七頭十角 ◆iDqvc5TpTI


洞窟。
この殺し合いの舞台に呼ばれた者たちの多くにとって馴染み深いものだろう。
ある時は地下深くに眠るお宝が目当てで。ある時はまだ見ぬ新たな大地を求めて。またある時は奥に潜む巨悪を討ちに。
様々な理由を胸に幾多もの洞窟を歩いてきた彼らのことを洞窟探検のプロと称したところで過言はあるまい。
では、彼らプロ達が洞窟を進む上で最も警戒していたことは何か。
やはり死角からのモンスターの襲撃か。
いや、仕掛けられた罠の数々か。
それとも奥に潜む強大な敵か。

そのどれでもない。

洞窟に潜る上で最も恐るべきことは即ち、閉じ込められることだ。
岩盤の崩落しかり、敵の策略しかり。
何らかの形で出入り口を塞がれてしまえば、死から逃れられるすべは殆ど無くなってしまう。
日の光も刺さない暗き世界では動植物はろくに存在しておらず、食料が尽きればそこで終わりだからだ。
怪我人がいても碌な治療もできないまま死を待つばかり。
かといって助けを呼ぼうにも、厚い壁に遮られ外に届かず、外からは中がどうなっているかなどと知る由も無い。

そういった最悪の状況に陥らないよう配慮されているという点では、このヘケランの洞窟は休憩場所にはもってこいだった。
エルクとアズリアがついぞ踏み入ることの無かった洞窟の最奥。
そこにはいざという時の脱出経路として使えるある仕掛けがあったのだから。
ある世界の現代と呼ばれる時代において一つの王国へと繋がっていた水路の入り口。
奇跡的な海流の絡み具合による水圧からの保護と窒息死するよりも早く海上へと打ち上げられる流れの速さが相まって、
何の準備もなく生身で飛び込んだ青年達が無事通過することさえ可能にした自然の神秘。
しかも出口である渦から飛び込んだところで跳ばされるのは洞窟の入り口付近への為、水路から直接敵に奇襲をかけられる事もない。
通じている先が『海に接しているあるエリア』と曖昧にしか説明されていないという欠点こそありはするが、脱出経路としては十分過ぎる。


そんな理想的な脱出経路の前で腰を下ろしている男からは安堵の表情も安らいだ様子も一向に見て取ることはできなかった。


全身に負った打撲や軽度の火傷も、洞窟へと流れ込む海水を紋章の炎により蒸発させ、
残る膨大な海水と地下故の涼しさを利用して冷却するすることで作り出した淡水により事なきを得ているはずなのに。
血こそ洗い流されてはいるが、その表情は険しいままだった。

当然だ。
男を、ルカ・ブライトを苦しめているのは肉体的なものではなく精神的な傷なのだから。

最悪の気分だ。
閉じていた目蓋を僅かに開き、ルカは舌を打つ。
夢を、嫌な夢を見てしまった。
母の夢を。
原因は言うまでも無い。
アキラが掘り起こした思い出したくも無い、だが忘れられるはずもなく、忘れようとも思わなかった幼き日々の記憶のせいだ。

「くそがっ……」

青年が見せた幻影の母は微笑んでいた。
――ルカが見た夢の中の壊れた母はもはや何の表情も浮かべていなかった
厳しくわが子をたしなめるように幻影の母は怒っていた。
――許してと、助けてと、過去の母は自らを辱める男達に泣き請うていた
慈愛に満ちた表情で幻影の母は子を抱きかかえんと手を伸ばしていた。
――無力な子どもにその手を掴み助け上げるすべは無かった
殺しあうよりも愛し合う方がいいと、誰かのことを語る母がいた。
――王座で震えているだけだった臆病者は己が妻を見殺しにした

夢が現で、現が幻。
現実と取り違えかねないリアリティを誇っていても、マザーイメージはあくまでも敵の戦意を奪うことを目的としたもの。
相手の脳中枢へと干渉し揺さぶり起こす幻は優しく甘いか、厳しくも温かいものばかり。

ルカにとってはどれもこれも遥か過去に追いやられたもので、全てが全て幼き日々の記憶に終始していた。

母はあの日以来笑うことなど無くなった。
失意と虚無に埋め尽くされた現と、フラッシュバックに苛まれ苦悶と悲鳴に彩られた毎夜の悪夢。
死に至るその時まで母は昼夜苦しみ抜いた。
思い出したくも無い、だが忘れられるはずもなく、忘れようとも思わない。
故に記憶の母は全てあの日の母へと帰結する。
ハッピーエンドという名の幸せな救いで上書きされることの無かった悲劇は、永遠に悲しい物語のまま幕を閉じ、ルカの魂へと刻み込まれた。
バッドエンド。
死んだ人間の物語にその先は無い。

では、二度目の生を受け、この世に戻ってきた自分は何だというのだ?
死者の蘇生。
不老不死と並び、富と名誉を手に入れた者たちが行き着く欲望の果て。
オディオには確かにその力がある。
己自身が紛れも無い証拠だ。
その力さえあれば母を――

「……くだらない」

トラウマに押しつぶされるがままだった心が一気に冷えていくのを感じながら、ルカはそう思った。
この殺し合いの箱庭で、いや、幾多の世界、ありとあらゆる時代で多くの命が欲した力を一笑に付した。
ルカに優勝して母親を蘇らせるという選択肢は初めから無い。
否、母を汚されたばかりの幼き日々でも、失った時でさえも元の母を取り戻そうなどと考えたことは一度も無かった。
何の意味があるというのだ、生き返らせたところで。
身勝手で汚らわしい人間共が跋扈している世界に。
妻を妻とも思わず、我が身可愛さを優先するような男が統べる国で。

幸せになれるわけが無い。

たとえルカが悲願を成就し都市同盟を完膚なきまでに滅ぼしたとしても後に残るは怨嗟の声が木霊する荒野のみ。
平穏など訪れはしまい。

サラ・ブライトの居場所はこの世のどこにもないのだ。

亡き母だけではない。
薄汚いブタ共が蔓延る世界に、弱者が生きるすべは無いのだ。
強きものが全てを奪い、弱きものは死ぬ。
それこそがこの世の真理。
偽善者達は綺麗ごとを並び立て覆い隠そうとしているが、無駄なことだ。
人もコボルトもウィングホードもエルフもドワーフも。
所詮は己の欲望のために他者を虐げる。
守るためにさえ誰かを傷つけなければ生きてはいけない。

「くだらぬ…………この世界も……」

あの日以来憎悪に駆られて生きてきた。
穢れた都市同盟の人間を、牙も無く生きている価値もない女子どもさえも、全てこの手で消し去らんと。

人を殺して、殺して、殺してきた。
斬り捨て、轢き殺し、焼き払い、毒を盛った。

されど心は癒されない。
一人殺せば一粒、二人殺せば二粒。
朝露の水滴の如き潤いは得られても、その程度で身体の隅々、皮膚の下にまで渦巻く憎悪の炎が鎮火することはなく。
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、
殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して。
千殺そうが、万殺そうが、弱火になろうとも炎は何度でも憎悪という薪をくべられ燃え上がる。
足りないのだ。
どれだけの命を冥府に叩き込もうとも。
全てを消し去らない限りルカ・ブライトの渇きは満たされない。

ずっとずっとそう思っていた。
事実は違った。
ルカ・ブライトは覚えている。
自らが真に死の淵に立った時の感情を。
恐怖の先にあったもの――それは開放感。
他者に与えるばかりであった『死』を以って皮肉にもルカ・ブライトは永劫の疼きより解き放たれた……はずだった。

「ふん、オディオも余計なことをしてくれたものだ」

言葉通りルカにとって自らが生き返ったことは面白くは思えても嬉しいとは感じられなかった。
宴の開幕を告げる魔王を前にして黄泉路から連れ戻されたルカの心を占めていた感情は只一つ。
歓喜でも驚愕でもなく――憎悪。
この世に返り咲いた命は、玉座の間に幾多もの人間を認めるや否や再び憎しみの炎を上げた。
ルカ・ブライトと憎悪はもはや表裏一体。
片方が蘇ったのなら、もう片方がなりを潜めたままであるなど有り得ない。
ルカは解き放たれたはずの渇きに飲まれ、再び獣と化す。

そして、狼に自殺という選択肢はない。

一度味わった死による疼きの消失がいくら素晴らしいものであったとしてもだ。
ルカ・ブライトは自らを絶え間なく襲う渇きから逃れようと人を殺してきたのではない。
憎いからこそ命を刈り取ってきたのだから。

冷えた心を憎悪の熱が焦がしていく。
蘇らされた記憶とそのきっかけである男への怒りも相まって、憎しみは常以上に煮えたぎっていた。
その熱さに煽られるように、ルカは口元をつり上げ、中空へと声を放る。

「このおれの憎悪、貴様なら余すところ無く感じられるだろう?」

生き返ってまでトラウマを直視する羽目になったそもそもの元凶、何らかの手で宴を見下ろし楽しんでいるはずの魔王オディオへと。
相手がただの人間であったのならオディオとて切り伏せていたところだった。
抗わなかったのはオディオに自分と同じものを感じたからだ。

――望むがまま邪悪に生き、裏切りの果てに敗れた者よ。今度こそ己が憎悪のままに浄化し尽くすのだ……汚れた人間の蠢く世界をッ!!!!

ごちゃごちゃとそのような趣旨のことを言われたような気がするが、どうでもいい。
ジョウイの野心を見抜いており自分が裏切られたことくらい遅かれ早かれ気づくことのできたルカにはオディオの壮言に感じ入るものは無かった。
剣に名前なぞ不要。
ただ、斬れればいい。
言いつくろったところで大方オディオも心の底では自分同様そう思っていることだろう。
構わない。
オディオの思惑がどうであろうと、奴の目には憎悪の闇があった。
ならばおれの邪魔になることはないとルカは嗤い立ち上がる。

「ふはははははははははははははははは!!!!!」

誰かが洞窟に侵入してきたのなら殺せ殺せと騒ぐだろうから鳴子の代わりにくらいはなると踏んで傍らに突き刺していた剣を引き抜く。
打撲の圧迫治療用の包帯代わりに端の方を用いたため僅かに裾を短くしたマントが主の動きを追う。
ルカにも、アキラにも不本意なことだが、数時間かけて休んだことでルカは精神だけでなく体力をも回復させていた。
獣の紋章ならぬ浄火の竜もまた扱うことができよう。
ルカは一人で自身と渡り合った忌まわしい赤髪の剣客のことも忘れてはいない。
都市同盟を攻略するのにあたり、人っ子一人に阻まれるようでは話にならないではないか。

さあ、休息は終わりだ。
狼にとってだけではない。かの爪に裂かれる哀れな羊にとっても今の今までは安穏な時間だった。
それも、ここまでだ。
憎悪に狂いし狼は下げていた尾を上げ、牙を剥き、咆哮をあげたのだから。

「この数時間、生き延びたことを後悔させてやるぞ、糞豚共がッ!!!!」


狂皇子、再び――


【B-10 ヘケランの洞窟 一日目 昼】
【ルカ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]疲労(小)、精神的疲労(小)、全身打撲と軽度のやけど(処置済み)。
[装備]皆殺しの剣@ドラゴンクエストIV 導かれし者たち
    魔封じの杖(4/5)@ドラゴンクエストIV 導かれし者たち、聖鎧竜スヴェルグ@サモンナイト3
[道具]工具セット@現実、基本支給品一式×3、カギなわ@LIVE A LIVE、不明支給品0~1(武器、回復道具は無し)
[思考]基本:ゲームに乗る。殺しを楽しむ。
1:会った奴は無差別に殺す。ただし、同じ世界から来た残る4人及び、名を知らないがアキラ、続いてトッシュ優先。
[備考]死んだ後からの参戦です 。
※皆殺しの剣の殺意をはね除けています。
※召喚術師じゃないルカでは、そうそうスヴェルグを連続では使用できません。


※ヘケランの洞窟のリーネ付近の渦に繋がっていた洞窟奥の水路は、本ロワの舞台では海に接したどこか特定のエリアに繋がっています。
 出口である渦に飛び込んだ場合はゲーム本編同様、ヘケランの洞窟入り口近くに繋がっています。

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067-2:トゥルー・ホープ(後編) ルカ 089:空虚の輪郭


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最終更新:2010年07月01日 21:17