目的に向かってがむしゃらに突き進む。それだけでは大事を成しえない。
常に自分達のいる状況を把握して冷静に判断を下す、時には足踏みや回り道、さらには撤退をいとわないこともまた必要なのである。
悲しいかな、この西ユーラシアのレジスタンスには、そういった能力が決定的に欠けていた。参加する者たちは、気高い理想や溢れんばかりの情熱は持ち合わせていた。
突き放した言い方をしてしまえば、所詮はそれだけしか持っていなかった。
常に自分達のいる状況を把握して冷静に判断を下す、時には足踏みや回り道、さらには撤退をいとわないこともまた必要なのである。
悲しいかな、この西ユーラシアのレジスタンスには、そういった能力が決定的に欠けていた。参加する者たちは、気高い理想や溢れんばかりの情熱は持ち合わせていた。
突き放した言い方をしてしまえば、所詮はそれだけしか持っていなかった。
「ヴァイオリンからフルート、準備は万全か?」
「大丈夫。ホルンとティンパニも配置に付いた。いつでもいける。タイミングはそちらに」
「了解、1分後に攻撃開始だ」
機体に楽器名をつけるところを見ると、メンバーに音楽関係の人間でもいるのだろうか。ドイツの国境を少し超えたところにある森林地帯、統一連合の軍施設。夜の闇に紛れて、ルタンド四機で構成されたレジスタンスの一団が、その施設へ近付きつつあった。
右肩にあるはずの部隊マークはペンキで乱暴に消されている。代わりに左肩に汚い字で、彼らの組織名が書かれていた。
コクピットの中。ヴァイオリンと呼ばれた機体に乗るリーダー格の青年は、高揚を隠しきれない。
MSを移送途中の部隊を急襲し、ルタンド四機をほぼ無傷で奪取することができた。
しかも同時に有益な情報も手に入れられた。大規模な演習が行われるため、この基地の部隊の半分以上がそちらに参加し、この基地の守りが薄いと言うものだった。
この好機を逃してはならない。奪ったルタンドを使って基地を攻撃するという作戦が取られた。そして、哨戒に見つかることも無く、攻撃開始の時点までルタンドたちは進むことができた。
青年の頭の中には、基地を制圧し、これを足がかりにレジスタンス活動を活発化させ、最終的には故郷の解放者として英雄視される自分の姿が浮かんでいた。
ほんの少しでも疑問には思わなかったのだろうか。
まずはMS操縦技術を持つ人員のいる組織に「偶然」MS移送ルートの情報が渡る。
次に無傷で弾薬も十分に備わったMSが「偶然」無傷で手に入る。
さらには攻撃目標となる基地が「偶然」提示される。
偶然が三度続いても、それを自らの強運の賜物と信じて疑わず、四度目を期待したところで、彼らの運命は決まっていたのだ。
「演奏開始だ! 派手な行進曲を鳴り響かせろ!」
ルタンドは四方から一斉に基地に襲い掛かった。自動警戒装置と思しき銃座から機関銃が放たれるが、それをビームライフルで蹴散らし、勢いのまま基地に突入する。
フェンスがなぎ倒され、サーチライトは銃撃を受けて破壊された。闇が周囲を包み込む。
反撃はそこまでだった。
「おい、おかしいぞ、抵抗が無さ過ぎやしないか?」
ホルンが疑問を口にした。さすがにここまできて、状況の不自然さに皆が気付き始める。
「何だ、この基地は無人なのか? いくら演習があると言っても、無人のはずは」
ティンパニの通信が途中で途切れた。急に雑音だけになった無線に、ヴァイオリンは呼びかける。
「ティンパニ、どうした? 敵が出たのか! フルート、ホルン、援護を!」
リーダーの命令に対する回答は、悲鳴だった。
「な、なんだこいつは、レーダーには何も!」
「く、来るな、こっちに来るなあ!」
遠くから数度の銃声、そして三回の爆発音が聞こえ、ヴァイオリン以外の三機の無線は途切れた。リーダーはパニック寸前になりながら、周囲を必死に索敵する。しかし、モニターにもレーダーにも敵影は映らない。
「い、いったい何があったんだ?」
疑問形ではあったが、リーダーはここにきて状況をはっきりと理解した。自分達が罠にはめられた事を。基地を急襲したつもりが、実際は待ち伏せを受けていたことを。
ただし敵側が、自分達の組織の内情を完全に把握のうえで選別し、意図的にルタンドを奪取させ、基地を襲撃するように誘導したことまでには、さすがに気付いていなかったが。
見えない敵を探し、銃口をあちらこちらに向けながら、ルタンドは一歩、また一歩後退していく。
その背後に影が浮かんだ。闇夜よりも、なお深い漆黒の機影が。
振り向く時間すらルタンドに与えず、そのMSはルタンドの背中めがけ、対艦刀をコクピットの位置に正確に突き立てた。
コクピットごとリーダーの身体は四散し、ルタンドは活動を停止させる。
戦闘開始から終了まで、五分も経たないうちの出来事だった。
「大丈夫。ホルンとティンパニも配置に付いた。いつでもいける。タイミングはそちらに」
「了解、1分後に攻撃開始だ」
機体に楽器名をつけるところを見ると、メンバーに音楽関係の人間でもいるのだろうか。ドイツの国境を少し超えたところにある森林地帯、統一連合の軍施設。夜の闇に紛れて、ルタンド四機で構成されたレジスタンスの一団が、その施設へ近付きつつあった。
右肩にあるはずの部隊マークはペンキで乱暴に消されている。代わりに左肩に汚い字で、彼らの組織名が書かれていた。
コクピットの中。ヴァイオリンと呼ばれた機体に乗るリーダー格の青年は、高揚を隠しきれない。
MSを移送途中の部隊を急襲し、ルタンド四機をほぼ無傷で奪取することができた。
しかも同時に有益な情報も手に入れられた。大規模な演習が行われるため、この基地の部隊の半分以上がそちらに参加し、この基地の守りが薄いと言うものだった。
この好機を逃してはならない。奪ったルタンドを使って基地を攻撃するという作戦が取られた。そして、哨戒に見つかることも無く、攻撃開始の時点までルタンドたちは進むことができた。
青年の頭の中には、基地を制圧し、これを足がかりにレジスタンス活動を活発化させ、最終的には故郷の解放者として英雄視される自分の姿が浮かんでいた。
ほんの少しでも疑問には思わなかったのだろうか。
まずはMS操縦技術を持つ人員のいる組織に「偶然」MS移送ルートの情報が渡る。
次に無傷で弾薬も十分に備わったMSが「偶然」無傷で手に入る。
さらには攻撃目標となる基地が「偶然」提示される。
偶然が三度続いても、それを自らの強運の賜物と信じて疑わず、四度目を期待したところで、彼らの運命は決まっていたのだ。
「演奏開始だ! 派手な行進曲を鳴り響かせろ!」
ルタンドは四方から一斉に基地に襲い掛かった。自動警戒装置と思しき銃座から機関銃が放たれるが、それをビームライフルで蹴散らし、勢いのまま基地に突入する。
フェンスがなぎ倒され、サーチライトは銃撃を受けて破壊された。闇が周囲を包み込む。
反撃はそこまでだった。
「おい、おかしいぞ、抵抗が無さ過ぎやしないか?」
ホルンが疑問を口にした。さすがにここまできて、状況の不自然さに皆が気付き始める。
「何だ、この基地は無人なのか? いくら演習があると言っても、無人のはずは」
ティンパニの通信が途中で途切れた。急に雑音だけになった無線に、ヴァイオリンは呼びかける。
「ティンパニ、どうした? 敵が出たのか! フルート、ホルン、援護を!」
リーダーの命令に対する回答は、悲鳴だった。
「な、なんだこいつは、レーダーには何も!」
「く、来るな、こっちに来るなあ!」
遠くから数度の銃声、そして三回の爆発音が聞こえ、ヴァイオリン以外の三機の無線は途切れた。リーダーはパニック寸前になりながら、周囲を必死に索敵する。しかし、モニターにもレーダーにも敵影は映らない。
「い、いったい何があったんだ?」
疑問形ではあったが、リーダーはここにきて状況をはっきりと理解した。自分達が罠にはめられた事を。基地を急襲したつもりが、実際は待ち伏せを受けていたことを。
ただし敵側が、自分達の組織の内情を完全に把握のうえで選別し、意図的にルタンドを奪取させ、基地を襲撃するように誘導したことまでには、さすがに気付いていなかったが。
見えない敵を探し、銃口をあちらこちらに向けながら、ルタンドは一歩、また一歩後退していく。
その背後に影が浮かんだ。闇夜よりも、なお深い漆黒の機影が。
振り向く時間すらルタンドに与えず、そのMSはルタンドの背中めがけ、対艦刀をコクピットの位置に正確に突き立てた。
コクピットごとリーダーの身体は四散し、ルタンドは活動を停止させる。
戦闘開始から終了まで、五分も経たないうちの出来事だった。
戦闘の一部始終を離れた場所から、暗視モニターで注視していた一団がいる。彼らは戦闘終了後に、コーヒーを片手に語り合っていた。
研究用の白衣、軍の制服、皺一つ無いスーツと言う風にその外見は様々であった。
「戦闘開始から終了まで四分プラス四十七秒。ミラージュインパルスとルタンドの性能差と一対四のハンディキャップは相殺とすると、おおむね満足できる成果ですな」
「相手が多少物足りなかった部分はありますがね。まあ、かけた経費には十分に見合った結果を出している」
「少し評価が厳しすぎるのでは? CD308の戦闘能力について疑問の余地はないでしょう」
「確かに。では、とりあえず例の被験者は彼ということで最終決定としましょうか」
「そうですね。当初の予定通り進めて構わないのでは」
彼らは目の前で行われた悲惨な戦闘、そこで失われたはずの命についてはまったく振り返ることはなかった。研究室で実験の結果を検討しているかのような、淡々とした口調とだった。
一人がモニターに向かって声をかける。
「CD308。実験は終了だ、帰還しなさい。MS以外の敵は他のスタッフが始末する」
研究用の白衣、軍の制服、皺一つ無いスーツと言う風にその外見は様々であった。
「戦闘開始から終了まで四分プラス四十七秒。ミラージュインパルスとルタンドの性能差と一対四のハンディキャップは相殺とすると、おおむね満足できる成果ですな」
「相手が多少物足りなかった部分はありますがね。まあ、かけた経費には十分に見合った結果を出している」
「少し評価が厳しすぎるのでは? CD308の戦闘能力について疑問の余地はないでしょう」
「確かに。では、とりあえず例の被験者は彼ということで最終決定としましょうか」
「そうですね。当初の予定通り進めて構わないのでは」
彼らは目の前で行われた悲惨な戦闘、そこで失われたはずの命についてはまったく振り返ることはなかった。研究室で実験の結果を検討しているかのような、淡々とした口調とだった。
一人がモニターに向かって声をかける。
「CD308。実験は終了だ、帰還しなさい。MS以外の敵は他のスタッフが始末する」
実験終了の通信を聞き、CD308と呼ばれた青年は、ヘルメットを脱いだ。
端正な顔立ちの若者だ。しかし目が据わっていた。表情には一片の柔らかさもない。
そしてノーマルスーツのファスナーを下ろして露出した首筋には、隠しきれない注射の跡が残されている。薬物を常時注射している証拠だった。
この戦闘能力と薬物摂取の痕跡、事情を知るものがいればすぐに察したであろう。
青年が強化措置を受けていることを。
しかし青年の姿を見る者は誰もおらず、その事実を指摘する者もいない。彼は乗機を反転させ、命令どおり帰投しようとする。
一瞬だけ、その動きが止まった。
足元に、つい先ほど撃墜したルタンドが力なく横たわっている。コクピットに風穴の空いた、無残な格好で。
その左肩に手書きの歪んだ文字で、大層な名前の組織名が書かれている。それは搭乗していた人間やその仲間の、決してもう叶えられることのない未来への希望が込められていたのだろうか。
彼はそれにほんの数秒間だけ視線を向けていた。しかし、それを外すと、誰に聞かせるでもなく、あえて言えば自分自身の気持ちを納得させるように呟いた。
「俺は生き延び続ける。そのためなら誰を踏み台にも、犠牲にもする」
かくして漆黒のMSはその場から立ち去った。
後には闇が残されるだけだった。
端正な顔立ちの若者だ。しかし目が据わっていた。表情には一片の柔らかさもない。
そしてノーマルスーツのファスナーを下ろして露出した首筋には、隠しきれない注射の跡が残されている。薬物を常時注射している証拠だった。
この戦闘能力と薬物摂取の痕跡、事情を知るものがいればすぐに察したであろう。
青年が強化措置を受けていることを。
しかし青年の姿を見る者は誰もおらず、その事実を指摘する者もいない。彼は乗機を反転させ、命令どおり帰投しようとする。
一瞬だけ、その動きが止まった。
足元に、つい先ほど撃墜したルタンドが力なく横たわっている。コクピットに風穴の空いた、無残な格好で。
その左肩に手書きの歪んだ文字で、大層な名前の組織名が書かれている。それは搭乗していた人間やその仲間の、決してもう叶えられることのない未来への希望が込められていたのだろうか。
彼はそれにほんの数秒間だけ視線を向けていた。しかし、それを外すと、誰に聞かせるでもなく、あえて言えば自分自身の気持ちを納得させるように呟いた。
「俺は生き延び続ける。そのためなら誰を踏み台にも、犠牲にもする」
かくして漆黒のMSはその場から立ち去った。
後には闇が残されるだけだった。