虚空に浮かぶ黄金の輝きが闇を照らす。
錬鉄の英霊がその身を代償に召喚した捻じれた神註の片割れ。
使い手の消えたシャイニング・トラペゾヘドロンは、その手に握る新たな宿主を求めるように闇に鎮座していた。
「やるぞ、アルッ!」
「しかし九郎、デモンベインの両腕は……!」
「だったら口で咥えてでも使ってやらあ!
アイツが命賭けて残したんだ、それを俺達が繋いでやらねえでどうすんだよッ!」
デモンベインは、大十字九郎は走る。
両の腕を失い、全身の装甲に亀裂を刻んだ真実満身創痍であっても、それは退却の言い訳にはならない。
泥を飲み、土を食み、そして何度でも立ち上がり前進を続ける。
それが九郎にとっての戦いだ。彼にとっての誇りだ。
たかが両腕をもぎとられた程度で敗北を認めるほど、素直な性根を持った覚えはない!
面を覆うバイザーを割り露わになった口を開けて、前言通りに頭から突撃しようとする。
「ならば―――」
「私達が、繋ぐ手になるッ!」
それに先んじて、神剣に触れる四つの手があった。
立花響。
風鳴翼。雪音クリス。そしてマリア・カデンツァヴァナ。イヴ。
歌を纏う戦姫。シンフォギアの奏者達は手を重ねてトラペゾヘドロンを握り締める。
瞬間、荒れ狂う奔流。
輝く刃は意思を以て資格なき者を拒絶するように、暴域の魔力の嵐が解放される。
「お前ら……!?」
「なんて無茶を……ッ!離れろ!デモンベインでなければこの兵葬は……!
「いいや、出来るッ!」
星の爆散にも匹敵する接触点にあって、なおも奏者の声は強く高く響いた。
「
マスターテリオンの遺した言葉……今理解した。魔を断つ剣は、デモンベインのみに非ず。
邪悪を討ち滅ぼす破邪の力、命の営みを守護する防人の意志、それそのものがデモンベインであると!」
「十二の世界の全てに繋がりがあるのならば、シンフォギアにもこの剣に触れる資格はある筈!」
「だったら出来る……私達の胸に歌がある限り……ッ!!」
ダークネスの言葉の通り、始まりはひとつだった。
そこから数多の意志が芽生え、数多の命が生まれた。
世界は始まりのカードから結びつき、そこに住まう人もまた結ばれている。
だから、立花響はこの繋がりを信じる。人は分かり合えるのだと信じている。
何より、そんな理想を誰よりも願っていた、あの赤い背中に応える為にも。
この手を決して、空には終わらせない……!
「繋いで、みせる……ッ!
あの人が差し伸ばした手を、必ず次の手に渡すんだ……ッ!」
しかし、その叫びを嘲笑うかのように、拒絶が消える気配はしないでいた。
手には何も掴めず、柄を握る事さえも叶わない。
完全聖遺物など比較にならない。ここに在るのはおぞましい邪神の収められた暗黒の箱庭。
本来の担い手たるデモンベインですら、無限に等しい輪廻の世界の中で扱えた試しはない。
聖遺物の欠片から生まれたシンフォギアなど玩具同然。使える道理などない。手に取れる筈がない。
「歌え、クリス!」
だが、空を舞う戦姫(バルキリー)が、風切り音と共に絶望を吹き飛ばした。
不朽不滅を謳う聖剣の銘を冠するファイターを駆る早乙女アルトは、クリス達の上から気合の発破をかける。
「アルト……!?けど、あたしは……」
「お前の想いの全部を歌に乗せろ!そうすれば、必ず届く!
お前だけの声じゃ小さいのなら、皆の声を重ね合わせろ!
それでも届かないっていうなら……俺がその声を伝えてやる!お前の歌を乗せてこの空を飛び、全ての宇宙に聴かせてやるッ!」
ダークネスの軍勢の触手を鮮やかにかわし続けながら叫ぶ。
歌の想いの強さを彼は知っている。戦争に利用されてしまうほどに危うい可能性があることも。
だがそんなのはいつだって大人の都合で、歌う彼女達の声はいつだって希望に満ちていた。
アルトが愛する空と同じだ。何のしがらみもない自由こそが歌の本質なのだ。
それを邪魔するというのなら、自分は戦う。歌にも空にも壁なんかないのだと証明してみせる。
「今は俺が、お前の翼だ!クリスゥッ!」
この比翼はその為に。
誰かの歌を、銀河の果てまで乗せる為にある……!
「歌おう、クリスちゃん!」
「雪音、ご指名だ。今度はお前のステージの番だぞ。
なに、私達も共に付き添うさ。これだけの舞台、流石に興奮を抑えられないからな……ッ!」
「切歌と調も褒めていた貴女の歌、私にも聞かせて欲しい」
かけがえのない友達と、対立していたかつての敵。
そして、初めての気持ちを感じる人の激励が胸の奥底を熱くする。
「あいつ……こんな時にそんな事言いやがって……」
顔がやけに熱い。緊張や恥ずかしさ、それ以外のよく分からない感情で頭が一杯になる。
けれど―――これは、悪くない。
初ステージが全宇宙だなんてスケールが大きいのにも程がある。
無の空間に会場を満たす大勢の観客を幻想する。いつか本当に、そんな日が来るかのように。
今までの焦燥も、これまでの悲痛も、いつの間にか全て消えた。
溢れ次々と生まれていくフレーズ。心のままに歌詞が紡がれ、新しい歌が生まれていく。
「――――――――――――」
深呼吸をひとつ。それだけで背負っていた重みが泡のようになくなった。
ただ歌う事への喜びが、楽しみが、希望となって口に乗って出ていく。
【RISE ON † GREEN WINGS】
音が鳴り、歌が響く。
その瞬間、世界が虹色に色づいた。
少女の歌には、血が流れている。
その歌はシンフォギアシステムにより増幅されたフォニックゲインを世界へと放出され、
アルトの駆るデュランダルに搭載されたフォールドクォーツがその音を拾い更に増幅させる。
拡大はそれだけには留まらない。
GN粒子。モーメント。魔力。アルター粒子。
世界を繋ぐ因子、ありとあらゆる要素を触媒として、遂に宇宙を超越(エクシード)する。
それは、切実なる命の叫び。
それは、咲き誇る祝福の華。
世界を繋ぐ全ての可能性が、今、始まりの元に集約され、新たな歌を奏でる。
「さあ、宇宙最高のステージを聴かせてあげるッ!」
「風よ!」
「銀河よ!」
「未来よ!」
『私達の絶唱(うた)を―――聴けえええええええええええええええええええええええッッ!!』
乾き枯れた空を翼は翔ける。強く、強く、羽をまき散らすように光を咲かして。
変化は、すぐに起きた。
頑なに使われることを良しとしなかったトラペゾヘドロンの形状が、突如としてその輪郭を崩していく。
否、それは崩壊などではなく―――。
「トラペゾヘドロンのエネルギーが……吸収されていくだと!?
あの者達め、人の身で何という真似を……ッ!」
「違うぜ、アル。人間だから、できるのさ。
人間だからこそ叶う奇跡……いや、当然の結果ってやつさ!」
輝くトラペゾヘドロンは、中核にある多面体結晶こそが本体だ。
剣の形を取っているのは所持者の資質により変化した「函」に過ぎない。
だが、それすらも融解していく。
形を無くした神剣の流れる先は、もう一つの神剣を有する機械神。
瓦落多(ジャンク)同然に壊れかけた、しかし決して朽ちず錆びず立ち上がる、最弱無敵の剣―――!
「おのれ……させるか!罠発動―――」
「やらせるか―――!」
「よォォォォォォォォォ!」
ダークネスが手札を翻す直前の刹那。
比類なき黒い双剣と圧倒する白い双翼が、ダークネスのフィールドを一斉に刻み付けた。
「こいつがカードを盗み見てやがったのか。神を名乗る割に、随分とセコイ手を使うんだな!」
「っ!?我の伏せカードが……ッ!」
「テメエのターンはまだだって言ったろうが!
こっから先は
一方通行だ、指咥えて突っ立ってろやァ!」
ハセヲの剣戟がダークネス・アイを破壊し、一方通行がセットされていたカードに翼の斬撃を叩き込む。
ダークネスの主戦術とする、虚無(ゼロ)と無限(インフィニティ)によるチェーン効果は、この時のみ無効とされる。
牙城の一を突き崩し、なお歌は勢いを高め続ける。
大気なき間に風が凪ぎ、流れたものが繋がれていく。
其れは希望。どこでもありふれた、キミを守りたいというチカラ。
「おのれ……何故ここまで戦えるッ!?確かに心は折り砕いたというのに!」
「まだ分からんのか、俺達が背負っているものが何なのか!」
力強い宣言を下すのは
海馬瀬人。その威容には最早懊悩はない。
傍らには相棒たる青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)が三体。
最も信頼する、伴侶にも等しいカードと傍にいる男の目は、絶対の自信に満ちている。
「我らが目指すのは光り輝くロード一本のみ。それ以外に目を映す意味も、理由も、最初からないということだ!
逆転の暇など与えんぞ、勝利への布石は既に我が手中にある!魔法カード発動!滅びの爆裂疾風弾!
道を空けろ!ザコモンスター共ツ!!」
主の意を受けたブルーアイズが咆哮を上げる。
口より発生した魔法効果を持ったエネルギー球は、バトルで破壊されないダークネスの魔獣を粉々に粉砕する。
「ぬぅぅぅぅ……ッ!」
「まだまだあ!残りのブルーアイズ二体でダイレクトアタァックッ!」
高まる此の光は終わりを齎す帳ではない。
始まりを告げる無限の願い、突き抜けるアイである。
光と闇の戦いを、フィールドから離れた場所でヴィヴィオは見届ける。
今の自分には戦う力がない。レリックも、デバイスも、この身で振り上げる拳はあまりにも非力。こうして見ている事だけしかできない。
だが不思議と心細さは感じなかった。満天に届く歌が、ヴィヴィオを置いて行かれた疎外感から救っていた。
「きれいな声……」
ヴィヴィオにとっては二人の母のような、優しさと強さを兼ね備えた声の唱和が心地いい。
この歌声を聴いていると、胸を急く気持ちが収まらない。
あの中に入りたい。自分も手を繋ぎたいという想いが溢れている。
「私にも、歌えるかな……?」
『歌えるよ、ヴィヴィオちゃんなら』
「かなみさん……!?」
耳朶を打ったのは、ここで得た初めての友達の声。
肉体が生と死の間で引き離されても、心(ハート)で繋がれた夢は断ち切れてはいなかった。
『歌うのに資格や理由なんていらない。したいって思えばいつだって出来るもの。
だから歌おう、ヴィヴィオちゃん。大事な人を想って歌えば、ぜったいに声はその人に届くんだから』
「大事な、人……。」
思い浮かべる、最愛の人。
そう、戦えない自分でも出来る事がある。残ってるものがある。
命のように熱く、強い、母のようなこの歌が。
「私、歌うよ!なのはママとフェイトママに、私の歌を聞かせるんだ!」
『うん歌おう!私も、カズくんの為に歌うよ!』
ふたつの少女の歌声が重なり合わさる。
掻き消えそうな程小さく弱く、なのに聞いた者の耳を離さない。
懸命に花を咲かせようとする、淡い蕾のような声だった。
つたない手で、戸惑いながら、それでも求めたいとヒトは紡ぐ。
描かれるのは未来。明日の空。
「九郎さんッ!アルちゃんッ!」
「今こそ、貴方に手を差し伸ばす時だッ!」
溜めこまれた莫大なエネルギーを放出する
手に取った核鉄をマリアは宙に高く掲げ、己が聖詠を唱える。
「カズキ、君の熱き想いもこの手に託す!武装錬金ッ!」
創り出されるのは陽光を灯す突撃槍(ランス)ではなく、ひとつの銀の腕。
巻き起こるエネルギーの嵐は奏者が纏うシンフォギアのパーツすらも取り込み、対となる黄金の腕に再構成される。
これこそが、マリア本来の武装錬金(シンフォギア)。偽りの裂槍(ガングニール)ではない、真に願う想いの結晶。
「シンフォニック、アガートラームッ!!」
腕部を喪失したデモンベインに装着された新たなギアは、始めからそうであったかのように完全な一体化を果たす。
ただし、これは破壊の為の腕ではない。
これは絆を繋ぐ腕。そして勝利の未来を掴む腕だ。
「よっしゃあ!出番だぜ、アル!」
「応ともよ!窮極呪法兵葬、シャイニング・トラペゾヘドロン!」
今一度両掌から出現する神殺しの刃。
元々九郎達が所有していたそれに、吸収した片割れが揃う事でトラペゾヘドロンは真の姿を取り戻す。
光はいよいよ臨界を超え、黄金と白銀の輝きがデモンベインを染め上げる。
「遂に来たでのある我輩のターン!
速攻魔法、超融合発☆動!イッッッツアァショウタアアアアアアアアアアアイム!!!」
唐突に。急激に。不条理に表れた。
狂気と正気の境界線を行き来する男、ドクター・ウェストの奇声が、宇宙に伝番した。してしまった。
デュエルディスクにセットされたカードが発動し、バビロニアの異空間が異様な揺れ方を始めた。
どの宇宙とも位相を異なるこの世界が、呼んではならないものを呼び寄せてしまった負荷に軋みを上げているような。
「おい汝、何を……何ぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
無の空に十二の穴が空く。
そこから這い出てくるのは、形こそ違えど機能は同一のものだった。
剣があり、杖があり、槍であり、銃であり、拳すらもある。
それは邪悪を封じ、魔を討滅するそれぞれの宇宙に存在する神殺し。
「十二本の……トラペゾヘドロンだとォ!?」
超融合が引き起こした、シャイニング・トラペゾヘドロンの多重召喚。
多元化し続けた宇宙において原初となるカードから分かたれた最初の分岐点。
十二の宇宙は各々の歴史を辿りながらも、思想を同じくした刃を生み出していた。
全ては、闇の十二次元の化身への対抗とする為に。
十二の神殺しはここに今、その本懐を果たすべく集ったのだ。
「随分景気いいじゃねえかドクターウェスト!
いいぜ。今の俺なら、俺達なら、出来ない事なんざ何もねえッ!!」
目覚めるは、今。
旧き神よ。越えろ、憎悪と怒りを。
「……有り得ない。
有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない!!」
邪神の絶叫が木霊する。
ナイアルラルホテップは眼前の光景に目を奪われ元の無貌を晒し、白痴が如く狼狽を隠せない。
「よう。見てたのかい、ナイアさんよ!」
「九郎君!?何故だ?何故こんな事が起こる!?どうしてこんな奇跡が罷り通る!?いや、奇跡でもこんな事象は叶わない!
バグだらけだ!エラーの嵐だ!時計の針が垂直に傾くようなものなのに!歯車の規格がまったく噛み合ってないのに!
運命が!輪廻が!物語が!綴り手の筆を離れて勝手に逸脱してしまうなんて!」
人の営みを嘲笑い、無限の破滅を紡いできた災厄の導き手、宇宙最悪の狂言回し(トリックスター)。
他ならぬ狂気の化身が今、狂気に陥っている。
幾億幾兆の繰り返しの中ですら見た事のない至上至大の未知に、紛れもない恐怖を覚えていた。
「簡単なことさ! お前の出し物が考えていた以上に、座を白けさせるものだったんだよ!」
「……!?」
「だから、降りてきちまったのさ!強引にでも話を終わらせちまうご都合主義の神様が。
最も陳腐な大団円……デウス・エクス・マキナがな!」
道標がなくとも、辿り着けると信じて。
魔を断つ刃は、此処に飛翔する――――――――――――!
「……識らない。こんな結末、僕は識らないぞ!
こんなの全然、話(シナリオ)が違う!!」
「今のお客様は姫様のライブがご所望ってワケだ!
さあ、三文芝居の幕引きといこうぜ!ヘボ監督ッ!」
手札は、揃った。
十二の光は一点へと収束、一条の柱となり世界に打ち立てる。
ダークネスの場に、身を守るカードはもはやない。
専用の罠の数々も、眷属の僕も、このターンにおいてのみその全ての守りを失ったのだ。
剥き出しの生身へのダイレクトアタックを、残りのライフで受ける他に選択肢はない。
後は告げるのみ。詠唱の完了、それが最後の攻撃の宣言となる。
「祈りの空より来たりて―――」
「切なる叫びを胸に―――」
「我らは明日への路を拓く!」
剣を持つ者も持たない者も。歌を紡ぐ者も紡がない者も。
全員が、聖句を刻む。
「汝、無垢なる刃!」
「汝、無垢なる翼!」
「これは……我の対極の力……?
ヌメロン・コードより分かたれしカードの表側、十二次元に渡る光の意思の総和……!
輝き……光(シャイン)……シャイニング・トラペゾヘドロン……!?
偏在する世界の接続を可能とする数多の要素を合わせたのか、馬鹿な!
我のように宇宙の意思を一つとしてない人間共にそんな真似が出来る筈が……!
神ならぬ人の身で、神をも超越する力と光を備えるなど!
貴様は……貴様らは一体何だ!?何なのだッ!?」
「デェモンン……ベェエイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィンッッッ!!!」
振り下ろされる、斬魔。
機神の咆吼が、大聖を成す。
無限の光が、果てしない闇を呑み込んでいった。
最終更新:2014年01月04日 02:21