守りたいもの、生きるべき人 ◆6XQgLQ9rNg



 暗闇に閉ざされた山が圧倒的な静寂に支配されていて、人の気配を感じさせない。月光の届かない深い森には濃縮された闇の塊が落ちている。
日の出へと向かっているが、まだ夜と呼べる時間帯。
葉は揺れず枝はたわまず大気に震えはない。
光のない世界にあるのは、影。夜闇と同化し音を立てず気配を殺し、一つの影が疾駆する。
赤茶色の髪をしたその影――ジャファルは、暗闇を物ともしない。

当然だ。
アサシンにとって闇は恐れの対象ではなく、絶対的に頼れる味方なのだから。
闇に溶けて標的に接近し、瞬時に仕留めるのが、ジャファルの戦闘スタイルだ。
恐怖心や威圧感を与える闇は多くの人間にとって枷となる。だがジャファルは、それを逆手にとって戦える。故にジャファルは、今のうちに可能な限り敵を減らしておきたいと思う。

敵とは、誰か。
そんな疑問など、考えるどころか思うまでもない。ニノ以外の参加者は、全てが敵だ。敵は排除する。ただ、ニノのためだけに。
 矛盾であり欺瞞だと思う。光を与えてくれた少女のために、心を闇色に染め上げようとしているのだから。
 その行為は、ニノがくれた光を捨てるということだ。それは彼女に対する裏切りなのかもしれない。
 それでも、止まるつもりなどない。意思を曲げるつもりなどない。とうにこの手は血に塗れている。体には血の臭いがこびり付いている。 
 だから、躊躇なく無慈悲に人を殺せる。呼吸の如き当たり前さで、命を奪える。
 目的はニノを守るため。たった一人のために、身勝手に我儘に殺戮を繰り返していく。
 そう、全てジャファルの独断だ。
 だからこそニノを言い訳にしない。守るためには仕方なかったとか、彼女のために死ねとか、そんな戯言を押し付けるつもりなど毛頭ない。
 ジャファル自身が、彼女に生きてほしいと望むから。彼女は死ぬべきではないと思うから。

 ジャファルは、往く。
 光差さない黒の心に生まれたその感情を拠り所にして、修羅の道を、自らの意志で突き進む。
 敵を探し、闇が満ちる山中をひた走る。物音一つ立てず気配を消しながらも、速さを保ったままで。
 闇は常にジャファルの味方をする。闇は決して、アサシンを裏切らない。
 故に。
 足を止める。闇の中を漂う気配を肌で感じ取っていた。微動だにしないまま、気配の出所を探る。
 耳をそばだて皮膚に意識を通わせる。闇に交じる異物を探り出していく。
 木の上、草叢の奥、枝葉の中。見えざる場所にも注意を飛ばし洗い出す。
 黙して行われる闇との対話に、長い時間は無用だ。
 対話の終わりを示すために、ジャファルは膝を浅く曲げた。それをばねにして、音も無駄もない跳躍を生む。 
 宙でアサシンダガーを構えた身が、不規則に林立する木々の向こうへと跳んでいく。

 そこにいる、鋭い目つきをした三つ編みの女の命を刈り取るために。
 ジャファルの強襲を察知した女の表情に、驚愕と焦りの色が浮かぶ。
 気になど、留めない。
 一撃で仕留めるべくアサシンダガーを突き出す。微かな風鳴りを置いて駆ける刃は、正確に女へと迫っていく。
 閃いた暗殺の刃は、しかし、肉を裂かず血を吸わずに空を切る。
 予想以上に機敏な動きで女は後ろに下がり、そして。
 その姿が、前触れもなく消失した。

 ◆◆

 鼓動が異常なほどに昂ぶり、熱毒に侵されたように体が熱く、呼吸が荒い。
 死そのものが怖いわけじゃない。だが、何も為せずに死ぬのだけは怖かった。
 幼馴染を――世界を守る宿命を背負った勇者を守れずに命を落とすのは、本当に怖い。
 それから逃れるようにして、シンシアは、突然の一撃を辛くも回避して距離を取り、すぐさま隠れ蓑に身を隠すことを選択していた。
 奇襲を成功させるには、こちらが気付かれていない状態で、敵を発見する必要がある。
 深い夜闇が落ちる森では、その前提条件を満たしやすい。
 また、モシャスの効果時間を考慮すれば、今のうちに奇襲をかけて敵を殺していくのが最善だと判断していた。

だが深い闇は、自分だけに与えられたアドバンテージではない。
 変身した身体と不思議な靴のおかげで辛うじて避けられたが、普段のシンシアなら確実に殺されていただろう。
 迂闊だった。 
 自身が弱いと分かっているにもかかわらず、積極的に動こうとしたのは、強い焦燥感に衝き動かされたせいだ。
 早くユーリルと合流しなければ、と。彼を守るために急いで為すべきを為さねば、と。
 その焦りが、シンシアから冷静さを奪っていた。
 隠れ蓑の下で深呼吸をして、内省する。
 これでは駄目。こんなザマでは無為に命を散らせてしまう。それは嫌。それだけは嫌。絶対に嫌。
 落ち着けと内心で繰り返しながら、シンシアは思う。

 ――あの男を放っておくわけにはいかないけど、正面切って戦うのは危険。だったら、ここはやり過ごして……。

 思考が、遮断される。
 隠れ蓑越しの視界が、未だ佇む襲撃者の姿を捉えたせいだ。
 男はただ、そこにいる。
 微動だにせず、シンシアを探そうともせず、表情一つ変えず、そこに居る。
 全く気配を感じられなかったせいで、また、隠れ蓑の利便性を先ほど体感したせいで、すぐには気付けなかった。
 一体何をしているのだろうと疑問に思う。
 当然、声にはしない。だから、男に伝わるわけがない。
 そのはずなのに。そうに決まっているのに。

 男の、冷たく無感情な視線が、シンシアのそれと衝突した。

 心臓が、一際大きな音を立てて跳ね上がった。
 全身から冷や汗が噴出す。掌がじっとりと湿り、口がからからに渇く。耳につくほどに鼓動は大きく、男に聞こえてしまいそうで不安になる。
 見えているはずがない。気付かれているはずがない。悟られているはずがない。大丈夫だ。大丈夫、大丈夫に決まっている。
 そんな、祈りにも似たシンシアの胸中を見透かしたように。

 男が動いた。
 最小限の挙動で最大限の効果を生む一歩を踏み出し、瞬く間に疾走へと繋げる。
 男が向かう先は、シンシアの望む方向では、ない。
 静かに地を蹴った男は真っ直ぐに突っ込んでくる。視線をこちらに固定して、だ。
 あてずっぽうにしては迷いがない。適当にしては揺らぎがない。
 故にシンシアは確信する。否、確信させられる。
 あの鋭い瞳は間違いなく、こちらを捕捉している、と。
 疑問に思う暇はない。何故と考える時間はない。悠長にやっている間に、男は首を狩りに来る。
 必要なのは正確な現状の認識と、的確な対応だ。
 だからシンシアは地を蹴った。勢いを以って隠れ蓑から躍り出て、バックステップを踏む。姿を晒しても、男の顔色は変わらない。
 距離を取ろうと試みるが、男は確実に追ってくる。
 この身体と靴の効果のおかげでなんとか距離を保っているが、このままだといずれ敵の射程圏に入るだろう。

 ――だったら、戦うしかない……?

 生まれた考えを、シンシアは呑み込む。
 その選択肢は、他の対処法が皆無のときに選ぶべきものだ。正面切っての戦闘は、可能な限り避けたい。
 奇襲を基礎戦略としていこうと判断したのは、弱者であると自覚しているからに他ならない。たとえ今の身体が優秀でも、所詮は他者を模したものだ。
 そのため、強者の能力を得たとしても、力を余さず振るえるとは限らない。
 それに、倒すべき敵は数多い。ユーリルを除く全員をこの手で殺す必要はないにしろ、少ない消耗で人数を減らせるよう考慮すべきだろう。そのためには――。

 そこまで考えたシンシアの脳に、閃きが駆け巡った。
 閃きが生んだのは、策と呼ぶには不確かな賭けだ。賭けに負ければ戦闘は避けられない。だが、勝てたのなら。
 奇襲に頼らずに消耗を抑え、効率よく殺していける。
 隠れ蓑が有効でなかった以上、このままならば交戦は確実だろう。
 そうなる前に打てる手は打つべきだとシンシアは判断し、
「ねぇ」
 口を開く。速度を落とし、賭けに出るための言葉を紡いでいく。
 焦燥感を封じ込め、不敵な笑みを見せ付けて、言ってやる。

「――私と、手を組まない?」 

 言葉は疑問の形を成し、大気を介し男へ飛ぶ。
 声は返ってこない。
 代わりにくるのは、短刀の一撃だ。風を切り裂くその一撃は、急所を狙って迫り来る。
 長い三つ編みを振り乱し、上半身を後ろに引いた。借り物の身体とミラクルシューズが、その動きに力を貸す。
 直撃を、免れる。
 シンシアの肩を掠めた鋭い刃は、肉には食い込まない。皮膚が浅く裂かれて僅かに血が滲むが、それだけだ。
 予想よりも遥かに小さなダメージは、無視できる。だから彼女は即座に動く。
 密着と言っていい距離に居る男へと、膝を叩き込んだ。
 鈍器を思わせる重い蹴りに、破壊の感触は伝わらない。
 男の姿は、消えていた。広がる闇色の空白に膝ごと飛び込み、勢いのままに前へ出る。
 バランスを崩し不安定な体勢になった彼女の背後に、影が降り立つ。振るわれる刃を留めるように、シンシアは再度声を投げる。
 確信めいた口調を作り、言い放つ。

「あるんじゃない? 人を殺してまで、成し遂げたい何かが」

 声は瞬く間に消える。闇の中に交じって溶けて消失する。
 シンシアの首筋に、首輪とは異なる金属が接触した。神経が過敏に反応し、刃の冷たさを訴えてくる。 
 だが。
 刃はそれ以上、シンシアへと踏み込んでは来なかった。 
 故に、続ける。
「私には、あるわ」
 男に動きはない。気配の変化もない。それを、静聴の姿勢だと判断する。
「救いたい人がいるの。その人は、こんな場所で命を失してはならない人」
 確認するように、言い聞かせるように、告げる。
「どんな手を尽くしてでも、絶対に守らなきゃって思ってる。そのためには、何も惜しくはないわ。他者の命も、自分の命でさえも」
 言葉を切り、ゆっくりと振り返る。
 男は、じっとこちらを見つめていた。その無感情な瞳を、真正面から見返す。夜闇を介し、視線が交錯する。

「――あなたにもそんな何かが、あるんでしょう?」

 そう思えるのは、男が徹底的なまでに冷静だからだ。
 殺人に快楽を覚える者ならば、愉悦に顔を歪ませて襲ってくるだろう。
 魔王の恐怖に中てられた者ならば、錯乱に意識を乗っ取られて掛かってくるだろう。
 赤髪の襲撃者は、そのどちらでもない。
 となれば、明確な目的を果たすために、殺し合いに乗っている可能性が高いと考えられる。 
 目的までは分からない。
 自分のためなのか、他人のためなのか。
 その答えを得るには、情報が少なすぎる。
 しかし、どちらでも構わない。
 重要なのは、殺人が目的を果たすための手段であるという点だ。
 感情ではなく理性を抱えて、終着点へ至るために殺人を犯しているのならば、話は通じる。
「……だったら、どうした」
 男が初めて呟いた。

「あなたにも私にも、果たさなければならない目的がある。他者を蹴落としても、譲れないものがある。
 だったら、大切なもののために協力して殺した方が効率的だし、確実でしょ? 
 それに、徒党を組んだ相手と戦うときとか、頭数が多いほうがいいと思うわ」
 シンシアの説得に、男の瞳は揺らがない。
 だが、刃も、引かれない。

「……足手まといを連れるくらいなら単独行動の方が遥かにマシだ」

「あら、結構役に立つわよ。私、他人に変身できるの。詠唱中に斬らないと約束してくれるなら、やってみせてもいいけれど?」

 カードを見せるのは、相手の信用を得るために必要な行為だ。
 それに、手を組むことになった場合、前もって告げておくべき事項でもある。モシャスの効果は永続しないのだから。
 男は再度口を閉ざす。闇に落ちる沈黙が焦燥感を煽るが、耐え忍ぶ。これ以上口を開くのは、逆効果な気がした。
 黙して、答えを待つ。首筋に宛がわれたままの短剣に意識を傾けて、賭けの結果を待つ。
 あらゆる感情を、尊大なまでの笑みで覆い尽くして。
 震える心を、偽って。
 答えを、待つ。それが言葉の形であるよう願いながら。

 分の悪い賭けだとは思っていない。理論的な根拠はないが、シンシアは、男が自分と同じだと感じ取っている。
 何かを守るため、命を賭けているのだと、思っている。
『知る』ということは、シンシアにとって重要だ。モシャスを唱え他人の姿を得るには、相手を知らなければならない。
 短時間で相手を把握し理解するため、シンシアの観察眼は卓越している。
 その武器とも呼べる観察眼が、瞳の奥を覗き込む。
 無表情の奥に潜む意志――自分と同じ匂いを、嗅ぎ取っていた。その匂い以外を、男からは感じ取れない。
 故に、むしろ分かりやすいと、シンシアは思う。 
 やがて、答えが来る。それは、

「……その必要はない」

 短剣が首を掻くものでは、ない。
 シンシアは、内心でほくそ笑んだ。

「提案を呑んでやる。だが覚えておけ。――俺はいずれ、お前を殺す」

 宣言に、シンシアは頷いて返す。構わないし、百も承知だ。
 信頼が欲しいわけではない。求めるのは、ただ利用価値のみ。
 故に、シンシアもいずれ、この男を殺すつもりでいる。
 男の強さは、先ほどの交戦を経て分かっている。だが、どうとでもなる。
 たとえば、後ろから斬る。
 たとえば、他の人物と戦って消耗したところを狙う。
 たとえば、より利用価値のある誰かを利用して潰させる。
 あるいは。
 もし男が本当に、自分と同じように、この孤島にいる誰かを守るために戦うのなら。
 その泣き所を思い切り打ち付けてやるのも、悪くない。

 卑劣で愚劣で外道な思考だと自覚しながらも、シンシアは考えを曲げない。
 全ては、彼を――ユーリルを守るため。弱者であるシンシアが無為な死を迎えないため。
 弱い自分が、世界を普く照らす勇者の影となれるのなら、構わない。 
 だからシンシアは嗤う。
 闇の中で嗤い顔を、作る。

「大丈夫よ。私も、貴方を殺すつもりだから――」

◆◆

 アサシンダガーを、女の首筋から離して納める。
 当然だが、気を許したわけでは決してない。手を組むよう提案してきた彼女が、敵であることに相違ない。

 しかし、その言い分も理解できた。単独での戦いは得意だが、過信は禁物だ。
 たとえば。
 先刻遭遇した同業者を相手にして、倒せる保証はない。あのような存在を放っておけば、ニノの命が脅かされる。あの男以外にも、実力者がいると警戒しておくべきだろう。
 故に、他者の利用も必要だ。
 そして。
 共に行動している間は、この女を監視できる。
 もしも反意を見せるなら、今度こそ首を掻き切ってやればいい。【死神】の二つ名を持つジャファルに、奪えない命など存在しない。

 たとえどんな能力を持っていたとしても、だ。

「今は、よろしくね?」
 言ってくる女に、ジャファルは答えない。馴れ合いも信頼も不要なのだから。
 必要なのは、利用価値。目的を果たすために役立つかという、その一点のみ。
 冷酷非情で血の通わない、打算によって繋がった同盟が、結ばれる。

 夜闇に包まれて二人は、音もなく歩き出した。
 守るべきものを守るため、生きるべきを生かすため。

 命を奪い尽くすために、歩き出した。

【D-4 山地 一日目 黎明】
【ジャファル@ファイアーエムブレム 烈火の剣
[状態]:健康
[装備]:アサシンダガー@ファイナルファンタジーVI
[道具]:不明支給品0~2、基本支給品一式
[思考]
基本:殺し合いに乗り、ニノを優勝させる。
1:シンシアと手を組み、参加者を見つけ次第殺す。深追いをするつもりはない。
2:いずれシンシアも殺す。
2:知り合いに対して躊躇しない。
[備考]:
※名簿確認済み。
※ニノ支援A時点から参戦

【シンシア@ドラゴンクエストIV】
[状態]:モシャスにより外見と身体能力がレイ・クウゴと同じ(持って次回放送)
    肩口に浅い切り傷。
[装備]:影縫い@ファイナルファンタジーVI、ミラクルシューズ@ファイナルファンタジーIV
[道具]:ドッペル君@クロノトリガー、かくれみの@LIVEALIVE、基本支給品一式*2
[思考]
基本:ユーリル(DQ4勇者)、もしくは自身の優勝を目指す。
1:ユーリル(DQ4勇者)を探し、守る。
2:ジャファルと手を組み、ユーリル(DQ4勇者)を殺しうる力を持つもの優先に殺す
3:利用価値がなくなった場合、できるだけ消耗なくジャファルを殺す。
4:ユーリル(DQ4勇者)と残り二人になった場合、自殺。
[備考]:
※名簿を確認していませんが、ユーリル(DQ4勇者)をOPで確認しています
※参戦時期は五章で主人公をかばい死亡した直後

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006:ダブル・ナイトメア ジャファル 055:ドッペル
012:踊る道化は夢を見ない シンシア


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最終更新:2010年06月26日 20:25