夜空 ◆iDqvc5TpTI



月。
銀色の月。
夜の闇を照らし、人々に安息を与え、導く光。
されど。
月はただ、道を提示するのみで、選ぶのも、進むのもその人次第だ。
天に輝くことはあれど、救いの手を差し伸べることは無い。
そして、今もまた。
無慈悲に、孤高に。
一つの戦いを見下ろしていた。


――黒い風が、また泣き始めた……


そんな月を背に、その男も赤きマントと蒼銀の長髪を揺らしつつ、頂きより大地を睥睨する。
魔王だ。
ブラッドと戦った後、人が集まるだろうと踏み、近場の施設を目指し移動していたのだ。
その考えは的中したようで、彼の見つめる先には男女二人の人間。
魔王は迷うことなく、ブラッドにしたように高みから飛び降り襲撃を仕掛ける。
だが、今度は金の虹を閃かせるよりも早く、氷の刃を煌めかせる。
ブラッドとの戦いは結果的には圧勝したものの、この島に居るものがクロノ達以外も決して無力ではないと男に教えていた。
故に、魔王は使い慣れない刀ではなく、自身の最たる武器――魔力を最初っから躊躇なく振るう。

「アイスガ!!」

つらら程のサイズだった氷が、空気中の水分を凍らせつつ大木もかくやというまで膨れ上がる。
落下軌道中に撃つには最適だと選択した魔法は、主の期待に応え重力加速を味方とし、加速。哀れな標的へと迫る。
果たして……。

情報交換に励みつつ、当面の目的地と定めた遺跡に向かっていたジョウイとリルカが、襲撃に気がついたのはほぼ同時だった。
真の紋章が輝き、宿主に警告を発する。
クレストソーサーとしての経験が魔力の急激な収束を捉える。
瞬時に、互いに危機を知らせようと口を開きかけ、目が合ったことで相手が気付いていると判断。
リルカは転がるように左に、ジョウイは大きく後方に跳び、その場を離れる。
直後、降り注ぎしは巨大な氷塊。
あと1秒でも退避が遅れていれば、取り返しのつかないことになっていたのは明白だった。
いや、過去形にしていいものでは無い。
襲撃犯と思われる男もまた、地に降り立ったのだから。

上手いやり方だとジョウイは舌を打つ。
翼なき人の身では、空において逃げ場は無い。
高所からの奇襲は相手の虚を突き確かに有用だが、万一発覚すればたちどころに自分が不利になる。
それが分っていたからこそ、この男は自身の放った氷柱を盾としても併用したのだ。
森の木々のせいで頭上が見えなかったことも痛い。
逆に男は邪魔な木を氷が粉砕したことで、無傷で地に足を下ろせる。

「いった~、いきなり何すんのよッ!!」

口ではそういいつつも、リルカもわかっているのだろう。
両手でしっかりと構えたワルキューレの矢先は、青髪の男へと向けられていた。
ジョウイもワルキューレと交換した回転のこぎりをいつでも起動できるようにボタンに手を添えながら、男を注視する。
やはりリルカ同様、額と両手には紋章は見当たらない。
代わりにとばかりに眼を惹くのは、先端を尖らせ細長く横に伸びた特徴的な耳。
ジョウイは相手の一挙一動に注意を配りつつ口を開く。

「その耳、あなたはエルフ族、ですか?」
「ノーブルレッドッ!?
 嘘、マリアベル以外滅んだんじゃないのッ!!」

奇しくも、リルカもその耳の形状に思い至ることがあり声をあげる。
聞いた話では、マリアベルとは吸血鬼の少女らしい。
そういえばリオウの仲間にも一人いたみたいだが、耳は人間と変わらなかったはずだ。
内心首を傾げるも答えを待つジョウイ。
先刻の攻撃から相手が殺し合いに乗っているのは承知している。
それでも、情報は重要だ。
例えば、ジョウイの考察通り彼がエルフなのだとしたら人間嫌いな彼らだ。
襲撃してきたこともわかるし、利用する方法にも繋がる。

果たして襲撃犯の返した答えは、二人の予想とは異なる、否、予想し得ないものだった。

「魔王……。オディオとは違う、されど、貴様たちに死を与える者だ」

名簿にも示されていた名前。
訳がわからないと数分前に二人して首を捻った名を冠する男は。
話は済んだとばかりに素早く踏み込み斬りつけてくる。
狙いは魔王にとって手前に位置するジョウイだ。
かくして戦いの火蓋は、切って落とされた。

ギャリギャリと、ギャリギャリと。
異音と共に刃は回る。
リルカから聞いたチェインソウという別名や外見から、火炎槍の一種かと踏んでいたが、槍よりもむしろ剣に近いらしい。
もっとも扱いやすさに関してはかなり癖が強いようだけど。
バランスの紋章の助けもあって、ジョウイは振動に引きずられることなく、回転のこぎりを振るう。
幸い、相手の武器との相性は良い。
切断する際手前にスライドさせて、力の向きを切断物に対し直角からそらして加えてこそ、最大の切れ味を発揮する刀では、
常に刀身が回転し続ける回転のこぎりで受け止める限り、その斬撃は上手く決まりはしない。
邪魔な木も、用途に添うのこぎりの刃を止めれるわけもなく、切断され、障害足り得ない。
加えて数の利もある。

「ええいッ!!」

刃零れを恐れ、直接打ち合うことを避け後退した魔王に矢が射られる。
リルカだ。
情報交換時に渡したワルキューレを彼女は不慣れながらも頑張って物にしていた。
命中率自体はまだやや低めではあるが、援護のタイミングに関しては申し分ない。
元々彼女が得意としていた魔法は主に単体を狙い撃つ物。
クロスボウという武器の特性上、次弾の装填までに間が開くという欠点もなんのその。
精神力ことフォースに魔法の発動条件を左右されるクレストソーサレスは、射ちどころを弁えている。
前衛ジョウイ、後衛リルカ。
即席ながらも中々のコンビネーションだった。
並大抵の人物では徐々にだが、押されていったことだろう。

この場では無意味な仮説だ。

運が悪かった。
男は一つの世界、一つの時代を震撼させた魔王なのだ。
どれほど即席としては優れていても、装備等が万全の状態とは言い難い二人に、太刀打ちできるものでは無かった。

「魔蝕の霧よ……。黒き風に乗りて、全てを蝕め……」

身を穿たんとした矢を切り払い魔王が力ある言葉を発する。
刀を持たぬ左手に集うは人には稀にしか発現せぬ冥府の力。

「ダークミスト!!」

圧倒的魔力により編まれ、収束していた魔の霧が、吹き出し、拡散し、獲者達を包み込む。
爆発するわけでも氷結させるわけでもなく、表立って脅威とはとれない霧は、しかし、ジョウイとリルカの体力を早急に吸い上げて行く。
よく見れば彼らの周囲の木も朽ちて枯れ果てていた。

「くっ!!」
「嘘、でしょ……」

霧に侵され、立つだけの力さえ失ったリルカが崩れ落ちる。
ジョウイもまた倒れてこそはいないものの、剣を地に突き立て杖代わりすることで、膝をつかないのが精一杯だった。
一撃。
たったの一撃で勝敗は決したのだ。

「ほう? ちっぽけとはいえ魔力に耐性があるか。ふむ、あの男のように一撃とはいかぬか」

くっくっくと笑みを浮かべ、止めを刺さんと魔王は歩を進める。
言に反して不満そうには思えない魔王の様子にジョウイは理解した。
同じだ、と。
この男もまた、ルカ・ブライト同様、虫けらでも潰すように、指一本、魔法一つで、幾多もの命を奪い続けてきたのだと。
そのことを責める資格はジョウイにはない。
どんな大義名分があろうとも、彼は己が勝手で、終わらせれるはずの戦争を長引かせ、直接手を血に染めもした。
だから。
魔王の言葉に覚えた引っ掛かりを問うたのはリルカだった。

「あの男って……。あなた、まさかッ!!」

甘いと自覚しつつも、友のことでないことを心のどこかでほんの僅かにジョウイは祈る。
決着はこの手でつけたいからと言い訳して。

――その願いは幸か不幸か叶うこととなる

「御名答、とでも言っておこうか? ああ、私は既に、一人殺しているぞ。あの男」

傍らの少女の仲間を犠牲として。



え?
告げられるはずの無い告げられてはいけない名前に、リルカの思考は一瞬の白き闇に覆われる。
ブラッド。
ブラッド・エヴェンス。
戦闘能力に関してなら、ARMS最強とさえ言われる人物。
力だけではない。
冷静な判断力と、静かなれど熱い心を併せ持つ男。
その彼が。
死んだ?
眼の前の魔王に、殺された?

「そ、んな。そんなのって、ないよ。ブラッドだよ?」

前にもこんな気持ちになったことがあった。
リルカは思い出す。
あれはオデッサの作戦を阻止するため、エネルギー供給施設を破壊しに行った時のこと。
ブラッドは作戦を成功させるために、自ら死地へと向かった。
悲しかった。
そうなってしまったのは、ブラッドにそんな役目を負わせてしまったのは、敵の策略に嵌りリルカ達が彼を疑ってしまったからで。
みんなで後悔して。
それでも前に進もうとアシュレーを始め頑張って。
咄嗟の機転で生き残っていた彼に助けられ、再会できた時、すごく、すごく、嬉しかった。
なのに。

「そうだよ、今回だって、あの時のようにさ。死んだと見せかけて、おいしいところでわたし達を」
「ヤツは死んだ! 弱き者は虫ケラのように死ぬ。ただそれだけだ……」
「なんでッ!! どうしてッ!! 魔法は何でもできる力なのに。それ程の魔力を持ってて、魔法をちゃんと使わないのッ!!」

リルカは声を荒げる。

――魔法はね、ちゃんと使えば、何でもできる力なんだよ

もうこの世に居ない、憧れる姉の言葉と、自分の想い。
大事な、大事な、二つを胸に。
男もまた、姉を失った存在だとは知りもしないで。

「……何でも、できる力?」

魔王の表情からは一切の笑みも余裕も消えていた。
ただただ地下深く煮えたぎるマグマのような、暗くも激しい怒りが浮かんでいた。

「ならば、何故、私は、俺は、姉一人救えなかった!! そうだ、何もできはしない。魔法は何も与えてはくれなかった!!
 魔法技術が発展していたからこそ魔神器が作られ、ラヴォスから吸い上げた力に母は魅せられ豹変した!!
 魔力が高かったからこそ、姉はラヴォス復活に利用され、使い潰され、あらゆる時からも姿を消した!!」

魔に魅入られた女王ジールは葬り去った。
星に寄生し、その命を喰らい進化し続けたラヴォスにすらも、クロノ達の力を借りてとはいえ復讐を果たせた。
絶大な力。
人の身でありながら魔族をも統べる強大な魔力。
優しい母も、最愛の姉も、取り戻すことの叶わなかった、無意味な力。

魔王は泣いているようだった。
一人は寂しいと悲鳴をあげる子どものように、普段の彼からは考えられぬほどに喚き散らしていた。
自身でも情けないと思いはするが激昂は収まらない。
リルカの訴えもやむことは無く。
姉を魔法に奪われた二人の人間は、されど逆の位置に立ち、互いに一歩も退かなかった。
口を使っていてはどこまでも続く平行線だ。
口論の終わりが、暴力により訪れるのは当然の帰結だった。

「魔法はなんでもできる力? ふざけるなっ!! 魔法など壊し、殺し、奪う。ただそれだけの力なのだ!!」
「違うッ!!」
「黙れ。貴様は、実に耳障りだ!! 爆ぜろ、薄汚く肉片を撒き散らしながら!! 久遠の闇に抱かれて!!」
「いけないっ!!」

自分が眼中になく、リルカを狙う魔法が放たれることを察したジョウイが、デイパックより引き抜いた一本の剣を魔王に投げつけるも。
破れかぶれの一撃は、魔王を捕らえることは無く金色の虹の一閃と共に弾き返される。
迂闊さを呪い半身を逸らすことで剣を回避するも、助かるのはジョウイのみ。
地に両手をつき、伏した上半身を起こした状態であったリルカの前には、漆黒の宝玉が顕現していた。
違う、物質ではない。
高密度に圧縮された魔力の渦だ。
リルカに接触し砲丸ほどの大きさのある球が震える。
拡散させることなく貯め込んだ力が、衝突の刺激で臨界点を超え一気に暴発する!

「ダークボム!!」
「う…………あ、…………」

悪魔が翼を震わせるかの如き爆音が響き、餌食の断末魔さえをも喰らう。
小さな少女の身体は、血肉を欠けさせながら襤褸雑巾のように吹き飛び、ジョウイの頭を超えて行き。
枝葉を折り、鈍い音を響かせ、地へと墜落した。

「フン。我が前に立ちはだかる者は一人残らず消す。貴様にも聞こえるだろう。黒い風の音が……」

死人に口なし。
ようやっと心を乱すパルスを遮断した魔王は、次はお前だとジョウイに刃をかざす。

「そうだね。君の……言う通りだ、魔王」

リルカに魔王が気を取られているうちに貯め込んだ体力を振り絞り、ジョウイは立ち上がる。
死を受け入れたのではない。
生を諦めていない証拠に突き出すは右の腕。
手の甲に刻まれしは、先刻投擲した剣に似た赤黒い紋様。
リルカには武器攻撃力が上がる物だと説明していたそれこそが。
世界の根源を司ると推測される真の27の紋章のうちの一つ。
始まりの紋章が片割れ、黒き刃の紋章。

「魔法は、紋章術は。どれだけ強力でも、決して万能なんかじゃない」

その強さがあれば、全てを守れると思った。
ルカ・ブライトを利用し、一国の王にまで登り詰めた。
そこまでして尚、次々と掌から零れ落ちるのを止めることはできなかった。

「ピリカの両親や、ナナミ、シードにクルガンを生き返らせられはしない」

ジョウイの力では、無理だ。
失ったものは二度と手に入らない。
ジョウイ自身の力では。

――どのような薄汚い欲望でもよい。何でも望みを叶えてやる

魔王オディオはそう言った。
ナナミに関しては、危機一髪で治療が間に合ったという考えも捨てきれない。
だけど、ルカ・ブライトは違う。
この眼で死体も確認したのだ。
狂皇子は、死んだ。
死んだはずの名前が、名簿にはあった。
死者蘇生。
誰にも不可能だと思っていたこと、軽く成し遂げたあの魔王の力なら。

「それでも、だからこそ。ぼくは、平和な世界を作ってみせる」

ジョウイは賭けた。
オディオに、彼の力に。
チップは、自らの命。
配当は、自分以外の他の誰もの幸せな明日。
ゲームの種目は、バトルロワイヤル。

「その為にも。まだ……、死ねない!!」

獣の紋章を抑える為に酷使した黒き刃の紋章。
後どれだけ反動に耐えれるかは分らない。
リルカを見捨てず、自身が逃げづらい前衛に立ってまで封じていた文字通り最期の切り札。
切り札足り得る最強の破壊の力。

黒き刃が歓喜の声を上げ、紋章が光を得る。

出し惜しみはしない。
まずはこの危機を切り抜ける。

魔王も紋章を脅威と察し、数度目の魔法を唱えようとして。

「万能じゃ、ない? 当然、だよ。一人で、全部できるわけ、ないじゃない」

闇と黒は、形を得るよりも早く、赫き風に祓われた。

「魔法はね、誰にでも使えて。そして――何でもできる力」

ジョウイは目を見張る。
魔王さえも、驚愕していた。

「クレストソーサーなんかじゃない。紋章術とかいうのとも多分違う。
 誰しもが、持ってる、その人にしか、できないこと」

赤、紅、朱、赫、あか、アカ、AKA。
世界は赤一色に埋め尽くされていく。
禍々しいまでの赤、毒々しいまでの朱。
具現化するまでに濃密な魔力の奔流。

「わたしなら、失敗しても、躓いても絶対にめげないこと。それが、魔法。そう、誰にだって、できることはあって。だったら……」

そんなあかい世界を引き連れ中心に佇む少女は。
リルカ・エレニアックは。

「みんなで、なら。わたし達は、なんだって、できるッ!!」

狂い咲く血の色に染まることなく。
瞳に凛然とした意思を宿し、お陽様のような笑みを浮かべて。
言い切った。
彼女がARMSで見つけた、彼女の答えを、彼女の魔法を。
勝者が一人しかいないバトルロワイアルを否定する言葉を。

「リルカ、無事だったんだね」
「うん、わたしを助けようと、ジョウイが投げた剣のおかげでね」

我に返り、やっとのことで話しかけたジョウイに、リルカが掲げるのは確かに覚えのある武器だった。
しかし、同時に全く知らない剣へと変化していた。
力だ。
不吉な形ではあるものの支給品をチェックした時は何の変哲もない剣だったそれは。
今や赤きオーラを纏った一本の魔剣と化していた。

「だから、今度はわたしが、助ける」

ミスティックにより強引に本来の力を叩き起こした紅の暴君――キルスレスを手に、リルカが庇うように前に立つ。

「ジョウイは、逃げて」

言いつつもリルカは魔剣に意思を通わす。
ミスティック。
リルカ達の出身であるファルガイアにおいては、強い意志や想いは精神論だけではなく実際の力として具現化して現われやすい。
裏を返せば、心を持たない機械や道具は設定数値以上の力は発揮できないということだ。
その限界を突破させる技巧がミスティックだ。
自身のフォースを分け与えることにより、あたかも道具が意思を得たかのような状態にし、秘められた力や規定以上の能力を引き出せるのだ。

リルカが魔剣にミスティックをかけたこと自体は偶然だった。
死に至る傷を負ってさえ生を諦めなかった少女は、地を這いなんとか前へと進もうとした。
その手が自身と同じく魔王の手により打ちつけられた魔剣に触れたことも偶然。
クレストグラフを必要としないミスティックに全てを託したのも偶然。
キルスレスが刀身に担い手の心を乗せるという構造上、フォースが浸透しやすかったことも偶然。
契約者を失った剣が、紛い物でもいいとリルカを生かそうとしたのもまた偶然。
だがしかし、それら全てはリルカが生きて護り抜こうと足掻いたからこそ起きた必然也。

――奇跡は待つものではない。奇跡は、自分の手でおこしてこそその価値があるのだ

うん、忘れてないよ、アーヴィング。
リルカの意のままにキルスレスより光が漏れ、ジョウイへと注がれる。
赤き波動がみるみる失われた活力を補っていく。

「力が、戻ってくる?」
「真紅の、鼓動。ジョウイも癒せるよう、範囲を広げてみたんだ。これで、もう、走れる、よね?」
「リルカ。それじゃあ、君が……」
「あ、その、わたしは、へいき、へっちゃら、だよ?」

不安を顕わにするジョウイに笑って誤魔化すも、リルカは既に限界だった。
宿主を生かそうとする剣の力でぎりぎり死の淵より戻って来れたに過ぎない。
気を抜けば、そこで終わり。
息切れする身では喋ることすら流暢にはいかない。

「おっきいの、撃つから。離れていてくれないと巻き込みかねないんだ」

間違ってはいない。
でも、正しくもない。
知識とともに剣より流れ込む破壊の意思。
万一乗っ取られたら、危害をジョウイにも加えかねない。
それに、自分を責めてほしくもなかったから。

――壊せ、殺せ、破壊しろ、我らと同じ苦しみを、肉を削ぎ落される痛みを、焼き払われる恐怖を、踏みつぶされる嘆きを、与えろ、あらゆる命……。

念が途切れる。
魔剣から引き出していた力もだ。
ミスティック一回ではこれが限界。
剣もそのことを理解しており、僅かな時間で己が全ての知識と意識を一遍に流し込もうとする為、リルカが受ける負担は常の伐剣者以上のもので。
只でさえ適格者ではない少女の心は急速に蝕まれていく。

「……わかった」
「あ、それと、これ、持ってって。わたしが剣、持ってっちゃうし」

耳につけていたキラーピアスを外して渡す。
接近戦をこなせるジョウイなら、きっと役立ててくれると信じて。
軋む心を押し込め、リルカは笑う。

「元気があれば、何でもできるから。ジョウイは、ジョウイの、魔法を見つけてね」
「後で返すから。無事でいてくれ」

身を翻し、背を向け、駆けだすジョウイを見送るリルカ。

「逃がしはせぬ!!」

黙って見過ごすほど、魔王は甘くは無い。
リルカのミスティックよりも早く、新たな魔法を詠唱。
凝縮された魔力のうねりは疑似的なブラックホールと化し、強力な引力を発生。
逃走しだしたジョウイを笑うかのように、引き寄せ、リルカともども飲み込む……筈だった。

「な、に?」

中空に浮かんだ黒き点が消えていく。
魔王が制御していたはずの魔力は、集うことなく虚空へと散開して行く。
その有り得ない現象を前にして、流石の魔王も、いや、魔王だからこそ困惑した。
これまで魔力の扱いで彼が失敗したことは無かったのだから。
正気に戻った時にはもう遅い。
ジョウイの姿は刻一刻と小さくなり、3度ミスティックで魔剣を始動させた少女が立ちはだかっていた。
魔女っ子は魔王へと告げる。

「『魔法』……見せて、あげるよ」

再度、赤き風が吹きすさぶ。
現実に、リルカの心に。
ある一つの島で起きた戦争における犠牲者達の憎悪や怨念が寄り集まり生まれた存在――ディエルゴ。
人一人が抑えるには強大すぎる彼の者を受け止める覚悟をする。

「……――ス」

島一つがなんだ。
リルカは知っている、世界一つの負の感情を取り込み育った焔の魔神に負けることの無かった一人の青年を。
彼が味わった辛さに比べればこのくらい。

――へいき、へっちゃらッ!

「――セス」

ずっと、見てきた。
好きだったから。
大好きだったから。
だから、唱える。

「……クセスッ!」

ホクスポクスフィジポスが元気が出るおまじないなら、それは、立ち向かう勇気の出るおまじない。
人を好きになった証。
自分も好きになれた想いの結晶。
届くことはないけれど、抱いてよかったと思える一つの魔法。

「アク、セスッ!!」

――アシュレー、お姉ちゃん、見ていて。わたしの、魔法を

閃光。
紅が、爆発した。

魔王にとって今夜ほど数多も驚いた夜は無い。
眼を焼く光が晴れ、視界を取り戻した時、敵対する少女のみが様変わりしていた。
各所に彩られていた魔力のアンプは光臨を為し、羽織っていたマントは魔力に耐えきれずにずたぼろになり、マフラーのように靡いている。
代わりとばかりに白く変色しほどけた髪は背を覆い隠さんとするまでに伸び、眼の色もまた真紅へと移ろっていた。
最たる変化は、右腕だ。
血のような赤い色に縁取りされた黄金の剣。
棘の付いた大小二つの輪と連なったその剣は少女の細腕から伸びていた。
融合、しているのだ、剣が、リルカと。
外見だけではない。
リルカに満ちる魔力は、魔王のそれと比しても上回るまでに膨れ上がっていた。

「剣の……魔女……」

自然と魔王の口から零れ出る呼び名があった。
伐剣者、いや、敢えてこう呼ぼう、抜剣者――セイバーと。
ある王朝の言葉にて、救い、切り開く者の意を冠した本来の名を知らずとも、見る者にそのことを呼び起さす何かが今のリルカにはあった。

「そんなんじゃないよ。わたしはリルカ。エレニアックの、ううん、ARMSの魔女っ子、リルカ」

首を横に振り、否定するリルカ。
本格的に抜剣し覚醒したことで、彼女を襲う圧迫は力を小出しにしていた時とは段違いのものになっていた。
思考領域を次々と冒されていく。
それでも分っていることはある。
わたしは『戦える』ということが。

この『痛み』も『姿』もわたしが手にした護る為の『力』なんだ。

「認めん!! 俺は認めんぞ!! 貴様も、貴様の魔法も!!」

魔王の身体は震えていた。
かって海底神殿でラヴォスに魔力を吸われ敗北した時のように、恐怖で。
果たして彼が本当に揺さぶられたのはその身体なのだろうか?
心が。

――どうか母を、この国を…… 憎まないで……

心が、大切な誰かの最後の言葉を思い出してしまったからではないのだろうか?

「や……、やられぬぞ俺は……!貴様に、だけはああああああああ!!」

自らの全てを否定する敵を前にして魔王は持てる最大の魔法を紡ぐ。
天に白きトライアングル、地に黒き正三角形を。
回転し折り重なる果ては六芒星。
召喚するは命許されぬ冥界。
現世と冥府、この世とあの世を入れ替える、禁忌中の禁忌。

「ダーク、マターーーァァァァァアアアアアアアアアアア!!」

リルカも、遺跡も、下手すれば僅かに背が見えるジョウイをも巻き込み、ウツツを噛み砕かんとする地獄のアギト。
迎え撃つは、ツルギ。
どれだけ莫大な魔力でも束ねられなければただの有象無象に過ぎない。
固められることのない砂は風の一吹きで軽く飛ばされる。
リルカの手にその為の道具であるクレストグラフは無い。
残っているのは我が身のみ。
故に少女は暴走召喚の手順を応用し、己を媒介にして過剰なまでに力を集わせる。

「オーバーヒート」

イメージする。
一人、核兵器ドラゴングラストヴァインに立ち向かった大好きな人の姿を。
束ねる、拡散しようとする魔力を、自身の周りに。
いつしか少女の内から吹き出そうとする魔力は一つの形を成していた。
闇を切り裂き天高く舞う不死鳥の形を!

「――ファイナルッ」

リルカは地を蹴り、フォースの影響か金色を帯びた赤き鳳凰の嘴たる魔剣を閉じ逝く世界に突き立て、トリガーを弾く。
空気を送り続けた風船に、最後の一押しを。

「バアーストォォォォォォオオオオオオオオオッ!!!!!!」

刹那、限界までに器を満たした魔力が遂に行き場を無くし破裂した。



綺麗な、空だった。
月が輝き星が躍る綺麗な空だった。
でも、やっぱり、お陽さまが、いいな。
仰向けに倒れ込みながらリルカは思う。
魔王の姿も、彼が呼び出した闇も、生い茂っていた木々も、どこにもない。
空が見えたのは、こういうことか。
ちょっと、やりすぎちゃったかな?
少し、遠くを見る。
遺跡はやや外壁が崩落しているものの、無事だ。
これなら、ジョウイも多分、大丈夫。
ブラッドだって、信じるって決めたんだから、最後まで、生きてるって信じよう。
……わたしは、ちょっと、だめみたいだけど。
崩れゆく中リルカは謝る。
ごめんね、みんな。
みんなでいっしょに帰ろうって約束、今度は、わたしが破っちゃいそう。
テリィ、受験、受けられないや。

――もう逢えないことよりも、みんなに出遭えたことが嬉しい

思い出の中から囁かれるその言葉にリルカは頷けない。
無理だよ、アーヴィング。へっちゃらじゃ、ないよ……。
誰かを護れたことが、嬉しくて、嬉しくて、

「……ああ、死にたく、ない、なぁ」

アシュレーや、みんなに会え、なくなることが、す……こし、だけ、悲しい……。

天へと伸ばした少女の手は、何を掴むことなく、誰にも掴まれることなく、遅れてきた黎明の光の中、砕けて、消えた。




【リルカ・エレニアック@WILD ARMS 2nd IGNITION 死亡】
【残り46人】


「すまない、リルカ……」

少女の嘘を見抜けないほどジョウイは愚かでは無かった。
殿を務める形になった少女はもうこの世に居ないだろう。
何度も何度も繰り返した光景だった。
ハイランドの王であるジョウイ。
彼を先に進めるため、理想に殉じた何万もの兵が散っていった。

そして、今日もまた一人。
彼を庇って、少女が、死んだ。
無駄には、しない。
ジョウイは誓う。

「ぼくにしか、できないこと」

王として、戦争の無い平和な世界を作ること。
誰もが笑っていられる理想の世界。
成程、確かに『魔法』だ。
魔法でもなければ叶えられない。

同行者は失ってしまったが手に入れたものはある。
リルカから得た情報、特に異世界の実在。
そしてこの眼で見た魔王の脅威。
あの男は紋章もクレストグラフという道具も持っていなかった。
なのに術を使えていた。
どうやら自分の常識に縛られていては、命を落としかねないようだ。
やはり、まず必要なのは情報――つまり

「みんなの、力か」

今回は失敗してしまったが、当初の方針に間違いは無かった。
魔王に取り入るという手もあったが、ああも表立って殺し合いに乗っている人物のもとに居ては、人も情報も集められない。
ルカにぶつけられれば、互いに深手を負わせられたかも知れないが、その状況では間違いなくジョウイも煽りをを受ける。

「あの二人が減らしすぎないうちに、誰かと合流したいとこだけど」

地図を見る。
ここからなら名のある施設は巨木と花園が近い。

「叶えよう、ぼくの願いを。ぼくを信じてくれたクルガンやシード、兵たちの為に。
 ぼくを愛してくれたジルの為に。ぼくを慕ってくれたピリカの為に。
 ぼくを守ってくれたリルカの為にツっ」

突然生じた痛みにジョウイは顔をしかめ気付く。
キラーピアス。
意図せず握りしめ右手の肉を抉ったそれを、ジョウイは何も言わずもう一度強く握りしめた。

【E-7 南部 一日目 黎明】
【ジョウイ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)、右手のひらに切り傷
[装備]:キラーピアス@ドラゴンクエストIV 導かれし者たち、回転のこぎり@ファイナルファンタジーVI
[道具]:ランダム支給品0~1個(確認済み)、基本支給品一式
[思考]
基本:更なる力を得て理想の国を作るため、他者を利用し同士討ちをさせ優勝を狙う。(ルカや、魔王といった突出した強者の打倒優先)
1:利用できそうな仲間を集める。 花園or大樹に向かう?遺跡方面(南西)から離れる。
2:仲間になってもらえずとも、あるいは、利用できそうにない相手からでも、情報は得たい。

[備考]:
※名簿を確認済み。
※参戦時期は獣の紋章戦後、始まりの場所で2主人公を待っているときです。
※リルカと情報交換をしました。ARMSおよびアナスタシア、トカ、加えて、カイバーベルトやクレストグラフなどのことも聞きました。
※魔王のこともあり、紋章が見当たらなくても、術への警戒が必要だと感じました。常識外のことへも対応できるよう覚悟しました。


遺跡。
古き時代の遺産。
過ぎた歴史だけを奉じられた死者だけを友とし、生きる者を拒んでいたその最下層で瓦礫を押しのけ蠢く影があった。

「魔王が魔法に討たれるか……。それもそれでおもしろいと思ったのだがな」

ダークマタ―を消し飛ばされた時、ふと、姉の、サラの姿が魔王の脳裏に浮かんだのだ。
クロノ達は、いわば正義の味方だ。
時を旅する力を、遅かれ早かれ悪用されないよう廃するだろう。
そうなれば、誰がどことも知れぬ次元の彼方に消えた姉を助けることができようか?
魔王をおいて他には居なかった。

「フン。マジックバリアが間に合ってさえ、この様か」

致命傷さえ負わなかったものの、魔王は衝撃に吹き飛ばされ、何層もの床を破って地下へと落ちていた。
状況を把握した途中からは、自ら進んで魔法で床を壊し、着地時もダークボムの爆風で速度を緩めたとはいえ、ダメージは大きい。
もっともあれだけの威力だ。
攻撃に徹していた術者である少女も恐らくは反動で塵一つ残さず消滅しただろう。
四肢が無事なことと合わせて僥倖だと素直に思える。
上層を見上げる。
天井は、目では確認できないほど上だ。
今からこの身体で地上に帰るのは、一仕事だと判断し、魔王は休息を選ぶ。
流石の彼も、自身で壊したこともあって、まさか地下50階まで貫通したとは知る由は無かったが。

「みんなで、か」

魔王を打ち破ったカエルはクロノ達多くの仲間と共にいた。
ラヴォスとケリをつけるのに際し、魔王も彼らと共闘し、一人ではできないこともあるのだと知った。
少なくとも、オメガフレアやダークエターナルを他人の協力なく撃てはしないというぐらいには。

「一時的に他人と組むのも、ありかも知れぬな」

おあつらえ向きに用意されていた豪奢な玉座に身を埋める。
サイズが大きすぎることこの上なかったが、逆に横になるにはちょうどいい。
昂ぶっていた心が次第に落ち着きを取り戻していく中、ブラックホールが使えなかったことも含め考える。
姉と再会するという魔法を、魔王としてでなく、彼女の弟であるジャキとして唱える為に。


【F-7 遺跡(アララトスの遺跡ダンジョン50階) 一日目 黎明】
【魔王@クロノトリガー】
[状態]:疲労(大)、全身打撲、瓦礫による擦り傷多し
[装備]:にじ@クロノトリガー
[道具]:不明支給品0~2個、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝して、姉に会う。
1:休息をとる
2:敵を探して皆殺し
3:場合によっては他人と組むことも視野に入れる
[備考]
※参戦時期はクリア後。
※ブラックホールが使用できないことに気付きました

※リルカの死体は砕け散りました。
 遺跡の入口より少し離れたところに、リルカの首輪と基本支給品一式入りのデイパックが落ちています。
 イヤリングは死体とともに消滅しました。
 紅の暴君も地に突き刺さってはいますが、ミスティックの効果が切れている為、ただの剣です。
 尚、イスラが死亡後参戦な為、彼との契約は切れています。再契約は可能かと。
※F-7中央部の森林が度重なる激闘の余波で消滅しました。荒れ地になっています。
 地に転がっていたワルキューレ@クロノトリガーも巻きこまれ消滅しました

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013:ブラッド、『炎』に包まれる 魔王 069:時の回廊
004:彼女の魔法、彼の理想 ジョウイ 063-1:ビッキー、『過ち』を繰り返す
リルカ GAME OVER


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最終更新:2011年08月08日 21:02