救われぬ者(後編) ◆iDqvc5TpTI


時は戻らない。
過去は変えられない。
たとえクロノが教えてくれたタイムマシーンを使おうとも。
救えるのは過去のユーリルだけだ。
過去のユーリルに“救われる方法”を教えたところで、今ここにいるユーリルの記憶と人生が変わるわけじゃない。
“勇者を成し遂げ切ってしまった”ユーリルは救われない。
救われないのだ。

仮に、だ。
さっきの想像を否定して、心中を吐露したユーリルに対し、人々が悔いたとしよう。
イスラが言うように、ユーリルが理解されることを拒んでいただけで、根は善人で、話せば分かってくれたとしよう。
“これから”は“勇者”にだけ頼らずに、共に立ち上がると約束してくれたとしよう。
もう休んでもいいのだと、後は任せろと、“勇者”の代わりに戦ってくれるようになったとしよう。

それで?

だから?

“生贄”の少年は、遂に人々との和解を果たし、泣いて謝るみんなを、笑って許しましたとさ。
そんなユーリル以外に心地良くて、ユーリル意外に都合のいいエンディングになるとでも?
昨日の今日まで奴隷として働かされていた人間が、解放された途端に、元の主人と友好関係を築けるとでも?

無理だ、ありえない。
人は、“救い”を求めている人間しか、“救う”ことが出来ない。
“救い”を求めている時に、“救われない”限り、何時まで経っても人は、救われない。
“救って”欲しかったのは“救いを求めていた”ユーリルだ。
今更人々が悔いたところで、ユーリルの心に一度傷が刻まれた事実は消えはしない。
傷そのものを埋められたとしても、ユーリルは覚えている。
その痛みをずっと、覚えている。
ずっと、ずっと、覚えている。

ユーリルは“救われない”。

だったらいっそ、オディオのように“魔王”になればいいのか。
人間憎しと、これまで救ってきた人間を憎悪のままに、全てこの手で殺せばいいのか。
奪われ続けたかつての自分の復讐に、みんなからもありとあらゆるものを奪えばいいのか。
幸せを奪った人間たちを。
“勇者”を奪ったアナスタシアを。
悪いのはユーリル自身だったと気づかせてしまったイスラやアキラを。
クロノを奪うはずだった異世界の人間たちを。
殺し尽くせばいいいというのか。

同じことだ。

やはり、ユーリルは“救われない”。

だってそうだろ?
それっぽっちで救われるなら、僕はこんな目にあってない。
僕が“勇者”の真実を知らされ、人間の身勝手さに気付かされ、自分の愚かさを自覚してしまったのは。
アナスタシアのせいでも、イスラのせいでも、アキラのせいでもある前に。
あいつらと僕が出会う機会を作った、オディオのせいじゃないか。
そしてオディオが、そんなことをしたのは、僕達に殺し合いをさせたのは。
敗者を省みさせ、人間の愚かさを知らしめようと思ったのは。

オディオが、“救われなかった”からじゃないか。

憎きルクレチアの人々を、全て殺し尽くしても、オディオが充たされなかったからじゃないか。

“救われない”のだ。

憎き相手を全て殺したところで、オディオも、ユーリルも、“救われない”のだ。

嫌だ、そんなのは、許せない!
許せない、許せない、許せない、許せない!

気がつけば、ユーリルの心のなかは、許せないという想いでいっぱいだった。
旅立ちの日に抱いた想いでいっぱいだった。

“救われない”のはもう嫌だ。
“救えない”のは御免だ。
絶対に駄目なのだ。
“救い”を求める者が、“救われて”と願われるものが、“救われない”なんてことがあってはならない。
“救われない”のは許せない!

そうだ

だから

だから僕は――“勇者”であることに拘った。“勇者”でなければならなかった。

全てを“救える”“勇者”であり続ける為に、ありとあらゆる努力を惜しまなかった。
“勇者”とは、“勇者”たるもの、“勇者”であるからにはと、 完璧な“勇者”たることを求めた。
ユーリルには“勇者”が必要だった。
“勇者”になんてなりたくなかったけれど、全ては全てを“救う”為に必要だった。
“勇者”でない、ただのユーリルでは無理なのだ。
故郷の人々を、好きだった幼なじみの一人さえ、“救えない”ただのユーリルでは無理なのだ。
ユーリルは、“勇者”であり続けなければならなかった。
“勇者”でありさえすれば、全てを“救える”とそう信じてた。

なのに。

あいつが現れた。
“剣の聖女”アナスタシア・ルン・ヴァレリア

あいつは、ユーリルに、人間が“救いようのない”程身勝手な存在だと突きつけてきた。
“勇者”が人を“救える”特別な存在じゃなくて、“救われない”“生贄”であると嘯いた。

それは、ユーリルにとって、致命的に真実だった。
全てを“救い”たくて“勇者”になったのに、その“勇者”である限り、ユーリルは“救われない”という自己矛盾。
その矛盾に追い打ちをかけていくように、“勇者”の特別制が次々と否定されていく中、ユーリルは“勇者”を疑ってしまった。

僕が“勇者”でなくても世界は“救われる”。
僕が“勇者”でなくてもみんなは“救われる”。
僕は僕自身を“救う”ために“勇者”なんか止めてやる!

そう思って、“勇者”を辞めてしまった。

知っていたはずなのに。
“勇者”でない、ただのユーリルでは誰かを“救う”なんて無理だと知っていたはずなのに。
案の定、“勇者”を辞めたユーリルは彼の心を“救ってくれた”かもしれない友達を、“救えなかった”。

“救えなかった”んだ!




問おう、汝は何者か

――“英雄”でもなんでもない、ただの幸せになりたかっただけの女の子よ

目は、少し前から覚めていた。
意識のないふりを続けていたのは、甘えに他ならない。
問い詰められるのが怖かった。
罪を突きつけられるのが怖かった。
だから少しでも、問題を先送りしようとした。
幸いその時、マリアベル達は首輪の解析に夢中で、ヘクトル達も各々が思考の海に沈んでいた。
誰もアナスタシアが意識を取り戻したことに気づいていなかった。
……いや、違うかもしれない。
もしかしたら、アナスタシアをよく知るマリアベルには見抜かれていたかもしれない。
事実、起き上がって問答に割り込んだ瞬間、マリアベルだけが驚きもせず、じっとアナスタシアを見つめていた。

それでもよかった。
目溢しを貰っているだけに過ぎないにしても、今少しの猶予を得られるのなら。
そう思っていたのに。

一度転がりだした石は止まらない。
保身故でも、打算故でも、アナスタシアが一石を投じたのは事実。
蹴り飛ばした石が、砂粒に過ぎなかったとしても。
砂粒は風に乗り、空を流れる。

「……それで。それでその人が救われたとして。オディオは“救われる”の?」

アナスタシアは自ら安寧を手放し、口を開く。
“勇者”を救いなき地獄に叩き落した口で、魔に堕ちた“勇者”の幸せを説く。
自分でも調子のいい話だと思った矢先、非難の声が飛んできた。

「起き抜け早々に随分なことを言うんだね、おねえさん」
「全くだぜ」

誰よりもアナスタシアの言葉の力を知っているイスラが、これ以上はしゃべらせまいと割り込んできたのだ。
イスラだけではない。
アキラまでもが、敵意の篭った視線をアナスタシアに向けていた。
だがその視線は小さな影に遮られた。
マリアベルだ。

「すまぬの。今はストレイボウの番じゃ。
 おぬしらからすれば、思うところはあるやも知れぬが、ストレイボウからすればアナスタシアも謝罪の対象に他ならぬ。
 アナスタシアが許せないと返したところで、その怒りを受け止めるのも、ストレイボウに課せられた罰じゃ。
 わらわ達が遮ってよいものではない。
 故に、こやつの話の間だけは、待ってはくれぬか?」

親友が救いの手を差し伸べてくれたのだとは、アナスタシアには思えなかった。
言葉通り、ストレイボウの為を思って、待ったをかけたのだろう。
これでも親友だ。
マリアベルの公平さは誰よりも知っている。
心配そうに気遣う緑の髪の少女に大丈夫じゃと笑い返してはいるも、その手が僅かに震えていることにも気付いてる。
きっと、誰よりも、マリアベルがストレイボウを押しのけてでも、アナスタシアと話をしたいのだ。

「……そうだね。今は、譲るよ」
「しゃあねえな」
「すまぬな。いや、ありがとう」

そのことを察し、イスラもアキラも身を退く。
マリアベル同様、ヘクトルも事の顛末を見守らんとしており、動く気配はない。
アナスタシアとストレイボウの間を遮る人物は、もう誰もいない。

「君は……」
「わたしの名前はマリアベル辺りから聞いて、もう知っているわよね。アナスタシア・ルン・ヴァレリア。
 あなたにだけは、よろしくとは言いたくないわ、悪の魔法使いさん」

まるで自分を見ているようだから。
心の中で吐き捨てて、アナスタシアはストレイボウと向きあう。
幸せになろうとした人。
友を裏切り、人を殺めて、一人だけ幸せになろうとした人。

「さっき、あなたはアキラくんに言っていたわよね。オルステッドに会って謝りたいんだと」

それのどこが違うというのか。
生きたいからと人を利用し、親友の信頼も裏切り、一人だけ生き残ろうとしたアナスタシアと。
変わらない。
あの雨の中の戦いで、悟った通りだ。
“生贄”を差し出して自己保身に回る群衆とアナスタシアは、何一つ変わらない。
それどころか、群衆を先導して、“勇者”を“生贄”にした男とすら、一緒だった。
“勇者”を壊した今頃になって、罪の意識に苛まれているあたり、この身勝手な男との方が、より性質は近しいのかもしれない。

それなのに。

「そうだ、俺は謝りたいんだ。オルステッドに」

男は先に行くという。
未だ一歩足を踏み出したばかりで、“生きる”ことが何なのか見失ってしまったアナスタシアを置き去りにして。
ストレイボウは贖罪の道に“生きる”という。

「それで?」

アナスタシアがストレイボウを許せないのは、オディオに自分を重ねているからだけではない。

「謝ったところでどうなるの? あなたは気が楽になるかもしれないわ。
 ずっと背負ってきた罪の意識から解放されるのだから」

ストレイボウに嫉妬しているからだ。
“生贄”を捧げて、生かしてもらう側だった癖に、と。
同じ死人だったくせに、と。

「でも、オルステッドは、オディオは救われないわ。今更、あなたに謝られたところで、彼の失ったものは戻って来ない。
 遅すぎたのよ。どれだけ悔いたところで、一度捧げてしまった“生贄”は帰って来ない」

ストレイボウの表情が歪んでいくのが目に映る。
オルステッドに謝りたい、友を救いたいと言いながらも、彼にはその方法が分からないのだろう。
簡単な話なのに。
いいえ、簡単な話“だった”のに。

「ねえ、分かる?
 オルステッドを“生贄”に仕立て上げたあなたが、オルステッドを“救えた”最後のチャンスがいつだったか。それはね」

さあ突こう。
“生贄”にされた“英雄”の辛さが分かる身として、身勝手な人間の一番痛いところを。

「「あなたが/お前が死んだ、その日、生きていることを明かした時に」」

そして、“生贄”にされた“英雄”として気持ちを語ったならば。

「“救われる”べきだったのよ」「どうして“救われて”やらなかったんだっ!」

その答えが“生贄”にされた“勇者”のそれと重なるのは。

「「オルステッドにッ!」」

何もおかしいことはなかった。




顔を強ばらせているアナスタシアと違い、別にユーリルは意識を取り戻していたわけじゃなかった。
目を覚ましたのは今の今なのだ。
けれど、話を聞いていなかったのかと言われれば、そうじゃない。
ユーリルにもストレイボウの懺悔の言葉は届いていた。
感応石だ。
感応石が意識を失ったユーリルへと、現世の光景を届けていたのだ。

果たして、オディオによる夢への干渉の残滓によるものか。
はたまた、アキラのテレパシーによる感応石への働きかけが、偶然ユーリルの石にだけ強く影響を及ぼしたのか。
それもまた、分からない。

分からないことだらけだが、それでもユーリルにだって分かることがある。

怒りだ、今、この身は怒りを抱いている。

「どうしてお前は救われてやらなかったんだよ!?」

“救いたい”人達がいた。
“救えなかった”人達がいた。
“救われた”自分がいた。
救い手たる自分になった。

ユーリルは“勇者”としての一生を、誰かを“救う”ことだけに費やしてきた。
救い手たれと望まれて、本当に救いたかった人達の命を犠牲に救えなかった彼は、せめてとばかり名も知らない人々を“救い”続けた。
無論、どれだけ“救おうとも”、所詮は代替行為。
飢えは満たされるはずがなく、ユーリルは更に多くの人々を“救う”ことを求めた。

“救う”ことを求めて、求めて、求め続けて。

遂には、世界を“救った”。
“魔王”さえも“救った”。
そう、“魔王”さえも、だ。

ユーリルは“勇者”だった。
予言に唄われた“勇者”だった。
地獄の帝王を滅ぼすはずの“勇者”だった。
それなのに、ユーリルはピサロを“救った”。
第二の地獄の帝王たる“魔王”を“救った”。

“勇者”だから?
“勇者”は清廉潔白でなければならないから?
“勇者”は優しくなければならないから?
だから、エビルプリーストに騙されただけだった“魔王”に同情した、と?

違う。
“勇者”だから、ではない。
“勇者”なのに、だ。
まず何よりも、第一に、“勇者”は“魔王”を滅ぼすべき存在として定義されていたのに。
誰よりも、“勇者”であろうとしたはずのユーリルが、その大前提を裏切った。
エスタークを復活を邪魔するに留め、デスピサロを“救い”、滅ぼしたのは黒幕といえど単なる魔法使いのみ。

矛盾している。
余りにも、矛盾している。
“勇者”なのに、“勇者”なのに、“勇者”なのに。

なんということはない。
ユーリルは“壊れていたのだ”。
自らの復讐心よりも、エルフの女性が求めてきた“救い”を優先してしまうほどに壊れていたのだ。
アキラが謳った“ヒーロー”のように、とっくの昔に“ブッ壊れて”いたのだ。
あの日、あの時、あの瞬間。
故郷を焼かれたあの時に。
“救い”を求める人びとに手を伸ばせなかったあの時に。
大好きな人達を“救えなかった”あの時に。
誰一人、“救われなかった”あの時に。

そのことに、自分を見つめ直した今の今まで気付かなかった。
自分が“救いようのないほど”壊れてしまっていることに、気付きたくなかった。
気付かないように目を逸らしてた。

“勇者”であることを全ての言い訳にして。

“勇者”だから。
“勇者”だから。
“勇者”だから。

“勇者”だから、どれだけ怖くても、世界を“救わねばならない”。
“勇者”だから、自分の幸せを捨ててさえ、見知らぬ人間を“救わねばならない”。
“勇者”だから、恨みを抑えこんで、怨敵さえも“救わねばならない”。

ずっと、ずっと、ずっと、そう言い聞かせてきた。
いつの間にか、それが本当だと信じこんでた。

でも違った。
本当は、そうじゃなかった。

“勇者”だから、ではない。
“勇者”なのに、でもない。
“勇者”ならば、だ。

“勇者”ならば、どれだけ怖くても、世界を“救える”。
“勇者”ならば、自分の幸せを捨ててさえ、見知らぬ人間を“救える”。
“勇者”ならば、恨みを抑えこんで、怨敵さえも“救える”。

予言に唄われる“勇者”ならば。
神に選ばれ、魔族が恐れる程の力を持つ“勇者”ならば。
世界を救うと約束された“勇者”ならば。
文字通り、世界中の人であろうと、“救える”はずだと信じた。

みんなを“救える”と信じた。
みんなは、みんな、みんななんだ。
“救われない”ことが許せなくて、“救われない”者をただ“救いたい”だけだった。
今更になって自覚したそれが、僕の本当にやりたいことだったんだ。

“救われない”のはもう嫌だ。
“救えない”のは御免だ。
絶対に駄目なのだ。
“救い”を求める者が、“救われて”と願われるものが、“救われない”なんてことがあってはならない。
“救われない”のは許せない!

だからこそ、ユーリルはストレイボウに怒りを抱く。
ユーリルが“救えなかった”モノを“救えた”のに、“救おうとしなかった”ストレイボウが許せない。

「俺が……“救われる”べき、だった? アリシア姫でなく、この俺が……?」
「そうだよ、そいつが“救われる”ことはそいつにしかできなかったけど、お前が“救われる”ことならお前にならできただろ!?」

激昂のままにストレイボウに詰め寄ろうとするユーリルを、ヘクトル達が抑えにかかる。
万一に備え武装解除をしてはいたが、ユーリルの暴走っぷりを知る者達からすれば、剣を取り上げたくらいで安心出来るはずがなかった。
アナスタシアの名を連呼していた時と同様、鬼気迫る表情で詰め寄っているのだから、尚更だ。
だけど、ヘクトル達の心配と、アナスタシアの怯えに反し、ユーリルは暴れはすれど、呪文ではなく言葉だけを紡ぎ続ける。
泣き出しそうな声だけを吐き出し続ける。

「なんだ、何が言いたいんだ!? あんたは何が言いたいんだ!?」

お前にならオルステッドを“救えた”。
そう言いたいんだよ!

「オルステッドは嬉しかったんだ! 魔王山でお前と再会した時、嬉しかったんだ!
 お前が生きていてくれて、嬉しかったんだ!」
「オルス、テッドが……? あいつを罠にはめて哂っていた俺の、ことを……? 
 俺が生きていたことに、不思議そうな顔をしていたあいつが?」

お前にはそう見えたかも知れないけれど!
もしかしたら驚いて、思わず後ずさってしまったかもしれないけれど!
それでも、それでも!

「当たり前だ! あんたは、オルステッドと親友だったんだろ!」

親友、なんだろ!?
友達よりももっと仲がいいんだろ!
僕はクロノを、日勝を、マッシュを救えなくて、あんなにも悲しかったんだ。
身が千切れそうな程に、憎悪に身をまかせるしかないほどに悲しかったんだ!
親友を“救えなかった”オルステッドは、もっと、もっと悲しかったんじゃないのか!?
だったら、だったらさ。

「生きていてくれて、嬉しかったに、決まってるだろ!」

そうだ、決まってるんだ。
もし、もしもだ。
意味のない仮定で、既に裏切られた仮定だけれど。
ユーリルが殺し合いなんかに巻き込まれることなく、無知なまま、無事、滅んでしまった故郷へ戻れていたとして。
そこに、死んだはずのシンシアがいたとしたら。
笑顔で迎えてくれたとしたら。

きっと、きっとユーリルは。

疑うよりも早く、泣いて彼女を抱きしめていた。

「散々オルステッドに嘘をついたんだろ! だったらその時もついてやればよかったんだ!
 本物の魔王に拐われていたとか、なんとか言って!」
「だが、それじゃ何の解決も……っ!」
「そんな嘘でも救われたんだよ、オルステッドはっ!
 嘘でも何でもいい! お前を“救えた”ことに“救われた”んだよ!
 お前に、お前に分かるのか!?
“救いたい”と、心の底から願った人達を“救えなかった”人間の想いが!」

僕には分かる、分かるんだ。
本当に助けたいと思った人達を、己が無力から誰一人救えなかった僕には。

そして、たとえ力があろうとも。
人は、“救い”を求めている人間しか、救うことが出来ない。

オルステッドはアリシアを“救えなかった”。
アリシアがオディオに救われることを拒絶したから。

ユーリルはシンシアを“救えなかった”。
シンシアがユーリルに救われることを求めなかったから。

そうか、ようやく分かった。
僕は、僕はシンシアに――

皆を“救って”なんて言葉じゃなくて

私を助けてって言って欲しかったんだ……

「ユーリルくん……。あなたは“救えなかった”のね……。
 自分を“生贄”に捧げてさえ、本当に救いたかった人達を誰一人“救えなかった”……」
「うるさい、黙れ、アナスタシア」

余計なことじゃなくて、助けてって言って欲しかったのは、お前にもなんだ。
“救い”さえ求めてくれたら、“勇者”だったあの時の僕には“救えた”のに。
お前が“救われない”者である以上、助けてと言ってくれさえすれば、僕は絶対、何がなんでもお前のことも“救った”はずなんだ。
そうしたら、お前は“救われて”、僕も自分が“救われない”存在だなんて気付かないで済んだんだ。
クロノ達だって、“勇者”ユーリルなら、“救えた”かもしれない……。
だいたいお前はまだいいよ。“救えた”んだから。自分以外は“救えた”んだから。

「僕は、遅すぎた。遅すぎたんだ……」

大切な人達を護れるくらい、強くなるのが遅すぎた。
真に言って欲しかった言葉に気付くのが遅すぎた。
本当にやりたかったことを自覚するのが遅すぎた。
余りにも遅すぎた。

ユーリルが見出した、ストレイボウによるオルステッドの救済の方法にしろそうだ。
所詮は今更な“もし”とか“たら”とか“れば”の話に過ぎない。
ユーリルはただ駄々を捏ねただけだ。
親友を助けられるだけの力も言葉も持っていたのに、助けてやらなかったストレイボウに腹が立ち、楯突いていただけだ。

時は戻らない。
過去は変えられない。
ユーリルがいくら何を言おうと、何を願おうとも、“魔王”オディオは“救われない”。

それを証明せんとするかのように。

「え……?」

空間を揺らめかせ、突如ユーリルの前に現れたそいつは、異常を目にしヘクトルが、イスラが、武器を手に駆け寄るよりも早く。
今、この時の“魔王”の心を載せた槍にて、かつての“勇者”の“救い”を求めた、堕ちた“勇者”の心の臓を貫いた。





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最終更新:2012年07月08日 22:50