「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第11話「白き怒濤」Bパート

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 その日は、朝から良く晴れた。

 昨日までの吹雪が嘘の様に、青く透き通る様な空。何処までも、きっとオーブまでも続いている空。雲一つ無い、久しぶりの蒼穹の空。
 陽光が大地に等しく降り注ぎ、白く染まった世界を照らし出していく。そんな世界の中でも鳥達は元気に動き回り、今日の餌を求めて世界を旅する。
 そんな光景は、今日のコーカサスでは何処でも見れるものだろう。ここリヴァイヴのアジトでも。
 ソラはそうした光景を窓から眺めながら、今日の朝食の後片づけをしていた。
 先程までの雑多とした喧噪が嘘の様に静まりかえる食堂。ソラの鼻歌が部屋中に木霊する様だ。
 ふと、ソラはぐるりと視界を巡らす。使い慣れた調理器具や、あちこちに貼られたソラの手書きのレシピ。その中にはリヴァイヴの定番メニューになったものも数多くある。……ここは、ソラにとって間違い無く“居場所”であったのだと思える。

 (不思議な感じ……私は最初、“人質”だったのにね……。)

 その自分が、いつの間にか“犯人達”の心配をする様になって――その人達と浮かれ騒いで。ソラ自身、不思議だと思う事ばかりだった。

 (……辛い事も、多かった。でも……。)

 シン――コニール――シゲト――センセイ――ユウナ――その他の様々なリヴァイヴの人達。
その人達の事が、脳裏に浮かぶ。その人達への思いは、もはや恨みでは無い――まるで、幼い頃の孤児院で過ごした人達と同じような――。
 暖かな思い――忘れられない思い出。
 ソラは洗い物を一段落させると手を濯ぎ、もう一度“世界”を見渡した。リヴァイヴと過ごした“世界”を。
 あのパーティの最後に、リーダーが――半ば酔いつぶれながら――言った言葉が忘れられない。
 <もうじき、ソラ君の迎えが来る。――それは寂しい事だけれど、ソラ君のために僕等がしてあげられる最大限の事だと思う。僕等が平和な世界を望む様に、ソラ君を平和な世界に帰してあげたい。それは、僕等の総意だ!>
 そう、高らかにユウナは宣言した。……その時、ソラははっきりと理解した。

 (私、帰るんだ……オーブに。帰れるんだ……。)

 それは嬉しい事の筈なのに。実際、嬉しい気持ちはあるのに。……それなのに、どこかに寂寥感があった。それはまるで友達と一緒に遊んでいた、楽しい時間が終わったかの様に――。
 漠然とした、静かな乱れる思いをソラは止められないで居た。


 ――食堂の外で、トラックのクラクションが鳴らされる。その音にびっくりしてソラは慌てて外に飛び出した。

 「よう、ソラ! 脅かしちまったか!?」
 外に出た途端、朝から元気な少尉の声が上から飛んでくる。MSだって運べる大型トラックの運転席で少尉が得意げに笑っていた。
 「もう、少尉さん。びっくりするじゃないですか」
 「ハハハ、悪い悪い」

 そう言うと少尉はひらりとトラックから降りてきた。にやけてはいるが、普段よりは真面目な顔つきだ。

 「……多分、これで最後だからな」
 「あ……」

 ソラの顔が曇る。少尉は無理して微笑んでいる様だった。
 そうなのだ――少尉、中尉、大尉の三人はそれぞれトラックに自分のMSを積んで街に向かうのだ。この冬の間に、しっかりとMSの整備をやっておきたい――分解整備まで出来る街の工場で。政府軍が動かないという確かな情報があるからこそ出来る事であり、そうでなければいつまでも騙し騙し動かさなければならない。要するに「今しかない」のである。
 しかし、おそらく大尉達はこの冬一杯は帰って来れないだろう――ソラの帰還する日には。
 だからこれは、少尉達と最後に話せる機会――最後の挨拶なのだ。

 「色々、巻き込んで済まなかったな」

 小さく、頭を下げる少尉。

 「しょ、少尉さん……」

 どうして良いか解らず、ソラ。構わず少尉は続ける。

 「アンタぐらいの年齢の頃、俺はまだ世間で遊んでたよ。親の脛ってヤツでね。……戦争なんか、その時には考えもしなかった。今じゃ、爪先まで戦争屋だがね」
 「少尉さん……」
 「……女の子は――子供は、戦争なんかするもんじゃねぇ。誰だって、夢とか希望とか、夢見る期間は必要なんだ」
 「…………」

 照れくさりながらも――真摯に言う少尉。そんな少尉に、ソラはただ見入るだけだ。

 「だから、えーっと、つまりだな……」

 とはいえ、そんなソラの視線にだんだんと少尉が居たたまれなくなってきて――。

 「何やってんだお前は、コラ」

 ぼかっと、突然少尉の頭が殴られる。……大尉だ。

 「最後の挨拶ぐらいしっかりと締めやがれ、ったく……。悪いなソラちゃん、ウチの連中は口下手揃いでな」
 「全く、後ろで聞いていて冷や冷やするんですよ。何を言い出すか解らないんですから」

 ついで中尉も顔を出す。……いつものトリオだ。

 「邪魔しないで下さいよ、大尉。ちゃんと俺は……」
 「何処の女の子に告白するガキだ、お前は。しどろもどろになってどーすんだよ」
 「悪いね、ソラ君。どうにもいつも締まらないもので……」

 この、あまりにも“いつもの三人”に、ソラも微笑まざるを得ない。そんなソラに、大尉もおどけて笑って見せた。

 「……そうさ、そうやって笑ってくれ。俺達みたいに厳つい連中が一番困るのは、ソラちゃんみたいな女の子を笑わせる事なんだからな」

 ――結局、お別れの挨拶は特にしなかった。「またな」とも、「さよなら」とも。
 ただ、お互い最後だというのは解ってた。それで十分だった――。



 「ソラ、帰らないでくれないかな……」

 ダストを整備している最中、シゲトがぼそっとそう呟いた。直ぐ近くで作業をしていたサイが、呆れた様にシゲトに言う。

 「今更何言ってるんだ。もう決まった事だろう」
 そうサイが言うと、シゲトは珍しく言い返す。

 「でもさ、サイ兄。ソラはここで楽しそうにしてたじゃんか。俺、ソラの料理好きだし……。ソラって、守ってやりたいんだよ……」

 それは、素朴な感情だった。シンプルで、子供らしくて、微笑ましい――。

 「シゲト、お前……」

 サイは、シゲトの感情に気が付かなかった訳ではない。だが、「ここまで言う程だったのか」とは思って居なかった。
 サイにとって、シゲトは大事な弟分だ。叶う事ならば、応援してやりたい。だが――。

 「――シゲト、諦めろ。ソラと俺達は、所詮違う世界の人間だ……」

 キッパリと言い切るサイ。それは、シゲトを思う故の事だ。しかし、シゲトもそれで納得できる訳が無い。

 「どうしてさ! ソラは俺達と同じ人間だろ!? 政府の人間みたいに、俺達の事をゴミみたいに扱わない、“人間”じゃないか!」

 ――サイは、痛ましいと感じる。シゲトの様な少年が、こう思っていないと自我も育てられないという事に。

 (……だからなんだよ、シゲト。)

 こんな世界は間違いなのだ――そうサイは思う。だからこそ、戦う。……しかし、その為にソラの様な子を犠牲にしたくはないのだ。それは、シゲトの様な子供の事を思えば、特別扱いだとも思う。そうだとしても――

 (――偽善でも良い。一人でも良いから、助けたいんだ――)

 それは偽善に違いない。特別扱いに、間違い無い。……だが、一人を救うのと全てを救うのは全く別の話だ。だからこそ、目の前の一人だけはと思ってしまうのだ。
 だとしても……シゲトの思いも解る。サイにとっては同じ位大事な子だから。
 何時しかシゲトは泣きじゃくっていた。サイは、黙ってシゲトを抱き寄せ――シゲトは暴れたが、サイは構わず――シゲトが泣き止むまで、ずっとそうしていた。



 『……良いのか? シン』
 「何がだよ、レイ」

 ソラから返して貰った腕時計――新しい物はソラ用になった――と、一人部屋で語るシン。

 『ソラが帰ると聞いてから、浮かない顔なのでな』
 「……やっと厄介払いが出来るんだ。嬉しくない訳が無いさ」

 ごろりと、ベッドに寝転がるシン。

 『そういう風には見えんがな』

 そのレイの台詞は、胸に刺さる物だ。だが、シンは堪えていない振りをする。

 「アイツを守るのは、俺の“誓い”だ。……それが叶うんだ。それ以上でもそれ以下でも無い」
 『…………』

 シンは、迷っていた。……かつて、ステラの時もそうであった様に。
 (――本当に、これで“守った”のか? 俺は、“守り切った”のか?)
 己の目の届かない所に行かせる――それは“守る”という事柄とは対極の事だ。かつて、シンはステラを守るために動き、そしてそれは全て裏目に出る結果となった。
 いつしか、シンの中にはある種の刷り込みの様なものが出来上がっていた――即ち、
 (俺が守ろうとして動けば動く程、良い結果にはならないんじゃないのか……?)
シンがどれ程頑張ろうと、シンが思いを巡らせる程、結果は最悪の物となった。

 ――マユのためと思い、携帯電話を取りに崖下へ向かい、その結果家族の足を止める事となった。
 ――ステラを生かすため、軍規も破ってステラを返還し、その結果ステラはデストロイで大罪を犯し、“正義の味方”に滅ぼされた。
 ――戦争を終わらせるため、共に戦ったルナマリア。そんな彼女を守る事も出来なかった。

 それは、シンという人間の紛れもないトラウマであり、避けようの無い過去だった。
 シンは、怯えていた。この結末がまたも最悪の結果になるのでは無いかと。
 ――優しく微笑むソラの笑顔が、またも己の罪業に巻き込まれていく。その様が、堪らなく嫌だったのだ。
 (教えてくれ、誰か……。俺は、一体どうしたら良い!?)
 シンという人間は、確かに強い。だが、シンの強さは常に『誰かを守るために』発揮されている。その事を自分自身で理解出来なかったのが、シンという人間の最大の不幸だった。


 そんなシンの顔を、ドアの隙間からこっそりと覗いていたコニールは複雑な心境だった。
 (慰めてあげようと思ってたけど……。)
 どうしたら良いのだろう――コニールは思う。
 シンという人間の背負った虚無は、シンという人間の強さと同じ位巨大だ。――並の人間では決して背負えない程の虚無。それが、シンという人間の強さと直結している。
 (……アイツ、少しはアタシを頼ってよ。そうしたら……。)
 ――どうしよう。そう思ってもコニール自身どうしようもない事も解っている。
 このドアを開けて、シンを慰めてあげたい。けれど……。
 (無理だよ、アイツは……私の事なんか、眼中に無いんだから……。)
 コニールは、ドアの前でしゃがみ込んだ。どうしても“一歩”が踏み込めない、そのもどかしさに震えながら。



 夕闇の帳が降りる。白銀の世界が紅く染まり――そして世界は漆黒となる。
 その中で炎がボッ、と燃え上がる。高級品のジッポーライター、ドーベルマン愛用の一品だ。ドーベルマンは葉巻の先端を咬みちぎると、それに炎を灯す。ほどなくチン、という金属音がして炎はドーベルマンの加えた葉巻の先端だけになる。……その炎に照らし出されながらドーベルマンは、およそ二百メートル位の距離にある人里を見下ろせる位置に居た。

 「――このナスル村が、リヴァイヴの支持基盤の一つだ」

 ふう、と溜息の様に煙草の煙を吐き出す。もう何十年も同じ銘柄――しかし、飽きた事は無い。もはや体の一部、そう云える位吸い続けた銘柄だ。そんな煙草の灯りに惹かれる様に、暗がりから三人の男女がやって来る。ヒルダ、マーズ、ヘルベルト――ドム=クルセイダーの三騎士達だ。

 「支持基盤、っていう割には……思い切りその辺の農村って感じだね」

 率直にヒルダ。なるほど、眼下に広がる農村は“農村”以外の何者でも無い。牧歌的、とは言われても近代的、とはどんな感性の持ち主でも持ち得ないだろう。

 「いやいや解りませんぜ、きっとこの地下には秘密基地が」
 「あるわけ無いだろ。……しかし武器弾薬なら或いは」

 混ぜっ返すようにマーズとヘルベルト。しかし、一組と一筋の鋭すぎる眼光の前に素早く黙る。

 「単なる農村さ、ここは。……逆に言えばこんな連中にも見放される程、東ユーラシア政府から人心は離れている、という事だ」

 リヴァイヴは元々、自警団的な組織であり、一時期はコーカサス地方の自治軍ともなっていた。
そうした土壌が出来るという事は、コーカサス地方は元々“独立独歩”のお国柄だったという事である。
それは地方に行けば行く程顕著になり、こうした単なる“農村”が自衛の為にリヴァイヴの様な組織を利用する――或いはそれはヤクザに警察業務を依頼する様な事だ。
だが、そうしなければならない土壌を創り上げてしまったのは、紛れもなく時代であり東ユーラシア政府であった。

 「フン、こんな農村でも国家的組織って訳かい。つくづく東ユーラシア政府っていうのは行き先不安だね。……で、どうするんだい?」

 ヒルダはドーベルマンを見据える。
それは厳しいものであり、半ばドーベルマンの回答を予想したものだ。
その視線に一瞬ドーベルマンは怯んだ様にも見えたが、気を取り直し葉巻を放り、踏みしめると――決然と言う。

 「……この村を、襲う」

 ――それは、非情の策。リヴァイヴを誘き出すためだけの、非道の策。だが、ドーベルマンの顔に悲壮感は無かった。高揚感も、ましてや使命感も。
 アデルがアリーの街を包囲した時とは訳が違う――あれは結果的に街に被害が出たが、本来は誘き出したテロリストグループを少しずつ排除していくという、能動的ではありながらも受動的な策であった。
 今のドーベルマンと、アデルには大きな違いがある――戦力差という決定的な違いが。包囲に回せるだけの余力は無い――ならば、同じような効果を得る為に支払う代価は“虐殺”という一言に集約される。

 「リヴァイヴの支持基盤たる村落は、この近隣の四箇所。……まずはここを壊滅する。次の日は次の場所を――そうしていれば、リヴァイヴの連中は巣穴から飛び出して来ざるを得ん。――この作業は俺一人でやる。お前達には、巣穴から飛び出して来た連中を撃破して貰いたい」

 ドーベルマンはヒルダ達を見据え、言う。その瞳には、一点も曇りは無い。既に、覚悟は出来ている……そういう瞳だ。
 この策には、幾つかのメリットが存在する。
 一つ目は「次に襲われる村落が何処になるか解らない」という事。このため、リヴァイヴ側は只でさえ少ない兵力を更に裂かなければならない。
 二つ目は「少ない兵力を、相手側に悟られない」という事。夜陰に乗じての奇襲であれば、特にその効果は高まる。

 ドーベルマンの策は、言ってみれば「ゲリラに対してゲリラ戦術を行う」という事だ。ゲリラ戦術とは“綺麗事では無い戦術”に他ならない。それを敢えて行おうとする所に、ドーベルマンの真意がある。
 (“勝つ”為には何でもしてみせる……か。)
 ヒルダは、改めてドーベルマンを見据える。
 それは、追いつめられたから――だけでは無い。
 どうしても勝ちたいから――だけでも無い。
 なりふり構わず戦う――それはどういう意志の元、行われるのか。敢えて言うのなら、それは“自棄”では無い。“尊厳”でも無い。“意地”――なのだろうか。それだけなのだろうか。それはもう、余人には推し量れないものなのかも知れない。

 「行ってくる。……後は頼んだ」

 ドーベルマンはゆらりと、ゼクゥ=ツヴァイに向かって歩いていく。

 「ああ、解った。ハンティングはこっちがやるよ。……行くよ、アンタ達!」

 出来る限り明るく、ヒルダ。ドーベルマンがこれからやる事は、褒められた事では無い。それどころか、抹殺されてもおかしくない類の事だ。
 だが――
 (アタシに出来る事は、一つだけだ。……リヴァイヴとかいう連中を叩き潰す!)
 ヒルダはマーズとヘルベルトを伴い、自分達の機体へ向かう。動き出したゼクゥ=ツヴァイがナスル村へ向かうのを横目で見ながら。
 ……悲鳴や、怒号は聞きたくなかった。その気持ちがヒルダを早足にさせていた。



 朝から、リヴァイヴは騒然とした空気に包まれた。……血塗れの兵士が急を告げに来たのだ。

 「……昨日未明、ナスル村が謎のMAに襲われました! ほぼ村は壊滅状態です!」

 その兵士自身も傷だらけだった。包帯のあちこちに血が滲み、おそらくは足の骨は折れているだろう――だが、それでもその兵士は痛む様子は見せはしない。……昨夜の惨劇の恐怖が、痛みを麻痺させているのだろうか。

 「確かなのか!? 東ユーラシア政府軍はこの冬一杯動けないはず……」
 「じゃあ昨日のMAは何だっていうんだ! 個人所有のMAがわざわざこんな僻地の村を襲いに来る訳無いだろう!」

 血相代えて飛んできたユウナも、決死の思いでここまで走ってきた兵士の言に押される。

 「個人所有のMAならローゼンクロイツが把握してるはずだが……」
 「しかし、そんな足が付きそうなものでここまでの事をするか?」

 他のリヴァイヴのメンバーがざわざわと話し合う。そんな様子に、血塗れの兵士はもう一度怒号を上げた。

 「……いい加減にしろ! アンタ達が油断しきっている間に、政府軍だか何だか知らない連中が殲滅戦を仕掛けてきてるんだぞ! 何とかするのがアンタ等じゃ無いのかよ!?」

 それは癪に触る罵声ではあったが、筋の通っている事でもあった。ナスル村を含め、周辺の農村はリヴァイヴの支持基盤として確かなものを提供してきている。それに応えるのは紛れもなくリヴァイヴの役目なのだ。

 「それは、その通りだ……」

 ユウナとて、それは認めなければならない。
 (――ナスル村は、戦略拠点としては何ら意味の無い場所にある。唯一、特徴といえば我々リヴァイヴの支持基盤、というだけの事だ。何故……。)
 ユウナは思考を巡らすが、回答など出ない。どう考えても、リスクとリターンが釣り合っていないのだ。……正規の作戦として考えるのならば。
 (個人で、動いているというのか……?)
 ユウナはぞっとする。ここまでの事をする“個人の意志”――それは空恐ろしいものである。国家の意思という免罪符が無ければ、人――兵士は容易に壊れてしまう。それだけの狂気を戦争というものは孕んでいるのだ。
 そして、それだけの狂気に只の人間が立ち向かうのなら――その者は既に狂気に魅入られた者だという事だ。
 しかし、例え相手が国家であろうと、狂気に魅入られた者であろうと、リヴァイヴの執るべき道は一つしかない――“人々を守る”という事だ。

 「直ぐにMS隊を出す。大尉達は……」

 言いかけて、ユウナは気が付いた。大尉達は、MSのメンテナンスで街まで移動している。今から呼び戻しても、相応の時間が掛かってしまう。……そして、事態は急を要するのは明らかだった。

 「リーダー、今動けるMSは……」

 コニールが悲痛な声を上げる。その先は言わずとも、ユウナには良く理解出来た。
 (シン……また君一人に任せる事になってしまうというのか……。)
 大尉達を街へやったのは、ユウナのミスだ。ここ数年、東ユーラシア政府軍は冬の間に動いた事は無かった――それ故の安堵感であり油断だった。平和を謳歌したいという気持ち――それが今、取り返しの利かない事態を招きつつあるとはなんという皮肉だろうか。

 リヴァイヴの皆の視線が、たった一人に向けられ始める。
その男は、全く普段通りの佇まいだった――その双眸は燃える様に紅く、何時なりと抜き放つ事の出来る鞘に収められた刃の様な――。リヴァイヴの皆の視線を、ユウナの済まなそうな視線を、コニールの不安げな視線を臆面も無く受け止め、その男――シン=アスカは立ち上がった。



 「ダストには増加装甲と増加バッテリーをセットした。腰椎部には予備のビームライフルとスモークディスチャージャー、後フラッシュグレネードにバズーカの予備弾倉……要するに『今ウチにある装備を全部載っけた』という事だ」

 サイは忙しく走り回っては居たが、シンが来ると手際良く説明をしてくれた。きちんと武装をパイロットに理解させておく事が、そのまま生存率の向上に繋がる事をサイは熟知していたからだ。

 「バズーカの弾頭は?」
 「今回は通常の炸薬弾だ。冬場は電磁パルス系武装は効果が弱まる恐れがある。後、携帯用食料等の必須品はパイロット席に置いておいた」
 「了解。……至れり付くせりだな。感謝するよ」

 そう言うシンに、サイはまだ何かありげな顔をする。

 「……本当に一人で行くのか?」

 その問いに、シンは済まなそうに――淡々と言う。

 「俺一人しか動けないんだ、仕方無いだろう」

 サイは、喉まで出かかった事を引っ込める。既にコニールもセンセイも、おおよそシンを心配する人達が皆言った事だからだ。
 ――大尉達が来るまで、今は待機していた方が――。
 しかし、シンはその言を突っぱねた。

 「今、俺は動ける。……なら、助けない理由は無い」

 リヴァイヴの皆は知っている。シンという人間が――愛想も悪く、要領も悪く、年齢や立場といったものを一切考慮しない人間であったとしても――本来は心優しい青年であるという事を。
 だからこそ誰も止められない――例え、誰であろうと。
 サイは、ダストに乗り込んでチェックを開始したシンに詰めより、言う。

 「お前は帰ってこい。……必ずだからな」
 「出来る事ならそうするさ」

 サイは、ふと思いだしていた。今と同じ言葉を、どこかで同じように言った事がある様な……。その記憶に思い至る事は無かったが、不思議な既視感を感じざるを得なかった。


 ダストの機動音が、響き渡る。――シンが出撃するのだと、ソラにも解る。
 ソラは一人部屋にいた。出撃の様な事態の場合、ソラの様な人間が右往左往しても邪魔にしかならないからだ。
 ソラにも、コニールを通じて事態の説明が成されていた。……正確にはコニールも誰かに話さなくては不安でならなかったのだ。

 「シンさん……」

 たった一人で戦場へ向かう――リヴァイヴでも前例の無い出撃。

 「……お願い、無事で居て……」

 祈り、願う――それだけがソラに与えられた武器。
 ダストの足音がだんだんと聞こえなくなる――それでもソラは祈り続けていた……。

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