(血のような跡が染み付いていて読めない) ◆Tt7VpJAYxU



 粋な計らいだった。
 どす黒い感情に狂って無様に叩き殺された後、友が、愛した女性が、祖国がどうなったのか、特等席で見せてもらえたのだ。
 その後、彼の魂はどことも知れぬ迷宮に幽閉され、滅びたルクレチアをただ眺めるばかりであった。
 自分のちっぽけな劣等感など比較にならない深さで、親友は彼を信じてくれていたのだ。
 魔王と名乗る魔物を倒した折、ハッシュが死に際に、あんなものは魔王などではないと言い残していたが、今ならそれがどういうことかはっきりとわかる。
 あの時、あの一瞬、自分の心に僅かにともった黒い炎こそが、勇者ハッシュを葬り、勇者オルステッドを狂わせた魔王なのだ。
 その引き金は取るに足らない、なんということもない魔術師。資格がないのなら勇者など夢見ずに沈んでいれば、何事もなかった。
 どれほど考え、どんな結論を出そうと、彼には目の前の色褪せたルクレチアを眺める以外に、できることはなかった。
「来たれよ……」
 いくらもがこうとも、澄んだ湖面のように波紋一つ立つことがなかった縛めが、揺らいだ。
「愛と名声を得た者よ……」
「人間に今だ幻想を抱く者よ……」
 粋な計らいだった。


 あの時、カエルたちはいつもどおりシルバードで時の最果てを目指していた。
 賢者ガッシュの遺作であることに加え、希代の天才ルッカのメンテナンスを得ているシルバードに、故障の要素などあろうはずはなかった。
 だが。
「来たれよ……」
 何者も割り込めないはずの時空間移動に、声が染み込んだ。
「忠義と償いの剣を振るう勇者よ……」
「人間に今だ幻想を抱く者よ……」

「いざなおう……真実を知らしめんために……」


 城は、大まかに2つに分けられる。
 防衛拠点としての城は、敵に攻められても、その中に籠って戦えるような仕組みになっている。
 政治的拠点としての城は、居住性や移動の利便性などを考えられて作られており、どちらかと言えば戦闘ではなく特大の屋敷という風情である。
 ここにある城は、カエルのいた時代のガルディア城と同じ、後者だった。
 多数の人間が長期間詰めていても大丈夫なように、宿舎も調理場もある。バルコニーに出なければ、外から丸見えなどということもない。
 拠点とするには最適な建造物である。ゆえに、最初に有利な位置を押さえるのが定石だった。

 城の兵器庫の武器防具は、片端から何者かによって切り裂かれ、使い物にならない有様となっていた。
 調理場の食料も、何日も放置してあったかのような状態であった。食べれば腹を壊すだろう。
 だろう、というのは、見た目で判別がつかなかったからである。ハエもアリもたかっていなかった。そういうものさえも死に絶えているのかもしれない。
 ということで、当面は袋に入っていた使いづらそうな武器に頼るしかない。
 ルッカの銃の大型のもの(確かライフル型と言っていた)に、ショートソードを植え付けたような外見をしている。
 槍のように使えば使えないこともないだろう。カエルの得意は剣術だが、騎士として、一通りの武芸に通じるのは当然である。
 だが槍とは遠い形状と、何より銃であるということがカエルを戸惑わせた。扱いに気を配らなければ、どこから弾が出るかわからない。
 こんなことなら銃について、ルッカに話を聞いておくのだった。

 それにしても、あの魔王の他に、魔王を名乗る存在がいたとは知らなかった。
 魔族の世界も一枚岩ではないのか。
 今のカエルが実際の事情を推し量る余地はないが、少なくともやることは決まっている。
 人を見捨てるなど、騎士のすることではない。
 どうせ、ただで帰れそうもないのだ。

 バルコニーに、不用心な紅のマント姿があった。


「おい、お前」
 ストレイボウは、足音には気づいていた。殺気は感じなかったのでそのまま立っていたが、多少不用心だっただろうか。
 そう思いながら振り向いて、思わず身構えた。
 胸ほどの身長のカエルが、二本足で立っている。危うく呪印を切り始めるところだった。
「自分の見た目ぐらいはわきまえている。そんなに驚くな」
「誰だ、あんたは」
「元人間だ。名前は……カエルでいい」
 相手は敵意は見せないが、こちらのマントが翻れば、いつでも壁の陰に隠れられるような位置取りである。
 どう見ても魔物だが、話が通じる相手であるようだった。
「あんた……カエルと呼べばいいのか。俺を手伝う気はないか」
 ふん? とカエルが小首をかしげた。
「事情によるな」
「……友を救う」
 答えは無言。変わらないカエルの表情が、続きを促す。
「ここに来る前の話だ。俺のせいで、親友が正気を失った。あいつが一番信じていたものを二つ、俺が奪っちまった。
あいつが一番助けてほしかった時に、俺は自分のことしか考えていなかった」
 無言。
「俺は一度死んだ。死んだ時、あいつが俺をどう思っていたか、やっとわかった。俺があいつを、今更友と呼ぶなどおこがましいかもしれないが……」
「俺は、あのオディオって野郎を倒すつもりだ。お前がそれについてくるってんなら、俺もお前を手伝ってやる」
 カエルが、口を開いた。
「お前、オディオとかいう魔王と戦う覚悟はあるか?」
「……ああ」
 魔王となら、戦った。
 勇者とも。
「なら、決まりだな。一応聞いておくが、お前が俺を信用する理由は何だ。無節操に声をかけるタイプにはとても見えないからな」
「あんた、騎士だろう」
 在りし日のルクレチアの光景が思い起こされる。
 命令とあらば魔物に立ち向かい、疑いもせずオルステッドを追撃し、魂となっても敵への憎悪を噛み締める、健気な人種である。
「騎士ってやつは、どうも似通ったところがある」
「ま、いいだろう」
 曖昧な応答にもかかわらず、カエルは納得した様子だった。
「お前の名は?」

 このカエルは、ストレイボウが魔王の話をしないうちから、自分からオディオと戦うと言った。
 ストレイボウは、魔王山に赴くオルステッドの前に立った時を思い出す。
 友と己の武勇を恃み、魔王を名乗る魔物を討ち取ったのは、友情のためと、栄誉が欲しかったためである。
 一時の悪魔に魅入られて、友情を捨てて友から奪った栄光の裏側には、死と絶望がべったりと貼りついていた。
 カエルは魔王を倒すという。それに同行できるのは、まさしく粋な計らいだろう。
 今度は、ストレイボウがいる限り、魔王山に落盤など起こらない。


 魔王と戦う覚悟はあるか。
 その質問に、わずかに間があったものの、ストレイボウはきっぱりと頷いた。
 この場合は、むしろわずかな間こそが信用できる。脳裏で、一瞬なりとも算盤を弾いた証である。
 この男は、友のためにオディオと戦おうというのだ。
 カエルは、かつて似たような境遇にあった男を知っている。その騎士が魔王と戦おうと思ったのは、彼の友がガルディア最強の騎士だったからである。
 友のためを念じながらも、結局友に任せきりという弱い心の代償は、人間の姿と、友の命だった。
「まずは戦力を整えなければいかんな」
「俺は魔術師だ。杖か何かがあれば言うことはないが、ある程度はなんとかなる」
「それは心強い」
 ストレイボウのマントの裾から、剣の鞘が覗いている。剣であるならば、あれを融通してもらえば、こんな銃のおまけのような剣よりうまく立ち回れるだろう。
 隠しているつもりではないだろうが、視線に気づいたストレイボウはまっすぐにこちらを見た。
「すまないが、これは渡せない」
「お前に使えるようには見えないが?」
「ああ、俺に剣の心得はない。手を組む以上、あんたに任せるのがいいこともわかっている。だが……」
 ストレイボウの親友は、騎士なのだろう。
 かつてカエルがグランドリオンを隠れ家に持ち去っていた理由は、それが伝説の剣であったから、ばかりではない。
「別にかまわんさ」 


「この城は駄目だ。武具も食糧も、全部使い物にならんようにされている」
 カエルが言う。
「どうする、ストレイボウ。この分じゃ期待はできないが、城下町も探ってみるか?」
「そうだな。他の人間に会えるかもしれないしな」
「俺の仲間なら俺が話すが、それ以外は任せるぞ。初対面に俺が出ると、警戒されやすい」
「かもしれないな」
 騎士と魔術師がいる。欲を言えば、あと癒しを使える者がほしい。
「城下の次はどうする。オディオの居場所などわからんが」
 カエルが聞いてくる。彼に支給の剣を渡した方がいいことは、ストレイボウも十分承知している。
 だが、自分たちの因縁を考えれば、例え振るう技がなくとも、絶対に手放すわけにはいかない剣だった。
 そして剣を渡さない以上、他の品、バッジのようなマジックアイテムについて尋ねるのも厚顔というものである。
「北の城へ行こう」
 ここを勇者の山に見立てるのなら、魔王と戦うのは魔王山だ。
 剣は、重い。


【I-9 城内 一日目 深夜】

 【カエル@クロノトリガー】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:バイアネット(射撃残弾7)、バレットチャージ1個(アーム共用、アーム残弾のみ回復可能)、基本支給品一式
[思考]
基本:魔王オディオを倒す
1.戦力を増強しつつ、北の城へ。
参戦時期:シルバード入手後・グランドリオン未解放のどこか。他は後の人にお任せします


 【ストレイボウ@LIVE A LIVE
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:ブライオン、勇者バッジ、基本支給品一式
[思考]
基本:魔王オディオを倒す
1.戦力を増強しつつ、北の城へ。
参戦時期:最終編

時系列順で読む


投下順で読む


GAME START カエル 029:ストレイボウ、『友』を信じる
ストレイボウ


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年06月19日 04:13