ここでは慈しくいられない ◆2UPLrrGWK6
彼は、何よりもまず首元に手を当て、ペタペタとしきりに感触を確かめることから始めた。
「まだ……」
そこには何もない。
戒め、殺し合いを強制させる機構の仕組まれた首輪など。
ただ首が、そして失われたはずの命がこうして繋がっている。
単なる自分がのし上るための糧に過ぎないと断じていた“時行“に首を落とされた。
あの忌々しい事実を上塗るように、生きている。
その事実だけで、その男は恍惚とも、歓喜とも表せるような顔をして踊り狂わんばかりの勢いで叫んだ。
「まだだ!俺の双六はここから“振出し”よ~~ッ!!」
どう言う因果か知らないが落とされた首が身体の上に乗り、こうして走り回り笑うことが再び叶う。
将門公でもあるまいし、と一笑に付したかもしれない、少なくとも生きていた頃の自分ならばそうだろう。
だが、何よりも自分の感覚を信じる他なかった。
あの日あの瞬間確かに己の首は切り落とされたのだから。
自分達に妙な説明をしていたあの男、小難しいことをつらつらと並べていた、確か“結界“がどうだとか。
自分に今一度の生命を与えるというからにはあの“諏訪頼重”と同じ神通の類か、あるいは朝廷の陰陽の連中、はたまた地獄の閻魔、妖か。
まあ、どれが真であるかはいざ知らず。
黄泉返りし賽の鬼、五大院宗繁がやる事は決まっていた。
「……1人で5マス、2人で10マス。10人で目出たく“上がり”……」
賽の目を数えるように指を折る。
だが、その指がブルブルと震えた。
配られた名帳の内容を改めたが為だ。
記された名の中には凡そ人の名を表しているとは思えぬ独特なものも多かった。
それに小笠原という名は、耳にしたことがあるような、ないような。
覚えが無いとあって特に取るに足らない名と認識する。
そのすぐ傍にあり、彼の目を捉えて離さぬ名はたったの一つ。
「違う……狙うは……」
小さな目を稼ぐのは良い、出世はそういう積み重ねが要だ。
コツコツと50マスを突き進めば褒美すらもらえるという、願ったり叶ったりとはこの事だ。
だが、今の自分を満たすのは最良の目“禄”。
黒い六連の点の奥、その先に見出したのは。
「とお~ぉぉき行ィィ~~~ィい!!」
終わったはずの
鬼ごっこ、まさかまさかの“また遊ぼ“。
賽は再び転がり堕ちる。
竈門炭治郎、鬼殺隊隊員階級“丙”。
気づいた時には一人彼は立ち尽くしていた。
周囲を見回すと、辺りにはどこか見覚えのある木々の並び、そして微かに感じる温泉の“におい”。
感覚が覚えていた、ここは炭治郎が訪れたことがある場所だ。
鬼狩りの武器である日輪刀を製造する、刀鍛冶の里にほど近い森の中と。
続けて後ろを振り返る、こちらにはまるで覚えのない大きな石橋が存在し、遠景には見たこともないほど大きな建物までもがあちらこちらに垣間見える。
「おかしい。刀鍛冶の里のこんなに近くに別の人里が見えるとは思えない」
炭治郎も目隠しをした上で連れられたため確かな所在を知るわけではないが、件の里は鬼から存在を秘匿された隠し里であったはず。
これは明らかに尋常ではない。
夢の中で術者を名乗る何者かに語りかけられたことも相まって、自分が既に血鬼術の術中に嵌って居るという想像が頭を過った。
まるで、あの無限列車で起きた出来事のように。
「……でも、鬼のにおいに纏わりつかれているような、不思議な感じはしない」
一体ここは何なのかと悩みつつ、習慣付けられた動きで腰に手をやるも、虚しく空を切った。
炭治郎がよくよく改めて見ると、そこに己の日輪刀がない事に気づき狼狽える。
その拍子に、足元に置かれていた背嚢袋と思しきものに足を引っ掛けてしまいさらに慌てたのだった。
「これは……そうか、俺の荷物で良いんだろうか」
支給品を改めると、中からお化けの顔のようなものが出てきてギョッとした。
微かな果実の香りから、すぐに薄皮を剥いた西瓜をくり抜いた被り物と気づき、取り落とすことはなかった。
目の部分には度付きのレンズが埋められている、眼の悪い人物の物だろうかとぼんやり考えた。
次に現れたのは狐面。
錆兎のそれよりも数倍険しい面構えのそれは、一見すると単なる面。
これはかなり使い込まれたものに見える。
何かしら持ち主の情念がにおいとして感じられるかもしれない、と考えた。
しかし今必要なのは護身の為の武器、とそれらを再びしまい込む。
何か武器をと探ればそこには一振りの刀があった。
持ち上げた荷物は凡そ刀の収まっている目方でない様にも感じられたため不思議に思ったが、武器の存在は素直にありがたい。
炭治郎の体格に合わせて作られたものではないためか、普段使う刀よりも少々大ぶりだが使いこなせないほどではないようだ。
両掌に載せて確かな重みを感じ、ひとまずは日輪刀を奪われた不安を打ち消した。
これで少なくとも戦う術を全て失ったというわけではない。
鯉口を切り、刀身の状態を改める。
「うわあ」
少し抜いただけでも理解できる。
刀鍛冶の里の皆が見れば目を光らせるであろう、それほどまでに名刀だった。
悪鬼滅殺の四文字は刀身に刻まれていないものの、波紋はゆらめく炎を思わせる乱刃。
鞘色は燃えるような真紅の拵え。
心の中に今も残る“柱” の姿を思い起こさせる。
胸の中に熱いものが込み上げかけた炭治郎だったが、ふと勘づいた。
「……いや、やっぱり違うな」
嗅覚に飛び込んできた情報は、煉獄杏寿郎の姿を掻き消すほどに鮮烈なものだった。
鉄のにおい、これはいつも感じているそれとほぼ同じ。
が、日輪刀から感じていた冷たさの奥の温もりを孕んだにおいが希薄に思えた。
そこまで考えて思い出したのは日輪刀は特別な砂鉄と石で造られていたことだった。
この刀では、鬼を滅することができないかもしれない。
思えば日輪刀以外の刀を握る機会もほとんどなかったが、変わらず扱えるのだろうか。
そう考えると炭治郎の額にやや汗が滲んだ。
次に感じていたのは薄く残る血と汗の香り。
持ち主はどれだけの鍛錬を積んでいたのだろう。
そして、どれだけの生き物を切り裂いたのだろう。
この刀の持ち主は、鬼としか戦いの経験のない炭治郎にとって想像を超えた世界に居たに違いないと感じ、思わず息を呑む。
そして、もう一つ嗅ぎ取ったにおいは、炭治郎にも形容し難いものだった。
例えるのならば、“死”そのものに鼻を寄せたとしたら、この冷たく妖しい香りでいっぱいになるだろう。
「……どなたのものかは知りませんが、こんな時です。使わせていただきます」
手にした刀と2つの面、という奇妙な取り合わせにも軽く一礼し、刀は隊服の腰に収めるために下緒を解き始める。
炭治郎という男は、四角四面、頑なで真面目な男であった。
「……時行様!時行さまー!」
「?」
「そうか、竈門炭治郎とやら、君はまだ誰とも出会えていないと……!」
「はい」
木陰から飛び出してきたなんともみすぼらしい身なりの男は、自分は北条家の重臣であり、主君の子がここに呼ばれているから探し求めていると捲し立ててきた。
炭治郎は、生身の人間との出会いに多少の精神的の安定を覚える。
しかし交換した情報は、せっかくの心地を揺らがすものばかりであった。
(聞いたことがあるようなないような微妙な名前をさも当然の様に語る人だ。北条だの藤原だの……藤原はあるなあ。それにかまくらがどうとか。北国の人だろうか)
その語る内容がちょっぴりややこしい。
妹の嫁ぎ先が立派な身分の人で、その人が亡くなって、自分の甥っ子が家の当主に繰り上がり。
でも妹さんは側室という立場で、名前を叫んでいたのはもう一人の甥っ子であるとのことで。
炭治郎はここまで理解するのが精一杯で少し眠くなったのを血鬼術の類かと勘違いするほどだった。
学校に通って居たらこんな気分なのかな、と頭をぐるぐるさせていた。
(少なくとも身分のことを話すときに嘘のにおいは全然しない。人を見た目で判断するのはよくないことだからな)
「見てくだされ、こちらの人帳に時行さまの名が確かにあらせられる」
「ああ、これに俺たちの名前も……」
初めて確認した名簿の名前の欄を見て炭治郎は思わず刮目する。
同じく鬼殺隊に名を連ねる我妻善逸と栗花落カナヲの名にも驚かされたが、猗窩座、さらには鬼舞辻無惨といった炭治郎が追い求める名前がそこにはあった。
こうなれば、事態は思った以上に急を要する。
「わかりました、俺にも探さなきゃならない人が居ます。その甥御さんについても、見つけ次第保護するって約束しますよ」
「おお、かたじけない!」
しかし、炭治郎はそれでも目の前の人間に手を差し伸べることをやめない。
彼が時行なる人物を求めているその心に偽りが無い様に思えたからだ。
(10にも満たないのなら竹男か花子くらい、まだまだ自分の身を守るなんて考えようもない年頃じゃないか)
「俺、長男なので。小さい子の相手は心得てますよ」
「それならば心強い!」
家族の顔が浮かんでは消えていく。
子は宝だ。
炭治郎の知る人の親は皆そう言っていた。
「時間を決めてあの橋で落ち合うのはどうですか?」
「そう致しましょう。ああ、早く見つけて……」
炭治郎は橋のほうに踵を返して、五大院に背を向ける形となった。
腰に提げるのを失念していた刀は、左手に握ったままだ。
「私が守って差し上げないと」
そのときに、聞き逃していれば、いまここで血は流れなかったのかもしれない。
「……」
「?」
炭治郎の呼吸が深く、緊張を孕んだものに変化する。
温和だった表情は打って変わって強張っていた。
「どうなされた」
「……あなたが」
竈門炭治郎は人一倍優れた嗅覚を持つ。
それは個々人が持つ独特の雰囲気や感情の変化を嗅ぎ取るまでにも及ぶほどに。
「時行という人を求めているのは本当だと思います」
「何をおっしゃられる……当然の」
「でも、あなたが“守ってあげたい“と言うのは、嘘なんじゃないですか」
いつでも刀を抜けるよう腰に早く提げておくべきだった、そんな後悔はもう遅い。
彼からは怨嗟のにおいがする。
鬼が人を、人が鬼を殺す前に強く発せられるものと同じ様に。
「あなたは甥御さんを殺すつもりで……!!」
「いい判断だァ!!」
炭治郎が鞘から刀を抜こうとした左手は、覆いかぶさるように接近した五大院によって首ごと布に絡め取られた。
「がっ…………!」
「だがもう少し遅え!!人が良い面してるもんだから刀をちょろまかしてやろうと思ったのに、こうもアテが外れちまうとはッ」
五大院の動向を察したまではよかったが、それ以上の腹芸は炭治郎の得意とすることではない。
彼は悲しいほどに嘘がつけない性質が故に。
裏切ってからの切り替えの速さはあちらにいくつも分があった。
「そうさ嘘よ!刀を寄越せ、あいつの首をたたっ切り返してやるのさ!そうしてからが俺の新しい振り出しってもんだからなァ~!!」
(新しく息が吸えない……常中に入った分のひと呼吸で振り払わなくては)
知ってか知らずか、鬼殺隊の強さの源は一様に呼吸にある。
炭治郎が喉を抑えられたのは状況としてかなりの劣勢であった。
体格で上回る相手に密着するほどに近づかれ、文字通り手も足も出ない。
故にー
「ん゛んっ!」
「ごパッ!?」
生来の石頭が出た。
ちょうど声の発される位置を狙って跳躍と共に頭部を叩き込んだのだ。
鼻血を拭いて仰け反った五代院の手の力が緩むことを期待したもののー
(離れない!それにこの布は喰らい込む様に俺を拘束して離れない……鬼殺隊の服より硬い、頑丈な布だ!)
「ッ、餓鬼!!」
押してだめなら引くしかない。
なけなしの呼吸を炭治郎は技を繰り出すために費やした。
窮地を脱する、師の教えだ。
(弍の型!)
「うッ……!」
自身を拘束する布が離れないことを逆に利用し、巻き込む様にその身体を回転させる。
同時に胸の前に抱える形となった刀を抜き放ちつつ、斬撃を繰り出した。
(水車!)
「ぎっ!!」
小さな悲鳴とともに鮮血が飛散した。
「はーっ、はーっ……」
締められた首を抑え呼吸を整えながら、橋を渡り切った炭治郎は路地に身を隠していた。
技は滞りなく、決められた型の通り放たれた。
状況を打破したのも狙った通り。
ただ、予想外のことが一つあった。
「なんだこの刀は……」
自分が思っている以上にこの刀は斬れすぎる。
首元を捉えた布を切り払って逃げ出すつもりが、相手の指まで切り飛ばしてしまった。
ややあって、ここまで離れたにも関わらず血のにおいが一層濃いことにも気づく。
全く自覚はなかったが、刀を抜き放った時自分の頬まで掠めていたらしい。
近くの硝子窓に映して見たところ、切り口があまりにも綺麗すぎるせいで大きな傷口に反して血があまり流れ落ちていないことに炭治郎は怖気が走った。
(あの人は鬼ではなかった。なのに、俺はそのつもりでなかったとは言え……)
無限列車で操られた人たちとは違い、自分の意思で殺意を向けてきたとは言えど人間。
鬼との戦いに明け暮れた炭治郎にも躊躇が生まれるのは仕方のないことだった。
不意に浮かんで来るのは、たった一人残された血を分けた妹の顔。
(……俺が生きて帰らないと禰豆子が一人になってしまう)
そこまで考えて炭治郎ははっと息を呑んだ。
(今、俺は何と続けようとした)
だから、仕方がない。
鬼ではない人を、自分が生きるために切ってしまうのも道理なのだと。
そう思ってしまったのではないだろうか。
(それでは人を喰らう鬼だ、鬼と同じじゃないか)
鬼を斬るのと同じ要領で、人を斬るのか。
禰豆子を、十人の命を手にかける覚悟の理由にしてしまおうというのか。
答えが出ないまま、刃を曇らせる血を袖で拭う他なかった。
【B-3/街/1日目・未明】
【竈門炭治郎@鬼滅の刃】
[状態]:頬に刀傷(ダメージ小)
[装備]:三代鬼徹@ONE PIECE
[道具]:基本支給品一式、風間玄蕃の狐面@逃げ上手の若君、スイカの仮面@Dr.STONE
[思考・状況]
基本方針:戦意の無い人を守る
1:鬼殺隊の仲間たちと合流
2:人を殺す鬼は斬る。人を殺す人は……
3:北条時行を見つけた場合保護する
「クソッ!クソッ!あの刀だったら簡単に首を飛ばせただろうに!髷も結わぬ餓鬼が!」
悪態を突きながら、切られた布地を拾い上げ傷口を縛る。
彼の目的にふさわしい武器の持ち主はもう橋を渡り切って姿が見えなくなってしまった。
時行の首が少しばかり遠ざかったような気がして悔しさで歯軋りを立てる。
「どうにか打刀でもなんでも手に入れて、首を飛ばすその時まで……」
手にしたのは鎖のついた錠。
異世界にて、悪魔の実の能力者を容易く捕らえるもの。
もう片方の手には、捕縛布。
これまた異なる世界の、正義の味方が悪を絡めとるもの。
「生きていやがれ時行さまよ」
人の身にして鬼である五大院は鎖を鳴らす。
罪人を捕らえるものばかりが彼の手に渡ったことは、なんとも皮肉な話だった。
そこかしこで行われる
鬼ごっこ、ここでも、振り出し。
【B-4/森/1日目・未明】
【五大院宗繁@逃げ上手の若君】
[状態]:顔面に打撲・鼻血(ダメージ小)左手薬指・小指の欠損(ダメージ小・止血)
[装備]:捕縛布@僕のヒーローアカデミア 海楼石の錠と鍵@ONE PIECE
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~0(刃物ではない)
[思考・状況]
基本方針:ポイントを獲得してのし上がる
1:北条時行の首を獲る
2:首を獲るためには適した刃物がほしい
○支給品紹介
【三代鬼徹@ONE PIECE】
刀鍛冶「鬼徹」の三作目の刀で、位列は業物。
噂では持ち主を死に至らしめる妖刀とされている。
優れた使い手ならそれとわかるほどの妖しい雰囲気があるとのこと。
切れ味は異常なほど非常に鋭く、ときたま剣士のコントロールを外れるほど切れてしまう。
【風間玄蕃の狐面@逃げ上手の若君】
北条時行の逃者党一派の忍者風間玄蕃が持つ狐面。
秘伝の粘土で覆ってあり、小道具と併用することで大概の人間に化けることができる。
表情を変化させるまでの真似っぷりであるが狐の耳だけは残ってしまうようだ。
【スイカの仮面@Dr.STONE】
石神村のスイカという少女がかぶっていたスイカの皮をくり抜いた仮面。
千空の手により特大の近視用のレンズがはめこまれた品。
【捕縛布@僕のヒーローアカデミア】
炭素繊維に特殊合金を編み込んだ帯状の捕縛武器。
イレイザーヘッド(相澤)や心操などが用いていた。
相手に投げて巻きつけて拘束するなどの使用法が主。
縛られた相手はかんたんに抜け出せないほどに頑丈で摩擦力も高いと思われる。
が、逆用されないためか自ら切り離す描写があることから、刃物で切断することは可能なよう。
【海楼石の錠と鍵@ONE PIECE】
悪魔の実の能力者の能力及び体の力を奪い弱体化する海楼石を用いた鎖付きの錠。
ウソップがシーザー・クラウンを捕獲する際に使用した。
海楼石はダイヤモンド並の硬度を誇るらしく希少なものであるにも関わらず錠前部分と鎖両方に使用されている模様。
パンクハザードが悪魔の実の研究施設でもあることから厳重な警戒体制が敷かれているゆえに存在したと想像できる。
前話 |
登場人物 |
次話 |
START |
竈門炭治郎 |
残酷 |
START |
五大院宗繁 |
勝ち目を拾う |
最終更新:2022年09月23日 02:33