「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第12話「トライ・シフト」Aパート

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「――報告は、以上です」

直立不動の姿勢で、メイリン=ザラは上官ゲルハルト=ライヒに報告する。
報告した内容はドーベルマンの造反について、だ。
……しかし、メイリンの予想に反してライヒは眉一つ動かさず、淡々とメイリンに言う。

「予想の範囲内だ。――放っておけ」

これにはメイリンの方が眉を潜めた。

「しかし、それでは規律が保たれません。脱走、軍の私有財産を個人用途で使うなど、言語道断な事です。それを……」

ライヒは先程からずっと、窓の外を眺めている。
庭の風景は情緒溢れていて、見る者の心を和ませるものであったが――ライヒの目にはその様なものは映っていない。
ライヒに見えているものは遠い昔の事でもあり、又は世界の果てで今正に戦いを挑もうとしている者達の顔だった。
しかし、ライヒは目を閉じると――その思惟を振り払う。

「罰する必要も無い。……これは、そういう事だ」
「……仰る意味が解りかねます。一体……」

メイリンの言葉は、正しい。普通の事態であれば。

「『奴等は利用出来る様な存在では無い――』。以前、私が“彼”に言い聞かせた事だ。……その通りだ。アレは――奴等は、人の思惑でどうにかなる存在では無い。その様なもので無ければ、私がこれ程恐れず、また現世はこの様な状況にもなっては居まい。それ故に、彼等への懲罰は必要無い。……君も、知っておくと良いだろう。今回の結末が、どの様になるのかを、な」

ライヒはただ、窓の外を見続ける。
その様にメイリンは何も言う事は出来ず、ただ敬礼して部屋を後にした。


雲一つ無い青空――そして世界は白銀に輝く雪景色。
その中で、雪が多くは降らない場所――高台や水源地帯の近くは多く降る――を選び、ダストは地上最速のローラーダッシュモードでひたすらに疾駆する。
レーダーの監視をAIレイに半ば任せ、ダストを操るシンはモニタに映る世界をじっと見渡していた。
別に興味があるからでは無い、何処から襲われるか解らないこの状況下での生き残る術だ。

《――敵と思われる襲撃者の手口は、徹底している様で徹底していない。生き残りがリヴァイヴまで駆け込めたのもその為だろう。……様々な角度から事態を検証すれば、相手の目的が何かは判断出来る。『我々リヴァイヴの誘き出し』だろう。》
淡々とレイ。
その言い様に、シンはついカッとする思いをぶつけてしまいそうになる。

「俺達をおびき出す為だけに、毎日細々と生きてる村人達を襲ったって言うのか!?」
《手口としては、アリーの街と同じだ。テロリストを潰すには、その支援先を潰せば良い。我々“テロリストグループ”を退治する為だけならば、有用な策と言えるだろう》
「……汚いやり口だ……」

吐き捨てるシンとは対照的に、レイは淡々と言う。

《それが戦争、という事だろう。『最も優秀な軍人とは、敵を多く殺した者』――他に道理は無い。結果的に相手を倒し、平和を呼び込めれば良い。それは、ピースガーディアンにも代表される奴等の変わらないやり口だ》
「…………」

シンとて、様々な戦場を渡り歩き、様々な経験を積んだ人間だ。
だからこそ、レイの言う事も良く解る。
解るのだが――納得出来ない事もある。
人が人を非道だと感じる時。
それは、己の財産を、世界を破壊された時だ。
そういう点で考えれば、どちらにも非が有るのが戦争だ。
相互の違いは、たった一つだけだ――隣人を知る者と、知らぬ者。
それはそのまま“敵か味方か”という事である。
シンが彼等を批判するのは筋が通っては居る。
だが、シン達とても批判されるだけの事はしている。
……だからこそ、連鎖が起こる――憎しみの連鎖が。

(俺はそれを止めたい――なのに!)

そう思うのは、偽善だとは思う。
だが、紛れも無く己の意志であろうと思える。
……それが、我が儘の様な思いであったとしても。
そんなシンの様子を敏感に察したのか。

《シン、今は余計な事を考えるな。――眼前の事に集中しろ》

レイの言葉に、シンは「ああ、その通りだ」と頷く。
既にナスル村へはかなり近づいている――それはレイの懸念通りなら“そろそろ罠が始まる”頃合いだ。
シンは、武者震いに震える体を、奥歯をしっかりと噛み締める事で鎮めていた。


そんなダストの姿は、既にマーズに発見されていた。

「命知らずも良い所だぜ。たった一機でやって来るとは……」

マーズが我知らず呟く。
ダストのローラーダッシュで生み出される雪の軌跡は、遠くからでも良く視認出来た。
最大望遠をかけると、ダストというMSはしっかりと確認出来る。
そうして見ると、とてもドーベルマンをあそこまで狂気に奔らせたMSとは思えない程、ごく普通のMSでしかない。
確かにあちこち改造されていて、かなりの特性を持ったMSなのだろうが、最新鋭機のドム=クルセイダーに及ぶとはとても思えない。
データを照合し、比較するが性能差は歴然だった。

(楽な仕事だな)

だが、マーズは直ぐにその考えを振り払う。

(……いや、油断は禁物だ。アイツを倒すのが俺達の仕事――ならば、完全に遂行するのが軍人ってモンだ……)

それはヒルダの教え。
マーズにとって絶対の指標であり、理想の軍人である人の。幾つか年下であるはずのヒルダは、マーズにとっては得難い先達そのものであった。
マーズはヒルダに連絡を取る。
――“ドム=クルセイダーズ”を集結させる為に。


「――大尉達がまだ街に到着してないってどういう事よ!!」

リヴァイヴ基地の食堂。
室内に響くコニールの怒声が、彼女よりも大きな大人達を震え上がらせる。
伊達に子供の頃からゲリラに身を投じていた訳では無い――下手な大人達より余程頭の回転も速く弁も達者な彼女は、紛れも無くゲリラ集団のリーダーシップを発揮出来る人材の一人であった。

「いや、その……連絡が取れませんで……」

コニールに怒鳴りつけられた髭面の男は、しどろもどろになりながら言う。
怒鳴られているのは彼のせいでは無い――しかし、眼前の耳まで真っ赤にして憤激しているコニールを見れば、何とか矛を収めて欲しいのは人情である。
とはいえ、次の台詞は彼のミスであろう。
……火薬庫に爆弾を仕掛けて爆発させた様なものだ。

「おそらくは、街の途中にある歓楽街で疲れを癒してるんだろうと……。男のサガですし……」

その台詞の意味する所は、要するにこういう事だ――“皆は色町に繰り出しました”と。
それは全くこの時期の定例行事に他ならず、責められる事では無いだろうが、時と場合が悪すぎた。
しかも最後の一言がコニールの理性に止めを刺さした。
何処かからぶちっと云う音がして――そういう風にその部屋に居た男達には感じられた。
そして、誰かが何か言うよりも早く――

「こぉの……大ボケ共ぉぉぉ!!」
ごすっ!

コニールが手に持っていたマグカップが、必殺の破壊力を伴って男の額に吸い込まれる。

「ごふぁ!」

一瞬の硬直の後、垂直に崩落する髭面の男。
……哀れではある。

「すげえ、マグカップで脳震盪かよ……」
「余計な一言を……。アイツも馬鹿だな……」

口々に、その様に戦慄するゲリラ達。
しかし、コニールの怒りが収まらずに彼等をきっと見据えると、慌てて敬礼すると「とにかく連絡を続行します!」とか言って退出しようとする。
……要するに適当な理由で逃げようとしているのである。
しかし、コニールとてそんな事は百も承知である。

「アンタ達、今すぐ大尉達を連れて来な!……連絡が取れないならとっととその足で行って来れば良いでしょうが!!」

火を噴くかの様なコニールの怒声が、部屋中にびりびりと響き渡る。

「りょ、了解であります!」

慌てて男達は先を争う様にそそくさと部屋を出て行く。
――『二の舞は御免だ』という事だろう。
とはいうものの、仮に大尉達に連絡が取れたとしても、MSが分解整備でもしていたらまず出動は無理だろう。
仮に出られたとしても一体どれぐらい時間がかかるのか。
それぐらいコニールにも分かる。
苛立たしげに爪を噛むが、どうしようもない。
だが、そのの苛立たしい時間もそうは経たなかった。
出て行った男達とすれ違いにあわただしく仮面のリーダー、ロマ=ギリアムが食堂に入ってくる。
彼は急ぎコニールに告げた。

「コニール。今から僕のいう所に行ってくれないか。連絡を取って支援を求める」
「リーダー!戦力のアテがあるんですか!?」
「ああ、ちょっと想定外だったけどね。でも予定通りなら"彼ら"が近くにいるはずだ。僕はこれからすぐに緊急の暗号電文を打つ。だからコニールは今からすぐ"彼ら"のところに飛んで欲しい」
「"彼ら"って……あっ!」

その言葉にコニールはすっかり忘れていたものを思い出した。
これから果たすはずだった自分の任務とも関係している"彼ら"のことを。


「ねー隊長。さっきから通信が入り乱れてて、上手く通話出来ないよ?」

コーカサス州の南部山岳地帯に近い森林地帯に、地上戦観スレイプニールはいた。
しかしブリッジは慌しい様相を見せていた。
CICに設えた通信設備でユーコ、リュシー、シホの三名や他の通信士も、リヴァイヴと連絡を取るべく先程から懸命に作業を行っている。
地上戦艦スレイプニールは既にリヴァイヴのテリトリーまで到着しており、ここから先はリヴァイヴのメンバーしか知らない地下洞穴を通って、基地まで行く事になる。
彼らは裏のツテを使って事前にリヴァイブと打ち合わせをし、ようやくここまで来た。
あとは案内人が来るのを待つばかりで、全て予定通り――と思ったが、どうも様子がおかしい。
確認を取ろうにも向こうはひどく混乱していて、シホ達にはどうにも現状がつかめない。

「……どうにも“通話している”というより“騒いでいるだけ”に聞こえるんですが……どうなさったのでしょうね?」
「あっちはそれ程混乱してるの? おかしいわね、事前の情報では冬の間は特に動かない筈なのに……」

リュシーとシホが愚痴の様な感想を漏らす。

「困ったわね、ここで何時までも立ち往生している訳にはいかないし……」

シホが視界を巡らす。
CICのモニタ――艦内カメラによって映し出される映像に、例によって騒ぎを起こしているジェスとラドルの姿が映っていた。

『だから俺は、色々見せてくれって言ってるだけだろ?』
『……君は軍艦に乗り込んでいる、という意味と理屈が解っているのかね!? 確かに有る程度の艦内での行動は許したがそこら辺のクルーに情報収集しまくるのはどういう事か!?』
『いや、フツーに話をしているだけじゃないか。インタビューだよ、インタビュー』
『それがいかんのだ、それが!!』

CICには丸聞こえの怒鳴り声――もはや聞き慣れてしまったBGM。

「あれ、絶対ラドル司令楽しんでるよね?」
「怒る事が生き甲斐、という方もいらっしゃいますわ。ジェス様は叱りがいの有る方なのでしょうね」
「…………」

何処も彼処も騒ぎばかり。
シホは何処から手を付けたら良いか解らず、頭を抱えた……。
その時、通信士が重大な状況の転換を告げる。

「たった今、リヴァイヴから緊急の暗号電文が入ってきました」


――ダスト発見。
その報は直ちにドーベルマンにも届けられた。
彼は、ゼクゥドゥヴァーのコクピットルームのハッチを開けたまま、外の風景に見入る。
しかし、彼の見ているのは風景などでは無い――何処か焦点の合わないその眼差しは、何を見ているのか。
ドーベルマンは残り少なくなった葉巻をシガーケースから取り出すと、普段通り咬みちぎり、火を灯す。カチンというジッポーの音が辺りに響き渡ると、深呼吸するかの様に葉巻を吸う。
吐息と共に白煙が吐き出されると、ドーベルマンはその白煙の軌跡に見入っている様であった。

「…………」

何も思わない――何も思えない――ただ、任務の為に。
それはドーベルマンという人間のスタイルであり、理想だ。
そうであるからこそドーベルマンはどれ程非道の任務であろうと淡々と遂行出来る。
……とはいえ、そこに葛藤が無いのかと問われれば、『無い』とは言えないのも人の性だろう。
葉巻を吸い、吐く――それは言い表せない心の内。
しかし、そうやってドーベルマンはここまで生きてきた。
……そして、これからも。
何度目かの呼吸の後、ドーベルマンはニヤリと笑っていた。
卑下するでも無い、嘲笑うでも無い、ただ――口の端を歪めて。

「“猟犬”は獲物を巣穴から追い出すのが仕事――狩るのは“猟師”の仕事だ。俺は、高見の見物と洒落込ませて貰うか……」

コクピットのハッチが閉じられる。
そして、一個の“猟犬”と化したゼクゥドゥヴァーは動き出す――ダストと、そして彼の呼び出した三匹の獣達の死闘に呼び寄せられる様に。


雪に光の槍が突き刺さり、爆音が上がる。
――それは唐突な、しかしその場に居る者達にとっては今か今かと待ちわびた“戦闘開始”の号砲であった。
ダストがその初撃を避けられたのは僥倖と言って良いだろう。
……如何にシンが全周囲警戒を行っていたとしても、ただ一人での哨戒である。
漏れは出るし、何より疲労が蓄積されていく。
その中できっちりと敵の姿を見極め、初撃を回避して見せたダストは、相手側にシンというパイロットの恐ろしさを見せつける事となった。
――しかし。

「行くよ、アンタ達!」

ヒルダの声に、恐れは無い。
怯みかけたマーズ、ヘルベルトを叱咤する様にヒルダは鬨の声を上げながら――ダストに突っ込んで行く!

(元より、奇襲で片が付くとは思っちゃ居ない!)

それは紛れも無い、ヒルダの本心である。
ドーベルマンが恐れ、そしてヒルダ達をも呼び出した“理由”――それが脆弱で有る訳が無い。

「オオオオオッ!」

咆哮――それがヒルダの口から迸る!

それは、魔法の言葉。マーズとヘルベルトを牽引しうる――。

「よぉっし! 続くぞ、ヘル!」
「抜かるなよ、マーズ!」

その二人の声を聞き、ヒルダは「フン……」とほくそ笑むと、こう宣言した――。

「まずは様子見だ……。“ジェットストリームアタック”、行くよ!」


ドム=クルセイダーから立て続けに砲火が閃く。
それをシンは、ダストを右に左に忙しなく動かすことで回避する。
視認した敵は三機――それ以外に敵影が無い事を確認しつつ、シンは改めて敵を確認する。

《ドム=クルセイダーか。……余程俺達は世間様の恨みを買っていると見える。仮にもアレは核動力搭載の最新鋭機種だ。ダストでは機動性以外勝負にもならん》

……シンが確認するまでも無く、レイがさっさとライブラリから敵の情報をチョイスする。
少しシンはかちんと来るが、そんな事言ってる場合でも無いので素直に感謝する。

「了解!」

毎度の事ながら、勝手なAIだ――そんな言葉を飲み込み、シンは回避行動を懸命に行う。

ドゥッ!
至近距離で爆風が上がる。
それに冷や汗を感じながらも、シンは眼前のドム=クルセイダーから目を剃らさない。
ドム=クルセイダーの持つギガランチャーに直撃すれば、ダストなど増加装甲ごと容易く蒸発してしまうだろう。
あれはそれほどの威力を持つ。
核動力機体だからこそ搭載できる連射型大口径ビームバズーカなのである。

ゴオッ!

巨大なビームがその砲口から放たれた。
ダストはするりとそれを避ける。
しかし第二弾、第三弾と続けざまにビームが襲い掛かる。

「ちっ!」

ダストの攻撃の届かない距離から、一方的に撃ちまくってくるドム。
有効射にはそうそうならないが、シンは意識を集中しそれを避け続ける。

「やられっぱなしってのは……!」

更なる砲火を回避し、シンは一瞬の隙を付いてバズーカで応戦した。
だがドムはそれを回避せず、一直線に突っ込んで行く。
シンは訝しむ――が、次の瞬間。
バチィッ!
ダストの放った弾体は、ドムの発生させた赤いバリアに遮られて爆発するが――ドム=クルセイダーは無傷なままだ。

「何っ!?」
《スクリーミングニンバス。……要するにバリアだ。触れると痛いぞ》
「……ったく、次から次へと!」

冷静に告げる、レイ。
愚痴を言いながらもきっちりと攻撃を避けるシン。
だんだんとダストとドム三機の距離は近づいていく。
――その最中、不意にシンはドム達の動きの有り様に気が付いていた。

「……ジェットストリームアタックか!」

シンは、この動きを知っていた。
――というか、大尉達の“ライトニングフォーメーション”は、そもそも“ジェットストリームアタック”を元にして作られたものだ。
前衛の動きを囮、或いは盾として中堅が支援射を行いつつ、後衛が攻撃の本命となる――それがジェットストリームアタックというものだ。
勿論前衛、中堅が相手を倒しても全く問題は無い――この戦陣の目的は『確実に相手に攻撃を行う』という目的の元に作り上げられた布陣だからである。
ジェットストリームアタックに比べるとライトニングフォーメーションは防御的意味合いが強いが、方法論としては同じものだ。それ故に、シンにはこの布陣を破る方法も理解出来る。

「……ワンパターンで、勝てる程甘くはない!」

シンは唐突にダストを急停止――そして全速で後退させる!
所謂バック走行という奴だ。
ダストとドムの距離は着実に近づく――が、相互の距離の縮まるまでの時間は確実に延長される。

《どうする気だ? どの道追いつかれるぞ》
「良いから黙って見てろ!」

シンは自信満々だ。
レイは《なら、好きにしろ》と投げやりに言う。
とはいえシンを信用していない、という訳では無いのだろうが。
砲火と爆音が轟く中、シンは待っていた――ダストとドムの距離がシンの望む距離になる時を。


「……後退するだと?」

ヒルダは訝しむ。
正面をこちらに向けたまま逆走するダストは、如何にも不自然な動きだ。
距離を取るにしても取りづらく、一時撤退するにもやりずらい。
そもそも、あれだけの機動性があるのなら逃げに徹すれば如何にドム=クルセイダーであろうとなかなか追いつけないだろう。
そうしないのは……。

「やる気、だと言う事だな」

ヒルダはニヤリと笑う。
奴は、おそらくジェットストリームアタックを破る方策を知っている。
――ならば、こちらも打つ手は有る。

「マーズ、ヘルベルト。おそらく奴はお前等を狙ってくる。射撃はするな――何としても防げ。良いな」
『アイ、サー!』

マーズとヘルベルトの唱和。
ヒルダとて、相手の狙いは殆どカンである。
しかし、自信はあった――そもそも己が狙われても避ける自信。
もう一つは、『自分がもし敵だったら』という思考の行方が理解出来るのだ――あの日、カナード=パルスに辛酸を舐めされられたその日から。

(破れるのなら、破ってみな。……そこからが、お前を地獄に叩き落とす為のスタートラインになるのさ……)

相互の距離は近づく――ヒルダ達も、シンも望んだ通り。
……そして、シンが動く!


シンが待っていたもの――それは“一足の距離”というものだ。
剣道等で良く使われる言葉だが、要は“一瞬の間で攻撃範囲まで詰められる距離”である。
遠距離攻撃を持つ両陣営にとって、接触距離まで近づくのは基本的には得策では無い――が、相互が高速移動可能機体なので被弾率は驚く程低くなる。
ラッキーヒットを祈るしかないのだ。
その為、高速移動可能機体はその持ち前の速度を生かして“攻撃が絶対に命中する距離”まで一気に肉薄し、攻勢を掛ける事が有効となる。
そうした行為の総称は“一撃離脱”――古今の戦場で使われてきた王道の戦術だ。
シンは敢えて後退する事で相手との距離を測り、そして相手のスピードを一定以上にさせ、更にダストのピーキーな性能から生み出される瞬間速度を直感的に理解し、“一足の距離”を割り出していた。
先頭のヒルダの駆るドム=クルセイダーに即座に攻撃出来る距離を。

シンはシールドを装備した左腕部を目立たぬ様に動かし、その手にビームライフルを握らせる。
右手にバズーカ、左手にビームライフル――それがシンのジェットストリームアタック破り。
連べ打ちにされる――しかし、如何に連射の聞くギガランチャーとて、斉射の後には若干の間がある。
そしてその時――シンは動いた!

後退していたダストをいきなり前進にギアチェンジ、更に瞬間最速を出せる様にローラーに滅茶苦茶な負荷をを掛けながら最高速度にシフト!
ほんの一瞬――それだけでシンとドム=クルセイダーの距離は肉薄した。
ヒルダ機が反応してギガランチャーを放つが、ダストは加速したまま射線を見切り、それを避ける。
そして、シンは初めからの予定通り――先頭のヒルダ機にバズーカを至近距離から叩き込む!

「……至近射撃かっ!」
ゴアッ!

しかし――それはヒルダ機も予想していた。
手首のソリドゥス・フルゴールを展開させ、それを防ぐ。共に爆圧を受け、怯む――だが、ダストは止まらない!
ヒルダ機の機影。
そしてバズーカから生み出される爆音と爆煙。
それは後ろから付いてきているマーズ、ヘルベルトの――視界を奪う事はないが――注意を引くには十分なものだ。
その狭間を縫うかの如く、ダストはヒルダ機の側を駆け抜ける様に動き、最も後列に居たヘルベルトの機体にビームライフルを撃ち込む!

「チィッ!」

ヘルベルトは事前にヒルダから知らされていたからこそ、それの防御には間に合った。
しかし、完全では無かった――発振されたソリドゥス・フルゴールの合間を縫う様にビームが撃ち込まれる。ビームライフルの一撃はヘルベルト機の肩に被弾し、爆発。
装備した近接機関砲が破壊された。

そのままダストはドム達の真横を駆け抜け、一気に後方まで出た。
一方向からの強襲に対しては、カウンターによる強襲返し。
……これが、シン独自の“ジェットストリームアタック破り”だったのだ。


「……チッ。一機位は屠りたかったんだがな」

シンはしかし、余裕の表情で言う。
こういうチームプレイを得意とする相手と戦う時の鉄則は、“相手にチームプレイをさせない事”だ。
そしてその方策は、相手のチームプレイの自信を崩壊させる事である。
それ故、シンは深追いはしなかった――相手の実力を正確に計り、そして余裕を見せる為に。
相手がチームプレイに絶対の自信を持っていれば居る程、心理効果は計り知れないものとなる。
それ故に、シンは余裕を持てるのだ。

《シンにしては意外な程、洗練された戦闘だ。……大尉に習ったな?》

淡々とレイ。
何処か悔しそうではある――つくづく変わったAIだ。

「そうズバリ真実を言うなよ。……少しは煽てるって事はしないのか?」
《努力してみよう――見事でございます、シン様。さすがですね》
「……悪かった、止めてくれ。俺が悪かった……」

棒読みまで使いこなせるAIに、大尉とて有効な戦術は立てられないだろう――そんな風にシンは納得(?)する。
背後では、ドム三機が動きを見せていた。
――こちらを追う構えだ。それに対し、シンもダストを反転させる。

「来いよ、きりきり舞いさせてやるぜ……!」

シンはちろりと舌なめずりをする。その様は正に獲物を目前に捉えた獣の様相であった。


「……まあ、予想通りって所だね」

シンの予想に反して、ヒルダは冷然としていた。
確かに、その根底にはジェットストリームアタックを破られた悔しさもある――が、既に一度破られた布陣だ。もう一度有り得る事は、既に覚悟していたが。
――しかもその破り方も同じカウンターでの強襲とは。
クックックッと内心苦笑で溢れる。が、同時に闘志も湧き上がってくる。
相手にとって不足はない――と。

「相当な腕前のパイロットだ、シン=アスカ――伊達に前の対戦でのトップエースの一人って訳じゃないって事か……。しかし――」
『対策があるのかい? 姉御』
『ヘル、何言ってるんだ。“まずは様子見”って言ってたろ? ……ここからさ、勝負は』

口々にマーズとヘルベルト。
それは不安の裏返しだと、ヒルダは推察する。
だからこそ、ヒルダは決して慌てない――慌てる訳にはいかない。
それは、この部隊の崩壊を意味するからだ。

「相応の実力――申し分無いね。……あれをやるよ。“トライ・シフト”<試しの戦陣>行くよ!」
『アイ、サー!』

ヒルダの鋭い一喝が、再び部隊を動かす。眼前の敵、ダストを屠る為に。
ドム=クルセイダーが再び動きだす――しかしそれは先程と全く変わった様子にはシンには見えなかった。

「愚直に続けるつもりか? 単純なのか、馬鹿なのか……」
(――それとも誘いか?)

シンは、様々な可能性を考える。
危険予知、それはパイロットに最も求められるスキルだ。
それを総動員するが、今一つ相手の意図が読めない。
――しかし、

《迷うのは兵家の常。そして時として思い切りの良い者が勝利者となる。……迷いとは、“何もしない”と同義だ》
「……解ってる」

 こんな時に頼るのは――誰でも無い、己自身だ。様々な戦場を駆け抜け、幾度もの死線を越えてきた己自身だ。それに突き動かされる様に、シンはダストを前進させる。

「――進まなきゃ、進めない!」

それしか出来ない――そんな自分であると思えるから。それ故に、シンは突き進む!


――それは、先程までと全く同じ展開だった。
ダストが距離を取り、後を追うドム隊がギガランチャーで牽制しつつ徐々に肉薄。
対するダストも適度にバズーカで牽制しつつ、“一足の距離”を見定める。
そして、ダストが動く瞬間――展開は全く別のものとなる!

「なにぃっ!?」

スクリーミングニンバス――その出力を最大に維持しつつ、それをまるでぶつけ合わせるかの様にドム=クルセイダーが三機で壁を創る! 
慌てて方向転換をし、離脱を図るダスト。
しかし、ドム達の狙いは体当たりでは無かった――ダストを怯ませ、動きを止める――その為の体当たりだったのだ。
一瞬の後、シンは理解する。
……これは、新たなる戦陣、チームプレイに寄るものだと。

「こいつは……!」

三機のドム=クルセイダーはそのまま散開、ダストを取り囲んだ。
ダストを中央に位置する、正三角形の布陣に――。
それは、ダストがどちらの方向に動こうとも二機を相手にしなければならない布陣だ。

《包囲陣形――下手に動くと、状況は悪化するぞ。相手の動きに併せて突破しろ》

レイはそう言うが――シンには理解出来る。
この相手が、生半可な腕前でこの布陣を構築していない、という事が。
三角形の外周までの距離は、かなりある。
丁度ダストの“一足の距離”位。
……その距離を取っているという事は、きちんとこちらの戦力を把握している、という事だ。
一瞬、ダストを停滞させ、その空白を縫っての完全包囲――。

「……こいつは骨が折れそうだ」

“トライ・シフト”――その威力が、シンに牙を剥く!

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