はるか昔に、貧困の中に自らの身を置き、恵まれない者の救済に尽力した、聖女のような女性がいたという。
あるとき、かの女性が外国で寄付と援助を募るための講演をしたとき、その話に感銘した少女から一つの質問を受けた。
「私も、あなたのように生きたいです。どうしたら貧しい国の人たちを助けることができますか? 私もこの豊かな国を出て、恵まれない人たちを救いたいです」
しかし、その女性は少女に諭すように言ったそうである。
「身近にいる人を助けなさい。貴方の周囲に、いくらでも助けを求めている人はいます。遠くで苦しんでいる人よりも、最初に隣人に愛を与えることが先です」
あるとき、かの女性が外国で寄付と援助を募るための講演をしたとき、その話に感銘した少女から一つの質問を受けた。
「私も、あなたのように生きたいです。どうしたら貧しい国の人たちを助けることができますか? 私もこの豊かな国を出て、恵まれない人たちを救いたいです」
しかし、その女性は少女に諭すように言ったそうである。
「身近にいる人を助けなさい。貴方の周囲に、いくらでも助けを求めている人はいます。遠くで苦しんでいる人よりも、最初に隣人に愛を与えることが先です」
その女性の伝記は、ソラの愛読書である。孤児院の図書館にあったボロボロの本を、繰り返し読んだ。何度読んでも感銘を受け、女性の一言一句に引き込まれた。どちらかと言えば成人向けの伝記で、子供には内容の難しい箇所もあったが、時折辞書を見ながらも一生懸命に読み進めた。
恵まれた境遇で一生を終えることもできたはずの人生を何の迷いもなく捨て、進んで貧しい地域に身を置き、人種性別信条の一切にとらわれずにただ人々の救済に尽力した女性の一生に、ただ素直に感動した。
孤児院でもらう少ない小遣いを一生懸命に貯め、古本屋でようやくその本を手に入れ、自分だけのものにした日は、今でも鮮明に思い出すことができる。
ソラが看護師という職業を将来の目標に定めたことにも、その本は大きく影響している。
確かに、ソラも自覚している。この女性ほど自分は献身的にもなれないし、愛情あふれることもない。彼女のように多くの人を救うことはとてもできそうにない。
しかし大層な事を成そうとするのではなく、一人一人が少しずつ隣人のささやかな苦しみを救い、愛を与えること。それこそが大切なことだと説く女性の姿に憧れ、それを実践したいと思い、そのささやかな方法として看護師を志すようになったのだ。
恵まれた境遇で一生を終えることもできたはずの人生を何の迷いもなく捨て、進んで貧しい地域に身を置き、人種性別信条の一切にとらわれずにただ人々の救済に尽力した女性の一生に、ただ素直に感動した。
孤児院でもらう少ない小遣いを一生懸命に貯め、古本屋でようやくその本を手に入れ、自分だけのものにした日は、今でも鮮明に思い出すことができる。
ソラが看護師という職業を将来の目標に定めたことにも、その本は大きく影響している。
確かに、ソラも自覚している。この女性ほど自分は献身的にもなれないし、愛情あふれることもない。彼女のように多くの人を救うことはとてもできそうにない。
しかし大層な事を成そうとするのではなく、一人一人が少しずつ隣人のささやかな苦しみを救い、愛を与えること。それこそが大切なことだと説く女性の姿に憧れ、それを実践したいと思い、そのささやかな方法として看護師を志すようになったのだ。
ラクス邸に身を寄せるようになってから、この本のことをしきりに思い出す。その理由が分からなかったソラだが、ようやく今日、その原因を突き止めた。
「ここにも…あったんだ」
先日までは見落としていたが、無意識に存在を認めていたのだろう。目立たない場所の書架にひっそりと置かれた本は、紛うことなきソラの愛読書。かの聖女の伝記だった。
「そう言えば、最近はさっぱり読んでいなかったな」
懐かしい気持ちになりながら、頁を開くソラ。もっとも読まなくても、ほとんどの文章は頭に入っている。それでも本を手に取りその重さを感じ、活字を実際に見つめれば、改めて感慨深い気持ちになるから不思議なものである。
そこでようやくソラは気づいた。
「この本、だいぶ傷んでいる」
図書室の蔵書の中でも子供向けの絵本や雑誌やコミックは、孤児たちに乱暴に扱われるだけあってかなり傷みが激しい。しかし大人向けの本は、手入れが行き届いているうえに、もともと読む人間が少ないためもあってか、新品同様なものが多いのだ。
しかしこの本は、表紙のところどころがかすれ、頁のふちもボロボロで、お世辞にも綺麗とは言えない。
まだこの本は絶版になっていない。まさかクライン邸の蔵書が、ソラと同様に古本屋で入手したものであるということはないだろう。
不思議に思っているソラの肩を、不意に叩いた人物がいる。
キラだった。
「あ、キラ様、おかえりなさい」
ソラの挨拶に、にっこり微笑むキラ。以前のようにぎこちない空気はなく、徐々に打ち解けてきた二人であった。ただ、ラクス様の顔が見たくて早く帰ってきたんですか? と軽口まではとても叩けないソラである。
キラはソラの手元にある本を見つけて、笑顔のまま言った。
「それは…そうか、君もその本を読んでいたんだ」
「え、『君も』、ですか?」
怪訝な顔をするソラにキラは答える。
「うん、その本はラクスの愛読書なんだ。時間さえあれば読んでいる。そんなにボロボロになるまでね」
初めて知った事実に驚くソラに、キラはさらに続けた。
「前に僕にも勧めてくれたんだよ。ぜひ読んでみなさい、って。
この本をはじめに読んだとき、彼女は目の前の霧が晴れるような気がした、って言っていた。こんなに素晴らしい心を持ち、献身的に人々の平和に尽くした人がいたのだって。
しかもその人は、他人に自分の功を誇るでもなく、自分のなすべきことをしただけだ、それは貴方たちの誰もができるささやかな行為なのだと、優しく説いたんだって。
私は聖女だ、歌姫だともてはやされるばかりだけど、とてもこの人の足元にも及ばない。でも、せめて自分にできることをやって、彼女の一万分の一でも他人のためになる人生を送りたい。そう、本当に、目を輝かせながら言っていた。
まあ僕は正直に言って、読んだ後にとても立派な人だなあ、くらいしか思わなかったけど。よほど彼女は感銘を受けたんだろうね」
キラと別れた後、ソラはじっと手元の本を見つめる。
自分と同じ本をラクス=クラインが読んでいた。そして、同じような思いを抱いていた。
かつてのソラだったら、素直に感激していただろう。現に今でも、そういった気持ちはある。
いや、ラクス=クラインだけではない。キラ=ヤマト、アスラン=ザラ、カガリ=ユラ=アスハ。現在の世界の頂点に立つ四人と接する中で彼女が知ったのは、彼らもまた本当に世界の平和と人々の幸せを心から願い、未来を信じて努力してゆく誠実な人間であるという事実だった。
でも、何なのだろう。ほんのわずかなしこりが胸の奥に、消えずに残るこの感覚は。
その違和感は、ソラを捕らえて離すことはなかった。
ようやく騒ぎも収まり、歌姫の館を辞することになるまで。
そして、その後もずっと…
「ここにも…あったんだ」
先日までは見落としていたが、無意識に存在を認めていたのだろう。目立たない場所の書架にひっそりと置かれた本は、紛うことなきソラの愛読書。かの聖女の伝記だった。
「そう言えば、最近はさっぱり読んでいなかったな」
懐かしい気持ちになりながら、頁を開くソラ。もっとも読まなくても、ほとんどの文章は頭に入っている。それでも本を手に取りその重さを感じ、活字を実際に見つめれば、改めて感慨深い気持ちになるから不思議なものである。
そこでようやくソラは気づいた。
「この本、だいぶ傷んでいる」
図書室の蔵書の中でも子供向けの絵本や雑誌やコミックは、孤児たちに乱暴に扱われるだけあってかなり傷みが激しい。しかし大人向けの本は、手入れが行き届いているうえに、もともと読む人間が少ないためもあってか、新品同様なものが多いのだ。
しかしこの本は、表紙のところどころがかすれ、頁のふちもボロボロで、お世辞にも綺麗とは言えない。
まだこの本は絶版になっていない。まさかクライン邸の蔵書が、ソラと同様に古本屋で入手したものであるということはないだろう。
不思議に思っているソラの肩を、不意に叩いた人物がいる。
キラだった。
「あ、キラ様、おかえりなさい」
ソラの挨拶に、にっこり微笑むキラ。以前のようにぎこちない空気はなく、徐々に打ち解けてきた二人であった。ただ、ラクス様の顔が見たくて早く帰ってきたんですか? と軽口まではとても叩けないソラである。
キラはソラの手元にある本を見つけて、笑顔のまま言った。
「それは…そうか、君もその本を読んでいたんだ」
「え、『君も』、ですか?」
怪訝な顔をするソラにキラは答える。
「うん、その本はラクスの愛読書なんだ。時間さえあれば読んでいる。そんなにボロボロになるまでね」
初めて知った事実に驚くソラに、キラはさらに続けた。
「前に僕にも勧めてくれたんだよ。ぜひ読んでみなさい、って。
この本をはじめに読んだとき、彼女は目の前の霧が晴れるような気がした、って言っていた。こんなに素晴らしい心を持ち、献身的に人々の平和に尽くした人がいたのだって。
しかもその人は、他人に自分の功を誇るでもなく、自分のなすべきことをしただけだ、それは貴方たちの誰もができるささやかな行為なのだと、優しく説いたんだって。
私は聖女だ、歌姫だともてはやされるばかりだけど、とてもこの人の足元にも及ばない。でも、せめて自分にできることをやって、彼女の一万分の一でも他人のためになる人生を送りたい。そう、本当に、目を輝かせながら言っていた。
まあ僕は正直に言って、読んだ後にとても立派な人だなあ、くらいしか思わなかったけど。よほど彼女は感銘を受けたんだろうね」
キラと別れた後、ソラはじっと手元の本を見つめる。
自分と同じ本をラクス=クラインが読んでいた。そして、同じような思いを抱いていた。
かつてのソラだったら、素直に感激していただろう。現に今でも、そういった気持ちはある。
いや、ラクス=クラインだけではない。キラ=ヤマト、アスラン=ザラ、カガリ=ユラ=アスハ。現在の世界の頂点に立つ四人と接する中で彼女が知ったのは、彼らもまた本当に世界の平和と人々の幸せを心から願い、未来を信じて努力してゆく誠実な人間であるという事実だった。
でも、何なのだろう。ほんのわずかなしこりが胸の奥に、消えずに残るこの感覚は。
その違和感は、ソラを捕らえて離すことはなかった。
ようやく騒ぎも収まり、歌姫の館を辞することになるまで。
そして、その後もずっと…
ところは変わり、こちらは本格的な冬を迎えたコーカサス地方。リヴァイブのアジトの一角。
本は棚に収まりきらずそこかしこに乱雑に積まれ、殴り書きしたメモが整理されずに散乱している。
「掃除と雑用が何より大好き」「雑巾がけの技術は天下一品」「この丁寧な仕事は、実家の母親を思い出す」と部下たちからからかわれるロマだが、何故か自室だけは満足に整理整頓ができていない。リヴァイブ七不思議の一つである。
現在その自室にラドルを迎えているのだが、ソファーとテーブルの上すらも悲惨な有様で、脇に積みあがった書類や本に、さらにもう一段無理やり積み重ねて、何とかスペースを作っている有様だった。
物置の中で話し合っているような光景ではあるが、二人の表情は至って真剣だ。
「というわけで、ラドル艦長にも同行して欲しいのですが、いかがでしょうか」
「…いや、同行するのは一向に構いませんが。しかし、かなり突拍子もない計画ですね。少々頭が混乱して付いていけない、というのが正直な感想です」
ラドルの不安そうな言葉に、ロマはこう説得する。
「突拍子もないかもしれませんが、絶対に実現し、成功させなければいけない計画です。
現在の東ユーラシア情勢は非常に不安定です。
政府は完全に機能不全に陥っている。統一連合は併合を狙って政府の不安定さを逆に煽っている状態だ。われわれレジスタンスの活動も今ひとつ決め手を欠いている。
その中でレジスタンス側がイニシアチブを取るために必要な計画なんです。
何もしないままでは、結局われわれの活動はこのまま後退してしまうでしょう」
腕を組んでうなるラドル。ロマはさらに説得を続ける
「統一連合は主権返上の動きを着々と進めている。大西洋連邦をはじめとした抵抗勢力の強さに思うように進展はしてないものの、その方針を変えることはないでしょう。
だとすれば彼らの視野には、政治的に不安定で自陣営に組み込みやすい地域、すなわちこのユーラシアが入ってくるでしょう」
そして肩をすくめながら言う。
「残念ながら東ユーラシア政府にも、レジスタンスにも、本気になった統一連合を食い止めるだけの力はありません。だから、あくまで彼らが本気にならないうちに、手を出す気を削いでしまう、少なくともこちらとの対話のテーブルに乗せることが必要なんです」
熟考していたラドルは、やがて大きくうなずいた。
「確かに貴方の言う通りだ。分かりました。二人でローゼンクロイツを説得しに行きましょう。計画には、彼らの協力が不可欠です」
「ありがとうございます」
感謝の意を込めて、立ち上がり手をさしのべるロマ。それに応じてラドルも右手を差し出す。二つの手が握り合わされる瞬間…
限界まで積まれていた本たちがとうとう音を上げ、雪崩のごとくに崩れ落ち、二人の間に割って入った。結局その後は本の整理に忙殺される二人なのであった。
本は棚に収まりきらずそこかしこに乱雑に積まれ、殴り書きしたメモが整理されずに散乱している。
「掃除と雑用が何より大好き」「雑巾がけの技術は天下一品」「この丁寧な仕事は、実家の母親を思い出す」と部下たちからからかわれるロマだが、何故か自室だけは満足に整理整頓ができていない。リヴァイブ七不思議の一つである。
現在その自室にラドルを迎えているのだが、ソファーとテーブルの上すらも悲惨な有様で、脇に積みあがった書類や本に、さらにもう一段無理やり積み重ねて、何とかスペースを作っている有様だった。
物置の中で話し合っているような光景ではあるが、二人の表情は至って真剣だ。
「というわけで、ラドル艦長にも同行して欲しいのですが、いかがでしょうか」
「…いや、同行するのは一向に構いませんが。しかし、かなり突拍子もない計画ですね。少々頭が混乱して付いていけない、というのが正直な感想です」
ラドルの不安そうな言葉に、ロマはこう説得する。
「突拍子もないかもしれませんが、絶対に実現し、成功させなければいけない計画です。
現在の東ユーラシア情勢は非常に不安定です。
政府は完全に機能不全に陥っている。統一連合は併合を狙って政府の不安定さを逆に煽っている状態だ。われわれレジスタンスの活動も今ひとつ決め手を欠いている。
その中でレジスタンス側がイニシアチブを取るために必要な計画なんです。
何もしないままでは、結局われわれの活動はこのまま後退してしまうでしょう」
腕を組んでうなるラドル。ロマはさらに説得を続ける
「統一連合は主権返上の動きを着々と進めている。大西洋連邦をはじめとした抵抗勢力の強さに思うように進展はしてないものの、その方針を変えることはないでしょう。
だとすれば彼らの視野には、政治的に不安定で自陣営に組み込みやすい地域、すなわちこのユーラシアが入ってくるでしょう」
そして肩をすくめながら言う。
「残念ながら東ユーラシア政府にも、レジスタンスにも、本気になった統一連合を食い止めるだけの力はありません。だから、あくまで彼らが本気にならないうちに、手を出す気を削いでしまう、少なくともこちらとの対話のテーブルに乗せることが必要なんです」
熟考していたラドルは、やがて大きくうなずいた。
「確かに貴方の言う通りだ。分かりました。二人でローゼンクロイツを説得しに行きましょう。計画には、彼らの協力が不可欠です」
「ありがとうございます」
感謝の意を込めて、立ち上がり手をさしのべるロマ。それに応じてラドルも右手を差し出す。二つの手が握り合わされる瞬間…
限界まで積まれていた本たちがとうとう音を上げ、雪崩のごとくに崩れ落ち、二人の間に割って入った。結局その後は本の整理に忙殺される二人なのであった。
本日の料理当番はシゲトであった。なかなかの手さばきで包丁を握り、大量のジャガイモの芽を次々とくりぬいてゆく。
「シホさん、玉ねぎの芯と皮はきちんと取ってよ。ポトフの味が泥臭くなるから。
ユーコさん、ソーセージ半分に切るだけでしょ? もっと手際よくやって!
リュシーさん、もっとかきまぜて。お肉がなべ底で焦げちゃうから」
シゲトのてきぱきとした指示に、悪戦苦闘中なのはラドル隊の三人娘だ。
リヴァイブに合流後、当然のごとく雑用ローテーションに組み込まれた三人は、はじめ抵抗した。しかしコニールは彼女たちの言葉に一切耳を貸さず言い放った。
「うちにいる間は、パイロットだろうと何だろうと、当番制に従ってもらうよ。大体、まさか包丁一つ握れない箱入り娘なんてわけじゃないでしょ」
箱入り娘かどうかはともかく、少なくとも料理よりはMS操縦の方がはるかに腕が立つことは確かだった。
シホの瞳に浮かぶのは、悔し涙かはたまたタマネギのせいか。
そんな不器用な女性陣とは違い、シゲトの手さばきは見事なものである。
もっともシゲトもかつてはシホ達と大差無い手つきだった。器用さというより「料理なぞは男のやることじゃない、機械いじりをしている方がはるかに面白い」という気持ちが露骨で、熱意に欠けていたのが一番の理由だ。
それが変わったのは、当然ながら、ソラのおかげである。
(はじめは下心だったんだけど、ね)
ソラに気に入ってもらえるかも、そう考えて、彼女と料理当番が一緒のときは懸命に教えを乞い、そうでないときもできるだけ美味しいものをと工夫する努力を欠かさなかった。
熱意があれば自然と腕も上がる。今のシゲトは、リヴァイブの中でも上位に入る腕前となったのだ。
不動の最下位、およびブービー賞が誰かは、あえて言うまい。
(ソラ、どうしているかなあ。いつかまた、会えるかなあ)
今日は彼女の定番メニューだったポトフである。自然と、笑顔で料理を作っていた彼女の姿が思い起こされる。
漂うトマトとワインの香りに、ソラのいた日々を思い出しつつ、わずかな匂いの変化にシゲトは敏感に反応した。
「…って、火が弱過ぎ! まったく、アルコール飛ばさないと美味しくならないよ!」
普段のシゲトは、MSの整備で散々サイにしごかれているが、料理ならばすでに彼を超えている。ましてや三人娘などは、シゲトの足元にも及ばなかった。
「隊長、屈辱的です!」
「これは、士官学校の訓練よりも厳しいかもしれません…」
「た、耐えなさい。残念だけど、私達には何一つ反論の余地は残されていないわ」
腕まくりにエプロン姿の彼女達は、大鍋の前でむせび泣くのであった。
「シホさん、玉ねぎの芯と皮はきちんと取ってよ。ポトフの味が泥臭くなるから。
ユーコさん、ソーセージ半分に切るだけでしょ? もっと手際よくやって!
リュシーさん、もっとかきまぜて。お肉がなべ底で焦げちゃうから」
シゲトのてきぱきとした指示に、悪戦苦闘中なのはラドル隊の三人娘だ。
リヴァイブに合流後、当然のごとく雑用ローテーションに組み込まれた三人は、はじめ抵抗した。しかしコニールは彼女たちの言葉に一切耳を貸さず言い放った。
「うちにいる間は、パイロットだろうと何だろうと、当番制に従ってもらうよ。大体、まさか包丁一つ握れない箱入り娘なんてわけじゃないでしょ」
箱入り娘かどうかはともかく、少なくとも料理よりはMS操縦の方がはるかに腕が立つことは確かだった。
シホの瞳に浮かぶのは、悔し涙かはたまたタマネギのせいか。
そんな不器用な女性陣とは違い、シゲトの手さばきは見事なものである。
もっともシゲトもかつてはシホ達と大差無い手つきだった。器用さというより「料理なぞは男のやることじゃない、機械いじりをしている方がはるかに面白い」という気持ちが露骨で、熱意に欠けていたのが一番の理由だ。
それが変わったのは、当然ながら、ソラのおかげである。
(はじめは下心だったんだけど、ね)
ソラに気に入ってもらえるかも、そう考えて、彼女と料理当番が一緒のときは懸命に教えを乞い、そうでないときもできるだけ美味しいものをと工夫する努力を欠かさなかった。
熱意があれば自然と腕も上がる。今のシゲトは、リヴァイブの中でも上位に入る腕前となったのだ。
不動の最下位、およびブービー賞が誰かは、あえて言うまい。
(ソラ、どうしているかなあ。いつかまた、会えるかなあ)
今日は彼女の定番メニューだったポトフである。自然と、笑顔で料理を作っていた彼女の姿が思い起こされる。
漂うトマトとワインの香りに、ソラのいた日々を思い出しつつ、わずかな匂いの変化にシゲトは敏感に反応した。
「…って、火が弱過ぎ! まったく、アルコール飛ばさないと美味しくならないよ!」
普段のシゲトは、MSの整備で散々サイにしごかれているが、料理ならばすでに彼を超えている。ましてや三人娘などは、シゲトの足元にも及ばなかった。
「隊長、屈辱的です!」
「これは、士官学校の訓練よりも厳しいかもしれません…」
「た、耐えなさい。残念だけど、私達には何一つ反論の余地は残されていないわ」
腕まくりにエプロン姿の彼女達は、大鍋の前でむせび泣くのであった。
シンと大尉、中尉、少尉、それにコニールにサイたちは、ここ最近はそれほど忙しくは無い。他のリヴァイブやスレイプニール艦のメンバー達も同様である。
ダストの修理も終わり、シグナスもオーバーホール完了。季節は本格的な冬を迎えて政府軍も活動を縮小している。レジスタンス側もそれは同じで、定期の哨戒活動や各レジスタンスとの連絡調整の他、とりたててやることがないためである。
ただし、主要なメンバーにはロマとラドルから言い渡されていることがある。
「冬の間に、大規模な行動を起こすかもしれない。まだ流動的だけど、活動を再開できる準備だけはしておいてくれ」
そのため彼らはリラックスしながらも、完全に緊張を緩めてはいない。銃器の手入れやMSのOSチェック、活動する地域の地図の書き換えや、戦闘フォーメーションの練り直しなど細かい仕事を続けていた。
そんな彼らの様子を脇から、少し苦い表情で見つめる女性がいる。
彼女は、傍らの男性に話しかけた。
「今年の冬は、少し普段と違いますね」
「ええ、いつもならもう少し皆が休んでいるものですが」
「この季節は私達、後方支援役の人間が一番忙しいはずなのだけれど。ちょっと勝手が違うわ」
「そうですね、これでは普段とあまり変わらない」
やがて女性は、傍らの男性にあらためて向き直り、尋ねた。
「中尉、少し話しておきたいことがあるんです。少し時間をいただけませんか?」
そのセンセイに、中尉も応じる。
「ええ、私もセンセイに相談したいことがあります。多分、貴女と同じことを」
二人の視線は同じ人物を向いていた。
ダストガンダムのチェックに余念の無いシンへと。
ダストの修理も終わり、シグナスもオーバーホール完了。季節は本格的な冬を迎えて政府軍も活動を縮小している。レジスタンス側もそれは同じで、定期の哨戒活動や各レジスタンスとの連絡調整の他、とりたててやることがないためである。
ただし、主要なメンバーにはロマとラドルから言い渡されていることがある。
「冬の間に、大規模な行動を起こすかもしれない。まだ流動的だけど、活動を再開できる準備だけはしておいてくれ」
そのため彼らはリラックスしながらも、完全に緊張を緩めてはいない。銃器の手入れやMSのOSチェック、活動する地域の地図の書き換えや、戦闘フォーメーションの練り直しなど細かい仕事を続けていた。
そんな彼らの様子を脇から、少し苦い表情で見つめる女性がいる。
彼女は、傍らの男性に話しかけた。
「今年の冬は、少し普段と違いますね」
「ええ、いつもならもう少し皆が休んでいるものですが」
「この季節は私達、後方支援役の人間が一番忙しいはずなのだけれど。ちょっと勝手が違うわ」
「そうですね、これでは普段とあまり変わらない」
やがて女性は、傍らの男性にあらためて向き直り、尋ねた。
「中尉、少し話しておきたいことがあるんです。少し時間をいただけませんか?」
そのセンセイに、中尉も応じる。
「ええ、私もセンセイに相談したいことがあります。多分、貴女と同じことを」
二人の視線は同じ人物を向いていた。
ダストガンダムのチェックに余念の無いシンへと。
南国のオーブ、冬の只中にあるコーカサス地方。
それぞれの地に住む者たちは、それぞれの思いを抱えながら、日々を送っている。
やがてその運命が、激動の末に再び交じり合うことを知らないまま。
それぞれの地に住む者たちは、それぞれの思いを抱えながら、日々を送っている。
やがてその運命が、激動の末に再び交じり合うことを知らないまま。