「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

キラの不殺

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 (……何度目だろう。後、何度続ければいいのだろう)
 一歩歩む度に、沸き上がる思い。それは疑念であり、偽善であり、後悔でもある。今までしてきた事も、これからしてしまう事も、今からしなければならない事も、それら全てが彼には煩わしく、そして嫌な事だった。
 ――人殺し。
 彼がしている仕事は、そういうモノだ。誰からも唾棄され、軽蔑されなければならない類の生業だ。しかしそんな彼の思いとは裏腹に、世間は彼を“軍神”と崇め奉る。それは、全く彼にとって嬉しくも何ともない事だと知らずに。
 誰も居ない廊下を、一人歩き続ける。彼専用のモビルスーツデッキなので、忙しく走り回る人々の姿はない。整備は既に万端、後は彼が乗り込むのみという所までスタンバイされているからだ。
 煩わしげに身に纏うパイロットスーツの各部をチェックし、空気漏れが無い事を確かめる。宇宙で住まう為には、欠かせない癖だ。今回の出撃先は地上であったが、そうした癖は忘れてはならないと思える。青を基調としたスーツに、彼のマークをペイントした専用ヘルメットを装着すると、彼は一個の“パイロット”となった。
 通路の先は急に広がった空間になっており、出撃前だというのにしん、と静まりかえっていた。そこには彼ともう一人――人と形容するには巨大すぎる、人類が創り上げた最強の戦闘兵器――モビルスーツ『ストライクフリーダム』が鎮座していた。
 その無機質で無慈悲な瞳は、互いに睨み合うかのように静かに見つめ合った。


 ――CE78年1月25日。この日、統一地球圏連合の土台を揺るがす事態が始まった。後に“九十日革命”と呼称される、反統一地球連合組織の一斉蜂起である。
 宇宙軍第二艦隊が丸々反旗を翻すという異常事態。幸いにして宇宙軍第一艦隊司令ムゥ=ラ=フラガの尽力もあって、それ自体は直ぐに収束した。しかしそこから地上全土に波及した“反旗の狼煙”は暫くの間くすぶり続ける事となった。
 獅子姫カガリ=ユラ=アスハ率いるオーブ首脳陣――実質的な統一政府のブレーン達――は、当初こそ穏便に事態を収拾しようと考えていたが、それは結果としてテロリストグループに付けいる隙を与えてしまう事となり、結果としてカガリの幕僚の数人が殉死。この事実にさしものカガリも平和的解決を断念、統一連合の総力を挙げて事態の収拾に乗り出す事を決意した。
 しかし、かかる事態に各国政府の足並みは揃わず、早期武力侵攻は遅々として進まず。
 苦悩するカガリを見るに見かねて、ラクス=クラインは“歌姫の騎士団”と後に呼称される部隊を派遣した。
 ――軍神に率いられた最強の軍団、“ピースガーディアン”の初陣である。


 光が、眼前に輝く。
 それがビームの光だと、キラ=ヤマトには良く解っていた。
 (着弾までコンマ6秒。防御……いや、切り落とす)
 避ければ、スピードが落ちる。それを恐れて――とはいえ、発想は常人の域ではない。キラは思い通りに操縦桿を動かし、眼前の光をビームサーベルで切り落とす。鋼鉄の腕が軋みすら漏らさずに動くのは、ストライクフリーダムが入念に調整されている証拠だ。
 速度はそのまま。視界には三機のストライクダガー。それらは一斉にビームガンの銃口をこちらに向けるが。
 「遅い!」
 先のビームでスピードを殺さなかったストライクフリーダムは、その自慢の速度で肉薄する!
 三機のストライクダガーは、こちらの動きに対応出来ないようだった。速度にものを云わせて突っ込んで行くストライクフリーダムに、満足に射撃軸線すら合わせられない。両の手にビームサーベルを握らせると、キラはストライクフリーダムを躍りかからせ――

 ――瞬間、“それ”が見えた。

 眉間に何かが走る。痛みではない、しかし明瞭な感覚が。キラが吐き捨てる。
 「出稼ぎで、人殺しなんてっ……!」
 キラには見えたのだ。ストライクダガーを駆るパイロットの情報が。そして、その人となりも。
 そのパイロットは世間では悪党と呼ばれる類の連中だ。しかし勿論、親も兄弟も、そして乳飲み子も居るのだ。それはキラを怯ませるには十分な内容だった。
 キラのそんな思いは一瞬のものであり、彼を苦況に立たせるものでは無かったが――結果として彼は、そのパイロットを殺さない方法を選んでいた。機体の両手両足を無駄なく、瞬きで全て断ち切り、彼等全員を戦闘不能に陥れる。キラが普段から良くやる、相手を殺さずに倒す方法である。
 ――“不殺”のキラ。それは、軍神のもう一つの異名であった。


 『――統一地球圏連合政府の度重なる警告にも拘わらず、東ユーラシア政府は強硬手段に出る事が出来ませんでした。結果として三つの都市に被害が生じ、未確認ですが数万人規模の死傷者が出た模様です。統一地球圏連合政府はこの事態を憂慮し――』
 付けっぱなしだったニュースから、きな臭い話題が出てきてマリュー=フラガは眉根をよせた。別にそうしたニュースが見たくない、という訳では無い。しかし今は、ようやくの休暇を楽しんでいる夫ムゥ=ラ=フラガが居る。せめて今ぐらいは、という思いがマリューにはあった。
 「お父さん、アンリの好きな番組が違うチャンネルでやってるから」
 主婦の知恵である。
 「ン、解った」
 礼服のまま帰ってきたのだが、今はその服もだらしなく着崩されて、ムゥはその手に愛娘アンリを抱いて破顔していた。
 「ほ~らアンリちゃん、パパでちゅよ~」
 ……普段から威厳に乏しいとはよく言われている人間だが、とはいえこれは仕方の無い事だろう。良き父親とはそうしたものだろうから。
 そんな事をしながら、ムゥはチャンネルを変える為にリモコンを手に取り――真剣な面持ちになった。夫の為にコーヒーを持ってきたマリューの顔も。
 「……キラ君」
 戦禍の中で戦っているストライクフリーダムの姿を見た時、マリューとムゥの顔にどうしようもない苦悩が広がっていた。


 イケヤ、ゴウ、ニシザワ――彼等の名前に、聞き覚えはあるだろうか。オーブ空軍の誇るムラサメ部隊の“三羽烏”と異名を取る、紛れも無いエース小隊の面々である。かつてストライクフォーメーションでかのカオスガンダムをも屠った腕前は戦後も高く評価され、キラ=ヤマト直属部隊ピースガーディアンの一翼を担っていた。
 彼等がオーブ軍人であるというのは、何処に行っても解る。例え軍服を着ていなくても、例え誰もが彼等の顔を知らなくとも。彼等は、骨の髄までオーブ軍人であった。
 例えば居酒屋に於いても。
 「イケヤ、お主はどう思う」
 「ゴウ、知れた事よ。オーブ軍人足る者、迷いはない!」
 「……つまりはビール三つで良いのだな、皆」
 まあこれは極端な事例として。
 要するに彼等は徹底的に頑固で真面目、融通も利かなかったが、しかし他者には決して負けない、誇れる者があった。“忠誠心”がそれである。それは勿論盟主カガリ=ユラ=アスハに絶対的に向けられていたが、その弟であるキラ=ヤマトにもしつこいほど向けられていた。
 「「「我ら“オーブ三羽烏”、何時なりと主命にて我が命を捧げて見せよう!」」」
 「うん、解った。解ったから……場所だけはわきまえてくれない?」
 TPOは望むべくも無かったが、しかして時と場所を考えれば頼りになるのがこの三人である。事実、キラもこの三人を頼りにする機会は多々あった。後年ピースガーディアンが規律正しき部隊になったのもこの三人の尽力あればこそ、である。
 とはいえ彼等三人がキラに心酔していたかと言えば、そうでもない。
 「イケヤ、お主はどう見る」
 「うむ。某の見たところキラ様は未だ、未熟な所がおありだ。戦場に於いて相手の命を取らず、というのは美談ではあるのだが……」
 「寝首をかかれる、というのだな。お主は」
 「待て待て、主君を貶めるなど家臣のする事ではあるまい。我らは、我らに出来る事をするべきではないか」
 「よく言ったニシザワ。無論、拙者は命を惜しむ様な卑怯な振る舞いはせぬ!」
 「……我らの意見は一つの様だな。かかる事態にキラ様が陥った場合、我らの取るべき道は一つ」
 「うむ、拙者等の命を持ってキラ様に讒言をする。それこそ、武士の本懐である」
 彼等の本心はキラも良く知っていたので――何しろ大声で話しているものだから、キラだけでなく部隊内の誰もが知っていた――キラは苦笑するばかりだった。
 とはいえ。
 (イケヤさん、ゴウさん、ニシザワさん――貴方達は、知らないんだ。僕が何故“不殺”を貫かなければならないのか。何故、それほど人殺しを恐れるのか。何故、人殺しを嫌がるのか。それは、同情でも憐憫でもない……ただ、怖いからなんだよ)
 ストライクフリーダムを追う様に、三羽烏のムラサメが飛来する。彼等は我が身に変えてもキラとストライクフリーダムを守るのだろう。けれど、それはさせない。そうキラは思う。
 キラは再びストライクフリーダムの推力を最大まで引き上げる。オーブが誇るムラサメはおろか、現有のモビルスーツの誰もが追いつけない速度――キラは、何かから逃げるかの様に敵を無力化し続けていった。


 ストライクフリーダムが映像に映ったのはほんの一瞬。しかし、それはマリューとムゥの思惟を引きずるには十分過ぎた。
 アンリは急に押し黙ってしまった両親の顔を交互に眺めていたが、直ぐ側に来てくれたマリューの胸に飛び込むと安心した様に寝入る。親思いの子供である。
 暫くの間があって、ようやくムゥは口を開いた。
 「……“狂戦士”、か」
 “軍神”でもなく“不殺”でもなく、ムゥはそう言った。それはかつてムゥがキラを評した際の言葉で、それは時の流れで風化した評価の筈だった。
 マリューは静かに夫を見る。促し、というには優しい瞳で。
 「愛を信じるが故に愛を恐れ、平和を願うが故に平和に怯え、戦いを厭うが故に誰よりも戦いに通じる――」
 それは、矛盾。強き槍と盾を持つ、それ故に惑う者の話。
 ムゥの目は、悲しげだった。哀れみ、憐憫――しかし、憧憬。それは、人ならざる力量の一端を知る者のみが持つ感情だった。
 「俺は、君も知る通り“空間認識能力”なんてご大層な特技を持っている。初めてその特技が披露できた時、俺は小躍りしていたよ。『俺は誰よりも強い』なんて自惚れてな……けれど、直ぐに気が付いたよ。『誰もが持ち得ない、理解出来ない強さ』なんてものは、その所持者をどうしようもなく不安にさせるものだったって事にな」
 天与の才――それは、努力の末に身に付けられた技能とは、全く異なる。
 努力も何もなく、ただ呼吸をするかの様にそれは身に付く。余人の羨望と嫉妬の視線を受けながら。
 しかし、だからこそ“それ”は所持者を不安にさせる。“それ”が本当はなんなのか、実のところ当事者にだって解らないからだ。限界も区引きも道標も無い――それが“信頼に足る能力”だとは、ムゥには思えない。
 「世界最強の戦士、なんてのは眉唾モノの言い様だ。そんな言い方されたって、坊主は喜ばない。頼りにしなきゃいけないのに、何処まで頼りにしていいか解らない――坊主はずっと、その恐怖と戦い続けている」
 「……そうね」
 ムゥはごろんと横になって、マリューに寄り添う様にした。マリューがムゥの髪を撫でると、安心した様にムゥは続ける。
 「今、坊主は『世界平和が何によって成し遂げられるか』正確に理解している。ラクス嬢が掲げる『全世界の統一政府実現』はそれの一つの完成形だ。そしてそれを為し得る為に、自分の存在が必要なのだという事も、な」
 「…………」
 マリューは、何も言わない。ただ、胸中には錆びた鉄の様な思いがあるだけだ。
 「坊主にとっちゃ、アレは“実験”なのさ。己の実力を、能力を測る為のな。だから、懸命に“不殺”に拘る――誰よりも利己的な理由だから、拘らざるを得ないのさ」
 「キラ君……」
 あの子は、周囲に甘える事が出来なかった。“出来る”少年であったから。
 それが、彼にどんな苦悩を与えていたのか――マリューには居たい程解る。側に居た者だからこそ。
 しかし、もう一つムゥには思う事があった。それは妻子には聞かせたくない、男だからこそ解る理由。決して誇れぬ、しかし避けられぬ願望が彼の胸中にもあるのだ。
 (その力を存分に振るった時、俺の心にあったのはただ『恍惚』のみだった――堪ったモノじゃないんだよ、“選ばれし者”っていう感触は。誰も彼もが格下に思えてしまうあの感触は……人が持っちゃ、いけないモノだ。“狂戦士”に取り込まれるなよ、坊主……)
 既にテレビには別のニュースがやっていたが、彼等の脳裏には一欠片も記憶されなかった。二人はぼんやりと東ユーラシアで行われている戦闘の事に思いを馳せていた……。


 パン屋の息子、鍛冶屋の甥、結婚を間近に控えた娘――そうした人々が駆るモビルスーツを捌きながら、キラは思う。炎天下の外気が、彼等にどう作用するのか、を。
 (近くの街まで数十キロ。彼等が生きて帰れるのか……僕には解らない)
 かといって、助ける事は出来そうもない。分秒を問われる局面で、それは味方の命を晒す行為に他ならない。彼等が救われる事を願うのは単なる偽善に間違い無いのは、キラ本人にも良く解っているのだが。
 「出てこなければ、危険な事は無いのに!」
 吐き捨てる様に、キラ。それが誰に向けての呪詛なのか、彼自身にも解らない。ただ、吐き捨てないと己の心の蟠りが大きくなりすぎてしまう、そんな気がしたのだ。
 誰も解るまい――彼が常に傷付いている事を。
 人は嫌な事や辛い事、汚い事から目を背ける事が出来る。“見ざる、聞かざる”事が出来るのだ。しかし、キラはそれが出来ない。どんなに目を背けても、耳を傾けない様にしても、情報全てが彼にインプットされてしまうのだ。陰惨な事件も、残虐な所行も、人間性を疑う様な言動も――余人が無意識のうちに避け得るそれらは、キラには避ける術が無い。
言い方を変えると、彼という役柄は少なくとも“人でない存在”でなければ務まらないのだ。しかし、キラは敢えて“人間”に拘る。それすら捨ててしまったら、もう帰れないのだと思えてしまうのだ。
 後ろで、自分が無力化したモビルスーツが破壊されたのが解る。中のパイロットは苦悶と呪詛を世界に残して焼き殺されたのも解る。
 ――だが、どうすればいい?
 人を救う事はそれなりの労力を伴う事で、また立場によっては味方に対しては敵対行為となり、そして必ずしも良い結果をもたらす訳でもない。人の命は救えても、心を救うのはキラには出来そうもないのだ――そんな自信は無いのだ。
 “不殺”とはキラの精神バランスを取る一つの方法で、そこに彼がどれ程その所行を否定されようとも拘り続けた理由があり、制止出来ない思惟がある。
 (こんな中途半端な力なら――僕は欲しくなんか無い!)
 そう、何度思っただろう。何度、諦めたのだろう。彼は世界の美しさをも知る事が出来たが、それ以上に世界の醜悪さを必要以上に知ってしまう。彼にとって人生とは、苦痛と苦難と悔恨の連鎖に他ならない。
 それでも。
 「僕は、守らなきゃ……!」
 守りたいものがある。守りたい者が居る。守るべき世界がある。
 夢を叶える為に戦う人達が居る。キラには怖くて踏み出せない道筋を歩み続ける女性が居る。そしてその女性は、キラが本当に欲しかったモノをくれたのだ。

 <――貴方が優しいのは、貴方だからでしょう?>

 誰も彼もが“彼の能力”を欲した時、彼女だけは“彼自身”を見据えていた。
 打算も計算もなく只一人の人間として、彼女は見据えてくれたのだ。
 (僕は、人間だ。神様でも、悪魔でもない――そこら辺に居る、一人の人間なんだ!)
 そう、何度願っただろう。
 しかし結局、それを止めてしまうのはキラ当人だった。その内に秘めた能力が、彼自身を蝕んでしまうから。
 今はもう、解っている。自分に救いが無い事も。そして自分が生きる理由が、自分自身には無い事も。
 だから――かも知れない。彼女の“夢”を叶えてあげようと思えるのは。

 <私は、世界を“平和”にしようと思っています。私達は愚かだから、楔が必要なのです>

 ああ――。
 ビームサーベルを振る鋼鉄の腕が、自らの体の様に感じられる。怜悧な刃物が相手の体を切り裂く様も、肌で感じる事が出来る。相手の絶叫が、恐怖の息遣いが良く聞こえる。
 けれどキラは奥歯を噛み締め、その作業を続ける。続けなければならないから。
 いつの間にか、キラは単独で敵陣を分断し始めていた。彼は常に最前線に立ち、そして常に動き続けていたから、それは当然かも知れなかったが。
 敵の思惟が、彼に恐怖を感じている――白い悪魔と、人が囁く。
 戦争という行為は、夢を叶える為に他者を排除する行為だ。ならば悪魔と蔑まれてもキラにはなんの感慨も無い。『まあ、そうだろうね』と思う程度だ。
 ――ふと、キラは感じた。恐るべき思惟を。
 「馬鹿な……!」
 己が感じたモノを、キラは否定したかった。己の全能力が、全細胞が感じた事が『嘘だ』と声高に叫びたかった。
 敵は、彼等は『キラ』という相手の事を良く勉強していた。だからこんな手段を使うのだ――それは、キラが考えて於かなければならない事だった。
 ストライクフリーダムに、何十本ものミサイルが白煙を上げて襲い掛かってくる。キラはその中に“人の命”が入っているのを理解していた。


 思いは、人それぞれだった。
 ――ああ、俺は死ぬのか。
 ――ここで勝たなきゃ、俺の家族が……。
 ――どうせ死ぬんだ。パッと逝くか。
 希望、諦め――そして紛れも無いのは“幸せを願う”心。
 人間ミサイルに乗っているのは、皆覚悟した兵士達だった。
 助かる術は無く、死ぬ前に道連れを造る為だけの唾棄すべき戦法。そうそう使われる戦法ではないとキラは高をくくっていたのかも知れない。しかし、少し考えればこの戦法が“不殺の軍神”には最も効果的な戦法だと気付く筈だ。何しろ『何をどうやっても相手が死ぬ』のだから。
 撃墜すれば、間違い無く死ぬ。
 ミサイルの翼を切り落としても、墜落して死ぬ。
 あわよくば、自爆して死ぬ。
 ――何をどうしても、キラは相手を殺さなければならない。
 「貴方達は、何故!」
 (そんなにも僕を憎むのか。憎まなければならないのか!)
 そうしなければ彼等も生きていけないのだと、キラは知りながら。それでも、どうしても叫びたかった。もはや救いの無い旅路にこぎ出してしまった使者達に、生者が掛けるべき言葉は無いと知りながら。
 ミサイル着弾まで、数秒。キラは、決断しなければならなかった。
 (ビームライフル――いや、サーベルで翼を――少しでも生存率を上げる為には――!)
 焦りが募り、動悸が高まる。冷や汗が伝い落ちるのが自分でも解る。
 (……駄目、か)
 その結論は解っていた。それでも、何とかしたかった。今でも、何とかしたかった。
 (“人間”なら、出来ない事がある――これはそういう事なんだろうな)
 諦め。キラという人間は、実は常に諦めていた。
 自分に幸せは、もう訪れないのだろうと。もう二度と、幸せだったヘリオポリスの頃には戻れないのだと。遠い昔の、世界が美しかった頃には戻れないのだと。
 (ライフル――撃たなきゃ……)
 そうは思う。しかし今、それ以上にキラの心を満たしている事があった。
 (もう、いいや)
 そんなにも、僕は世界から愛されないのか。そんなにも、憎まれ続けなければならないのか。今この場を潜り抜けても、更に一層の殺意に身を投じて行かなければならないのか。
 それは、キラという個人が最も望まぬ人生では無いのだろうか。キラという個人が、最も唾棄すべき生き方では無いのだろうか。キラという個人が、最も望まぬ生き方では無かっただろうか。
 ミサイルが迫る。キラは、何時しか瞳を閉じていた。
 もう、見たくなかった。世界も、希望も、殺意も苦悩も。ただ、楽になりたかった。

 『キラ様っ!!』
 ――それは、言葉ではない。明確な意志だった。
 「……ゴウさん?」
 キラの瞳が、再び開かれ――そして絶叫した。
 「馬鹿な!? 止めろゴウさん!!」
 何故だろう。何故この人達は、全く迷いを捨てられるのだろう。それは強さではなく、弱さから来るモノだとキラは理解していたから、尚更に。
 キラの制止は、届かなかった。届いたとしても、ゴウは止まらなかっただろう。
 『イケヤ、ニシザワ! 後は頼んだ!!』
 『任せろ!』
 『拙者も直ぐに行く! 待っておれ!』
 ゴウのマサムネは、両手を広げながら突き進んだ。ストライクフリーダムに遅い来るミサイルの盾になるかの様に。
 ――互いに、避ける事は不可能だった。
 絶叫と、爆発が辺りを包んでいた。キラは、ただ叫んでいた。


 ――まだ、ミサイルがある。
 ――イケヤさんも突撃していく。ニシザワさんも。
 ――ニシザワさんは助けられる。けれど、イケヤさんは。
 (……止めてくれ!)
 キラは叫ぶ。脳裏で繰り広げられる激論に向かって。あらゆる可能性をシュミレートし続けてしまう、己に向かって。
 (見せるな、こんなモノを! 僕は、知りたくなかったんだ!)
 それは、キラという個人の慟哭だった。知りたくもないモノを知りすぎてしまった、哀れな子供の姿だった。
 夢も、希望も無く――ただ現実。それは、不幸な事なのだ。
 ああ――イケヤのムラサメがミサイルを前進で受け止めていく。腕が飛び、頭が飛び、そして爆発して――。
 (……僕のせいなのか!? 僕が、僕が……!)
 迷わなかったのなら。傷付く事を選んでいたのなら。
 ニシザワ機もまた、同じようにミサイルに突っ込んで行く。キラは、叫んでいた。ただ、叫んでいた。
 己の運命を呪い、命を呪い、そして未来を呪い。
 それでも、“守り続ける為に”叫び続けた。それは、鬼哭の叫びだった。


 ハイマットフルバースト。
 その瞬間、全てが吹き飛ばされていた。


 ニシザワ機は、脚部を失っただけだった。
 ――生きている。その事実は、ほんの少しだけキラを安堵させていた。しかし、直ぐにその瞳は何かを見据えていた。そこには、今までのキラには無かった“明確な殺意”があった。
 (……地平の彼方、街より数十キロの目視不可能地点。お前か……お前が首謀者か!)
 映像など、見る事は出来ないはずだ。まして、相手は岩陰の地下基地に隠れているのだ。しかし、キラには良く解っていた。その人の要望さえも。
 (アンドレイ=グラウル。下らない事を考えるテロリスト!!)
 キラは、もう躊躇いは無かった。嫌だと思っていた。最低だと、思っていたのだ。
 けれど――もはや限界だった。
 (僕はいずれ死ぬ。死んでみせる。この最悪な運命と共に。けれど……けれど。その前に、僕は思いのままに人を救ってみせる!)
 動くモノの居なくなった大空にストライクフリーダムは飛翔する。ビームライフルを合体させ、ロングレンジライフルに変形させた。
 標的はレーダーレンジ外。当たる可能性は限りなくゼロに近い、が。
 (お前は、許さない)
 キラは、見据えていた。グラウルの肖像を。
 放たれたビームは、アンドレイ=グラウルという人間をこの世から抹消していた。
 ビームの残滓だけが、彼を弔っていた。


 九十日革命は、集結した。ピースガーディアン――いや、“軍神”キラ=ヤマトの手によって。


 「……どう思う?」
 シラヒ=ホス=ホデリは左隣に座っていた女性から急に声を掛けられて多少同様したが、直ぐに立ち直るとその緑髪の女性に返した。
 「どうって……流石は“軍神”キラ様だなぁって。だって新人の俺達への終生の命令が『死ぬな。決して、僕の盾になろうなどと考えるな』だもんな。格好いいぜ、実際」
 「そうじゃないのよ。そうじゃないっていうか、んーと……」
 ふと、シラヒは彼女のネームプレートを見た。レイラ=ウィンというのが彼女の名前らしい。暫く考えて、彼女は口を開いた。
 「……なんであんなに悲しそうに笑うのかな、って」
 レイラの知るキラ=ヤマトとは武勲の代名詞だ。連戦連勝、敵う者など居ない最強の存在。だからこそ、ああも弱々しいのは意外だったのかも知れない。
 「優しい方、なのでしょう。強さと優しさを兼ね備えた英雄――素晴らしい事です」
 シラヒの右隣に座るウノ=ホトという男が言う。その言い様には恍惚すらあった。
 「あんまり詮索するモンじゃ無いだろ。俺達の上司は良い人だって解ったしな」
 「うん……まあ、そりゃそうだけどね」
 レイラは何故か思っていた。キラが、彼等を頼る事は無いのだと。ただ、彼は側に誰かが居ないと潰れてしまうのだと。

 歩み去るキラの背中には、孤独のみがあった。

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