抗いし者たちの系譜-逆襲の魔王- ◆iDqvc5TpTI
――その炎に、私は全てを奪われた。
全ては、全て。
母の優しさを。
最愛の姉を。
故郷である天空都市を。
自身が生を受けた時間を。
今までと同じ毎日を。
ジャキは、全て奪われた。
(私は、『俺』であることを、奪われた)
だから誓ったのだ。
帰るべき場所も、待っていくれている人もいない、絶望の闇の中で。
自分から全てを奪い、平穏なただの日常に帰れなくしたあの簒奪者は、この手で叩き潰してやると。
たとえ、そのために何を失うことになろうとも、と。
かくして、ジャキは、名を捨て、優しさを捨て、ただただ力を求めた。
全ては、復讐を果たすためだけに。
ジャキは、奪われる側だった人間は、いつしか彼が憎んだものと同様の奪う側に周り、魔王とさえ呼ばれるようになった。
魔王とさえ呼ばれるようになって、それでも彼は、再度、奪われた。
復讐のために磨いた力を。
目の前で今一度姉を。
哀れな母の人としての存在を。
自身の現身さえも。
魔王はラヴォスに奪われた。
ラヴォス。
炎を纏った大岩。
灼熱の火球。
巨大なる火――ラ・ヴォス。
星に寄生し、大地の力を吸い上げ、全生命の進化を我がものとする最悪の簒奪者。
復讐を果たした後でさえ、亡霊と化し、三度、魔王からサラを奪いしラヴォス<巨大なる火>は。
ことここに至ってさえ、ジャキから奪い去った。
敗北した彼に、たった一つ残されていた宿敵との約束を。
サラにオディオの力を借りずに、唯一辿り着く手段である魔鍵を。
ジャキは巨大なる火に奪われた。
(……騙し騙しでも後一回の起動が限度。それでは、
ルッカから聞いた次元転移のためのゲートを開くには到底足りない)
紅蓮の相手をアナスタシアがしている間に目を覚ましたジャキは、朦朧としつつも、姉への執着から這って魔鍵へと手を伸ばしていた。
しかし、超過駆動の反動だろう。
ランドルフは機能不全へと陥っていた。
ジャキは術師であっても技術者ではない。
魔鍵を使いこなすことはできても、修復する事は不可能だ。
せめて、せめてここにルッカがいてくれたのなら。
思わず浮かんでしまったそんな弱音に、ジャキは苦笑するしか無かった。
(ふん……。これが報いというものか)
ルッカ・アシュティア。
思い起こせばあの少女もまた、奪われし者だった。
けれどもルッカは、ジャキとは違い、自身から母の幸せを奪った機械を憎みはしなかった。
もうあんなことにならせはしないと、その一念で機械を自らの力とし、果てには時を超え、その力で母を救った。
もし、もしも。
自分もまたラヴォスを恨み滅ぼすことではなく、姉を救うことだけを考えて生きていたのなら。
元の時代に辿り着いた時に、ラヴォスとの対決を待たずに、姉を連れ去っていたのなら。
サラを探そうと決めた時に
クロノ達に頼んでいたのなら。
時の卵の話を聞いた時、ルッカの手をとっていたのなら。
サラをこの手で救えたのだろうか。
(……救えたのかも、しれないな)
今更の話だ。
IFの話だ。
現実はそうはならなかった。
そうしなかった。
ジャキは、救えなかった。
サラを救うことが出来なかった。
(俺の力では、どうあってもかなわぬというのか?
ならば、俺という存在に、俺の命にいったいどんな意味があるというのか……?)
遂に絶望に屈したジャキの瞳が、再び閉ざされゆく。
今意識を失ったなら、二度と目を覚ませはしまい。
かまわないと思った。
こんな自分など、消え去ってしまえばいいと思った。
サラの手も掴めず、
カエルと決着をつけることも叶わないのなら、この先ずっとジャキは独りだ。
ひとりで死ぬことも、ひとり生きることも、ただ死んでいないだけで、生きてはいない。
ジャキにはもはや、生きる意志は残っていなかった。
――残っていない、はずだったのに。
ジャキは、よろめきつつも、いつしか立ち上がり、そうすることが当然と言うかのように。
今も膨大な魔力を放出し続ける
ちょこの傍らに飛翔し、天から降り注ぐものと対峙していた。
(俺は、何をやっている……。俺は、何をしようとしている?)
戦いに敗れ、夢に破れ、約束も壊られた。
ジャキにはこの先、生きている意味はない。
今ここで、抗う意味もない。
だが、それがどうした。
今日、この瞬間にひとかけらでも自身に残る血肉の欠片もあるとするなら――。
血と肉でつむがれ、『生きる』ために生を享けた命は、自身に残るものを賭けずにいられない。
そうではなかったか。そうではなかったのか!?
カエルはそうしていたぞ。
それなのに、宿敵であるお前が、ここで生きることを辞める、と?
まだお前には血も肉も骨も皮も残っているではないか。
(ああ、そうか。そういうことか。フッ、貴様のせいだ、貴様のせいだぞ、カエル……)
カエルのせいで、サラを救いうるルッカを失った。
カエルを乗っ取るが為に魔鍵は力を失い、サラへの道が閉ざされた。
カエルが乗っ取られたせいで、決着の約束が果たせなくなった。
カエルの底を見たせいで、カエルの底に魅せられてしまったせいで、今、こんなにも――
「あなたは……どうして?」
「……俺も、なにかを懸けて、みたくなったのだ、魔人の娘よ」
ジャキは誰かに、何かを懸けたくなってしまった。
ブラッド・エヴァンスがマリアベルに繋いだように。
宿敵を取り戻し、サラを救うという願いを、誰かに繋ぎたくなってしまったのだ。
たとえこの手でなすことが叶わずとも、願いという形で、ジャキという存在が続いていくというならば。
その時こそ新たな何かが生まれ、始まるのかもしれない。
「……ぁっ。私達に、力を貸してくれるということですか?」
「信じられぬか……?」
そんな想いをおくびにも出さずに、ただ力を貸すと言っただけでは、怪しむのも無理は無い。
そう魔王は判断すれども、ちょこの反応は、疑念から来るものではなかった。
「……いいえ、私にっ、“魔王”を今一度、信じさせて、くださいっ。
それが、この子の、アクラの願い……だったから。ずっと、ずっと、抱いてきた、願いだったから」
ちょこは、泣いていた。
泣きながら、笑っていた。
切なそうに、それでいて、嬉しそうに。
ジャキを通して、失くしてしまった別の誰かを見ているかのように。
どれだけ愛しても届くこと無く、父を殺すしか無かった手が、やっと、仮初の形とはいえ届いたことに。
魔王の娘は、泣いていた。
「……そうか、貴様もか」
その涙の意味を、母に捨てられ、母を殺した魔王はなんとはなしに察した。
既に魔王の座からは引きずり降ろされた身なれど。
次代の魔王が動かぬ今、もうしばらくは、魔王と呼ばれ続けるのもありかと、ちょこの好きにさせることにした。
それに何より、ただ力任せに放出され続けている少女の魔力は、暴発寸前だ。
くだらぬことを話している暇があれば、そちらに時間を割くべきなのだ。
「アクラ、合わせるぞ……」
「はい、お父様!」
“魔王”と“魔王の娘”の最初で最後の連携が始まる。
魔王の両手に生み出されしは、相反する二つの力。
“火”のファイガ、“水”のアイスガ。
“火”と“水”の力は魔力スフィアとなり、ちょこにより召喚され、今も“天から降り注ぐもの”と鬩ぎ合う“闇”の力へと飛び込んで行く。
左回りに渦巻くちょこの魔力スフィアに対し、右回りに渦巻いていく“火”と“水”の魔力スフィア。
全てを飲み込む、冥界の力は“火”“水”“天”の三属性からなっている。
ならば、敢えて、その均衡を崩せばどうなるか?
“火”と“水”の二点のみに力を注ぐとどうなるか?
簡単だ。
冥界の三角は固着されること無く荒れ狂い、点を超え面を超え、立体的な冥界をこの世へと顕現させる!
異音が鳴り響き、世界が悲鳴を上げる。
円形に広がっていたはずの召喚陣は、いつしか、枠を失い、辺り一面へと侵食。
この世ならざる冥界と化した世界の中心、厄災の焔の化身を穿つように、黒き嵐が吹きすさぶ。
それは“魔法”だ。
みんなでなければできない魔法だ。
ちょこと、アクラと、魔王による三人技だ。
「「「現れよ、デネボラの三角―――――――ダークエターナル!!!」 」」
不滅の焔を滅ぼす、永劫の闇だ!
厄災の化身が崩れ行く。
いかにその身体が不滅といえど、闇もまた永劫。
再生する片っ端から身を構成する焔が闇に飲まれていくようでは、再生できないも同じだ。
刹那にて無限とも言える再生と崩壊を繰り返した焔は、遂にその巨体を構成する力を使い切り、一切の熱も残さず闇へと還った。
その結末を見届けた魔王は、召喚陣の消えた地に堕ち、膝を付く。
「魔王!」
「……不要だ。今、貴様の助けが要るのは俺ではなくあの女だろう」
慌てて駆け寄り肩を貸そうとするちょこを魔王は、紅蓮と斬り合うアナスタシアの方へと押し出す。
「カエルフレアはあくまでも術だ。あの紅蓮とやらの魔力が続く限り、また呼び出されるだろう。
だから行け。どの道この身体は、長くは持つまい」
分かっていたことだ。
魔力が枯渇した身で無理に魔法を放てばどうなるか。
媒介たる黒の石なくしてダークエターナルを撃てばどうなるか。
分かっていたからこそ、魔王は、ちょこの分の反動も全て、肩代わりしたのだ。
死を九割九分まで覚悟して、かつ、一分の生を残る魔王の娘に懸けた。
「でも……」
「死んでも、護るのだろう……。なら、守ってやれ……。
おまえは、大切なものを失おうとしているのだぞ……!」
息も絶え絶えに魔王は立ち上がり、ふらつく身体に鞭を打ちながらも、ちょこがこれまで護って来たゴゴの方へと歩を進めていく。
「この三下のことは任せろ。目は覚ましておいてやる……。
安心しろ。こいつに巣食う魔物に手を出すつもりは、俺には、もうない」
一度微かに自らを打ち倒した者を魔王は見つめた後、再びちょこをまっすぐ見返す。
「俺と同じ過ちを繰り返すな、アクラ、ちょこ。あのふざけた女――アナスタシアにもそう伝えておけ」
自分とサラのようになってはくれるなと。
力だけを追い求め、奪うだけで何一つ取り戻せなくなるのも。
多くを救うために一人ぼっちになってしまって孤独と絶望に呑まれてしまうのも。
自分達姉弟だけでうんざりだと。
魔王は、心の底から吐き捨てた。
恐らくそれは、魔王が、他人に見せた最初で最後の弱さだった。
きっと、他の誰にも漏らしはしなかった。
相手が、幼き頃の自分を思わせるちょこだからこそ、魔王は自然と鏡に映る自分を自嘲するかのように、吐露してしまったのだ。
そして、ちょこが魔王の鏡写しである以上、その後悔は痛いほどに伝わったのだろう。
せめて自分達が魔王達が至れなかった未来へと届くのなら、それこそが、自分達に懸けてくれた彼への唯一の手向けになるのだと。
少女は嫌でも悟ってしまって、その翼をはためかせた。
「さようなら、魔王。……ううん、違うんですよね」
「……ジャキだ。それと、これも持っていけ、役に立つかもしれん」
「ありがとう、ジャキさん。父様と呼ばせてくれて、嬉しかった。嬉しかったよ」
白い、白い羽根が、焔の世界を覆い、黒い風を白く塗り替える。
その中に、一筋の水滴を織りまぜて、魔王から使うことのなかった支給品を受けとった少女はようやく飛び立った。
ずっと胸に抱かえていたもう一人の自分の後悔から解き放たれて、ちょこは大切な人を護りに行った。
「そうだ、それでいい。これ以上俺にみっともないことを口走らさせるな」
魔王はアナスタシアの元へと翔んでいくちょこを、見送ることはしなかった。
自分でもどうにかしていたと思う程、既に言葉をくれてやったのだ。
これ以上、あの少女に、魔王が――ジャキが、残せるものなど何もなかった。
アナスタシアへもちょこに託した言伝と、仲間を護ってやったことで、十分だろう。
ならば、残せる相手は後二人だ。
ジョウイには、特に何か、してやる必要もないだろう。
ジャキは血が凝り固まった鼻を摩る。
あの時、魔王を打ち破ったジョウイの最後の一撃。
あれは、明らかに、手心の加えられたものだった。
考えてみるといい。
どうして顔面を大鎌で攻撃されながら、ジャキは生きて立ち上がることができたのか。
自らの獲物だっただけに絶望の大鎌の斬れ味は知っている。
だというのに、ジョウイはわざわざ刃で斬るのではなく、鎌の付け根で魔王を打ち据えたのだ。
素直に頭部を切り裂いていれば、ジャキは即死していたはずだ。
そうすれば、ジョウイも反撃に沈むこともなく、ランドルフの暴走に伴うあの厄災の召喚もありえなかった。
無論、それだけならば、まだ偶然とも考えられる。
大鎌の扱い方から見たところ、ジョウイの最も手馴れた得物は棍だ。
それ故に、つい大鎌を棍のように扱い、斬撃ではなく打撃を選んでしまったのかもしれない。
そもそも殺し合いをよしとしない集団に属する以上、ジャキを倒すつもりはあっても、殺すつもりはなかったのかもしれない。
しかし、だ。
先程も述べたように、ジョウイが使っていた大鎌を、ジャキはジョウイ以上によく知っていた。
絶望の大鎌――仲間の死を糧とし、力とする呪いの大鎌。
否、かつて、一時的に手を組んだに過ぎないクロノやルッカが倒れた時にさえ、その力を増した呪具は。
マリアベルを、仲間を失ったばかりのジョウイの手にあったにも関わらず、沈黙を保ったままだった。
それは、つまり、ジョウイがマリアベルを、如いてはその仲間達も、自身の仲間とは見なしていないということではないか。
自分とクロノ達のような、仲間とよべなくもないような関係ですら無く。
ジョウイは、マリアベル達に、明確な殺意や敵意を持っていたのではないか。
その推測を確かめようと、手心を加えられた仕返しも兼ねて、手心を加え返して打撃したジョウイは、現に立ち上がろうとしない。
仲間の危機を前にしても、“これまでのように”ジョウイは、見過ごそうとしているのだ。
そう、これまでのように。
ジャキは苦々しげに思い返す。
いつもジョウイだけが都合よくジャキの手を逃れ、代わりとばかりに味方を死なせていたことも。
セッツァーが
ヘクトルにちらつかせていたジョウイが敵かもしれないという言葉も。
現状の示し合わせたかのようなランドルフの暴走からなる焔の厄災の降臨も。
いや、もしかしたら、この禁止エリアで囲まれた局地で勃発した乱戦すらも。
(……貴様の掌の上ということか、ジョウイ=ブライト)
下に見ていた相手に、実はいいようにされていたなどという推測は、ジャキにとって不愉快なものだった。
が、その感情を敢えてジャキは抑えこむ。
別にジョウイを許したわけではない。
ジャキは決めていたのだ。
ちょこにジャキとしての後悔を、アナスタシアにサラの分の欲望を託したように。
魔王としての願いを懸けるに相応しい相手は、自身をその座から引きずり下ろしたこの男以外には、いない、と。
ジャキの魔王としての望み――言うまでもない、この殺し合いに勝つことだ。
この殺し合いに勝って、悲願を達成することだ。
それを、ジャキは、ジョウイに、次代の魔王に託す。
その為に、ジョウイのことは、ちょこには黙っていた。
ジョウイに見えるよう、闇の力の使い方を示した。
今からはまけんの使い方をも教授する。
最後には、自身の死をもってして、力を求めて孤独に生きた先人の無様な末路を、記憶に刻む。
(それでも、力を求めるというのなら。忘れるな、ジョウイ。貴様が“何のために”力を求めたのかを!)
ガチャリと、空間をねじ曲げた魔鍵が、ジャキの精神を、ゴゴの内的宇宙に導いていく。
ジャキは自らの身体が倒れる音を聞きつつも、イゾルデの門を潜った。
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最終更新:2012年01月09日 22:46