……ただ、雪が降っていた。
世界の中では比較的温暖なオーブだが、雪が降ることもある。まして、山岳部は尚更だ。そんな豪雪地帯のある一角に、ひっそりとその村落は存在した。
多国籍国家となったオーブの古き良き文化――郷土。木造平屋が建ち並び、自然のままのあぜ道がこの村の農業を支えている。人々の顔は純朴そのもので、扉に鍵をかける者など居ない。悪党や犯罪者が全く居ない事の証明だ。
「……ホント、長閑だこと」
ディアッカ=エルスマンは本心からそう思う。この村では彼の様に金髪で褐色の肌の人間は珍しく、遠巻きに散々観察されたが、打ち解けてみれば何とも朗らかな人々だった。今ではその辺の子供達が「ディアッカにいちゃーん」と駆け寄ってくる有様である。なんの気無しに子供達とサッカーを楽しみ、チャーハンを作っては振る舞い――そんな生活のなんと心安らかな事か。貴重な青春時代の殆どを戦場で過ごすことになったディアッカにしてみれば、ここは気が付けば祖国より心安良かでいられる場所だった。
不意に、ディアッカが山間にある建物を見上げる。村から真っ直ぐに伸びる長い石段を上がっていった場所にあるお堂――そこに視線が釘付けになる。その場所に、ディアッカの半身とも言える白髪の若者が居るのだ。
(イザーク……今日もまた、降りてこないのか……)
ディアッカがこの村に居る理由――それはたった一つだ。イザーク=ジュールが好んでたまの休暇にここに滞在するからである。
世界の中では比較的温暖なオーブだが、雪が降ることもある。まして、山岳部は尚更だ。そんな豪雪地帯のある一角に、ひっそりとその村落は存在した。
多国籍国家となったオーブの古き良き文化――郷土。木造平屋が建ち並び、自然のままのあぜ道がこの村の農業を支えている。人々の顔は純朴そのもので、扉に鍵をかける者など居ない。悪党や犯罪者が全く居ない事の証明だ。
「……ホント、長閑だこと」
ディアッカ=エルスマンは本心からそう思う。この村では彼の様に金髪で褐色の肌の人間は珍しく、遠巻きに散々観察されたが、打ち解けてみれば何とも朗らかな人々だった。今ではその辺の子供達が「ディアッカにいちゃーん」と駆け寄ってくる有様である。なんの気無しに子供達とサッカーを楽しみ、チャーハンを作っては振る舞い――そんな生活のなんと心安らかな事か。貴重な青春時代の殆どを戦場で過ごすことになったディアッカにしてみれば、ここは気が付けば祖国より心安良かでいられる場所だった。
不意に、ディアッカが山間にある建物を見上げる。村から真っ直ぐに伸びる長い石段を上がっていった場所にあるお堂――そこに視線が釘付けになる。その場所に、ディアッカの半身とも言える白髪の若者が居るのだ。
(イザーク……今日もまた、降りてこないのか……)
ディアッカがこの村に居る理由――それはたった一つだ。イザーク=ジュールが好んでたまの休暇にここに滞在するからである。
石段を登り切った所にあるお堂――そこは、歌舞伎の舞台の様な場所だった。
イザーク=ジュールはそこにいた。白い袴姿で、腰には大太刀を携えている。しばし瞑目していたイザークは、何度目かの呼吸の後に開眼し――
「キエェェェェェッ!」
鞘に収められていた白刃が一息で抜刀され、虚空を切り裂く。見事な抜刀だ。そのまま太刀に振り回される事無く何度か白刃を振るい、再び鞘に収める――抜刀術における、“型”の作法である。
それは、見事な型であった。しかし、イザークは刀を収めると不満げな顔をする。……どうやら、今の出来が気にくわなかったらしい。
(こんな太刀筋では、アイツに勝てはしない……!)
イザークの脳裏では、未だに拭い去れない記憶が蘇っていた。
――ストライク。
今や世界の“軍神”となったキラ=ヤマトがかつて搭乗していた機体。そして、イザークは何度と無くその機体に立ち向かい、その都度敗北を余儀なくされた。その度にイザークは必死で積み上げてきた自分の技量へのプライドが瓦解していくのを感じていた。
(子供扱い、か……。この俺をして……)
時代が変わり、自分の守るべきものも変わり、戦う場所も変わり――そして、自分だけが変われなかった。そうイザークは思う。自分は何一つ変わっていないのだと。
(平和を守る為に、明日の世界を守る為に。俺は、何一つ変わっては居ない)
けれど、こうしていると良く解る――誰よりも“変わる”のを望んでいるのは自分自身だということに。
しかし、変わり方など判りはしない。結局イザークが欲したのは、“新たなる強さ”だった。それを求めて様々な場所を渡り歩き、遂に辿り着いたのがこの場所――古びた農村だった。
そこはかつてモビルスーツ用の刀剣を鍛え上げた場所、そしてその剣技を伝承する場所――リヴェラである。
イザーク=ジュールはそこにいた。白い袴姿で、腰には大太刀を携えている。しばし瞑目していたイザークは、何度目かの呼吸の後に開眼し――
「キエェェェェェッ!」
鞘に収められていた白刃が一息で抜刀され、虚空を切り裂く。見事な抜刀だ。そのまま太刀に振り回される事無く何度か白刃を振るい、再び鞘に収める――抜刀術における、“型”の作法である。
それは、見事な型であった。しかし、イザークは刀を収めると不満げな顔をする。……どうやら、今の出来が気にくわなかったらしい。
(こんな太刀筋では、アイツに勝てはしない……!)
イザークの脳裏では、未だに拭い去れない記憶が蘇っていた。
――ストライク。
今や世界の“軍神”となったキラ=ヤマトがかつて搭乗していた機体。そして、イザークは何度と無くその機体に立ち向かい、その都度敗北を余儀なくされた。その度にイザークは必死で積み上げてきた自分の技量へのプライドが瓦解していくのを感じていた。
(子供扱い、か……。この俺をして……)
時代が変わり、自分の守るべきものも変わり、戦う場所も変わり――そして、自分だけが変われなかった。そうイザークは思う。自分は何一つ変わっていないのだと。
(平和を守る為に、明日の世界を守る為に。俺は、何一つ変わっては居ない)
けれど、こうしていると良く解る――誰よりも“変わる”のを望んでいるのは自分自身だということに。
しかし、変わり方など判りはしない。結局イザークが欲したのは、“新たなる強さ”だった。それを求めて様々な場所を渡り歩き、遂に辿り着いたのがこの場所――古びた農村だった。
そこはかつてモビルスーツ用の刀剣を鍛え上げた場所、そしてその剣技を伝承する場所――リヴェラである。
石段を一つ一つ昇り、ようやく高台に出る――すると直ぐ眼前にイザークが居るのが判る。舞台の上で一心に舞う様に型を続ける様は、絵になる光景である。……とはいえ、ディアッカとて目的があって来たのだから遠慮することなくイザークに声を掛けた。
「おい、イザーク! メシ持ってきたぜ!」
丁度型の途中であったイザークは五月蠅そうにディアッカを睨むが、直ぐに自身の空腹に思い至ったらしい。何事かぶつくさ言いながら、しかし真っ直ぐにディアッカの元へ来る。
「……また、チャーハンか」
とはいえ、言いたいことは言う。それがこの二人である。
「今日はキムチチャーハンだ。お前に言われた通り、ちゃんとレパートリーは変えてるぜ」
「だからといって、チャーハンには違いなかろうが。全く……」
ぶつくさと言いながらもしっかりと食べ始めるイザーク。その様子を嬉しそうに見つめるディアッカ。イザークにちゃんとお茶を入れてやる様は正しく“世話女房”である。
イザークは一心不乱にチャーハンをかき込むと、ディアッカから貰ったお茶でようやく人心地ついたらしく、溜息を付くと空を見上げた。
空からは、ただ雪が降り続ける。それはまた、明日には積もるのだろうか。……それは、イザークやディアッカが考えても仕方のないことだが。
「……で、どうだ? 少しは“極意”とやらは解ったのか?」
自分でお茶を入れながらディアッカ。イザークは少し困った様な、憮然とした様な顔をした。
「そう簡単に掴める様では、“極意”とは言えんだろう。……ここ数年、休暇の度にここに来ては剣を振り続けたが、果たしてモノになっているのかどうか。しかし……」
「しかし?」
そう聞くと、イザークは右手を握り、くすりと笑った。
「……以前の俺とは、少しずつ変わってきている。それは間違い無い」
そう言うと、ディアッカも笑っていった。
「そりゃ、毎度の休暇を無駄にしてまで来てるんだからな。何かしら得るものが無きゃ、採算取れねぇよ!」
「……コイツ、言うなよ!」
イザークとディアッカはお互い笑った。それは、朗らかな笑いだった。
「おい、イザーク! メシ持ってきたぜ!」
丁度型の途中であったイザークは五月蠅そうにディアッカを睨むが、直ぐに自身の空腹に思い至ったらしい。何事かぶつくさ言いながら、しかし真っ直ぐにディアッカの元へ来る。
「……また、チャーハンか」
とはいえ、言いたいことは言う。それがこの二人である。
「今日はキムチチャーハンだ。お前に言われた通り、ちゃんとレパートリーは変えてるぜ」
「だからといって、チャーハンには違いなかろうが。全く……」
ぶつくさと言いながらもしっかりと食べ始めるイザーク。その様子を嬉しそうに見つめるディアッカ。イザークにちゃんとお茶を入れてやる様は正しく“世話女房”である。
イザークは一心不乱にチャーハンをかき込むと、ディアッカから貰ったお茶でようやく人心地ついたらしく、溜息を付くと空を見上げた。
空からは、ただ雪が降り続ける。それはまた、明日には積もるのだろうか。……それは、イザークやディアッカが考えても仕方のないことだが。
「……で、どうだ? 少しは“極意”とやらは解ったのか?」
自分でお茶を入れながらディアッカ。イザークは少し困った様な、憮然とした様な顔をした。
「そう簡単に掴める様では、“極意”とは言えんだろう。……ここ数年、休暇の度にここに来ては剣を振り続けたが、果たしてモノになっているのかどうか。しかし……」
「しかし?」
そう聞くと、イザークは右手を握り、くすりと笑った。
「……以前の俺とは、少しずつ変わってきている。それは間違い無い」
そう言うと、ディアッカも笑っていった。
「そりゃ、毎度の休暇を無駄にしてまで来てるんだからな。何かしら得るものが無きゃ、採算取れねぇよ!」
「……コイツ、言うなよ!」
イザークとディアッカはお互い笑った。それは、朗らかな笑いだった。
ディアッカが降りていった後、イザークは再び修練に戻った。ただ剣を振り、ただ剣を振り、ただ剣を振るう――それは、傍目には何のこともない単純作業。しかし、イザークの中では何十回、何百回という実戦が繰り広げられていた。
(――眼前に、敵をイメージする。それが、全ての基礎――)
息を吸い、吐く――それだけで、敵が目の前に現れる。イザークにとっては最強の魔神、ストライクが。
(そうだ。俺はずっとお前を追い続けてきた。……焦がれる様に。求める様に)
何度挑んだだろう。そしてその度、何度無様に敗北したのだろう。
そうこうしている内に戦争は終わり、自分という存在が本当に“戦争終結”に必要だったのか?という疑念すら浮かんでしまう。それは弱かったから、では無いのだが――弱かったから、というのも一つの答えになりうることだ。
――否。そう思わなければ、もはや進めない。それが今のイザークの悲しさである。
(ならば、強くなる! 俺は、何処までも強くなってやる!)
その為に、今は眼前のストライクを倒さなければならない。挑んで、挑んで、どうやっても勝てない相手を。
何度目だろう。イザークが裂帛の気合いと共に抜刀した!
「イヤァァァァッ!」
それは、相手には予想されきった攻撃だったらしい。空しくそれは相手の剣に受け流される。だが――そこからイザークは更に突き進んだ!
体全体を捻り込みながら相手の懐に踏み込み、まるで背負い投げの様に背中を見せ、肩に担いだ己の太刀が相手を切り裂く!
それは、イザーク当人をして予想出来ない動きだった。しかし、夢想の中のストライクは間違い無く切り裂いていた――そう思えた。
(俺は……今、何をしたんだ? 何故、ああも体が動いた……?)
しばし、イザークは脱力していた。剣を鞘に収めようとしても手が震えて収められなかったので、やむなく床に太刀を投げ出した。
(――眼前に、敵をイメージする。それが、全ての基礎――)
息を吸い、吐く――それだけで、敵が目の前に現れる。イザークにとっては最強の魔神、ストライクが。
(そうだ。俺はずっとお前を追い続けてきた。……焦がれる様に。求める様に)
何度挑んだだろう。そしてその度、何度無様に敗北したのだろう。
そうこうしている内に戦争は終わり、自分という存在が本当に“戦争終結”に必要だったのか?という疑念すら浮かんでしまう。それは弱かったから、では無いのだが――弱かったから、というのも一つの答えになりうることだ。
――否。そう思わなければ、もはや進めない。それが今のイザークの悲しさである。
(ならば、強くなる! 俺は、何処までも強くなってやる!)
その為に、今は眼前のストライクを倒さなければならない。挑んで、挑んで、どうやっても勝てない相手を。
何度目だろう。イザークが裂帛の気合いと共に抜刀した!
「イヤァァァァッ!」
それは、相手には予想されきった攻撃だったらしい。空しくそれは相手の剣に受け流される。だが――そこからイザークは更に突き進んだ!
体全体を捻り込みながら相手の懐に踏み込み、まるで背負い投げの様に背中を見せ、肩に担いだ己の太刀が相手を切り裂く!
それは、イザーク当人をして予想出来ない動きだった。しかし、夢想の中のストライクは間違い無く切り裂いていた――そう思えた。
(俺は……今、何をしたんだ? 何故、ああも体が動いた……?)
しばし、イザークは脱力していた。剣を鞘に収めようとしても手が震えて収められなかったので、やむなく床に太刀を投げ出した。
「どうしたんだよ、ボーッとして?」
官舎への帰り道。車を運転するディアッカがずっとぼんやりしていたイザークに声を掛けた。だがイザークはずっと上の空だった。
「……ん? ああスマン、何の話だ?」
この調子である。ディアッカもイザークが疲れているのは解るのだが……どうもそれだけでは無さそうなのが引っ掛かっている。とはいえ、それを問いただすのは今は不可能だと自己完結して、ディアッカはこの話題に触れるのは止めにした。
「なんでもねぇよ。疲れてるなら寝てろよ、明日からまた司令部だぜ」
今度は、遠征になる。そうしたら寝る暇も無くなるだろう。イザークにとって、ストレスの堪る事に違いないのだから。
「……ああ、そうさせて貰う」
イザークは彼自身、疲れているのだと思った。何とも気だるい感じがするのは確かなのだ。
その時、イザークが剣の極意を体得したと気が付いていたのは――イザーク当人ですら――誰も居なかった。
官舎への帰り道。車を運転するディアッカがずっとぼんやりしていたイザークに声を掛けた。だがイザークはずっと上の空だった。
「……ん? ああスマン、何の話だ?」
この調子である。ディアッカもイザークが疲れているのは解るのだが……どうもそれだけでは無さそうなのが引っ掛かっている。とはいえ、それを問いただすのは今は不可能だと自己完結して、ディアッカはこの話題に触れるのは止めにした。
「なんでもねぇよ。疲れてるなら寝てろよ、明日からまた司令部だぜ」
今度は、遠征になる。そうしたら寝る暇も無くなるだろう。イザークにとって、ストレスの堪る事に違いないのだから。
「……ああ、そうさせて貰う」
イザークは彼自身、疲れているのだと思った。何とも気だるい感じがするのは確かなのだ。
その時、イザークが剣の極意を体得したと気が付いていたのは――イザーク当人ですら――誰も居なかった。