CE75年の3月。NGO組織としてピースガーディアンが正式に発足した二ヵ月後。
彼らの最初の活動は、赤道連合の内戦地域への支援だった。
ラクス=クライン自らが陣頭に立って非戦闘地域を回り、人々の楽しみになればとコンサートや慰問を行いつつ、他のNGO・NPO人道支援団体の活動を積極的に支援する。医療や食料援助、戦時復旧活動など様々な面で大きな活躍を見せ、また内乱自体に介入はしないものの、非戦闘員に危害が加えられそうになれば、MSを使い敵を撃退した。
慈愛に満ちたラクス=クラインの献身的な行為。弱者を守るキラ=ヤマトの雄雄しき振る舞い。
ここでの活動がピースガーディアン、ひいてはラクス=クライン、さらには統一連合に対する支持を一気に上昇させるきっかけとなる。
そんな活動の中、ある出来事が起こったのだった。
エターナルフリーダムの完成にはまだ二年の月日が必要であり、この頃のキラ=ヤマトはストライクフリーダムを愛機としている。その他のピースガーディアンの隊員は、チューンナップの施されたムラサメに搭乗している。部隊に配備された人数こそ少ないが、いずれも腕利きのパイロットばかりであった。
その時にキラとともに任務に出たのはイケヤ、ゴウ、ニシザワの三人。かつて見事なコンビネーションでカオスガンダムを撃墜したエースパイロットたちである。もともとはオーブ軍に所属していたが、ピースガーディアンの発足とともに招聘され、正式メンバーとして転属となった。
今回、現地で活動する他のNGOから要請を受けたのは、とある私兵集団への対応だった。
政治的なお題目を掲げてはいるものの、実際には、政府内の混乱に乗じて強盗・殺人を繰り返す犯罪集団と大差ない組織である。
地球連合の軍人崩れが参加し、MSまで持っているため、NGOもたびたび被害にあい、援助物資を強奪されている。死者もすでに出ている。
その日、たまたま哨戒中であったキラたちにSOSの通信が入った。食糧援助を行っているNGOが件の組織に襲われたのだ。急げば何とか間に合う。キラのストライクフリーダムを先頭に、四機のMSは全速力で通信の発信源に向かう。
そこにはダガーLを中心としたMSの一団がいた。食料を積んだコンテナを、今まさに奪い去ろうとしている。
「こちらはピースガーディアン。そこの武装集団、直ちに強奪を止め、MSから降りて投降しなさい。繰り返す。MSから降りて投降しなさい!」
キラの警告も虚しく、ダガーLはビームライフルの斉射で応じる。キラも、はじめから相手が素直に言うことを聞くとは思っていなかった。予想していた反撃を難なくかわし、ストライクフリーダムを敵陣に走らせる。
イケヤたちの援護も必要とせず、キラは瞬く間にすべての敵MSをライフルで撃ち抜き、その腕や脚を切り落として戦闘能力を失わせてしまう。
ただの一機も破壊することなく、戦闘能力のみを失わせる。圧倒的な力の差が成せる技だった。
「凄まじいものだな。これが不殺、か」
嘆息しつつ言うイケヤ。ゴウも頷くが、ニシザワだけがやや批判めいた言葉を投げかける。
「しかし、我々は軍人だ。警察ではない。抵抗する敵に対して、いたずらに温情をかける必要はないと思うのだが」
イケヤがニシザワを咎めた。
「おい、いくらピースガーディアンがNGO組織とはいえ、上官批判に相当するような言葉は慎め。
それに不殺とは、あの方の比類なき技術があってこそなせる業だろう。誰に強制するわけでもなく、自身の主義としてやられているのだから、他者がそれを批判するいわれはない」
それに不殺とは、あの方の比類なき技術があってこそなせる業だろう。誰に強制するわけでもなく、自身の主義としてやられているのだから、他者がそれを批判するいわれはない」
「分かっているさ。しかし、温情をかけるべき時と場所と相手をもう少しキラ殿も考えられた方が……!」
イケヤもゴウも気付かなかった、破壊された敵MSの動き。キラの不殺に疑問を持っていたニシザワだからこそ察知したのだろうか。
「キラ殿っ!」
キラに詳細を伝える暇も惜しんで、ニシザワの乗るムラサメがストライクフリーダムのもとへ飛ぶ。
完全に油断していたキラも気付かなかったのだ。撃墜された一機のダガーLが、かろうじて動く左腕に持ったライフルで、ストライクフリーダムを狙い撃ちしたのだ。
もしかすると、ニシザワがかばわなくても、キラはその一撃を避けられたのかもしれない。たとえ命中したとしても、致命傷にはならなかったのかもしれない。
しかし、ストライクフリーダムの向こう側に隠れる格好になり、相手を撃つことができなかったニシザワは、ストライクフリーダムの前に出て、キラの機体をかばうことを選んだ。
敵の一撃はムラサメの機体にまともに命中した。
そのまま、ムラサメは爆散する。
その後、ニシザワを撃った敵をイケヤとゴウが破壊したが、キラは自分のとった行動の、予想外の結末に、ただ呆然としているだけだった。
目覚めたとき、見慣れた天井が眼に入った。すでに朝日が昇っており、さしこむ光がキラの顔に当たって、彼を眠りから呼び覚ました。
キラはひとつ深呼吸すると、ベッドに腰掛けたまま、枕もとの水差しからコップに水を注ぎ、一口で飲み干した。
(あのときのことを、また思い出したか。いや、一生忘れることなんて、できないだろうな)
あれは、自分の甘さが招いた悲劇だ。相対している敵の危険性をきちんと認識するべきだった。相手に情けをかけず、完全に倒していれば、ニシザワは死なずに済んだ。
あの事件の後ほどなくして、イケヤもゴウも転属願いを出してきた。二人はニシザワの死についてキラを責めることはしなかったが、キラの下で働き続ける自信がなくなったと転属の理由を明言した。残念ですが私たちは、あなたに背中を預けることはできそうにありません、と。
キラには二人を引き止めることなどできなかった。そのような資格は自分にはないと自覚していた。
(あのときから、僕の戦い方は変わった)
たとえどれだけ技量の差があろうとも、相手を完膚なきまでに叩き潰した。相手が完全に降伏するまで、一切の情けをかけることはやめた。いたずらに命を奪うことすら避けてはいたが、抵抗する限りは相手が子供だろうと老人だろうとまったく容赦はしない。
自分が自分の甘さゆえに倒されるのならば、それは構わない。しかし、被害は自分だけでなく、自分の仲間や、守りたい大切な人々にまで及ぶ可能性もあるのだ。だから……
そこまで考えたところで、電話が鳴る。キラが受話器を取ると、それはピースガーディアンの事務局からの連絡だった。
「それは、確かな情報なのか?」
電話口の声はよく通り、簡潔にして的確な説明がなされたが、それでもキラは問い直した。
「そうか、誤報じゃないんだな。わかった。すぐに僕もそっちに向かう」
キラはため息混じりにクローゼットに向かう。今日は非番であったが、そうも言っていられる状況ではなくなったようだ。
「地上軍敗退、ゴランボイの地熱プラントは奪取されたか。イザークたちでも適わなかったか」
そうつぶやくキラの瞳に、苛烈な炎が宿っていた。
立ち向かうすべての敵を焼き尽くさんとする、地獄の業火にも似た炎が。