「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第17話「導かれし大地」Cパート

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匿名ユーザー

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ズールの市場といえば、有名な観光名所の一つなんだ――そう、いつ買ったのかすら解らないガイドブックを片手に、ジェスはソラにそう話した。
ソラが彼にエスコートされた所は、ズール市街地中央部を一文字に横切る大市場であった。

薄汚れた雑多な店舗がひしめき合う中、通りにはビニールシートの屋根をした屋台が、ところ狭しと立ち並んでいる。
肉や野菜、パン、酒、色とりどりの果物はもちろん、洋服や本や古道具。
どこから仕入れてきたのか分からない絵画や古美術品まで、何でもかんでも売っていた。
あちこちの店ではそんな商品を間にして、客と店主が激しく値段の掛け合い、値引き合いをしている。
時々怒鳴り声が聞えてくるほどだ。
だがさすがに観光名所と言われるだけあって人通りは多く、そんな声もあっというまに人ごみにかき消されてしまう。
そんな市場の中を二人は歩いていく。

「随分と賑わっているだろう? ここの市場は昔から『泥棒市場』とも言われているんだ」
「ど、泥棒市場ですか? 凄い名前ですね……」
「昔、盗賊達が盗んできた盗品をここで売りさばいていたという、古い言い伝えがあるんだよ。だからこの地方では古くから”家宝が盗まれたら、ここに探しに来い”と言われたほどなのさ」

ジェスの解説に、思わずソラは目を丸くする。
彼の説明を真に受けたのか、ついソラはいぶかしげに市場を眺めてしまう。
目の前の店に並んでいる商品も、ひょっとしてどこから盗んできたものなのだろうか?
そんな彼女にジェスは苦笑した。

「大丈夫、大丈夫。本当に泥棒市場だったのは貴族や王様がいた古い中世の時代の話だよ。土地に伝わるおとぎ話みたいなもんで、今はどこにでもある普通の市場さ」
「そ、そうなんですか」
「まあ、それでもこの街はそれを観光資源にしてるから、何だけどな。市場の近くの広場に盗賊達の銅像まで立ててね」

ソラはホッと胸をなでおろす。
テロリストが本拠を置いている街と聞いてたから、もっと物騒な所かと思っていたのだ。
しかしこうして街を歩いてみると、そんな気配は微塵も感じられない。

「そういえばアスランさんにメールしたんですけど……『もう好きにしてくれ。こっちはまだ時間が掛かりそうだ』って帰ってきました……」

ソラが何か済まなそうな顔で言う。
主にアスランに、だが。

「そりゃ、そうだろう。いきなりオーブの幹部クラスがこんな辺鄙な場所に来ればそうなるさ。……下手すると、昼食までは動けないだろうな」

そういうとジェスは瞳を輝かせて、市場のあちこちに見て回っていく。
それはまさに場所を訪れた子供の視線だ。
目新しいモノを見つけると直ぐにカメラがその手に現れ、写真を何枚も撮っていた。
本当の子供であるはずのソラの方が保護者に見えてしまいそうな取り合わせだ。

「どうして昼までなんですか?」

これは、ソラには馴染みのない事であり、ジェスには馴染みのある事だ。
カメラを片手にジェスは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに、ソラに向き直る。

「この地域の歓待って言えば、”食事”なんだよ」
「……はぁ」

ソラにはいまいちピンと来ない。
ジェスは続ける。

「つまり、署長はこう考えた訳さ――『偉い人がわざわざ訪ねてきてくれたのに、歓待もしないのはどういう事かっ!?』てね。ドイツの特産品はビールとソーセージが定番だが、本当の特産品は“余所者に暖かく、知り合いに厳しく”っていう気風なんだ。彼等にしてみれば、折角来た人にビールと食事を与えなければ、気が済まないんだろうな」

身振り手振りを交えつつ、自信たっぷりに解説するジェスの姿は滑稽なもので、道行く人も何事か、と振り返る程だ。
もはやソラには、少し身を引きつつ頷くしか手段がない。

「ま、もっと簡単に言えば“酒の肴”になったんだろうな、アスランは。こんな場所だから、娯楽が疎いっていうのもあってね。付き合わなきゃ逃げられなかったんだろうなあ」
「……そういうもの、なんですか」

一方ソラは、半ば呆れかえりつつ聞いていた。
どうにもこのノリにはついていけない、そんな感じだ。

《要するにここの連中はジェスの様な脳天気集団なんだろうな。ジェスがここに来たがったのも解る様な気がするぞ》
「誤解を招く様な発言はするな、ハチ!俺はソラの為にだなぁ!」
《ほほう?それにしては異様に準備が早かったがな。あの疾風の如き動きは仕事中でもそうは見せまい?》
「……お前とは一度、とっくりと“仕事について”話し合う必要がありそうだな」

ついさっきまでパントマイムもかくや、という動きをしていた男が今度は自前のアタッシュケースと腹話術をする――それが奇異に見られなくて何だというのか。
その様子を見ていた通りを行きかう人々から、ドッと笑いが沸き起こった。
もはや市民の遠慮無い視線に晒されて、最近は見られるのに慣れていたはずのソラも赤面してしまう。
恥ずかしいのを誤魔化そうと思ったのか、あるいは不安にかられたのか、ソラは思わずジェスに問いかける。

「ジェ、ジェスさん! そんな呑気にしている場合じゃ無いんじゃないですか? ここって、テロリストの本拠があるんでしょう?]
「そう心配しなくても良いよ。ここいらみたいな場所じゃ、事件だって数える程しか起こらない。警察署だってルーズで平和なもんさ」

その答えにまだ納得できないのか、怪訝な顔してみせるソラにジェス続ける。

「自分の家で好きこのんで銃を撃ちまくるヤツは居ないってこと。ましてそんな事をすれば、自分達の居場所を宣伝する事にもなる。だから意外と安全なもんなんだよ。テロリストの根城の足元って奴はね」
「そうなんですか……」

しかしどこかに釈然としないものが残る。
自分がいる国では何もせずに、他所の国に出かけては平然と破壊や殺戮を行う集団。
しかし失われる命には違いは無いはずだ。

「でも……自分の国で静かにしているなら、いっそ他所に行っても何もしなければいいのに。そうすれば誰も傷つかずに、誰も悲しまずに平和にいられるのに……。どうして……」

ふと湧いた疑問をソラは呟く。
そんな彼女にジェスは「ちょっとこっちに来てごらん」と横道へと誘った。
彼に着いていくと脇の小さな小道に入り、そのまま市場のある表通りから、二本外れた裏の路地に出た。
そこは市場の通りと違って、さほど人通りも多くなく、静かでのどかな佇まいを見せていた。

「あれを見てごらんよ」

路地のある一角をジェスが指差す。
古い靴屋があった。
中では老人がコツコツと丁寧に一足の革靴を作っている。
ずっと黙ったまま静かに、ただ一心に。

「靴屋さん……ですね」
「あそこはこの街で代々靴屋をやっている職人でね、もう2~300年はやっているかな」
「さ、300年!?」
「ここら辺じゃさほど珍しくも無いさ。凄いのになると創業500年とかだってある」
「はー……」

自分の想像もつかない歴史がここには息づいている。
ソラはそれにただ圧倒された。
だがその時、不意にジェスの表情が曇る。

「でもあの靴屋の息子はレジスタンスに参加してね。未だに帰ってこない」
「!?」
「以前仕事で取材に来た時に、近所に住む別の職人に聞いたんだ。残った父親はああやってずっと帰りを待っている」

しかし――ソラは、直ぐに真顔になった。

「どうして、そんな人達が……」

――レジスタンスなんかに身を投じなきゃいけないんでしょう?

それは疑問――言葉にしなくとも解る、疑念。
ジェスは頭をぼりぼりと掻きながら、ソラに向き直る。

「……君も知ってるはずだよ。理由は」

正しい事が本当に正しいのなら。
悪い事が本当に悪いのなら。
世界は何と簡素で、楽な構造なのだろう。
だが、それらは全て人それぞれが持ち合わせるもので、判断基準も人それぞれだ。

今もソラの視界の片隅で、人々は笑顔を作る。
通りの脇でビールを片手におじさんが、飲み友達と談笑している。
子供の手を引いた母親が、笑って彼らに挨拶をしていた。
その様子を眺めているお爺さんは、安楽椅子に座って微笑んでいる。

せめても、人が笑顔で居られるのは平和の証なのだとソラは思いたかった。
それが、テロリズムに支えられているかというのは別にして。



ようやくアスランが解放されて、ソラ達と合流した頃には既に夕日がズールの街を照らし出していた。

「……疲れた……。もう何も食いたくない……」

アスランはどれ程の苛烈な戦場に行ったとしても、弱音を吐いた事は無いと言われている――これは、戦場にはカウントしないでおこうとジェスは内心で決めていた。

「大丈夫ですか?」

ソラが心配そうに車のシートに横たわっているアスランを覗き込む。

「問題は無い。しかし、少し休ませてくれ……」

間違い無く、ビールの飲み過ぎとソーセージの食べ過ぎと会話のし過ぎで、オーバーワークとなっているアスランに、ジェスは「俺でも、駄目だったかも知れん」と一人ごちる。

「……とにかく、シノ=タカヤがこの街に居る事は判ったぞ……」

弱々しくアスラン。痛々しいが、しかしソラはそちらに気を回す余裕もない。

「何処に居るんですか!?」

つ、口をついて出るのは怒声になってしまう。
そんなソラをジェスがやんわりと諭す。

「落ち着けって。余所者が珍しい位の地域だ、この街にいるならいずれ発見出来る。……場所とかは、聞いてるのかい?」
「……それは……」

アスランが言おうとした――その時。

「――シーちゃん!」

ソラ達のいた場所は立体交差の様な所だった。
高さの違う十字路で、ソラ達は上の通路。
そして今、ソラが叫んだのは下の通路を歩いていた一人の女の子へ向かってだ。

「え……?」

その女の子は買い物帰りだった様だった。
フランスパンの入った紙袋を小脇に抱え、すらりとしたシルエットのジーンズを履いている。
割と女性的なソラに対して、男性的なイメージを持つのがシノという女の子の様だった。
一瞬、シノと呼ばれた女の子は、ソラと視線を合わせ――

「やばっ!」

踵を返すと、全力でその場から逃げ出す!

「……え?」

数瞬、ソラは何が起こっているのか理解出来なかった。だが、直ぐに立ち直り大声で叫ぶ。

「こ、こらシーちゃん!何で逃げるのよ!」

怒鳴れども、答えは返ってこない。

「もうっ!」

ソラも踵を返し、走って追い掛けようとした時。
正にこの時が仕事の時と動き出した男が居た!

「はあっ!」

ソラの居た手摺り辺りに一息で足を掛け、高々と天空に舞い――意外と高かった事に内心ビビリつつも――ばあん、と靴音も高くジェスは下の通路に着地する!

「~~~~~!」

地面から伝わる着地のショックがじんわりと頭まで伝わってくる。……半分涙目になりながらも、ジェスの心では使命感が勝った。

「紛争地帯だろうが何処だろうが――スクープを取る為に鍛えに鍛えたこの脚力!逃れられる者など居ないっ!!!」

うおおおおおおおおお……と雄叫びを上げつつジェスがシノを猛追する!
その迫力に子供を連れて夕食の買い物に来ていた母親が慌てて子供を抱きかかえて道路の端に寄ったり、お年寄りが腰を抜かしたりしたが気にしてはいけない。
ずどどどどどと、足音も高らかにジェスが走り去る。
改めてぽかんとしていたソラだが、ようやく気が付くとこちらも走って二人を追い掛け始めた。
そして全てが走り去った後――車に残されたアスランとハチは。

「俺は、何の為に努力したんだ……?」
《きっと何時か報われる日も来るさ、多分》

……と、黄昏れていた。


様々な苦難に遭うだろうとは、思っていた。
きっと体験した事も無い辛苦があるだろうとも、思っていた。
――しかし、現在の状況は、考えていたもののどれにも当てはまらなかった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ひいいいいいっ!?」

絶叫マシーンと化し、恐ろしい勢いで猛追してくる東洋人――それなりに結構な体躯の男だ――が、目を血走らせつつ追っかけてくれば大抵の人間は恐れを為して逃げる。
本人達の意志に反して。

「何故逃げるっ!」
「そ、そんな事言ったって!!」
「逃げるのはやましい事が有るからだっ!!」
「いやあああっ!」

……多分、違うと思う。
とはいえ、シノは元はといえば陸上部所属である。
それなりに足も速い――尚かつ、こんな状況では更に速くなる。……以外と両者の距離は縮まらなかった。

「ならばっ!」

ジェスの瞳がギラリと輝く。奥歯をぎりっと噛み締め、更なる力を引き出す!

「――加速!」

……まあ、単に気合いを入れただけだが。
しかし、それなりに効果は有ったらしく、みるみるうちに二人の距離は縮まっていく。

「捉えたぁぁっ!」
「ひえええっ!?」

両手を広げ、ジェスは一息でシノに飛びつき――こうとして。
視界に、何かで塞がれるのを直前まで気が付かなかった。それがパイだと気が付いたのもぶつかってからだった。

「――うぶっ!?」

ごしゃっ!
……空中で飛来したパイを見事顔面に食らい、バランスを失ったジェスはそのまま明後日の方向に墜落した。

「うちの兄ちゃんの彼女に、なんて事するんだ!」
「カシム!」
「……売り物のパイをっ!?」

怒声と狂乱が入り交じり――シノとカシムはその混乱を縫って逃走した。
ソラが、昏倒したジェスを発見したのはそれから暫く経ってからの事だった。




とっぷりと、夜の帳が落ちた。
遠くでは狼の鳴き声が響き渡る――いや、犬か。
辺りは既に暗く、家々の灯火が夜道の道標だった。
アパートが立ち並ぶ街角の一角。
その一つの窓から、にぎやかな話し声が聞こえてきた。

「驚いたな、そんな事があったなんて」
「あんなヤツ、俺様に掛かればちょちょいのちょいだぜ!」
「頼りになるわねー、カシムは」
「へへーん、大したもんだろ!」

ソラの親友のシノ、彼女の想い人セシル、その弟のカシム。
暖かな食卓を囲み、楽しく談笑している。
それは家の中が幸せな証拠なのだろう――。

だが今日の成果を得意げに話していた弟カシムが、急にゴホンッゴホンッと咳き込む。
顔色はすっかり青ざめ、かなり苦しそうだ。

「カシム、大丈夫!?」

うつむいて苦しむカシムの背を、シノが慌ててさすってやる。
兄セシルはすぐさま戸棚から薬を取り出し、弟に渡した。

「ほら、薬だ」

カシムは無言で頷くと、渡された二錠ほどの錠剤を水と共に一気に飲み込む。
薬が効いてきたのか、青ざめていたカシムの顔に血色が戻ってきた。

「……ふう。ごめん、兄ちゃん……」
「無理をするなよ。お前は体が丈夫じゃないんだから」
「うん……」

その様子にシノもほっと胸をなでおろす。
この二人を捨てては置けない。
それが今の彼女の正直な気持ちだった。

――ところが。

その頃、そんな三人が住むアパートの一室の扉の前に、複数の男女が立っていた。

「……ここか」

苦り切った声を上げたのは他でもないアスランである。
そして彼の両脇にはソラとジェスがいた。

「幸運や人のめぐり合いなんて、どこに転がっているか分からんものだな。努力の賜物と言えばそれまでだが」

あの偶然の出逢いが命運を分けたのだろう。
おかげでシノの居所はあっさり判明した。
そして今、三人はここにいる。

「ヘッドスライディングまでした俺の努力の甲斐もあった訳だな」
「かもしれないな。……それはともかくここまで大騒ぎにしてくれたんだ。こってり絞って、きっちり連れ帰らないと」
「……怒って良いですよ、皆さん。私、止めません」

彼等は迷うことなくその家のドアをノックする。
その室内が凍り付くのと、怒声が夜の街に響き渡るのは、ほぼ同時だった……。


このSSは原案SS第17話「導かれし大地」Bパート(原案)を加筆、修正したものです。

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