「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

世界を救う道筋~悪魔の数字~

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 ――木漏れ日が、閉じた瞼の向こう側から優しく照らす。
 「……ン……」
 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ラクスは眠っていた体を起こす為に伸びをして、何度か瞬きをする。
 白い丸テーブルに、それに合わせた白いリクライニングチェア。その椅子に揺られて、ラクスは眠りの世界に引き込まれた様だ。ようやく頭が冴えてきて「そう言えば私、子供達とお茶をしていたんでしたっけ……」と呟く。
 見れば、膝にはガウンが掛けてあった。子供達が気を利かせてラクスを眠らせてくれたらしい。それは、彼等の保護者を自認するラクスにとっては気恥ずかしい事だった。
 「……どちらが子供なのか、これでは解りませんわね」
 自嘲気味に微笑みながら、ラクスはテーブルの上に置いてある紙を見た。それはラクスの落書きと、子供達が落書きをした紙で、それは本来微笑ましいものであったはずなのだが。
 ――しかし、ラクスはそれを見た瞬間握りつぶした。
 憎しみを込める様に紙を握りつぶしながら、ラクスは涙していた。
 「何故……こんな……」
 それは女帝の嘆きであり、女性の嘆きであったのかも知れない。ラクスは、ずっとこう思っていた――私は、不幸なのだと。


 様々な調査機関からの報告により、ラクスは“ある事”を確信せざるを得なかった。
 <人口の増加は、極めて堅調な数字を出しています。この様な時代だからこそ、人は次世代の子供達を増やそうとしているのかも知れません。しかし、それに反比例する様にエネルギー危機は更に深刻になってきています。地下資源は減少の一途を辿り、宇宙開発は牽制しあって進まないという有様。また今年は未曾有の大寒波が到来し、殆どの国で一次産業は壊滅的な打撃を受けると思われます。各国の食糧備蓄はそれなりにあるかと思われますが……>
 その報告はこの様な言葉で締められていた。<餓死者、自殺者は過去最大規模になると思われます。その数、おおよそ……>
 人は、死ぬ為に生まれるのではない。ましてや、苦しむ為に生まれるのではない。
 だが、何だというのだ――この事態は。
 ラクスは歯噛みしていた。自分ですら、全てを救えない事に。そして、あろう事か“間引き”をせねばならないことを決断する時期に来ているという事に。
 そしてこの時期にローゼンクロイツがガルナハンにて独立国家樹立を宣言、反統一地球圏連合国家として名乗りを上げた。現在続々と各地のテロリストグループが彼の地に集結しつつあるという報告もラクスは受けている。彼等は地熱プラントという地上最大規模のエネルギー施設を占拠、自分達のみでその利権を欲しいままにしていた。
 (他の国では餓死者が出ているというのに、なんという愚かな……!)
 ラクスは知らなかった――ガルナハンでも同じ様に餓死者は出ていたのだ。死者が出る場所が変わっただけで、事態は何一つ変わって居ない。天から垂れ下がる蜘蛛の糸を何としても握ろうとする、惨めで浅ましい人間の縮図がそこにはあった。
 彼等はこの冬を乗り越えれば更に力を付けるだろう。かつての九十日革命時――否、それ以上に。その結果、またどれ程の人々が死んでいく事になるのか……。
 ラクスは苦悩していた。夜も眠れぬ程に、全てを呪わしく感じれる程に。


 ――手の中にある紙をそっと広げてみる。そこにはこう書いてあった。
 <4億3200万>
 何の事だか、誰も解らないだろう。書いた、ラクス本人にしか。それはラクスには悪魔の数字に他ならなかった――今年、これだけの人間を“間引き”しなければ帳尻が合わないのだ。エネルギー、資源の年間収支。それで賄えるだけの人数しかこの地球という“宇宙船”は保持出来ないのだ。それ以上の人間が居るのなら、それは居るだけで害悪となる。
 こうしている間にも、刻々と事態は進行している。かつての二度の大戦により、地上、宇宙共に荒廃していた。資源やエネルギーは幾ら頑張っても、一定数しか調達出来ない。それなのに守るべき“子供達”はひたすらに増え続けている。
 ――もう、限界なのだ。何もかもが。
 ラクスは嘆息し、天を仰ぐ。
 「……天よ、何故私を指導者に選びたもうた。人の罪業など、私に背負えるものでは無いと知っていたでしょうに……」
 ラクスは、願っていた。他の者が自分に変わって世界を治めてくれることを。もはやこの世界は駄目なのだ――それを知っていながら。
 ラクスはもどかしかった。自分は解っているのだ――世界を救う方法を。しかし、それを実行することは“ラクスという人間”を今度こそ殺す事になるだろう。それはもはや人が選択するには余りに過酷な道筋なのだ。
 もう一度ラクスは溜息をついた。何一つ救いが無いことを噛み締めながら。


 物思いに耽っていたからかも知れない。直ぐ後ろにキラが来て、肩を叩かれるまでラクスはその事に気が付かなかった。
 「どうしたの? ラクス」
 キラは何時も優しい。どんな時でも。その瞳はまるで、ラクスの心を見透かす様に。
 「……いえ、ちょっと気分が悪くなっていただけですわ……」
 ラクスは曖昧にそう言う。こんな事を、キラに聞かせる訳にはいかない。あの純粋なカガリにも――不幸になるのは自分だけで良いのだ。そうラクスは願っていた。
 しかし、不意にキラの瞳がすっと細くなり――次に彼は微笑んだ。
 「心配しないで、ラクス。4億3200万人だろう? 何とかするよ」
 「…………え?」
 それは、とんでもない発言だった。内容を知る者には。
 「僕等はどうでもいい。これからの人達が生き残っていく為にしなければならないのなら……それは仕方の無い事なんだよ、ラクス」
 それは、非道には違いない。しかし、それを非道というには余りに酷だろう。一人の人間にはどうにもならない領分の話だけに。
 「ガルナハンにはテログループが集結しつつある――人口併せて約1億3000万人。先の統一地球圏連合軍の敗北にはかの街の住人も係わっていると聞いてる……まずは、丁度良い数字だよ」
 にこやかに、キラ。ラクスは蒼白だった。
 「だ、駄目ですキラ! 貴方は……!」
 (不殺を、人を殺さない事を誓っていた筈じゃ……!)
 後半は、言葉にならなかった。ただ、喉が痛いほど乾いていた。
 そんなラクスに、キラは微笑んで言った。
 「――ラクス、僕は君と共に歩む道を選んだ。僕の事などどうでも良いんだ……君が、苦しんでいるのを見る方が辛いんだよ」


 キラが、歩み去っていく。その瞳に恐ろしいまでの決意を漲らせ。
 人は、どうなってしまうのだろう。世界は、どうなってしまうのだろう。その危機に誰よりも早く気が付いたのがラクスなら、誰よりも早く解決に乗り出したのはキラだった。
 ――世界の誰も知らない、そして後世には“狂気”という枕詞で彩られる『世界を救う為の戦い』が、こうして始まる。世界を、敵に回してでも……。

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