど、コーヒーの匂いの中で生活をしているとたまには違うものを飲みたくなるんだ。」
「はいはい。………ちょっと待ってて下さいね。」
言ってミリアリアは給湯室へ向かう。ダコスタは「………入れるのは毎日だが、入れて貰うのは久々だな………。」と、自分の人生そのものを考えてしまいそうになる愚痴を漏らしていた………。
びしっと背広を着こなし、デスクに座るのが今のミリアリアの仕事だ。政府御用達の新聞社の編集長兼アナウンサーという奇妙な役柄が彼女の仕事の割り当てで、お陰でベテラン揃いのこの部署ではミリアリアは常に肩身の狭い思いをしなければならなかった。
(身内人事、と言われても仕方が無いわね………。)
この役職が割り当てられたのは旧アークエンジェルクルーの意向が強く働いた、という事らしい。………揃いも揃って身内に優しい集団だ。ミリアリアの希望した職種であっても、戦地に行く様な末端のカメラマンにならない様に様々な趣向を凝らしてくれたらしい。………ミリアリアにとっては嬉しい様な、悲しい様な事である。
上司といっても、ミリアリアと部下達の年齢は親子程も離れている―――無論、子供はミリアリアだ。………どうやっても“部下を叱りつける上司の図”は構成出来そうもない。そうかといって誰も反旗を翻す者も居ないので、ミリアリアとしては何となく無視されている様な気分にもなるのである。
とはいえ―――そこはミリアリア。めげる様な精神構造では無い。記者達にこちらからどんどん話しかけ、“上司と部下”というよりは“姪とおじさん”の様な関係を築く事に成功していた。………上司には当分成れそうも無いが。
今日もミリアリアは部下達の“おじさん軍団”をさっさと帰らせ、面倒な事務仕事を一手に引き受けていた。………気分は既に事務のパートタイマーだが、寧ろミリアリアには気楽な仕事だった。ふんふん♪と鼻歌など交えつつ書類と格闘する。
ふと、そんな事務室に一人の男が入ってきた。マーチン=ダコスタである。
「まだ残っていたのか、ハウ君。………あまり根を詰めない方が良いよ。」
「ダコスタさんこそ。………またバルトフェルドさんの我が儘ですか?」
「そう言う事を言うもんじゃないよ。………我が儘には違いないが、本人はそう言われる度に拗ねてしまい、更に仕事が遅くなってしまうんだ。―――最近は嫌みったらしく『今日はとても真面目に仕事をこなされましたね』と言われる方が堪えるらしいけどね。」
目をぱちくりさせた後、ぷっと吹き出す。
「ダコスタさんはどっちの味方なんですか?」
「僕はいつでも僕の味方ですよ。」
しれっと言うダコスタ。何だかなあと思いつつ、ミリアリアは言う。
「少し、休憩していきます?………コーヒーか紅茶なら有りますよ。」
「………頼めるなら紅茶を。自分で飲んでるわけではないけど、コーヒーの匂いの中で生活をしているとたまには違うものを飲みたくなるんだ。」
「はいはい。………ちょっと待ってて下さいね。」
言ってミリアリアは給湯室へ向かう。ダコスタは「………入れるのは毎日だが、入れて貰うのは久々だな………。」と、自分の人生そのものを考えてしまいそうになる愚痴を漏らしていた………。
「………また、戦争になりそうだよ………。」
下らない事で談笑した後、ぽつりとダコスタが言った。ミリアリアの顔も曇る。
「穏やかじゃ無いですね。………何処で?」
「コーカサス州―――ガルナハンさ。元々レジスタンスの勢力が強い地域だったが、ついこの間とうとう政府軍とレジスタンスのパワーバランスが崩れた。………二倍近い兵力の政府軍が、少数のレジスタンス側に大敗したんだ………。」
その話は、ミリアリアも聞き及んでいた。………報道してはならない報道資料として。
「アリーの戦い―――ですね………。」
仮にも兵力は潤沢な政府軍が、寄せ集めでしかないレジスタンスに破れる―――有り得ない話ではないが、それは兵力が拮抗している時だ。今回の様に少数が多数に勝つという場合、周囲に与える影響はかなりなものとなる。
「近隣のレジスタンスも勢力を強めつつある。政府軍じゃ押さえきれなくなるのはもう、時間の問題だ………。」
紅茶を一口啜るダコスタ。………美味しい紅茶なのだが、如何せん顔に笑顔が出せそうも無い。
「加えて、アリーの街に実質的な被害を出してしまったのも政府軍の失態だ。………これで、アリーの街からの税収は激減する。予算は逼迫し、更にレジスタンスは活性化する。………遠からず、あの政府は崩壊するだろうね………。」
「………。」
ミリアリアとて、その先は言われなくても解る。
(統一連合軍に介入を依頼するしかない。だけど、それをやれば………。)
―――戦争。国家同士の。
どうにもならない―――誰もが平和を望んでいるのに、誰かが平和を望んだばかりに。
夥しい人の命がまた失われる―――その一部始終をミリアリアもダコスタも目撃してきたのだ。だがそれを知りながら、止める事の出来ない無力感―――それをダコスタも、ミリアリアも痛切に感じていた。
下らない事で談笑した後、ぽつりとダコスタが言った。ミリアリアの顔も曇る。
「穏やかじゃ無いですね。………何処で?」
「コーカサス州―――ガルナハンさ。元々レジスタンスの勢力が強い地域だったが、ついこの間とうとう政府軍とレジスタンスのパワーバランスが崩れた。………二倍近い兵力の政府軍が、少数のレジスタンス側に大敗したんだ………。」
その話は、ミリアリアも聞き及んでいた。………報道してはならない報道資料として。
「アリーの戦い―――ですね………。」
仮にも兵力は潤沢な政府軍が、寄せ集めでしかないレジスタンスに破れる―――有り得ない話ではないが、それは兵力が拮抗している時だ。今回の様に少数が多数に勝つという場合、周囲に与える影響はかなりなものとなる。
「近隣のレジスタンスも勢力を強めつつある。政府軍じゃ押さえきれなくなるのはもう、時間の問題だ………。」
紅茶を一口啜るダコスタ。………美味しい紅茶なのだが、如何せん顔に笑顔が出せそうも無い。
「加えて、アリーの街に実質的な被害を出してしまったのも政府軍の失態だ。………これで、アリーの街からの税収は激減する。予算は逼迫し、更にレジスタンスは活性化する。………遠からず、あの政府は崩壊するだろうね………。」
「………。」
ミリアリアとて、その先は言われなくても解る。
(統一連合軍に介入を依頼するしかない。だけど、それをやれば………。)
―――戦争。国家同士の。
どうにもならない―――誰もが平和を望んでいるのに、誰かが平和を望んだばかりに。
夥しい人の命がまた失われる―――その一部始終をミリアリアもダコスタも目撃してきたのだ。だがそれを知りながら、止める事の出来ない無力感―――それをダコスタも、ミリアリアも痛切に感じていた。
「………事態として現状は、困った事だと思うんだ………。」
しゃりしゃりとジャガイモの皮剥きをしながらユウナ=ロマ=ライセンは独白する。
「………何がどう、困った事態だと仰りたいんですか?」
そう返すセンセイも又、ジャガイモをしゃりしゃりと剥きながら。
「まあ、困った事態にゃ違いないとは俺も思うが………。」
今度は大尉。………包丁の数が足らないらしく、自前のサバイバルナイフで器用にジャガイモを剥いていく。
「ジャガイモを剥きながら『今後の作戦会議』って洒落が効き過ぎじゃねぇか?リーダー。」
「雰囲気を出したって、状況は変わらないでしょ?」
「今に始まったこっちゃ無ぇから、これ以上は突っ込まねぇがな………。」
目の前に山と積まれたジャガイモ。これが、『東ユーラシア政府軍を半壊させ、新型MAまでも葬り去った近隣住民からのリヴァイヴへの報酬』であった。
「………現状で餓えに喘ぐ寒村もあるんだ。食料は出来るだけ大事にしておきたいんだよ。」
言いながらも大事に大事に、ジャガイモを扱うユウナ。………ユウナの父が見たら卒倒しそうな光景かも知れない。
「俺達は確かに東ユーラシア政府軍を撃退したが………。」
剥き終わったジャガイモをカゴに放り、新しいものを拾う大尉。
「次は間違いなく治安警察―――統一連合軍が来るだろうな………。」
溜息と共に大尉。そこにセンセイが続ける。
「ジャガイモは調理をしておけば、保存食として十分なものになりますけど………私達の“保存“をどうするか、ですね………。」
ユウナの悩み―――それは戦力が圧倒的に足りないという事だ。奇策や奇襲で勝てるのは、一時凌ぎでしかない―――戦争とは数の暴力に他ならない。………そして。
「戦端が開いてしまえば―――もう僕達は、コーカサス州は後戻りが出来ない………。」
統一連合軍が動くという事は、世論が戦争を支持したという事だ。きっちりとした結果を残すまで、飽くなき戦いが繰り広げられるという事だ。………一指揮官が開戦と終戦を選べる小競り合いとは訳が違う、泥沼の戦争になりうるという事だ。そうなってしまったら、何とかして調停―――講和に持ち込まなければならない。だが、そのためには問題が―――今、ユウナの眼前に山と積まれたジャガイモよりも―――遙かに高い問題があった。
(講和をするためには、僕達が統一連合軍に対抗出来る勢力であり、尚かつそれが維持出来る実力を持たねばならない………。)
そこで、ユウナは悩む。それは、ユウナ単独ではどうにもならない悩みではあるのだが。
(“コーカサス州のレジスタンス”は一致団結し、協力して物事に当たり、かつ人々を戦禍に巻き込まず、更に統一連合軍に勝利し、その状態を維持しなければならない………。)
ここまで揃うと無理難題である。………というか、ここまで出来る勢力とは“国家”に他ならない。その“国家”は領民の味方ですらなく、今や自滅への道をひた走っているのみなのだ。このままではいけない―――ユウナが例え政治教育など受けていなくともそう思うだろう。
それに―――。
ユウナの脳裏に、元気な女の子のイメージが浮かぶ。きっと、オーブでは太陽の様に輝いていたであろう女の子―――ソラの事が。
「ソラ君を―――何とかしてあげたいと思うんだ………。」
それは、ソラの、ユウナの願いであった。………今ならその願いは叶えられるのだ。今ならば。戦争が始まってしまったら―――誰もが己の命すら守りきれるか知れないのだ。
「………約束は守れるものなら、守ってやりたい。………頼めるかい?大尉。」
大尉は、ジャガイモを置くと煙草を取り出し、火を付ける。ふぅ………と白い吐息を出して、落ち着いた風情の後、言った。
「………前の組織の情報屋がまだ、生きてるはずだ。爺だったが、孫娘も居た。………まだルートは生きてるだろうぜ………。」
ユウナの顔がぱっと輝く。
「連絡は取れるかい?」
「正直な所、行ってみないとわからん。………とは言え、俺もそんなに遠くには出られないぜ。部隊をほったらかす隊長なんて、居ちゃなんねぇだろう。」
言う通りだ―――そうセンセイも思う。
(皆、不安なはず―――そんな中で大尉クラスの人が逃げ出す算段をしている等と噂が流れようものなら、私達は戦う前に瓦解する………。)
「そうだね―――その通りだ。」
ユウナもその事を直ぐに悟った。………怯えているのはユウナだけではない―――リヴァイヴの全員が近づいてくる暴風を感じ始めていたのだ。
しゃりしゃりとジャガイモの皮剥きをしながらユウナ=ロマ=ライセンは独白する。
「………何がどう、困った事態だと仰りたいんですか?」
そう返すセンセイも又、ジャガイモをしゃりしゃりと剥きながら。
「まあ、困った事態にゃ違いないとは俺も思うが………。」
今度は大尉。………包丁の数が足らないらしく、自前のサバイバルナイフで器用にジャガイモを剥いていく。
「ジャガイモを剥きながら『今後の作戦会議』って洒落が効き過ぎじゃねぇか?リーダー。」
「雰囲気を出したって、状況は変わらないでしょ?」
「今に始まったこっちゃ無ぇから、これ以上は突っ込まねぇがな………。」
目の前に山と積まれたジャガイモ。これが、『東ユーラシア政府軍を半壊させ、新型MAまでも葬り去った近隣住民からのリヴァイヴへの報酬』であった。
「………現状で餓えに喘ぐ寒村もあるんだ。食料は出来るだけ大事にしておきたいんだよ。」
言いながらも大事に大事に、ジャガイモを扱うユウナ。………ユウナの父が見たら卒倒しそうな光景かも知れない。
「俺達は確かに東ユーラシア政府軍を撃退したが………。」
剥き終わったジャガイモをカゴに放り、新しいものを拾う大尉。
「次は間違いなく治安警察―――統一連合軍が来るだろうな………。」
溜息と共に大尉。そこにセンセイが続ける。
「ジャガイモは調理をしておけば、保存食として十分なものになりますけど………私達の“保存“をどうするか、ですね………。」
ユウナの悩み―――それは戦力が圧倒的に足りないという事だ。奇策や奇襲で勝てるのは、一時凌ぎでしかない―――戦争とは数の暴力に他ならない。………そして。
「戦端が開いてしまえば―――もう僕達は、コーカサス州は後戻りが出来ない………。」
統一連合軍が動くという事は、世論が戦争を支持したという事だ。きっちりとした結果を残すまで、飽くなき戦いが繰り広げられるという事だ。………一指揮官が開戦と終戦を選べる小競り合いとは訳が違う、泥沼の戦争になりうるという事だ。そうなってしまったら、何とかして調停―――講和に持ち込まなければならない。だが、そのためには問題が―――今、ユウナの眼前に山と積まれたジャガイモよりも―――遙かに高い問題があった。
(講和をするためには、僕達が統一連合軍に対抗出来る勢力であり、尚かつそれが維持出来る実力を持たねばならない………。)
そこで、ユウナは悩む。それは、ユウナ単独ではどうにもならない悩みではあるのだが。
(“コーカサス州のレジスタンス”は一致団結し、協力して物事に当たり、かつ人々を戦禍に巻き込まず、更に統一連合軍に勝利し、その状態を維持しなければならない………。)
ここまで揃うと無理難題である。………というか、ここまで出来る勢力とは“国家”に他ならない。その“国家”は領民の味方ですらなく、今や自滅への道をひた走っているのみなのだ。このままではいけない―――ユウナが例え政治教育など受けていなくともそう思うだろう。
それに―――。
ユウナの脳裏に、元気な女の子のイメージが浮かぶ。きっと、オーブでは太陽の様に輝いていたであろう女の子―――ソラの事が。
「ソラ君を―――何とかしてあげたいと思うんだ………。」
それは、ソラの、ユウナの願いであった。………今ならその願いは叶えられるのだ。今ならば。戦争が始まってしまったら―――誰もが己の命すら守りきれるか知れないのだ。
「………約束は守れるものなら、守ってやりたい。………頼めるかい?大尉。」
大尉は、ジャガイモを置くと煙草を取り出し、火を付ける。ふぅ………と白い吐息を出して、落ち着いた風情の後、言った。
「………前の組織の情報屋がまだ、生きてるはずだ。爺だったが、孫娘も居た。………まだルートは生きてるだろうぜ………。」
ユウナの顔がぱっと輝く。
「連絡は取れるかい?」
「正直な所、行ってみないとわからん。………とは言え、俺もそんなに遠くには出られないぜ。部隊をほったらかす隊長なんて、居ちゃなんねぇだろう。」
言う通りだ―――そうセンセイも思う。
(皆、不安なはず―――そんな中で大尉クラスの人が逃げ出す算段をしている等と噂が流れようものなら、私達は戦う前に瓦解する………。)
「そうだね―――その通りだ。」
ユウナもその事を直ぐに悟った。………怯えているのはユウナだけではない―――リヴァイヴの全員が近づいてくる暴風を感じ始めていたのだ。