コーカサスという地域は意外に肥沃ではあるが、それは殆どの地形がだだっ広い荒野と山岳で占められている現状から予想されるよりは“肥沃”というだけのことだ。
だから貧乏レジスタンスであるリヴァイブにおいて、水は貴重品である。整備用水や飲料水など、必要最低限を除いては使用制限がある位だ。とはいえ意外に女性士官が多く、また発言権も相応にある組織ではしばしば“特例措置”が存在する。
一週間に一度だけ、シャワーを使う事が出来る――これは、リヴァイブ女性陣の密かな楽しみである。
「あー、生き返るわ♪」
シホ=ハーネンフースが真っ先にシャワーを浴びる。相当楽しみにしていたらしい。
「隊長ったら、オヤジくさー」
「放っておいてよ。こんな時位さ」
「でも、髪が長いというのは不便な事ですわ。どうしても匂いが出てしまうし、髪も傷んでしまいますもの。私は良く隊長の枝毛を処理して差し上げてますが……」
「……アンタ、あたしが寝てる間にそんなことしてたの?」
仲良きことは美しきかな、という感じのシホ小隊である。
そんな様子を横目で見ながら、「あの子達にケアは必要ないわね」と微笑みつつ体を洗っているのはセンセイ。その横でぼんやりとシャワーを浴びているのが、コニール=アルメタである。シャワーの出る時間は限られているので、皆纏めての入浴となるのは、致し方無いことだろう。
コニールはセンセイやシホ小隊の面々を見回し、次に自分の胸元を見て溜息を付く。
(ちゃんと成長するんでしょうね、ホントに……)
それはコニールの密かな悩みである。意外な程スタイル抜群のリヴァイブ女性陣の前に、男性陣は感涙にむせび泣きつつも幸運を得る為に密かに暗躍を繰り広げているのだが、実はその対象からコニールは外れていた。普段の言動や行動が問題なのかも知れないが、やはり「ココか」とコニールは思わざるを得ない。ちなみに胸囲でいうとセンセイがもっとも大きく、最低はコニールである。……どうでもいい話だが。
コニールも既に十九歳。成長期は既に終わりかけている。その事がコニールをこの問題に於いて、更に追いつめていた。
(やっぱアレ? 栄養が足りなかったって言うの!?)
どうしても身近に最強の存在が居れば、気になるものである。そんな視線に気付いたのか、センセイはくすくすと笑いながら言う。
「大丈夫よ。まだ成長期は終わってないし……コニールは“まだ”、でしょ?」
「~~~~っ!」
イヤ違う違う違う違うから――そう言おうとしても図星だったので言葉にならない。
そして、そういう事は女性陣にとって肴でしかない。あっという間にコニールは包囲された。
「へー。“まだ”なんだ?」
「コニールさんってもう十九歳ですわよね。……でも、最近の子は意外と初心って聞きますしねぇ」
「……頼むからあたしの前でそーゆー話は止めてくれる?」
そうかと言いつつ、耳だけはそっちに集中している黒髪の女性も居たりする。
センセイはコニールが真っ赤になってしまったので少し済まなそうにしていたが、取りあえず場を収める為に纏める。
「でもコニール、人を好きになることは良い事よ? 特に貴方は人を指導する立場の人間。そういう人はね、恋をすると深みが出る様になるわ。貴方に好きな人が居るのなら、少しは頑張ってみたら?」
それはコニールにしても思うことだ。しかし、それをこの場で言えば更に肴にされる事は間違い無い。上手いこと流しながら――どうもコニールだけがそう思っていた様だが――シャワー時間を乗り切るとコニールはこれ以上捕まる前にそそくさと退散した。
だから貧乏レジスタンスであるリヴァイブにおいて、水は貴重品である。整備用水や飲料水など、必要最低限を除いては使用制限がある位だ。とはいえ意外に女性士官が多く、また発言権も相応にある組織ではしばしば“特例措置”が存在する。
一週間に一度だけ、シャワーを使う事が出来る――これは、リヴァイブ女性陣の密かな楽しみである。
「あー、生き返るわ♪」
シホ=ハーネンフースが真っ先にシャワーを浴びる。相当楽しみにしていたらしい。
「隊長ったら、オヤジくさー」
「放っておいてよ。こんな時位さ」
「でも、髪が長いというのは不便な事ですわ。どうしても匂いが出てしまうし、髪も傷んでしまいますもの。私は良く隊長の枝毛を処理して差し上げてますが……」
「……アンタ、あたしが寝てる間にそんなことしてたの?」
仲良きことは美しきかな、という感じのシホ小隊である。
そんな様子を横目で見ながら、「あの子達にケアは必要ないわね」と微笑みつつ体を洗っているのはセンセイ。その横でぼんやりとシャワーを浴びているのが、コニール=アルメタである。シャワーの出る時間は限られているので、皆纏めての入浴となるのは、致し方無いことだろう。
コニールはセンセイやシホ小隊の面々を見回し、次に自分の胸元を見て溜息を付く。
(ちゃんと成長するんでしょうね、ホントに……)
それはコニールの密かな悩みである。意外な程スタイル抜群のリヴァイブ女性陣の前に、男性陣は感涙にむせび泣きつつも幸運を得る為に密かに暗躍を繰り広げているのだが、実はその対象からコニールは外れていた。普段の言動や行動が問題なのかも知れないが、やはり「ココか」とコニールは思わざるを得ない。ちなみに胸囲でいうとセンセイがもっとも大きく、最低はコニールである。……どうでもいい話だが。
コニールも既に十九歳。成長期は既に終わりかけている。その事がコニールをこの問題に於いて、更に追いつめていた。
(やっぱアレ? 栄養が足りなかったって言うの!?)
どうしても身近に最強の存在が居れば、気になるものである。そんな視線に気付いたのか、センセイはくすくすと笑いながら言う。
「大丈夫よ。まだ成長期は終わってないし……コニールは“まだ”、でしょ?」
「~~~~っ!」
イヤ違う違う違う違うから――そう言おうとしても図星だったので言葉にならない。
そして、そういう事は女性陣にとって肴でしかない。あっという間にコニールは包囲された。
「へー。“まだ”なんだ?」
「コニールさんってもう十九歳ですわよね。……でも、最近の子は意外と初心って聞きますしねぇ」
「……頼むからあたしの前でそーゆー話は止めてくれる?」
そうかと言いつつ、耳だけはそっちに集中している黒髪の女性も居たりする。
センセイはコニールが真っ赤になってしまったので少し済まなそうにしていたが、取りあえず場を収める為に纏める。
「でもコニール、人を好きになることは良い事よ? 特に貴方は人を指導する立場の人間。そういう人はね、恋をすると深みが出る様になるわ。貴方に好きな人が居るのなら、少しは頑張ってみたら?」
それはコニールにしても思うことだ。しかし、それをこの場で言えば更に肴にされる事は間違い無い。上手いこと流しながら――どうもコニールだけがそう思っていた様だが――シャワー時間を乗り切るとコニールはこれ以上捕まる前にそそくさと退散した。
『――おい、シン! 聞こえてるか!? 偵察だけで良いんだ、戻れ!』
通信機から、大尉の怒鳴り声が聞こえる。さっきから意図的にシンはそれを無視していた。だが、少し五月蠅くなったのでシンはこう言って通信を切る。
「こちらシン。通信機の状態が悪い様だ。通信を切る」
『はぁ!? ふざけんなこの馬鹿や――!』
パチッと、無情に通信機のスイッチを切る。それきり、コクピットは静かになった。
《良いのか? そんな事をして》
それまで努めて黙っていたAIレイが口を出す。
「……黙っていろと言った筈だぞ、レイ」
凄みのある声で、シン。こないだの外出事件以来、シンはレイにさえこの有様だった。やむなくレイはシン本人に危機が及ばない限り、助言すら控え無ければならなかったのだ。
(何かあった、という事なのだろうな。それもシンのトラウマに関することだ……)
一人で行かせるのでは無かったと、レイは思う。自分も一緒に行ければとは思ったが、ダストの支援AIたる自分には無理な話だ。せめてハチの様に持ち運びが出来れば、とつくづく思う。
だが、今更そんな事を言っても始まらない。既に過ぎてしまったことは取り返しがつかないのだ。今は何とか、レイに出来ることでシンを支援するほか無い。――やりたい様に、やらせてやるしかないのだ。今出来るのならレイは、ほぞを噛んでいただろう。
《敵部隊はここから確認出来る数字は6体。およそ2小隊規模……斥候部隊だな。特性上、モビルスーツだけで構成される。映像を見る限りはルタンドの様だ。……被弾確立は70%以上だ。この場での戦闘は望ましくない、退けシン》
敢えて過酷な現実を突きつける――しかしそれでこの搭乗者が引かないことも知っている。ならば、せめて“怒り”を引き出して良い結果を生み出すしかない。レイの苦渋の決断である。
「……なら、被弾しなきゃ良いんだろうが!」
予想通りの解答が帰ってきて、レイは嬉しさより脱力が先に来た。この上はこの無鉄砲極まりないパイロットのアシストに徹するより他はない。レイは、コンソールに映る映像全てに意識を分散しだした――。
通信機から、大尉の怒鳴り声が聞こえる。さっきから意図的にシンはそれを無視していた。だが、少し五月蠅くなったのでシンはこう言って通信を切る。
「こちらシン。通信機の状態が悪い様だ。通信を切る」
『はぁ!? ふざけんなこの馬鹿や――!』
パチッと、無情に通信機のスイッチを切る。それきり、コクピットは静かになった。
《良いのか? そんな事をして》
それまで努めて黙っていたAIレイが口を出す。
「……黙っていろと言った筈だぞ、レイ」
凄みのある声で、シン。こないだの外出事件以来、シンはレイにさえこの有様だった。やむなくレイはシン本人に危機が及ばない限り、助言すら控え無ければならなかったのだ。
(何かあった、という事なのだろうな。それもシンのトラウマに関することだ……)
一人で行かせるのでは無かったと、レイは思う。自分も一緒に行ければとは思ったが、ダストの支援AIたる自分には無理な話だ。せめてハチの様に持ち運びが出来れば、とつくづく思う。
だが、今更そんな事を言っても始まらない。既に過ぎてしまったことは取り返しがつかないのだ。今は何とか、レイに出来ることでシンを支援するほか無い。――やりたい様に、やらせてやるしかないのだ。今出来るのならレイは、ほぞを噛んでいただろう。
《敵部隊はここから確認出来る数字は6体。およそ2小隊規模……斥候部隊だな。特性上、モビルスーツだけで構成される。映像を見る限りはルタンドの様だ。……被弾確立は70%以上だ。この場での戦闘は望ましくない、退けシン》
敢えて過酷な現実を突きつける――しかしそれでこの搭乗者が引かないことも知っている。ならば、せめて“怒り”を引き出して良い結果を生み出すしかない。レイの苦渋の決断である。
「……なら、被弾しなきゃ良いんだろうが!」
予想通りの解答が帰ってきて、レイは嬉しさより脱力が先に来た。この上はこの無鉄砲極まりないパイロットのアシストに徹するより他はない。レイは、コンソールに映る映像全てに意識を分散しだした――。
「……くそっ!」
乱暴に通信機を叩き付ける大尉。サイが悲しむのは知っているのだが、さすがの大尉も我慢出来なかった。――シンを心配するが故に。
「駄目でしたか……」
側にいた中尉が、溜息を漏らす。今のシンの現状にもっとも心痛めている者達の一人だ。……というより、今のシンはリヴァイブの誰からも心配されていた。
――明確な、ギラギラとした殺意。
無口だったのは、人付き合いを極力避けていたのは、そうした本性を隠す為だったのか。そう思われても仕方のない状況が今のシンの近況だった。
ちなみに今、少尉は何処かに姿を隠していた。どうせ今頃は中尉と大尉の仕掛けたシャワールームに続く通路のトラップに引っ掛かってる頃だと皆判断していたので、誰も気にも止めて無かったが。
「あの青年の戦いぶりは、我々の想像を超えています。我々の心配など、不要なのかも知れません。が……」
「それじゃ、俺達大人の立場が無ぇだろうが。なんで俺より半分の人生しか生きてない奴に、そこまで背負わせにゃならん? 俺達大人って言うのは、アイツより長生きして、アイツより辛いことも苦しいことも知ってなきゃならん。……大人ってのは、ガキにモノを教えるのが大事なんだよ」
二十歳を超えた青年を捕まえてガキ呼ばわりも無いだろうが――さりとて大尉達にはシンのことが“危なっかしいガキ”に見えている事も間違い無いだろう。今の様な状況など、正にそれだ。……追記すると少尉もいい加減ガキだが。
ともあれ、大尉達に出来ることは今は心配する事しかできない。既にスレイプニールは戦闘区域に入っている。何時防衛出撃することになってもおかしくないのだ。大尉は煙草を引っ張り出して、溜息と共に白い煙を吐き出した。
乱暴に通信機を叩き付ける大尉。サイが悲しむのは知っているのだが、さすがの大尉も我慢出来なかった。――シンを心配するが故に。
「駄目でしたか……」
側にいた中尉が、溜息を漏らす。今のシンの現状にもっとも心痛めている者達の一人だ。……というより、今のシンはリヴァイブの誰からも心配されていた。
――明確な、ギラギラとした殺意。
無口だったのは、人付き合いを極力避けていたのは、そうした本性を隠す為だったのか。そう思われても仕方のない状況が今のシンの近況だった。
ちなみに今、少尉は何処かに姿を隠していた。どうせ今頃は中尉と大尉の仕掛けたシャワールームに続く通路のトラップに引っ掛かってる頃だと皆判断していたので、誰も気にも止めて無かったが。
「あの青年の戦いぶりは、我々の想像を超えています。我々の心配など、不要なのかも知れません。が……」
「それじゃ、俺達大人の立場が無ぇだろうが。なんで俺より半分の人生しか生きてない奴に、そこまで背負わせにゃならん? 俺達大人って言うのは、アイツより長生きして、アイツより辛いことも苦しいことも知ってなきゃならん。……大人ってのは、ガキにモノを教えるのが大事なんだよ」
二十歳を超えた青年を捕まえてガキ呼ばわりも無いだろうが――さりとて大尉達にはシンのことが“危なっかしいガキ”に見えている事も間違い無いだろう。今の様な状況など、正にそれだ。……追記すると少尉もいい加減ガキだが。
ともあれ、大尉達に出来ることは今は心配する事しかできない。既にスレイプニールは戦闘区域に入っている。何時防衛出撃することになってもおかしくないのだ。大尉は煙草を引っ張り出して、溜息と共に白い煙を吐き出した。
……既に、4機が撃墜されていた。最初の交錯の後、あっという間に。
『馬鹿な!? 一体、何なんだ!?』
『敵機は何機なんだ!? 動きが速すぎて……!』
地上最速のローラーダッシュ、そしてコーカサス特有の吹きすさぶ暴風――それは新雪を巻き上げて、シンの動きを隠匿すらしていた。当然、シン側も相手の位置など解らない筈なのだが。
――白煙の様な雪の向こうから、ビームライフルが正確に残っていた2機の内1機を撃ち落とす。腰椎部バランサーを直撃され、胴体がもぎ千切れるルタンド。
それを見て、残ったパイロットは今更ながら理解していた。
(奴は……奴はどういう手段か解らないが、こちらの位置をはっきりと理解している! 何故だ、どうしてなんだ!?)
こうした視界が遮られる戦闘では、あまり動き回らないのが得策である。相手も見えないのだから、しっかりと狙いを付けるのが攻撃時のセオリーだ。その為、彼等は気付いて居なかった――既に最初の交錯の時、シンが彼等の位置全てを記憶していた、という事が。
相手があまり動き回らないのなら、シンは七面鳥撃ちをすればいい。それだけの事なのだ。とはいえ、それはやはり離れ業である。どうすれば目隠しをした状態で、百発百中など出来ようか? ……そんな真似をする様な相手に、出会ってしまったのが彼等の不運だった。
最後のルタンドにビームが突き刺さる。彼は最後まで相手が何をしていたのか、解らなかった。
『馬鹿な!? 一体、何なんだ!?』
『敵機は何機なんだ!? 動きが速すぎて……!』
地上最速のローラーダッシュ、そしてコーカサス特有の吹きすさぶ暴風――それは新雪を巻き上げて、シンの動きを隠匿すらしていた。当然、シン側も相手の位置など解らない筈なのだが。
――白煙の様な雪の向こうから、ビームライフルが正確に残っていた2機の内1機を撃ち落とす。腰椎部バランサーを直撃され、胴体がもぎ千切れるルタンド。
それを見て、残ったパイロットは今更ながら理解していた。
(奴は……奴はどういう手段か解らないが、こちらの位置をはっきりと理解している! 何故だ、どうしてなんだ!?)
こうした視界が遮られる戦闘では、あまり動き回らないのが得策である。相手も見えないのだから、しっかりと狙いを付けるのが攻撃時のセオリーだ。その為、彼等は気付いて居なかった――既に最初の交錯の時、シンが彼等の位置全てを記憶していた、という事が。
相手があまり動き回らないのなら、シンは七面鳥撃ちをすればいい。それだけの事なのだ。とはいえ、それはやはり離れ業である。どうすれば目隠しをした状態で、百発百中など出来ようか? ……そんな真似をする様な相手に、出会ってしまったのが彼等の不運だった。
最後のルタンドにビームが突き刺さる。彼は最後まで相手が何をしていたのか、解らなかった。
コニール達がシャワールームから出てくると、ロープトラップに捕まって「た、助けてくれない? お嬢様方」と言う人間が居たが、これはまあ無視するとして。
――格納庫を通りがかった時、バキッという打撃音がした。コニール達が残念ながら聞き慣れてしまった、人を殴る時に聞こえる音だ。
慌ててコニールがその現場を見に行くと――コニールの予想通りの光景が目の前にあった。
「……舐めた口を聞くのも、いい加減にしやがれ!」
大尉に殴られて口の端から血を流しているのは、やはりシンだった。
中尉は黙して語らず。ということは、理は大尉側にあるのだとコニールは直感的に判断した。
シンは立ち上がると、「申し訳ありませんでした。大尉殿」と嫌味ったらしく言う。口の端を歪めたままで。
それ以上、大尉もシンを殴りたく無かったのだろう。「もう良い、行け」とだけ言ってシンに背を向けた。
シンはさっさとダストのコクピットに戻っていく。最近のシンの定位置だった。コニールは、シンの後を追ってダストのコクピットに身を乗り出す。
「何やってるのさ、シン!?」
シンはまだ、口の端の血を拭ってすら居なかった。それを煩わしそうに袖で拭いながら、五月蠅そうにコニールに言う。
「別に」
目を剃らして、首を少し傾けて。それはコニールにしても嫌な言い方だった。カッとするのを抑えきれず、コニールは更にシンに詰め寄る。
「アンタさあ、感じ悪いわよ!? なんでそう前後左右三百六十度喧嘩売って歩くワケ? そんなのじゃ、満足にパイロットだって務まらないんじゃ無いの!?」
そんな事が言いたいんじゃ無いのに。自分が言いたいのはこんな事じゃ無いはずなのに。コニールがそう思っても、口から出るのはそんな言葉だった。
「……お前にそんな事まで言われる筋合いは無い」
パイロット云々と言われて、少しムッとしたのかシン。瞳にはほんのりと怒りが宿っている。パイロットであることは、シン自身も誰にでも誇れる所だからだろうか。
そんな拗ねた様が、コニールの被虐心を煽った。コニール自身も止めようとしたが、無理だった。
「へぇ、相変わらずプライドは一丁前なのね。……じゃあ、言ってあげるわ。“仲間の言うことも、命令も無視しちゃう『優秀な』パイロット様ってね!」
普段のコニールなら、そんな事は言わなかったろう。だが、シンの状態が普通では無かった事、そしてシャワールームでの会話がコニールに妙な勇気を与えていた。自分だけは、シンの事を解ってあげられる――そんな意地の様なものが。
結果として、それは――極めて珍しいことに――シンの怒りを誘った。
「パイロットでも無い奴がっ!」
パシンと、乾いた音。叩いてから、シンも驚いた――自分が、コニールの頬を引っぱたいた事に。
とはいえ、それで泣くことも驚くことも無いのがコニール=アルメタである。次の瞬間には、蹴りがシンに飛んできた。
「よくもっ!」
後は、ダストコクピット内で取っ組み合いの喧嘩である。シゲトがその事実に気が付き、サイがバケツで鎮火するまで、レイの嘆きが止まることは無かった。
――格納庫を通りがかった時、バキッという打撃音がした。コニール達が残念ながら聞き慣れてしまった、人を殴る時に聞こえる音だ。
慌ててコニールがその現場を見に行くと――コニールの予想通りの光景が目の前にあった。
「……舐めた口を聞くのも、いい加減にしやがれ!」
大尉に殴られて口の端から血を流しているのは、やはりシンだった。
中尉は黙して語らず。ということは、理は大尉側にあるのだとコニールは直感的に判断した。
シンは立ち上がると、「申し訳ありませんでした。大尉殿」と嫌味ったらしく言う。口の端を歪めたままで。
それ以上、大尉もシンを殴りたく無かったのだろう。「もう良い、行け」とだけ言ってシンに背を向けた。
シンはさっさとダストのコクピットに戻っていく。最近のシンの定位置だった。コニールは、シンの後を追ってダストのコクピットに身を乗り出す。
「何やってるのさ、シン!?」
シンはまだ、口の端の血を拭ってすら居なかった。それを煩わしそうに袖で拭いながら、五月蠅そうにコニールに言う。
「別に」
目を剃らして、首を少し傾けて。それはコニールにしても嫌な言い方だった。カッとするのを抑えきれず、コニールは更にシンに詰め寄る。
「アンタさあ、感じ悪いわよ!? なんでそう前後左右三百六十度喧嘩売って歩くワケ? そんなのじゃ、満足にパイロットだって務まらないんじゃ無いの!?」
そんな事が言いたいんじゃ無いのに。自分が言いたいのはこんな事じゃ無いはずなのに。コニールがそう思っても、口から出るのはそんな言葉だった。
「……お前にそんな事まで言われる筋合いは無い」
パイロット云々と言われて、少しムッとしたのかシン。瞳にはほんのりと怒りが宿っている。パイロットであることは、シン自身も誰にでも誇れる所だからだろうか。
そんな拗ねた様が、コニールの被虐心を煽った。コニール自身も止めようとしたが、無理だった。
「へぇ、相変わらずプライドは一丁前なのね。……じゃあ、言ってあげるわ。“仲間の言うことも、命令も無視しちゃう『優秀な』パイロット様ってね!」
普段のコニールなら、そんな事は言わなかったろう。だが、シンの状態が普通では無かった事、そしてシャワールームでの会話がコニールに妙な勇気を与えていた。自分だけは、シンの事を解ってあげられる――そんな意地の様なものが。
結果として、それは――極めて珍しいことに――シンの怒りを誘った。
「パイロットでも無い奴がっ!」
パシンと、乾いた音。叩いてから、シンも驚いた――自分が、コニールの頬を引っぱたいた事に。
とはいえ、それで泣くことも驚くことも無いのがコニール=アルメタである。次の瞬間には、蹴りがシンに飛んできた。
「よくもっ!」
後は、ダストコクピット内で取っ組み合いの喧嘩である。シゲトがその事実に気が付き、サイがバケツで鎮火するまで、レイの嘆きが止まることは無かった。
「……痛た、口の中切っちゃった……」
コニールはあちこちに絆創膏を貼り付けて、スレイプニールにある自分のベッドに寝そべっていた。シホ達と同室なのだが、今はコニール一人きりだ。ちなみにセンセイは医療室を自分の部屋にしている。……蛇足だが。
(あんな事、する筈じゃ無かったのに……)
悪口を言う筈でも、まして喧嘩をする筈でも無かった。そんな事の為にシンを追っかけたんじゃない。本当は――心配で仕方が無かったから追い掛けた筈なのに。
シンはおそらく手加減したのだろう。そうで無ければ、この程度で済むはずがない。シンの腕っ節の強さは、一緒に行動する機会の多いコニールなら良く知っている事だ。……それすらムカつくコニールも相当な跳ねっ返りだが。
(アイツ、一応はアタシのこと“女の子”って見なしてる見たいだけど……)
さっきの喧嘩の時もそうだった。密着した途端に、シンの動きは鈍くなった。コニールは何一つ気にしてないと言うのに。
ふと、喧嘩の最中シンがコニールに放った言葉が妙に気に掛かった。
<――パイロットでも無い奴がっ!>
……コニールは、それきり、考えるのを止めた。考えても仕方のないことだからだ。「シンの馬鹿。最っ低!」とだけ呟くと、ごろりと横を向いた。少し、眠りたかった。
コニールはあちこちに絆創膏を貼り付けて、スレイプニールにある自分のベッドに寝そべっていた。シホ達と同室なのだが、今はコニール一人きりだ。ちなみにセンセイは医療室を自分の部屋にしている。……蛇足だが。
(あんな事、する筈じゃ無かったのに……)
悪口を言う筈でも、まして喧嘩をする筈でも無かった。そんな事の為にシンを追っかけたんじゃない。本当は――心配で仕方が無かったから追い掛けた筈なのに。
シンはおそらく手加減したのだろう。そうで無ければ、この程度で済むはずがない。シンの腕っ節の強さは、一緒に行動する機会の多いコニールなら良く知っている事だ。……それすらムカつくコニールも相当な跳ねっ返りだが。
(アイツ、一応はアタシのこと“女の子”って見なしてる見たいだけど……)
さっきの喧嘩の時もそうだった。密着した途端に、シンの動きは鈍くなった。コニールは何一つ気にしてないと言うのに。
ふと、喧嘩の最中シンがコニールに放った言葉が妙に気に掛かった。
<――パイロットでも無い奴がっ!>
……コニールは、それきり、考えるのを止めた。考えても仕方のないことだからだ。「シンの馬鹿。最っ低!」とだけ呟くと、ごろりと横を向いた。少し、眠りたかった。
近代戦に於いて、避けたくても避けれない命題がある。
それは、『戦時下に於ける住民の取り扱い』だ。
ことに相手がゲリラ戦を生業とするタイプの場合、それは正に必須事項となる。
……現状において、統一地球圏連合ユーラシア方面軍上層部がこれだけ苦戦するのも、その事を全く考えていなかったという事だろう。
否、考えては居たのだ――物理的に不可能な方向に。
同軍司令部にて統合参謀という要職に付く、東ユーラシア政府よりの客将ダニエル=ハスキルはその事を良く知っていたが、敢えて口には出さなかった。
「既に配給分食料は出し尽くしています。このままでは、一般兵用の備蓄に手を入れる事に……」
「本国より第二次の補給部隊は一週間後に到着予定です。……現在の分配を続けると、当方の補給備蓄は数日で枯渇する事になります」
口々に補給部担当の将官が口を開く。出てくるのは、目を覆わんばかりの惨状だった。
「むぅ……」
イエール=R=マルセイユ中将は剛直で鳴る将校だ。かといって、補給や内部掌握を疎かにするものが中将という大任を果たせる訳がない。……だからこそ、現在の惨状がマルセイユには良く理解出来ていた。
「まずは、上級将校から補給物資を節約しましょう。何、我々は三食食べる必要などありません。それから補給部に食料の節約を行わせ……」
カリム=ジアード中将が如何にも“らしい”発言をする。彼はオーブ国防省よりの派遣将校だ。実際の軍務についてはそれなりに定評があるが、今回の派遣軍での役どころは“オーブの意志を正確に伝える”ところにある。要するに、マルセイユ以下の将校に取っては“目付役”以外の何者でもない。
「それは、民人への食料配布をこのまま続けろ、という事かね?」
低い声で、マルセイユ。その顔にはありありと否定的な色が浮かんでいる。
「仕方がないでしょう。我々は誇り高き武人であります。民草が困っているのを見れば、我が身を惜しめましょうか。それは、我らが“オーブの獅子姫”のご意志でもありましょう」
「……ご立派な事だ」
かぶりを振って、マルセイユ。それきり俯いて、ジアードとの会話を打ち切る。……彼と話して、これ以上ストレスを溜めるのは御免被るという風情だ。
そうした“狐と狸の化かし合い”を端で見物しながら、ハスキルは思う。
(なんとまあ、締まらぬ話だ。トップが二人もいれば、こうなる事も予測が付きそうなものだが……)
現在、上層部がこれ程苦悩している理由――それは、ハスキルにとっては最初から予想出来た事態であった。
統一軍がコーカサス州に進撃してから既に一週間が経過、そして統一軍は当初の予定通りコーカサス中の都市という都市を占拠する作戦に出た。これだけの大軍を要するからこそ出来た大作戦である。以前よりローゼンクロイツに代表されるこの地域のテロリストグループは主要都市部を根城に補給線を形成している為、それをまずは分断、枯渇させようという腹だ。……要するに、数に勝る統一軍側は“兵糧攻め”に出たのである。
当初マルセイユは、この様な回りくどい策など取りたくは無かった節がある。ハスキルに再三に渡って地図情報を求めたのが、それだ。東ユーラシア政府ならば、その程度の情報は持っているだろう――それはマルセイユの予測であり、事実その様な地図は存在した。詳細な地図さえあれば、簡単にテロリストが根城にしそうな場所が特定出来る。そうなれば、ピンポイントに大軍を送り込む事で数日と掛からず戦争は終結するだろう。マルセイユにしてみれば、それが理想の展開だった筈だ。
しかし、ハスキルはそれを決してマルセイユに渡さなかった。何故か?
簡単な事だ。ハスキルにとっては“統一軍の完全勝利”をさせたくは無いのだ。
ここ、コーカサス州を完全に統一地球圏連合に掌握されたらどうなるか。莫大な利権を持つ地熱プラントの領有権を巡って、必ずや統一地球圏連合と東ユーラシア政府の暗闘が始まる。正直な話、ハスキル――東ユーラシア政府にとっては統一軍が撤退してくれた方が都合良いのだ。そうかといってローゼンクロイツにこれ以上暗躍されるのも、ハスキルに取っては嫌な事なのだが。
その様な遣り取りの果てに、取りあえず統一軍はコーカサス州全域に進撃するという手段に出た。手段として兵糧攻めは大軍を擁する側として常套手段であり、新兵揃いで如何にも不安のある今回の侵攻軍にとっては理想とも言える戦術である。
実際、都市部侵攻は非常に上手くいった。統一軍側は被害という程の被害を出さず、あっという間に各主要都市を制圧したのである。……そこまでは順調だった。そこからハスキルだけが予想していた事態が浮かび上がってきたのである。
各都市住人はこぞって『統一軍への保護』と『食料の配布』を求めてきたのだ。
今年は例年に無い程の大寒波がコーカサス全域を襲い、作物はほぼ全滅。更に東ユーラシア政府が戒厳令を発令していた事により、普段なら出来ていたはずの“出稼ぎ”による収入も全く入らない状態――実際問題、コーカサスの住民は餓えていたのである。
とはいえ、ハスキルはこうも考えていた――これらは、住民達の“統一軍側への攻撃”だと。各都市住民にとって、統一地球圏連合と言えば『俺達から搾取して、のうのうとしている連中』以外の何者でもない。そして、現在コーカサス全域のテロリスト――レジスタンスとも言う――と、統一軍が戦争状態に突入しているのは子供だって知っている。そんな住民達が味方をするのはどちらか、それは火を見るより明らかな事だ。占領から既に一週間が経過して、未だに各テロリストグループの足取りすら掴めないのが、正にそれを如実に示している。
その事は、相当な馬鹿でも無ければ直ぐに気が付く事実だ。勿論今回の総司令官であるイエール=R=マルセイユは直ぐに各都市への強引な攻撃を始めようとして――。
「待たれよ! その様な事は我らが“オーブの獅子姫”の名に賭けて許さぬ!」
……かくて、事態は泥沼と化す。カリム=ジアードの言い分を聞くのなら、このまま食料はイフや各都市の警備を統一軍は続行しなければならない。それは当然、タダで出来る事では無いのである。
折しもコーカサス全域は件の大寒波のせいで主要道路まで凍結、陸路搬送はどうしても時間が掛かる――そうなると虎の子の筈だった空軍が“補給目的”で動かなければならなくなった。更に各都市に進軍した陸軍もそのまま各都市に止まる事になり――まあ移動しようとしても、雪に阻まれてなかなか思う様にいかないのだが――それすらお荷物になる有様。大規模なだけにかえって身動きが取れない状態になってしまったのだ。
肝心の兵糧攻めも、これでは全く意味が無い状態となってしまった。都市部に食料を無償で配布しているのだ――その中にテロリストが居たとしても解らずに。こうなってしまうと、当初予定していた戦略は尽く潰れた事になる。この様な事はマルセイユはとうに気が付いている筈だ。だが……“オーブの獅子姫”を怒らせる事は彼のキャリアを終わらせる事に他ならない。
今や、マルセイユの願いはこれだ。
「頼むからテロリスト達よ、攻撃してきてくれ」
着々と統一軍は追い込まれつつある。それは、ハスキルの望み通りの事態でもあった。
しかし――である。ハスキルにとって、一つだけ気に入らない点がある。それは、旧ローエングリン基地を中心に唯一活発に動き回っているテロリストが居るという事だ。その数は少数だが、かなりの手練れらしく既に統一軍の哨戒部隊が何隊も犠牲になっている。
普通に考えれば、罠だ。相手が自分ならば、少数で大軍を誘い、罠に掛ける。それは古今を問わず、策略の要となる考え方だ。それは統一軍上層部も察しているらしく、今のところは注意を呼びかけるだけで、能動的に動こうとはしていない。
だが、ハスキルには引っ掛かる思いがある。
(……この様な動きは、以前見た覚えがある。“癖”があるのだ。そうだ。あれは確か……)
かつてハスキルが東ユーラシア政府の顧問軍事教官をしていた時、全てのカリキュラムをトップで通過した若者が居た。名を、なんと言ったか……。その時、最後にハスキル自身がシミュレーション相手を買って出たのだが、結果はなんと惨敗。ハスキルにとっては苦い思い出である。
(そうだ、奴の名はデビッド=ゲイル。渾名を“大尉”と言っていたな。今は除隊し、風の噂では小さなテロリストグループに参加していると聞いたが……。そうか、奴が……)
今は降着状態――ならばマルセイユはこちらの諫言を聞く。そう判断したハスキルは、未だ補給議論を続けていた将官達に向けてこう言った。
「……皆様、一つ小官に考えがございます。補給についても大変な問題ですが、要はこの地に住まうテロリストを撲滅してしまえば良い事なのです。その事について統合幕僚として、私の考えを述べたいのですが、宜しいでしょうか?」
俯いていたマルセイユが、興味深そうにこちらを見据えた。我が意を得たり、と思ったハスキルは地図を表示させると思いついた戦術展開を提示し始めた――。
それは、『戦時下に於ける住民の取り扱い』だ。
ことに相手がゲリラ戦を生業とするタイプの場合、それは正に必須事項となる。
……現状において、統一地球圏連合ユーラシア方面軍上層部がこれだけ苦戦するのも、その事を全く考えていなかったという事だろう。
否、考えては居たのだ――物理的に不可能な方向に。
同軍司令部にて統合参謀という要職に付く、東ユーラシア政府よりの客将ダニエル=ハスキルはその事を良く知っていたが、敢えて口には出さなかった。
「既に配給分食料は出し尽くしています。このままでは、一般兵用の備蓄に手を入れる事に……」
「本国より第二次の補給部隊は一週間後に到着予定です。……現在の分配を続けると、当方の補給備蓄は数日で枯渇する事になります」
口々に補給部担当の将官が口を開く。出てくるのは、目を覆わんばかりの惨状だった。
「むぅ……」
イエール=R=マルセイユ中将は剛直で鳴る将校だ。かといって、補給や内部掌握を疎かにするものが中将という大任を果たせる訳がない。……だからこそ、現在の惨状がマルセイユには良く理解出来ていた。
「まずは、上級将校から補給物資を節約しましょう。何、我々は三食食べる必要などありません。それから補給部に食料の節約を行わせ……」
カリム=ジアード中将が如何にも“らしい”発言をする。彼はオーブ国防省よりの派遣将校だ。実際の軍務についてはそれなりに定評があるが、今回の派遣軍での役どころは“オーブの意志を正確に伝える”ところにある。要するに、マルセイユ以下の将校に取っては“目付役”以外の何者でもない。
「それは、民人への食料配布をこのまま続けろ、という事かね?」
低い声で、マルセイユ。その顔にはありありと否定的な色が浮かんでいる。
「仕方がないでしょう。我々は誇り高き武人であります。民草が困っているのを見れば、我が身を惜しめましょうか。それは、我らが“オーブの獅子姫”のご意志でもありましょう」
「……ご立派な事だ」
かぶりを振って、マルセイユ。それきり俯いて、ジアードとの会話を打ち切る。……彼と話して、これ以上ストレスを溜めるのは御免被るという風情だ。
そうした“狐と狸の化かし合い”を端で見物しながら、ハスキルは思う。
(なんとまあ、締まらぬ話だ。トップが二人もいれば、こうなる事も予測が付きそうなものだが……)
現在、上層部がこれ程苦悩している理由――それは、ハスキルにとっては最初から予想出来た事態であった。
統一軍がコーカサス州に進撃してから既に一週間が経過、そして統一軍は当初の予定通りコーカサス中の都市という都市を占拠する作戦に出た。これだけの大軍を要するからこそ出来た大作戦である。以前よりローゼンクロイツに代表されるこの地域のテロリストグループは主要都市部を根城に補給線を形成している為、それをまずは分断、枯渇させようという腹だ。……要するに、数に勝る統一軍側は“兵糧攻め”に出たのである。
当初マルセイユは、この様な回りくどい策など取りたくは無かった節がある。ハスキルに再三に渡って地図情報を求めたのが、それだ。東ユーラシア政府ならば、その程度の情報は持っているだろう――それはマルセイユの予測であり、事実その様な地図は存在した。詳細な地図さえあれば、簡単にテロリストが根城にしそうな場所が特定出来る。そうなれば、ピンポイントに大軍を送り込む事で数日と掛からず戦争は終結するだろう。マルセイユにしてみれば、それが理想の展開だった筈だ。
しかし、ハスキルはそれを決してマルセイユに渡さなかった。何故か?
簡単な事だ。ハスキルにとっては“統一軍の完全勝利”をさせたくは無いのだ。
ここ、コーカサス州を完全に統一地球圏連合に掌握されたらどうなるか。莫大な利権を持つ地熱プラントの領有権を巡って、必ずや統一地球圏連合と東ユーラシア政府の暗闘が始まる。正直な話、ハスキル――東ユーラシア政府にとっては統一軍が撤退してくれた方が都合良いのだ。そうかといってローゼンクロイツにこれ以上暗躍されるのも、ハスキルに取っては嫌な事なのだが。
その様な遣り取りの果てに、取りあえず統一軍はコーカサス州全域に進撃するという手段に出た。手段として兵糧攻めは大軍を擁する側として常套手段であり、新兵揃いで如何にも不安のある今回の侵攻軍にとっては理想とも言える戦術である。
実際、都市部侵攻は非常に上手くいった。統一軍側は被害という程の被害を出さず、あっという間に各主要都市を制圧したのである。……そこまでは順調だった。そこからハスキルだけが予想していた事態が浮かび上がってきたのである。
各都市住人はこぞって『統一軍への保護』と『食料の配布』を求めてきたのだ。
今年は例年に無い程の大寒波がコーカサス全域を襲い、作物はほぼ全滅。更に東ユーラシア政府が戒厳令を発令していた事により、普段なら出来ていたはずの“出稼ぎ”による収入も全く入らない状態――実際問題、コーカサスの住民は餓えていたのである。
とはいえ、ハスキルはこうも考えていた――これらは、住民達の“統一軍側への攻撃”だと。各都市住民にとって、統一地球圏連合と言えば『俺達から搾取して、のうのうとしている連中』以外の何者でもない。そして、現在コーカサス全域のテロリスト――レジスタンスとも言う――と、統一軍が戦争状態に突入しているのは子供だって知っている。そんな住民達が味方をするのはどちらか、それは火を見るより明らかな事だ。占領から既に一週間が経過して、未だに各テロリストグループの足取りすら掴めないのが、正にそれを如実に示している。
その事は、相当な馬鹿でも無ければ直ぐに気が付く事実だ。勿論今回の総司令官であるイエール=R=マルセイユは直ぐに各都市への強引な攻撃を始めようとして――。
「待たれよ! その様な事は我らが“オーブの獅子姫”の名に賭けて許さぬ!」
……かくて、事態は泥沼と化す。カリム=ジアードの言い分を聞くのなら、このまま食料はイフや各都市の警備を統一軍は続行しなければならない。それは当然、タダで出来る事では無いのである。
折しもコーカサス全域は件の大寒波のせいで主要道路まで凍結、陸路搬送はどうしても時間が掛かる――そうなると虎の子の筈だった空軍が“補給目的”で動かなければならなくなった。更に各都市に進軍した陸軍もそのまま各都市に止まる事になり――まあ移動しようとしても、雪に阻まれてなかなか思う様にいかないのだが――それすらお荷物になる有様。大規模なだけにかえって身動きが取れない状態になってしまったのだ。
肝心の兵糧攻めも、これでは全く意味が無い状態となってしまった。都市部に食料を無償で配布しているのだ――その中にテロリストが居たとしても解らずに。こうなってしまうと、当初予定していた戦略は尽く潰れた事になる。この様な事はマルセイユはとうに気が付いている筈だ。だが……“オーブの獅子姫”を怒らせる事は彼のキャリアを終わらせる事に他ならない。
今や、マルセイユの願いはこれだ。
「頼むからテロリスト達よ、攻撃してきてくれ」
着々と統一軍は追い込まれつつある。それは、ハスキルの望み通りの事態でもあった。
しかし――である。ハスキルにとって、一つだけ気に入らない点がある。それは、旧ローエングリン基地を中心に唯一活発に動き回っているテロリストが居るという事だ。その数は少数だが、かなりの手練れらしく既に統一軍の哨戒部隊が何隊も犠牲になっている。
普通に考えれば、罠だ。相手が自分ならば、少数で大軍を誘い、罠に掛ける。それは古今を問わず、策略の要となる考え方だ。それは統一軍上層部も察しているらしく、今のところは注意を呼びかけるだけで、能動的に動こうとはしていない。
だが、ハスキルには引っ掛かる思いがある。
(……この様な動きは、以前見た覚えがある。“癖”があるのだ。そうだ。あれは確か……)
かつてハスキルが東ユーラシア政府の顧問軍事教官をしていた時、全てのカリキュラムをトップで通過した若者が居た。名を、なんと言ったか……。その時、最後にハスキル自身がシミュレーション相手を買って出たのだが、結果はなんと惨敗。ハスキルにとっては苦い思い出である。
(そうだ、奴の名はデビッド=ゲイル。渾名を“大尉”と言っていたな。今は除隊し、風の噂では小さなテロリストグループに参加していると聞いたが……。そうか、奴が……)
今は降着状態――ならばマルセイユはこちらの諫言を聞く。そう判断したハスキルは、未だ補給議論を続けていた将官達に向けてこう言った。
「……皆様、一つ小官に考えがございます。補給についても大変な問題ですが、要はこの地に住まうテロリストを撲滅してしまえば良い事なのです。その事について統合幕僚として、私の考えを述べたいのですが、宜しいでしょうか?」
俯いていたマルセイユが、興味深そうにこちらを見据えた。我が意を得たり、と思ったハスキルは地図を表示させると思いついた戦術展開を提示し始めた――。
――その報を聞いた時、ロマ=ギリアムはいよいよその時が来た、と思った。
隣に立つヨアヒム=ラドルも気を入れ直す様に帽子を被り直す。大尉はもう一度煙草をくわえ直すと、深呼吸をして煙草を隅々まで味わった。
届けられた報――それは、コニール麾下のゲリラ部隊からの情報。彼等にとって、最も信頼出来る筋の情報である。
――こちらを目指し、統一軍の部隊が進撃しつつある。補給部隊ではない。航空機は約二十機、そして大型のモビルアーマーも視認した……それが届けられた情報だ。
「俺等相手に、一個中隊かよ。豪勢なモンだね」
大尉がそう呟く。ロマは、蒼白な顔を誰かに見られていないかと心配になった。こんな時程仮面が有り難いと思える。ラドルは腕を組み、瞑目する。ラドルは既に“どう死んでも構わない”と思える人間だ。ここで捨て石にされても惜しくはないという信念が、彼を落ち着かせていた。
報を聞いて、リヴァイブのメインスタッフがスレイプニールのCICに駆け込んでくる。コニール、センセイ、シホ小隊、中尉と少尉、そしてシンだ。彼等が来たのを確認して、ロマは己を奮い立たせる。――ここで怯んでは居られないのだ。
「諸君も聞いての通り、統一軍は我々をターゲットに動き出した。敵は一個中隊、更に最新型のモビルアーマーも確認された。……厳しい戦いになると思う。けれど、僕達は戦わなきゃならない。この戦いで、世界が平和になるとは思わない。けれど、きっと“平和の礎”にはなる筈なんだ。――何なら、逃げたいのなら逃げても良い。僕は止めないよ」
ロマは、一人一人を見回す。……誰一人として、目を剃らす者は居なかった。ロマは心中に熱いものを感じながら、今度こそ号令を出す。
「――これより僕等“リヴァイブ”は統一地球圏連合と戦闘を開始する!」
続けてラドル、大尉が指示を出す。
「総員、第一種戦闘配備! 本艦は予定通りポイントA――旧ローエングリン基地へ向かう!」
「各パイロットは全員スタンバっとけ! 追って指示する!」
「「「おうっ!!」」」
「「「了解っ!!」」」
それぞれが、それぞれの流儀で頷いた。
隣に立つヨアヒム=ラドルも気を入れ直す様に帽子を被り直す。大尉はもう一度煙草をくわえ直すと、深呼吸をして煙草を隅々まで味わった。
届けられた報――それは、コニール麾下のゲリラ部隊からの情報。彼等にとって、最も信頼出来る筋の情報である。
――こちらを目指し、統一軍の部隊が進撃しつつある。補給部隊ではない。航空機は約二十機、そして大型のモビルアーマーも視認した……それが届けられた情報だ。
「俺等相手に、一個中隊かよ。豪勢なモンだね」
大尉がそう呟く。ロマは、蒼白な顔を誰かに見られていないかと心配になった。こんな時程仮面が有り難いと思える。ラドルは腕を組み、瞑目する。ラドルは既に“どう死んでも構わない”と思える人間だ。ここで捨て石にされても惜しくはないという信念が、彼を落ち着かせていた。
報を聞いて、リヴァイブのメインスタッフがスレイプニールのCICに駆け込んでくる。コニール、センセイ、シホ小隊、中尉と少尉、そしてシンだ。彼等が来たのを確認して、ロマは己を奮い立たせる。――ここで怯んでは居られないのだ。
「諸君も聞いての通り、統一軍は我々をターゲットに動き出した。敵は一個中隊、更に最新型のモビルアーマーも確認された。……厳しい戦いになると思う。けれど、僕達は戦わなきゃならない。この戦いで、世界が平和になるとは思わない。けれど、きっと“平和の礎”にはなる筈なんだ。――何なら、逃げたいのなら逃げても良い。僕は止めないよ」
ロマは、一人一人を見回す。……誰一人として、目を剃らす者は居なかった。ロマは心中に熱いものを感じながら、今度こそ号令を出す。
「――これより僕等“リヴァイブ”は統一地球圏連合と戦闘を開始する!」
続けてラドル、大尉が指示を出す。
「総員、第一種戦闘配備! 本艦は予定通りポイントA――旧ローエングリン基地へ向かう!」
「各パイロットは全員スタンバっとけ! 追って指示する!」
「「「おうっ!!」」」
「「「了解っ!!」」」
それぞれが、それぞれの流儀で頷いた。