【名前】甲賀弦之介
【出典】バジリスク~甲賀忍法帖~
【性別】男
【名ゼリフ】
「蛮、誓いの時だ。今こそわしは愛を奪り還す」
【人物】
甲賀卍谷の頭領である甲賀弾正の孫。徳川家世継ぎを決める代理戦争である甲賀伊賀忍法争いにおいて弾正が選定した甲賀組十人衆の一人。
甲賀卍谷次期頭首の立場であり、伊賀鍔隠れ衆頭領お幻の孫娘である朧とは恋仲であり祝言を間近に控えていた。
四百年来続く甲賀と伊賀の対立を自分たちの代で終わらせたいと思っており、許嫁の朧と共に両家の者たちへと共存の道を呼びかけていた。
非常に聡明で争いを好まぬ心優しき気性ではあるものの、不戦の約定が解かれ祖父弾正をはじめとした甲賀の同胞たちが伊賀の手にかかり死んだことを知った際には、襲いかかってきた伊賀衆を皆殺しにするなど容赦のない激情家の面も併せ持つ。
朧とは忍法争いの勃発により対立することになり、伊賀の騙し討ちとも合わさり当初こそその想いを断ち切り憎もうともしたが、結局最後まで彼女への想いを断ち切ることは出来なかった。
【眼】
「瞳術」
一種の強烈な催眠術であり、発動の際に彼の瞳は黄金の火花を発する。この黄金の火花には相手側が見まいと思っても、目が弦之介の目に吸引される特殊な働きがあり、相手の脳裏には火花の散ったような衝撃を受ける。次の瞬間には既に相手は忘我の内に味方を斬るか、あるいは己自身に凶器を振るっている。弦之介に害意をもって術を仕掛ける時に限り、術は己自身へと跳ね返ることになる。
尚、能力の強弱の差は朧が持つ「破幻の瞳」の方が上であるとされ、弦之介の瞳術も彼女に見られてしまえばその効果は発揮できない。そしてそもそも弦之介への害意を朧が持っていないため彼女には通じない
【本ロワでの動向】
本編終了後からの参戦の為、必然的に死亡後からの参戦となる。そういう意味ではわりと天膳のことは笑えなかったりもする。
自分たちに殺し合いを強要してくる死んだはずの天膳の存在に驚きつつも、己もまた一度死んだ身であることも踏まえこれは自分の常識を超えた摩訶不思議な事態であると判断する。
名簿にて確認した参加者の中に朧の名が含まれていることに驚くも、彼女の想いを信じ切れず道を別ったことや彼女自身を目の前で死なせてしまった最期を思い返し鬱気味となってしまう。
朧には逢いたい、ましてやこんな馬鹿げた殺し合いなどで二度も彼女を死なせたくはないと思うものの、彼女に合わせる顔がないという負い目や、結果的に甲賀と伊賀の争いすら止めることが出来なかった自分に今更何が出来るのかと己の無力さを噛み締め踏ん切りがつかない状況であった。
そんな彼を動かす転機となったのは直ぐに訪れた二人の男との出会い。
裏新宿を拠点に活動する奪還屋”Get Backers”の
美堂蛮。
木ノ葉隠れの忍者はたけカカシ。
後の盟友とも言えるこの二人との出会いこそが弦之介の転機だったと言えるのだろう。
互いにこの殺し合いに乗るつもりがないことを確認し合った彼らに対し、弦之介は己がどう動けば良いのか彼らへと訊ねる。
包み隠さずに話したこれまでの自分とそして彼女の境遇。別に同情が欲しかったわけではない。ただあの時自分が何か選択を一つでも間違えなければ、誰も死ななくてもよかった未来があったのではないのか、そんな風に思えて仕方がなかった故の感情の吐露。
けれど住む世界は違えど両者共に現実の厳しさを知る二人でもある。気高い理想がままならぬ理不尽に潰される様など幾らでも目にしてきている。ならば弦之介の生前に対しても何かが間違っていなければなどと言ったところで詮無いことでもある。
どれだけ後悔したところで起こってしまった過去を変えることは出来ない。ならば大事なのはこれから先に自分が出来ること、やらなければならないことだ。
カカシ「確かに忍の世界じゃルールや掟を守らないものは屑呼ばわりされる
けれど、仲間を裏切るような奴はそれ以上の屑だ
弦之介さん、結果はどうあれあなたは仲間も愛も失いたくはなく守ろうとした。……俺はそれを間違いだとは決して思いませんよ」
仲間を守り愛を守りたかったという偽りなき弦之介の想いに応えるように返したカカシの言葉に、弦之介もまた少し救われた気がした。
蛮はそんな二人のやり取りを面倒臭い連中だと言った様子で見据えながらも、弦之介へと告げる。
蛮「行こうぜ。星の定めだか何だか知らねえが、そんなクソくだらないもんに奪われたあんた達の愛を奪り還しによ」
安心しろ、依頼成功率ほぼ100%のGet Backersが請け負ったんだから間違いねえよ。そんな強気な態度で背中を押してくれる蛮の気遣いに、弦之介はかたじけないと感謝の言葉を返す他になかった。
結成されたチームの行動方針はこの殺し合いの打破、そしてそれと並行しての朧の行方を探すことと決まり彼らは早速に行動を開始しようとしたものの、その前にまずは互いの支給品の確認作業へと移る。
弦之介に支給されていたのは牛丼@キン肉マン。それも全サイズを取り揃えたお徳用だった。現代知識のない弦之介にとってこれが辛うじて食べ物であることは理解できたものの初めて目にする未知のものであったことは事実である。
しかし貧乏暮しを地で行く蛮にしてみれば垂涎物の当たりアイテムも同然である。巧妙に弦之介を騙して牛丼をちょろまかそうとする蛮を流石にそれは卑し過ぎる行為でしょうがとカカシが釘を刺す。要は蛮がこれを食べたがっていると理解した弦之介はカカシを交えて三人ででは食べようと提案する。
貴重な食料をこんな開始早々に手を付けて大丈夫だろうかと心配するカカシに対し、しかし蛮は食える時に食うのは当然のことだと弦之介の提案を全面肯定してここに牛丼パーティーが開かれることになった。
初めて口にする牛丼の味には弦之介も魅了されたように瞬く間に平らげる。他の二人に関してはもはや言うまでもない。最序盤に起こったささやかな日常的光景であった。
牛丼パーティーが終了した三人は漸くに重い腰を上げ移動を始める。
そして最初に出会ったのは――うちはイタチ。
しかし
鈴仙・優曇華院・イナバの眼を見てしまった故にナルトス化しており、その言動はほぼ別人であった。
イタチ「カカシ!たき火でオレオを焼いて食おうぜ!」
蛮「……カカシ、お前の友達か?」
カカシ「知らない子だよ、蛮」
あくまで他人の振りを貫き通そうとするカカシの頑なな態度に二人も空気を読んだのか、それ以上は言及することもなくハイテンションでオレオをたき火で焼くという行為を本気でし始めたイタチをそっと放置することにしてその場を後にする。
イタチとの遭遇を無かったことにする方向で心機一転に行動を始めた彼らが次に出会ったのは生徒会チームであった。
学生という身分や年齢の割に妙に修羅場慣れしている彼らに感心しつつも情報交換を行う。残念ながら彼らは朧とは出会っておらずその行方はしらないようではあったが、美里葵がその菩薩眼の力にて龍脈の異変を感じ取っていたことを知り弦之介たちもまたそのことを心に留め置くことにした。
また丁度その時期に生徒会チームと同行する形になっていたキング・ブラッドレイと蛮が乳と尻はどちらが良いか? などといった談義を始めた際には微笑ましい光景が生まれてもいた。
ブラッドレイ「うむ、やはり尻は良い」
蛮「尻より乳だろ。更に揉み応え的には巨乳一択だ」
ブラッドレイ「若いな、少年。乳に巨貧の嗜好があるように尻の道もまたこれで奥が深い」
蛮「そんなものか?」
ブラッドレイ「そんなものだ。君も歳を取ればいずれ尻の良さに気付く」
弦之介「カカシ殿、蛮とあの御仁はいったい何の話をされているのだ?」
カカシ「そうですねぇ……弦之介さんは朧さんのいったいどんな部分に一番魅力を感じますか?」
弦之介「? そうだな……朧殿の魅力を一つに定めることなど難しいが、やはり眼だな。あの澄んだ全てを見通しているかのような美しい眼に、わしは一番魅力を感じるよ」
カカシ「いやそうじゃなくて……まぁ、いいか。実に健全で良い答えだと思いますよ」
弦之介「?」
猿投山「チッ、尻だの乳だのいい歳した男どもが軟弱なこと言いやがって」
葵(なんだか京一君が二人いるみたいな会話だわ)
善吉(乳には乳の尻には尻の魅力かぁ……デビルかっけぇ! 俺も帰ったらめだかちゃんの新しい魅力見つけられっかな?)
後々のブラッドレイの変節をまさかこの時に予見できたものはこの中にはいなかった。
しかしそんな和気藹々とした光景は長くは続かなかった。
第一回目となる定時放送。呼ばれる脱落者の名前。幸いにも朧の名が呼ばれなかったことに安堵した弦之介ではあったが、いつ彼女の名が呼ばれてもおかしくはない事態であったことも事実であり、いつまでものんびりとしてはいられない。
そろそろまた出立する頃合いだろうと行動を始めようとしたその時、脅威はやって来る。
地下を徘徊していたバジリスクがなんと彼らのいた施設へと飛び出してきたのだ。そして偶然とはいえそれとタイミングを合わせるかのように現れたのが殺人鬼化した浅上藤乃であった。
応戦する形で始まった大乱戦。弦之介たちはバジリスクを、そして生徒会チームは浅上藤乃を相手取って立ち回ることとなる。
神話等の知識に博学な蛮によりバジリスクと目を合わせることが危険と理解した弦之介たちは、視線を交わさないように動き回りながら戦うこととなった。
互いに眼を切り札としながらも、視線を合わすタイミング次第で勝敗が決せられる薄氷の上を渡っているかのような戦いに終止符を打ったのは、なんと乱入してきた第三者――ガンQ。
最初からこの瞬間を狙っていたかといわんばかりに後一歩まで追い詰めていたバジリスクを吸収。目的はそれで達成したかとでもいうようにその場に残った弦之介たちを放置して去って行く。
追撃するべきかを迷った弦之介たちではあったものの、未だ藤乃と戦闘を続けているであろう生徒会チームを助ける方を優先し、急いで彼らの下へと戻る。
人吉善吉の『欲視力』による視界ジャックの立ち回りにて上手く藤乃を引き付けていた彼らではあったが、業を煮やした藤乃が暴走。なりふり構わぬ強引な歪曲で周囲に甚大な被害を与え始める。
弦之介は善吉たちを助けるためにその瞳術を解き放つ。しかし結果として自らの眼前の空間を歪曲してしまった藤乃は無残な姿で絶命することになってしまう。
最期まで痛いと泣き続け葵の必死の治療の甲斐なく命を落とした藤乃の姿に、弦之介は己の行ってしまった所業に深い罪悪感を抱く。
仲間たちによる慰めは理解しつつも、以降において弦之介は自らの瞳術を使用することに躊躇いを抱くようになってしまう。
逗留していた施設をバジリスクや藤乃との戦闘で破壊された一行は、そのまま近くにあった温泉施設へと移動する。
ここに集まって来ていた多くの参加者と出会い情報交換を行うものの、やはり残念ながら朧とは出会えなかった。
目玉の親父に支給されていたイチャパラシリーズ全巻セット争奪戦や女子風呂覗き敢行などのエロイベントの数々を弦之介は朧一筋の精神で歯牙にもかけなかったせいで、蛮からムッツリ認定されたりもした。
短いながらも心癒されるイベントの数々は、しかし温泉施設へのガンQの襲来により終わりを告げる。蛮やカカシとは幸いにも逸れることはなかったものの、他の参加者たちとは襲撃の混乱により離れ離れになってしまう。
彼らの無事を祈りながら弦之介たちは再び朧を探す旅路を再開する。
第二回目となる放送、朧の名前が呼ばれなかったことを安堵する一方で、しかし先程まで共に行動していた生徒会チームのメンバーであった人吉善吉の名前が呼ばれたことに弦之介は心を痛める。
未来ある若者でありこの殺し合いでも屈することなく前向きであった彼が死んでしまったこと、元の世界に想い人を残していることを聞いていたことも合わさり尚更に遣る瀬無い思いを弦之介へと抱かせた。
しかも訃報は彼だけではなかった。二回目の放送で呼ばれた名の中の一人うちはサスケ。大切な仲間であるカカシにとっての大事な教え子であり部下でもあったというその少年の死にカカシが気落ちしていたのは言うまでもない。
里を裏切った抜け忍と言えどもそれでも大切であったという事実は変わりない。ナルトやサクラにどう伝えたものかと表面上でこそ取り乱すことなく冷静にそう振る舞ってはいるものの、同じ忍として弦之介には今のカカシが心を刃で殺し自らを律しているのが痛い程に良く分かった。
慰めの言葉をかけようとする暇すら与えずに三人を強襲してきたのはゾマリ・ルルー。
殺し合いに乗ったマーダーであり、十刃(エスパーダ)中最速の響転(ソニード)を有する彼の奇襲に放送直後の精神的動揺が抜け切っていなかった弦之介たちは苦戦を強いられる。
弦之介も瞳術を用い反撃に移ろうとしかけるも、藤乃の無残な最期がトラウマとして蘇り上手く術を扱うことが出来ず、またゾマリのスピードを捉えることも出来ない。
二人のコンディションの状態から戦える状態でないと判断した蛮は二人を下がらせたった一人でゾマリへと立ち向かう。
互いにスピード自慢同士の激突。忍者である彼らすら置いてけぼりにする高速戦は蛮がゾマリの読みを凌駕した邪眼を仕掛けることにより勝利を収める。
最速の響転で蛮たちを蹂躙する幻を見続けていた彼は「ジャスト一分だ」の夢の終わりと同時に蛮によって叩き潰される。
……しかしこの時の蛮の攻撃はゾマリを完全には仕留め切れてはおらず、しぶとく生き残ったゾマリはその後も他の参加者に猛威を振るうことになるのだが蛮たちがそれを知る由はなかった。
ゾマリを退けた三人はその後も朧探索を続ける中で邪眼の梟ミネルヴァと彼女が共に行動している噂を耳にする。
ミネルヴァの目撃情報を頼りに三人はその足取りを追跡していく。
その最中で出会ったのは柱間教を参加者間に伝道しようとするうちはマダラであった。
参戦時期の関係上カカシの知るマダラはトビ(うちはオビト)であるため同じ名前でありながらまったく容貌も雰囲気も違うその男には警戒よりもむしろ困惑の方が大きかった。
しかしマダラの方にしてみれば木ノ葉の忍という認識以上のことをカカシは抱いておらず、お前も木ノ葉の忍ならばより深く柱間のことを知っておくべきだと言い出すマダラのごり押しの布教に抗えず延々と話を聞かされることになる。
だが同じ木ノ葉の忍であるカカシにしてみてもマダラの語る柱間の伝説は眉唾なものに聞こえたらしく、
カカシ(いくらなんでも、忍の神と謳われたあの三代目より強いということはあり得ないと思うが……)
等と疑われる結果となってしまった。
一方でマダラの話を聞いていた弦之介は千手一族とうちは一族という二つの一族の対立の構図に、自分たちの甲賀と伊賀の争いの構図に近いものを見てもいた。
相容れられず殺し合うことしか出来ない二つの一族。違う世界の忍たちと言えどもそれは他人事のようには思えない。
故にこそ弦之介はマダラへと説く。どんなに深い憎しみすら超える愛はきっとあるはずだと。
伊賀の朧と愛し合い二つの里を和解へと導く。例え自分たちの世代でそれが成し得ずとも、きっと自分たちの子が孫が……後を託し継いでくれる者たちがいてくれればいつかはきっとそれも叶うはずだ。
大切なのは憎むことに非ず、赦すことこそが本当の未来へと繋がるはずの選択だ。
志半ばで潰えた理想ではあった、だがそれでも弦之介はそれを今も諦めきれてはいない。
真摯なまでに真っ直ぐな弦之介の姿にマダラが或いは何を見たのかは分からない。だが思うことはあったのだろう。
確かにお前が語る理想に賭けたことが俺や柱間にもかつてあった。懐かしき過去を思い出すように僅かに笑みを浮かべながら、次の布教が待っているとマダラは彼らの前より立ち去った。
マダラとの邂逅という想定外の事態に思った以上に時間を喰った彼らではあるが、気を取り直して朧の探索を続ける。
三回目の放送を跨ぎ遭遇したのは戦車という常識外の兵器を駆使して暴れ回る戦争狂――菊田。
戦車どころか自動車すら想像の埒外の時代出身である弦之介にしてみれば脅威以前に理解が及ばぬ代物だ。しかし何であれ真正面からまともに戦えるような相手ではないと判断する弦之介を下がらせながら前へと出たのはカカシだった。
菊田「はは、こいよエセ忍者!! 派手に暴れようぜ!!」
カカシ「戦闘狂が、そんなに暴れたいのか。
なら見せてやる。木ノ葉のカカシの力を……」
生身で戦車を相手に単騎で挑むカカシの雄姿に驚愕しつつも、その場に残された弦之介たちの前に新たな人物が現れる。
鯨。依頼主を失い優勝狙いへと動いていた殺し屋が、分散した彼らを討つ絶好の好機と判断し行動へと移ったのだ。
異様な風体に加え明らかに自分たちに害意を持っているその男に、弦之介は自らの瞳術を行使しようとし……しかし直前に蘇ったトラウマに踏み止まらされる。
弦之介の心情を理解したように蛮が彼を下がらせ鯨の眼前へと対峙する。
俺が片をつけてくるからてめぇはそこで大人しく見てろ。ゾマリを倒した時と同じように不敵な態度のまま背中で語る蛮であったが、弦之介はそんな姿に何故か不吉なものを感じ取った。
思わず呼び止めようとしかけるも、しかし残酷な運命は彼の行動よりも僅かに早く。
ゾマリのような分かり易いスピード自慢とは異なり、相手の異様な風体から手の内を読み切れなかった蛮は先制で邪眼を仕掛けようと動いてしまい……結果的にその選択が彼の明暗を分けてしまった。
ほんの刹那の差。蛮が鯨に邪眼を仕掛けるよりも先に、鯨の自殺を強要するその強力な魔眼が効果を発動する方が速かったのだ。
傍から見ていればそれこそいったい何が起こったのか、蛮が何をされたのか弦之介には理解できなかった。
蛮「……ワリい。どうやら俺はここで退場みてえだわ」
震える身体でそう呟いた蛮は唐突に自らの右手……その毒蛇の咢を自分の首へと押し当てた。
蛮がしようとしている行為に漸く気づいた弦之介は彼を止めようと動くも、しかし致命的に遅すぎた。
――俺がいなくなっても、お前は自分の愛を奪り還すことを諦めんなよ。
最期にこちらに振り返り笑いながら、そんなことを蛮が言ってきた直後だった。
自らの握力で首をへし折って、美堂蛮は甲賀弦之介の目の前で絶命した。
目の前の光景が理解できぬまま、弦之介は内から溢れた感情の爆発のままに瞳術を解き放つ。
その対象は当然眼前の相手――蛮を殺した鯨だ。
奇しくも同質の能力。しかし今度は弦之介が先に間髪入れずに不意打ちを仕掛けた形に近かったため、勝敗はあっさりと決した。
数多くのターゲットを自滅させ続けてきた自殺屋を、皮肉にも彼のその生き方と同じ末路を与え、弦之介は鯨を葬り去った。
しかし勝利の感慨など抱けるはずもなく、力無く膝をついた彼の眼前にあったのは事切れた蛮の亡骸。
菊田の戦車を打ち破り疲労困憊となりながらも合流してきたカカシは、その光景を目撃し息を呑む。
自らの甘さが蛮を殺したのだ、そう悔やむ弦之介の姿に暫しカカシはかけられる言葉を見つけられなかった。
これまで苦楽を共にしてきた同行者の死に対しての衝撃は、両者共に忍といえども簡単に整理がつけられるものではない。
かつて守りたかったはずの甲賀の仲間たちを全て喪い、そしてこの場で新たなかけがえのない仲間だった蛮までをも喪った。
身勝手な罪悪感になど左右されず、あの時自分が蛮より前に出て先に瞳術を使っていればこんなことにはならなかったはずだ。
誰も死なせたくはなかった。かつて甲賀伊賀忍法争いの最後に朧へと吐露してしまった自らの本音。
敵も味方も関係なく死者など出したくはなかった。叶わず思った無力な願望をここでまで未だしつこく無様に引きずろうとしてしまった報いなのだろうか。
ならば死すべき者は蛮に非ず。既に一度はその生を終え身勝手さを振る舞っている己にこそ与えられてしかるべきはずだ。
朧に逢いたいという自らの我が儘を依頼として引き受けてくれた、帰るべき場所も待っている人もいる未来ある若者であった彼が何故死ななければならなかったのか。
どれ程後悔して詫びようともそれは取り返しのつくものではない。
だがそんな弦之介に反し、カカシは蛮の遺体に手を合わせ拝んだ後、黙々とただ一人で彼の墓を作り始める。
それに気づき弦之介は手伝おうと申し出るもカカシは冷たく拒絶を示す。
曰く、そんなしみったれて尚且つ見下された態度で弔われては蛮の方が可哀そうだと。
カカシの態度に見限られて当然かと諦める弦之介に対し、カカシは苛立ったように舌打ちを突きながら墓作りをやめない。
そして作業を続けながらポツポツと語り出す。自らの過去、父のこと、友のこと、友から託されながらも守れなかった仲間のこと、先立たれてしまった尊敬していた師のこと、そして今も自分の帰りを待っていてくれているであろう部下たちのこと。
失って奪われてばかりだった弦之介の人生と同じように、カカシの人生もまた失い奪われ続けた人生だった。
カカシ「だからこそ思うんです、奪り還すっていうのは羨ましくて強い生き方だって」
大切だからこそ諦めない。奪われたままでは終わらせない。そういう救いがあることは、きっと間違ったことでもない。
蛮の死は残念だ。それこそ悔やんでも悔やみきれない。だがそれでも自分たちもまたここで諦めて足を止めるわけにはいかない。
まだ残っているものがある。奪り還すことの出来る救いは、希望は全て失われたわけではない。
他ならぬ弦之介にそれを教えるために、美堂蛮はこの過酷な殺し合いの中で命を懸けたのだから。
カカシは問う。蛮は最期に貴方に何と言った? 何を託した?
”――俺がいなくなっても、お前は自分の愛を奪り還すことを諦めんなよ。”
確かに彼は最期にそう言って、そして笑っていた。
弦之介には蛮から託された想いへと報いる責任が、義務がある。
なによりそれら全てを取り除いても、それを成したいと思う気持ちがあった。
朧に逢いたい。彼女を奪り還したい。……ああ、それだけは決して誰にも譲れぬ弦之介自身の意志。
弦之介「すまなかった、蛮。そしてカカシ殿」
今までの自己満足の後悔とは別種の謝罪を彼らへと向け頭を下げる。
そして改めて頼んだ。自分も一緒に蛮を弔わせてはもらえないか、と。
カカシはその言葉を待っていたというように、ただ嬉しそうに笑みを浮かべていた。
完成した墓に蛮の亡骸を手厚く弔い、その墓前へとカカシはイチャイチャパラダイスシリーズ全巻を黙って供えた。
傍から見ればそれこそふざけた光景なのだろうが、それとは逆に本人たちにとってすればそれは友情の証だった。
対する弦之介は花を供え、そして蛮の亡骸から彼が使用していたサングラスを受け取っていた。
一種の形見分け。死しても蛮はきっと共に戦ってくれる。そう願い弦之介は自らそれをかけた。
そしてもう一度、二人で墓前へと手を合わせ彼の冥福を祈った。
誇り高き英雄であった友の墓前に別れを告げ、二人は再び旅立つ。
ここで立ち止まるわけにはいかない。友の想いに報いるためにも、必ず愛を奪り還すために。
事態は刻々と彼らの外側においても進んでいく。
キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワとザルチムの襲撃を受けていたかつての仲間である生徒会チーム。彼らの危機を知った二人は助けに向かうべく駆け付けるも、しかし時既に遅く戦闘は終了した後であった。
幸いにも仲間たちに死傷者がいなかったことに安堵しつつも、しかしそれ以上に予想外の事態が弦之介を待っていた。
襲われていた生徒会チームや巡回医師ギーのチームを救うためにメアリ・クラリッサ・クリスティが連れてきた加勢の中に、なんと弦之介がこれまでずっと探していた朧がいたのだ。
長らくの探索の末に遂に再会できた想い人に対し、言葉すら発せられずただ抱きしめようと駆け寄ろうとしたその時であった。
二人の間を割って入るように文字通り別空間から乱入してきた男――うちはオビト。
この場で唯一信頼していた共犯者に裏切られ、これまでの人生の支えとなっていた計画すら見通しが立たなくなった絶望を、かつての友であるカカシへの憎悪へと変換しやって来たのだ。
その場で朧を攫い人質としながらオビトはカカシへと告げる。この女を返してほしくば俺の所まで来い、と。
弦之介やカカシ、そしてギーたちが阻止しようとするのを振り切って逃走するオビト。彼に連れ去られた朧を奪還すべく弦之介は即座に彼の後を追う。
カカシや他の仲間達もまた朧奪還に当然のように協力するために付いてくる。彼らの協力にかたじけないと感謝しながら、今度こそ彼女を救うために弦之介は駆け続けた。
カカシ「イタチ……まさかお前、正気か!?」
イタチ「どういう意味ですか、カカシさん」
尚、正気に戻り対主催として真っ当に行動していたイタチとはこの時に合流できた模様。
そして幕を開けるは忍者たちが集う大演目――魔眼忍法帖。
カカシへの復讐に燃えるオビトは会場中にばら撒かれていたヨーマ群を従え、辿り着いた対主催陣を迎え撃つ。
カカシ「行ってください、弦之介さん。蛮との誓い通り、貴方は貴方の愛を奪り還しに」
俺は俺たちの過去に決着をつけます、対峙するオビトを真っ直ぐに見つめ背中を向けながら弦之介へカカシはそう告げた。
カカシの想いにしかと頷き、彼の武運と彼らの決着に救いがあらんことを祈り、弦之介はヨーマの群れを突っ切り朧の下へと向かう。
一度は引き裂かれた愛、自らでも見切りをつけて諦めた想い。
所詮は星が違ったのだ。時代の流れをそう呪って、賢しらにそれ以上自らが傷つくことのないように言い訳を並べ立て、本音から目を逸らし続けていた。
けれど――彼女はそうはしなかった。
自らの眼を封じ、里の部下から叱咤され責められても、それでも朧は弦之介と殺し合うことを拒み続けた。
弦之介が諦めた愛を、最期まで朧は諦めずに守ろうとしてくれていたのだ。
甲賀と伊賀の忍法争いに決着はついた。結果的に誰も助からず命を落とした救いのない悲劇であった。
起こった過去はもはや変えられない。どれ程悔やんだところであの時の弦之介は無力であり、失敗した。
だが今は違う。そうはさせない。
弦之介には共に戦ってくれている友がいる。想いを残し見守ってくれている友がいる。
眼を背けることなく受け入れて抱きしめたい大切な人が生きている。
故にこそ――
弦之介「蛮、誓いの時だ。今こそわしは愛を奪り還す」
真っ直ぐに朧だけを見据え、駆け抜けた弦之介はヨーマの群れに囲まれた朧を救い出す。
一瞬、瞼の裏で「やれば出来るじゃねえか、ムッツリ」と皮肉な言動ながらも満足気に笑っている蛮の幻が見えた気がした。
今度こそ漸くに再会できた二人は言葉もなく強く抱きしめあう。
弦之介は朧の甘く柔らかなぬくもりを実感しながら愛を奪り還すことが出来たことを深く喜び、そして彼女と自分をこれまで導いてくれた仲間達へと感謝した。
そして故にこそ、今度は自分が仲間達へとこの恩を返す番だと決意する。
朧もまた弦之介と想いは同じというように強く頷いた。
ヨーマの群れを朧の破幻の瞳が無力化し、弦之介の瞳術が蹴散らす。
甲賀と伊賀。共に交わることが許されず相争うが定めであった二つの忍里の秘術が今相並んでその権能を発揮した。
二度と離れぬと彼女と手を確りと繋ぎ守りながら、弦之介はそのままカカシたちとの合流を果たすべく駆ける。
しかし二人が仲間たちの下へと戻る直前、既に魔眼忍法帖はその第二幕へと移っていた。
うちはオビトを下し柱間布教の第二段階へと移行しマーダー化した
うちはマダラ。
全盛期の己すら超えていた柱間の強さを実感させ、そして自分自身の血湧き肉躍る闘争欲求を満たさんが為に、その絶大な力を対主催陣営へと振るう。
一丸となってマダラへと立ち向かう対主催陣営の中には当然のように弦之介や朧も含まれていた。
だがたった一人であるにも関わらず、卓越した戦闘技術と戦闘経験、そして強力な写輪眼による幻術を駆使して互角以上に戦うマダラに対主催達は苦戦を強いられる。
激戦の最中、
遠野志貴が遂に倒れ、その影響で吸血衝動を抑えきれなくなったアルクェイド・ブリュンスタッドが暴走。
イナズマが命懸けでアルクェイドと刺し違える形で彼女の暴走を止めるも、結果的には対主催側の損害が広がるばかりであった。
マダラ「まあいい、決着はこのくだらぬ殺し合いを企てた張本人を始末してからだ」
やがてマダラはここで全てを終わらせることは物足りないと感じたのか、或いは徐々にマダラの戦法に対応し始めた対主催側の動きに自らの不利を判断したのか。
捨て台詞を残して場を去って行くマダラに、当然のように追撃できる余力は対主催達にも残されてはいなかった。
幕を閉じた魔眼忍法帖の後、対主催達は生き残ったメンバーにて本格的に脱出へと移るために行動を開始する。
葵が以前に菩薩眼にて読み取った龍脈の奇妙な流れを辿り、主催者が潜む本拠地を割り出し突入する。
しかし彼らが目にしたのは驚愕の真実だった。
朧「て、天膳が死んでおる!?」
始まりの場で自分たちを集めこの殺し合いを強要していた主催者――薬師寺天膳の事切れた遺体だけがそこにあった。
今までロワを運営していたはずの彼がいつの間に死んでいたのか、そしてそもそも彼は何故死んでいるのか。
深まる謎にしかしその場で真実を導き出せる者は誰もおらず、そしてそれは同時にこの会場から脱出の手がかりそのものが潰えてしまったということでもあった。
しかし薬師寺天膳が姑息なれど慎重で用心深い(反面あっさり死ぬ)男であることをよく知る弦之介や朧は、彼が脱出の手段を隠し遺している可能性もあるはずだと仲間を励まし、その探索を開始する。
探索の効率化を図るために何組かに分散して行動することになった為、弦之介は当然のように朧と共に行動を共にすることになる。
二人揃って遥か未来にあたる技術の数々に驚きつつ、しかし同時に弦之介の中にはある疑念があった。
そもそも主催者である天膳は自分たちと同じ時代の人間だ。何故彼は自分たちでは理解も出来ないはずのこんな未来技術の数々を扱えたというのか? そもそもこんな未来技術をどこで手に入れ、どうやって自分たちを含む別の時代や別の世界の者たちを集めたのか?
いいやそもそもどうして天膳はこんな殺し合いなどを開いたのだろうか?
はたして天膳は本当にこの殺し合いの主催者だったのであろうか?
尽きぬ疑念の中で何かをそもそも思い違いをしているのではないだろうか、そんな考えに至りかけたその時だった。
弦之介と朧、二人の前に突如として現れたうちはマダラ。
刃を交わした記憶も新しい最大の脅威と認識している敵対者との遭遇に弦之介が絶望を感じたのは言うまでもない。
マダラ「お前らの眼は一番厄介だからな。先に潰させてもらうことにしよう」
卓越した魔眼使いであるからこそマダラは弦之介や朧の眼を過小評価はしない。むしろギーや摩多羅夜行のような己と比肩する強者と戦いながら彼らの眼を相手することの脅威をよく理解している。
マダラの忍術をもってしても朧の破幻の瞳の前では効果は霧散し、弦之介の瞳術にまともにかかればマダラと言えども自滅は免れない。
だが逆に言えば、ギーや夜行のような自らと五分に渡り合える実力があるわけではなく、あくまで二人を脅威と認識する点はその眼のみである。
戦いにおいて相手の弱点を突くのは基本中の基本。まして陰に生きる彼ら忍者にとって卑怯などと言う概念そのものがあるはずもない。
各個撃破で弦之介たちを仕留めようとするマダラの行動を予見し切れず、こうして相手にこのような絶好の機会を与えてしまった彼らの方が迂闊だとも言えた。
無論、弦之介とて自らの失策は理解できていたが故にこの期に及んでマダラを卑怯と罵るつもりがあるわけでもない。
だがそれでも彼が諦めずにマダラへと示したかったのは、あの時に語ったのと今も変わらぬ同じ想いだ。
憎しみを越えられる愛はきっとあるはずだ。かつてそれを信じたからこそマダラとて千手柱間と和解し、木ノ葉隠れの里を作ったのではないのか。
憎しみ合い殺し合うことなど無意味だ。自分たちのこの力は愛する者たちを守るためにこそ使うべきだ。
マダラの固執する柱間という男を語る中で断片的に触れられていたマダラ自身の過去からも、弦之介はマダラもまた人の道を捨ててはおらずやり直せる人間であるはずだと信じていた。
しかしマダラは弦之介の説く言葉を過ぎた理想だと切って捨てる。
愛していた兄弟たちを死なせ、守ろうとしたはずの一族からすら結果的に疎まれ排斥された男にとって、もはや弦之介が見ている理想と同じものなど見れるはずがない。
ましてやあの柱間ですら成し遂げることが叶わなかった理想など、他の誰に叶えられるというのだろうか。
少なくともそれでもマダラを納得させたいのであれば、マダラがただ一人認めたあの男――柱間を超える者でなければ不可能だ。
マダラ「愛する者よ死に候へ――俺にもはや実感できる愛などと言うのものは、あの柱間との戦いの中にしかない」
それが彼らの間にあった最後の和解への可能性を摘み取ったマダラの返答であった。
もはやマダラとの戦いは不可避と覚悟した弦之介は命を懸けて愛する朧だけは守るべく、マダラへとその瞳術を解き放とうとするもマダラの動きの方が先を行く。
しかしマダラが狙ったのは弦之介に非ず。弦之介への害意に反応して発動する瞳術の仕組みを逆手に取り、先に術を無効化する眼を持つ朧を排除すべくその刃を彼女へと向けていたのだ。
眼の力以外は非力な娘に過ぎない朧では超人的な身体能力を誇るマダラの刃を躱すことなど不可能であり、弦之介とて割って入ろうとも諸共に殺される見込みの方が遥かに高い。
逆に朧を見捨てその隙にマダラへと瞳術を仕掛ければ、自分は生き残り対主催にとっても最大の脅威を排除できる可能性はある。
二つに一つの刹那の間における天秤。しかし弦之介にとって選ぶ余地などあるはずもなかった。
迷うことなく弦之介は朧を助けるために飛び込み、しかしやはり諸共に貫かれる。
マダラは弦之介がこの行動を選ぶことを読んでいたのだろう。驚くこともなく無言のまま、しかし瞳は雄弁にこれがお前の甘さだと告げていた。
確かにその通りなのだろうな、と弦之介は自らの甘さを実感しながら力尽きる。
それでも理屈ではなかったのだ。弦之介にとってもはやどんな理由であろうと朧を見捨てることなど出来なかった。ただそれだけのことだ。
だが結果的にマダラを斃せたかもしれない唯一の機会を棒に振りながらも、肝心の朧を守ることも結局は出来ず諸共に命尽きようとしている。
愛を奪り還すと誓った蛮には申し訳が立たず、ここまで随分と自分を助けてくれたカカシ達にも恩を返せず、なにより守ると誓った朧すらも守り切れずに死なせようとしている。
以前と同じように結局自分は無力であったと嘆く弦之介に、しかし朧だけはそうではないと首を振る。
最期はどうあれ弦之介は自分を救ってくれたのだと、奪われ諦めかけていた自分たちの愛を奪り還してくれたのだと。
――だから泣かないでください、弦之介さま
あなたは決して無力などではありません、そう最期まで励ましてくれた朧へと弦之介は少しだけ救われたように感じ礼を述べた。
どちらにせよもはや互いに助からぬ致命傷である以上、自分たちに出来ることは何もない。
朦朧としていく意識の中、それでも弦之介は最期の時まで朧を離さぬよう強く抱きしめる。
死が二人を別つまで……否、願わくば死すら二人を別つことなく幽世までも共にありたい。
弦之介「……怖くはないか? 朧」
朧「いいえ、少しも。……弦之介さまが傍にいてくだされば、朧は何も怖くはありません」
最期まで健気にそう告げながら微笑みを崩さない朧を愛しく見つめながら、弦之介は元の世界でのあの忍法争いが終焉を迎えた安倍川の河原にて、朧が告げた最期の言葉へと答えを返せていなかったことを今になって思い出した。
気恥ずかしさは今生の最期の言葉という状況の後押し、そしてずっと言葉では明確に伝えていなかったこの想いをせめて彼女に告げたいというその想いが勝った。
弦之介「朧……わしもそなたを愛しておる」
一番最初に伝えたかったはずの言葉だったものが、気づけば最期の言葉になっていた。
弦之介のその告白に朧は泣き出しそうになりながらも、けれど最期は幸せそうに微笑みながらその言葉を返す。
朧「はい……わたしも大好きです、弦之介さま」
交わし合った愛の言葉がそれ以上紡がれることはなかった。
両者互いに抱きしめ合うように、しかし決して離れることはないようにと寄り添い、息を引き取っていた。
その最期を黙って見届けていたマダラは一瞥を向けた後、踵を返して去って行く。
去り際に、
マダラ「いずれ俺がこの世の因果を断ち切る。そこにあるのは勝者だけの世界。平和だけの世界。愛だけの世界だ
……次は二度と引き離れされることのないように、その世界で番いとして生きるが良いだろう」
そう告げた言葉は彼が最後に見せた慈悲であったのだろうか。
どちらにしろマダラが立ち去ったその場に答える者は誰もおらず、ただ二人の亡骸だけがそこには残されただけだった。
結果的に見れば、弦之介と朧の結末はやはり悲恋と潰えた。
新封神計画の特性上、幽世(封神台内部)までも共に逝けたが、計画は完成した以上、彼らの魂が解き放たれるということもまたないのだろう。
この戦いを制したマダラにしても、弦之介が説いた理想は届くことなく、幾ばくかの月の眼計画への意欲を彼に与えてしまった程度だ。
大局で見れば彼らは何も成し遂げられず、なんの救いすらも与えられなかった。
けれどそれでも一度だけ、僅かな時の間ではあったがかつて運命に引き離された一つの愛が奪り還されたというのも事実だ。
結末が悲劇であれ、その過程で得られた幸せは決して偽りなどではない。
想い通じ合い共に最期を迎え合えた二人の表情がどんなものであったのか、それは彼らに最期を与え見届けたマダラだけが知っているのであろう……。
最終更新:2014年04月05日 21:39