「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第19話「命の証」Bパート

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 ――デストロイの系譜を継ぐ者“オラクル”がここ、スカンジナビア王国首都オスロを目指している。それは、聖誕祭に集まった要人達を色めき立たせるには十分すぎる事態だった。

 「一体、アスハ代表はどうされるおつもりなのだ?」
 「いっそ、聖誕祭を延期してだな……いや、私はテロなどには屈服しない。だが、世界中の要人が集まるこの場所が、万が一にでも攻撃されれば世界はどうなるか。そうならない為にも……」

 “色めき立っている”というより、“浮き足立っている”という方が適切か。鉄火場経験者は極端に少なく、落ち着いているのはごく少数の招待客のみだ。カガリ=ユラ=アスハはいっそ怒鳴りつけたい衝動に駆られながらも、懸命に冷静に努める。

 (ここにアイツが居てくれたらな……)

 自分は不安すら覚えないだろうに――そこまで考えて、顔に血が上る。慌てて手に持っていたワイングラスを一息に煽り、何とか平静を整える。顔に出してはならないという涙ぐましい努力である。

列席してから、カガリは直ぐにキサカの意図に気が付いた。まるでボウフラの様に沸いてくる美辞麗句、そしてカガリと同世代でそれなりに名の知れた家柄でルックスも良い青年達。またか、とカガリは何度目かの溜息を付いた。

 (キサカの奴、よりにもよってこんな時に“見合い”なんかセッティングするか……)

 カガリ腹心の部下、レドニル=キサカ大将。通称、“爺”――実際の彼は老人と言うには若すぎるのだが、近年カガリに対する過保護ぶりが急激に加速してきた姿からそう揶揄される――はカガリに対して頭から意見を言える貴重な幕僚である。それはカガリへの信頼があり、カガリもキサカを良く信頼する故のことであり、それはカガリとて有り難いと思っているのだが、流石にこれは辟易していた。
 ちなみに今日のカガリはドレス姿である。今回の式典はカガリが主役ではない、あくまでも招待客。それ故にいつもの礼服では不味いとレドニル=キサカに散々に言われたためだ。

(似合わないし、動き辛いから嫌いなんだけど)

と思わず愚痴をこぼす。が、ドレス姿は本人が思っているよりも彼女の健康的な魅力を引き出すことに貢献している。それは彼女を取り巻く男達の目に、純粋な好意も浮かんでいたことからもわかるだろう。

 このところ、カガリはキサカから毎日の様に言われている事がある。

 『カガリ様、一体何時になったら身を固める御積もりなのですか!? 宜しいですか、カガリ様。為政者というものは……!』

 と、暇さえあれば“お叱り”を敢行するのが最近のキサカであった。キサカの言う事も解らないではない。実際もう二十歳も超えた女が、浮いた話一つも無いのでは色々問題があるものだ。否、正確には一つだけ浮いた話はある。それはカガリ自身も気が付いているし、周囲も知っている。

 (けどな、それ以上踏み込む訳にいかないだろ……)

 友人だから、大事な、大事な人だから――悲しむ顔を見たくない。自分の地位であれば、それは叶えられるのかもしれない。だが、それをすればカガリにとって大事にしているものが、壊れてしまうだろう。それは、したくないのだ。

 そんな事を思い悩んでいる内に、この歳まで来てしまった――それが、カガリの偽らざる本心である。そして、そんな胸の内をキサカはおそらく気付いているのだろう。だからこそ、カガリに対して見合い話をひたすら持ってくるのだ。せめても、女の幸せを知って欲しいと思うからこそ。だが、時々『お世継ぎを!』と言ってしまう辺りがキサカという男の根回しの下手さがわかるというものだ。

 (犬や猫じゃあるまいし、そうそうポンポン産めるかっ!……というかお前が先に子供を作れ、一体いくつになったと思ってるんだ!)

 思いだしたら腹が立ってきた。何気なく拳を握り、青筋が立ってくる。その時、カガリに影が差す。側に誰かが立ったのだ。また男だったら、それとなく八つ当たりして追い払ってやる――そう決め、振り向いたその先に居たのは予想外の人物だった。

 「天下のアスハ代表ともあろうお方が、お一人で百面相などするものではないな。私で良ければ、話し相手位は努めようが……どうかな?」

 男装の麗人――ロンド=ミナ=サハク。気を抜かれたカガリは何となくミナと会話する事になった。



 立ったまま話すのも何だろう、という事で二人は廊下に出る事にした。廊下には休憩用のソファがあるからだ。――廊下だけでも広間の一つは作れそうな位の広さと豪華さがある――ソファに率先してハンカチを敷き、カガリを促すミナ。こうしてみると、そこらの男よりも紳士的な振る舞いが板に付いているのである。

 「……どうも」

 複雑な気分で勧められるまま、カガリは座る。その隣に、少し距離を置いて座るミナ。

 「遠慮する事はない。この私と居て、話しかける事の出来る剛の者などそうは居らんよ」

 女傑、ロンド=ミナ=サハク――長身かつ整った容姿。そこいらの男では力でも知恵でも束になっても敵わない位の実力と魅力に溢れている。男性より女性に人気があるというのも、無理のない話だろう。自分も男っぽいと言われる事があるが、彼女には遠く及ばないとカガリは思った。

 「助かるよ。……どうも、こういう雰囲気は性に合わないんだ」
 「何、大した事はしていない。何とも情けない男達だとは、先程から思っていたがね」
 「ハハハ……確かに」

 先程までカガリに言い寄っていた男達は、オラクル進撃の報を受けた瞬間から右往左往し始めてしまった。幾ら見てくれを取り繕っても、人間的に何ら成長していないというか、失望するほど期待もしていなかったが幻滅したのは確かである。

 「それにしても、アスハ代表は落ち着いていらっしゃる。私も、その秘訣は教わりたいものだ」

 言葉とは裏腹に動揺するそぶりを欠片も見せず、からかうようにミナが言う。ウェイターからグラスを受け取りながら、苦笑いして返すカガリ。

 「そういう訳じゃ無い。先に慌てられたら、こっちが冷静にならなきゃならないと思っただけさ」

 違いない、とお互いに笑うと、グラスを傾けた。
 不意に、ミナが窓の方を見た。大きな廊下に合う、大きな窓。その先に北海があり、遠くを見ながらミナは世間話をするように切り出した。

 「先程、“正義の騎士”殿が動き出した様だな」

 胸がどきり、とする。愛しい人が戦いに行く――その事と、何故ミナがそれを、と疑問を口にする前、立ち上がったミナは大仰な身振りで先回りする様に言う。

 「ヨーロッパ方面軍の皆が合唱しているのさ。“正義の騎士、来たれり”とな。『その者、紅き騎士と呼ばれし勇者、天より飛来して魔竜を討つ』、か。吟遊詩人にでも詠って貰いたい内容だな」

本職の詩人顔負けの艶のある美声で楽しげに謡うミナ。不謹慎な話だがカガリは同意した。グラスをウェイターに返すと立ち上がり、ミナの隣に立つ。少しでも窓の外を見ようと。見えるはずのない、戦場を。
 まさに恋人を案じる乙女といったカガリの様子を見ながら、ミナは思った。

 (その様に顔に全て出てしまう様では、まだまだ為政者として未熟だな。だが、そういう所がお前を護りたいと皆に思わせるのだろうな、“オーブの獅子姫”殿)

 不思議な事にカガリだけでなくミナもこの場所が戦火に晒されるとは思っていない。よく知っているのだ――有事の際に見せる“紅の騎士”の強さを。かつて二度に渡り世界を救った勇者の、真の実力を。



 真紅の装甲が、空気の壁とぶつかりと震える。鍛え抜かれたコーディネイターであるアスランをして歯を食いしばって耐えねばならない程の、並みのパイロットなら意識を保つこともままならない程の超加速でトゥルージャスティスは飛んでいた。

 (間に合うか……いや、間に合わせてみせる!)

 スロットルを更に加速させていくアスラン。トゥルージャスティスの限界ギリギリとなる超加速――何としてもオラクルを止める為に。
 これ以上の悲しみを広げない為にも。これ以上の悲しみを、食い止める為にも。そして――今も苦しんでいるセシルを止める為にも。
 ただ、ひたすらにアスランは走る。悲しみを背負い、そこで食い止める為に。



 「全隊、撃てぇぇぇっ!!」

 号令も待ちきれず、ひたすらに撃ち込む。砲身も焼き切れよ、と云った具合か。
 だが――その中を、悠然と歩を進めてくる者が居る。黄金の巨人、オラクル。

 「化け者めっ!」

 それは悲鳴にも似たものだったかも知れない。かつてベルリンを蹂躙された者達が味わった絶望――それが再び蘇る。
 だが、ただ怯え竦む様な無様は見せられない。自分達の背中には護るべき人達が居る。それが、ハノーバー機動部隊総司令官エンリコ=マリーニを支えていた。

 「弾幕薄いぞ! 火点集中せよっ! ゲルズゲー部隊は前面に展開、砲撃部隊を守れ!」

 号令一過、ゲルズゲー部隊が陽電子リフレクターを展開しつつ機動防御に回る。それだけで守りきれるものでもないが、確かに前よりは被害が防げていた。“網”を越えたビームが若干の被害を出していたが、それは仕方が無い。

 (よし、良いぞ……こっちに引き付けろ!)

 エンリコには、策があった。ここまではやられっぱなしだったが、おかげで戦力をある程度整えることはできた。相手は一機、そこに付けいる隙がある。
 存分に相手を引き付け、火砲の存在を相手に嫌らしく押しつけ、その隙に、辺りに潜ませていたモビルスーツ部隊を一気に突撃させる。

 その数およそ五十。いかなる人間だろうと、この多数の数には反応出来ない。そして、何とかダメージさえ与えられれば、それが突破口となる――それは、決死の策であったが、パイロット達は何も言わなかった。何としてもここで奴を倒さなければ明日はないとの思いは全員同じだったからだ。

 「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」

 誰もが、雄叫びを上げて突っ込んで行く。ビームサーベルのものも居れば、不慣れな対鑑刀を保持しているものも居た。ルタンド、ダガーL、その他諸々――動ける機体をかき集めてきた、という感じだ。
 それらは連携も何も考えず、ただ一息に斬り掛かることのみを考え肉薄。火線を潜り抜けた――そう思った瞬間、先頭の機体が爆発した。


 『――そんなことぐらい、予想してないとでも思ったのかよ!』


 その時、マリーニは見た。オラクルが変形したのだ。いや、それは変形ではなかった。背部に背負った円形の場所――そこから蜘蛛の足を思わせる巨大なクローアームが出現したのだ。その数およそ八。そして、その足の至る所からビーム刃が発振され、それらは巨大なビームサーベルとなって襲い掛かった。
 ――おぞましい程の速度と、小回りを持って周囲のモビルスーツを蹴散らした。オラクルは元々大仏をモチーフとして作られているというが、これはさしずめ“千手観音”だろうか。全く予期しなかった場所からの攻撃に、突撃隊が動揺から立ち直った頃には接近していた機体の大半が撃墜されてしまっていた。運良く回避に成功し、反撃に移ろうとするものも居たがセシルの反応速度の方が勝った。
 次々にモビルスーツ達は切り裂かれていく。それは、防衛という名の蜘蛛の巣に絡めとられた昆虫の末路。天敵に立ち向かわざるを得ない者達の、悲しい最後であった。



 (アレが、奴の“切り札”か!)

 スウェン=カル=バヤンはようやく納得が云った。彼のパイロットとしての本能が、これまで彼を踏み止まらせていたその理由が。

 (確かにこれならデストロイが持っていた死角は殆ど無くなる。そして、ここまでそれを使わなかったのは……)

 これは考えなくても解る。確かに強力な戦法だ。だが、所詮は一発技。それを最大限活用する為に、ここまで温存していたのだ。
 スウェンは歯噛みしていた。考えてみれば、彼が命を捨てた突撃を敢行していれば、既にこの特性は表に出ていたかも知れない。そうすれば、あたら今の連中は命を散らすことも無かったはずだと。――だが、それは今更悔やんでも仕方のないことだ。

 (せめてもう一人。あの火砲を潜り抜けられる者が居れば……!だが、状況は悪化し続けている。どうする?)

 そうすれば、確実に奴を屠れる。スウェンの経験が、そう言っている。だが、それを待っていては、更に事態は悪化するかも知れない。
 スウェンは自問していた。だが、オラクルが残存部隊に襲いかかるのを見て、いよいよ我慢出来ずに出て行こうとした時、スウェンは見た。

 ――天空より飛来する者を。
 それは、“真紅の騎士”と呼ばれた者。それは、かつて世界を二度に渡り救った者。

 その者の名は、アスラン=ザラ。“トゥルージャスティス”を駆る統一連合最強の男。

アスランは、手にしたビームサーベルをゆるりと持ち直し剣先を突きつけると厳かに言った。

 「……お前を、止めに来た」

 その真紅の姿が、燃え上がる様に。その双眸は、正しく正義を見据えて。
 トゥルージャスティス――世界の守護者“三振り剣”の一つが遂に降り立った。



 ソラは俯いていた。辺りには誰も、何も居なかった。暗闇の底で、ただ俯いていた。
 不意に、ぼんやりとした光が浮かぶ。タチアナ=アルタニャン――ターニャだと直ぐに解った。

 『何をしてるのさ、ソラ? 落ち込んでいたって何にもならないだろ?』

 それは、怒っていると言うよりも諭す様な、慰める様な優しいものだった。

 「……解ってる。解ってるけど……!」

 ――では、どうすれば良かったのだろうか。
 救えなかった。助けられなかった。どうしようもなかった。なら、どうすれば良いのか。

 「私は、こんな思いをするために、こんな思いをする為に……!」

 ――貴女に救われたんじゃない。そう叫び逃げだしたかった。しかし、それは言わずとも伝わったらしい。ターニャは続ける

 『アンタを苦しめる為に、アンタを助けた訳じゃない。アンタだって苦しむ為に、生きている訳じゃないでしょ。でも……苦しむのを怖がって、進まないのは“生きている”って言えるの?』

 核心を突く言葉に思わず、ソラは顔を上げた。そこにあるのは、ターニャの優しい笑顔。

 『何故助けるのか? それは、その人それぞれの考えがあるんだろうけれど……結局は、“その人に生きていて欲しい”って思うからなんじゃないかな。形はどうあれ、その人に幸せになって欲しいんだろうね。……結果として、自分が犠牲になっちゃっただけで、さ』

 それは、何処か悲しそうだった。けれど、誇らしそうな――悔いの無い笑顔。

 「ターニャ……」

 不意に、ターニャの姿が変わった。次に現れたのは――あの人。朴念仁で、不器用で、けれど、優しかった人――シン=アスカ

 『ソラ、あんたはそのままで居てくれ。そのままで……』

 今でも覚えているその一言。鮮明に、心に刻まれた言葉。
 今なら、何となく解る――どんな思いが、どんな心が込められていたのか。
 また、姿が変わった。次に現れたのは、ロマ=ギリアム。

 『僕達は、“みんなで”幸せになるんだよ』
 「リーダー……」

 ソラは圧倒されている、と思った。命を賭けて、一命を賭して一生を生きる――その意志に。その、想いに。
 また、姿が切り替わった。懐かしい人――センセイに。

 『ソラちゃん、貴女は俯いていては駄目。辛くても、見上げなさい。人は、前を見ないと周りを見る事の出来ない生き物なのだから……』

 そうだ。ソラの恩師も、そう言った筈だ。『何時だって、空を見上げなさい』と。
 俯いている訳にはいかない。命懸けで生きている人達の為にも。そして、懸命に教えてくれた人達の為にも。――命を賭して、自分を救ってくれた人の為にも。

 ――最後に、誰かの声がした。それは、誰だったろう。

 『……お強いのですね、貴女は。でも、無理はいけませんよ。人は、人に出来ることしかできない。けれど……生きているから、人は何かを出来るのですから』

 それは、聞いたことの無い言葉だったかもしれない。けれど、あの人なら――あの人なら、そう言うだろう。そんな言葉だった。



 いつの間にか寝てしまってしまったらしい。直ぐ側に居たジェスが彼女を起こさなかったのは、せめて少しでも休んで欲しいという親切心からだろう。こちらに気付いたジェスは暫く迷った様子だったが、意を決してソラに声をかけた。黙っていても、仕方のないことだからだ。

 「カシムが逝ったよ」

 淡々と、努めて冷静に。ソラに、負担を与えない為に結論だけを伝える。

 「そうですか……」

 ソラには、実感が無かった。ただ、のろのろと「何処ですか?」とだけ聞いた。
 ジェスに案内され、ソラは霊安室に運び込まれたカシムに会った。

 「安らいだ、顔ですね……」
 「――ああ。それが、せめてもの救いだ」

 せめて、苦しんで欲しくなかった。死ぬとき位、安らかであって欲しかった。もう一度、ソラはカシムの頭を撫でてあげた――偉かったね、と優しく語りかけながら。
 走馬燈の様に、思い出が脳裏に広がっていく。たった数日だったのに――なんと激動の日々だったことか。その中で懸命に笑っていたのはこの子だった。周囲を明るくする為、周囲を幸せにする、ただ、その為に。

 ジェスは、ソラが泣き出すものだと思っていた。だが、ソラはほんの少し瞳に涙を湛えただけで、直ぐにジェスの方を向き直った。

 「ジェスさん、お願いがあります。――力を貸して下さい。“真実を伝える”貴方の力を」

 それは、ソラの意地だった。最後に残された小さな、しかし譲れない意地だった。
 ――生き残った者が、犠牲になった者達へ、しなければならないことがある。それを、ソラは理解していたのだ。
 暫く迷った後、ジェスは頷いた。ソラの瞳――この旅が始まって以来ずっと見てきたこの小さな少女が、今は大きく見える。ジェスも見たいと思ったのだ。“奇蹟の少女”と呼ばれ、ただ翻弄されていた只の女の子が何を思い、何を決意したのかを。



 それは、スウェン=カル=バヤンをして“驚異的な戦闘能力”と言わしめるものだった。それ程、両者の戦闘は壮絶なものだった。
 飛び交うビーム、迸る火花――それが、ただ二機の機体の応酬に寄るものだと誰が信じられるだろうか。それは、軍隊同士の激突に匹敵する凄まじさだったのだ。
特にアスランの動きは同じパイロットとして信じられないものであった。オラクルのビーム網を重力を感じさせない最小限の動きで回避し、あまつさえビームをサーベルで弾いてみせる。オラクルもまたフレキシブルアームを駆使し間合いに入り込ませない。

 (これが、最強と呼ばれる者の力か!)

 オラクル――世界最強のモビルアーマー。
 トゥルージャスティス――世界最強のモビルスーツ。
 両者の戦いが始まって暫く経つが、僅かの衰えもない。それどころかますます攻防は激しくなるばかりだ。
 展開していた部隊も、スウェンでさえも――その遣り取りに口を挟む余地がない。援護しようにも、足手纏いになってしまいかねず、巻き添えにならないようゲルズゲーの影に隠れることしかできなかった。

 「うおおおおおおおおおっ!」
 『ウアアアアアアアアアッ!』

 それは、精神力の戦いと言えた。少しでも心を弛ませれば負ける。だが、アスランは見切っていた。通信機越しに聞こえるセシルの声が、微細な動きが教えている。セシルの体力はもはや限界であると。故に長丁場の戦いに持たないという事が。

 (その機体を長時間操る――それが君の体にどれ程の負担を強いているのかは想像に難くない。もう長くは保たないだろう。……だから、せめて君は俺が止めてやる)

 のらりくらりといなしつつ、セシルの疲労を蓄積させ、倒せば楽に終わる。戦闘者として、アスランが傑出しているのは単純な戦闘力だけではなく、そうした冷静な判断力によるものだろう。
 だが、アスランはあえて援護を排し、短期決着を望んだ。そうした優しさはアスランの長所であり、短所である。

 何度目かの競り合いの後、背部のフレキシブルアームをいくつかかまとめて切り落とす。セシルの叫び声が聞こえた様な気がして、アスランの心に嫌なものが広がる。

 『邪魔をするなアァァァァッ!』

 セシルの慟哭が、咆哮が聞こえる。その度にアスランは呻く――あれ程誓っても、あれ程願っても。それでも優しさが捨てられないのが、アスランという人間だ。たとえ組織を裏切っても、たとえ信頼を裏切っても――それでも、全ての人々を幸せにしたいから。それが出来ると思ってしまう所に、アスランのアスランたる由縁がある。 だから、そこに隙が生まれてしまう。『セシルも救いたい』という甘さが焦りを呼び、それを生んでしまった。

 胸部三連装スプラッシュスキュラを紙一重で避け、一気に胸元に切りつけようとして――アスランは己の油断を知った。フレキシブルアームが新たに出現したのだ。

「まだ、こんな隠し技を……ッ!」

背部のものより小さなそれは、アスランですら全てを避けるのは困難だった。とっさに薙ぎ払うものの、全てを落としきることはできず、その内の一つがコクピットごとアスランを貫こうとした瞬間――

――何もない筈の空間から伸びたビームが、胸部フレキシブルアームを切断した。

 一瞬の隙を逃さず、その突然の乱入者は素早くジャスティスを支え、離脱する。その正体は、スウェン=カル=バヤンの機体“ハガクレ”であった。

 『余計な世話かもしれないが、助けさせて貰った』

 感情を感じさせない声色の仕官に救われアスランは戦士として後れを取った事が悔しいらしい、渋い声で礼を言う。
スウェンは今回の騒動でずっとオラクルを観察していた人間だ。危険な位置は、熟知していると言って良い。だからこそ、ああも良いタイミングでアスランを助けに入れたのだ。これまでの動きを見ていた、スウェンはアスランに言った。

 『オラクルへの突撃は俺がやる。支援をしてくれるだけで良い』
 「……馬鹿な、死ぬ気か!?」
 『別に自殺願望などない。確かに貴方は優れた腕の持ち主だ。だが、その甘さを消せない限り同じことの繰り返しになる。だから、俺が前衛に回ったほうが確率は遥かに高くなる。ただ、それだけだ』

 スウェンにとって、今回のミッションは気に入らないものだった。自分は手を出せず、目の前で同胞が次々と死んでいくのを見せ付けられるのだから。冷血と揶揄されようと、彼には彼なりの仲間意識があった。だから、幕引きをするのは全てを見続けていた自分がやりたかったのだ。

 『奴を殺す。それで、ミッションは完了だ』

 あくまで冷徹なスウェン。その言葉に秘められた怒りに、アスランは自分の甘さを痛感させられる。

 (済まない、セシル。結局偉そうな事を言いながら、俺は……お前を倒す事でしか助けられない)

 その時――誰にとっても予想外の声がトゥルー=ジャスティス内に響いた。

 『……アスランさん、大丈夫ですか?』
 「ソラ!?」



 “真実を伝える者”というのは往々にして手段を選ばないという条項があるだろうのだろうか。ソラは頼んだ事を少しだけ後悔していた。

 「このテの病院には大概、量子通信機が備え付けてある。軍事施設だと真っ先に狙われるし、病院にも無いと色々不便だ。とはいえそうそう貸してくれる訳無いから……」
 「……強引にお借りするって訳ですね」

 たった今“お休み頂いた”警備員を見ると、さすがに気が咎める。こんな事態なので、警備員もごく少数だった。
 早速見つけた量子通信機に嬉しそうに駆け寄るジェス。どんな事態であれ、通信するのが本分の人間である。

 「で、何処の誰に何を伝えるんだ?」
 《……俺がお前のことを凄いと思うのは、そこまで考え無しに動ける所だ、ジェス》

 早速ハチの突っ込みにソラも思わず苦笑する。

 「アスランさんの所へ。そして――セシルへ。大事なことを伝える為に……」

 胸が高鳴る。これからすることは、ソラ=ヒダカが自分の意思で初めてする大冒険だ。けれど、伝えたい――伝えなければならない。
 自分が、生き残ったから。生き残ってしまったから。だから、どんな理由であれシノとカシムの分まで伝えなければならない。

 《ソラー、頑張レ! 応援スルゾー!》
 「ありがとう、ハロ」

 ソラは、微笑んだ。その笑みは何処か、“彼女”を思わせる安らぎを感じさせるものだった。



 『セシル、聞こえますか? 私は貴方が大事に思っていた女性、シノ=タカヤの友人、ソラ=ヒダカです』

 トゥルージャスティスの外部音声――そこから流れ出した声は、戦場という場所においてあまりに場違いなものだった。スウェンは怪訝な顔をしたし、アスランも正直、納得はしていなかった。だが、『通信させて貰えるだけで良い』ということで、許可したのだ。
 だが――オラクルも外部音声を入れた事で、アスランもスウェンも、事態の推移を見守ろうという気になった。

 『シノ……? 何故、こんな時に!? ソラって、シノを連れ戻しに来た……!』
 『ええ、そうです。……私は誰よりも、シノが幸せになることを願っていました』

 ここで、ソラは一息入れた。

 『シノは、貴方の事を信頼していました。そして、私は貴方とシノが幸せになれるのなら――そう考えたこともありました。……でも、貴方は今、何をしているの?』

 強い意志を感じさせる声に、これが本当にあのソラの声なのだろうか。あの泣いてばかり居た女の子なのだろうか、とアスランは内心驚いていた。

 『……何って、俺は……!』

 セシルが何かを言うよりも、ソラがずばりと言った。

 『シノは……死にました。貴方がその機体に乗った時に』
 『……なんだって?』

 震える声――それは、セシル本来の声だ。機械に寄らない、本心からの声。

 『カシムも、つい先程亡くなりました。……もう一度聞きます。貴方は、何をして居るんですか?』

 立て続けの爆弾発言――セシルのトラウマは、その身を包む憤怒の炎はその程度で消えはしなかった。むしろ人としての心が音を立てて崩れていくのをセシルは感じていた。

 『……なら、復讐だ! 今度こそ、俺の大事な者を、大事なモノを奪った奴等を全て滅ぼしてやるッ……!』

 それは、紛れもないセシルの本心。だが、だからこそ次の言葉に動揺した。

 『いい加減にしなさい! 貴方は、自分が何をしているのか、何を繰り返そうとしているのか――本当に理解して居るんですか! セシル、貴方がしていることは、もう一度貴方とカシムを作るだけなんだって、本当に理解してるんですか!?』
 『……それは……!』
 『貴方の戦いは、貴方の意志は、シノとカシムに伝えられるものなんですか!? 誇りを持って、あの二人に伝えられるものなんですか!?』

 もはやソラは涙声だった。だが、それは悲しみの涙ではない――ソラの激情の涙だった。

 『お願いだから――あの子達が願った未来を!あの子達が貴方に託した“命の証”を……無駄にしないでよ……』

 それは、ソラの心からの言葉だった。今までの人達が、ソラに伝えたもの――それが結んだ一つの結晶だった。


 『――俺は』

 いつしかセシルの声から狂気は消えていた。

 『……もう引き返せない……だから……』

 その言葉の意味――それは、アスランは正しく理解した。だから、言葉少なく答える。

 「……ああ、終わらせよう」

 スウェンは一歩引いた。この場の幕引きをする人間に誰が相応しいか悟ったのだ。

 「全力で来い! 後悔の無い様に!」
 『ああ……行くぞ!』

 ――もはや、死ぬ事以外に救いがないのなら。その人の人生を間違ったのだろうか。無意味だったのだろうか。
 間違っていたのかもしれない。だが、決して無意味ではないはずだ。それは、懸命に生きた証拠。誰にも否定されない、その人だけの宝――それだけは誰にも否定することはできないのだから。



 迷いは、もはや無い。
 それは、正に神速だった。迷いがあったからこそ、セシルにも捉えることが出来たのだ。だが――今のアスランの動きは、真のトゥルージャスティスの動きは、誰にも止められなかった。
 ビームは空しく空を切り、フレキシブルアームから発振されるビームソードは次々と切り落とされ、消えた。

 起死回生のスプラッシュスキュラを放とうとしてついに姿を見失ってしまう。セシルは目を離した覚えはない。にもかかわらずトゥルージャスティスが居なくなった。リフターを分離し、その反動でセシルの目で追えない程の速度で視界から消えたのだ。セシルが再びその影を見つけたのは、トゥルージャスティスの刃は正確にオラクルのコクピットに突き立てる瞬間だった。ビームで形成された光の刃は苦痛も恐怖も感じさせることもなく一瞬でセシルを消滅させた。

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