「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

独白 ~ラクスの思惟~

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 「……コーディネイターの意味、ですか?」

 それは歌姫の館での、ある日の事。いつものように図書館で本を借りて、テラスにあるお気に入りのベンチで読書に耽っていたソラに、ひょっこり現れたラクスが問いかけてきたのだ。
 他愛無い会話と、紅茶で湿った唇が紡ぎだしたその不可思議な問い。ソラは目をぱちくりさせて、その問いを反芻していた。

 「コーディネイター。私はその存在そのものに意味があった――そうは思えないのです」

 その日は、とても良い読書日和だった事を覚えている。空には適度に雲があり、また降り注ぐ陽光は木漏れ日となって、優しく肌に降り注ぐ。風は頬をなぜる程度の、本当に心地良い日だった。
 そう、ラクスのその問いを除いては。
 ソラは事あるごとにその日の問いを思い出す。それはとても強烈で鮮烈な、女帝の心の旅路――その一端を知った日であったから。




 何故、コーディネイターというものが必要だったのか。それは単純に、人類が宇宙進出というものをする上での必須事項であった。
 宇宙というのは過酷な環境である。地球という存在が如何に人類を慈しんできたか、育んできたのか。その事を骨の髄まで知らされるほどに。
 まず、空気が存在しない。人が生きる上で必須とされるものが、悉く存在しない。更に重力というものも存在せず、長く宇宙に居れば人は骨や筋肉を蝕まれ、劣化し続けていく。放射線やガンマ線といった有害な代物もそこかしこから照りつけ、そこはあらゆる事象で人を拒絶する環境だった。
 しかし、人はそこに住まうことにした。いや、住まわねばならなかった。何故か?――その理由は簡単な事だ。もはや地球は、人を住まわせることに限界であったからだ。増え続ける人類は生きるためと称して森林を伐採し、地球に内包されたエネルギーを引っ張り出して我が物とする。それは感謝という大義名分を掲げた略奪行為に他ならず、その事に地球というものが耐え切れなくなってきていたからだ。

 「我等が先達、ジョージ=グレン様がプロジェクト・コーディネイターを推進したのはそういう事情があったのです」
 「生きるために――」
 「止むを得ない事でした。生まれてくる命を、これから生まれてくる命を否定しないためには、人は世界から略奪を続ける他は無いのですから」

 ソラは、居た堪れなくなって紅茶を口にする。温かいアールグレイの紅茶の味が口中に広がっていっても、ソラの気分は変わらなかった。

 (ラクスさま……何だか悲しそう)

 ソラの眼前に居るラクスは、普段通りの微笑を絶やさない。けれどその心の中で、どれ程の激情が渦巻いているのだろうか。
 ラクスは続ける。

 「プロジェクト・コーディネイターに先発された人々は、文字通り命がけでした。人が宇宙という環境に適応するための試金石――それは、単なるモルモットに他ならなかったのです」
 「そんな……」
 「過酷な環境に於いて人が生きる術を見出すためには、人の限界を知らなければならない。コーディネイターというものは、そうしてこの世に生み出されていったのです。最初は劣化していく身体を保全するための医療行為として――そして文字通りのモルモットとして、体を調整していくことによって。私の父、シーゲル=クラインもそんな勇気溢れる若者の一人でした」
 「モルモットだなんて、そんな……!」
 「それが事実なのです、ソラさん。私達はそうした犠牲の上に成り立っているのですよ」

 初期にプロジェクト・コーディネイターに抜擢された人々は、言い換えれば地上に居場所の無い人達だった。住まう場所も限られ、職も無く、世界に挑まなければ生きることすら出来ない人々だった。だからこそ、あれほどナチュラルを毛嫌いするのか――ソラは薄々は知っていた事実を改めて突きつけられ、愕然としていた。
 己を土台とされることに、そしてその上で生きなければならない奴隷として。その様に納得しなければならなかった人々の思いとはどの様なものであったのか。
 そんな彼等が新天地プラントを手に入れ、地球からの独立を望む――それを誰が責められようか。

 「生きるために。ただ、そのためだけに。人は人を、人は世界を踏みにじらなければならない。では、踏みにじられたモノの思いは、一体何処へ行けば良いのでしょう?」
 「ラクス様……」

 その先は、ソラも知っている。プラント独立戦争と呼ばれる、互いの命運を賭けた殲滅戦争が人々の選んだ道筋だった。

 「私は、その道は間違いだと思いました。如何なる理由があろうと、短絡に過ぎると。 ……けれど、外交によって行えることにも限界があるのだとも思っていました」
 「…………」

 ソラは圧倒されていた。そして、改めて思い知っていた。眼前の女性が、紛れも無く女帝であるのだ、と。

 (この人は、解っていたんだ。あの時、両陣営の首脳がもはや引くに引けない所まで追い込まれていた事を。コーディネイター側は虐げられたものとして、ナチュラル側は虐げるものとして。引いてしまえば、それは個人が背負えるものでは無かったから……)

 だから――だから、両方の首脳を片付けたんだ。双方を引かせるために。
 ソラは、直感的にそう思った。そう思えてしまった。しかし、それは言葉にするにはあまりに禍々しい内容だった。ソラは背筋が凍りつくのを感じながら、しかしそれを懸命にラクスに悟られないように努力する。この女帝の事を、ソラは憎むことが出来なかったから。
 そして、ソラは悟っていた。何故この女性が再び戦いに出向き、そして政権を取るに至ったのか。

 (この人は、コーディネイターというものを終わらせる気なんだ。悲しみを、憎しみを、差別を生み出した代物を。だから、世界を全てコーディネイトするデスティニープランを許す訳にはいかなかった……)
 (人が人らしく生きる。それには何かを踏みつけにしなければならない――それを知ってなお、ラクス様、貴方は……)

 何時の間にか――ラクスの瞳はソラのそれを見据えていた。ソラの内心を見透かすかのように。
 ラクスはソラに微笑むと、静かにこう言った。

 「ソラさん、世界はもはや限界に来ています。それは今に始まった事ではなく、シーゲルお父様が存命の頃から……いいえ、もっと前から世界は崩壊への道をひた走っています。勿論、今この時に於いても」

 ニュートロンジャマー、この存在は厄介な存在のはずだ。しかし、敢えてラクスはその問題に触れようとはしない。何故か?

 (産業を振興させれば、再び資源開発が――際限の無い略奪が始まる。でも、資源が枯渇しかかっている今となっては、また争いの火種になってしまう。その為に放置して、資源開発をさせていない……?)

 女帝はゆっくりと立ち上がった。天空を望み、高みを見据えて。

 「人は、生きるために貪欲であろうとします。人は、生きるために全ての行為を正当化します。でも、それで良いのでしょうか? 人とは、種とは、滅ぶために生を全うしようと言うのでしょうか? 愚かなレミングの様に、滅びへの道をひた走らなければならないのでしょうか? 
 ……私は、守りたいのです。世界を、人々のために。」


 ――そのためには、どんな事をしても。


 ソラには、女帝のその独白が聞こえたような気がした。それは悲しき、しかしこの上無き強い意志を感じさせるものだった。



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