――トゥーソード ◆iDqvc5TpTI
夜の砂漠に背を預け
トッシュはただただ空を眺めていた。
冷たい月は冴え冴えとしており、光に照らされる砂漠も昼間とはうって変わって冷え込んでいる。
やや強い砂交じりの風が頬を打ちなけなしの体温を奪っていく。
放っておいても出血多量で死ぬのにご苦労なこった。
笑いながらも耳を澄ます。
涼やかな空気の中をさやさやと何かが舞う音がする。
天を地を砂が海のように川のように流れているのだ。
川の流れは無数の波飛沫を煌かせながら、そ知らぬ顔でトッシュの傍らを過ぎ去っていく。
のろのろと手を伸ばしてみるも捕らえられるはずもなく砂は掌から零れ逝く。
月光と同じだ。
いかに風雅だと思いを寄せようともトッシュに掴めるものではなかった。
ふと見渡す限りの砂の絨毯を仄かに照らす光に陰りが生じる。
もはやろくに見えない目を凝らす。
視界は相変わらず霞がかったままだったが、ものにしたばかりの心眼が何とかその姿を捉えた。
月影に輪郭を描かれて、気の流れが人の形をなし幽かに浮かび上がってくる。
「よう、ゴゴ」
「……よう、トッシュ」
月を背負い見下ろしてくる影に手を伸ばす。
今度は掴めた。
傷に響かぬよう緩やかに引っ張り上げてくるゴゴの力を借りトッシュは半身を起こし胡坐をかく。
ゴゴが気絶した
ちょこを背負っているのが目に入り、もう一人の行方を尋ねる。
「アシュレーは、どうなった?」
「勝つ」
たった一言の短い返答。
それだけで十分だった。
「そうか」
「ああ」
いつまでも月を奪っていることに気が退けたのだろう。
ゴゴはトッシュの隣に腰を下ろし、膝を枕としちょこも地に寝かせ休ませる。
「何かして欲しいことはあるか?」
戦場で何度も耳にし、時には口にしたその言葉。
人間が使う最も重い定型句の意味をトッシュが誤解するはずがなかった。
トッシュは死ぬ。
もう間もなく。もしかしたら今すぐにでも。
「そうだなあ」
ちょこを頼むという言葉は口にすることなく飲み込んだ。
ティナという人物の物真似だろうか。
友から託された少女の髪を優しげにすくうゴゴを見てわざわざ頼む必要がないと思った。
個人的な願いを優先することにする。
「酒だ。酒が飲みてえなあ」
「分かった」
とぽとぽと酒が注がれる音が聞こえる。
いい音だなと耳を澄ませる。
とぷり、と音が途切れた。
「あんがとよ」
ぎこちない動きで酒を受け取る。
月明かりを照り返す酒の水鏡は神秘的で、きらきらと輝いていた。
雅なもんだ。
骨を埋めたかったあの場所で飲むことは叶わなかったが、月と砂漠を肴に酒を飲むのも悪くはねえ。
一気に飲み干すつもりで杯を口元まで持っていく。
風に温み豊かになった薫りが優しく鼻腔をくすぐる。
城に置いてあっただけあって申し分ない年代物のようだ。
ますます気をよくして念願の一口。
酒を口に含もうとして――そこで止まった、止められた。
止まらざるを得なかった。
「待て。礼を言われるのはここからだ」
瞬間、世界が一変した。
寒色の空を優しい月明かりが包み込んでいく中、舞い散るは薄紅色の吹雪。
吹雪というには温かく風雅で、見るものを捕らえて離さない、そんな美しさがあるそれは――花吹雪。
雪のように空を閉ざすことなく、月明かりを浴びることを許された桜の美しさは儚く気高いものだった。
「こいつあ……」
トッシュが知るどの景色よりも幻想的な光景に心を奪われる。
思わず感嘆の声を上げる合間にも、心地よい夜風に乗って桜の花びらが舞い降りる。
静かに、ふわりふわりと。
舞う花弁が数枚杯に落ちて、透き通る酒が波打った。
トッシュは我を取り戻す。
「どうなってんだ?」
砂漠のど真ん中にいきなり満開の桜の樹が現れたのだ。
驚かない方が無理がある。
不思議なことはもう一つ。
そもそもトッシュの目は一足先にあの世に踏み込んでいる。
最早色を区別などできようもないのに、どうしてこうも鮮やかに桜の花の色を楽しめているのか。
いや、そうか。
目が見えていないからこそか。
トッシュの中で合点がいった。
視覚が禄に働いていないからこそ、聴覚が、嗅覚が、触覚が、感覚が感じたものがリアルとして脳内に再生されているのだ。
桜がさもここにあるようなこの雰囲気が脳を騙し幻想の光景を見せているのだ。
誰の仕業かなど問うまでもない。
ゴゴだ。
幻術を使うでも魔術を行使するでもなく、月光を浴び咲き誇る桜の真似ただ一芸のみで一つの幻想の世界を構築して魅せたのだ。
ああ、そうだった。
こいつは心身の芯まで物真似師だ。
そのこいつが何かして欲しいことがあるかと聞いてきたのなら、それはして欲しい物真似があるのかということに他ならない。
トッシュが誰かのためにしてやれる唯一のことが斬ることならば、ゴゴが誰かの為にしてやれる唯一のことが物真似だ。
彼は成した。
ゴゴの問いの意味を汲んでやれなかったトッシュの返答を、しかししかと受け止め最上の形で実現させた。
酒を呑みたいと願った友に、できうる限りで最高の酒が美味く感じる場を贈った。
物真似師として。
ただ物真似師として。
感嘆する。
物真似師のぶれない芯に、成した技にトッシュは舌を巻く。
同時に思う。
こいつは馬鹿だと。
酒を楽しく飲むのに一番大切なものを抜かしちまってどうすんだと。
「ゴゴ」
呼びかける。
月と、風と、砂と、桜に彩られた世界の中。
「どうした?」
声が返ってくる。
少女が夢見るすぐそばの誰もいない場所から。
完璧な物真似をしているが故に、元となる存在の痕跡を綺麗さっぱり世界から消してのけている物真似師の声が。
「大切なもんが一つ抜けてるぜ?」
「……何?」
本当に分かっていないのだろう。
常のゴゴらしからぬ動揺した雰囲気が伝わってきてトッシュはおかしげに笑みを浮べる。
渡されたばかりの杯をゴゴなのであろう桜に向けて突きつけ返した。
「お前がいない。この世界には俺しかいない。
一人で呑む酒もそりゃあ乙なもんだが気心の知れた誰かと呑む酒は最高だぜ?」
共に飲もうと。それがいっちゃんうめえんだと。
心身ともに桜の木になりきっている友へとトッシュは語りかける。
「そうか、そうだったな。俺としたことがもうろくしていたようだ」
ふっと世界に新たな色が加わる。
人一人分の気配が増える。
月と夜桜に彩られた宴の中に友が一人来訪する。
「すげえな。桜の真似をしたままかよ」
「これぐらい容易いことだ」
胸を張るゴゴにそうかよとトッシュが返し、また二人、同じ時を過ごしだす。
ゆったりと流れる時間にひやりと頬を撫でる風。
空想とは思えぬほどに命を輝かせる樹木に死にいく者と生き行く者は杯をかざす。
触れさせる訳でなくお互いに酒を揺らし、幻想の桜の花を眺める。
「トッシュ」
「ああ」
「桜は綺麗か?」
「たまげるくれえに」
「酒は美味そうか?」
「おうよ」
「俺は……お前の友になれただろうか?」
「あたりめえよ」
とりとめのない会話を交わす。
ただ仲間と共に居ることだけを味わう。
トッシュにとっては代え難い贅沢だ。
ずっと、奪われ続けた。
ずっと、失い続けた。
誰一人護れなかった。
それが最後には師の誇りにて仲間を救い、友に見送られて逝くというのだから。
悪くは、ない。
目の前に杯が掲げられる。
同じようにトッシュも杯を掲げる。
二人、笑みを交し合い、今度こそ杯を口元に寄せた。
酒が口内を満たし、喉を通る。
冷たすぎないそれはほのかに甘いが嫌味はなく、寧ろ独特な苦味が重なって味わいに深みを持たせていた。
「ああ……」
ひらひらと桜が舞う。風が強くなったのか舞い手の数が増えている。
その光景にいつか見た景色が重なった。
トッシュにとっての桜の樹。
ダウンタウンでモンジや舎弟たち、街の人々に囲まれて酒盛りをしたあの樹と。
見れば幻想の世界にはモンジ達に混じって
シュウや
エルクや
リーザ達もいた。
ナナミなんかゴゴの焼き蕎麦パンをばくばくとほうばっていて、隣ではリオウが困りがちな顔をして笑っている。
トッシュが今そうしているように。
誰も彼もが笑っていた。
何とも幸せな幻想を見たもんだ。
トッシュは一層笑う。
自嘲などではない本当の笑み。
未練たらたらだなとすさむのではなく気分がいいから笑うのだ。
残る酒を一気に飲み干し想う。
都合のいい夢を見たというならそいつは酒のせいだ。
たった一杯の酒に酔ってしまうっつうのはかっこわりい気もするがしかたねえじゃねえか。
だってよお、この酒は
「うめえなぁ」
本当にうめえんだから――
杯が落ちる。
風が吹く。
桜が散る。
炎が消える。
トッシュ・ヴァイア・モンジは静かに逝った。
【トッシュ・ヴァイア・モンジ@アークザラッドⅡ 死亡】
【残り18人】
【G-3 砂漠 一日目 真夜中】
【ゴゴ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)
[装備]:花の首飾り、ティナの魔石、壊れた誓いの剣@サモンナイト3、ジャンプシューズ@WA2
[道具]:基本支給品一式×2、点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石)、閃光の戦槍@サモンナイト3
焼きそばパン×4@現地調達
[思考]
基本:数々の出会いと別れの中で、物真似をし尽くす。
1:
シャドウとトッシュより託されたちょこを護る。
2:フィガロ城でA-6村に行き、座礁船へ
3:テレパスタワーに類する施設の探索と破壊
4:セッツァーに会い、問い詰める
5:人や物を探索したい
[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には、『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と同じ時間軸から参戦していると思っています。
※ティナの魔石の効果はティナがトランスした上で連続魔でのアルテマを撃つ感じです
【ちょこ@
アークザラッドⅡ】
[状態]:疲労(極)、気絶
[装備]:なし
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式
[思考]
基本:みんなみんなおうちに帰れるのが一番なの
1:おとーさんになるおにーさん家に帰してあげたい
2:おにーさん、助けてあげたいの
3:『しんこんりょこー』の途中なのー! 色々なところに行きたいの!
4:なんか夢を見た気がするのー
[備考]
※参戦時期は本編終了後
※殺し合いのルールを理解しました。トカから名簿、死者、禁止エリアを把握しました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。
※トッシュの遺品(魔剣ルシエド@WA2、天罰の杖@DQ4、基本支給品一式 )が近くにあります
※ルカの所持品は全て焼失しました
※トカの所持品はスカイアーマーの墜落、爆散に巻き込まれて灰になりました
※F-1~J-1、及びF-2~J-2、加えてE-3~A-3の施設、大地は焼失し、海で埋まってます
海はロードブレイザーがアシュレーと切り離された時点で鎮火しました
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最終更新:2010年10月16日 01:51