どんなときでも、ひとりじゃない ◆y.yMC4iQWE


     ◆


幾重もの衣で素顔を隠すその人物は、あるいは泣いていたのかもしれない。
今……友が逝った。
はたして彼は、辿り着きたい場所へ、辿り着けたのだろうか。


安らかな顔で、眠るようにトッシュは逝った。


ゴゴはその男の胸元へ、携えていた剣をそっと置いた。
トッシュは剣士だ。ならば、死出の道行にも剣が無ければ締まらないというもの。もう、ゴゴにしてやれることはこれくらいだ。
視線を転じ、昏倒したちょこを見やる。
トッシュの元々の仲間だと言う少女は、トッシュの死を知れば泣くのだろうか。
涙を知らないゴゴはどこかそれを羨ましいとさえ感じていた。

遠く離れた地で、アシュレーが戦っている。しかしゴゴに成す術は無い。
無論今すぐにでも駆けつけ共に戦いたいという想いはある。
だがちょこを置いて行く訳にはいかないし、身体の疲労も無視できない。
なにより、行ったところで何ができると言うのか。

英雄と魔神の戦いに、物真似師が介入する余地はどこにもない。

それを知っているから――握り締めた拳から血が滴るほどに痛感しているからこそ、ゴゴは動かない。
友の勝利を信じるしかない歯がゆさを噛み締めながらも、動けない。

「アシュレー……」

心をリンクさせる石を胸に、ゴゴは祈る。
石を通じてアシュレーの苦境は伝わってくる。
痛み、苦しみ、それらを圧する勝利への意思。

だが敵の力は強大だ。直に対面していなくてもわかる。
アシュレーは今、破壊の力そのものと戦っている。

時折り瞳を灼くあの光はどちらが放ったものか。
紅蓮が空を焦がせば友の無事を願い、蒼光が煌く度に安堵する、その繰り返し。
ロードブレイザー、かの魔神の力は三闘神すら凌駕しているのではないかと思わせる。
そんな化け物へ、友はたった一人で挑んでいる。

「……無力だ、俺は」

呟く言葉にも力はない。
そのときゴゴははっと顔を上げた。
アシュレーのいる場所からまっすぐ東へ、太陽と見紛うほどの朱金の灼熱が駆け抜けていくのが見える。
同時、感応石から伝わるアシュレーの石がひどく弱まった。

「アシュレー……!」

決着が着いたのかもしれない。
だが、あの攻撃を放ったのは十中八九ロードブレイザーだ。
あんなものを受けたのなら、いかに聖剣の加護があろうとも……。

「……助けなきゃ」

無駄と知りつつそれでもなお救援へ向かうか。
半ば本気でそれを考えていたゴゴの耳を、涼やかな声がくすぐった。
振り向けば、ちょこが目覚め立ち上がろうともがいている。
が、やはり連戦のダメージは大きいらしく生まれたての小鹿のように何度も転ぶ。そしてそのたびに立ち上がろうとする。

「ちょこ?」

「助けるの……おにーさんを……助けるの!」

痛みも苦しみも、何物も彼女を阻めない。
その瞳の輝きこそ、魔を討ち闇を払う力――希望であると、ゴゴは知っている。

だからこそ――ゴゴは、ちょこを気遣いはしなかった。

戦う意思がある。
守りたいと思う人がいる。
ならば、ゴゴがするべきことは一つッ!


「ちょこ。俺に力を貸してくれ。あいつを……友を、助けたいんだ」


物真似師が差し伸べた手を……、少女は、


「うんッ!」


強く、強く握り返した。



「あっ……狼さん?」

「ん?」

ゴゴの手を借りて立ち上がったちょこが、ゴゴの背後を見て驚きの声を上げた。
そこに、数秒前は確かにいなかった影がある。
毛並みも鮮やかな黒い狼。
だが野生のそれと違い、瞳には深い知性を湛えている。

「この子……知ってるの。おにーさんといっしょにいた」

「アシュレーと?」

狼はゴゴ達に構うことなく彼方の方角を睨み唸っている。
まるで用事が済むまで待っているように命じられた犬のようだ。
その視線を追って気付く。
狼が見ているのは、アシュレーがいると思しき方角であると。

「……お前は、アシュレーを待っているのか?」

疑念に駆られゴゴがそう問いかける。
すると狼はついと視線を巡らせる。首肯はしなかったが、それをゴゴは肯定と取った。
何者であろうと、目指す先が同じであるならば。
ゴゴが選ぶ言葉はやはりこれだ。

「手を貸してくれ」

音もなく現れた狼が途方もない力を秘めているのは見てわかる。
だが決して足を踏み出そうとはしない。
あるいは魔王に干渉されているのか、動けない理由でもあるのか。

「お願い、狼さん! ちょこ、おにーさんをおうちに帰してあげたいの!」

ちょこが狼の首を掴み、ガクガクと揺らす。
だがその言葉に嘘の成分は一欠片もない。

「俺はこれ以上友を失いたくはない。だから、頼む」

ゴゴは、かつて感じたことがないほどの渇望を吐き出す。
トッシュを目前で失った衝撃は、自分で思っている以上にゴゴという人間の根幹に影響を与えているらしい。


――幼く、それがゆえに透き通った心地よき欲望……いいだろう。俺を、アシュレーの元へ連れて行け!


突然頭に響いた声に、ちょこと二人して辺りを見回す。
だが当然誰もいない。

「あっ!」

いや、変化はあった。
狼が消えて、代わりに一振りの剣が突き立っている。
アシュレーがトッシュへ託した、あの約束の剣だ。

「そうか、お前がアシュレーの言っていた……いいだろう、やってみせるさ。見ていろ、トッシュ……ッ!」

連れて行けと言っている。
記憶の中で、あの赤毛の剣士が友を救えと吠え立てているッ!

魔狼ルシエドが剣、魔剣ルシエドを引き抜いた。
その柄から伝わる熱はトッシュが残したものと、今のゴゴなら信じられる。
刃から伝わる力は強大だ。これならなるほどあの魔神にすら届き得るだろう。

「行こう、おに……おじ? あれ? ちょこ、あなたのことなんて呼べばいいの?」

「む……」

ちょこに問われ、ゴゴは考える。
ゴゴの種族性別個人情報はトップシークレットだ。
それに、自分で応えるのでは芸がない。

「あいつ……シャドウを何と呼んでいたんだ?」

「えっと、おじさん、って」

「なら、俺もそれでいい」

「ゴゴおじさん……わかったのッ!」

ちょこは力いっぱい返事をしてさあ駆け出そうとし、ゴゴはそれを制止した。
走って行ったのでは間に合わない。
ちょこが飛べるのだとしてもまだ無理だ。
そもそも満身創痍の二人が行ったところで何ができるわけもなく。

だから。
ゴゴとちょこがするべきは、アシュレーの下へ馳せ参じることではない。

「ちょこ……俺を、空へ!」

大きく助走を取り、ゴゴは猛然と走り出す。
その手にしっかと友から託された魔剣を握り締めて。

「わかったの! 行くよ、ゴゴおじさんッ!」

時間が無いのは百も承知。
だからどうして、などとは聞かない。
ちょこはただ言われた通りに、ゴゴの望む通りに力を振り絞る。
魔力を風へと変換、凝縮、そして解放。


「――――飛んでけぇぇぇぇぇぇえええええええッ!」


ちょこの足元から風が――嵐が巻き起こる。

ちょこの視線の先、ゴゴが跳んだ。
ジャンプシューズで増幅された跳躍を――ゴゴは知らない。その靴は、アシュレーの友の物――ちょこの魔法が下から一気に押し上げる。

天へ昇る塔――風の階段は、物真似師を遥か高みへと連れて行ってくれる。

「……見えたッ!」

遮るもののない空の中で。
ゴゴは、ゴゴの持つ感応石は、アシュレーの心の在り処を寸分違わず感じ取った。


準備は整った。
目的地もすぐそこだ。
未来を斬り拓く力は今、この手の中にある。


後は、そう――物真似を、するだけだ!


「シィィィィィイイイイイイイ……」


あいつのように――雄叫びを上げ、

     震える喉が、一層の気合を呼び起こす。


あいつのように――身体を引き絞り、

     ぎしぎしと骨が鳴り、手にした刃に極限の遠心力を注ぎ込む。


あいつのように――イメージを練り上げて、

     八竜だろうと闘神だろうと貫き通す無敵の投法、その始終をずっと傍で見てきた。



ゆえに、この一投こそは必殺必中ッ!
地平線の彼方にだって届くのだと確信しているッ!



――――――――――――――今だ、放て!




「ャャャャャヤヤヤヤヤヤヤアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」



幻聴かもしれない。だがどうでもいい。
聞こえてきた声に従い、ゴゴは渾身の物真似を完遂した。


人体の限界を超えた跳躍。
雲すら吹き散らす嵐。
鍛え抜かれた技術。


三位一体となり打ち出された砲弾――魔剣ルシエドは。

風を超え、音を超え、光を超えて。

寸分の狂い無く。


魔神の右腕を斬り落とすことに、成功した。


落ちゆくゴゴは懐から感応石を取り出した。
か細い、だがハッキリと高鳴る友の鼓動が伝わってくる。


『どんなときでも……僕は、一人じゃ……ないッ……!』


結果がどうなったかなど目を閉じていてもわかる。
カノンとシャドウの力を借りて、ちょこが支え、ゴゴが送り出したトッシュの剣なのだ。
アシュレーに届かなかったはずが無い。


『いっしょに……戦っているんだッ……!』


友の声に力が戻る。
そうとも、共に戦っているさ。
伝わっただろう? 俺達の想いが。



『そうだろ……ゴゴッ!!』



「当然だ」



ゴゴは腕を組んで悠然と返答した。
近づいてくる大地の上に、両手をぶんぶんと振るちょこの姿が見て取れる。
物真似師は微笑み、そして、

――あいつを助けてやってくれ、友よ。

ルシエドと共に往ったもう一人の大切な仲間へと、願いを込めた。


     ◆



「ニンゲン風情が……どこまで図に乗るというのだ……ッ!」

「その人間が、繋ぎ束ねたこの力にッ! お前は今度も、何度でも敗れ去るんだッ!!」


右――清廉な光満ちる果てしなき蒼。
左――欲望を糧に尽きぬ力与える魔剣ルシエド。

剣の双翼を広げるは、立ち上がった蒼き剣の英雄。
握る剣からかつての担い手達の想いが心へ伝わってきた。

――アシュレーさん、私達が貴方を支えます! だから……!
――踏み込みと間合……それに気合だ、アシュレー! 叩き斬ってやろうぜッ!

(アティ、トッシュ……ああッ! 行こう、いっしょにッ!)

脳裏に浮かぶ、優しく微笑む女性と粗野に笑う男の姿。
右手と左手、それぞれにそっと自分ではない誰かの手が添えられる感触。
その温かさがアシュレーに無限の力を与えてくれる。


「おおおおッ……おおおおおあああああああああああああああぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」


滾る想いを双剣に込め、アシュレーは飛翔した。
光輪はいまやドラゴンの推進器にすら匹敵する輝きを放ち、アシュレーの求めに従い光の速度を叩き出す。
その力を最も強く炸裂させられる方法が、アシュレーの脳裏に浮かぶ。


描くは必勝への軌跡――、


「――――アークインパルスだッ!!」


一閃、振り下ろした果てしなき蒼が空を裂く。
二閃、薙ぎ払った魔剣ルシエドが大地を揺らす。

二刀が示す破邪の十字。
閃光の軌跡が交わるところ――すなわちロードブレイザーの存在点ッ!

「ぐ……あ、あああああああッ!!」

生み出した炎剣は一瞬で砕かれた。
翅の守りは紙ほどの抵抗も無く斬り裂かれた。
焔の壁は展開と同時に吹き散らされた。

「まだ……まだだッ、アシュレェェェェッッ!!」

それでもなお、魔神は膝を屈さない。
再生が完了したばかりの腕を突き出して、二度と再生ができないことすら覚悟して焔を凝縮させ、剣の侵攻を食い止めた。


ナイトフェンサーでは砕かれる。
ガンブレイズでは気休めにもならない。
バニシングバスターでは押し切られるのが関の山。
ファイナルバースト、ヴァーミリオンディザスター、ネガティブフレア――何もかも足りない!


迎撃後退防御回避、何一つとして意味を成さない。

ならば、

ならばこのロードブレイザーの持てる最大最高最強の火力で以て力づくで撃ち破るのみ!


「ファイナル……ッ!」

全身の装甲を開閉――否、内側からこじ開ける。
十、二十――百、二百――千の砲塔が顔を出す。

「……ヴァーミリオン……ッッ!!」

そこに自身の存在すらも揺らぐほどの力を充填する。
『この後』など考えていられない。
今この瞬間こそが、ロードブレイザーという存在の滅亡の危機なのだから。
アシュレーもまた全霊を込めた一撃を放っている。
ならばそれを凌いだときこそが、このロードブレイザーの勝利の瞬間に他ならないッ!


だから、

だからこその、

真っ向勝負ッ!


「…………フレアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!」


一兆度にすら達しようかという、焔と形容するのも理不尽な力の奔流が放たれた。
世界を七度滅ぼすに足る、破壊神の吐息。

迎え撃つアシュレーの二刀が再度の、最期の輝きを見せる。
搾り出すのは剣の燃料である魔力、欲望。そして担い手であるアシュレーの生命そのもの。

手を伸ばせば届く距離で、破邪の双剣と破滅の咆哮が激突する。
ロードブレイザーの渾身の砲撃は、アシュレーの振るう二刀に正面からぶつかってきた。



「……ロードブレイザー」

その、万物を消滅せしめる絶対破壊圏の只中で。


「確かにお前の言う通り、たった一人の悪意が世界を滅ぼすことがあるのかもしれない」

剣の英雄はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「でも、それを黙って見ているほど、僕らは、世界は弱くはないよ」

優しささえ感じさせる、ひどく穏やかな声音で。


「世界の破滅を止める力はいつだってそこにある。生きている、生きようとする、一つ一つの命の中に……」

焔を斬り裂き続ける果てしなき蒼に、亀裂が走った。


「……きっと、僕らは勝つよ。何度でも……」

魔剣ルシエドが、半ばから折れ飛んだ。


「だから……」

ここまで付き合ってくれた魔剣から手を離し、蒼剣の柄へと両手を添えて。


「だから」

押し込まれた蒼い魔剣は、魔神の核へと到達した。


「だから僕らは、お前を倒して明日へ行くんだ……!」

魔神の核を貫くと同時、果てしなき蒼が砕け散った。
背の光輪が閉じ、蒼き剣の勇者はただの人間へと回帰する。



アシュレーは倒れ伏す。
その髪は純白ではない、短く刈り込まれた彼本来の青い髪。

ロードブレイザーは立ち尽くす。
壊死した砲塔がぼろぼろと崩れ落ち、酷使した右腕が地に落ち瞬時に燃え尽きた。


立っているのはロードブレイザー。
すなわちそれは、


「私の……勝ちだ……アシュレー……ッ!」


勝者と敗者の、ありのままの姿だった。

「一歩……届かな……かった、な」

ゆらり、ロードブレイザーが残る左腕に焔をかき集めていく。
それは災厄と呼ばれた時代からすれば見る影も無く弱く儚い焔だが、英雄でも勇者でもない人間を跡形無く葬り去るには十二分の熱量だ。
それを見てもアシュレーは動かない、動けない。
もはや力を全て出し尽くし、一片の余力も残ってはいない。

「これで……」

振り上げた掌を――

「……貴様ぁ……!!」

だが、ロードブレイザーを押し留める影がある。
剣を折られ、胴体半ばから断ち割られた魔狼だ。
主の危機を察し、剣化を解いて喰らいついている。

「悪足掻きを……貴様の主はもう欲望を吐き出すことも無いのだぞッ!」

その、ロードブレイザーの言霊に……反応するように。
アシュレーは震える腕を懸命に伸ばす。

掴み取る……何を?

自分でもわからない。果てしなき蒼は砕かれ、ルシエドもまた傷ついた。
甚大な傷を受けたマディンは遠からず消え去るだろう。
ならばもう、本当に打つ手が無いではないか。


――諦めないで――


そのとき、ささやきが聞こえた。
知らない、でも懐かしい声……その声に力をもらって、アシュレーの指先が前進し、触れる。


ゴゴが託し、ルシエドが携えてきた最後の希望。
ティナ・ブランフォードが変化した、幻獣の魔石に。


――あなたの帰りを待っている人がいる――


待っている……僕を?
そうだ、僕は帰らなきゃ……。
子供が待ってる……男の子と女の子の双子が。
大切な人たちから名前をもらった、大切な宝物……。
そして、その子達を抱く、あの……。


「……マリ……ナ……!」


いつだってアシュレーの帰りを待ってくれていた。
優しく微笑んで、こう言ってくれた。


おかえりなさい、と。


そして僕はこう応えるんだ。


ただいま、マリナ。


でも……参ったな。
ここで眠ってしまったら、マリナにただいまと言えなくなってしまう。

それは困る。
世界の危機より、何よりも。
マリナのいるところこそ、アシュレーが求め、守りたいと願った……帰るべき場所なのだから。

ゆえに。

「だから……だからッ! こんなところで、死んでなんかいられないんだッ……!」

立ち上がる。
何度だって立ち上がることができる。

日常に帰りたいというアシュレーの欲望は、決して果てることは無いのだから。

「……つくづく、お前には驚かされる……」

呆れたようなロードブレイザーの声。
もう眼が見えない。
もしかしたら、右腕も落ちているのかもしれない。感覚が無い。

「だが、もはや私に届く剣はない。諦めろ……穏やかに死なせてやることが、私からの手向けなのだ」

魔神が何か言っている。だが理解できない。耳に血が詰まっているからだろう。
ゆっくり……亀の歩みよりも遅く、アシュレーはその方向へと足を投げ出し続ける。
握り締めた魔石が温かな力をくれる。闇の中でも迷わずに歩く標となる。

「もはや言葉も解さんか……そんなお前は、見るに耐えん。燃え尽きるがいい」

攻撃が来る。ささやきに従い、掌中の石を魔神へと掲げた。
優しい光が壁となってアシュレーを守る。
殺到した焔は刹那に霧散し、彼の歩みを一瞬たりとも止められなかった。

「……待て、アシュレー。来るな……そこで止まれッ!」

続けて何度も解放される炎弾は、すべてティナの魔石が放つ光波によって防がれた。
アシュレーは知る由もないが、懐にあるマディンの魔石が娘の魔力に共鳴し、力を高めていた。
衝撃で尻餅をつく。だが、顔を砂で汚し、血を吐いてなお、アシュレーは前進を止めない。
唯一感覚の残る左腕を地に突き立て、殴りつける。
無様だろうと何だろうと構いはしない。こうして立ち上がれるのなら。

「なぜ……なぜ諦めない!? なぜ立ち上がる!? どこからそんな力が沸き上がってくるというのだ!?」

わかりきったことを聞くな、と唇を歪めた。
言ったのはお前だ。僕らの絆とルカの妄執と、どちらが強いのかって。
お前が今、僕を恐れているのなら……それは、つまり。

「僕らの、勝ちって……いうこと、だろう」

そして、全ての攻撃を封じられたロードブレイザーの前に、アシュレーは辿り着いた。
最後に残った唯一つの武器、バヨネットをその手に携えた、ただの人間が。

バヨネットの魔道ユニットを開き、ティナの魔石をセットする。
あの爬虫類(?)、さすがは天才と自称するだけのことはある。
撃墜王謹製のバヨネットには、持ち主がこんな状態になっているのに不調のふの字も見出せない。
今だけは素直に感謝しようと想った。

魔石から供給される魔力が銃身を、アシュレーの体内を駆け巡る。
これなら放てる――あの技を。


「さよなら、ロードブレイザー」

「止めろッ……止めてくれ、アシュレーッ!!」


ロードブレイザーの核、そこには果てしなき蒼が穿った亀裂がある。
今のアシュレーにはその空隙が、仲間達――アティ、ティナ、トッシュ、ゴゴ、ちょこ、そしてシャドウが開いてくれた、未来への扉に見える。
バヨネットの剣先を、僅かな隙間に潜り込ませた。


――フルフラット・アルテマウェポン。


言葉にならない小さな呟き。
弾倉内に魔石から伝えられた究極魔法、アルテマを装填……完了。


ゼロ距離。全弾、発射――炸裂。


爆発は少量――その大半を、ロードブレイザーの内的宇宙へと送り込んのだから。
概念存在であるロードブレイザーも傷つけ得る、たった一つの魔法。
その暴虐は、不死身の魔神をして、その存在意味を根こそぎ塗り潰していく。


「がああああ…………ぎっぎぎぐぐぐ、がが……がああああ、あああああああああ……ッッッ!
 消え……る……私、が……燃えて……アシュレ……滅びると……認めん……英雄……貴様が……アシュレェェッ……!」


やがてロードブレイザーの核が砕け散り、後を追うように形を保っていた身体も灰に――否、炎に変わり融けていく。
バヨネットを引き抜いたアシュレーは、これでようやく終わったのだと、静寂を取り戻した夜空を見上げて。



「アシュレー・ウィンチェスタアアアアァァァァッ! 貴様だけはぁ――――――――――――――ッ!!!」


その、彼の安堵した隙を、消え逝く魔神は見逃さなかった。
炎と化していく腕を懸命に伸ばし、突き出された鋭利な爪は――アシュレーの心臓を、真っ直ぐに貫いた。


直後、ロードブレイザーが、完全に……消滅した。


それを見送ったアシュレーは、もう一度小さくさよならと呟いた。
ゆっくりと砂漠に腰を下ろし、仰向けになって星を見る。
不思議と痛みは無い。いや――心臓を砕かれる前に、自分は既に死んでいたのだろう。
だからひどく穏やかな気持ちで、アシュレーはその結末を受け入れていた。


「ああ……きれいだ、な……」


感応石が何事かがなりたてているが、何を言っているのかがもう理解できない。
そして思い出したのは、かつてこの感応石をプレゼントしたときのことだ。
あのときもそう、笑って彼女は――。


「……ごめん、マリナ……もう、ただいまって……言え……な……」


星へ向かって伸ばした指は、何を掴むこともない。
魔神を討ち果たした人間の命の灯は、この瞬間に、消え失せた。




【アシュレー・ウィンチェスター@WILD ARMS 2nd IGNITION 死亡】
【残り16人】



その決着が着いた頃。

ゴゴもまた、行動を開始していた。
トッシュと別れ、力を出し尽くし立っていることすら困難になったちょこを背負い、ゆっくりと砂漠を進む。

「おにーさん、大丈夫かなぁ……?」

「心配はいらん。あいつは勝つさ」

正直に言えば、ゴゴも疲労の限界にあった。
加えてアシュレーの無事を確かめることばかり考えていたため、ちょこの物真似をすることすら無意識のうちに忘れてしまっていた。

「うん!ちょこ、おじさんを信じるの!」

元気よくちょこは言うが、直後盛大に響いた空腹を示す腹の音に小さく赤面した。
ちょこを背負ったまま、ゴゴは片手で器用にバッグを探り目当てのものを取り出し渡す。

「これを食べるといい。アシュレーが作ったものだ」

「わぁ、おいしそうなの!」

渡された焼きそばパンを、ちょこは猛然と胃に収めていく。
ゴゴもまた一つ、かじる。
優しい味が広がる。疲れた身体に少しだけ力が戻ってきた。
これを前に食べたときは、隣にトッシュがいた。今はもういない。
それを寂しいとは思う。だが今この瞬間は、背中にいるちょこの軽い重さが忘れさせてくれる。

「う~、もっと食べたいの……」

ちょこは三つの焼きそばパンをぺろりと平らげた。
材料さえあればゴゴが作ってやることもできる。アシュレーの調理の物真似をすればいい。

(しかし……それは何か、違う気がする)

この焼きそばパンはアシュレーが作ったからこの温かさがあるのだろう。
同じ材料、同じ作り方、同じ味であっても、決してアシュレーが作るものと同一ではないのだ。

「また、あいつに作ってもらえばいい」

「うん! ちょこ、おてつだいするの!」

アシュレーが死んでいるかもしれない……などとは微塵も考えていないのだろう。
ちょこの笑顔を見て、ずきり、と心が痛むのを感じる。



懐にある感応石は、少し前から何の反応も示さなくなっていた。



ゴゴはそれが何を意味するのかを努めて考えず、ひたすらに足を投げ出し続ける。
夜の砂漠に、砂を踏む音と少女の賑やかな声だけが響いていた。



【G-3 砂漠 一日目 深夜】
【ゴゴ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)
[装備]:花の首飾り、ジャンプシューズ@WA2
[道具]:基本支給品一式×3、点名牙双@幻想水滸伝Ⅱ、解体された首輪(感応石)、閃光の戦槍@サモンナイト3、天罰の杖@DQ4
[思考]
基本:数々の出会いと別れの中で、物真似をし尽くす。
1:ちょことともにアシュレーを迎えにいく
2:フィガロ城でA-6村に行き、座礁船へ
3:テレパスタワーに類する施設の探索と破壊
4:セッツァーに会い、問い詰める
5:人や物を探索したい
[参戦時期]:本編クリア後
[備考]
※本編クリア後からしばらく、ファルコン号の副船長をしていました。
※基本的には、『その場にいない人物』の真似はしません。
※セッツァーが自分と同じ時間軸から参戦していると思っています。


【ちょこ@アークザラッドⅡ
[状態]:疲労(極)
[装備]:なし
[道具]:海水浴セット、基本支給品一式
[思考]
基本:みんなみんなおうちに帰れるのが一番なの
1:おとーさんになるおにーさん家に帰してあげたい
2:おにーさん、助けてあげたいの
3:『しんこんりょこー』の途中なのー! 色々なところに行きたいの!
4:なんか夢を見た気がするのー
[備考]
※参戦時期は本編終了後
※殺し合いのルールを理解しました。トカから名簿、死者、禁止エリアを把握しました。
※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。
 ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。

※トッシュの遺品はゴゴが回収しました。
※ルカの所持品は全て焼失しました
※トカの所持品はスカイアーマーの墜落、爆散に巻き込まれて灰になりました
※F-1~J-1、及びF-2~J-2、加えてE-3~A-3の施設、大地は焼失し、海で埋まってます
 海はロードブレイザーがアシュレーと切り離された時点で鎮火しました
※F-3から東のラインの地表より上部全てが焼き払われました。
※壊れた誓いの剣@サモンナイト3はG-3のトッシュの遺体とともに安置されています。


時系列順で読む


投下順で読む


117-1:バトル・VSロードブレイザー ちょこ 117-3:ファンタズムハート
ゴゴ
アシュレー


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最終更新:2010年10月17日 00:31