ナナミ、『お約束』を学ぶ ◆Rd1trDrhhU



彼がここへ転送されたときには、太陽は既に遥か西の地平線で眠りに臥していた。
昼の空を照らす孤高の王者亡き夜空。
天を彩る星々も、一際大きな月も、偉大な恒星の代役を務めるには至らない。
この薄暗い世界を照らすものは何もなかった。
空にも、そして地上にも。
地上の明かりとは、つまり電灯のような人工的な明かり。それすらも、この一帯には存在しないのだ。
ここが未開の地だからなのだろうか、それとも景観を考慮してあえて置いていないのか。
どちらにせよ、この空間を満たす黒色にとって天敵足りえる光源はないという事は変わらない。

それでも彼は、この場に転送されたその瞬間に『ここが草原である』と把握できた。
周囲を満たす草木の青々とした臭い。鼻が感じ取る。
遮蔽物のない大地を駆け抜ける涼しい風。皮膚に伝わる。
そして、その波の如く揺れる草木と吹き抜ける風が生み出す、サラサラというメロディ。鼓膜に響く。
この暗闇によって殆ど使い物にならなくなった視覚の穴を埋めるように、他の感覚が情報をかき集める。

(ここいらに広がるのは草原……向こうには森か)
己の感覚が導き出した地形情報を脳内で復唱する。
彼は南に広がる森との正確な距離までもを算出していた。
それは彼の剣士としての才が成せる技なのだろう。

しかし、周囲の状況を把握しても、彼の集中が途切れる事はない。
彼が得ようとした情報はそんなものではないのだ。
ここがどこなのか。そんな事は彼にとってはどうでもよかった。
草原だろうが荒野だろうが地獄だろうが関係ない。
先ほどまで自分がいた場所、パレンシアタワーでない事だけが彼にとって重要な情報。

(畜生……どこに隠れやがった!)
ここがパレンシアタワーでないなら、『あの男』はどこに消えたのか。
それこそが、彼が真に求める情報だ。
目を閉じ、今までより更に感覚を研ぎ澄ます。
風に揺れる赤い髪の毛は、彼の怒りが生み出した炎のようだ。
その1本1本の動きすらも感じ取れるほどに、彼の集中力は高まっていた。
周囲に動く物体はないか、自分に向けられた殺気は感じられないか。
『あの男』はどこかにいる。この暗闇のどこかから自分を狙っている。

見つけ出して、殺さなければ。

殺さなければ、自分が殺される。それほどに『あの男』は強い。
そして罪なき人々が殺される。『あの男』は人殺しを厭わない。
女子供だって平気で殺すのだ。
昔の『あの男』そんな人間ではなかったはずなのに……。

そう、『あの男』、モンジはそんな残忍な男ではなかった。
身寄りの無かった自分を育ててくれた。優しく、厳しく。
血のつながりはないものの、彼にとって親と呼べる存在はモンジただ1人だ。
この剣技は、彼がモンジに与えられたものの中で最も誇るべき宝物である。
モンジが振るう刀は、弱きものを守る為の、大好きな街を守る為の刀。

そのはずだった。
だが、モンジは自分の目の前で、人を殺した。
自分達の育った街の人間を。泣き叫ぶ子供の前でその母親を殺したのだ。

許せない。
誇り高き剣術を裏切ったモンジを。
モンジを殺人マシーンとして甦らせたロマリア帝国も。
モンジを止められなかった自分も。
彼は何もかもが許せなかった。

止めるしかないのだ。
オヤジの皮を被った化物を。
そして乗り込んだ決戦の地が、パレンシアタワーだ。
スメリア全土から目視できるほど高くそびえる塔の最上階で、彼は遂にモンジと決戦する。
彼に全てを与えた親父と、全てを賭けて殺しあった。

親父から受け継いだ誇りを胸に戦い続けた、彼の刀。
彼に全てを託して永い眠りについた、モンジの刀。
決して交わる事のなかった、交わる事などあり得なかった双振りがパレンシアタワーの100階で交錯した。
彼の一撃がモンジの刀を天に押しのけ、モンジの二刀流が彼の刀を床に這い蹲らせる。
その度に、激しい金属音と共に火花が飛び散った。
そんな斬り合いが何度続いただろうか。

彼の視界が突如、白く染まった。

目の前の景色が『無くなった』のだ。
そして気付いたら、知らない空間にいた。
幻術か、転送魔法か。
どちらにせよ、これはロマリア側の策略だと彼は判断した。

薄暗く、肌寒い空間。
その中心で演説する男。オディオとか名乗っていただろうか。
それらは彼の目には映らない。

そして、2度の爆発音。一瞬で2人の命を消し飛ばした、鉄のリングの断末魔だ。
直後に響いた少女の悲鳴。
それらすらも彼の耳には届かなかった。

その空間に佇む何十人もの人間の中から、ずっとモンジの気配を探っていた。
全ての感覚を駆使して。
モンジがどこに潜んでいるか分からなかったのだ。
モンジを殺す。彼はその事だけを考え、それ以外の情報を排除していた。

魔王の説明すら聞いていなかったから、この殺し合いのルールも彼は知らなかった。
それどころか、この殺し合いの存在自体を知らなかった
だから、彼は今もモンジを探している。
この殺し合いには参加していない男と今も戦い続けているのだった。

ポタリ、ポタリ。
汗が滴る。
額から頬へと、芋虫が這い進むようにゆっくりと。
顎までに達した、地面へと垂直落下する。
涼しい草原の真っ只中で、彼は汗をかいていた。
それは彼の精神的疲労が大きいということを意味していた。
だがそれも仕方ない。
彼がここに転送されてから10分経過していた。
死闘の最中から呼び出された後、極限状態で10分以上も放置されているのだ。
肉体の疲労は魔王によって回復させられていたが、精神的疲労までは回復していない。
それでも周囲に神経を張り巡らせていられる事実は、彼の精神力が常人離れしている事を証明していた。

「……ッ!」
限界を超え、今にも擦り切れそうな精神が遂に異変を感じ取った。
感じたのは、何者かの息使い。
突如として『その場所』に何者かが現れたのだ。
接近された気配など無かった。
おそらく彼が現れる前からずっとそこで息を潜めていたのか、たった今自分と同じようにワープしてきたのか。

そんなこと、どっちでもいい。
やっと見つけた。
右前方約50メートル。
そこに、いる。

「オヤジッ!」
怒号は雷鳴よりも激しく、彼を中心として球形に、遥か広がる草原に轟いた。
それまでに抑えてきた感情が、咆哮と共に爆発する。
怒りを胸に、目標に向かい疾走する。

(今、殺してやる……)
彼が接近している間も、目標は全く動かない。
目標が発する静かな呼吸だけが、彼に伝わってくる。

おそらく迎え撃つ気なのだろう。
彼が接近するのを待って、射程範囲に踏み入った瞬間に斬りかかってくるつもりか。
ならば勝負は一瞬。
彼とモンジは、射程範囲は全くの互角。
だが彼は刀を失ってしまっている。
その分だけモンジの方がやや有利。
その差を埋める為には、高速で肉薄し、彼がモンジよりも早く一瞬早く攻撃を繰り出すほかない。
あのモンジ相手に速さで勝るのは厳しいが、それしか手はない。

「食らえ……!」
拳を握り、振りかぶった。
構えたまま突撃する。
目標の射程範囲に到達。
しかし相手は攻撃をしてこない。

勝った!

全てを込めた拳を振り下ろそうとした。
その瞬間……草木の合間から現れたのは……。

「ご……ごごごごごめんなさいぃぃぃーーーー!!」
少女だった。
桃色の服に青いズボン。
そしてやや茶色がかった髪には桃色のヘアバンド。

「なッ!! ……チィッ!」
震えて怯える少女を目視するが早いか、脳から右腕に『制止しろ』との信号を送る。
だが、この一撃は、格上の相手を殺す為に放った必殺の一撃である。
それは今の彼にとって、全力の一撃。
果たして、それを止められるのか?
放たれた拳を完全に止める事は不可能に近い。

それでも、出来る限り拳の速度を落として、威力を抑えなければ。
「ぐおぉ……ッ!」
握り締めた拳を緩める事でその威力を軽減。
同時に全力で腕を引っ張り、パンチの勢いを相殺する。


「わわわわわわ!!!」
「と……まれ……ッ!」
しかし彼の努力空しく、拳は止まることなく少女に到達した。
最悪の形で。

むにぃ……!

風が止んだ。草木も静止した。
全ての音が停止した。

「…………」
ナナミは考える。
初対面の人間に、挨拶も交わしてもいない人間に、いきなり胸を揉まれたらどうすればいいのだろうか。
気がついたら自分は変な空間にいて、殺し合いをしろと言われた。
そして何人かの首が落とされた。爆破されたと言った方が適当か。
戦争も経験している彼女にしてみれば、死体はそれほど珍しいものではない。
だが、殺し合いを強制させられて平然としていられるほど気丈でもない。
ここに飛ばされてから今まで、ショックで全く動けなかった。

そこに、突撃してきたのはこの男だ。
いきなり目の前に現れると、一目散に自分の胸に手を伸ばしてきたのだ。

さて、彼女はこれに対処しなくてはならない。
ビンタすればいいのだろうか。
しかし、状況が状況だ。
あのような惨劇が繰り広げられた直後なのだから、ここは穏便に済ませたいところだ……。
感情のままに行動してしまっては、殺し合いに乗ってない人間に、要らぬ誤解を招いてしまう可能性がある。

ポイントは彼がどういったつもりでこのような行為に及んだのか、だ。
もしかしたら、やむをえない事情があって自分の胸に手を伸ばしたのではないか……。
そうだ、そうに違いない。
この状況下でセクハラ第1など、正常な人間の思考ではない。

「始めまして、これにはどういった意味が?」
出来るだけ丁寧に、相手を刺激しないように訪ねたつもりだった。


「…………」
トッシュは考える。
初対面の人間の、挨拶も交わしていない人間の胸を、いきなり揉んでしまったらどうすればいいのだろうか。
この人物はモンジではなかった。
人違いで怪我をさせなかったのは幸いだ。
死闘による興奮と精神的疲労があったとはいえ、女子供を傷つけてしまうのは許される事ではない。
なんとか拳の勢いを殺せたことに一瞬だけ安堵する。

さて、彼はこれに対処しなくてはならない。
誰がどう見ても、この状況は自分が悪い。
素直に謝罪すれば許してもらえるだろうか。
しかし、なんと説明したものか。

服装からして、この少女はパレンシアの人間ではない。
ならばモンジのことなど知らないのだろう。説明するのが難しくなる。
しかし自分のことも知らないのらしいは不幸中の幸いだった。
なぜなら、ロマリア帝国の大臣であるアンデルの陰謀によって濡れ衣を着せられたトッシュは、世紀の大犯罪者として世界中に指名手配されているからだ。
もし、自分のことを指名手配中だと知っている人間であれば、もはやこの誤解は解けないだろう。

しかし彼女は自分のことを知らない人間だ。
ならば謝罪の余地はある。
なるべく丁寧に、相手を刺激しないように謝罪の言を紡がなければ。

「始めまして、これにはどういった意味が?」
そんな事を考えているうちに、少女が話しかけてきてしまった。
彼が考えていた謝罪の言葉よりもさらに丁寧な言葉だ。
どういった意味と言われても……どこから説明する?
とにかく、戦闘中だったことを説明しなくては……。

「おぅ、始めましてだな。これは……その……必死でだな……」
少女にいきなり話しかけられたせいか、上手く言葉が出てこない。
もともと彼の頭が利口でない事も影響したのだろう。

「この状況で……」
「……ん?」
ワナワナと震える少女から滲み出しているこのオーラは、怒りだ。
トッシュは悟る。
説得は失敗だと。自分は説明を開始して2秒で地雷を踏んだのだと。

「こんな状況でもセクハラに『必死』なのかァーーーッ!」

顔面に飛んできた右ストレートを避ける事もせず、トッシュは思った。
あぁ……こんなの、弁解なんてできねぇよ……。


◆     ◆     ◆


「殺し合いだとッ?! 正気かよ?!」
左の頬に拳の跡、ナナミがぶん殴った跡をクッキリと残した男。名をトッシュという。
そのトッシュと会話していく中で、ナナミが驚いた事が3つある。

1つ、彼が行ったセクハラは全くの冤罪であったこと。
彼はどうやら自らの父親とも呼べる人間との戦いの最中だったらしく、彼女の胸を揉んだ事もそのせいで起こった事故であったらしい。
ここで話す限り、彼は素直で愚直な性格であり、少女を襲って自分の欲を満たすような人間ではない事が伺える。

2つ目、彼は自分のいた国とは遥か遠くの国の人間らしいということ。
あのハイランド王国もハルモニア神聖国も彼は知らないのだ。
それほど遠い国から来たのであろう。
紋章の知識すら持っていなかったのは少しだけ不可解であるが。

そして最も彼女が驚いたのが、彼がこの殺し合いのルールを知らない事。
それどころか、あのオディオとかいう自称魔王の話も殆ど聞いていなかったらしい。
そこまで戦いに集中していたというのか。
それはそれで素晴らしい精神力であるけれども。

「で、殺し合いに乗ったり……しませんよねー……」
「あたりまえだ。誰かを殺してまで叶えたい願いなんざ、俺にはねぇよ」
ナナミが殴った事に起こっているのか、オディオの企みに怒っているのか。恐らく後者だろうが、トッシュが不機嫌そうに吐き捨てた。
彼は一見すると荒々しい男だが、ルカ・ブライトのようにむやみに害を撒き散らす男ではない。
ワンと名乗った男とクリフトと呼ばれた青年。
この2人が首輪を爆破させられて殺されたことにも怒りを露わにしていた。
他人の死にここまで怒り悲しむことが出来る人物は、ナナミは今まで会った人間の中でも稀有な存在だ。
ナナミは彼が信頼に値する人間だと判断した。

そうと決めたら、彼女の行動は早かった。
「じゃあわたしたちは仲間ってことね、一緒に行きましょ!」
「あぁ?! なんで俺がお前と……勝手に決めるんじゃ……」
無理やり同行を求めたナナミにトッシュが食ってかかる。
トッシュもナナミも、この殺し合いを止めるという同じ目的を持っていた。
しかしトッシュは自分なりのやり方で行動するつもりであった。
少女のお守りなどをするつもりは、これっぽっちもなかったのだ。
だがそこはナナミのほうが一枚上手。

「きゃー。この人セクハラしてくるわー。誰かたーすーけーてー」
「……なッ! 馬鹿野郎、黙りやがれ!」
明らかに棒読み。
おそらく誰が聞いても、ただの冗談だと判断するだろう。

だが、この男トッシュには効果てきめんであったようだ。
「誰かー! この人は私の胸を触ってきて、それからそれから……えっと……服を脱がせて……」
「わ、分かったよ! ついて行けばいいんだろ畜生!」
ある事ない事騒ぎ立てやがって、とトッシュが小さく不満を洩らす。
しかし、胸を触ってしまったのだけは、それだけは事実。
彼に責任が全く無いわけではない。

それに自分のやり方で殺し合いを止めるにしても、どうすればいいかも分からない。
この殺し合いの事情が分かる人間を探さなくてはならない。
それならば、この少女がいた方が信用されるというものだ。
弱者を保護していれば、危険人物と勘違いされる確率も低くなる。

「ここがどこだか分からないから、一先ず適当な方向に歩きましょ!」
ここら辺一帯は草原が広がっているのだが、これでは地図を見ても自分たちがどこの草原にいるのかがわからないのだ。
南に森があるという情報も、場所を特定するには至らない。
どこかに施設があれば、地図で現在位置が確認できるのだが。

「あーそうかい。俺はよく分かんねぇから、行き先は勝手に決めてくれ」
つまらなそうに真っ赤な頭を掻くトッシュ。
そんな彼を見て、ナナミはずっと気になっていた疑問を吐き出した。

「ねぇ、トッシュさん。
 私が……その、オヤジさんの変装した姿だとは考えなかったの?」
もしも、ナナミがモンジの変装であれば、今頃トッシュは斬り殺されているだろう。
少女の姿をしているという1点のみで、トッシュが自分を信用してしまった事が解せないのだ。

「……そうだったのか?」
「いやいやいやいや違います! 違います……けど。
 疑わなかったのかな、って思って……」
歩く速度を落として、後ろを歩いていたトッシュの隣に並び立つ。

「そりゃあ少しは考えたさ。お前がモンジじゃねぇか、ってな。
 だが例え罠でも、俺は女の姿をしたやつを斬るつもりはねぇ」
「それじゃ罠なら殺されちゃうじゃないですか!」
信念というものか。ナナミにはあまり理解できない感情だ。
不意に弟の事が頭に浮かんだ。彼も自分の命を軽視している節があった。

「あー……男にはな、命よりも大事なモンがあんだよ。それに……」
「それに?」
スタスタと早足になったトッシュの背中に問いかける。
10秒ほど沈黙しただろうか、彼は立ち止まり、振り替えることなく呟いた。

「そんな卑怯な剣に、俺を斬ることはできねぇよ」
その一瞬だけ、トッシュの大きな背中が、もう一回り大きく見えたのだった。





【B-6 草原 一日目 深夜】
【トッシュ@アークザラッドⅡ
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:不明支給品1~3個(未確認)、基本支給品一式
[思考]
基本:殺し合いを止め、オディオを倒す。
1:とりあえずナナミに同行する
2:基本的に女子供とは戦わない。
[備考]:
※名簿は確認していません。よって仲間が参戦している事を知りません。
※参戦時期はパレンシアタワー最上階でのモンジとの一騎打ちの最中。
※紋次斬りは未修得です。

【ナナミ@幻想水滸伝II
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:不明支給品1~3個(未確認)、基本支給品一式
[思考]
基本:殺し合いには乗らない。
1:施設を探して、現在位置を確認する。
[備考]:
※名簿は確認していません。よって仲間や弟たちが参戦している事を知りません。
※参戦時期、宿している紋章はお任せします。

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GAME START ナナミ 040:BIG-TOKA SHOW TIME
トッシュ


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最終更新:2010年06月19日 04:09