C.E78/5/29、統一地球圏連合政府の90日戦争終結宣言からはや1ヶ月が経過した。
しかし戦場の舞台となった西ユーラシアでは今なお紛争の火種はくすぶり続けており、テロリストによるテロ活動、そして統一連合による掃討作戦が繰り返されている。
90日革命戦争後、西ユーラシア自治区の治安維持は統一連合軍が受け持っているがその大半はオーブ軍か徴兵した地元の軍人で構成されている。それでもオーブが譲歩した形であり、当初の派遣案ではオーブ軍と地元の軍人のみで構成するというものであった。
未だに主権を放棄していない国々にとっては、ここで治安維持をオーブのみ一任されると統一連合の軍事介入後はオーブ軍が受け持つという前例を作り上げられる危険性があった。
それを特に避けなければならないと考えていたのが大西洋連邦で、エターナリストであるカール=レノン大統領の反対を圧倒的多数で押し切り、戦争終結後も派遣することを決定した。
カール=レノンはエターナリストであるが政治的手段として使っているだけで信奉者ではない。
カール=レノンには議会の決定を覆す拒否権があったが世論の70~80%が派遣続行を賛成しており、しかもそれは戦争時に派遣を容易にするために自ら扇動した結果であったこの状況で派遣決定に対して拒否権を行使すれば次の選挙で確実に負ける。そういった心理が働いて拒否権を行使することができなかった。
「なんでこうなっちゃのかな~。戦争が終わった後のごたごたはオーブに任せて、本国に帰れると思ってたのに……。」
「不謹慎だよ、フォスタード。もう1ヶ月たったんだから気を取り直そうよ。」
フォスタードのぼやきにカーディオンは服を着替えながら注意する。
「だってさ~。ここの待遇僕らだけ明らかに悪いじゃん。大西洋連邦から派遣された人だけプレハブ住まいっておかしくない?ルシオルは水に当たって身体壊すし。」
「ここら辺は第二次汎地球圏戦争のときに大西洋連邦の実質的な支配を受けてたから評判が悪いんだよ。かといって表立っては仕返しするわけに行かないから……。それにしても、ルシオル大丈夫かなー。」
「どうだろうね。ところでカーディオン、なんで着替えてるの?」
「ん?ああ、テロを抑えるには事前の情報が必要だからね、現地で情報を集めようと思って。」
「そんなの諜報部に任せればいいのに。」
「そういう訳には行かないよ。伝達系統の都合で僕らのところに情報が届くのは他よりだいぶ遅いし。」
「それって明らかに……」
「おねがい、それ以上は言わないで。わかってるから。それじゃ、行ってくる。」
カーディオンはそういって部屋を出た。
西ユーラシア自治区の酒場で異国の人間であることは確かな3人の男がいた。この光景自体はこの地ではありふれた、普通なことだった。
問題なのは、彼らがC.E77/10/11に大西洋連邦で催された感謝祭を襲撃した首謀者達であることだ。
問題なのは、彼らがC.E77/10/11に大西洋連邦で催された感謝祭を襲撃した首謀者達であることだ。
彼らはあの後、レイヴェンラプター師団と合流しており、C.E78/1/1のホワイトアラクライシスの折にイザークたちによってレイヴェンラプター師団が壊滅した後はその行方が分からなくなっていた。
マーレが酒の入ったグラスをカウンターに叩きつける。酒に酔って荒れているのは明らかだった。
「イザークの野郎、次は絶対につぶす。」
苛立っているマーレとは対照的に「バイオレーター」のコードネームで呼ばれていた男、ヴィオ=エルファンテスは上機嫌であった。すでにかなり出来上がっている。
「まっ、こっちで反乱がおきたおかげで奴らの追撃は緩んだ上にこんな隠れ場所もできたんだ。今のところはロゼクロ様々って事でいいんじゃねえか?もっとも、ロゼクロはとっくにつぶれてるけどな。」
「それより……、これから…どうするんだ……?」
「サイレント」のコードネームで呼ばれていた男、ヴァレリア=Y=ノートンがマーレに問いかける。
実際問題、彼らには後ろ盾となる組織とガルムを含めた部下を失っていた。他の組織に鞍替えしようにもレイヴェンラプター師団のメンバーは周辺の武装組織からも警戒されており、実行部隊であったマーレたちを迎え入れてくれる組織はどこにも無かった。
そのため、政府軍の目から逃れるために無政府状態に近い西ユーラシア自治区まで逃げ込むしかなかったのである。
「とりあえずは再起を図るためにまとまった金が必要だ。前みたいに貨物船でも襲って……」
マーレがイスに寄りかかりながら金策を話そうとしたとき、カウンターに頼んだ覚えの無いつまみが置かれる。
「おい、俺らはこんなの頼んでねえぞ。」
「あちらのお客様からです。」
バーテンダーの示した方を見ると、フードすっぽりと被った男が静かに酒を飲んでいた。
マーレはいぶかしりながらその男に歩み寄る。
「何のつもりだ?顔見せろよ。」
マーレの尊大な態度に男は答える。
「久しぶりだな、マーレ。7年ぶりだったか?」
男はそう言いながらフードを外し、顔をさらす。マーレはその顔を見て息をのんだ。
「てめえは、「怒れる双剣」のトラオム=ウィルケン!!!ヤキンドゥーエ戦の後脱走したとは聞いてたが、生きてたのか!!!」
「おいおい、勝手に殺すな。ちゃんと足だってあるし、心臓も動いてる。」
「なんでテメエがこんなところにいる!?」
「こんなところで話すことじゃないな。場所を変えようか。マスター、彼らの代金も俺が立て替える。」
そう言って金を払うと、トラオムはおもむろに立ち上がって外へと向かう。
「おい!ちょっと待て!勝手に話を進めんな!」
自分を無視して勝手に話を進められているように感じたマーレがトラオムに突っかかる。トラオムは扉の前で一度止まり、マーレたちに告げた。
「話が聞きたかったらついて来い。強制はしない。」
そう言って外へ出て行ったトラオムに、マーレたちもついていく。ただでさえ苛立っているこの状態で自分を無視されたまま勝手にどこかへいかれるのが我慢できなかったからだ。
裏路地に入ってしばらく進んでからトラオムは止まってマーレたちの方へ振り返り、その口を開いた。
「俺がこの地にいる理由だったな。俺はある御方の下で仲間になってくれる者たちを探している。」
「仲間だぁ?」
「そうだ。そして、この地でお前達と出会ったという訳だ。」
「偶々かよ。先に言っとくが、ナチュラルの下に付くのはごめんだぜ。」
マーレにとっては正直なところ相手がどんな組織なのかはどうでもよかった。ただ、ナチュラルがトップに立っている組織だとしたらそんなところに所属することはマーレにとって屈辱であり、耐えられないことだからだ。
そして、もしもトラオムが所属する組織がそうだった場合、トラオムを裏切り者として殺す気でいた。そのために腰の銃をいつでも撃てる体勢を、マーレはとっていた。
「安心しろ。あのお方は純粋なコーディネーターだ。それも、俺達コーディネーターの光となる……な。」
「光?」
「そう。光だ。仲間になるかどうかは一度会ってみてから判断してくれてかまわん。」
やつの言う光が何を意味しているかは深く理解していなかったが、その組織のトップがコーディネーターであるということ。入るかどうかの決定権がこちらに与えられているという優越感。そして、酒による判断能力の低下がマーレの心を固めた。
「まあ、とりあえずは会ってやるか。ヴィオ、ヴァレリア。お前らはどうする。」
「他に…いくところは……無いしな…。」
「O.Kオーケー。」
「だとよ、トラオム。とっとと案内しろ。」
「ああ、分かった。付いてきてくれ。」
トラオムはそう言うと、再び歩き始めた。
「っふー。結局何も収穫は無しか……。」
カーディオンは広場でイスに座り、溜息をついた。そこは所々で未だに戦いの傷跡が残っていたが人々でにぎわっており、復興の兆しを見せている。
だが、カーディオンの心は晴れない。
この広場はかなり復興が進んでいる場所であり、カーディオンが先ほど見てきた場所の中には未だに瓦礫が撤去されず、異臭が発生している場所もちらほらあった。だがそれ以上にカーディオンの心を曇らせているのは、瓦礫に息子の名前を叫び続け、助けを求めている老婆に自分が何もしてやれなかったことだ。
(僕はあの時助けられた。それなのに僕は……)
カーディオンがそのときを思い出す。
7年前、ブレイク=ザ=ワールドで崩落した瓦礫に埋まり、死に瀕していた自分を助けてくれたあの人。
名前も、所属も分からなかったけれど服装から大西洋連邦の軍人だということは分かった。
大西洋の人間としては珍しい黒髪黒目ということもカーディオンの脳裏に焼きついている。
あの人に助けられたから今の自分がいる。
あの人にもう1度会いたくて。あの時言えなかったお礼が言いたくて。そして、あの人みたいに何かを守りたくて僕は軍人になった。
それなのに、現実はどうか。
自分はどうすることもできないからと老婆の助けに答えず、あろう事か老婆に気づかれる前にその場を逃げてしまった。
これが自分の本質なのだろうか。命に執着し、他の命を顧みないこの姿が。
自責の念に沈み込んでいくカーディオンの思考は銃声によって打ち破られた。
平穏だった広場に銃声と怒号が響く。
「青き清浄なる世界のために!!!」
「宇宙の化け物どもの媚びる者達に神の裁きを!!!」
10人ほどの男が逃げ惑う人々に向けて無慈悲に銃撃する。
「ブルーコスモス……!」
誰かがそう叫んだのを聞いてカーディオンは目を見開いた。
その言葉は、かつて世界を席捲していたコーディネーター排斥組織「ブルーコスモス」がよく使う言葉であった。最盛期と比べるとその勢力は大幅に衰えているが今なお大規模である。
カーディオンは咄嗟にテーブルを跳ね上げてその銃撃を防いでいた。
(ブルーコスモスが……また!?みんなを…殺すために……!?)
テーブルの裏でカーディオンの呼吸は荒くなり、瞳孔が開く。頭に血が上る。その一方でどこに敵がいるのか、どのように倒せばいいか、どうすれば敵を殲滅できるか……。カーディオンの思考にはその方法が鮮明に浮かび上がっていた。
周囲にはブルーコスモスに対して応戦している者もおり、こちらに何かを言っている者がいたが、銃声で聞き取れない。だが、カーディオンにとってそんなことはどうでもよく感じた。
そして、カーディオンは携帯していた拳銃を手に取る。その目から光はなくなっていた。
カーディオンはテーブルから躍り出ると目に映ったブルーコスモスに対して即座に2発撃つ。その弾は正確に相手の胸と頭部を打ち抜き、絶命させる。一人目。
そのまま走り出して近場にいたブルーコスモスを撃って頭を吹き飛ばす。二人目。
さらに先ほど屠った死体を引っ張って盾とし、別のブルーコスモスの銃弾を防ぐ。力の入っていない死体は重かったが今のカーディオンはその程度のことは大したことではないと感じていた。
肉の盾で銃弾を防ぎながら拳銃でまた一人屠り、もう一人に掴んでいる死体をぶつける。
死体が邪魔でなかなか起き上がれないブルーコスモスを死体越しに踏みつけ、拳銃を眉間に当てて引き金を引く。四人目。
ブルーコスモスの一人が物陰から射殺しようと構えたがカーディオンはそちらを見ずに拳銃を数発撃ち、絶命させる。五人目。
ブルーコスモスが他にいないか辺りを見回すが他に立っているものはいない。
(そういえば他にブルーコスモスと応戦してた人がいたっけ。)
カーディオンはそのことを失念していた。
殺し合いが終わったことに気が付くと、カーディオンは先ほどまでの自分の行動を思い出し、愕然とする。
(僕は……何を…………!?)
やっぱり、これが僕の本質なのか。他人の命を奪うことに何の躊躇も覚えなかった、残虐なあの姿が。
そうしている間にもまだ息の合った2人のブルーコスモスが動かないカーディオンに向けて銃を向けるが、引き金を引く前にそれぞれ頭を撃たれて脳漿をぶちまけた。
カーディオンがその銃声に気が付くと、黒髪に燃える様な赤い目の青年がこちらに近づいて怒鳴った。
「あんた!人の話聞かないで勝手に出たと思ったらぼけっと突っ立って、そんなに死にたいのかよ!!!」
「え…あ…その、……すみません……。」
カーディオンが平謝りしていると、茶髪の女性が後ろからその青年の頭を思いっきり引っ叩いた。
「痛っ!コニール、いったい何すんだよ!」
「シン。あんただってあたしが止めなきゃ真っ先に突っ込んで行ったでしょ。」
「うっ、それは言うなよ……。」
コニールと呼ばれた女性はこっちを見て話しかけてきた。
「それにしても、さっきの動き、凄かったわね。どこで覚えたの?」
「いえ、身体が勝手に……。それに、凄くなんかありませんよ。こんな殺すための力なんて……。」
「そんなこと無いわ。あたし達だけだったら他の人たちがもっと死んでたかもしれなかったし。あんたのおかげで助かった人だっているのよ。もっと自分に自信を持って。」
「えっ!?」
先ほどまで考えていた、どす黒い自分の本質とは全く違う感想を言われてカーディオンは戸惑った。
広場に向かうサイレンが聞こえてくる。
「げっ!今の騒ぎを聞きつけてあいつら来るわ。あんたも早く逃げた方がいいわ。」
コニールはそのまま走り去ろうとしたが思いとどまってカーディオンに再び話しかける。
「そういえば、あんたの名前を聞いてなかったわね。なんて名前なの?」
「え…えっと、カーディオン。カーディオン=ヴォルナットです。」
「そう。良い名前ね。」
「おい、コニール!早くしないと置いてくぞ。」
「ちょっとあんたねえ、一人で勝手に行くんじゃないわよ!それじゃ、カーディオン。また縁があったら会いましょ。」
コニールはそういってシンと一緒にその場を走り去って行った。
本来なら呼び止めるべきなのだろうが、カーディオンはそうしなかった。
「それで、ブルーコスモスのテロはどうなった?」
西ユーラシア自治区の司令室で司令官レーデ准将が蓄えた顎鬚を整えながら部下に聞いた。
「全滅しました。」
「そうか、広場の市民は全滅か。ブルーコスモスが相手ではな。」
部下の報告を受けて笑うのをこらえながら頷く。
「いえ、全滅したのはテロを起こしたブルーコスモスの方で、広場の市民の被害は死者6名、重傷者18名、軽傷者29名となっております。」
部下の返答に顎鬚を整える作業を止める。
「何?どういうことだ。」
「テロの起きた広場に武装していたものが応戦したようです。」
「ほう。」
「また、その場にいあわせた正規の治安維持兵が半数を撃退したようです。」
「治安維持兵?広場周辺に配備した覚えはないんだが。」
「そうやら非番だったようです。外出許可申請も受理されております。」
「そうか、彼らには悪いことをしたかな。まあ良い。当然、他にも応戦したものはいるのだろう?」
「はい。現場から2名ほど離れたものがいたようです。先ほどの治安維持兵は見失ったと証言しております。」
「なら良い。大義名分は立った。もしそのような輩を放置していては、治安を大きく損なってしまうかもしれんからな……。すぐに作戦を立てるぞ。今回はそいつらが逃げた方向にある地域だ。」
大義名分は十分立ったことが分かったレーデ准将の顔はすでに笑っていた。
「准将。治安維持兵の一件はいかがなさいますか。」
「適当に始末書あたり書かせて終わらせろ。」
「了解しました。」
「……………。やっと終わった。」
ブルーコスモスのテロから1日経過した30日に、カーディオンは提出を求められていた始末書をようやく書き終えた。
「カーディオン。そんなに真剣に書かなくても、中身があるように見せるだけで簡単に済むのに。」
「そういうわけにも行かないよ。あの一件で見失った僕に責任があるわけだし。それに、もっと重い罰が下ると思ったらなんでか始末書だけですましてくれたのにそれでまで手を抜くのはよくないよ。」
「はぁ、真面目だねぇ。」
カーディオンの優等生な発言にフォスタードは寝転がりながら答える。
同じように寝転がっていたルシオルを見てカーディオンが聞く。
「ルシオル。調子はもういいの?」
「ああ、大事だ。それより聞いたぜ、カーディオン。なんでもブルコスの連中とやりあったんだってな。なんかMSを殴り壊したとかって聞いたけど本当か?」
明らかに冗談としかいえない噂を聞いてカーディオンは呆れる。
「ルシオル……、どうやったら噂にそんな尾ひれがくっつくの……。」
「ん?やっぱ違うのか。」
「当たり前だ。そのテロではMSの使用は確認されていない。」
ニールが扉を開けながら説明する。どうやら自分達の話を聞いていたようだ。
「でも生身で5人倒したのは本当なんだろ。すげえじぇねえか。」
「凄くなんか無いよ。僕以外にも応戦していた人はいたし、その人たちは見失っちゃうし。それに、あんな殺すための力なんて……」
「それは違うぞ、カーディオン。確かに実行犯は全員死亡したが、結果的には市民への被害を大幅に減らせている。その市民を助けたのもお前の力だ。重要なのはその力をどう使うかだ。」
「それそれ。俺もそれ言いたかったんですよ。よくあるでしょ。力は悪くなくて、使う奴がどう使うかで良いか悪いかが決まるっていう感じの話。」
からそういわれたときにカーディオンは広場でも茶髪の女性が同じようなことを行っていたことを思い出した。
この力は紛れも無く相手を殺す力だ。でも、その力で助けられる力がある。
この力から逃げてちゃ駄目なんだ。ちゃんと向かい合って、コントロールできればそれは助けるための力にもなる。
ただの自己欺瞞なんじゃないのかと思いもしたが、そう考えると心が幾分かは軽くなった。
「隊長、ルシオル。ありがとうございます」
「いや、良いんだ。カーディオン。…フォスタード、お前に話がある。」
カーディオンのお礼の言葉を受け取ると、ニールはフォスタードの方を振り返る。
「えっ、ぼ、僕ですか!?」
「先ほどの会話は始めから聞こえていたぞ。勿論、始末書の件からだ。」
「あ゛……………!!!」
「……減俸辺りは覚悟しておいたほうが良いな。」
「そんな~。勘弁してくださいよ~。」
「口は災いの門ってか。良かったじぇねえか、カーディオン。フォスタードの忠告を聞いてたらお前も一緒に減俸だったぞ。」
フォスタードのヘナヘナとした懇願を聞いてルシオルが笑い飛ばす。
自然とカーディオンの口から笑みがこぼれる。
部屋の空気が和やかになったところでニールに通信が入る。
「……はい。了解しました。今そちらへ向かいます。」
「隊長、何かありましたか?」
「いや、ただ呼ばれただけだ。処分の類ではないだろう。気にするな。」
カーディオンの疑問に軽く答えた後、ニールは部屋を出て行った。
さかのぼること前日のC.E78/5/29
「おい、こんなところにお前のトップはいんのかよ。」
トラオムがつれてきた場所は時代を感じさせる古びた貨物列車の中であった。中にはだいぶ年代を感じさせる骨董品が並べられていたが、マーレは自分が思い描いていたのとだいぶ違い落胆する。
「まあ待て。これはあくまで脱出のためのものだ。本拠地は別の場所にある。あの御方もそこだ。」
「ったく、面倒くせえことすんなー。直接行くって訳にいかねえのか?」
ヴィオが無造作に頭を掻きながらトラオムに聞く。それに答えたのはヴァレリアだった。
「ゲリラにとって…本拠地を悟られるのは…死と…直結する。中継地点を何箇所も…何箇所も…経由して…本拠地を隠すのは…当然のことだ。」
「ふーん。ただの補給地点じゃねえってことか。」
「……そうだ。」
「……話を戻すぞ。ここからの脱出方法についてだが……」
トラオムがマーレ達に説明しようとしたときにトラオムの通信機が通信を受け取る。
「すまないな、ちょっと待ってくれ。……私だ、どうした。……。そうか、…分かった。」
トラオムは眉間に皺を寄せる。その様子を見たヴィオが聞く。
「おい、どうした。トラブルでもあったのか。」
トラオムは通信を終えると返答した。
「ああ。統一連合に忍び込ませている仲間からの報告でな。つい先ほど、ブルーコスモスのテロが広場で起きたそうだ。」
「それがどうしたって言うんだよ。」
「テロを起こしたブルーコスモスは全滅したが、事件を受けて司令官はこの地域への掃討作戦を実施するつもりだそうだ。もっとも、その情報はまだ内部にも伝わっていないが。」
「そうか…。それにしても…何故…この地域に?」
「その話には続きがあってな。ブルーコスモスと応戦していた者がいて、その内2人組がこの地域周辺に逃走したようだ。もっとも、あの虐殺好きの司令官なら場所を適当に決めててもおかしくないがな。」
「頭イカレテルんじゃ無いのか。」
「全くだ。本来なら4日後に出発するこの貨物列車の荷物に紛れ込んで脱出する手はずだったんだが、インフラの類は止められるだろうな。おかげで強行突破せざるを得なくなった。もし自前の機体があったらここまで運んでくれ。運搬用のトレーラはこちらで回す。掃討作戦は3日後の6月1日に開始されるからリミットは明後日の5月31日までだ。」
「ったく、ブルーコスモスの連中。面倒なことしてくれるぜ。」
マーレは毒づいて自らの機体を取りに戻った。
人の口に戸は立てられないもので、近々掃討作戦が行われるという噂は徐々に広まりつつあった。
そして、その話は新しいシグナスの装備を受け取るためにこの地に来ていたシンたちにも届いていた。
「何だって!?統一連合が掃討作戦を行うって、それは本当なのかよ!」
シグナスのメンテナンスの手を止めて、シンはコニールの肩を掴んで揺さぶる。
「落ち着きなさいよ、シン!確かな情報よ。情報屋から裏は取ったわ。」
「なんでこんなこと……。」
「表向きにはあの場を逃走した2人組、つまりはあたし達を燻り出す為に行うそうよ。」
「表向きって……」
「掃討作戦を決定した司令官には、この間の90日革命のときに敵基地の降伏信号を無視して虐殺と破壊の限りを尽くしたっていう黒い噂もあるわ。その様子から潜伏してるローゼンクロイツからは「虐殺指令」って呼ばれてるそうよ。」
「そんな……!」
コニールの話を聞いたシンにとって、その相手を許すことができなかった。
今まで戦ってきた相手の多くは、シンにとって納得できなくても各々に強い信念のようなものがあった。オーブ軍や地球連合軍。あのブルーコスモスにさえである。
だが、己が欲求として殺戮を行うだけのその司令官からはそのようなものを全く感じない。その人物はむしろ己が利益のために戦争を作り上げていたロゴスに近いものを感じた。
「それで、どうするの?」
「え…!?」
頭に血が上っていたシンはコニールの問いかけに答えるのが遅れる。
「まさかあんた、何も考えてないわけ?ここは補給地点や他の組織とコンタクトするときに必要な大事な場所の一つだからただ逃げるって訳にも行かないわよ。それに、大尉達は別件でこっちにこれないから支援も当てにできない。分かった。」
「誰が逃げるもんか!俺がぶっ倒してやる!!!」
「言っとくけど、逃げるわけにいかないからって目立ちすぎないでよ。9月には例の作戦があるんだから。」
「分かってるよ!」
(こりゃ聞いてないわ。)
コニールは今までの経験からシンは今、頭に血が上ってろくに人の話を聞いていないことがあっさり分かる。
「……本当に大事かしら。」
ついついコニールの口から不安の言葉がこぼれた。
一人の男のエゴという名の刃が振り下ろされる。そのときが刻一刻と近づきつつあった。