アスランは今でも思う。疑念が確信に変わったのは九十日革命であったと。
CE78年に東ユーラシア共和国、および宇宙を舞台にして起こった大規模な叛乱戦争。宇宙軍やピースガーディアンの活躍もあって、表面上は統一連合の圧勝にて終わったあの戦い。そこでアスランは気づいてしまったのだ。
ラクス=クラインとカガリ=ユラ=アスハ。名実ともに現在の統一連合における二人の指導者が抱えている致命的な問題を。
ラクス=クラインとカガリ=ユラ=アスハ。名実ともに現在の統一連合における二人の指導者が抱えている致命的な問題を。
九十日革命が起こった直後、ユーラシアが革命軍政によってほぼ掌握され、宇宙でも宇宙軍第二艦隊が猛威を振るっていた時の話である。
歌姫の館にてラクスとカガリが今後の対応について非公式に話し合い、それをアスランが傍らで聞く機会が偶然にあった。
「休戦協定に応じることにする。私の気持ちは変わらない」
「……正直、賛成しかねます。理由を聞かせていただけないでしょうか」
アルベルト=ウルド=メルダースが率いる革命軍による猛攻の前に、統一連合軍は対応が後手後手に回っていた。さらに見事とも言える宇宙軍第二艦隊との連携もあって、二正面作戦を余儀なくされるという不利な状況に立たされていた。
しかしそれでもなお、統一連合内では戦闘を継続すべし、との意見が根強かった。
革命軍が基盤とするユーラシアの経済は、プラントをはじめとした統一連合側の投資によるところが大きく、長期戦になれば圧倒的に統一連合が有利との見通しを誰もが持っていたからだ。
それでも、周囲の反対を半ば押し切る形でカガリは休戦への道を進もうとしていた。表面上は「長期戦になれば、他国でも東ユーラシアに同調した離反の動きが出てくる可能性がある。統一連合自体だって、戦争の傷跡から完全に立ち直っているわけじゃない。戦争が長引いたらこちらに有利というのは、希望的な観測だ。相手の言い分を完全に認めるのじゃなく、ある程度の譲歩でこの場を収める方が現実的な選択だ」と説明していた。それはなるほどある程度の説得力を持っていたため、主戦論者たちも強くは反抗できなかったのだ。
しかしこのとき、カガリは相手がラクスであることもあってか、本音を口にしたのだ。
「正直に言うと、長期戦になれば統一連合が間違いなく勝利すると私も思う。勝つことだけを考えれば、今は休戦協定を結ぶべきではないんだろう。でも、ラクス、戦闘が継続して誰が一番困ると思う? 」
首をかしげるラクスに、カガリは説明した。
「ユーラシアは前の大戦でもっとも疲弊した地域と言ってもいい。キサカに調べさせたところだと、貧富の格差が激しく、衣食住にも困窮する人々が少なくないそうだ。
そんなユーラシアを戦場にして、結局被害を受けるのはその弱い人たちだ。
統一連合軍の面子だとか、今後の政権運営における影響だとか、色々あるだろうけど。私の本音は、これ以上ユーラシアを戦場にしたくない。それだけなんだよ」
アスランは、彼女は甘いなと思った。ただ、それはアスランにとって不快な甘さではない。彼女の甘さゆえに生じた不利や問題は、自分やキラが解決すればよい、と決意を起こさせる類の、心地よい甘さだった。
しかし、そんなアスランの思いは、すぐに裏切られることになる。
歌姫の館にてラクスとカガリが今後の対応について非公式に話し合い、それをアスランが傍らで聞く機会が偶然にあった。
「休戦協定に応じることにする。私の気持ちは変わらない」
「……正直、賛成しかねます。理由を聞かせていただけないでしょうか」
アルベルト=ウルド=メルダースが率いる革命軍による猛攻の前に、統一連合軍は対応が後手後手に回っていた。さらに見事とも言える宇宙軍第二艦隊との連携もあって、二正面作戦を余儀なくされるという不利な状況に立たされていた。
しかしそれでもなお、統一連合内では戦闘を継続すべし、との意見が根強かった。
革命軍が基盤とするユーラシアの経済は、プラントをはじめとした統一連合側の投資によるところが大きく、長期戦になれば圧倒的に統一連合が有利との見通しを誰もが持っていたからだ。
それでも、周囲の反対を半ば押し切る形でカガリは休戦への道を進もうとしていた。表面上は「長期戦になれば、他国でも東ユーラシアに同調した離反の動きが出てくる可能性がある。統一連合自体だって、戦争の傷跡から完全に立ち直っているわけじゃない。戦争が長引いたらこちらに有利というのは、希望的な観測だ。相手の言い分を完全に認めるのじゃなく、ある程度の譲歩でこの場を収める方が現実的な選択だ」と説明していた。それはなるほどある程度の説得力を持っていたため、主戦論者たちも強くは反抗できなかったのだ。
しかしこのとき、カガリは相手がラクスであることもあってか、本音を口にしたのだ。
「正直に言うと、長期戦になれば統一連合が間違いなく勝利すると私も思う。勝つことだけを考えれば、今は休戦協定を結ぶべきではないんだろう。でも、ラクス、戦闘が継続して誰が一番困ると思う? 」
首をかしげるラクスに、カガリは説明した。
「ユーラシアは前の大戦でもっとも疲弊した地域と言ってもいい。キサカに調べさせたところだと、貧富の格差が激しく、衣食住にも困窮する人々が少なくないそうだ。
そんなユーラシアを戦場にして、結局被害を受けるのはその弱い人たちだ。
統一連合軍の面子だとか、今後の政権運営における影響だとか、色々あるだろうけど。私の本音は、これ以上ユーラシアを戦場にしたくない。それだけなんだよ」
アスランは、彼女は甘いなと思った。ただ、それはアスランにとって不快な甘さではない。彼女の甘さゆえに生じた不利や問題は、自分やキラが解決すればよい、と決意を起こさせる類の、心地よい甘さだった。
しかし、そんなアスランの思いは、すぐに裏切られることになる。
「カガリ、待て、考え直せ!」
忘れもしない2月14日。母の命日をしめやかに過ごそうと思っていたアスランは、TVニュースを見てそんな気持ちが吹き飛び、官邸に駆けつけた。
当時東ユーラシア共和国臨時政府が置かれたパリを視察していたアスハ家の重臣4人が、革命軍の爆撃に巻き込まれて命を落とすという事件が発生。そのことに愕然としたカガリが激怒。協定調印を即座に中止した。同時に統一地球圏連合を構成する全国家に革命政権討伐を命じたというニュースが流れたのである
しかしカガリは、アスランの必死の説得にも耳を貸さなかった。
「アスラン、アスハの家の人間が4人も死んだんだぞ! それも彼らは軍人じゃない、 休戦後の復興支援の調整や、パリの慰問を目的に現地を訪れていた文官、親善大使たちだ! そんな彼らが命を落とす必要がどこにあった!
私は馬鹿だった……彼らと話し合えば、少しでも戦争の被害を少なく出来ると本気で信じていた。でも、彼らの正体がこれで分かった。彼らは、ローゼンクロイツと称する輩たちは、血を流すことをいとわないただのテロリストだ。
私は彼らを許せない、平和へと続く道を閉ざした彼らを、絶対に!」
怒りのあまりに涙をにじませながら、立ち去るカガリをアスランは追えなかった。説得してももはや無駄だと悟ったからだ。
忘れもしない2月14日。母の命日をしめやかに過ごそうと思っていたアスランは、TVニュースを見てそんな気持ちが吹き飛び、官邸に駆けつけた。
当時東ユーラシア共和国臨時政府が置かれたパリを視察していたアスハ家の重臣4人が、革命軍の爆撃に巻き込まれて命を落とすという事件が発生。そのことに愕然としたカガリが激怒。協定調印を即座に中止した。同時に統一地球圏連合を構成する全国家に革命政権討伐を命じたというニュースが流れたのである
しかしカガリは、アスランの必死の説得にも耳を貸さなかった。
「アスラン、アスハの家の人間が4人も死んだんだぞ! それも彼らは軍人じゃない、 休戦後の復興支援の調整や、パリの慰問を目的に現地を訪れていた文官、親善大使たちだ! そんな彼らが命を落とす必要がどこにあった!
私は馬鹿だった……彼らと話し合えば、少しでも戦争の被害を少なく出来ると本気で信じていた。でも、彼らの正体がこれで分かった。彼らは、ローゼンクロイツと称する輩たちは、血を流すことをいとわないただのテロリストだ。
私は彼らを許せない、平和へと続く道を閉ざした彼らを、絶対に!」
怒りのあまりに涙をにじませながら、立ち去るカガリをアスランは追えなかった。説得してももはや無駄だと悟ったからだ。
カガリの悪い面が出てしまった、とアスランは嘆息する。彼女は、普段はともかくとして、自分に深くかかわる物事については、公人としてではなく私人としての思考を優先してしまう、いやむしろ公人としての立場を忘れて一人の私人に戻ってしまう傾向があるのだ。
かつてシンと出会ったときもそうだった。ウズミの失政で家族を失ったと糾弾されたカガリは、それを真正面から受け止めるわけでも、誤解を解こうと説得するわけでもなく、ただ父親を罵倒された悲しみに泣くばかりだった。とても一国の重鎮とは思えない態度だった。
また、オーブとミネルバが洋上で戦闘を行ったとき、自身が国を出奔した立場であったにもかかわらず、彼女は感情の赴くままに戦場に飛び出した。そして互いに武器を収めるように説得をしたのだ。両軍とも、そのような説得に耳を貸せるはずがないことを理解しようともせず。
それらが全て悪いとはいえない。今回の反乱に際してまず、ユーラシアの人民への影響を懸念して、休戦をと考えたのは、間違いなく公人ではなく私人としてのカガリでしかなしえなかった決断といえるだろう。
しかし、身内を殺された途端に、それが完全に頭の中を占めてしまい、先刻までの考えがどこかに吹き飛んでしまっている。
本当に人道的立場を貫くのならば、身内の死にも動じずに休戦に邁進すべきだろう。政治的なリアリズムにのっとるならば、今回の4人の死を利用して、反乱軍との交渉を有利に進めるべきである。
それでもカガリは個人的な感情に身を任せた。後に残るのは、自分で下した決定をいとも簡単に翻したという事実、彼女の政治力に対する評価の下落だけだ。事実、妻のメイリンなどは「今回のカガリ主席、あまり上手いやり方じゃないわね」と苦言を呈している。
幸い、統一連合内に主戦論者が多かったために、彼女の翻意はさほど問題になっていない。ようやくカガリ主席も理解してもらったか、と好意的に受け止められてさえいる。
ただし、それが結果論に過ぎないことを、アスランは嫌と言うほど理解していた。
かつてシンと出会ったときもそうだった。ウズミの失政で家族を失ったと糾弾されたカガリは、それを真正面から受け止めるわけでも、誤解を解こうと説得するわけでもなく、ただ父親を罵倒された悲しみに泣くばかりだった。とても一国の重鎮とは思えない態度だった。
また、オーブとミネルバが洋上で戦闘を行ったとき、自身が国を出奔した立場であったにもかかわらず、彼女は感情の赴くままに戦場に飛び出した。そして互いに武器を収めるように説得をしたのだ。両軍とも、そのような説得に耳を貸せるはずがないことを理解しようともせず。
それらが全て悪いとはいえない。今回の反乱に際してまず、ユーラシアの人民への影響を懸念して、休戦をと考えたのは、間違いなく公人ではなく私人としてのカガリでしかなしえなかった決断といえるだろう。
しかし、身内を殺された途端に、それが完全に頭の中を占めてしまい、先刻までの考えがどこかに吹き飛んでしまっている。
本当に人道的立場を貫くのならば、身内の死にも動じずに休戦に邁進すべきだろう。政治的なリアリズムにのっとるならば、今回の4人の死を利用して、反乱軍との交渉を有利に進めるべきである。
それでもカガリは個人的な感情に身を任せた。後に残るのは、自分で下した決定をいとも簡単に翻したという事実、彼女の政治力に対する評価の下落だけだ。事実、妻のメイリンなどは「今回のカガリ主席、あまり上手いやり方じゃないわね」と苦言を呈している。
幸い、統一連合内に主戦論者が多かったために、彼女の翻意はさほど問題になっていない。ようやくカガリ主席も理解してもらったか、と好意的に受け止められてさえいる。
ただし、それが結果論に過ぎないことを、アスランは嫌と言うほど理解していた。
カガリについては、アスランは諦めていた部分もある。彼女がこういう人間であることは、長い付き合いで多少は理解していたつもりだ。残念なことではあるが、決して予測していなかった未来ではない。
むしろ、ラクスの方にこそ、アスランは衝撃を受けたとも言える。
カガリの説得を断念した後、アスランはラクスと話し合う場を設けた。話し合いというよりは、謝罪に近かったが。カガリの迷走に付き合わされたラクスにアスランが謝る義理もないのだろうが、そうせずにはいられなかったのだ。
「今回は、カガリが迷惑をかけた。すまない」
「アスラン、あなたが謝罪する必要はないでしょう。顔を上げてください」
「いや、今回カガリが我侭を押し通したおかげで、君の立場にもまったく影響がないとはいえない。決断をすぐに翻すなんてのはもっての他だ」
「いえ、カガリさんは最終的に正しい判断をしました。それで良いのです」
「ただし、それは結果論だ。彼女が休戦を諦めたのは、身内が戦いに巻き込まれて死んだからに過ぎない。そうでなければ、今でも考えが変わっていないはずだ」
そしてラクスはそこで首を……本当に屈託の無い様子で首をかしげたのだ。
「分かりませんね。なぜ身内の死によって、重要な決断を変える必要があるのですか? それとこれとは別のお話でしょう」
むしろ、ラクスの方にこそ、アスランは衝撃を受けたとも言える。
カガリの説得を断念した後、アスランはラクスと話し合う場を設けた。話し合いというよりは、謝罪に近かったが。カガリの迷走に付き合わされたラクスにアスランが謝る義理もないのだろうが、そうせずにはいられなかったのだ。
「今回は、カガリが迷惑をかけた。すまない」
「アスラン、あなたが謝罪する必要はないでしょう。顔を上げてください」
「いや、今回カガリが我侭を押し通したおかげで、君の立場にもまったく影響がないとはいえない。決断をすぐに翻すなんてのはもっての他だ」
「いえ、カガリさんは最終的に正しい判断をしました。それで良いのです」
「ただし、それは結果論だ。彼女が休戦を諦めたのは、身内が戦いに巻き込まれて死んだからに過ぎない。そうでなければ、今でも考えが変わっていないはずだ」
そしてラクスはそこで首を……本当に屈託の無い様子で首をかしげたのだ。
「分かりませんね。なぜ身内の死によって、重要な決断を変える必要があるのですか? それとこれとは別のお話でしょう」
今思い返しても、アスランの背筋には冷たいものが走る。部屋にはラクスとアスランの二人しかいなかった。あれはラクスの本心であったはずだ。対外的な奇麗事ではなく。
そう、ラクスはカガリの心の揺らぎをまったく読み取ることができていなかったのだ。
ラクスの言動は正義に基づき、慈愛に満ち、人々に勇気を与えるものだった。そうだったはずだが、側にいるアスランは常に違和感を持っていた。
彼女の言動が心からのものであることは疑いようがないが、どうしても真に心に響いてこない、うそ寒い感じがしていたのだ。
この日、ようやく疑念が氷解し、アスランは理解した。
カガリが私人としての立場に囚われ過ぎているとすれば、ラクスは逆に私人としての感覚が決定的に欠落してしまっているということを。だからカガリの考えが180度変わったことを、正確に理解することが出来なかった。
より正確に言えば、ラクスは公人としての立場と私人としてのそれが相矛盾するとき、私人としての立場を完全に捨て去ることが出来るのだ。
だから彼女と親しい人ほど、私人と公人の利益が相反しないから、気づく機会が少なくなる。ラクスが一個人としては重要な部分が欠落した人間であることを。
一見すると、それはリーダーとして非常に正しい資質のように思える。公私の態度をきちんと区別し、公の利益を追求するときに私のそれに決して惑わされないということは。
しかし、それが私人としての感覚が薄いためだとすればどうだろうか?
彼女が世界のために動くとき、その世界で必死に生きている一人一人の人間のことはすっかり忘れ去られている。彼女の思考にあるのは、総体としての人類であって、個人個人が積み上がったまとまりとしての集団ではない。
一見すると無謀とも思える主権返上を、ラクスが積極的に推し進める理由もこれで納得がいった。彼女にとっては、公的な利益のために個々人のそれを抑えることは当然であって、なんら葛藤や逡巡を起こさせるものではないのだ。
そう、彼女の求める平和と幸せは、日々を生き、矛盾した思いを抱え、時に迷い苦しみながら必死に生きてゆく人間の存在しない箱庭のそれに近いものなのかもしれない。
結果として皆が幸せになる世界は来るかもしれない。しかし、そこで無視された個人個人の思いはどうなると言うのだろう。
それは、彼女がかつて否定したディスティニープランとどこが異なると言うのだろう。
そう、ラクスはカガリの心の揺らぎをまったく読み取ることができていなかったのだ。
ラクスの言動は正義に基づき、慈愛に満ち、人々に勇気を与えるものだった。そうだったはずだが、側にいるアスランは常に違和感を持っていた。
彼女の言動が心からのものであることは疑いようがないが、どうしても真に心に響いてこない、うそ寒い感じがしていたのだ。
この日、ようやく疑念が氷解し、アスランは理解した。
カガリが私人としての立場に囚われ過ぎているとすれば、ラクスは逆に私人としての感覚が決定的に欠落してしまっているということを。だからカガリの考えが180度変わったことを、正確に理解することが出来なかった。
より正確に言えば、ラクスは公人としての立場と私人としてのそれが相矛盾するとき、私人としての立場を完全に捨て去ることが出来るのだ。
だから彼女と親しい人ほど、私人と公人の利益が相反しないから、気づく機会が少なくなる。ラクスが一個人としては重要な部分が欠落した人間であることを。
一見すると、それはリーダーとして非常に正しい資質のように思える。公私の態度をきちんと区別し、公の利益を追求するときに私のそれに決して惑わされないということは。
しかし、それが私人としての感覚が薄いためだとすればどうだろうか?
彼女が世界のために動くとき、その世界で必死に生きている一人一人の人間のことはすっかり忘れ去られている。彼女の思考にあるのは、総体としての人類であって、個人個人が積み上がったまとまりとしての集団ではない。
一見すると無謀とも思える主権返上を、ラクスが積極的に推し進める理由もこれで納得がいった。彼女にとっては、公的な利益のために個々人のそれを抑えることは当然であって、なんら葛藤や逡巡を起こさせるものではないのだ。
そう、彼女の求める平和と幸せは、日々を生き、矛盾した思いを抱え、時に迷い苦しみながら必死に生きてゆく人間の存在しない箱庭のそれに近いものなのかもしれない。
結果として皆が幸せになる世界は来るかもしれない。しかし、そこで無視された個人個人の思いはどうなると言うのだろう。
それは、彼女がかつて否定したディスティニープランとどこが異なると言うのだろう。
アスランはキラには聞けなかった。「お前は、ラクスとカガリがともに大きな問題を抱えていることを知ってなお、彼女たちを助けようとしているのか?」と。その事実を知っていたとしても、知らなかったとしても、あまり気持ちの良い答えが返ってくるとは思えなかったからだ。
それにしても、とアスランは思う。不謹慎な考えではあるのだが、
「あの二人を足して二で割れば、ちょうど良い指導者になったかもしれないな」
自分の思いを前面に押し出すカガリ、自分の思いが希薄なラクス。これほど対照的な二人が、同時に統一連合のトップに立ったのは偶然か、それとも神様の嫌味たらしい皮肉か。
「あれ、何か言った?」
晩酌の用意をしているメイリンが振り返ったが、アスランは何でもないよ、と返事をする。当然、今日起こった一連の出来事をメイリンにも伝えていない。
(俺が何とかするしかないな……)
今のところ、ラクスとカガリの治世は大きな破綻を迎えていない。冷静な判断で人々を導くラクス、時に感情的になりつつも市民に親近感を与えるカガリ。反感ではなく、いい方向で受け入れられている。
しかしそれがずっと続くとは限らない。彼女たちの治世が長く続くほど、ほころびは大きくなり、人々の不満は増え、やがて爆発するときが来るだろう。
それを未然に防ぐ……そしてできれば、やがてはカガリに公人としての立場をわきまえさせ、ラクスに私人としての思いの大切さを教える。そうしてゆきたい。
考えるだけで、それがいかに困難なことか。まったく頭の痛い課題である。しかし逃げるわけにはいかない。それができる人間は自分、アスラン=ザラしかいないであろうから。
だからせめて今は、妻とのしばしの休息に身を委ねたい。ワイングラスと皿を持ってこちらに来るメイリンの姿を見ながら、アスランは思うのだった。
それにしても、とアスランは思う。不謹慎な考えではあるのだが、
「あの二人を足して二で割れば、ちょうど良い指導者になったかもしれないな」
自分の思いを前面に押し出すカガリ、自分の思いが希薄なラクス。これほど対照的な二人が、同時に統一連合のトップに立ったのは偶然か、それとも神様の嫌味たらしい皮肉か。
「あれ、何か言った?」
晩酌の用意をしているメイリンが振り返ったが、アスランは何でもないよ、と返事をする。当然、今日起こった一連の出来事をメイリンにも伝えていない。
(俺が何とかするしかないな……)
今のところ、ラクスとカガリの治世は大きな破綻を迎えていない。冷静な判断で人々を導くラクス、時に感情的になりつつも市民に親近感を与えるカガリ。反感ではなく、いい方向で受け入れられている。
しかしそれがずっと続くとは限らない。彼女たちの治世が長く続くほど、ほころびは大きくなり、人々の不満は増え、やがて爆発するときが来るだろう。
それを未然に防ぐ……そしてできれば、やがてはカガリに公人としての立場をわきまえさせ、ラクスに私人としての思いの大切さを教える。そうしてゆきたい。
考えるだけで、それがいかに困難なことか。まったく頭の痛い課題である。しかし逃げるわけにはいかない。それができる人間は自分、アスラン=ザラしかいないであろうから。
だからせめて今は、妻とのしばしの休息に身を委ねたい。ワイングラスと皿を持ってこちらに来るメイリンの姿を見ながら、アスランは思うのだった。