救われぬ者(中編) ◆iDqvc5TpTI


問おう、汝は何者か

――オスティア侯ヘクトル、それが俺だ


深い眠りから目を覚ましたアキラ。
気絶してしいたことで、放送を聞き逃してしまった彼に、放送の内容を告げるのが自分の役目だとヘクトルは思っていた。
今回の放送では、アキラの知り合いだという無法松という人物の名が呼ばれていた。
それを踏まえると気が重い役目だが、しかし、だからこそ、ヘクトルは自分が告げるべきだと役目を買って出た。
現状の面子の中で、アキラと付き合いが一番長いのはヘクトルなのだ。
少しでも信頼できる人間から告げられたほうが、アキラも事実を受け止めやすいだろう。
そう思ったからだ。
それに、あとに続くストレイボウの負担を少しでも軽くしてやりたいという目論見もあった。
ストレイボウは、これまでマリアベル達にしてきたように、アキラにも己の罪を告白しようとしている。
とはいえ、それは、今までで一番の困難となるだろうと、ヘクトルは考えていた。
ヘクトルやマリアベル達には、まだ大切な人の死と向き合える時間があった。
アキラにはその時間がない。
知り合いが目覚めたら死んでいたと告げられて、しかもその死の元凶が目の前にいると告げられたら。
カッとなって怒りに身を任せてしまうということも十分ありうる話だ。
だから、せめてまずは自分が緩衝材となって、松の死を知ったアキラの憤りを受け止めてやろうと決意していたのだ。
理不尽な事実を告げるヘクトルにあたることで、少しでもアキラの気が楽になるのなら。
そして、後に続くストレイボウの懺悔を一蹴せず、聞き届けてもらえるなら。

が、しかし。
実際には、現実はヘクトルの想像の斜め上へと向かっていった。

「大丈夫だ、分かってる」

あろうことか、起き上がったアキラは機先を制し、ヘクトルに一言も話させなかったのだ。
ヘクトルは大いに困惑した。
自らが考えていることが顔に出る方なのは自覚していた方だったが、一目見ただけで死人が出たと分かるほど悲痛な顔でもしていたのだろうか。
はたまた、心が読めるというアキラは、ヘクトルが言わんとしていることを即座に読みでもしたのだろうか。
その読みはどちらも外れていた。
真相は予期せぬものだった。

「オディオが、夢の中に現れやがったんだよ」

アキラの話は驚きの連続だった。
ユーリルの心を壊した要因を探ろうと行われたサイコダイブ。
明かされた“勇者”の意味、“英雄”の真実。
疲労から気を失ったアキラへのオディオの干渉。
夢の中に集められた気を失った何人もの参加者達。
オディオより投げかけられた問い。
敗者の王と最たる勝者。
誰かを守ろうとした人間が憎悪に飲まれオディオになるという救いなき物語。
そして締めに行われた夢の中でさえ逃れ得ぬ死者を伝える放送。

どれこもこれもが、耳を傾けていたヘクトル達の心を揺さぶるものだった。
ストレイボウの話を聞いていたこともある。
サイキッカーならぬ身でも、オディオの言葉の端々に込められた憎悪と絶望を感じ取ることができてしまった。
だが、絶望の中から、常に希望は生まれるもの。
アキラがもたらしたのは気が重くなる話だけではなかった。
朗報もあったのだ。

それはマリアベルの仲間であるアシュレー率いるグループについての情報だった。
夢の世界にて、テレパスで行った簡単な情報交換で、アキラはアシュレー達のメンバー構成と放送時の位置、その行き先を知ることができたのだ。
アシュレー達の放送時の位置はG-3、向かう先は座礁船。
彼らの移動速度がわからない以上、座礁船に向かっているジョウイとすれ違う可能性もあったが、合流できる可能性も十分あった。
いや、できなかったとしても、今度こそ、ヘクトル達全員で、座礁船に向かうことも一考すべきだ。
状況は大きく変わった。
南征案を土壇場で北伐案に変えることは、既に検討したようにいくつかのリスクがあるが、それ以上にアシュレー達との合流はリターンが大きい。
仲間が増えるという確実な成果が約束されている以上、全体の士気の上昇にも繋がる。
まあ、それもこれも、ジョウイが帰って来てからなのだが。
下手にジョウイが帰ってくる前に動いてしまえば、ジョウイとも、アシュレー達とも行き違いかねない。
残念ながら、今しばらくは、この場で待つしかない。

さらに、その待つという時間に関しても、先ほどまでとは違い、無益なものではなかった。
アシュレーがアキラに超能力で覗かせた情報は、自分達のことについてだけではなかった。
なんと、アシュレー達は首輪の解析に成功し、その解除法までをも探り当てたというではないか。

アキラはオディオの盗聴に気を使ってテレパシーで伝えてくれたにもかかわらず、思わずヘクトルは声に出して喝采を上げかけたくらいだ。
それくらい大きな前進だったのだ。
……まあ、実は言うとヘクトルには、首輪の仕組みは全く分かっていないのだが。


      『流石はアシュレーじゃの。して、あやつが伝えてきたのは、感応石、感応型の魔剣、核ドラゴンの化石。この三つでよいか?』
      『ああ。あんま時間がなかったんで、概要しか聞けてねえんだが。それだけでマリアベルなら分かるってアシュレーは言ってたぜ』


そこら辺の考察はマリアベル達頭脳班に任せることにした。
ヘクトルも侯爵になったこともあり、最近は勉学にも励んでいたが、残念ながら政治や経済の知識では首輪解除には役に立てない。
見たところ、ストレイボウとニノも手持ち無沙汰だ。
ストレイボウは、松のことに触れようとせず、皆にとって重要な首輪の話に専念するアキラの心を汲みとって、懺悔を後回しにしている。
ニノは、そもそもヘクトル以上に学がない。
マリアベル達が何を言っているのか分からないよーと言いたげな困り顔で見つめてくる少女に、ヘクトルも俺もだと両手を広げるしかなかった。


      『随分と信頼されてるんだね。これなら、分かるのかい、って聞くのは無粋だよね?』
      『当たり前じゃ。あのトカゲに分かってノーブルレッドたるわらわが分からぬわけがなかろう。
       しかしオディオめ、考えよったな。まさか首輪に爆弾を仕込むのではなく、首輪ごと爆弾に仕立て上げるとは』


だから、今、ヘクトルの脳裏に引っかかって離れないのは首輪のことではなかった。
オディオが夢の中で問うたことでもなかった。
その後だ。
オディオは血反吐を吐く想いで叫んでいたという。
お前たちは敗者を省みるべきだったと。
勝者であるお前たちには、敗者である我々のことは理解できないのだと。


      『あーっと、つまりこいつは首輪型爆弾ってことか!』
      『その通りじゃ、アキラ。しかもその爆弾は魔力によるものと核によるもの。
       ロードブレイザーでもない限り、同時起爆には耐えられんじゃろ』


その言葉にジャファルの言葉が重なる。
ニノ以外には無関心を常とするジャファルが、怒りさえ顕にし、声を荒げてヘクトルを罵倒した言葉が。
“光”であるお前には“闇”に潜む者達の弱さや脆さなど分かりはしないのだと。
強者であるヘクトルには弱者たる者の願いなど理解できないのだと。


      『核って、あの核かよ!? 昔戦争で使われたっていう!』
      『魔力? 魔剣? まさか!? キルスレスやシャルトスと同種の仕組みなのか、この首輪は……』


ぐるぐると、ぐるぐると。
“闇”に生きるしかなかった暗殺者の言葉と、“闇”に堕ちた“魔王”の言葉がヘクトルの心の中で渦巻いていく。
そしてその渦は、あろうことか、光射す世界で生きているはずの人々からさえ、闇を引き出す。
“侯は人の心が分からない”


      『ふむ、魔剣についてはイスラに聞こうと思っておったが、よもやわらわ達の世界以外でも核兵器が存在しておったとはの。
       説明が省けて楽だと思うべきか、どこの世界でもあのような凶悪な力を求めるものはいるものじゃと嘆くべきか。
       まあその話は今もよかろう。とにかく、じゃ。この首輪の凶悪さ、おぬしら二人は理解できたようじゃの』


それはヘクトルがオスティア候の位に就いて、幾ばかり経った頃に、誰かが零した言葉だった。
その頃のヘクトルは兄ウーゼルには未だ遠く及ばなかったものの、侯爵としても、リキア同盟の君主としてもそれなりに格好はついてきていた。
少なくとも、自分ではそう思っていた。
だからこそ、誰かが零したその言葉を耳にした時、ヘクトルは冷水を浴びせられたような気分だった。


      『まあね』『魔剣っつうのはよくわかんねえが、単純計算で核の二倍すげえ爆弾ってこったろ。そりゃ確かに耐えられねえぜ』
      『そうじゃの。一度起爆されてしまえばどうしようもないことは確かじゃ。
       じゃが、仕組みさえ分かってしまえば打つ手はある』


あの時は、まだまだ自分が君主として至らないのだと、その言葉の意味を深く考えようとはしなかった。
ウーゼルの政策を引き継いで、リキアの貴族性の解体に務めていたこともあり、政敵も多かった。
そのことに対する批判から出た言葉だったかもしれないとさえ思っていた。
だが、今になって思えば、果たしてそれは、本当に、王としてのヘクトルを非難する言葉だったのか。


      『これを見よ。イスラより預かった首輪じゃ。ヘクトルが使ってくれと渡してくれたリンの首輪もある。わらわが回収したブラッドのもの。
       ブラッドの奴が持っておった支給品、ルッカのカバンとやらに入っていた選り取り見取りの工具で既に解体済みじゃ』
      『確かに魔剣らしき破片がびっしり敷き詰められているね。このフレーム部分に使われているのがドラゴンの化石かい?』


それは、人としてのヘクトルへと向けた侮蔑の言葉だったのではないか。
ヘクトルはずっと前へ前へと進んできた。
立ち止まることなく、振り返ることなく、一切の迷いなく進んできた。
そのヘクトルに、置いてけぼりにされた者たちの、怨嗟の言葉だったのではないか。


      『うむ、わらわ達の世界ではドラゴンは半機械生命体での。
       その化石を使いさえすれば、比較的容易に精神感応性兵器――ARMを製造できるのじゃ』
      『へー、案外ブリキ大王もドラゴンの化石でできていたりすっかもな。今度藤兵衛に教えてやっか』


受け入れがたい言葉だった。
認めたくない真実だった。
もし、その言葉が本当なら、今のヘクトルに、彼が望む“理想郷”は作れない。
どころか、“光”に生きるヘクトルが新たなる“闇”を生み出してしまうということさえ意味する。


      『ブリキ大王とな? わらわ達のゴーレムのようなものかの。ちと興味があるが今は我慢我慢じゃ。
       さて、ARMの次はこっちの説明じゃ。これは感応石というのじゃが、人の思念を増幅し通信を行える石と思ってくれればいい。
       そしてこの石が、この首輪の要なのじゃ』


そして、何よりも。
ヘクトルが一番この事実を認めたくない所以は。
強者たる彼が、弱者たる者達を理解も出来なければ、“救い”もできないのだという声を否定せずにはいられない最たる理由は。
たった一人の、たった一人の少女にこそ、ある。


      『こんな石ころが? いや、そうか、魔剣もARMSも共に精神感応性兵器……。その感応石は起爆スイッチ替わりか!』
      『理解が早くて助かるのう。そういうことじゃよ。わらわの推測では、オディオが爆破しようと思えば、文字通りこの首輪の爆弾は起動する』


フロリーナ
ヘクトルが愛した少女。
ペガサスナイトなのに、よく天馬から落ちていた半人前の少女。
気が小さくて、泣き虫で、おどおどしていて、引っ込み思案で、男性を怖がって、言いたいことも満足に言えない、そんな少女。
か弱い、少女。



      『文字通り、思い通りに爆破できる首輪というわけじゃ。されど、全く隙がないわけではない』
      『それが今回の本題っつうことだな』


ああ、そうだ。
フロリーナは弱かった。
ヘクトルにはない沢山の弱さを持っていた。
なら、ならば、だったら。


      『まず一つ、この島のどこかにあるはずの、オディオと首輪の感応石の中継地点、それを破壊することじゃ。
       感応石一つ一つに、島一つを網羅するほどの通信能力が無い以上、どこかにネットワークを構成するための巨大感応石があるはずじゃ』
      『一番簡単な方法ではあるね。ただし、オディオがその中継地点に何か防衛機構を設けていないとも限らないし、そもそも場所が分からない』


強者が弱者を理解できず、“救えない”と言うのなら。
ヘクトルも最愛の人だったフロリーナのことを理解できていなかったといことになるではないか。
この島で、フロリーナと再会することさえ出来ず、その命を取りこぼしてしまったのも、当然のことだったとでもいうのか。
認められない。そんな真理は断固として認められない。


      『良い指摘じゃ、イスラ。それに比べて二つ目の方法は、確実性なら一番だの。
       この首輪には過剰な威力の爆発の余波を別次元に逃がす機能がある。
       それを逆用して、完全に爆発の威力を逃がせるように改造してしまえば……』
      『首輪を外すんじゃなくて改造するのか! そうか、その手があったか! すごいな、あんた』


しかれども、事実問題、ヘクトルは、フロリーナがどう生きて、どう死んだのかさえ知らない。
下手人は分かっている。
けれどそれだけだ。
ヘクトルは、ジャファルからフロリーナの死を聞かされても、ジャファルにフロリーナの死に際を聞きもしなかった。


      『恐れいったか! と、普段なら言うのじゃがの。問題もある。核はともかく、魔剣の方はわらわの知る技術系統ではカバーしきれぬ。
       となると、魔剣の力の方の誘導には第一人者であるイスラの手を借りる必要があるのじゃが……』
      『可能だとは思うよ。キルスレスがあれば、だけど。いや、けど不安点もあるかな。
       魔剣本来の機能を悪用されて、首輪に何か厄介なのが封印されていたら一筋縄じゃいかない』
      『ふむ、アシュレーの伝言では、ロードブレイザーが封印されていたというくらいじゃ。
       気をつけるにこしたことはないの。それにわわわの方とて問題はある。
       首輪の改造には時間と材料を要するのじゃ。つまるとこと、この第二の方法はすぐにはできん』


フロリーナはヘクトルが愛し、ヘクトルを愛した人なのに。
死に際して何か彼に言い残したことがあったのかも知れないのに。
ヘクトルは知ろうともしなかった。
ダメ元だろうがなんだろうが、ジャファルに問いかけるべきだったにも関わらずだ。


      『その言い方だとすぐ打てる手もあるのか?』
      『ある。おまえさんじゃよ、アキラ。第三の手はおぬしの超能力による感応石への干渉じゃ。
       もともとわらわ達の世界でも、感応石の使用はおぬしのような超能力者――テレパスメイジのサポートが必須での。
       能力の強力さや多様さ的にも、おぬしなら、テレパスメイジ以上に感応石による通信に干渉できよう。
       現にこうして今も、わらわ達の首輪の感応石に働きかけて、皆の意識をつなげれておる』


そのことに、今更のように気付き、愕然とする。
これが、ジャファルの言うところの個を殺したということなのか。
前にしか進めないゆえの、人も過去も後ろに置いてけぼりにしてしまう弱さ。
迷うことも、傷つくことも出来ない故に、迷い傷つくことを知らない弱さ。


      『おしきた! この調子で俺に任せてくれ! 一発ドーンっとオディオからの思念波をジャミングしてやるぜ!』
      『待て待て待てーい! おぬしの気概は嬉しいが、あくまでもこれは可能性論じゃ。
       おぬしの力を侮っておるわけではないが、他人の思念波を妨害することは今までしたことがないのじゃろ。
       失敗もありうるのは分かるな?
       すまぬが、第二の手段が上手くいきそうにない時の保険としてとっておいてくれぬか』


遂にヘクトルは己が弱さを自覚する。
強さと裏返しの弱さを。
賢者アトスがヘクトルの身を滅ぼすものとして予言した弱さを。
親友であるエリウッドが危惧していた、ヘクトルの強さの奥に隠されていた弱さを。


      『しゃあねえな、分かったよ。あーっと、じゃあ、当面は首輪の改造案を優先でいいんだよな?』
      『運良く中継地点を見つけられたら破壊するけれど、方針に組み込むには情報がなさすぎるしね』
      『そういうことじゃ。まとめるなら、現状の優先順位は、第二プラン>第三プラン>第一プランとなるの。
       場合によってはこのうちのいくつかを組み合わせたプランで挑むことにもなるやもしれぬが』


悔しいがジャファルにぶち切れられるわけだ。
何が悔しいって、弱さに気付いたところで、どうすればいいのか分からない点だ。
思わず手を上げたくなったヘクトルの脳裏を閃光が貫いた。
光は、オズインをして理想的な君主になると讃えられた無二の親友の姿をとる。


      『ふー、今はこんなところかの。ニノ、ストレイボウ、ヘクトル。待たせて悪かったの』
      『わ、話、終わったのかな? ごめんね、マリアベル、力になれなくて』


エリウッドには強さがあった。
ヘクトルに引けを取らない、それでいてヘクトルとは異なる強さを持っていた。
彼は常に『闇』を、敗者を省みていた。
身の危険を晒してまで四牙であるライナスを信じ、ロイドを弔い、ジャファルを生かし、あまつさえネルガルをも憐れみ、竜との共存も図っている。


      『なに、誰にでも得て不得手はある。おぬしは頭でっかちなわらわ達の分も、光明が見えてきたことに喜んでくれればそれでいいのじゃ』
      『そうだぜ。俺だって日勝ほどじゃねえけど、本来はあんま考えるの得意じゃねえし。
       今回はたまたまテレパシー関係な上に、機械工学もかじってたからついてけただけで、魔法の方はさっぱりだぜ』

否、エリウッドだけではない。
エリウッドのイメージがぶれて、フロリーナの姿を取る。
彼女もまた、人間の敵とされ、人竜戦役の敗者であった、竜に歩み寄ろうとしていた。
エリウッドの恋人であったニニアンの正体が竜だと明かされる以前から。
フロリーナは、あの怖がりで、それで以上に優しかった少女は、姿かたちが違ってても友達になれると竜のことを信じていた。


      『そうかな。君は確かに直情的なようだけど、頭の回転は早いほうだと思うよ、アキラ。
       多様な超能力を状況によって使い分けれてることからも、それは明らかさ』


二人は強かった。
ヘクトルと違い、幾度も迷い傷ついた二人だったが。
その度に、立ち上がり、顔を上げて前へ前へと進んだのだ。
それは蛮勇の何倍も尊い真の勇気だった。



      『なんだよ全く。褒めたところで何もでねーぜ? あー、でも俺、そういや魔法使いの知り合いはこれまでいなかったんだよな。
       忍者やらガンマンやらロボやら、変わった奴らはいっぱいいたんだけどよ。
       と、そういやまだ、そこのねーちゃんやロンゲのにーちゃんには挨拶してなかったな。
       俺はアキラ、超能力者だ、よろしくな!』


そうか、答えは既に得ていたのか。
この身一つでものにできない強さだというのなら。
学べばいい。
エリウッドから、フロリーナから。


      『あたしニノだよ。こちらこそよろしくね!』
      『ストレイボウだ。……アキラ、少し話があるんだ。大事な、大事な話がだ』
      『そうじゃの。首輪同様、おぬしの話も後回しにしてよいものではないしの。
       ……む? なんじゃ、ヘクトルから反応がないの? よもや寝てはおるまいな?』


「ええい、目を覚ませ、このバカちんがあッ!!」
「おわっ!? とと、すまねえ。寝てたわけじゃねえんだが、少し考え事をしててな」
「おぬしが考え事とな? ふむ、わらわでよければ知恵を貸すぞ?」
「ありがとな、マリアベル。けれど、こいつは俺がずっと考えつ続けて、答えを出していかないと駄目なことなんだ」


そして、誰よりも“闇”を知り、“弱さ”を知り、その上で、そこから抜けだそうとしている一人の魔術師の姿から。
理想郷は君主が一人でつくるものではない。
つくっていいものでもない。
そこに住む、全ての民の力で、作られるべきものなのだから。





いいよ、分かったよ、認めてやるよ。
僕も悪かった、悪かったよ!
どうすればよかったのかも分かったよ。
けれど、だったら、僕は“今”、どうすればいい!?
どうすれば“救われる”!? どうすれば笑えるんだ!

好きなように生きれば“よかった”。
“勇者”であることを言い訳にしないで、感情に素直であるべき“だった”。

それはどちらも過去形で。
過ぎ去ってしまった昔にそうすべきだったという、取り返しのつかない話なのだ。
ユーリルは世界を“勇者”を行い切り、世界を救った。
救ってしまった。
もう、彼に“勇者”たれと望む人はいない。
そもそも、平和な世界には“勇者”を求める人さえ皆無だろう。
“生贄”は災厄を避けるために捧げられるものだ。
避けるべき災厄が退いたなら、人は無駄な浪費を望まない。

だから、今更なのだ。
ユーリルがどれだけ心中を吐露したところで、人々は堪えない。
英雄譚に余計な蛇足は望まれない。
“勇者”を辞めたい?
辞めればいいではないか。
そこにもう災厄はないのだ。
辞められたところで、人々は痛くも痒くない。
誰も反対しはしまい。

事実、オディオによって、この島に連れてこられて以来、誰からも“勇者”たることを求められなかったではないか。
どころか、“剣の聖女”に“勇者”は“生贄”だと、知りたくなかった真実を知らされる始末だ。
そして、ユーリルは実際に、“勇者”を辞めた。
憎悪に駆られてアナスタシアを殺そうと決意した。
イスラやアキラが“そうするべきだった”と言ったように。
ただ、自らの感情にのみ従った。
憎悪に、悲しみに、絶望に、振り回された。

それがこの様だよ!

何が変わった。
何が変わる?

“勇者”を辞めた。
  ――それでユーリルは救われたのか。
                             救われなかった。友達を亡くしただけだった。

アナスタシアを殺す。
  ――そうすればユーリルは救われるのか。
                             救われまい。“生贄”に捧げてしまったのは自分だったと認めてしまったから。

“救われない”。
“救われていない”。
“救われまい”。

イスラやアキラが出した答えは、“生贄”だった時のユーリルが“救われる”為の方法で。
もはや“生贄”としてさえ不要になったユーリルを、“救える”方法ではなかった。





問おう、汝は何者か

――“ヒーロー”、志望ってえとこか。カオリの、ワタナベの、妙子の、そして松のさ

その背中を、覚えてる。
ありありと、ありありと、アキラの心に焼き付いて、離れない。
アキラが無法松のことを忘れたことは、一時もなかった。
平和になった世界でさえ、アキラはずっと、ずっと松を想い続けた。

“ヒーロー”が求められるのは、世界が危機に瀕した時だけだって?
アナスタシアやユーリルなら、そう思い違えてるかもしんねえな。
ちげえよ。そうじゃねえ。

“ヒーロー”っつうのはさ、常日頃から一人一人の胸にいるもんじゃねえか。
ピンチになった時だけじゃねえ。
“ヒーロー”はいつでも俺達を助けてくれてるんだ。

アキラは孤児だった。
母親を早くに亡くし、父親は殺された。
代わりに手に入れたのは類まれなる超能力。
人の心を読み、手も触れずに物質に働きかけ、空間すらも超越する力。
……いくらでも、悪用の利く力。

その力を、悪事に使わず、復讐にも使わなかったのは、アキラの周りに沢山のヒーローがいたからだ。
力よりも魂こそが大切なんだと背中で語ってくれた松。
時には姉として、時には母親として愛情を注いでくれた妙子。
超能力なんかなくても、人間の知恵はすごい力を発揮することを教えてくれた藤兵衛。
怖がらずにアキラを慕ってくれた、妹や子ども達。
人智を超えた力の使い方と活かし方を示してくれた、ブラウン管の中の“ヒーロー”達。

彼ら、彼女らがいたからこそ、アキラはまっすぐに育つことができた。
人の死に悲しみ、誰かを守りたいと願える青年としてここにあることができた。
ああ、そうだ、そうなのだ。
アキラが“ヒーロー”として護りたいと願った人達は。
同時に、アキラにとっての“ヒーロー”なのだ。

何度でも声高々に言い募ろう。
“ヒーロー”は生贄なんかじゃない。
“ヒーロー”は人を堕落させるものではない。
“ヒーロー”は“光”だ。
誰だって“ヒーロー”を愛している。
その姿を見たがり、応援し、名前を呼び、ずっとずっと覚えてる。
子どもに語り、孫に語り、“ヒーロー”のことを自分が死んだ後にまで語り継ぐ。
苦しくても諦めちゃいけないと教えてくれた“ヒーロー”がいたことを。
見返りも感謝も求めずに、ただひたすらに自らの意志と信念を貫き通した“ヒーロー”がいたことを。
孤独な戦場へも振り返らずに歩み出し、ただひたすらに救い出した“ヒーロー”がいたことを。
誰の心の中にも“ヒーロー”がいてくれるから、正直に生きられる。
強くもなれるし、気高くもなれる。
そして最後には誇りを抱いて死ねるのだ。

なればこそ、アキラは問う。
目の前で、膝まづき、頭を下げる一人の男に。
松の死を招いたのだというストレイボウに。
拳を叩きつけるでも、イメージを送りつけるでもなく。
“ヒーロー”になろうとしている人間として、静かなる熱を帯びた言葉を届ける。

「なあ、あんた。あんたも、ヒーローになりたかったんだよな。そのアリシアって人のヒーローにさ」

ストレイボウも“ヒーロー”になりたかったんだろ、と。

「そうだ、俺はアリシア姫の英雄になりたかった。
 その想いが、最後の引き金になって、オルステッドのことを裏切ってしまった……」

“ヒーロー”になれなかった男は青年に答える。
そうだと。
誰かの“ヒーロー”になろうとしたからこそ、道を間違えてしまったのだと。

「姫さんに惚れてたんだよな。オルステッドを見返したい、それだけの為に姫さんに想いを伝えたんじゃないんだな?」
「違うっ! 全てが全て否定は出来ないっ…… オルステッドから愛する人を奪ってやったという想いもあったさ……」

だが、本当に、そうなのか?
ストレイボウが“ヒーロー”になれなかったのは、アリシア姫を愛してしまったからか。

「けど、だけど! アリシア姫は優しかった、優しかったんだっ! 俺の抱かえていた“闇”を、姫は受け止めてくれた……」

そうじゃない、そうじょないよな。
心なんて読まなくても分かるよ。
あんたは本当に、アリシア姫に惚れてたんだな。

「身勝手だという人もいるかもしれない。
 姫が、オルステッドの最後の拠り所だった姫が、あいつに止めをさしてしまったのだと恨む人もいるかもしれない。
 違うんだ。悪かったのは全て俺なんだ。姫は、姫はただ、優しすぎただけだったんだ……」

だったら、あんたはその点じゃ、ちゃんと、“ヒーロー”だったんだよ。
卑怯ではあった。間違ってもいた。
でも、あんたは、姫を救っても、姫に愛を強要しなかった。
どちらを選ぶかは、姫に任せた。
あんたの愛だけは本物だった。
きっとアリシアって人にも届いてたさ。
だってそうだろ?
同情だけで好きでもない男と、一緒にいてやろうと思って死ぬ女なんていないさ。

「悪かったな、試すようなことを言っちまって。じゃあさ、改めて聞きてえ。
 “あんたの”“ヒーロー”は誰だったんだ?」

なら、さ。
誰かの“ヒーロー”になろうとしたから、道を間違えてしまったんじゃないというのなら。
ストレイボウが間違えてしまった理由は別のことにある。
それはきっと“ヒーロー”を忘れてしまったからだ。
子どもの頃に夢見たヒーロー。
こうなりたい、こう生きたいと憧れたその姿を、ストレイボウは忘れてしまった。
愛憎で満たされた心のままに、“ヒーロー”の姿を追いやってしまった。

「松は今でも俺の“英雄”だ。そして俺は今でも松の“英雄”になりたいと思ってる。
 あんたも思い出してやるんだな、てめえの“ヒーロー”を」
「俺にとっての“英雄”……」

ストレイボウが思い至った答えに眼を見開く。
そうだ、これまでの話を聞いていたなら、ストレイボウにとっての“ヒーロー”なんて一人しかいないじゃないか。
ストレイボウは裏切った。
オルステッドへの劣等感と嫉妬と憎悪、アリシアへの未練に呑み込まれ『闇』に堕ちた。
だけど、それなら、その前は?
ストレイボウにもあったはずなのだ、オルステッドへの劣等感に塗れていなかった頃が。
ストレイボウはオルステッドのことを親友だと“思われていた”ではなく、親友だったと言った。
危険な“魔王”討伐に名乗りを上げたのも、名誉のためもあったが、友情のためでもあったと言った。
二人の関係は一方的なものではなかった。
後に崩れはせども、確かに互いに心が通じ合っていた時があったのだ。
ならば。
ストレイボウの“ヒーロー”は。
純粋に技を競うことに高揚感を覚え、いつかは超えたいと願っていた目標は。
その優しさと強さを尊敬し、親友であることに誇りを抱いていた相手は。

「オルス、テッド……だっ!」

オルステッドに他ならない。
道を誤りかけた時に、自らを正してくれる“ヒーロー”を憎んでしまったからこそ、ストレイボウは間違えてしまったのだ。

ストレイボウだけではない。
ユーリルやアナスタシアも、“ヒーロー”を忘れてしまったから間違えたのではないか。
自らが“ヒーロー”になるしかないと思い込んでしまった彼らは、心の中のヒーローに自分自身を据えてしまった。
苦しい時、辛い時に、助けてくれる誰かを自分自身にしてしまったからこそ。
助けを求めるという選択肢を捨ててしまったからこそ。
ユーリルも、アナスタシアも、救われなかった。
誰かを救うことはできても、誰かに救われることはなかった。
“ヒーロー”はすぐそこにいてくれたはずなのに。
手を伸ばし、いつでも伸ばされた手を掴もうとしてくれていたはずなのに。
彼らは拒んでしまった。
“ヒーロー”に手を伸ばすことを拒んでしまった。
それじゃあ誰も“救われない”わけだ。
アナスタシアも、ユーリルも。

「なら、あんたをぶん殴るのは俺じゃなくてそいつの役目だ」

誰よりも、二人を助けようと手を伸ばしたヒーローが“救われない”、報われない。
だから、ユーリルは腹立たしいところがあるし、アナスタシアのことは嫌いだけれど。
彼らも自分のヒーローのことを思い出してやって欲しいと、そう思った。

「……それで。それでその人が“救われた”として」

そう思って、やったんだからさ。

「オディオは“救われる”の?」

ちょっとは俺の話も聞けよ、アナスタシア。



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最終更新:2011年11月13日 14:31