「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

肖像~ラクス=クライン~

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 ――貴方が優しいのは、貴方だからでしょう?
 それはとても大事な事。何よりも、何よりも。
 貴方が貴方で居る証――それは、何よりも誇れる事なのだから……。





 「雪……」
 ぽつりと、そんな一言が溢れ出る。
 その言葉が表す様に、視界には白い雪がちらほらと降り注ぐ。それは、計算し尽くされて配置された庭園の木々に白化粧を施していた。そうした世界の変わる様を見るのは、自然の営みを肌で感じて居られるという事だ――それは、嬉しい事に違いない。
 ラクス=クラインはそうした自然の営みをぼんやりと――普段からぼんやりとしている様に見えて、色々と思索を巡らせるのが彼女なのだが、その彼女が珍しい事に――心から放心するのは珍しい事だ。その誰も知らない快挙をこの庭園の設計者が知ったら、快哉を上げただろう。
 ここ、ラクス=クラインとキラ=ヤマトの『別邸』――自宅といって差し支えない“アーネンエルベ”は、最大の特徴として“自然の景観を最大限に活かす”事に主眼を置いて設計・制作された邸宅である。季節を代表する花々や珍しい植物が所狭しと並べられ、それらは専門の庭師によって完璧に管理されている。それにより“アーネンエルベ”の景観は季節の移ろいごとに違った芸術品へと変貌していくことを可能としている。それは意外と気難しいこの屋敷の主人達の心を和ませるのに、有意義に働いていた。
最近ラクスは、日々の日課に『朝の庭園散歩』を加えていた。それは、実のところ夫であるキラにも内緒の事である。夫が未だ寝ている姿を確認してから部屋を抜け出し、誰も居ない庭園を散策する……別にやましい事は何一つ無いのだが、その作業は奇妙に彼女の悪戯心を満足させる事であった。
 ほう、と吐息が漏れる。それは、白く塗りつぶされ、朝靄の中へ消えていく。
 「少し寒かったでしょうか……?」
 誰とも無く、ぽつりと呟く。一応カーディガンを羽織っては来たが、その下は部屋着のままだ。それ以上の服を引っ張り出すには侍女を呼ばねばならなかったのである。それでは悪戯がバレてしまう――それは、今のラクスには好ましく無い事態であった。内容の貴賤はどうあれ。
 やむなくラクスはカーディガンの裾をしっかりと握り、庭園を歩き出した。少々寒かったが、今少しこの自然の営みを堪能したかったのである。
 日課のコースを足の向くままに散策しながら、ふとラクスは思いを馳せていた。それは、庭園の事ではない、ましてや未だ寝ている筈の夫の事でもない。それは、ラクスが子供の頃の思い出の数々……楽しくも、悲しくも、そして――彼女が彼女で有れと決定づけた時期の事。
 (そう……あの時も、私はこうして雪景色の中を……)
 それは今となっては誰も知らない、ただ女帝の心の内だけに残された昔話……。


 ラクス=クラインは母であるエリス=クラインの事を良く知らない。生来体の弱かった彼女は、ラクスを出産した時に体調を崩し、そのまま帰らぬ人となった。元々出産には命の危険が付きまとう……そう主治医から言われ続けて居たそうだが、エリスはその言を突っぱねて強引に出産に望んだ。
 「どんな理由が有ろうと、私が授かった子です。私が産まなければならないのです」
 それが、エリスの最後の言葉であり、周囲の人間を黙らせた言葉だった。夫であるシーゲル=クラインは何も言わなかった――ただ、最後までエリスの手をしっかりと握り続けて居たと言われている。
シーゲルとエリスは当時既に開始されていたコーディネイター同士の婚姻統制に寄る夫婦であったが、仲睦まじい夫婦ではあったらしい。エリス夫人が亡くなった後のシーゲルの憔悴ぶりは当時から政敵であったパトリック=ザラすら心配する程だったのである。
 さて、そのような事もあったからかシーゲルのラクスへの溺愛ぶりは相当に過剰なものであった。娘専用の邸宅まで造らせたかと思えば、教育は全て試験をパスした優秀な家庭教師によるもの。正にラクスはシーゲルの“箱入り娘”だったのである。それは、誰もが羨む仲睦まじい親子だった。親馬鹿などという言葉では言い表せない程に。
 ……しかし、すくすくと大きくなるラクスに、シーゲルは段々と距離を置く様になっていった。その事にラクスが気付いたのは思春期に入り始めた頃だった。


 さくさくと、歩を進める。足下の新雪を踏みしめる度にする音が、耳に届く唯一の音。そんな静かな空間でラクスは考えに沈む。
 (……お父様は、私を恐れていた。その事に気が付くのに、そう時間は掛からなかった。でも、理由が解らなかった……。あんなにも愛してくれていたのに。あんなにも大事にしてくれていたのに。その理由があんなにも下らないものだったなんて、当時の私は知る術も無かった……)


 時の流れは、誰にでも平等だ。それは例えラクス=クラインであろうとも。いつしかラクスは社交界にデビューする事となった。そしてその折りにラクスを讃える言葉は決まってこの言葉だ。
 「お美しい……! まるで、エリス様の生き写しだ!」
 「本当に、エリス様に瓜二つ……。なんと……!」
 ……この様な褒められ方をした人間は一時は嬉しくなるものだ。しかし、それを過ぎればどうなるか――解りそうなものである。
 (……私は、ラクスだわ。ラクス=クラインという個人。確かにお母様は美しい方だったと聞いているけれど……)
 しかし、ラクスはそうした思いを表面には出さなかった。そういう教育を受けていた事もあったが、それよりも意地の方が強かった。何となく、それを表に出すのは自身の敗北を認める様な気がして嫌だったのだ。
 周囲の勧めに従って、歌も歌ってみた。エリスは名だたる歌姫であったから、エリスの面影そのままのラクスにも歌姫の才能があるのではと、周囲が勝手に期待しての事だった。……そして、それは機体そのままの、いやそれ以上の結果となった。
 「なんと美しい歌声……! 正にエリス様そのもの……!」
 「エリス様の再来だ! プラント最高の歌姫のお帰りだ!」
 ……それは、ラクスの心には何一つ届かない美辞麗句だった。何処に行こうと、何をしようとラクスは絶賛された。だが、それはラクスの心に感銘をもたらさなかった。単にラクスを通して、既に鬼籍となった母、エリスを褒め称えている様にしかラクスには思えなかった。


 (私を見ている人――そんな人は、プラントに居なかった。誰も彼もが、エリスお母様を私に重ねていただけ。……いえ、そうではない人も居たのかもしれない。でも、私にはそれは見分けが付かなかった。私に出来た事は、仮面を被り続けるしか無かった。せめてお父様の望む私で居る為に。……それすら、お父様を苦しめている事すら気が付かずに。
 全てを知ったのは、こんな雪の日だった……。)


 その日は、朝から雪が降っていた。
 ラクスは何気なくシーゲルの部屋を訪れていた。なんの事はない、父の蔵書を読み耽っていたのだ。
 そして、ラクスは気が付いてしまった――普段は鍵の掛かっているシーゲルのデスクの引き出しが空いている事に。そしてそこに入っていたシーゲルの日記を。
 初めは悪戯心からだった。そしてその日記の内容を知った時……ラクスは壊れた。


 (あの日の事は、良く覚えている。雪の中、お父様を待ち続けて……一言、たった一言で良い、否定して欲しくて。けれど、私の心は最後まで裏切られた。

 <――お前は、エリス=クラインのクローンなんだよ――>

 お父様とお母様に子供の出来る適正は無かった。……法を曲げてでもお父様はお母様を欲したのだ。子供の生まれる事のない夫婦――それでもお母様は、子供を求めた。『次世代に何かを残したい』――そんな我が儘を最後まで突き通して。
 生まれてきた私に、親のエゴだけを押しつけて!
お父様が私を恐れていた理由はその時判った――恐れるでしょうね。エリスのクローンとは言え、こうまでも瓜二つに成長すれば!
 私は泣く事も出来なかった。ただ泣き崩れ、ひたすらに謝罪するお父様を上から見下ろしていた)


 ……何時しか、ラクスは考える事を止めていた。
 言われるままに歌姫という職務をこなし、言われるままにアスラン=ザラという婚約者と付き合いだした。それは考えてみれば生まれてからずっとしていた事だったので、それ程の苦痛も努力も必要なかった――ただ、人から言われるままの人形になる事は。
 そうでなければ、シーゲルが哀れだと思えてしまうのだ。エリスを思う余り、禁忌にすら手を付けた男の思いが、ラクスをも縛っていた。……そうした思いすらもラクスを苦しめていた。何処までがエリスで、何処までがラクスか――考える事すら無意味なアンビバレンツに悩まされつつ。
 しかし、そんな灰色の世界に居たラクスに“運命の出会い”が起きる――キラ=ヤマトの登場である。


 「……貴方が優しいのは、貴方だからでしょう?」
 その言葉は、自分自身が本当に欲しかった言葉。自分というものを溢れる程持っていた、運命の伴侶への言葉。――命の輝きを、見せつけてくれた人への言葉。


 (……そう、私はあの時キラに出会い、救われた……。“私”を“私”として見てくれて、そして“私”を救おうとしてくれた人だから。友を思い、涙し、そして“私”を好きになってくれた――エリスとしてでなく、ラクスとしての私を。
 それは、嬉しい事だった。……私が、運命を賭けるに足りると思える程。
そして私は、キラと歩む決意を固めたんだわ……)


 ラクスは、歩むのを止めた。そして、大きく息を吐く――白い吐息が、世界に散っていく。
 「コーディネイターが、何程の者だというのです……!」
 ラクスの声には怒りがあった。それは、決して人には聞かせない声音。素のままのラクスの、怒りの声。
 (こんなシステムを考え出さなければ、人は不自由なく人を愛せた! 子供を授かり、育む事が出来たはずなのに!
 ……だから、私はデスティニープランなど認める訳にはいかなかった。人が人として愛する事が出来る世界を造るには、デュランダルの提唱する世界観は逆行するものだったから。
 私が望んだものは――ただ、暖かい家庭だった――それだけなの……)
 何時しかラクスは天を仰ぎ、慟哭した。それは見捨てられた子供の泣き顔だった。


 そろそろと、ラクスは部屋に入ろうとして――突然後ろから押さえ込まれた。
 「キャッ……」
 悲鳴を上げようとして――しかし押さえ込んで来た者は素早くラクスの口も塞ぐ。……とはいえ、直ぐにラクスはその者が誰か解ったので抵抗はしなかった。
 「いけないな、ラクス。……隠し事はバレない様に。基本でしょ?」
 「キラ、放して貰えます? ちゃんと説明しますから……!」
 じたばたと、キラの手を振り解こうとするラクス。しかし、あれよという間にラクスはベッドに押し倒されていた。すぐ目の前にある伴侶の顔に、ラクスは何となく赤面する。
 「説明は良いよ、ラクス」
 「キラ……?」
 何時も思う。この最愛の伴侶は、何もかも見通しているのではないのかと。……解っていて、それでも自分に付いてきてくれているのではないか、と。そしてそれはおそらく間違いでは無いのだろう。――そういう自負が生まれているのは、円満な証拠である。
 二人の影が重なった。ラクスは何となく覚悟した――暫く、キラが放してくれないのだろうな、という事を。

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