チチチ……と遠くから小鳥のさえずる声が聞える。
少し開いた窓からは穏やかな風がカーテンを揺らし、ゆるやかに頬を撫でる。
広い広い寝室の中には眠り姫が一人。
読みかけの本を傍らに、大きなベッドの中で彼女はこんこんと眠り続けていた。
本のページがそよ風でパラパラとめくれていく。
木漏れ日よりの午後の風は、どこまでも優しくて心地よい。
そんな眠り姫の居室にもう一人の”姫”が入ってくる。
静かにベッドのそばまで来ると、眠り姫の寝顔をさぞ面白そうに眺めていた。
少し開いた窓からは穏やかな風がカーテンを揺らし、ゆるやかに頬を撫でる。
広い広い寝室の中には眠り姫が一人。
読みかけの本を傍らに、大きなベッドの中で彼女はこんこんと眠り続けていた。
本のページがそよ風でパラパラとめくれていく。
木漏れ日よりの午後の風は、どこまでも優しくて心地よい。
そんな眠り姫の居室にもう一人の”姫”が入ってくる。
静かにベッドのそばまで来ると、眠り姫の寝顔をさぞ面白そうに眺めていた。
「――!?」
そばに立つ人の気配を察したのか不意に眠り姫は目を覚ます。
目覚めた彼女の目の前にあったのは王子のキスではなく、『平和の歌姫』ラクス=クラインの笑顔だった。
目覚めた彼女の目の前にあったのは王子のキスではなく、『平和の歌姫』ラクス=クラインの笑顔だった。
「あらあらごめんなさいね。起してしまったかしら?」
「ラ、ラクス様あ!?ど、どうして?」
「お部屋のそばまで来たものですから、一言ご挨拶をしていこうかと思いましたの。ところがソラさん眠っていたいらしたでしょう?つい……」
「ラ、ラクス様あ!?ど、どうして?」
「お部屋のそばまで来たものですから、一言ご挨拶をしていこうかと思いましたの。ところがソラさん眠っていたいらしたでしょう?つい……」
そこまでいうとラクスは自分の頬につんつんと人差し指を指す。
ジェスチャーだ。
何の事だろうとソラが自分の頬を触ってみると、濡れた感触がある。
よだれだ。
ジェスチャーだ。
何の事だろうとソラが自分の頬を触ってみると、濡れた感触がある。
よだれだ。
「!!!!!」
慌てて手で拭く。
どうやらソラはずいぶんみっともない顔で寝ていたようだったのだ。
恥ずかしい事この上ない。
そんな様子を見てクスクスと楽しげに歌姫は笑った。
どうやらソラはずいぶんみっともない顔で寝ていたようだったのだ。
恥ずかしい事この上ない。
そんな様子を見てクスクスと楽しげに歌姫は笑った。
「ソラさんの寝顔、とても可愛らしかったですわ」
「い、いじわるです。ラクス様」
「い、いじわるです。ラクス様」
朗らかな笑いが二人を包む。
「私、これからお仕事で官邸の方に出かけますの。しばらくの間お留守番をお願いいたしますね」
「は、はい!」
「は、はい!」
屋敷には多くのメイドや執事、御付の武官などがいる。
別にソラにことづける必要は無いのだが、それがラクスの心遣いというものなのだろう。
「では」と軽く会釈をして立ち去ろうするラクスにソラは思わず声をかけた。
別にソラにことづける必要は無いのだが、それがラクスの心遣いというものなのだろう。
「では」と軽く会釈をして立ち去ろうするラクスにソラは思わず声をかけた。
「あ、あ、あのっ。ラクス様!」
「何でしょう?」
「い、行ってらっしゃい……」
「はい、行ってきます」
「何でしょう?」
「い、行ってらっしゃい……」
「はい、行ってきます」
ニコリと微笑んでラクスは出かけていった。
まるで穏やかな姉が、慌てんぼうの妹を見送るような、そんな穏やかな匂いを残して。
ベッドの上でソラはまるで狐に摘まれたような表情をして、ぽかーんと佇んでいた。
ふと今の自分が置かれている境遇を思い返す。
まるで穏やかな姉が、慌てんぼうの妹を見送るような、そんな穏やかな匂いを残して。
ベッドの上でソラはまるで狐に摘まれたような表情をして、ぽかーんと佇んでいた。
ふと今の自分が置かれている境遇を思い返す。
今までソラは世界中の多くの人々がそうであるように、ラクスの事を学校の授業や新聞、TVといった人からの伝聞やメディアを通してしか知らなかった。
『平和の歌姫』『世界の救世主』……等など飽きるほど聞いたフレーズの上で、会った事もない彼女をひたすら敬愛していた。
まるで雲上の女神を敬うがごとく。
ところが自分は今ではそんな彼女と気さくに会話を交わしている。
しかもラクスが住む宮殿の中で。
そう、ここはキラとラクスが住む別邸――宮殿の一室なのだ。
アスランの手引きでソラは今ここの住人になっていた。
自分の今の境遇について、彼女の頭の中には一つの言葉しか思い浮かばなかった。
『平和の歌姫』『世界の救世主』……等など飽きるほど聞いたフレーズの上で、会った事もない彼女をひたすら敬愛していた。
まるで雲上の女神を敬うがごとく。
ところが自分は今ではそんな彼女と気さくに会話を交わしている。
しかもラクスが住む宮殿の中で。
そう、ここはキラとラクスが住む別邸――宮殿の一室なのだ。
アスランの手引きでソラは今ここの住人になっていた。
自分の今の境遇について、彼女の頭の中には一つの言葉しか思い浮かばなかった。
「……信じらんない」
「コラ、ソラ、オキタバカリデ寝惚ケテイルノカ? ウワノ空!」
「コラ、ソラ、オキタバカリデ寝惚ケテイルノカ? ウワノ空!」
枕の横でハロがで憎まれ口を叩いているが、それはソラの耳には届いていなかった。
今から三日前、アスランの突拍子も無いアイデアのおかげでソラの境遇は何度目か分からない激変を迎えた。
「そうだ、今から連れて行く。食事は済ませたから大丈夫だ。客の一人くらい歓迎できるだろう…で、何を躊躇しているんだ? 何? 女の子と上手に接する自信がない? ふん、泣き言なんて聞く耳持たないぞ。騒ぎが大きくなったことにお前がまったく責任が無いとはいえないんだからな。少しはこの子のために苦労を背負え」
駐車場で愛車にもたれかかりながら、携帯電話の相手に向かい、気取らない口調で話すアスラン。しかしその相手とは、あのキラ=ヤマトなのだ。
マスコミに振り回され、ホテル暮らしを余儀なくされる毎日から解放してくれる、それについては歓迎すべきなのだろうが、次の行き先がラクス=クライン邸とあっては、開放感よりも不安の方が大きい。
国家元首暗殺未遂に巻き込まれ、はるか彼方のガルナハンでレジスタンスと生活をともにし、帰国してみればマスコミの取材対象。そして今度は平和の歌姫と軍神と呼ばれる超有名人の邸宅にお邪魔することがほぼ決まりかけている。
マスコミに振り回され、ホテル暮らしを余儀なくされる毎日から解放してくれる、それについては歓迎すべきなのだろうが、次の行き先がラクス=クライン邸とあっては、開放感よりも不安の方が大きい。
国家元首暗殺未遂に巻き込まれ、はるか彼方のガルナハンでレジスタンスと生活をともにし、帰国してみればマスコミの取材対象。そして今度は平和の歌姫と軍神と呼ばれる超有名人の邸宅にお邪魔することがほぼ決まりかけている。
「私、これからどうなっちゃうんだろう…」
思わずもらした一言、それを耳にしたメイリンが、慰めるように言った。
「大丈夫よ。心配しないで。ちょっと浮世離れしたところはあるけれど、お二人とも基本的にはとてもいい人たちだから」
気遣いは非常にありがたかったのだが、それで一安心、というわけにはいかなかった。
「それにしても、激動の人生を歩んでいるなあ、ソラは」
《ジェスさん、他人事みたいに言わないでください。大変だったんですから》
《ジェスさん、他人事みたいに言わないでください。大変だったんですから》
ジェスには、電話口の向こうで口を尖らせているソラの表情が容易に想像できた。
必死にソラを探していたジェスとカイトは、覚えのない番号からの着信を受けた。それはソラからの電話であり、二人は安堵し胸をなでおろした。
しかし彼女の居場所を尋ねてみれば、窮地をアスラン=ザラに助けられて、今はラクス様の家に向かっていますとの答えである。
一瞬、気持ちが錯乱して幻覚でも見ているのかと本気で心配したジェスとカイトであったが、メイリン=ザラが自ら電話に出て、正式にソラをラクス邸にて保護することとした、との説明を受けるに至って、仰天してしまった。
必死にソラを探していたジェスとカイトは、覚えのない番号からの着信を受けた。それはソラからの電話であり、二人は安堵し胸をなでおろした。
しかし彼女の居場所を尋ねてみれば、窮地をアスラン=ザラに助けられて、今はラクス様の家に向かっていますとの答えである。
一瞬、気持ちが錯乱して幻覚でも見ているのかと本気で心配したジェスとカイトであったが、メイリン=ザラが自ら電話に出て、正式にソラをラクス邸にて保護することとした、との説明を受けるに至って、仰天してしまった。
「しかしラクス=クライン邸にこんなに簡単に入れるとはね。他のジャーナリスト達が聞いたら地団駄を踏んで悔しがるぜ。あそこは聖域扱いで、取材は一切拒否を貫いているからな。テレビや雑誌が今までいくらアタックしても、全部玉砕の有様だ」
《……ジェスさんも、やっぱり取材をしたいんですか?》
「まさか! 俺の専門は戦場ジャーナリストだぜ。平和の楽園は取材対象外ってね」
《……ジェスさんも、やっぱり取材をしたいんですか?》
「まさか! 俺の専門は戦場ジャーナリストだぜ。平和の楽園は取材対象外ってね」
奇跡の少女が平和の歌姫の館に招待される。この事実を明らかにすれば、編集長その他、色々な筋よりラクス邸を取材できないかと打診を受けることは確実であろう。だがジェスは他人に漏らすつもりはない。有名人の邸宅取材などという仕事にはまったく興味がないのも確かだが、ソラを取材のために利用するような真似は今後一切したくないのとの理由もあってのことだった。
「まあ、ともあれ無事が確認できてよかったよ。これに懲りたら、以後はいくら頭に血が上っていても、軽率な行動は慎むように。馬鹿なコメンテーターを怒鳴りつけたいときは、俺が代役を務めてやるからさ」
《もう! そのことは忘れてください!》
《もう! そのことは忘れてください!》
あわただしいやり取りの中で電話を終えたジェスは、ソファーに身体を預けて大きな、とても大きなため息をついた。
「まったく、心配をかけさせるお嬢さんだ。もう勘弁して欲しいぜ!」
夜更けまで散々ソラを探し回る羽目になり、心底疲れきって天井を仰ぐその有様を見たカイトがハチに言う。
「しかし、“キング・オブ・自己中”『野次馬』のジェスをここまで振り回す女の子が二人もいるとはな……世界は広いもんだ」
《これを機会に、周囲に迷惑をかけている自分の無鉄砲さを反省してくれれば、幸いだな》
《これを機会に、周囲に迷惑をかけている自分の無鉄砲さを反省してくれれば、幸いだな》
ジェスも良い友人を持っている。
アスランとメイリン、そしてソラを乗せた車は夜のオーブを走ってゆく。
ラクス=クライン邸、巷で言われる「歌姫の館」はオロファトの郊外、首都の喧騒が嘘のような静寂で包まれた場所にある。
邸宅の周囲は小さな森に囲まれており、自然のままの景色がふんだんに残されている。
もちろん統一連合の平和と力の象徴である二人の重要人物を守るべく、万全のセキュリティが敷かれてはいる。しかしラクスの意向もあって、暗視カメラや赤外線センサーの類は巧妙にカモフラージュされ、そうと知らされなければ自然公園としか思えないだろう。
森の小道を抜けるとようやく正門が見えてきた。そこにはさすがに軍服姿の門番がいた。車を認めて近寄ってくるが、アスランがウィンドウを降ろして顔を見せ、軽く片手を上げるとすぐに敬礼して、門を開く。
思ったよりも小さい、というのがソラの第一印象だった。もっと大きくて絢爛豪華な宮殿のごとき館を想像していたのだが、少し大きめのペンションホテル、と言うのがせいぜいの構えだった。それでもソラが今までに見てきたどの家よりも庭も広く、建物も大きいものではあったが。
ラクス=クライン邸、巷で言われる「歌姫の館」はオロファトの郊外、首都の喧騒が嘘のような静寂で包まれた場所にある。
邸宅の周囲は小さな森に囲まれており、自然のままの景色がふんだんに残されている。
もちろん統一連合の平和と力の象徴である二人の重要人物を守るべく、万全のセキュリティが敷かれてはいる。しかしラクスの意向もあって、暗視カメラや赤外線センサーの類は巧妙にカモフラージュされ、そうと知らされなければ自然公園としか思えないだろう。
森の小道を抜けるとようやく正門が見えてきた。そこにはさすがに軍服姿の門番がいた。車を認めて近寄ってくるが、アスランがウィンドウを降ろして顔を見せ、軽く片手を上げるとすぐに敬礼して、門を開く。
思ったよりも小さい、というのがソラの第一印象だった。もっと大きくて絢爛豪華な宮殿のごとき館を想像していたのだが、少し大きめのペンションホテル、と言うのがせいぜいの構えだった。それでもソラが今までに見てきたどの家よりも庭も広く、建物も大きいものではあったが。
「客人を連れて来たぞ。開けてくれ」
車を降りて、正面の扉まで進むと、アスランがインターフォンに向かって言う。すぐに扉が開き始めた。
ソラはそこはかとない不安を感じ、無意識に傍らのメイリンの袖をつかんでしまう。メイリンはやさしくその手を握り返し、あらためてささやいた。
ソラはそこはかとない不安を感じ、無意識に傍らのメイリンの袖をつかんでしまう。メイリンはやさしくその手を握り返し、あらためてささやいた。
「大丈夫よ。さっきも言ったとおり、ちょっと世間ずれはしているけれど、お二人ともとてもいい人たち……」
瞬間、乾いた破裂音が数度響き渡った。
突然のことにパニックになりかけるソラ。一瞬気を取られたメイリンだがすぐにソラを抱きかかえその場にうずくまる。アスランは懐の銃に手を伸ばしつつ、二人をかばうようにすばやくその身体の位置を変える。三人の鼻腔に火薬の臭いが漂ってきた。
ソラは頭に奇妙な違和感があるのに気付き、そっと手を伸ばす。そこにあったのは――
突然のことにパニックになりかけるソラ。一瞬気を取られたメイリンだがすぐにソラを抱きかかえその場にうずくまる。アスランは懐の銃に手を伸ばしつつ、二人をかばうようにすばやくその身体の位置を変える。三人の鼻腔に火薬の臭いが漂ってきた。
ソラは頭に奇妙な違和感があるのに気付き、そっと手を伸ばす。そこにあったのは――
「……紙テープ?」
見ればアスランとメイリンはぽかんと口を開けている。その視線の先には、この喜劇を生み出した館の主達がいた。
「ようこそ、ソラ=ヒダカさん。歓迎いたしますわ」
まったく場の空気を読んだ様子も無く、にっこり微笑むラクス=クラインがそこにいた。足元には「ソラガ来タ! ソラガ来タ!」とはしゃぎまくるピンクハロ。傍らにはぎこちない笑顔を無理やりに作っているキラ=ヤマト。
事情を察したアスランの額に、見る見るうちに青筋が浮き上がった。
事情を察したアスランの額に、見る見るうちに青筋が浮き上がった。
「ま、ま、紛らわしい真似をするんじゃないっっ!」
アスランの怒声が夜空に響き渡った。
ソラの緊張をほぐし喜んでもらうためにはどうしたらと一生懸命に考えた結果、歓迎のクラッカーを盛大に鳴らすことにした二人の男女は、どうしてアスランが怒っているのか分からずきょとんとした表情をしている。
「せっかく、クリスマスの時の残りを倉庫から引っ張り出して来ましたのに…」
「苦労したんだよね、探し出すまで」
「苦労したんだよね、探し出すまで」
怒る気力も萎えた、と言わんばかりにこめかみを押さえるアスランとメイリンの横。
頭から紙テープを垂らしたまま、ソラは呆然とその光景を見ていたのだった。
頭から紙テープを垂らしたまま、ソラは呆然とその光景を見ていたのだった。