『アティの場合』 ◆x7pdsyoKoA



 ほの暗い水の中で彼女は溺れていた。
 荒れ狂う海の中で目を開けることもできず濁流の音に耳を支配され泳ぐことすらできずに、怒れる龍の如き海のうねりにただ身を任せる状態となっていた。
 だが、そのような状態と為っても今だ、心は決して折れてはいなかった。
 彼女は約束したのだ。少女を守ってあげると。
 故に荒れ狂う海へと落ちていった少女を助けるために、わが身構わずに少女の後を追い飛び込んだ。
 しかし現実は非常であった。
 海龍は彼女の体力を喰らいつくし、彼女の首を締め上げ口から酸素を吐き出させ、じっくりと死へと誘う。
 体力が尽きても折れなかった心はここへきて、急速に死に始める。
 それは生物としては正しいことではあったが、そのことは彼女の魂を絶望させる。
 あの子と約束したんだ。守って上げると。が、もう指一本ほども動かす力が無い。
 くやしい。力が…力が欲しい。力さえあればあの子を守って上げられるのに。
 彼女の心を虚無と悲しみと少女への思いなどのさまざまな感情が支配し、だけれども思いは天へと届かずにそのまま海の藻屑へと消えていく。



 そんな時だった。濁流の音に支配されている彼女の耳に奇妙な男の声が聞えてきたのは。



『力が…欲しいか?』



 聞いたことも無い男の声により、失われかけていた彼女の意思がぎりぎりの境界線で繋ぎとめられる。
(え?)
 彼女は思わず声無き疑問の念を発する。が、見知らぬ声は自分勝手に話を推し進めようとする。
 まるで、悪魔が囁くような魔の契約のように。
『ならば、我を手にせよ…生き延びたくば我を継承するのだ』
 謎の声が話す言葉そのものも、まるで悪魔の言葉の如く代償など伝えずにどうとでも取れるような代物であった。
 そして、状況そのものも悪魔の関与があったとしても有無を言わせぬ危険な状態であった彼女に当然の如く選択肢などない。
「生き、延びる…」
 彼女は文字通り溺れるものはわらをも掴む気持ちで、声が聞えてきた方向へと手を伸ばす。
『さあ、手を伸ばして掴み取れ!!』
 男の宣言とともに彼女は嘗に力を込め、海の中に漂う何かを握る。
「……っ!?」
 彼女がその何かを握った瞬間、突然周囲の光景が歪んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ようこそ、諸君。我は魔王、オディオ」
 濃密な闇の中で、周囲の暗闇に負けることの無いほど邪悪に染まった男の声が周囲に木霊する。
 その声にある者は怯え、ある者は憤りを向け、ある者は疑問を抱き、ある者はその男そのものを無視した。
 そんな中で彼女は、トッシュという男と同じくオディオと名乗った男を無視していた。
 右腕を延ばし地面にうつ伏せの体勢で寝転がった格好で、彼女は床に倒れていた。
 僅かばかりに苦しそうに震える動作を続けるだけでそれ以外の行動をせず、何かの騒ぎを誘発するような動きをせずにただ倒れていた。
 彼女のその状態は、水の中で口に含んだ酸素を逃がさないと思う物ならば当然の反応であり、激流により上下や重力に引っ張られる感覚が一時的に消失し、
海水が染込んだ眼球は物を映さず、ただひたすら掴み取った何かが奇跡を起こすまで意識を途絶えさせないことに全力を費やし、
海の底のような冷たい妖気が漂う空間では、彼女が海中から陸へと転移させられたということは気付きようが無い。
 故に二人の男達が死に、少女が嘆き悲しんでも彼女はそれらの出来事を知ることなどなかった。
 何も知ることのないまま闇に飲み込まれた彼女は、再び何処かの大地へと転移させられた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 E-6にある木が生い茂った山の中に突如、夜の闇よりも暗い球体のような物が発生し、現れた時とおなじように突然に消えた。
 闇の球体が去ったその場所には、一人の女が倒れていた。
 その女は赤い長髪に白い帽子、白いコートに赤い上着といった格好であったために、闇夜の中ではとても目立つ格好であった。
 が、このバトルロイヤルという危険な状況下でそのような目立つ井出達だというのに、女は隠れようともしなかった。
 ただ必死で息を止め続け、ぎゅっと力強く目を閉じ、暗い淵へと沈んでいく意識を繋ぎとめようとするだけだった。
 そして息を止め続けたまま、突然かっと目を見開き足をピンッと真直ぐにし、次の瞬間に力なく項垂れ彼女は呼吸困難に陥り
陸に上がった魚のような格好でそのまま死んでしまった。





「ぷはぁ~~~~、死ぬかと思いました」
 女は一度呼吸停止により死に掛けたものの、力を抜くことによって肺の中に空気が流れ込み何とか自力で蘇生することに成功した。
 彼女は誰に言うでもなく独り言を呟きながら起き上がり、そこで目を丸くした。
「…なんで私、こんな山の中でひっくり返っているんでしょうか?」
 誰かがいるわけではないでも無いのに、自分の考えを口に出すのは彼女が困っている時の癖である。
 水中で溺れていたらいきなり山のど真ん中にいたのである。このような状況下では当然驚かずにはいられない。
「とにかく、いったいどうしてこんなことになっているのか、順番に思い出してみないと」
 彼女はそう呟きながら、状況を整理するために思考を巡らす。
 自分のこと。遭難してたどり着いた場所はどこなのかということ。
「私の名前は…アティ。私が生まれたのは帝国…といっても小さな田舎の村で、南国なのに冬には雪が降ってくるような村でしたっけ」
 そこまで考え彼女は、自分が記憶喪失者でないと判断し、さらに最近のことを思い出そうとする。
「……クッシュン!」
 考えている最中にくしゃみ一つ。
「……とはいえ寒いですね」
 鼻から垂れた液体を指で拭いながら呟く。体を見てみると、服はずぶ濡れで長く伸ばした赤い髪は海から出した直前の海草のごとく水が滴り落ちていた。
 アティは先ほどまで自分が溺れていたことを思い出す。そうだ、私海に飛び込んだんだと。
 何故海にとびこんだんだろうか、何の理由もなしに海に飛び込んだりはすまい。海に飛び込んで遭難する理由とはいったい何か。
「…そうだ、アリーゼさんは!?」
 アティは思い出す、己が海に飛び込んだ理由を。悲鳴を上げながら舟から海へと転落していった彼女を助けるために自分もまた海に飛び込んだのだ。
 だが、大自然の力には勝てず、延ばした手は少女を掴めず、海の藻屑と消えようとしたとき、記憶がそこでぷつりと途絶えていた。
「アリーゼさん~! どこにいるの~! アリーゼ~!」
 状況判断よりも少女を探すことを優先する。立ち上がり少女の名を叫ぶ。
 しかし、叫べども呼べども少女の返事どころか、誰かや何かがやってくる気配などない。
 やがて、彼女はすぐに叫び疲れその場に座り込んだ。海に揉まれ体力を失った体ではそれで限界だった。
 が、アティにとってはそんなことは何の慰めにすらならない。
「私が守ってあげるから」
 数時間と経たぬ間に、その言葉は嘘となってしまった。
 いつしか、彼女の頬を雫が流れている。
 汗にしては、雫は熱く、苦く悲しすぎた。アティは、滝のように涙を流し続けていた。
 守れなかった。助けられなかった。救えなかった。自分の心を、容赦なく自分が責める。なにが先生か。なにが主席か。何が守ってあげるだか。
「ふぐっ…うっ…」
 アティは涙を拭うために顔に手をやる。だがいくら拭っても拭っても涙は枯れることなくあふれ出てくる。
「うぐっ…?」
 そんな最中アティの持つデイバッグの口から淡く光る蒼い石が転が出て、アティの膝にあたる。
 アティは泣いていたためデイバッグから石が転がってきたことなど知らず、足元にある石を何時の間にか転がっていた物と思い不思議そうに見つめる。
 始めその石がなんなのか分からなかったが、一泊置いて彼女はそれがなんであるかを判断する。
「…サモナイト石?」
 サモナイト石とはは召還師が魔術を行使し、召還獣を呼び出すために必要不可欠な道具である。
「…違う」
 が、かの石はダイヤモンドのような多角形の石であり、アティの目の前にある球体とはことなる石である。
 その石を見てアティは思う。この石が自分を助けてくれたのかもしれないと。淡く不思議に輝く石が海中にいた自分をこの島まで運んでくれたのかもしれないと。
 あの時聞えた声はこの石から発せられたもではないのかと。
「あなたが助けてくれたの?」
 アティは石に向かって喋りかける。もちろん石は何の反応も返さない。
「私がんばるからね、ありがとう」
 しかし、アティは石がなんの反応も返さずとも、その石が自分を助けてくれたと判断した。
 今の彼女に先ほどまでの悲壮感は漂っていない。
 奇跡的に自分は助かった。だから、アリーゼもきっとこの夜空の下のどこかで生きている。
 何の根拠も無くアティは少女が生きていることを信じた。サモナイト石とは異なる本当に力があるかどうか分からぬ石の加護を、彼女は信じたのだ。
 とりあえず、アティは持っていた石を持っていた荷物の中に入れようとした。
 そこでアティは気付く。自分の持っていた荷物とは違うことに。興味に駆られた彼女はデイバッグの中から荷を出した。
 中には自分がどうやって持っていたのか分からないほどの重量感のあるモーニングスターのような鉄塊と白いコート、そして数々の雑貨が入っていた。
「サモナイト石でも入っていれば良かったのに」
 召還獣の力を借りてアリーゼを見つけるという期待を抱いていたため、アティは少し苦い表情を浮かべるが気持ちを切り替えアリーゼ探索に必要な道具の選択に移る。
 そこで彼女は何かの書類を見つけた。ランタンの明かりを付けメガネを掛けて、何が書かれているかを確認する。
 そこには自分を含め50数名もの人物たちの名前が書かれてあった。中には自分がよく知っている者の名前も書かれてあった。
「なんでアズリアの名前も書かれているの?」
 アティは名簿を見て一瞬混乱した。そして、この名簿の意味を考える。自分やアズリアにアリーゼの名が綴られた名簿。
 それが指し示す意味は果たして何なのか。僅かばかり考えた彼女は、至極まっとうで一番ありそうな答えを出した。
「これは船の乗客名簿に間違いありません」
 船内を探索中に聞えたアズリアの声、そしてビジュと呼ばれた男の名が名簿にあったことからアティはそう判断する。
 アズリア・レヴィノスはアティの友人であり、誇り高くその身に優しさを秘めた実直な人間である。
 おそらく軍の何らかの任務か何かで、あの船に乗っていたのだ。風の噂で部隊長になったという噂を聞いてはいたが、意外と身近にいたものである。
 彼女と出会うことができれば、自分が何故軍を辞めたかと小言を言いながらもきっと協力してくれるであろう。
 そして、ビジュという男を始めとした軍人達にも協力を仰ごう。アズリアの部下達だ。きっと規律正しい良い人たちに違いない。
 ビジュという男はぶち殺すなどと言っていたが、あれは何か重要な任務を受け負っていたために緊張していただけなのだ。
 現に海賊が襲ってきた。あながちこの考えは間違いではないのだろう。
「…もしかして、海賊達もこの島にいるのでしょうか?」
 海賊達のことを思い出し、彼らもこの島にいるのではないかと思い始める。
 自分がこの島に流れ着いた以上は、その可能性は多いにありうる。
 ならばこれ以上は悠長なことはしていられない。海賊達に対抗するための武器やコンパス等の雑貨をデイバッグに乱雑に収める。
 そしてアティは僅かばかりの逡巡みせて、おもむろに服を脱ぎ始めた。その行動は濡れた服はアリーゼ探索には不向きであるとの判断からである。
 水を吸い冷たくなった服は体温を奪い、重量を増す。一刻も早くアリーゼを見つけたいアティにとっては、これ以上のタイムロスは避けたかった。 
 海賊やこの島特有の野生動物やはぐれ召還獣がいるかもしれないと思ってしまう以上はなおのことである。
 だから彼女は服を脱ぐ。白く美しい肌を外にさらし、男達には見せられない下着一枚靴一足の格好となる。
 そんな姿から、すぐさま自分が持っているものよりも大きい白いコートを羽織る。服を脱がなければならない理由があっても、羞恥心がないわけではなかった。
 もし、予備のコートがなければ濡れたコートを使わなければいけなかった。乾いたコートが何故か荷物の中に入っていたのは幸いだ。
 遭難した以上は未知の樹液や直射日光から身を守るためのコートは必要なのだ。服のポケットに丸い石を入れ、その場に散らかった服を適当な木に引っ掛ける。
「今行きますからまっててね」
 アティはそう呟きながら当ても無く歩き始める。
 アリーゼとの約束を果たすために、親友を探すために、この地から脱出するために、彼女は進む。




【E-6 山 一日目 深夜】

【アティ@サモンナイト3 】
[状態]:疲労困憊。コートと眼鏡とパンツと靴以外の衣服は着用していない。
[装備]:白いコート、水の封印球@幻想水滸伝2
[道具]:基本支給品一式、はかいのてっきゅう@ドラクエⅣ
[思考]
基本:アリーゼを探す。
1:アズリアを探してアリーゼ探索に協力してもらう。
2:他の遭難者やビジュという軍人も探す。
3:舟を襲ってきた海賊や島にいるかもしれない召還獣等に警戒する。
4:アリーゼと共に帝都に行く。
5:アリーゼを見つけてから服を取りに戻る。
[備考]:
※参戦時期は一話で海に飛び込んだところから。
※E-6にあるどこかの木にアティのコートや上着や帽子などが掛っています。
※首輪の存在にはまったく気付いておりません。
※地図は見ておりません。

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GAME START アティ 030:言葉と拳に想いを乗せて


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最終更新:2010年06月19日 22:53