バトル・VSロードブレイザー ◆y.yMC4iQWE



かつてファルガイアを蹂躙した焔の災厄、ロードブレイザーと向かい合う。
それは絶望との遭遇であり、すなわち滅びの確約である。



森羅万象に宿る意思ある力、守護獣(ガーディアン)。
中でも万物を構成する四大元素の守護獣が一柱、火のムア・ガルトの翼から生まれ出た反守護獣とも言える存在がロードブレイザーだ。
火が持つ破壊の性質を極限まで強く顕現させた、生来の破壊神である。

その力は単一の存在でありながらファルガイアに生きる全ての生命と同等かそれ以上。
概念存在である守護獣から生誕したロードブレイザーには、物理的な攻撃はほとんど通じない。
紅蓮の劫火は対峙する者の魂を蝕み、不死種族に逃れ得ぬ滅びをもたらした。

だが、本当の脅威はそこには無い。
ロードブレイザーが災厄と呼ばれる所以は、他者の絶望や悲しみといった負の感情を喰らい力を増すという特性にある。
破壊され薙ぎ払われ灼き払われた生命はロードブレイザーを憎み、怒り、恐怖する。
そしてそんなささやかな抵抗すらも魔神の糧となる。
力を振るえば振るうほど、その力を目の当たりにした者が増えるほど、ロードブレイザーはさらに強力に進化していく。
だからこそいかに強大な力であろうともロードブレイザーを滅ぼすことは叶わず、世界は滅亡の淵へと追いやられたのだ。

人間種族、古代種族エルゥ、不死種族ノーブルレッド、そして星の護り神たる守護獣が持てる全てを投げ打ってなお届かない。
彼らの叡智を結集して創り出されたゴーレムの、並み居る魔獣を薙ぎ払うその威力をもってしても、ロードブレイザーと相対すれば足止め程度が関の山。
魔神は言うなれば自らの起源であるムア・ガルトを含む守護獣さえもことごとく滅却してのけた。
かの剣の聖女とて魔神を滅ぼすには至らず、その命と引き換えに封印することで、ようやくにして苦難の時代は終わったのだ。



その暴虐の化身が、今まさに眼前にいる。
かつてとは違う、不完全な人を模した異形の姿。だが感じる圧迫感は紛れもなく魔神そのもの。
渦巻く怨念の炎が今か今かと解放のときを待っている。
身を晒せば骨も残らず、どころか魂さえも喰らい尽くす滅びの焔だ。


だというのに。
魔神と対峙するアシュレー・ウィンチェスターの胸中には、砂粒ほどの恐れもない。
勝つという確信、全てを終わらせる決意、双方が覇気となって総身に漲っている。


風になびく長髪は純白。
背負うは手にする剣と同じ蒼い輝き。

三千世界に恐れるもの無しと自負するロードブレイザーにあって、唯一『恐怖』を刻み込んだ存在がこの男。
ロードブレイザーに終末を齎した『剣の英雄』アガートラームの剣士ならぬ、『蒼き剣の英雄』果てしなき蒼の剣士。

「行くぞ……ロードブレイザーッ!」

砂を蹴って――地中で爆発が起こったかのように砂柱を立てて――アシュレーは魔神へと。
迎え撃つロードブレイザーは頭部の翅を羽撃かせ、踊るように宙に舞った。
疾走するアシュレーへと両手を突きつけ、破壊の焔を解き放つ。高速で分裂する超高熱の焼夷弾、ガンブレイズ。
アシュレーが変身していたオーバーナイトブレイザーが最も得意としていた焦熱の弾丸が、今はアシュレーの身を灼き尽くさんと迫る。
人と魔神の存在の差か、アシュレーが放つそれとは桁外れの速度で焼夷弾は分裂し、瞬きの間に焔の津波となった。
小さな蒼が巨大な紅に飲み込まれていく。

「<果てしなき蒼>、全……開ッ!」

その灼熱の奔流の只中で、アシュレーが掲げた剣が鮮烈な光を放ち夜空の黒を斬り裂いた。
それは果てしなき蒼により変換されたアシュレーの意思。ロードブレイザーの炎を以てしても喰らえない、希望と言う名の輝きだ。

相食む光と炎。一瞬の相克。
が、勝敗は即座に決した。
アシュレーの背に在る光輪が光の螺旋を吐き出して、踏み込む一歩は音を遥か後方へと置き去りにする。
蒼い流星となったアシュレーは炎熱の壁を正面から突き破り、その向こうにいたロードブレイザーへと肉薄した。

「む、お、おおおッ!」

魔神がとっさに両腕を胸元で交差させた。
伸ばした五指が鋭い刃へと転じ伸張、剣となって朱の炎にコーティングされる。

焔纏う二重の斬撃は、空しくも蒼剣の行軍を止めることは叶わない。一瞬で炎の剣は砕かれる。
しかし、一瞬の遅滞を得ることには成功した。
中枢を貫かれる前に、ロードブレイザーは稼いだ時間を後退へと注ぎ込む。
翼が唸り、上空へと舞い上がる魔神。それは紛れもなく逃げの一手だった。

「なんだ、その……力はッ!?」

「わからないか、ロードブレイザー! この力がどこから来るものか!」

力の総量では圧倒しているはずなのに、なぜ押し負けるのか。
理解できないロードブレイザーに、地上から見上げるアシュレーは言い放つ。

「今、ハッキリとわかる……そう、あのときのように! 僕は一人で戦っているんじゃないッ!」

大地と大空。見上げる者と見下ろす者。
だがこの瞬間、二人の気勢に限って言えばその道理は反転していた。
ロードブレイザーが見上げ、アシュレーが見下ろしている!

「リルカ、カノン、アティ、トッシュ、トカ、ティナ、そしてちょこを守ろうとしたシャドウという男が!
 みんな、ここにいる……僕といっしょに、ロードブレイザー! お前と戦っているッ!」

いつも笑顔を絶やさなかった、でも本当は繊細な心の持ち主だったリルカ。
魔を祓うためにアシュレーへ刃を向けて、しかしその業を乗り越え共に戦ってくれたカノン。

闇に囚われたアシュレーを光の下へ救い上げてくれたアティ。
任侠に生き、アシュレーを魔神から解放するため剣を振るったトッシュ。
認めるのは癪だが、決して……そう、決して嫌いではなかったトカ。
魔石となってもなおアシュレーへと力を貸してくれたティナ。
一度は敵として相対したが、ちょこを守るためルカに一人立ち向かったシャドウ。

誰もがこの世界で命を落とした。
しかし誰もが誰かの心に何かを残した。
誰もがそのとき彼らにしかできないことをやり遂げ、後に続く者へと道を斬り拓いて果てた。

だからこそ、彼らが示したその道を往くアシュレーは、今この瞬間は、決して一人ぼっちではないッ!

「戯言を……死人が一体何を成せるッ! 死してなお力を残せる強い想いと言うならば、それは私の力となるものだッ!」

「いいや、それは違うッ!」

接近戦は不利と見たロードブレイザーは、アシュレーの剣が届かない上空からガンブレイズの雨を降らせる。
天から降り注ぐ劫火へ、アシュレーは怯まずマディンの魔石を向けた。

「来てくれ、マディンッ!」

果てしなき蒼を通じて魔石にアクセス。
暴走召喚ではない。
幻獣の力だけを、本体を損なうことなく幻体(ユニット)として召喚する力。

アシュレーの背後に巨人の影が現れ、腕を広げる。
その影に重なるようにアシュレーはバヨネットを掲げ、果てしなき蒼の剣先へと重ねた。
蒼剣によって生成された莫大な魔力がバヨネットへと伝播していく。

『ブリザラ』「ブリザガッ!」

重々しい響きの呪文がアシュレーのそれと唱和し、バヨネットの魔導ユニットへ二種の魔法がチャージされる。
ただ複数の魔法を詰め込むのではない。
同調し、混ざり合い、再構成し――限りなく純度を高めていく。

「二重詠唱……起動ッ! スノウホワイトッ!」

膨張し臨界を突破した魔力が現世へと、吹雪となって解き放たれた。
ただの雪ではない。触れるもの全てを刹那に凍結せしめる絶対の白雪だ。
天と地の狭間でガンブレイズの灼熱とスノウホワイトの極低温が衝突し、激しい反作用爆発を起こす。
爆風が過ぎ去ったとき、ロードブレイザーが見下ろす大地には一つとして傷跡は穿たれてはいなかった。

「ば、馬鹿な……ッ!?」

「これはリルカの魔法、そしてッ!」

だが、アシュレーはロードブレイザーに理解の時間を与えない。
スノウホワイトを放った直後、アシュレーは役目を果たし帰界しつつあるマディンの豪腕により天高く打ち上げられていた。
マディンが魔力の風となって消滅し、そこに気を取られたロードブレイザーは自身の上を往く影に気付けなかった。

「メテオ、ドライブッ!」

中空で一回転、伸ばす剣に全身の魔力と遠心力をありったけ上乗せした。
光輪を煌かせ加速、果てしなき蒼を真っ向から斬り下ろす。
流星の速さで駆け抜けた聖剣は、ロードブレイザーの右の翅を半身ともども断ち切った。

「がっ、ぐ、っああああッ!!」

魔神は崩れたバランスを立て直せずに落下していく。
だが防衛本能が働いたか、その身体からは全方位へ隙間無く焔の砲弾が放たれていた。
アシュレーは確実に勝利を得るべく深追いはせず、自身へ迫る焼夷弾の嵐を片っ端から斬り払う。

二つの星が落下し、その中間で幾重もの光芒が閃く。
やがてアシュレーの両足が難なく地を掴んだ。だがロードブレイザーはそうはいかない。
空を往く翼を奪われ、急ぎ再生しようにもアシュレーの接近を阻むために力を割いてしまい、結果無様に砂漠に顔を埋めることとなった。

「……これは、カノンの技だ。ロードブレイザー、僕達の力はお前に届くんだッ!」

リルカが得意としていた合体魔法。
カノンが練り上げた技。

記憶に焼き付いている、在りし日の彼女達の姿を強く思い描く。

「お前からすれば僕達はとてつもなくちっぽけで、弱くて、取るに足らない存在なんだろう。
 でも、僕らはこうして手を取り合うことができる。一人ではできないことも二人ならできる。二人で無理なら三人だ。
 そうして、誰もが心を一つにして立ち向かえば、どんな障害だって乗り越えていける……それが生あるものに許された力、生きてるって証なんだッ!」

そう、魔神を討ち滅ぼすのはたった一人の『英雄』などではない。
誰かを大切に想う心と心が繋がり合って、一つの巨大な力と成す。
束ねられた命の輝きこそが、邪神の力を浄化せしめるただ一つの正解なのだ。

「お前がいくら強くても、それはお前だけの強さだ。一人ぼっちのお前なんかに、僕達を止められはしないッ!」

ロードブレイザーが負の感情を力にするというのなら。
アシュレー・ウィンチェスターは正の感情を力に換えよう。

生きようとする力は、明日を望む想いは、いつだって前へ前へと進んでいくッ!

「リルカの優しさ……、
 カノンの誇り……、
 アティの祈り……、
 トッシュの勇気……、
 ティナの愛……、
 トカの科学……、
 シャドウの信念……、
 僕だけの力じゃない、みんなと繋いだこの絆が! ロードブレイザー、今度こそお前を倒すッ!!」

歩み進んでいくアシュレーの瞳に迷いはない。
果てしなき蒼がその意思に呼応して輝きを増す。
倒れ伏す魔神へと、蒼き剣の英雄は終わりの一撃を振り下ろした。

「終わりだ、ロードブレイザーッ!」

その、一撃は……魔神の命脈を絶つには、至らず。
刹那に再生したロードブレイザーの右腕が、アシュレーの剣を受け止めていた。

「クックックッ……クハハッフハハハハハハハハハッ!!」

轟、とロードブレイザーから焔の嵐が巻き起こる。
アシュレーは咄嗟に剣を引き、後方へと跳躍すると、その後を追うように焔が伸びる。
焔の竜が顎を開き、幾条もの熱線となってアシュレーを襲った。

「ぐっ……!」

果てしなき蒼での防御が間に合わず、激しい痛みがアシュレーの全身を駆け巡った。
ロードブレイザーは再生を終えた翅を悠々と羽撃かせる。

「いやいや……甘く見ていたよ。さすがは一度私を滅ぼした男。余力を残すなど失礼な話だったな」

消耗などあるはずがないだろう?
そう突き付ける様にロードブレイザーは一瞬で再生を終えた。
果てしなき蒼の斬撃はロードブレイザーと相反する正の力の塊だ。残留する意思の力は傷の再生を阻害する。
よって、斬られたと言うならばそれ以上の力で以て傷口をさらに破壊、元から創り直すしかなかった。
いかにロードブレイザーとはいえ現在は十全の身ではない。
無闇に力を浪費すればあっという間に枯渇する定め、だったのだが。

「誇るがいい。この焔の災厄は、お前を、お前だけを滅却するためにこの力を振るうと宣言する。
 アシュレー・ウィンチェスター! 絶対の破壊者たるこの私の、対となるべき存在こそがお前なのだと、今こそ私は認めようッ!
 お前という希望の象徴を砕いたときこそ、私は真に再誕のときを迎えるのだッ!」

吹き上がる紅蓮の焔に僅か漆黒が混じる。
触れただけで魂さえも蝕まれそうな、暗い瘴気を発する焔だ。

「アシュレー、お前はあのときこう言ったな。『英雄なんていらない』と。世界を支える力は世界に生きる全ての命の力……。
 クククッ、そうだなぁ、あのときといい今といい、嫌というほどその意味を思い知らされたよ。だがな、アシュレー。考えたことはないか?」

ぞわり、アシュレーの肌を立ち昇る怖気はロードブレイザーのものではない。
人を超越した魔神ではなく、どこまでも人でありながら邪悪を是とするモノの気配。

「命はすべからく正の方向に向かって伸びゆくものか? 世界はそんな優しさで溢れているか? ……そんな訳はないな。
 私が生まれたのは偶然の結果だ。ムア・ガルトから分かたれた原初の私には、力こそあれど意思がなかった。
 その私に意思を、形を与えたのはお前達だッ! 怒り、憎み、妬み、恨み、誰しもが心の奥底に潜ませる無垢なる悪意こそが私を育てたッ!」

「そんな、ことは……ッ」

「ない、とは言い切れまい? お前は知っているはずだ。
 私がお前の内的宇宙に降ろされた日のことを忘れてはいまいな。そうだ、オデッサの者どもを思い出せッ!
 人でありながら世界に混乱を望み! 踊らされているとも知らず欲望に狂い果てたあの道化どもをッ!」

「オデッサ……!?」

「やつらこそが反証だ! お前のように平和や秩序を望み生きる者もいれば、奴らのように戦乱と混沌を望む者がいるッ!
 そう……一つ一つの生きたいという想いが世界を救うというのならッ!
 誰しもが持つちっぽけな悪意が世界を破壊し得ることもまた、認めなければならないッ!」

魔神は英雄へと滴る悪意を突き付ける。

メリアブール、シルヴァラント、ギルドグラード。
かつての内戦で滅びたスレイハイムを除けば、ファルガイアはその三国といくつかの自治領を中心に表面上は平和を保っていた。
その穏やかな水面に投げ込まれた石がテロ組織『オデッサ』である。

現行国家を破壊し一つに統合するという野望の下、オデッサは次々と行動を起こした。
テレパスタワーを占拠しての電波ジャンク、ハルメッツの町の住民を拉致、タウンメリア空中戦、そして各国首脳が集うファルガイアサミットの襲撃。
空中要塞『ヘイムダル・ガッツォー』の起動、そして核ドラゴン『グラウスヴァイン』の襲来。
いずれも未曾有の危機であり、アシュレーらARMSが仕損じれば世界が焦土に包まれていたことは疑いない。

「だが僕達はオデッサを止めた! 僕達だけじゃない、世界中の人が手を取り合ったんだ!」

「そう……そこが問題だ。お前達の指揮官、アーヴィング・フォルド・ヴァレリアは紛れもなく天才であったろうさ。
 誰の目にもわかりやすい悪を用意することで世界に結束を促す。より大きな脅威と対するために痛みを強いる。
 ふん、オデッサは奴の掌の上で踊ったに過ぎん。だがもし奴の目的がオデッサの首魁、ヴィンスフェルトと同一であったならどうだ?
 ARMSは結成されず各国の連携も取れず、いずれ用済みになったオデッサは排除され、世界は奴の手に落ちていただろうさ」

「アーヴィングはそんな人間じゃない!」

「可能性の問題だよ。結果として奴は世界の命運を手中にしていた。
 世界という広大な全が個人という矮小な個に掌握されていたのは紛れもない事実だ」

「何が言いたいんだ! 仮定の話にどれほどの意味がある!」

「仮定? 違うな、事実なんだよアシュレー。世界を救うためにはなるほど膨大な善意が必要だ。
 だがな、世界を壊すのなら……たった一人の悪意で十分なのだッ!」

ロードブレイザーが広げた指を握り締める。
掌中から出でる焔の熱は離れて立っているアシュレーの肌を焦がした。

「そして、お前は知っているはずだッ! 人の身でありながらこの私にすら匹敵するほどの邪悪を!
 この場で、その身で、その剣で! 奴と骨肉を削りあっただろうッ!?」

ロードブレイザーの立っている場所――そこは、その場所は。

「ルカ……ブライト」

狂皇子が果てた場所。
魔神が虚空からその手に掴み取ったのは、燃え尽き風に乗って散逸したかつて人であったものの名残り。


灰だ。


「そうだ! ルカ・ブライトの怨念が残るこの灰こそが私を呼び覚ました! そして今また、この私の血肉となるッ!」


ロードブレイザーが大きく腕を広げ、自身の胸の中心へと指を突き立てた。
そのまま……力任せに胸郭を割り開き、グロテスクな様相を見せる内蔵を露出させていく。


「さあ来るがいいッ! お前はずっと求めていたのだろうッ!? 世界の全てを無に帰すほどの、絶対なる破壊をッ!!」


ロードブレイザーの声に応える様に――巻き起こった風は唸りを上げて一点へと集約していく。
アシュレーは本来無色であるはずの風に色がついているのを見咎めた。
どす黒い、黒。
灰のひとかけらに至るまでその性を主張する、狂王子の執念だ。

「な、何をする気だ……!」

「おお……おおおおおおおおおッ! 力が戻ってくる……なんと凄まじい負の怨念か……!」

ルカの灰を取り込むロードブレイザーは、歓喜の声を上げる。
極上の料理を頬張る食通のように。
欲しかった玩具を手に入れた子供のように。

求め、受け入れている。
世界を灼き尽くすほどの、ルカ・ブライトの憎しみを。
ロードブレイザーは破壊に匹敵するほどの恍惚を覚え、そして叫んだ。




「……おおおおおおおおおッッ…………『アクセス』ッッ!!」




高まる熱が可視化する――その光の中、アシュレーは垣間見る。
紅蓮の焔の中、まっすぐにこちらを射抜く殺意に満ちた瞳を。


筋肉を連想させるロードブレイザーの身体が弾けた。
太陽の表面で跳ねるプロミネンスのように飛び散る血肉が光の粒子となり、翡翠の中心核が剥き出しになる。
明滅する宝玉。
粒子が再び列を成し、虚空に鼓動を刻んでいく。
点が線に、線が面に。
再構成を果たした粒子は硬質な装甲を形成し、見覚えのあるフォルムを取り戻していく。


「……ナイトブレイザーッ!?」


焔が収まれば、そこには騎士が立っていた。
かつてアシュレー自身が変身した姿――では、ない。

金色の装甲。
波打つ焔のマント。
兜がなく、そこにはロードブレイザーの頭部がそのまま生え出している。

なにより、

「ルカの、鎧ッ……!!」

騎士が纏う鎧はルカ・ブライトがいかなるときも身に着けていた全身鎧、そのままだ。
違いがあるとするなら、純白が黄金へと変わったことだろう。


オーバーナイトブレイザーL/L2。


ルカ・ブライトとロードブレイザー。
本来出会うはずのない二つの邪悪が結実した姿が、アシュレーの前に確かな脅威となって立ちはだかっていた。

「フゥゥゥ……ハアアアァッ!」

呼気とともにオーバーナイトブレイザー――ロードブレイザーが焔を剣の形へと凝縮させていく。
ナイトフェンサー。ただしこちらもアシュレーの使っていた二対の光刃ではなく、荒れ狂う焔の刀身を持つ大剣だ。
ルカ・ブライトが操っていたあの禍々しい剣を思い起こさせる。

「さあ……続けよう、アシュレー・ウィンチェスター。
 お前達が繋いだ絆と、私が取り込んだルカの妄執と!
 一体どちらが真に強きものであるか、確かめ合おうではないかッ!」

ロードブレイザーが地を蹴った。
足と砂の設置面で小爆発が起こり、その身体を前に押し出す。
同時に翼が風を捉え、二段階目の加速を得る。

「速い……!」

アクセラレイターもかくやという速度で迫るロードブレイザーを前に、アシュレーもまた光輪から魔力を噴出し迎え撃つ。
赤い彗星と蒼い流星が、砂漠の静寂を斬り裂いて激突した。

「はああああああッ!」

「どうした、英雄! 先ほどまでの勢いがないぞッ!」

その気になれば鼻先に噛み付けそうな距離。
アシュレーの果てしなき蒼とロードブレイザーのナイトフェンサーが、互いに打ち勝とうと蒼紅の光を明滅させて喰らい合う。
先ほどはただの一撃で砕け散った魔神の剣は、今度はしっかりと形を保ったまま、果てしなき蒼の守護領域を超えてアシュレーの身体を灼いていく。

「ぐ……うう……!」

「ククッ……言葉も出んか。そうだろう。この身体、馴染む……馴染むぞッ!
 私が降ろされたのがお前ではなくルカ・ブライトであったなら、ファルガイアだけでなく遍く三千世界を灼き滅ぼしていたろうよ!
 いいや、まだ遅くはないな。お前を殺し、生き残った者どもを塵殺し! ありとあらゆる命ある世界へ攻め寄せてくれようかッ!」

「そんなこと……させる、ものかあぁぁッ!!」

アシュレーの懐で魔石が輝き、もつれ合う二人の頭上に幻獣マディンが顕現した。
巨体の豪腕を振りかぶり、スパークする拳を異形の騎士へと叩き落す。
ロードブレイザーが巨人に注意を向けた一瞬を逃さず、アシュレーは剣を巧みに返しナイトフェンサーを払う。
瞬時に後退。引き抜いたバヨネットからビームを連射し、ロードブレイザーを牽制することも忘れない。
目論見通りロードブレイザーの姿は小山ほどもある拳によって覆い隠された。

「はぁっ……はぁっ……どう、だ……!?」

難を逃れたアシュレーは剣を地に突き刺し激しく息を付く。
力が増した魔神の攻撃は、こちらも常時全力全開でなければあっという間に押し切られていた。
ルカの怨念が篭もる焔は果てしなき蒼の聖性を以てしても浄化せしめること叶わず、猛毒のようにアシュレーを蝕んでいる。

そして、その全力を以てしても。
認めざるを得ない、押し返せなかった。
無敵の存在であるロードブレイザーだが、付け入る隙はただ一つだけ存在していたのだ。

「……終わりか? アシュレー」

アシュレーの眼前、マディンの拳がゆっくりと持ち上がっていく――否、持ち上げられていく。
ばさ、ばさと羽音が蠢くたび巨人は押しのけられ、その下から無傷のロードブレイザーが姿を現した。
片手でマディンの拳を受け止めたまま。
もう片方の手に生み出した焼夷弾で、マディンの全身を貫いた。

「マディン! くっ、戻ってくれ!」

幻獣の苦悶がアシュレーを打った。ダメージが魔石の中の本体へ到達する前に幻体召喚を解く。
間一髪で消滅を免れた幻獣に意識を割く余裕もない。
ロードブレイザーに再び生み出された炎剣が、目前に迫っていた。

「小手先の技で私は倒せんぞ、英雄ッ!」

魔神と戦うにあたり、トッシュが証明した無二の活路。
それは剣を『用いて』いても、剣を『使いこなして』はいないこと。

アガートラームの奥義アークインパルスが使えない以上、概念存在であるロードブレイザーを屠るには存在そのものへ干渉し消し去るしかない。
アガートラームを除くのならば、その方法はかなり限定される。
同じく概念存在であるガーディアンが変化した魔剣ルシエド、もしくは意思を力へと変換する果てしなき蒼がそれだ。
本来この世の存在ではない幻獣召喚や圧縮起動した二重魔法ならば通じはするが、とても致命の一打にはなりえない。
一度限りの切り札である暴走召喚や、ゴゴが放った四連アルテマなどなら話は別だが。
前者は代償にマディンの消滅を意味し、後者は今のアシュレーでも放てない。
必然、果てしなき蒼による接近戦こそが唯一無二の正答だったのだ。
だが、その突破口も今はない。

「そらそらそらッ!」

「この剣は……ルカのッ!」

剣閃が乱舞し、空間を斬り取り大気を焦がす。
常人を遥かに超える蒼き剣の英雄の動体視力を以てしても、閃く剣の軌跡を捉えられない。
ナイトフェンサー自体が焔を撒き散らしているため、肌を灼く熱気でその位置を予測することはできる。
そのため寸前で何とか受け太刀を割り込ませられたが、それすらも綱渡りだ。

力任せに振り下ろすと思えば縦横に軌道を変えて、受けたと思えば刃を滑らせ巻き上げようとする。
先ほどまでのロードブレイザーの手札には有り得なかった、体系化された人の剣技。
ルカの灰を取り込んだロードブレイザーは、力を回復させるだけに留まらずルカの技さえも我が物としていた。

「こちらも忘れるなッ!」

そして炎剣を凌ぐことで精一杯だったアシュレーは、ロードブレイザーの残る片手に生成された炎弾にまで対応することができない。
斬り合う両者の中間で炸裂した焼夷弾は等しく二人を吹き飛ばした。
が、火の守護獣から生まれたロードブレイザーが焔でダメージを負うことなど有り得ない。
結果、アシュレーだけが一方的にごっそりと体力を奪われる。

「しまっ……!」

蓄積するダメージに足が止まる。
その隙を見逃さず旋回したナイトフェンサーが、アシュレーの手から果てしなき蒼を弾き飛ばした。

ロードブレイザーがルカの技を得たのならば、純粋な剣技勝負ではアシュレーが及ぶべくもない。
アシュレー・ウィンチェスターは純粋な剣士ではない。彼がが最も得意とするは剣ではなく銃剣、銃と剣のコンビネーション。
トッシュ、あるいはトッシュを物真似したゴゴならば話は別だろう。
その上根本的な出力すらもロードブレイザーが勝っているのだから、正面から挑んで勝てる道理はない。

数百メートルは離れた岩山に果てしなき蒼が突き立つのが見えた。
今のアシュレーなら五秒で到達できる距離ではある。
だが五秒もあれば無手のアシュレーを斬り伏せることなど今の魔神には造作ない。
バヨネットではナイトフェンサーを受け止められないことは試すまでもなくわかる。

(どう……する? 合体魔法……駄目だ、果てしなき蒼がなければ魔力は増幅できない……!)

ロードブレイザーが逡巡するアシュレーを斟酌してくれる訳もない。
斬りかかって、はこない。
魔神は遠い聖剣を見やるとさも楽しげに肩を揺らし、炎剣を消滅させた。
腹の装甲が左右に開閉し、内部から砲塔のような内臓器官が露出する。
その威力、アシュレーは身を以て知っている。
幾多の魔獣を灰燼に帰した、一撃必殺の粒子加速砲――。


(バニシング――――!?)

「――――――――バスタァァァァァァァアアアアアアアアッッ!!」


灼熱の奔流が放たれる刹那、アシュレーはせめてもと全力で飛翔した。
遥か後方にいる仲間達に累が及ばぬように。
アシュレー自身は回避は不可能だと冷静に判断していた。
バニシングバスターが直撃する前に果てしなき蒼を抜き、全力で防御――だが間に合うかどうか、かなり分は悪い。
アシュレーの背後で解放されたバニシングバスターの砲火は、直視していないにもかかわらず砂から照り返される輝きで目が眩むほどだった。

(間に……合わ、ないッ――!)

流星は、焔の大河に飲み込まれ消えた。


     ◆


「――――ほう?」

一方、湧き上がる破壊衝動を万物を溶かす焔へと変えて吐き出したロードブレイザーは、さしたる疲労もなく為した破壊の痕を見る。
島を東に貫いた粒子加速砲は、地表面に存在する全ての形あるモノを灼き払っていった。
焔の災厄と呼ばれていた全盛期からは程遠いが、それでも人を屠るには十分すぎる力であった。

だと言うのに。

「さすがは我が宿敵……いいぞ、そうでなくてはなッ!」

ロードブレイザーの魔眼は、溶けた大地に這い蹲る――しかし五体満足の英雄の姿を見出した。
その手には殊勝にも蒼い魔剣が握り締められている。
身体を灼かれながらもたった一つの希望を守り通すことには成功していたらしい。
笑声を漏らし、ロードブレイザーはゆっくりと彼に近づいていく。
飛ぶのではなく歩く。絶望を刻むように、砂を蹴立てて。

「く……う、うう……」

「正直、驚いたぞ。その小賢しい剣ごと消し飛ばしてやるつもりだったが、まさか耐え抜くとはな」

どうやって難を逃れたか、見当は付く。
直撃の瞬間、アシュレーは連続して氷結魔法を発動していた。
もちろん蒼剣の補助なしに発動した魔法では粒子加速砲を防ぐ盾には成り得ない。
アシュレーの狙いは空中に足場を作ること。それらを蹴り跳び、光輪の噴射と合わせて焔の軌跡から逃げ延びたのだ。

だが、それでも無傷ということは有り得なかったようだ。
身を包んでいた聖衣は半ばほど焼け落ち、無残な傷痕を夜気に晒している。
呼吸は弱々しく、指先は痙攣を繰り返す。
脅威が間近に迫っても立ち上がれもしない。

死線の底でかろうじて掴み取った果てしなき蒼は魔神によって蹴り飛ばされ、アシュレーの手を離れていく。
決着の瞬間――因縁の終わりがやってきたことを、ロードブレイザーは感じていた。

「思えば長かったな。剣の聖女から続く我らの戦いも……ここが終局だ。物悲しさすら感じるよ、アシュレー」

ナイトフェンサーを顕現させる。
油断はしない。なんとなれば、アシュレー・ウィンチェスターという男の真価は追い詰められたときこそ爆発するのだ。
全力を以て屠ってこそ、かつて自身を育てたこの男の恩に報いるというもの。

「心臓を抉り出し、喰らってやろう。私の血肉となるがいい……ルカ・ブライトと同じように」

「ま……だ、だ……ッ!」

「剣もなく、立ち上がることもできん。お前はよくやったよ、アシュレー」

いかに剣の英雄だとて、首を落とさば生きてはいられまい。

「さよなら、アシュレー・ウィンチェスター」

ナイトフェンサーが閃き、アシュレーの首を一刀の下に斬り落とす。
落ちて消えるが、儚き人の定めである。

「…………は」

重い肉塊が砂を散らす。
ロードブレイザーは傲然とソレを見下ろしていた。

「なん……だと……?」

肩から斬り落とされた、己自身の片腕を。

「が……がああああッ! ば、かな……ッ!?」

ロードブレイザーの前に、一振りの剣がある。
果てしなき蒼、ではない。
遥か南の地にあるはずの、いるはずの、


「ルシ、エド……?」


ガーディアンブレード・魔剣ルシエドが、純然たる敵意と共にロードブレイザーと相対していた。

「貴様……欲望の守護獣! 何故動ける!? 宿主はここにいたというのに!」

ルシエドはずっとアシュレーの裡にいた。だからこそ彼の呼びかけに応え剣となって顕現した。
だが、魔王の影響下にあるこの島では、一度剣として顕現させたのならそれはアシュレーの内的宇宙とは切り離された状態ということだ。
手元になければ呼び戻すことはできない。
またルシエドは唯一実体を保てる守護獣であるが、欲望を糧にするがゆえに他者の欲望が無ければ自ら動くことはできない。
ルシエドを戦力として数えたいのならばアシュレーがその場に行き命じなければならないはずだった。
だからこそ脅威として認識しつつも、この戦いの中でさほど気に留めていなかったのだ。

影狼は黙して語らない。
ただ、己を握る主の命を待つのみ。



そして、ロードブレイザーにはわからずとも。

アシュレー・ウィンチェスターにはわかる。


ルシエドがここに来た理由を。
ルシエドがここに来れた理由を。
今、ルシエドが己に何を望んでいるのかも。


ハッキリと、わかっている。


「ああ……そう、だ……」


そして……、立ち上がる。

ロードブレイザーが最も恐れた男が、
人の身でありながら魔神へと食い下がる男が、
もはや死泉に腰まで浸かっている、放っておけば遠からず死に至る、そんな状態だというのに、


アシュレー・ウィンチェスターは、何度だって立ち上がる。


「どんなときでも……僕は、一人じゃ……ないッ……!」


アシュレーは相棒たる剣を引き抜いた。
その掌には、蒼く輝く絆の証。


「いっしょに……戦っているんだッ……!」


ロードブレイザーが最も嫌う命の輝き、繋がり拡がる想いの糸。
その糸を手繰った先に、きっと、いてくれるのだ。



「そうだろ――ゴゴッ!!」



『当然だ』



応えた声は、物真似師のもの。
アシュレーの握り締める感応石が、遠く離れた友の心を届けてくれる。

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113-5:――トゥーソード ちょこ 117-2:どんなときでも、ひとりじゃない
ゴゴ
アシュレー


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最終更新:2010年10月17日 00:15