巨人が、歩いて来る。

武骨な四肢に、楕円形をした巨躯、鋼鉄に輝く体表面、ずらりと並ぶビス。

姿だけならば、往年のヒーローものの番組に出て来るロボットのようなデザイン……なのに、その「顔」だけが、アンバランスだった。
捻じくれた山羊型の角、薄汚れた赤色の肌、痩せ削げた輪郭と剥き出しの歯列、まるで風雨に晒されて赤く錆びた鉄製の骸骨のような、醜く崩れた無表情をして、そして――――その暗く穿たれた両の眼窩には、青い、三日月のかたちが、小さく浮かんでいる。

子供がロボットの玩具の首をねじり取って、そこへ気まぐれに、怪人フィギュアの首を据えたような、趣味の悪いちぐはぐさが、そこにはあった。
巨人の背後にある、抜けるような青空が、なおのこと、その姿を非現実的な、ばかばかしいものにしている。

けれど巨人は、そんなことを気にする風もなく、虹色がかった緑色の霞を纏って、遠くから、密集した森の向こうから、その姿に似合った特撮映画のようなスケールで、声もなく、言葉もなく、こちらへと近づいて来る。

「『ポセイドン』……」

迫りくる巨人の姿を遠目に見て、安部菜々が呟いた。
彼女の膝もとでは、頭に血の滲んだ包帯を巻いた岸辺露伴が、横たわって目を閉じている。露伴の機知と彼のスタンド能力・「天国への扉(ヘブンズ・ドアー)」により、襲撃者から辛くも逃れ、ようやく、殺し合いに乗っていない者たちと合流できたというのに。
その先で、駄目を押すように現れた脅威が、よりにもよってあの――――菜々たちを襲い、佐山・御言と富士鷹ジュビロの二人を殺した鋼鉄の巨人だとは。
露伴は傷とダメージの蓄積、スタンドを使い続けた消耗により意識を失い、応急処置は施したものの、未だ目を覚ます気配を見せない。
ダウンした露伴の治療を手伝ってもらった二人――――「超合金番長」を名乗るエマージー・マクスフェルと、不思議なピンクの犬・カーレッジもそれぞれ、仲間を失い、彼らの戦いを繰り広げて来た中で、浅いとは言えない傷を負っていた。
菜々自身もまた、腕を痛め、全身に擦り傷を負って、倒れ込みそうな疲労感に全身が覆われている。
この状況で、あのポセイドンから逃げおおせることなど、限りなく不可能に近い。
「絶望的」、と言っていい状況かもしれない。

「『タワー・オブ・バヴェル』――――超能力者・バビル二世が、会場内の〈アルターの森〉で粒子に触れて発現させたアルター能力の一角ですか……」

エマージーが、同じく巨人を見つめながら言った。
彼らが菜々たちと合流する前に出会った、ヨミと名乗る男は、同じバベルの塔より招かれた能力者であるバビル二世と、彼の操る三つのしもべの情報をエマージーたちに伝えた。同時に、今殺し合いの会場で猛威をふるっているバビルに対しての違和感を。

「あれはもはや、我が宿敵たるバビル二世ではない」

――――「人を狂わせ歪ませる真っ青な月の光」の噂が、会場にはいつからか流れていた。普通ならば容易に信じられるはずのない、おとぎ話じみた噂だ。しかしエマージーは、既にその実例を目撃していた。
斎藤一。金剛番長と拳・剣を交え、主催打倒の会話を交わして別れた、剣呑ながら怜悧で一徹な「悪・即・斬」の誇り高き剣客。どんな苦境にあろうが我を曲げる姿など考えられなかったその男が、再会した時には、ただその剣技を――――磨き上げた牙を、目の前に存在する者へ狂ったように突き立てるだけのもの言わぬ獣と化していた。
あの時の斎藤の目も、奇怪な月のかたちを宿していたのだ。
この殺し合いの裏で笑う黒幕の、人知を超えた力の一端が明らかになるにつれ、恐らく斎藤も、そしてバビル二世も、主催の何らかの思惑と作用によって「狂わされた」のだ、と、薄々理解できるようになっていた。

ポセイドンは、揺るぎない歩みで向かって来る。
その周囲で、虹の粒子に触れた木々や岩が、分解されて風のように流れて行く。
アルター能力――精神感応性物質変換能力による、物質の分解が行われているのだ。ただし、分解された物質が、うまく再構成しきれずに、粒子のまま滞留し或いは流れている。バビルが元々はロストグラウンドの突然変異的な人間なのか、それとも本土で何らかの手を加えられた「超能力者」なのかはわからないが、アルター能力者としての彼は、明らかにその膨大な力を扱い切れていなかった。
本人の姿は見えないところを見ると、ポセイドンはただに命令のもと、参加者を虐殺して回っているのだろう。この距離からでも菜々の言葉にあったレーザー砲を使わないのは、同じアルター能力者であるエマージーの能力を測りかねているからであろうか。

「同じ能力、か」

遠く、髑髏のような顔を貼りつけて、ものも云わぬまま進撃してくるポセイドンを見つめなおして、エマージーは呟いた。
自分から切り離された膨大な力を、本当の意味での理解も掌握もできていないまま暴れさせる。己のエゴ――――アルターでありながら、自分ではないモノとして、それを扱う。
――――まるで、どこかの誰かのようだ。
思わず自嘲じみた笑いを洩らすエマージーの隣で、露伴を木陰に横たえた安部菜々が、立ち上がった。

「エマージーさん。ナナが、あれを引きつけます」

その指には、緑色をした丸い輪――――「磁力の指輪」と呼ばれる、支給品の一つが嵌められている。起動させれば指輪は波動を放ち、「攻撃」を「装備者」に引き寄せる。

「さっきみたいにうまく行くかわからないけど……お願いします。露伴先生を連れて、カーレッジちゃんと逃げて」

彼女らと合流した直後、隙を突いて襲ってきた怪物、虚(ホロウ)に対して、アイドルであるという彼女は、持ち前の歌と、「磁力の指輪」のON・OFF効果を用いて命がけで撹乱し、エマージーたちを助けてくれたのだ。

「大丈夫ですよぉっ!何たってナナは、ウサミン星からやってきたんですから!ウサミンパワーでウルトラスーパー・メイドにミラクルチェンジ!ちょちょいのちょいです!」

虚の攻撃で裾の裂け破れた服をぱんぱんと払いながら、泥の散った顔でぐっとガッツポーズしてみせる彼女、アルター能力者でもなんでもない、自称「ウサミン星人」へ、不思議な尊敬の念を覚えながら言葉を返そうとしたエマージーより先に、ピンク色のかたまりが跳ねて、彼女の指から指輪を奪い取った。

「カーレッジちゃん!?」

「~~~~~~!!」

ダメダメと言うように首をブンブン振りながら、カーレッジは指輪をあっという間に自分の小さな肉球の先に嵌め、click!と錠前にカギをかけるジェスチャーをした。それから、腕に力こぶを作ってポパイの真似をしつつ、自分がポセイドンをK.O.するアクションをしてみせる。
ダメですよ!と言いながら指輪を取り返そうとする菜々をひょいひょいとかわし、カーレッジはエマージーに、チラチラとアイコンタクトを送って来る。おとり役は僕がやる。怖いけどやる。だから逃げてくれ、と。
この、お世辞にもかわいらしい顔とは言えない、不思議な小さなピンクの犬は、これまでもこんな風にマンガじみたリアクションとジェスチャーを繰り返しつつ、金剛番長や東方仗助、エマージーを助けてきた。時にはぶるぶる震えながら、時には涙と鼻水を垂らしながら。
そんな小さなチームメイトの必死の所作を前にして、エマージーはふっ、と笑いを洩らし、菜々に言った。

「……ウサミンさん。あなたは一度、私たちの命を助けてくれた。今度は……こちらの番です」

「エマージーさん!でも、ナナはもう、露伴先生を連れては走れないし……あっ、これはその、足手まといとかそういうのじゃなくてですねっ、……」

「~~~!、~~」

言いかける菜々を抑え、磁力の指輪を嵌めたままエマージーにウンウンと頷くカーレッジに、エマージーは、デイパックから取り出したあるものを差し出した。

「……?」

カーレッジが、ぽかんとした顔をする。
それは、ロボットの玩具だった。色褪せた、作りの甘い、子供の遊ぶような、スーパーロボットを模した玩具。

「……私の宝物です。持っていてくれますか」

不思議そうに見上げるカーレッジの手にそれを押しつけ、同じく不思議そうに見つめる菜々に、エマージーは言った。

「相手はアルター能力。対アルター特殊部隊HOLYの隊員であるこの私がやります」

「で、でもっ、エマージーさんだって怪我を……それに、あのポセイドンは……」

「わかっています。あれは、恐ろしく強い」
「だが……だが、だからこそ、囮戦法が失敗でもしようものなら、我々は全滅です。いや、残念ながら、通用しない可能性の方が恐らく高い。貴方が仰ったとおり、強力な飛び道具まで持っているのなら、なおさらだ」

「っ……」

それはその通りだった。撹乱と陽動に惑わされなければ、いや、よしんば惑わされても、アルター・ポセイドンのスペックならば、囮を殺した後で、けが人を抱えたもう片方をすぐに吹き飛ばしてしまうことが可能だろう。
だからこそ――――自分が、ピンチクラッシャーがやらねばならない。
がくがくと膝が震えだすのを感じながら、深呼吸をして、エマージーは、ロボットを抱えたままブンブン首を振りながら足元へ走り寄って来たカーレッジを見下ろした。

「聞いて下さい、カーレッジくん。
……臆病で弱かった私は、ピンチに助けに来てくれる、呼べば必ずやって来る、その玩具のようなスーパーロボットにあこがれた。絶対に負けない、痛みも感じない、無敵の『勇者』に」
「でも、きっと本当は違うんです。
本当の『勇者』というのは、金剛番長や仗助君、そして何より――――君のような者のことを言うんですよ、カーレッジくん」

地響きを背に聞きながら、見上げるカーレッジの頭に手を置いて、

「だから、君のその小さな体に宿る大きな勇気を、ほんの少しだけ、私にも分けてほしい」

赤いスカーフを翻らせ、エマージー・マクスフェルは、地響きの主へと向き直る。
――――「できる」という確信があった。いや、覚悟を決めた自らの中で、それはすでに「事実」となっていた。
ゆっくりと左腕を掲げると、巻きつけたリストバンドが、渦巻く虹色のアルター粒子に包まれ、金色のブレスレット型装置に――――P・コマンダーへと変形した。
「助けて」「守って」と叫び続けたそれへ、エマージーは今、声を限りに呼びかける。

「皆を守る!」
「行くぞ……スーパーピンチクラッシャー!!」

その声に応えるように。
ポセイドンの行く手の倒木や砕けた岩が、虹色のアルター粒子に包まれて分解し、輝き、人型を取って――――鋼鉄の巨人の前に、もう一体の、金色の巨大ロボットが現出していく。
車両の分かれた肩口、パトライトの光る頭部、変形前のパトカーの面影を残し、片手にはパワード・ライフルを携えたスーパー・ロボット。
身体的精神的ピンチを発動条件とする筈の「スーパーピンチ」が今、エマージーの先へ進む意志を条件に変えて、発動されたのだ。

「ウサミンさん。カーレッジくんを頼みます」

「エマージーさん!!」

震える拳を握りしめ、菜々へそう告げたエマージーに、スーパーピンチのパトライトからの光が降り注いだ。
光に包まれ、身体の揺らぎを自覚したエマージーが次に目を開けると……そこは、モニタを、メーターを前に、レバーを手に、ポセイドンの胸の高さの視界を展開した、“コックピット”の中であった。
レバーに手をかけ、エマージーは前を向く。
射程範囲に到達したポセイドンの、アームの一撃が眼前に迫っていた。
――――アルターとは、己のエゴを具現する能力である。
エマージーの精神性の変化を反映したスーパーピンチは、能力者との結合率を強め、自立稼働型から、融合装着型――――搭乗型へと進化した。
激しい虹色の火花を散らし、スーパーピンチがポセイドンの攻撃を受け止めた。両者の身体の周囲に、アルター粒子の渦が巻く。

「先へは進ませない!操り人形となってしまった貴方を、これ以上先へは!!」

スロットルが回転し、もう片腕でポセイドンを弾き飛ばすと、スーパーピンチは間髪をいれず、地面に突き刺していたライフルを構えた。

「パワァード、ライフルッ!!」

打ち出されたエネルギー弾が、体勢を立て直そうとしたポセイドンを叩き、そのまま巨人は膝をつく。
その隙に、エマージーは別のレバーに手をかけた。腕のP・コマンダーが分解し、スーパーピンチの背後で、同じ形をした装置が構成される。
それは、カーレッジと菜々、露伴の前に降り立つと、光と共に、六角形を組み合わせたような障壁(バリア)を発生・展開させた。

「ピンチガード……これでひとまず彼らは……」

呟いたエマージーを、激しい衝撃が襲った。モニタに新たな火花が散り、今度はスーパーピンチがよろめく。
ポセイドンが指先からレーザー砲を放ったのだ。
物云わぬ巨人はパワードライフルのダメージなど感じさせないかのように立ち上がり、レーザーを照射しながら、前進して近づいて来る。腕を掲げてガードしたが、コックピット全体に連続して衝撃が走り、スーパーピンチの腕の装甲が吹き飛んだ。

「……っ、まだまだ……」

体を輝かせ、倒木から新しく装甲を再構成しつつ、エマージーは改めて相手のパワーの大きさを思い知った。「ピンチガード」を後方防衛に回してしまっている以上、攻撃は防壁なしで受け止める他ないが、これでは難しい。かつてのスーパーピンチならば、再構成の暇もなく粉々にされていただろう。そして、進化し、結合を強めた自分とスーパーピンチでさえも、遠く及ばない。
――――こいつを倒すには、やはり、専守防衛よりも、攻撃。装甲と再構成を上回る強力なエネルギーで、一撃のもとに破壊してしまう他ない。
改めてそう確信を強め、エマージーは、片端のコンソールに左手を走らせ、叫んだ。

「出でよ!大いなる翼、ピンチバァァードッ!」

その呼びかけのもと、アルター粒子で構成された黒雲の空から、超合金の翼を広げた赤い鳥型ロボットが現れた。
そのまま空中で変形し、スーパーピンチ以上に巨大なロボットのボディ部分を形作る。

「超!!ピンチ合体っ!!」

エマージーを乗せたまま、スーパーピンチもまた変形し、超巨大ロボットの胸部に収まった。
展開変形した新たなロボットの顔部分にフェイスバザーが降り、起動音と共に、緑の目に光が灯る。

「グレェェート、ピンチ、クラッシャァーッ!」

背に翼を持ち、ポセイドンよりも巨大な超合体ロボット、グレートピンチクラッシャーが、大地に降り立った。
かまわず放たれるポセイドンのレーザー砲をクロスさせた腕で半ば砕かれつつ防ぎ、

「デンジャーハザードッ!!」

お返しとばかりに、胸部横の砲口から高出力のエネルギー・バルカンによる一斉射撃を見舞う。
砲火の雨霰に、さしものポセイドンも防衛に転じざるを得ない。だが、これでダメージを与えられるなどとエマージーは思っていない。そのまま踏み込んだグレートピンチが、右拳をポセイドンのガード下からぶちかました。ひときわ大きな火花を散らせて、ポセイドンが吹き飛ぶ。吹き飛ぶが、まだ足りない。本当の決め手は、この次だ。

「一気に決める!ラスト・チャンス・ソォォォードッ!!」

浮上したグレートピンチの背中の機構が開いて、翼のモチーフを備えた、一振りの大剣が引き抜かれる。
ラストチャンスソード。グレートピンチのエネルギーを一点に集約したこの武器で、構成のゆるんだポセイドンを両断する。一か八かの賭けであった。
剣を構えたグレートピンチが、大空から、煙に包まれたポセイドンめがけて急降下する。

「逆転、閃光……!」

しかし、技名の途中で、ジュッと音を立てて光が閃き、――――剣を持ったグレートピンチの腕を貫いた。

「がっ……!?」

グレートピンチの右腕が肘から千切れ、ラストチャンスソードが吹き飛ばされて、バランスを崩したロボットは、その勢いのまま地面へと墜落する。
その前で、土煙りの中から、黒い影が立ちあがった。

「……そんな……」

電流の散るコックピット内で、かろうじてバランス機構を立て直しながら、エマージーは目の前に再び現れたポセイドンの姿を、信じられない思いで見つめた。
怯ませたはずのアルター・ポセイドンは、虹色の奔流を纏い、森を半ば消滅させて、グレートピンチよりもさらに巨大な躯体を、もはや全身が赤錆びた、皮膚を剥がれたヒトの人体のような巨体を、新たに再構成していた。
そして、すさまじい地鳴りを立てながら、地面へと突き立っていたラストチャンスソードに手を伸ばすと、雷電のようなレーザーの光を走らせ――――虹色の火花と共に、剣を溶かし砕いてしまったではないか。

「ラストチャンス、ソードが……」

血反吐を口端から垂らし、エマージーは、しかしすぐに、再構成を開始しようとアルター能力を発現させる。
しかし、

「げふッ!!」

ポセイドンの拳が轟音を立ててめり込み、肩の半分と、翼の片方が吹き飛ぶ。踏ん張った足には、指からの稲妻が走り、膝が貫かれた。

「があッ!!」

「――――!!」「エマージーさんっ!!」

カーレッジと菜々の悲鳴が響く。
くずおれたグレートピンチを、ポセイドンは足で払い、横へ蹴り飛ばすと、その悲鳴のもと――――ピンチガードで守られた三人へと、月の宿る暗い眼窩を向けた。
赤い指先にばちばちとエネルギー光が充填される。

「あ……」

へたへたと膝をついた菜々の前に、ロボットを抱えたカーレッジが庇うように立った。
ポセイドンは何の感情もなく、虫を焼くように、彼らを――――。

「させる……かァァァっ!!」

端からグレートピンチのタックルを喰らい、レーザーは狙いをそれて岩山の一つを粉砕した。
衝撃の余波が、ピンチガードをびりびりと震わせる。
半壊したグレートピンチは、火花の飛び散る中、弱々しく体の基部を再構成しながら、その前に体を引き摺った。
姿勢を直したポセイドンが、再びグレートピンチへ月の瞳を向ける。

「もうやめてくださいっ、エマージーさん!死んじゃいます!」

「~~~~~~!!!~~~!!」

背後から響く声を、電流の散るコックピット内で聞きながら、エマージーは痛みでぼやけた視界を見つめていた。
そこに、もう一つの声が響いていた。

『痛いよ、怖いよ、苦しいよ……
なんで僕が、こんな目に……』

聞き覚えのある、子供の声だ。ロボットの玩具を小脇に抱えた、小太りの、卑屈な目をした。

『ねえ、なんで?なんで、こんな目に遭ってまで』
『知り合って間もない人たちじゃないか。お父さんでもお母さんでもない、他人だよ。僕を、化け物だって崖っぷちに追い詰めた、あの人たちとおんなじだよ』

確かにそうだ、とエマージーは全身を貫く痛みの中でぼんやりと考える。
数日前まで知りもしなかった赤の他人。アルター使いでないどころか、本当の素性も知れたものではない、他人。
それを、身を犠牲にして庇うなんて、馬鹿げてる。
自己犠牲の精神?高潔な献身の心?
――――そうだ、そんなもの、僕は持ち合わせちゃいない。

――――だけど。

『なんで――――』
「なにも……死ぬこたあ……ねえ」
『え?』

「…… “なにも、死ぬこたあねー”、
ただ、そう思ったんだ……」

ぶっきらぼうで粗野な、リーゼント頭のスタンド使いの背中。
彼の口にした言葉を、エマージーはかつての自分に向けて繰り返す。
彼の気持ちが、今なら少しだけ、分かる気がする。

「深い理由なんてない。自然に体が、動いたんだ……」

そうだ、きっと彼も、仗助も、そうだったのだ。
エマージーは笑みを浮かべて――――沈黙したかつての自分の声に、はっきりと背を向けた。そして、顔を上げ、前を向いた。
ひび割れたモニタの向こうで、ポセイドンの雷光が閃いている。ピンチガードの前に立ちはだかったグレートピンチの身体を焼いている。エマージーの身体にも、立て続けに激痛が走る。
追いつかない再構成を行いながら、コックピット内がランプで赤く染まり、やかましいアラームが鳴り響いている。エマージーの生命力とも直結した機関が、全霊で危険を告げている。
――――だけど。

「知った……ことか……!!」

血管が浮き、ずたずたに裂けた体に虹色の光をほとばしらせ、コンソールに手をかける。
こんな自分を仲間だと、俺の認める漢だと言った時代錯誤な巨漢の、金剛番長の、あまりにも広い背中を思い出しながら、電流の走るレバーを握りしめ、立ち上がる。
ポセイドンが、痛めつけたグレートピンチの駆動を不快がるように、両手を掲げた。


『このピンチを、この逆境を、どう突破します?』


いつか、己に、HOLYに逆らうネイティブアルターの拳馬鹿、シェルブリットのカズマをせせら笑いながらかけた言葉。
ピンチを弄んでいた自分。アルターを、自らのエゴを、正面から見てすらいなかった自分。
その言葉に、過去の自分の全てに向けて、エマージーは、崖っぷちに立つ男は、目を見開いて、叫んだ。


「決まっているだろう!……この私が、エマージー・マクスフェルが、ピンチクラッシャーと共にだ!!」


その瞬間。
幾何学線のような光る亀裂の入ったエマージーの身体と、グレートピンチの全身から『黄金の輝き』が放たれ――――カーレッジのデイパックからはみ出していた、もう一振りの剣へと透過し、反射した。

青い水晶のような刀身をしたその剣の名は、雷龍剣“サンダーソード”。
ゼロの名を持つ魔竜剣士が振るう、龍機を駆るための伝承の剣。
本来、エマージーたちの世界とは異なる世界、異なる体系の元で発動される剣だ。

だが――――アルター能力は、己のエゴで以て、未知の領域たる“向こう側”へとアクセスし、エゴを具現する力。誰も知らぬ「先」へと、手を伸ばすための力。
今、エマージーの、ピンチクラッシャーの叫びが、アルターの輝きが、ゼロの開花させた力、雷龍体系(サンダーシステム)のさらに先、聖龍体系(ゼロシステム)への刹那のアクセスを可能とし、そして――――。

ポセイドンの雷撃を阻むかのような雷鳴と共に、虹色の粒子に包まれた、鳥ではない「龍」の形が、空の彼方から出現した。
エネルギーそのもののような龍機――――元の世界では「ドラグーン」と呼ばれていたそれは、空中で変形。
呼応して、無意識のうちに、グレートピンチが浮上する。
放たれるレーザーを全て弾き消しながら、二つのユニットは空中で一つになった。

そして、閃光の中から、新たな巨神が具現する。

龍の角の如き黄金の装甲、青白い雷光に似た水晶の胸部・関節、背中には、同色の十枚の翼。虹色の雷を纏い、瞳を黄金に輝かせるスーパー・ロボット。


『極・ピンチ合体っ!プラズマ・ピンチ・クラッシャァーッ!』


名乗りと共に、プラズマピンチは空中で、左腕を掲げた。
背中の翼が抜刀され、二振りの水晶の翼剣となって、さらにそれが、新たに生成されたラスト・チャンス・ソードに融合する。

『ウルティマピンチ・プラズマサンダーソォォードッ!』

エマージーが吼え、プラズマピンチが両手で構えた、大剣の切っ先が天空で、金剛石(ダイアモンド)の如く光り輝く。
地上では、赤い魔人が、アルター・ポセイドンが、全てを打ち砕こうと、眼窩の三日月を歪ませ、震わせて、両腕を掲げたまま、これも声なき咆哮を上げた。
それへ目がけて、輝く剣を掲げたプラズマピンチが、一気に急降下していく。

『逆ぁぁく転、閃光っ、カァァァァット!!!』

大気が、空間が歪み。
闇を割る虹色の光そのものと化したサンダーソードの刃と、ポセイドンのマグマの如きアルター粒子が、激突した。

「―――――――!!」

ピンチガードの中で、菜々に抱きしめられたカーレッジの叫びも、その光に飲みこまれていく。



『おおおおおおお――――!!!』



溶けた粒子の火花が奇妙な文様を描いて、辺りに波動がいくつも発生した。
ポセイドンの凄まじいアルター構成体は、プラズマピンチを以てしてなお、全てを沸騰させ飲み込もうと、奔流をぶつけてくる。
やがて、掴まれた拳で、ついに、プラズマピンチの装甲が溶けだした。
翼が崩れ、剣もまた、熱変形して行く。
しかし、それでも。

『ううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!』

吠える。
突き進む。
逆境を砕くために。
意地を通すために。
守りたいものを守るために。
そのためならば、全て――――。


『くれて、やるうウゥウゥゥゥッ!!!』


エマージーは声を枯らす。
仲間を守る、その意思を新たな翼に、負けたくないという己のエゴを、剣に変えて。

その言葉とともに、光の中で、剣を押しとどめていたポセイドンの腰が沈んだ。
溶けかけたプラズマピンチの、崩れかけた剣が、輝きを増して、受け止める両腕に、刃が食い込んだ。
感情などないはずの、赤い魔人の眼窩に驚愕の色が宿る。
それは能力者の中の、消され果てたはずの感情の残滓か。あるいはしもべたちの悲しみの欠片か。

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!』


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――』


何かが、壊れる音がした。

ポセイドンの輪郭が崩れた。
頭頂に、光が食い込んだ。
顔を割り、胸へ突き刺さり、その〝先〟へと、さらに深く。
深く、深く、斬り断ってゆく。
サンダーソードが、プラズマピンチが、エマージー・マクスフェルが。
アルター・ポセイドンのうつろな構成体を斬り裂いて行く。


『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――』

消えてゆく。

ポセイドンを構成していた全てが、
バビルの姿をした何かの破片の一つが、
破壊に狂う月の意思が。

両断され、四散し、千々と砕けて行く。

『―――――――――――――――――』

そして、その光に呑まれて、エマージーもまた――――。


『―――――――――――――』

『―――――――――』


輝きに埋められていく視界の中で、“向こう側”に、二つの人影を見た気がして、


『――――スジは、通しましたよ』


少し誇らしげな、エマージーの――――臆病な勇者の呟きは、
静かに、光の中へ溶けて行った。











【アルター・ポセイドン 完全消失】
【エマージー・マクスフェル@スクライド 死亡】
【残りXX人】

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最終更新:2014年05月22日 01:54