ブラッド、『炎』に包まれる ◆Rd1trDrhhU
名前とは、単なる記号に過ぎないのだろうか。
人や事物を識別するための、言葉の羅列に過ぎないのだろうか。
俺は言おう。
そんなことはない、と。
親は我が子の名前に、自分の希望を託すものだろう。違うか?
人間が始めて背負う『歴史』。それが名前なのだ。
それは他人にとっては意味のない文字列かもしれない。
ただ「その言葉が何を指すか」が分かれば、どんな名前だろうが構わないのだろう。
だが、その短い文字列に詰まっている『思い』は、時として大きな価値を持つ。
では、この血塗られた名前に何の意味があるのだろう?
俺は、英雄として祭り上げられた男の名前を背負っていた。
自分が親に貰った名前も捨てて、親友の名前を騙っているのだ。
もしかしたら、俺は偽りの人生を歩んでいるだけなのかもしれない。
あぁそうだ。英雄の名前なんてなんの意味も価値もない。
名前だけを偽ったところで、俺は英雄にはなれないんだからな。
だが、俺は信じて疑わない。
俺が信じた仲間、俺たちが守り抜いた世界だけは、偽りではないのだと。
そしてこの名前、「
ブラッド・エヴァンス」は俺と親友との絆なのだと。
それで、充分なんだ。
今現在、自分がどういう状況に置かれているのか。
それを把握しようと、ブラッドは川に両手を突っ込み、すくい上げた水を顔面に叩きつけた。
ひんやりと心地よい感触を皮膚の触覚が感じ取り、ぼやけていた脳の覚醒を促した。
一息つくと、先ほどの光景、魔王オディオとかいう男の起こした一連事件を思い返す。
落ちる首、血の臭い。少女の悲鳴、オディオの闇。
そこまでを鮮明に思い返したのにもかかわらず、冷静でいられる自分に少しばかり驚く。
「さて、どうするか」
辺りを見渡しても、人影はない。
仕方がないので当ても無く進むことにした。
◆ ◆ ◆
魔王は魔王と対峙した。
とは言っても、別に彼が哲学に目覚めたというわけではない。
彼の心のうちを詩的に表現した、と言うわけでもない。
読んで字の如く、『魔王』と名乗る彼が、同じく自分を『魔王』と名乗る男と対峙したのだ。
「魔王……オディオか」
自分とは異なる『魔王』と出会い、彼は何を思ったのか。
怒りでも感じているのだろうか。
異形たちの王者として君臨していた自分を差し置いて魔王を名乗っているオディオに。
いや、そんなことはない。
誰が魔王を名乗ろうが、そんな事は興味なかった。
名乗りたいのならば勝手に名乗ればいいのだ。
「
クロノに
ルッカ、カエル、
エイラ、そして……魔王か」
夜の闇の中でも明かりを点けることなく、支給された名簿を読んでいく。
どうやら名簿には自分の事も『魔王』と表記されているようだ。
「魔王の称号などオディオにくれてやろうと思ったが……やめだ。
オディオが私を魔王と呼ぶならば、私も自分を魔王と名乗らせてもらおう」
その方が便利だから。それだけだ。
名前など、個人を特定する文字の羅列だ。そこに深い意味など存在しない。
それよりも彼の興味を引いたのが、この殺し合いの優勝者に与えられた権利。
なんでも1つだけ願いを叶える事が出来る権利だ。
顔を上げ視線を空の方向へと向ける。
マップ中央には山がそびえ立っており、彼のいるこの場所は、この島で最も高い場所ということになる。
「……低いな」
風の音にも負けるほどの囁きであった。
彼の脳裏に浮かんだ思い出はここよりも遥か高く、何よりも天に近い場所の思い出。
空中都市ジール。
「全ては、海の底だ……」
何もかも、消えてしまった。
全ては滅びてしまった。
たった1度の過ちにして、人類最大の過ち。
……ラヴォス。
生まれ出たそれは全てを飲み込み、最愛の姉もこの両手から奪い去っていった。
その日から、彼の心には大きな風穴が開いた。
部下達を引き連れて行動していたときも、クロノ達と冒険をしていたときも……。
ラヴォスを倒したその瞬間でさえも……。
この心が満たされる事はなかった、ただの1秒も。
クロノ達と別れた後は、必死に姉の影を追い続けた。
姉がどこかで自分を待っていると信じて、探し続けた。
だが、彼女はどこにもいない。
世界のどこにも……彼女の痕跡すら残されてはいなかった。
「魔王オディオか……」
もう1度。その名を呼ぶ。
彼が何者だろうと構わない。
だが、これは自分が掴み取った最後のチャンス。
あの日失った姉にめぐり合える、最後のチャンスなのだ。
「私は……失ったものを取り戻すッ!」
支給品である剣を強く握り、胸元に引き寄せる。いつしかの思い出を手繰り寄せるかのように。
彼はこの刀を扱ったことはない。
だが、その威力は知っている。ずっと間近で見ていたからだ。
彼の思いに答えるように、名刀『にじ』が淡く輝いた。
「……悪く思うな…………」
重力など知った事かといわんばかりに軽い跳躍。
山の頂上から飛び立った魔王は、眼下の男へ標的を定めた。
月の光を受けた背中、そして掲げた刀が金色に光る。
5メートルほど上昇した後、魔王の体は急激に落下を開始する。
重力が今になって突然己の仕事を思い出したかのだろうか。
刀の軌跡が描いた、綺麗な放物線。
それはこの殺し合いの会場に彩られた、金色の虹であった。
そしてその虹の付け根に位置するはずの場所、彼の刀の落下地点には男が1人。
子供のころ、誰もが虹を見るたび思ったことだろう。
あの虹の付け根はどうなっているのだろう。その付け根に触ってみたい。
その好奇心は純粋なもので、その純粋さは魔王が幼くして失ってしまった心の欠片なのかもしれない。
そして、誰もが抱いたその望みを叶えるに至った男が1人。
彼はこの虹の付け根に触れる権利を有したのだ。
その死を代償として。
「死んで貰うッ……!」
夜空を分かつ、一閃であった。
漆黒の空を東西に分かつ金色の天の川を目撃したのは、ただ1人。
そしてその唯一の目撃者を切り裂くべく、魔王は刀を降り落とした。
魔王の剣速に、重力による加速を加えた一撃。
あまりに強烈で……そして……。
「甘く見られたものだ……」
あまりにも遅かった。
補足しておこう。「遅い」とは言っても、魔王の放った一撃は常人の反応できる速度を超えた一撃であった。
彼の知る中で、この斬撃を交わす事ができるのは、片手の指で数えられるほどしか存在していない。
ならばなぜ……。
答えは単純。
「入隊試験なら、ティムにでも担当して貰うがいい」
彼の反応速度が常人のソレを遥かに凌駕していたからだ。
戦闘における能力は、ARMSでも1番秀でている。
その彼にこんな一撃、『常人の反応速度を超える』程度の一撃など通用するはずもない。
「この俺に戦いを挑んだのだ。覚悟は出来ているか?
尤も、たとえ覚悟が出来ていなかったとしても……」
魔王の放った一撃を軽々と避けた男、ブラッド・エヴァンスが拳を構える。
その拳には装着されているのは、彼の愛用していた武器ではない。
彼の支給品。その名を、ドラゴンクローという。
マッシュ・レネ・フィガロが扱った武器だ。
ヘヴィアームのような内蔵武器は所持していない。
たが、聖なる属性を有した竜の爪は、血で汚れたブラッドの右手を新たな棲家と認めたのだ。
「俺のあずかり知る事ではないがなッ!」
叫ぶが早いか、右手を振りぬく。
躊躇はなかった。
アシュレーなら、リルカなら躊躇しただろう。
だが、ブラッドは違う。
敵と見定めたものは、迷い無く粉砕する。
それがARMSのなかでの彼の役目であった。
体の捻りを最大限に溜めつつ、左の足を半歩前に。
右の足で地面を蹴ると同時に体の捻りを解放。
握り締めた右の拳を突き出す!
その瞬間、ドラゴンクローは音速を超えた。
「ほぅ……」
必殺の一撃を外しても、魔王はまだ余裕であった。
確かに、この男を侮っていたことは認めざるを得ない。
この男の持つスピードや、殺気はクロノと同じかそれ以上。
そして体から漂う血の臭いは自分と同じくらい強烈なものだ。
左から飛んできた拳を避ける。
そのパンチを目視して、後ろに軽く飛んだだけだ。
たったそれだけでブラッドの一撃を避けてしまった。
「ふむ。これは私も全力で相手しなくてはならないようだ」
魔王の光なき瞳の奥を見通しながら、ブラッドは悟る。このセリフはハッタリではない。
自分が相手にしようとしている男は、自分よりも格上だ。
身体能力でもない、反応速度でもない、目の前の男が持つ『何らかの要素』が彼をブラッドよりも格上としている。
それが何なのか、ブラッドには分からなかった。
「俺はブラッド」
相手の性格を探るために、ブラッドは会話を試みた。
性格を把握する事で、相手の戦闘スタイルを先読みする事が可能となるからだ。
「ブラッド・エヴァンスだ」
「なるほど……ブラッド……」
先ほど嗅覚が感じ取った彼のイメージと、その名前の持つイメージが魔王の中でぴったりと重なった。
戦場で生き、戦場で死ぬために存在している。そんな名前だ。
「私は魔王。あのオディオとは違う、『ただの魔王』だ」
今の会話を受けて、ブラッドの脳が相手の性格を算出する。
……算出しようとした。
(……読めない)
トカ、ゲーのコンビのような不可解さとは違う。
あの2人は人間に理解不能な脳の構造をしているに過ぎない。
魔王の性格自体は、我々の持つ常識の範疇に収まっているのだろう。
だが、氷の檻の中に自らの心を隠す事によって、胸中をだれにも探られないようにしているのだ。
(やっかいな相手だ……)
魔王は、今まで対峙した事のないタイプの敵。
何もかもが未知数の敵だ。
(だが……)
それでも、自分達ARMSが乗り越えてきた困難に比べたら……。
あの世紀の厄災に比べたら。
(どうってことはない)
「俺は、俺の戦い方を貫くだけだッ!」
武器が変わっても、状況が変わっても、これだけは変わる事がない。
「貴様を倒して、また仲間達との『日常』へ帰ってみせるッ!」
ブラッドは駆ける。
かつての戦い、仲間達と共に戦ったときのように……。
この右手で、全てを破壊する!
「よし、ブラッド・エヴァンスだな……」
静かに佇む魔王の体が赤く発光した。
周囲の温度が見る見るうちに上昇し、景色がどんどん歪んでいく。
魔王の周囲を灼熱の炎が包み込んだ。
「……ッ!」
行く手を火柱に遮られ、たまらずブラッドが立ち止まる。
(これは『魔力』かッ!)
彼が先ほど感じた、『何らかの要素』。
魔王を自分よりも格上足らしめている要素。
それがこの『魔力』。
リルカが全力で作り出した炎よりも、ティムが全力で生み出した炎よりも大きい。
そんな炎を顔色1つ変えずに、この男は生み出している。
まるで呼吸をするように容易く。
「貴様の名前は、覚えておこうッ!」
火柱が、膨らんだ。
ただでさえ絶望的な大きさの火柱が、さらに大きく成長したのだ。
赤、赤、赤。
ブラッドの視界にある全ての物体は、このバケモノ炎に照らされるがまま赤く染まった。
「……ファイガ」
思いのままに荒れ狂う火炎を、魔王は指揮者のように手なずけて見せた。
そして短い呪文を合図として、一斉に撒き散らされる、火、熱、爆風。
「こんな……馬鹿なッ……」
ブラッドは世界が紅く染まるのを感じた。
それ以外、何も見えなかったのだ。
体が熱い。
燃える、全てが燃えて灰になる。そんなイメージが脳を支配した。
抗う術など持ちえていない。こんな高威力な魔法を体験した事はなかった。
その切望的な威力のおかげだろうか。
彼の判断は早かった。
撤退。
魔王の殺害を諦め、ここは一度逃げに徹する。
しかし辺りは炎に包まれている。
かなりの広範囲にわたって、この『ファイガ』という魔法は展開されているようだ。
おそらく見渡す限りは火の海だろう。
逃げ道など、存在しなかった。
◆ ◆ ◆
「……呆気ないものだな」
焼け野原となった大地を見渡し、魔王が呟く。
緑の草が生い茂っていた大地は、魔王から見渡す限り、黒く焦げ付いていた。
あの男、ブラッドの姿はない。
死体すら存在しなかった。
あの炎を受けて、バラバラに砕け散ったのだろう。
さて、他の参加者を探さなくては……。
ここで待っていてもよかったのだが、今の魔法を目撃した人間がここにやってくる可能性は低い。
炎の規模自体は大きいものであったが、所詮は一瞬のこと。
遠くからでは、一瞬だけ光ったようにしか見えないだろう。
ならば、こちらから他の参加者を探すよりほかない。
フン……と詰まらなそうに息を吐き出すと、魔王は振り返ることなく歩き出した。
【F-6 南部 一日目 深夜】
【魔王@クロノトリガー】
[状態]:疲労(小)
[装備]:にじ@クロノトリガー
[道具]:不明支給品0~2個、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝して、姉に会う。
1:敵を探して皆殺し。
[備考]
※参戦時期はクリア後。
◆ ◆ ◆
「……ぶはぁッ!」
水面から顔を出すと同時に、肺中に溜まりに溜まった二酸化炭素を吐き出し、酸素を詰め込む。
冷たい水流が体中の傷口に、チクチクと痛みを与えては去っていく。
危なかった。
あの魔法が直撃していたら命は無かっただろう。
敵の使った魔法が炎の魔法だった事、事前に川の位置を確認していた事が幸運だった。
川に飛び込むことで、なんとか生きながらえることはできた。
しかし、魔王のあの魔力……。
リルカやティムよりも、コキュートスさえも遥かに凌ぐだろう。
それに引き換え……。
「弱くなったものだな……この俺も……」
平和な世の中で暮らすうちに、こんなにも弱くなるものなのか。
戦闘力そのものや、戦いの勘は鈍ってはいない。
衰えたのは……『闘争心』。
あの時のような、アシュレーたちと共に戦ったときのような闘争心が欠けてしまっていた。
あの男は言った。
失ったものを取り戻す、と。
自分はどうだ? 戦ってまで欲しいものはあるのか?
命を賭けて守りたいものはあるのか?
それを見つけなくては……。
「今度こそ、命は無い……」
そこまでで、彼の思考は停止した。
今はこの疲れを癒す事にしよう。
深い眠りの後で、答えを探そう。
【G-6 川 一日目 深夜】
【ブラッド・エヴァンス@
WILD ARMS 2nd IGNITION】
[状態]:気絶、全身に火傷、疲労(大)
[装備]:ドラゴンクロー@
ファイナルファンタジーVI
[道具]:不明支給品0~2個、基本支給品一式
[思考]
基本:主催者を倒す。
1:気絶中。
[備考]
※参戦時期はクリア後。
※川に流されて南へ向かっています。
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最終更新:2010年06月19日 22:45