「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

無力の向こう側に

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疲れた…ソラは本当に疲れていた。

オーブに戻り、マスコミに「奇跡の少女と」持ち上げられ、玩具にされたときも疲れていた。しかし、今のつらさはその比ではない。

親友であるシノ、その想い人であるセシル、セシルの弟カシム、彼らの誰一人として救うことができなかった。

良かれと思いシンとアスランとを引き合わせても、その溝の深さを思い知らされただけに終わった。

ズールの惨事を引き起こした真犯人であるはずの存在にはまったく手を出せず、嘲笑するその姿を歯噛みしながら見ることしかできなかった。

そして今また、ガルナハンの悲劇を目の前にしながら、何一つ自分にはできることがないことを嫌というほど思い知らされている。

それどころか、ジェスの取材の足手まといになっていることにすら気づかされた。

自分は無力だ、いや、それどころか周囲に迷惑をかけているマイナスの存在だ。そういう後ろ向きの考えばかりが頭をぐるぐると駆け巡っている。

(私は、いったいここで何をしているんだろう?)

ソラは自問自答するが、当然というべきか、答えなど出てくるはずもない。

そして、いつしかソラはジェスの部屋の前に立っていた。

(私は、いったい何をしようとしているんだろう?)

ソラには今ここにいる目的すらも怪しかった。もう帰りたいと泣き言をもらしたいのか、愚痴をぶちまけたいのか。一人でいることに耐えられないだけなのか。

考えのまとまらないままに、ドアノブにかけた手が止まった。

中からジェスとカイトの会話が聞こえる。話題は…ソラのことだった。



カイトは(男に対してとしては珍しく)真剣な眼差しでジェスを見つつ言った。

「ところで、お前、いつまでソラを連れて回るつもりだ」

「連れて回っちゃいかんか? まあ学校をいたずらに欠席させているのは誉められた行為じゃないかもしれんがな」

「茶化すな、真面目に言っているんだ。女の子とランデブー中というわけじゃないんだぞ。それくらい分かっているだろう」

カイトは手に持ったビールを飲み干す。そのまずさに顔をしかめそうになるが押し殺した。外は未曾有の惨劇なのだ。こうしてホテルで一杯やりながら会話ができるだけでも自分たちはマシなのだと思いながら。

「はっきり言って、お前にとってあの子は足手まといだ。女の子連れじゃあ、取材もままならん。身の安全を確保するために、お前の行動は制限されるばかりだろうが。

本当だったら現地で野宿でもして、取材に専念したいところだろうが、彼女のためにこうやって現場から離れたホテルに泊まらざるを得なくなっているじゃないか。

それに、この惨劇を目の当たりにして、かなり参っている様子だぞ。あの子の精神状態も考えれば、ここはオーブに戻すべきじゃないのか? 」

ジェスはカイトの視線を真っ向から受け止め…こちらもビールを一気に飲み干して、そして言った。

「ソラが帰ると言い出すまでは、俺はとことん彼女に付き合うつもりだ。こちらから帰国を勧めるつもりはない」

カイトはため息をついた。半ば予想していた回答であるからだ。ジェスは(良い意味でも悪い意味でも)他人の意見に影響されることなどめったにない。しかしながら、今回ばかりはカイトも食い下がる。

「…何故だ? せめて理由くらいは聞かせてくれ。今のままじゃあ納得できん」

面倒くさいから嫌だ、とはジェスも言わなかった。きちんとカイトの問いかけに答える。

「俺は、いつも考えている、というか怯えているんだよ。俺の仕事なんて意味がないんじゃないか、ジャーナリストなんて、世の中に何一つ貢献していないんじゃないか、って」

いきなり始まるジェスの独白に面食らいながらも、カイトはじっとそれに耳を傾ける。

「俺はこの業界に入ってから、いくつもの戦場を渡って、何枚もの写真を撮って、数え切れないほどの記事を書いてきた。

おかげで、今じゃ『野次馬』なんて仇名で呼ばれて、そこそこのジャーナリストとして認めてもらえるようになった。

でもな、考えてみろよ。

俺がいくら戦争の悲惨さや、政治の腐敗や、勇気ある人の善行を人々に伝えても、世界は何一つ変わっちゃいないんだぜ。

相変わらず人は互いに殺し合い、過去から学ばずに愚行を繰り返す。わずかな善行でもたらされた恩恵を、たっぷりの悪行が帳消しにしちまう。

そしてそれを善意の傍観者気取りで、ジャーナリストが飯の種にして、面白おかしく書き立てる。その繰り返しだ。

何で俺はこんなことをしているんだろう、何で俺はこんなところにいるんだろう。

そんな言葉ばっかり、頭を駆け巡っている毎日さ」

だがな、とジェスは続ける。

「それでも俺が記事を書いて、真実を伝えることで、少しは世界が変わるかもしれない。少しは人々が良い方向に向かうことができる助けになるのかもしれない。

単なる言い訳に過ぎないのかもしれないが、そう自分を奮い立たせて、俺は写真を撮って、記事を書き続けているんだよ」

ジェスは新しいビールの缶のプルタブを開けて、一口飲んでからさらに続ける。

「今の彼女も俺と同じだと思う。圧倒的な現実ってやつを目にして、自分の無力さを思い知らされているんだ。何にもできない自分に絶望しかけている。

でもな、彼女はそこから逃げ出そうとしていない。何もできないながらも、きちんと自分の目で現実を見据えて、その先にある『ささやかでも自分にしかできないこと』を見つけようとしている。

そんな彼女に、今オーブに戻れということは、彼女の可能性を否定することになるんだ。確かにある現実から目を逸らして、耳をふさぎ、口を閉じることを良かれと肯定することになる。

テロリストに誘拐されてからこのかた、ソラに襲い掛かった出来事は、確かに十六歳の女の子には過酷な試練だろう。逃げ出したとしても、それを責める気持ちは毛頭ない。

でも、彼女が逃げることを選ばない限りは、俺はとことんそれに付き合う。

彼女が逃げない限りは、俺も逃げない」

しばしジェスとカイトは無言でにらみ合う。しかし、ジェスの瞳にこもった強い決意を認めて、カイトもようやく頷いた。

「そうか。まあ、そこまで覚悟を決めているなら、俺もつべこべ言うのはやめだ。お前の酔狂に付き合うのは初めてじゃないからな」

しかしそこで、カイトは皮肉めいた笑いを浮かべる。

「…で、ソラはどうやら部屋に戻ったらしいな。気づいていたんだろう? わざわざ聞こえるように言うとは、お前もなかなかの役者だな」

図星だったらしく、ジェスはそっぽを向いた。すでに酔っているので、恥ずかしくて顔が赤くなったのはバレずに済んだが。

そして最後にジェスは、言い訳がましい台詞を言う。

「別に嘘を言ったわけじゃない。全部本心だ…それに、迷っている子供を支えてやるのは面倒臭い限りだが、大人の義務だ」

今度はカイトは声を上げて笑った。ジェスの口からまさか大人の義務などという言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。

「まあ、それはそのとおりだな。じゃあ、義務に見合った権利は存分に享受するとしようか。酔ってストレスを発散できるのは、大人だけに許された権利だ」

そして二人は缶ビールで乾杯をした。ソラの未来を祈りつつ。

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